特許第6827242号(P6827242)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6827242ハロモナス菌を用いたオキサロ酢酸の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6827242
(24)【登録日】2021年1月21日
(45)【発行日】2021年2月10日
(54)【発明の名称】ハロモナス菌を用いたオキサロ酢酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/50 20060101AFI20210128BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20210128BHJP
   C12R 1/01 20060101ALN20210128BHJP
【FI】
   C12P7/50
   !C12N1/20 A
   C12R1:01
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-140681(P2017-140681)
(22)【出願日】2017年7月20日
(65)【公開番号】特開2019-17334(P2019-17334A)
(43)【公開日】2019年2月7日
【審査請求日】2020年2月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河田 悦和
(72)【発明者】
【氏名】盤若 明日香
(72)【発明者】
【氏名】西村 拓
(72)【発明者】
【氏名】松下 功
(72)【発明者】
【氏名】坪田 潤
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/051499(WO,A1)
【文献】 特開2015−204769(JP,A)
【文献】 特開2016−202093(JP,A)
【文献】 特開2012−170385(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0130339(US,A1)
【文献】 AMB express,2016年,Vol.6:22,pp.1-8,URL,amb-express.springeropen.com/articles/10.1186/s13568-016-0195-y
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
後記の工程1、工程2、及び工程3を含む、オキサロ酢酸又はその塩の製造方法;
(1)(a)有機炭素源、及び(b)総量で0.2M〜2.5Mの濃度のNaHCO、NaCO、及びNaClからなる無機塩Aを含有する液体培地を用意する工程1
(2)ハロモナス属に属する好塩菌を、工程1で用意した前記液体培地を用いて培養する工程2、
(3)前記工程2によって得られた培養液中から、オキサロ酢酸又はその塩を回収する工程3。
【請求項2】
前記工程2において、前記好塩菌の増殖状態が誘導期又は対数期である時に、無機塩Bを前記液体培地中に添加する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記無機塩Bの添加を、前記培養液のOD600値が5以上であるときに実施する、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記無機塩Bが、NaHCO、NaCO、NaCl、KHCO、KCO、及びKClからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記無機塩Bと、前記無機塩Aとの濃度の総量が、0.2M〜2.5Mの範囲内である、請求項2〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
培養温度が30℃〜40℃である、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記工程2において、培養液中に窒素源を添加する、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記好塩菌が、ハロモナス・エスピーKM−1株、ハロモナス・パンテラリエンシス、ハロモナス・カンピサリス、ハロモナス・ニトリトフィルス、ハロモナス・アリメンタリア、又はハロモナス・メリディアナのいずれかである、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハロモナス菌を用いたオキサロ酢酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギーのみならず、ケミカル・リファイナリーのバイオベース化が課題となっている。
【0003】
オキサロ酢酸は、生体内では、解糖系に続く好気呼吸のクエン酸回路の構成成分であり、リンゴ酸がリンゴ酸デヒドロゲナーゼによって酸化されて生成し、さらに、オキサロ酢酸は、クエン酸シンターゼによってアセチルCoAと反応してクエン酸を生成する重要な化合物である。また、オキサロ酢酸は、ホスホエノールピルビン酸を経由して糖新生にも利用される。
【0004】
オキサロ酢酸は、工業的には、ほとんど生産されていないが、上記するような生理的な効果などから、今後の利用価値に注目されている化合物である。
【0005】
