【0030】
ルシフェラーゼを制御するプロモーターに係る標的遺伝子は、転写活性の評価の対象となる遺伝子であり、例えば時計遺伝子(Clock, Bmal1, Per1, Per2, Per3, Cry1, Cry2, DBP, RevErbα, RevErbβ, Dec1, Dec2, RORα, PPARα, PPARβ, PPARγなど)、癌遺伝子(がん遺伝子、腫瘍抑制遺伝子、細胞分裂マーカー遺伝子など)、病気関連遺伝子(病態対応遺伝子、生死感受アポトーシス遺伝子、ホルモン遺伝子など)、細胞周期制御遺伝子(p53, CDK4, cyclin B, cyclin D, Wee1, Chk1, Chk2, Cdc25など)、炎症関連遺伝子(iNOS, COX2, Bach2, IL-6, IL-8, p53, p38, TNFα, IL-1β, VEGF, JNK, TRAF1, CXCR4など)、生体防御遺伝子(Keap1, Nrf2, HO-1, GST, SOD, NQO1など)、発生・分化関連遺伝子(Oct3/4, Sox2, Nanog, BMPなど)、老化関連遺伝子(Sirt1~7, Klotho、p16など)などが挙げられる。複数のルシフェラーゼを含む場合、1つのプロモータはコントロールのプロモーターが好ましい。このようなコントロールのプロモータとしては、定常発現遺伝子(アクチン遺伝子、GAPDH(グリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼ)遺伝子、サル由来SV40ウイルス遺伝子など)、毒性評価プロモータ(アポトーシス関連等)、偽プロモーター配列(ランダムな配列又は無意味な配列)などが例示される。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
時計遺伝子mPer2のプロモーターの制御下で発光レポーターが発光する安定細胞株を、従来法である宿主細胞のゲノムにランダムに挿入するランダムインテグレーション法とマウス人工染色体ベクター(マルチインテグレース マウス人工染色体ベクター;MI-MACベクター、Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入する方法で樹立した。ランダムインテグレーション法による安定細胞株の樹立では、mPer2のプロモーターと短寿命化緑色発光ルシフェラーゼ(ELuc-PEST、東洋紡)を連結したレポーターベクターを、ネオマイシン耐性遺伝子発現ベクターと共にマウス繊維芽細胞A9にリポフェクションによりを用いコトランスフェクションし、ネオマイシンにより選択した。MI-MACベクターへの挿入による安定細胞株の樹立では、上記レポーターベクターをMI-MACベクターを保持するA9細胞にトランスフェクションし、ネオマイシンにより選択した。各々の方法により得たシングルコロニーを単離し、各6クローンを樹立した。発光測定は以下の手順により実施した。各細胞を35mm培養ディッシュに播種し、1晩培養しコンフルエントに到達した段階で100 nMデキサメタゾンで2時間処理し、発光基質であるD-luciferin(100 μM)を含むDMEM培地に交換した。発光はディッシュ型リアルタイム発光測定装置(Kronos、ATTO)を用い、1分間露光、10分間隔で7日間リアルタイム測定した。その結果、ランダムインテグレーション法により樹立した細胞では、いずれのクローンでも発光リズムは観察されるものの、各クローンの発光強度および発光リズムのバラツキが非常に大きいことが明らかとなった(
図1A)。一方、MI-MACベクターにレポーターベクターを挿入して樹立した細胞では、ランダムインテグレーション法により樹立した細胞と比較し、発光強度と発光リズムのバラツキは有意に小さいことが明らかとなった(
図1B)。各々の細胞の発光リズムの周期を解析した結果、ランダムインテグレーション法により樹立した細胞では25〜27時間とバラツキが非常に大きいのに対し、MI-MACにレポーターを挿入した安定細胞株では、バラツキは有意に小さいことが明らかとなった(
図1C)。また、MI-MACベクターにレポーターを挿入して樹立した細胞の発光強度は、ランダムインテグレーション法により樹立した細胞よりも約25倍発光強度が高いことが明らかとなった(
図1D)。
【0042】
実施例2
実施例1で樹立した、ランダムインテグレーション法およびMI-MACにレポーターを挿入して樹立した安定細胞株の継代安定性について検討した。発光測定は実施例1の通り行った。ランダムインテグレーション法により樹立した細胞では、供試した2種のクローンともに、継代培養を重ねる毎に発光強度が著しく減少することが明らかとなった(
図2A)。一方、MI-MACにレポーターベクターを挿入した細胞では、継代回数が40回(4ヶ月以上)を超えても有意な発光強度の減少は認められず、長期間発光リズムが安定に維持されることが明らかとなかった(
図2B)。
【0043】
実施例3