ハロモナス属に属する好塩菌を用いたオキサロ酢酸以外の物質の生産に関しては、特許文献1には、ハロモナス属に属する好塩菌を用いた3−ヒドロキシブチレート(3ーHB)の製造方法が開示され、並びに特許文献2、及び3には、ハロモナス属に属する好塩菌を用いたピルビン酸の製造方法が開示されている。また、特許文献4には、グラム陽性菌を用いたオキサロ酢酸及びオキサロ誘導体の製造方法が記載されているが、オキサロ酢酸の生産量についての記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際特許公報2013/051499
【特許文献2】特開2015−204769
【特許文献3】特開2016−202093
【特許文献4】特開2006−91
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、物質を、微生物を用いて工業的に生産する際に、多くの場合には、用いられている菌株には人為的な変異等による形質の付与がなされているので、斯かる形質の維持、又はその確認を行うために、多大な労力がかかる点で、問題がある。
【0008】
また、微生物を発酵生産に用いるためには、該微生物に遺伝子改変がなされているかどうかに関わらず、一般に、培地への抗生物質の投入、及び培地のオートクレーブ処理等の、他の菌による汚染を防ぐための対策を取る必要があり、手間もコストもかかる。
【0009】
前記のように、特許文献1には、野生型のハロモナス菌を用いた、簡便且つ効率的な3−HB製造方法が開示され、また、特許文献2、及び3には、それぞれ、特許文献1と同じ野生型ハロモナス菌を用いた、簡便且つ効率的なピルビン酸の製造方法が開示されている。しかしながら、前記の特許文献1〜3に、オキサロ酢酸又はその塩の生産については何ら言及されておらず、その製造方法についての記載も示唆もない。
【0010】
このような背景のもと、簡便且つ効率的であり、及び工業的な大量生産に応用し得るオキサロ酢酸又はその塩の製造方法の開発が望まれている。
【0011】
よって、本発明はオキサロ酢酸又はその塩を簡便且つ効率的に製造する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、このような課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ハロモナス属に属する好塩菌を、特定の無機塩を所定濃度にて含有する培地を用いて培養した結果、優れた効率でオキサロ酢酸又はその塩を生産できることを見出した。
【0013】
本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものであり、以下に示す広い態様の発明を包含するものである。
【0014】
〔項1〕 後記の工程1、工程2、及び工程3を含む、オキサロ酢酸又はその塩の製造方法;
(1)(a)有機炭素源、及び(b)総量で0.2M〜2.5Mの濃度のNaHCO、NaCO、及びNaClからなる無機塩Aを含有する液体培地を用意する工程1
(2)ハロモナス属に属する好塩菌を、工程1で用意した前記液体培地を用いて培養する工程2、
(3)前記工程2によって得られた培養液中から、オキサロ酢酸又はその塩を回収する工程3。
【0015】
〔項2〕 前記工程2において、前記好塩菌の増殖状態が誘導期又は対数期である時に、無機塩Bを前記液体培地中に添加する、項1に記載の製造方法。
【0016】
〔項3〕 前記無機塩Bの添加を、前記培養液のOD600値が5以上であるときに実施する、項2に記載の製造方法。
【0017】
〔項4〕 前記無機塩Bが、NaHCO、NaCO、NaCl、KHCO、KCO、及びKClからなる群より選択される少なくとも1種である、前記項2又は3に記載の製造方法。
【0018】
〔項5〕 前記無機塩Bと、前記無機塩Aとの濃度の総量が、0.2M〜2.5Mの範囲内である、項2〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【0019】
〔項6〕 培養温度が30℃〜40℃である、項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【0020】
〔項7〕 前記工程2において、培養液中に窒素源を添加する、項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【0021】
〔項8〕 前記好塩菌が、ハロモナス・エスピーKM−1株、ハロモナス・パンテラリエンシス、ハロモナス・カンピサリス、ハロモナス・ニトリトフィルス、ハロモナス・アリメンタリア、又はハロモナス・メリディアナのいずれかである、項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、オキサロ酢酸又はその塩の簡便且つ効率的な製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】試験例1の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図2】試験例2の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図3】試験例3の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図4】試験例4の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図5】試験例5の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中の吸光度(600nm:OD600値)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図6】試験例5の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
図7】試験例6の実験結果を示すグラフ。図中のグラフの縦軸は培養液中のオキサロ酢酸の濃度(g/L)を示し、横軸は培養開始からの時間(h)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のオキサロ酢酸又はその塩の製造方法は、以下の工程1、工程2、及び工程3を含む。
(1)(a)有機炭素源、及び(b)総量で0.2M〜2.5Mの濃度のNaHCO、NaCO、及びNaClからなる無機塩Aを含有する液体培地を用意する工程1
(2)ハロモナス属に属する好塩菌を、前記液体培地を用いて培養する工程2。
(3)工程2によって得られる培養液中から、オキサロ酢酸又はその塩を回収する工程3。
【0025】
工程1
本発明の製造方法の工程1は、(a)有機炭素源、及び(b)総量で0.25M〜2.0Mの濃度のNaHCO、NaCO、及びNaClからなる無機塩Aを含有する液体培地を用意する工程である。
【0026】
当該液体培地は、商業的に利用可能な物質を慣用の方法で混合することにより、容易に用意できる。
【0027】
当該液体培地の用意のため、商業的に利用可能な液体培地を利用してもよい。
【0028】
当該培地、及びこれが含有する当該無機塩、及び当該有機炭素源については、後記する<B:液体培地>の欄にて説明する。
【0029】
工程2
本発明の製造方法の工程2は、ハロモナス属に属する好塩菌を、前記液体培地を用いて培養する工程である。
【0030】
<A:好塩菌>
工程2にて用いる好塩菌はハロモナス属に属する好塩菌である。当該好塩菌としては、後記の(i)又は(ii)のいずれかに示す好塩菌を用いることができる。
【0031】
(i)無機塩と単一若しくは複数の有機炭素源を含む固体培地にて増殖し、オキサロ酢酸又はその塩を菌体外の培地中に生産させることを特徴とする好塩菌。
(ii)無機塩と単一若しくは複数の有機炭素源を含む液体培地にて増殖した後、オキサロ酢酸又はその塩を菌体外の培養液に分泌産生することを特徴とする好塩菌。
【0032】
当該好塩菌は、酸化的代謝と嫌気的代謝とを使い分けることができ、培地中の遊離酸素の存在の有無にかかわらず生存が可能で、且つ、遊離酸素の存在下のほうが生育し易い傾向を有する、いわゆる、通性嫌気性菌の性質を有する菌体である。
【0033】
当該好塩菌は、0.2M〜2.5M程度の範囲内の塩濃度が生育至適塩濃度である好塩性を有し、時には塩を含まない培地においても生育できる細菌である。当該好塩菌は、通常はpH5〜pH12程度の範囲内の培地中で生育する。
【0034】
当該好塩菌として、例えば、ハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM−1株が挙げられる。ハロモナス・エスピーKM−1株は、平成19年7月10日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305−8566茨城県つくば市東1−1−1中央第6)に受託番号FERM P−21316として寄託されている。また、この菌株は、現在国際寄託に移管されており、その受託番号はFERM BP−10995である。当該ハロモナス・エスピーKM−1株の16S rRNA遺伝子は、DDBJにAccession Number AB477015として登録されている。
【0035】
生育特性等に鑑みて、工程2にて用いる好適な好塩菌としては、ハロモナス・エスピーKM−1株以外に、ハロモナス・パンテラリエンシス(Halomonas pantelleriensis:ATCC 700273)、ハロモナス・カンピサリス(Halomonas campisalis:ATCC 700597)、ハロモナス・メリディアナ(Halomonas meridiana:NBRC15608)等も挙げることができる。
【0036】
さらに、16SリボゾームRNA配列による分析から、前述のハロモナス属に属する好塩菌に限らず、ハロモナス・ニトリトフィルス、ハロモナス・アリメンタリア、ハロモナス・メリディアナ等も、工程2にて用いるハロモナス属に属する好塩菌として採用してもよい。
【0037】
前記好塩菌の中でも、ハロモナス・エスピーKM−1株、ハロモナス・パンテラリエンシス、又はハロモナス・メリディアナを用いることが好ましく、ハロモナス・エスピーKM−1株又はハロモナス・パンテラリエンシスを用いることが更に好ましい。
【0038】
なお、前記ハロモナス属に属する好塩菌は、人為的及び偶発的を問わず、遺伝子導入、及び変異導入等の処理がされていない野生型株であることが好ましいが、適宜これらの導入がされていてもよい。導入される遺伝子及び/又は変異は、本発明の製造方法において、オキサロ酢酸又はその塩の生産効率等を向上させる機能を発現させるものであれば特に限定されない。例えば、オキサロ酢酸の産生に寄与する触媒活性を有する酵素をコードする遺伝子、オキサロ酢酸の該菌体外への分泌を上昇させる機能を発揮するタンパク質をコードする遺伝子、及びこれらの遺伝子の発現を増大させる遺伝子等が挙げられる。これらの遺伝子の当該菌体への導入方法は、一般的な方法を採用することができる。
【0039】
<B:液体培地>