時計遺伝子mPer2のプロモーターの制御下で不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PESTまたはELuc-PEST、東洋紡)が発光する安定細胞株を、ヒト人工染色体ベクター(マルチインテグレース ヒト人工染色体ベクター;MI-HACベクター、Yamaguchi et al., PLoS One, 6, e17267, 2011)に挿入する方法で樹立し、継代安定性を検証した。MI-HACを保持するA9細胞への遺伝子導入、細胞選抜、発光測定方法は実施例1と同様に行った。その結果、MI-HACにレポーターベクターを挿入した細胞では、継代回数が50回(6ヶ月以上)を超えても有意な発光強度の減少は認められず、長期間発光リズムが安定に維持されることが明らかとなかった(
図3A、B)。
【0044】
実施例4
Nuclear factor-κB (NF-κB)応答配列の下流にHSV-TKプロモーター、さらその下流に不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターをA9細胞内のMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入し、ネオマイシンでの選択により7クローンを樹立した。各クローンの発光強度(基底活性)を測定するため、細胞を96ウェルプレートに播種し、一晩培養後、発光試薬(TripLuc Assay Reagent、東洋紡)を添加し、発光をマルチウェルプレート対応ルミノメーター(Phelios、ATTO)で5秒間測定した。その結果、樹立した7クローンの発光強度に大きなバラツキは認められず、MI-MACへのレポーターベクターの挿入により、均一なクローンが樹立できることが明らかとなった(
図4A)。続いて、各クローンのTumor necrosis factor α(TNFα)に対するNF-κB依存的な転写活性化を測定するため、細胞を96ウェルプレートに播種し、一晩培養後、10 ng/ml TNFαまたは滅菌水(対象コントロール)を含むDMEM培地に交換し6時間培養した。発光測定は、前述の通りに行った。その結果、樹立した各クローンでのTNFαによる転写活性化はほぼ同様であることが明らかとなった(
図4B)。次に、この細胞のTNFαに対する転写活性化の継代安定性について検討した。細胞を長期間継代培養し、10 ng/ml TNFαを前述と同様に処理し発光測定した結果、マウス人工染色体ベクターにレポーターを挿入した場合、50回以上(6ヶ月以上)継代培養を繰り返しても転写活性化能は安定に維持されることが明らかとなった(
図4C)。
【0045】
実施例5
NF-κB応答配列の下流にHSV-TKプロモーター、さらにその下流に不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターをA9細胞内のMI-HACベクター(Yamaguchi et al., PLoS One, 6, e17267, 2011)に挿入し、ネオマイシンでの選択により発光樹立をした。不安定化配列はマウスオルニチンデカルボキシラーゼのPEST配列およびヒトカルパイン3の部分配列(特許第5278942号)を用いた。細胞を35mm培養ディッシュに播種し、一晩培養後、10 ng/ml TNFαまたは滅菌水(対象コントロール)を含むDMEM培地に交換し15分間培養した。発光測定は実施例1と同様に行った。その結果、いずれのルシフェラーゼを用いてもTNFαによる転写活性化は測定されるが、カルパイン3の部分配列を融合させた場合に、最も高い感度で転写活性化を測定できることが明らかとなった(
図5)。
【0046】
実施例6
2種の発光レポーターをMI-MACベクターに挿入した安定細胞株を樹立するため、最初に、時計遺伝子mPer2のプロモーターの下流に不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターを、A9細胞内のMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入し、ネオマイシンを用いた選択により安定細胞株を樹立した。続いて、時計遺伝子mBmal1のプロモーターの下流に不安定化赤色発光ルシフェラーゼ(SLR-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターを上述のmPer2-SLG-PESTが挿入されたMI-MACベクターに挿入し、ブラストシジンによる選択で2色発光細胞を樹立した。細胞を35 mm培養ディッシュに播種し、1晩培養してコンフルエントに到達した段階で100 nMデキサメタゾンで2時間処理し、発光基質であるD-luciferin(100 μM)を含むDMEM培地に交換した。発光は、ディッシュ型リアルタイム発光測定装置(Kronos、ATTO社製)を用い、全光(F0)およびR62ロングパスフィルターを通した発光(F2)を各1分間露光、20分間隔で7日間リアルタイム測定した。緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度は、計測したF0、F2値から次式(1)により算出した。