前記工程2にて用いる液体培地は、(a)有機炭素源、及び(b)総量で0.2M〜2.5Mの濃度のNaHCO、NaCO、及びNaClからなる無機塩Aを含有する。
【0040】
工程2にて用いる液体培地は、前記無機塩A、及び所望によるその他の無機塩を含有する。
【0041】
工程2にて用いる液体培地が含有する無機塩は、少なくとも無機塩Aを含有している限り、特に制限されない。
【0042】
工程2にて用いる液体培地が含有する無機塩としては、具体的には、例えば、リン酸塩;硝酸塩;炭酸塩;硫酸塩;並びにナトリウム、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛、銅、及びコバルト等の金属塩等を採用することができる。
【0043】
例えば、ナトリウム塩又はカリウム塩を無機塩として採用する場合であれば、NaCl、KNO、KNO、NaNO、NaNO、NaHCO、NaCO、NaHPO、NaHPO、KHPO、及びKHPO等の化合物を用いることができる。
【0044】
これらの無機塩は、前記好塩菌が、窒素源、又はリン源等として利用できるものが好ましい。
【0045】
窒素源としては、硝酸塩、亜硝酸塩、アンモニウム塩、及び尿素等を用いればよく、特に限定はされない。例えば、NaNO、NaNO、NHCl、及び尿素等の化合物を用いることができる。好ましくは、硝酸塩、及び亜硝酸塩等である。
【0046】
窒素源の使用量は、オキサロ酢酸又はその塩を生産する目的が達成される範囲において適宜設定することができる。具体的には、培養初期(特に培養開始時)の液体培地100mL当たり、通常であれば硝酸塩として500mg程度以上とすればよく、より好ましくは1000mg程度以上、更に好ましくは1250mg程度以上である。
【0047】
リン源としては、リン酸塩、リン酸一水素塩、及びリン酸二水素塩等を用いればよく、特に限定はされない。具体的には、例えば、NaPO、NaHPO、NaHPO、KPO、KHPO、及びKHPO等の化合物を用いることができる。
【0048】
リン源の使用量も、前記の窒素源の使用量と同様の観点から適宜設定することができる。具体的には、リン酸二水素塩として、培養初期(特に培養開始時)の液体培地100mL当たり、通常は50mg〜400mg程度の範囲内とすればよく、より好ましくは100mg〜200mg程度である。
【0049】
これらの無機塩は単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0050】
前記の無機塩のうち、無機塩A(すなわち、NaHCO、NaCO、及びNaCl)は、本発明の工程2にて用いる培地に含まれる。工程1で用意される液体培地が含有する無機塩Aの濃度(すなわち、NaHCO、NaCO、及びNaClの総量の濃度)は、0.2M〜2.5M、好ましくは0.5M〜2.5M程度、より好ましくは0.8M〜1.5M程度である。 その他の無機塩は、総量で通常は0.1M〜2.5M程度の範囲内となる濃度で用いればよく、好ましくは0.9M〜2.0M程度、より好ましくは0.9M〜1.2M程度である。 当業者が通常理解する通り、無機塩Aの濃度は、前記液体培地の用意に用いられるNaHCO、NaCO、及びNaClの各量のみならず、その他のナトリウム塩、炭酸水素塩、炭酸塩、及びクロロ塩等の量も考慮して決定される。
【0051】
これらの濃度は、工程2の進行に伴い、変化し得る。
【0052】
工程1で用意され、及び工程2にて用いられる液体培地に使用する有機炭素源は、特に限定はされない。例えばトリプトン、イーストエキストラクト、可溶性デンプン、エタノール、n−プロパノール、酢酸、酢酸ナトリウム、プロピオン酸、廃グリセロール、廃蜜糖、木材糖化液、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース等の六炭糖;リブロース、キシルロース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、デオキシリボース等の五炭糖;スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ツラノース、セロビオース等の二糖;エリスリトール、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、キシリトール等の糖アルコール等が挙げられる。
【0053】
本発明で用いられる液体培地のpHは特に限定されない。例えば、前記好塩菌の生育条件を満たすpHであることが好ましく、具体的には、少なくとも培養系への導入時において、pH5〜pH12程度の範囲内にすることができる。より好ましくはpH8.8〜pH12程度である。アルカリ性の培地を用いれば、ハロモナス属に属する好塩菌以外の、他の菌の混入をより効果的に防止することができる。また、ハロモナス属に属する好塩菌から分泌されたオキサロ酢酸又はその塩によって生じるpHの大幅な低下を抑制するのでアルカリ性の培地を用いることは好ましい。
【0054】
本発明の製造方法では、塩濃度が比較的高い条件の液体培地で、ハロモナス属に属する好塩菌を好適に培養できるので、他の菌体の混入、増殖の恐れ等をほとんど排除できる。したがって、前述の液体培地に対して滅菌処理等を行わずに、簡便な設備で培養することが可能である。
【0055】
本明細書中、用語「培養液」、及び用語「液体培地」は、文脈により相互互換的に用いられ得る。
【0056】
ここで、用語「液体培地」とは、原則的に菌を培養するための基質を意味しする。また、用語「培養液」は、培地、及び培養生成物を含有する液体を意味することを意図して用いられ、通常は、菌体を含有しないことを意図して用いられるが、文脈により、菌体を含有することを意図して用いられ得る。
【0057】
<C:培養方法>
前記工程2における前記ハロモナス属に属する好塩菌の培養方法は、当該菌に培養液中にオキサロ酢酸を分泌生産させながら培養する方法である。
【0058】
具体的な培養方法の一例を以下に示す。先ず、5mL程度の適当な培地に前記好塩菌を植菌し、120rpm〜180rpm程度の攪拌速度で所定の温度にて、1晩振盪しながら前培養を行う。続いて前培養して得られた菌体を、三角フラスコ、発酵槽、又はジャーファーメンター等に入った前記液体培地中に100倍程度に希釈し本培養(本明細書での培養に相当する。)する。
【0059】
前記の本培養の培養温度は、通常は20℃〜45℃程度の範囲内で設定することができる。オキサロ酢酸を効率よく分泌生産することに鑑みて、培養温度は、通常は30℃〜40℃程度の範囲内とすることが好ましい。より好ましくは31℃〜39℃程度、更に好ましくは32℃〜38℃程度であり、33℃〜37℃程度が最も好ましい。
【0060】
工程2での培養の方法としては、回分培養、半回分培養(流加培養)、連続培養等の培養方法が挙げられ、特に限定はされない。本発明の方法では他の菌が混入、及び増殖の危険性が極めて低いので、長期の連続培養も採用可能である。この方法では、オキサロ酢酸又はその塩を効率よく製造できる点で好ましい。
【0061】
工程2には、培養液中の好塩菌の増殖状態が静止期に移行する前の時期、すなわち誘導期又は対数期である時期に、培養液中に無機塩を追加する工程を含んでいてもよい。
【0062】
前記の対数期とは、培養液中の好塩菌の濃度を、吸光度を指標として経時的に測定した場合に、これが対数的に増大することが観察される時期である。このような対数期には、減速増殖期も包含される。また、前記の誘導期は、培養開始後から前記の対数期に至る前の時期である。このような誘導期には、加速期も包含される。
【0063】
前記の追加の無機塩Bを培養液中に添加する時期は、前記のように前記好塩菌の増殖状態が誘導期又は対数期である時期である限り、特に限定されない。例えば、培養液中のOD600値が、5程度以上に達した時を、無機塩Bを培養液中に添加するタイミングとして採用できる。無機塩Bの培養液中への添加は、例えば、好ましくは、培養液中のOD600値が、通常5以上であるとき、好ましくは5〜30程度の範囲内、より好ましくは5〜25程度の範囲内、及び更に好ましくは5〜20程度の範囲内の時期に実施できる。
【0064】
当該添加は、連続的、又は非連続的であることができる。
【0065】
当該添加の回数は、1回、又はそれ以上であることができる。
【0066】
前記の培養液に追加する無機塩Bは、特に限定されず、例えば、前記<B:培地>にて詳述した無機塩から適宜選択することができる。これらの無機塩の中でも、NaHCO、NaCO、NaCl、KHCO、KCO、及びKClを挙げることができる。中でも、NaHCO、NaCO、及びNaClが好ましい。これらの培養液に追加する無機塩は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0067】
前記の培養液に追加する無機塩Bは、例えば、培養開始時に用いる前記無機塩Aの量、及び当該無機塩Bの量の合計が、通常添加後の溶液濃度で0.2M〜2.5Mの範囲内、好ましくは、0.22M〜2.0M程度の範囲内、より好ましくは0.23M〜1.8M程度の範囲内、更に好ましくは0.24M〜1.5M程度の範囲内、及びより更に好ましくは0.25M〜1.3M程度の範囲になる量で、添加され得る。
【0068】
なお、半回分培養及び連続培養の際には、培養培地液を変更する時に結果として系内に存在する好塩菌の濃度が下がるので、その際に前記の無機塩を追加してもよい。
【0069】
前記工程2では、培養液中に窒素源を追加することもできる。具体的な窒素源は、前記の<B:液体培地>にて説明したものを適宜採用することができ、特に限定はされず、例えば、硝酸塩を培養液に追加することが好ましい。
【0070】
培養液に窒素源を追加する時期は特に限定はされず、例えば、好塩菌の増殖状態が誘導期から静止期の何れの状態であってもよい。培養液に窒素源を追加する回数は特に限定はされず、通常は1回〜10回程度を挙げることができる。複数回に渡って培養液に窒素源を追加するときの追加間隔は適基決定すればよい。例えば、培養液中の好塩菌の生育状態に合わせて追加してもよく、単に培養期間中の、経時的に適当な時期に追加してもよい。
【0071】
また、培養液に追加する窒素源の量も特に限定はされず、例えば、追加する窒素源の総量として、通常は添加後の溶液濃度が0.1M〜0.2M程度の範囲、より好ましくは0.12M〜0.18M程度の範囲、更に好ましくは0.13M〜0.17M程度の範囲、及び特に好ましくは0.14M〜0.16M程度の範囲である。
【0072】
工程2は、pHを制御せずに好適に実施することができるが、pHを制御することを排除されない。pHの制御は、慣用の方法に従い、酸性物質(例:塩酸)、及び/又はアルカリ性物質(例:水酸化ナトリウム)を培養系に添加することにより実施できる。
【0073】
pHの制御は、例えば、培養液のpHが、前記液体培地について説明したpHと同様のpHとなるように実施することができる。
【0074】
工程3
本発明の製造方法の工程3は、前記工程2によって得られた培養液から、オキサロ酢酸又はその塩を回収する工程である。
【0075】