(κSLG、κSLRはR62ロングパスフィルターに対する緑色および赤色発光ルシフェラーゼの透過係数、SLG、SLRは緑色および赤色発光レポーターの発光強度を示す。)
【0047】
【数1】
【0048】
その結果、mPer2とmBmal1の内因性の遺伝子発現(mRNAの発現)パターンと同様に、逆位相を維持した緑色および赤色発光ルシフェラーゼ由来の発光リズムが同時に測定できることが明らかとなった(
図6)。
【0049】
実施例7
NF-κB応答配列の下流にHSV-TKプロモーター、さらその下流に不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターをA9細胞内のMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入し、ゼオシンを用いた選択により安定細胞株を樹立した。続いてこの安定細胞株のMI-MACベクターに、HSV-TKプロモーターと赤色発光ルシフェラーゼ(SLR、東洋紡)を連結したレポーターベクターを挿入、ブラストシジンにより選択し、シングルコロニー由来の15クローンを単離した。各クローンの発光強度を測定するため、細胞を96ウェルプレートに播種し一晩培養後、TripLuc Assay Reagent(東洋紡)を添加し、ルミノメーター(Phelios、ATTO)を用い、全光(F0)およびR62ロングパスフィルターを通した発光(F2)を各5秒間測定した。緑色及び赤色発光ルシフェラーゼの各発光強度は、実施例6と同様の方法で算出した。その結果、クローン6を除き、樹立したクローンの緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度(基底活性)はほぼ均一であり(
図7A)、また内部標準用の赤色発光ルシフェラーゼの発光強度で、緑色発光ルシフェラーゼの発光強度を除した発光強度比(SLG/SLR)もほぼ均一であることが明らかとなった(
図7B)。次にこの2色発光細胞のTNFαに対するNF-κB依存的な転写活性化を検証した。細胞を96ウェルプレートに播種し、一晩培養後、10 ng/ml TNFαまたは滅菌水(対象コントロール)を含む培地に交換し、6時間培養後、TripLuc Assay Reagent(東洋紡)を添加し緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度を上述と同様の方法で測定した。各TNFαの濃度における転写活性化は以下の計算により求めた。
(TNFα処理群のSLG値/ TNFα処理群のSLR値)/(コントロール群のSLG値/ コントロール群のSLR値)
その結果、樹立した2色発光細胞を用いることで、TNFαの濃度に依存したNF-κBの転写活性化が正確に測定できることが明らかとなった(
図7C)。
【0050】
続いて、TNFαによるNF-κB依存的な転写活性化の継代安定性について検討した。2色発光細胞を1 ng/mlまたは10 ng/mlのTNFαで処理し、前述と同様の方法で緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度を測定し、NF-κB依存的な転写活性化を算出した。その結果、50回以上(6ヶ月以上)の継代培養を繰り返しても、転写活性化能は安定に維持されていることが明らかとなった(
図7D)。
【0051】
実施例8
3種類の発光レポーター遺伝子をMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入した安定細胞株を樹立するため、実施例4で樹立した2色発光細胞(時計遺伝子mPer2プロモーターと不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)および時計遺伝子mBmal1プロモーターと不安定化赤色発光ルシフェラーゼ(SLR-PEST、東洋紡)がA9細胞内のMI-MACベクターに挿入された細胞)のMI-MACに、CAGプロモーターと橙色発光ルシフェラーゼ(SLO、東洋紡)を連結したレポーターベクターを挿入し、ゼオシンを用いた選択により安定細胞株を樹立した。続いて細胞を35 mm培養ディッシュに播種し、1晩培養してコンフルエントに到達した段階で100 nMデキサメタゾンで2時間処理し、発光基質であるD-luciferin(100 μM)を含むDMEM培地に交換した。発光は、ディッシュ型リアルタイム発光測定装置(Kronos、ATTO)を用い、全光(F0)、O56ロングパスフィルター(F1)およびR62ロングパスフィルターを通した発光(F2)を各1分間計測、20分間隔で約7日間リアルタイムに測定した。各ルシフェラーゼの発光強度は、計測したF0、F1、F2値から次式により算出した。