当該回収としては、慣用の方法を用いればよい。具体的には、回分培養等の場合、前記工程2によって得られる培養液中にオキサロ酢酸又はその塩が存在している時に工程2の培養を停止し、必要に応じてオキサロ酢酸又はその塩を含む培養液と前記好塩菌体とを分離手段に供し、その培養液を得ることで回収できる。
【0076】
なお、分離した菌体内からは、特許文献1等に記載の手法に従い、バイオポリマーPHB、及び3−ヒドロキシ酪酸等を回収することも可能である。
【0077】
前記の培養停止方法は特に限定はされず、例えば、前記工程2によって得られるハロモナス属に属する好塩菌を加熱、又は酸処理等の方法によって殺菌する方法を挙げることができる。また、遠心分離操作、濾過、及び膜分離等の公知の固液分離の手段を適宜組み合わせながら、培養液と前記好塩菌体とを分離して培養を停止する方法を採用してもよい。
【0078】
培養液中のオキサロ酢酸又はその塩の存在を確認する方法は、菌種、培地成分、及び培養条件等により変わり得るものであり、これらの要素を考慮して適宜決定する。例えば、継時的に培養液を採取し、これをHPLC、及び分析キット等による分析方法に供して、培養を停止するのに好ましい時期を決定することもできる。
【0079】
また、オキサロ酢酸は酸性を示す化合物であることから、培養液のpHを継時的にモニタリングしながら、培養の際の培地のpHの低下を指標にして、オキサロ酢酸の存在を確認してもよい。
【0080】
なお、回収されるオキサロ酢酸の塩は、培養液中に含まれる無機塩に由来するナトリウム、及びカルシウム等のアルカリ金属、又はアルカリ土類金属等の陽イオンと反応した金属塩として回収されることがある。したがって、オキサロ酢酸を製造するためには、回収した培養液を塩析等の常法に供してもよい。
【0081】
また、回収した培養液を適切なカラムを用いたカラムクロマトグラフィーによって精製工程に供してもよい。これら以外の方法として、回収した培養液のpHを適宜変更して、所望のオキサロ酢酸又はその塩のいずれかを精製工程に供することもできる。
【0082】
本発明の製造方法では、コンタミネーションへの配慮も、培養環境を滅菌状態に保つための配慮もほとんど必要ないため、低コストで簡便にオキサロ酢酸又はその塩を得ることができる。
【実施例】
【0083】
以下に、本発明をより詳細に説明するための実験例を示す。なお、本発明が後記に示す実験例に限定されないのは言うまでもない。
【0084】
<培地>
後記の試験例にて用いるSOT改5培地は、特許文献1に記載されたものである。具体的な培地組成は、表1に示すとおりである。なお、以下の試験例にて用いる培地はオートクレーブを行わないで使用した。
【0085】
【表1】
<オキサロ酢酸又はその塩の測定>
本実験例における培養液にて生産されるピルビン酸又はその塩の測定は、BIO−RAD社Aminex HPX−87Hに添付に記載された分析条件に準拠して実施し、検出には島津製作所RID−10A示差屈折率検出器を用いた方法にて行った。
【0086】
まず、後記の実験にて得られる培養液を遠心分離した。得られたその上清の50μLを採取し、これに450μLの水を加えて測定用サンプルを作製した。この測定用サンプルを前記HPLCにて分析し、オキサロ酢酸の標品と比較した。
【0087】
<ハロモナス属に属する好塩菌の前培養>
ハロモナス属に属する好塩菌を、5mLの前記SOT5改培地(この場合、炭素源として1w/v%グルコース等を含むものを用いた)を含む16.5mm径の試験管にプレート培養から加え、その後37℃で1晩振盪培養した。
【0088】
<ハロモナス属に属する各種好塩菌の培養・各種サンプルの回収とその同定>
後記に、ハロモナス属に属する好塩菌を用いたオキサロ酢酸を製造することを確認する各種実験例を示す。
【0089】
実験例1
前記の前培養した各種ハロモナス属に属する0.2mLのHalomonas sp.KM−1株を、200mL容の三角フラスコに入れた20mLの前記SOT改5培地に混合して植菌し、シリコセンをした。これを、33℃で撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始の12時間後から、およそ6時間又は12時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩(以下、オキサロ酢酸とする。)の分泌量をそれぞれ測定した。
【0090】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、33℃で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0091】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、及び60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウムを培養液中に追加した。
【0092】
前記のSOT改5培地組成には、NaHCO、NaCO、及びNaClを合わせて、およそ0.2M程度の無機塩が含まれている。ここで、培養液中にNaHCOを追加しなかったもの(Control)、対数期に相当する培養開始から18時間後に1.0MのNaHCOを培養液中に追加したもの、また培養開始から18時間後及び24時間後(培養開始から24時間後も対数期に相当する)に、それぞれ1.0MのNaHCOを培養液中に追加したものの、合計3つの培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量について比較した。この結果を図1に示す。
【0093】
図1に示すように培養開始から24時間後以降にオキサロ酢酸の分泌が確認された。特に培養開始から18時間後にのみNaHCOを培養液中に追加した場合には、培養開始から42時間後及び48時間後に20g/Lものオキサロ酢酸の分泌量が確認された。また、培養開始から18時間後及び24時間後のそれぞれに1.0MのNaHCOを培養液中に追加したものは、10g/L程度のオキサロ酢酸の分泌量であった。
【0094】
以上の結果から、好気培養中の対数期の適当な時期に、NaHCOを培養液中に追加することで、オキサロ酢酸の培養液中での産生量を増大させることが明らかとなった。
【0095】
実験例2
前培養した各種ハロモナス属に属するHalomonas sp.KM−1株菌体の0.2mLを、200mL容の三角フラスコに入れた前記SOT改5培地20mLに混合して植菌し、シリコセンをした。これを、33℃で撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始の12時間後から、およそ12時間又は6時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩(以下、オキサロ酢酸とする)の分泌量をそれぞれ測定した。
【0096】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、33℃で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0097】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、及び60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウムを培養液中に追加した。
【0098】
前記のSOT改5培地組成には、NaHCO3、NaCO、及びNaClをあわせて、およそ0.2Mの塩が含まれている。ここで、追加の無機塩を加えなかったもの(Control)、対数期に相当する培養開始から18時間後に0.8MのNaHCOを培養液中に追加したもの、また培養開始から18時間後に0.8MのNaClを培養液中に追加したものの、合計3つの培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量について比較した。この結果を図2に示す。
【0099】
図2に示すように培養開始から24時間後以降に、著量のオキサロ酢酸が分泌され、培養開始から18時間後にのみNaHCOを培養液に添加した場合には、培養開始から36時間後に分泌量の極大値として14g/Lに達した。また、培養開始から18時間後にのみNaClを培養液に添加した場合には、培養開始から48時間後に分泌量の極大値として20g/Lに達した。
【0100】
以上の結果から、好気培養中の対数期の適当な時期に、NaCl又はNaHCOを添加することで、オキサロ酢酸の培養液中での産生量を増大させることが明らかとなった。
【0101】
実験例3
前培養した各種ハロモナス属に属するHalomonas sp.KM−1株菌体の0.2mLを、200mL容の三角フラスコに入れた前記SOT改5培地20mLに混合して植菌し、シリコセンをした。これを、30℃、33℃、37℃、及び40℃の各種温度とし、撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始の12時間後から、およそ12時間又は6時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩(以下、オキサロ酢酸とする)の分泌量を測定した。
【0102】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、同じ温度で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0103】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5及び培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウムを培養液中に追加した。
【0104】
前記のSOT改5培地組成には、NaHCO3、NaCO、及びNaClをあわせて、およそ0.2Mの塩が含まれている。ここで、培養開始から18時間後に0.8MのNaHCOを培養液中に追加したものと、これを追加しないものの、合計8つの温度条件での培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量について比較した。この結果を図3に示す。
【0105】
図3に示すように培養開始から18時間後にNaHCOを培養液に追加した場合は、いずれの場合も培養開始から24時間後以降にオキサロ酢酸の分泌が見られ、特に37℃及び40℃で培養した場合には、培養開始から42時間後に分泌量の極大値25.7g/Lに達した。
【0106】
以上の結果から、好気培養中の対数期の適当な時期に、NaHCOを添加することで、30℃〜40℃のどのような温度条件下であっても、オキサロ酢酸の培養液中での産生量を増大させることが明らかとなった。特に、37℃又は40℃での培養が顕著にオキサロ酢酸の産生量が増大することが明らかとなった。
【0107】
実験例4