(κG、κO、κRはO56およびR62ロングパスフィルターに対する緑色、橙色および赤色発光ルシフェラーゼの透過係数、G、O、Rは緑色、橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度を示す。)
【0052】
【数2】
【0053】
その結果、実施例6で示した緑色発光ルシフェラーゼ由来のPer2プロモーター、および赤色発光ルシフェラーゼ由来のBmal1プロモーターの概日性の転写の変動に加え、CAGプロモーターに制御された橙色発光ルシフェラーゼの発光も同時測定できることが判明し、MI-MACベクターに3種類の発光レポーター遺伝子を挿入することにより、3種類のプロモーター活性の変動をリアルタイムに計測できることが明らかとなった(
図8)。
【0054】
実施例9
IκBαは細胞質内でNF-κB複合体に結合し、非ストレス下でのNF-κB複合体を安定化させているが、TNFα等の刺激によりIκBαは速やかにリン酸化され、プロテアソーム系を介して分解される。IκBαと解離したNF-κB複合体はその後、核内に移行し、標的遺伝子を転写活性化させることが知られている。本実験では、橙色発光ルシフェラーゼSLOとIκBα cDNAを融合させることにより、細胞内のIκBαタンパク質量の変化を橙色発光ルシフェラーゼSLOの発光量で、またNF-κB依存的転写活性化を緑色発光ルシフェラーゼSLGの発光量で評価することを試みた。
【0055】
実施例7で樹立した2色発光細胞(NF-κB応答配列、HSV-TKプロモーター、不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を連結したレポーターベクター、およびHSV-TKプロモーターと赤色発光ルシフェラーゼ(SLR、東洋紡)を連結したレポーターベクターがA9細胞内のMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入された細胞)のMI-MACに、CAGプロモーターの下流に橙色発光ルシフェラーゼ(SLO、東洋紡)とIκBαのcDNA(タカラバイオ)の融合遺伝子(SLO:: IκBα)を配したレポーターベクターを挿入、ネオマイシンによりシングルコロニー由来の7クローンを単離した。各クローンの発光強度を測定するため、細胞を96ウェルプレートに播種し一晩培養後、TripLuc Assay Reagent(東洋紡)を添加し、ルミノメーター(Phelios、ATTO)を用い、実施例7と同様に発光を測定した。各ルシフェラーゼの発光強度は式2から算出した。その結果、各クローンにおける緑色、橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度はほぼ均一であることが明らかとなった(
図9A)。また、内部標準用の赤色発光ルシフェラーゼの発光強度で、緑色発光ルシフェラーゼ(SLG/SLR)および橙色発光ルシフェラーゼの発光強度を除した発光強度比(SLO/SLR)もほぼ均一であり、MI-MACベクターに3種類のレポーター遺伝子を挿入することで、均一な発光強度を有する細胞が樹立できることが明らかとなった(
図9B)。
【0056】
続いて、各クローンのTNFαに対する反応応答性について検証した。細胞を96ウェルプレートに播種し、一晩培養後、10 ng/ml TNFαまたは滅菌水(対象コントロール)を含むDMEM培地に交換し、2時間培養後、TripLuc Assay Reagent(東洋紡)を添加し、ルミノメーター(Phelios、ATTO)を用い発光を測定した。緑色、橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度は式2より算出した。各クローンの緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度から、TNFαによるNF-κB依存的な転写活性化を以下の計算により算出した。
(TNFα処理群のSLG値/ TNFα処理群のSLR値)/(コントロール群のSLG値/ コントロール群のSLR値)
その結果、樹立した各クローンにおける、TNFαによるNF-κB依存的な転写活性化は、ほぼ均一であることが明らかとなった(
図9C)。
【0057】
次に、各クローンの橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度から、TNFαによるIκBα量の変化を以下の計算により算出した。
【0058】
(TNFα処理群のSLO値/ TNFα処理群のSLR値)/(コントロール群のSLO値/ コントロール群のSLR値)
その結果、TNFα処理群では橙色発光ルシフェラーゼの発光強度は有意に低下し、TNFαによるIκBαタンパク質の減少をモニターできることが明らかとなった。またこの発光強度の低下は、いずれのクローンでもほぼ均一であることも明らかとなった(
図9D)。以上の結果より、MI-MACベクターに3種類のルシフェラーゼ遺伝子を挿入することで、3色に発光する均一な安定細胞株が樹立できることが明らかとなった。
【0059】
実施例10
IκBαのリン酸化部位に変異を導入したドミナントネガティブ体では、TNFα等の刺激によってもIκBαは分解せず、その結果、NF-κB複合体は細胞質内で安定にIκBαとの複合体を形成し続けるため、NF-κBの標的遺伝子の転写活性化が生じないことが知られている。本実験では、橙色発光ルシフェラーゼSLOとIκBαのドミナントネガティブ体cDNAを融合させることにより、細胞内のIκBαタンパク質量を橙色発光ルシフェラーゼSLOの発光量で、またNF-κBに依存した転写活性化を緑色発光ルシフェラーゼSLGの発光量で評価することを試みた。
【0060】
実施例7で樹立した2色発光細胞(NF-κB応答配列、HSV-TKプロモーター、不安定化緑色発光ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を連結したレポーターベクター、およびHSV-TKプロモーターと赤色発光ルシフェラーゼ(SLR、東洋紡)を連結したレポーターベクターがA9細胞内のMI-MACベクター(Takiguchi et al., ACS Synth Biol., in press)に挿入された細胞)のMI-MACに、CAGプロモーターの下流に橙色発光ルシフェラーゼ(SLO、東洋紡)とIκBαドミナントネガティブ体(S32A、S36A変異体、タカラバイオ)の融合遺伝子(SLO:: IκBα DN)を配したレポーターベクターを挿入、ネオマイシンを用いた選択によりシングルコロニー由来の6クローンを単離した。樹立した各クローンの発光強度を実施例9と同様に測定したところ、クローン2を除き、ほぼ均一であることが明らかとなった(
図10A)。また、内部標準用の赤色発光ルシフェラーゼの発光強度で、緑色発光ルシフェラーゼ(SLG/SLR)および橙色発光ルシフェラーゼの発光強度を除した発光強度比(SLO/SLR)もクローン2を除き、ほぼ均一であることが明らかとなった(
図10B)。
【0061】
続いて、各クローンのTNFαに対する反応応答性について検証した。細胞調製、TNFα処理、発光計測、発光強度の算出は実施例9と同様に実施した。各クローンの緑色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度から、TNFαによるNF-κB依存的な転写活性化を以下の計算により算出した。
(TNFα処理群のSLG値/ TNFα処理群のSLR値)/(コントロール群のSLG値/ コントロール群のSLR値)
その結果、IκBαのドミナントネガティブ体を発現させた安定細胞株では、TNFαによる有意なNF-κB依存的転写活性化は認められず、その傾向は樹立したいずれのクローンにおいても同様であった(
図10C)。
【0062】
次に、各クローンの橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度から、TNFαによるIκBα量の変化を以下の計算により算出した。
【0063】
(TNFα処理群のSLO値/ TNFα処理群のSLR値)/(コントロール群のSLO値/ コントロール群のSLR値)
その結果、IκBαのドミナントネガティブ体と融合させた橙色発光ルシフェラーゼSLOの発光強度は、TNFα処理しても低下しないことが明らかとなった。またこの傾向は、樹立したいずれのクローンにおいても同様であることも明らかとなった(
図10D)。
【0064】
実施例11
実施例9および実施例10で樹立した3色発光細胞を用い、TNFαによるNF-κB依存的転写活性化とIκBα量の時間変化を検証した。細胞を96ウェルプレートに播種し、一晩培養後、10 ng/ml TNFαまたは滅菌水(対象コントロール)を含むDMEM培地に交換し、0、1、2、6、10時間後に、TripLuc Assay Reagent(東洋紡)を添加し、ルミノメーター(Phelios、ATTO)を用い発光を測定した。緑色、橙色および赤色発光ルシフェラーゼの発光強度は式2より算出した。TNFαによるNF-κB依存的な転写活性化およびIκBα量の変化は実施例9に記載した計算により算出した。その結果、実施例9で樹立した発光細胞では、TNFα添加後、橙色発光ルシフェラーゼでモニターしたIκBα(SLO::IκBα)の急激な減少が観察され、一方、緑色発光ルシフェラーゼでモニターしたNF-κB(NF-κB-SLG)の急激な転写活性化が認められた(
図11A)。
【0065】
IκBαドミナントネガティブ体とSLOの融合タンパク質を発現させた実施例10で樹立した細胞では、TNFαを添加しても、橙色発光ルシフェラーゼでモニターしたIκBαドミナントネガティブ体(SLO::IκBα DN)の減少は認められず、一方、緑色発光ルシフェラーゼでモニターしたNF-κB(NF-κB-SLG)の有意な転写活性化も生じないことが確認された(
図11B)。以上の結果より、3種類の発光レポーター遺伝子をMI-MACベクターに挿入した安定細胞株を樹立し、各々の発光強度を測定することで、細胞内シグナルトランスダクションの上流と下流のシグナルの変化量を同時且つ経時的に評価することが可能となった。