前培養した各種ハロモナス属に属するHalomons sp.KM−1株、Halomons pantelleriensis:ATCC700273、及びHalomons meridian:NBRC15608の菌体のそれぞれ0.2mLを、200mL容の三角フラスコに入れた前記SOT改5培地20mLに混合して植菌し、シリコセンをした。これを、37℃で撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始から12時間後の、およそ12時間又は6時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩以下、オキサロ酢酸とする)分泌量をそれぞれ測定した。
【0108】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、同じ温度で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0109】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、及び60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウムを培養液中に追加した。
【0110】
前記のSOT改5培地組成には、NaHCO3、NaCO、及びNaClをあわせて、およそ0.2Mの塩が含まれている。ここで、培養開始から18時間後に0.8MのNaHCOを培養液中に追加したものと、これをこれを追加しないものの、合計6つの菌体条件での培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量について比較した。この結果を図4に示す。
【0111】
図4に示すようにKM−1株、BRC15608株を用いた場合、0.8MのNaHCOを培養液中に追加すると、培養開始から24時間後以降にオキサロ酢酸の分泌が見られ、培養開始から48時間後には、それぞれ23.5g/Lを超える極大値を示した。一方で、0.8MのNaHCOを加えなかった場合には、ほとんどオキサロ酢酸の分泌が見られなかった。また、ATCC700273の場合のオキサロ酢酸の分泌量は最大9.1g/Lと少ないがKM−1株、BRC15608株と同様の傾向が示された。
【0112】
以上の結果から、ハロモナス属に属する好塩菌として、KM−1株又はBRC15608株がオキサロ酢酸の分泌生産により適していることが示唆された。
【0113】
実験例5
前培養した各種ハロモナス属に属するHalomonas sp.KM−1株菌体の0.2mLを、200mL容の三角フラスコに入れた前記SOT改5培地20mLに混合して植菌し、シリコセンをした。これを、37℃で撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始の12時間後から、およそ12時間又は6時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩(以下、オキサロ酢酸とする。)の分泌量を測定した。
【0114】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、同じ温度で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0115】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、及び60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウムを培養液中に追加した。
【0116】
前記のSOT改5培地組成には、NaHCO3、NaCO、及びNaClをあわせて、およそ0.2Mの塩が含まれている。培養開始時又は、培養開始から18時間後に0.8MのNaHCOを培養液中に追加したものと、これを追加しなかった(Control)、合計3つの培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量を比較した。この結果を図6に示す。
【0117】
図5はHalomonas sp.KM−1株菌体の増殖状態を示すOD600値(OD600)である。培養開始から18時間後に前記のSOT5改培地のみを用いたコントロールはOD600値が18程度となり、培養開始から18時間後はその時期的前後のOD値の変化から、培地中の好塩菌は誘導期から対数期であることが分かる。また、培養開始時にNaHCOを前記のSOT5改培地中に追加したものは、OD600値が9程度と成長が抑制されているが、こちらも前記と同様に好塩菌が誘導期又は対数期であることが分かる。
【0118】
図6に示すように培養開始から24時間後以降で、オキサロ酢酸の分泌が見られた。培養開始時に前記のSOT5改培地に0.8MのNaHCOを追加したものは、培養開始から42時間後に14.8g/L以上のオキサロ酢酸分泌量の最大値を示した。また、培養開始から18時間後に0.8MのNaHCOを培養液中に追加したものは、.培養開始から18時間後に、13.4g/Lのオキサロ酢酸分泌量の最大値を示した。
【0119】
以上の結果から、ハロモナス菌の対数期に培養液中に無機塩を添加しなくとも、培養開始時に用いる無機塩の濃度を濃くすることによって、オキサロ酢酸を効率よく分泌生産することができることが明らかとなった。
【0120】
実験例6
前培養した各種ハロモナス属に属するHalomonas sp.KM−1株菌体の0.2mLを、200mL容の三角フラスコに入れた前記SOT改5培地20mLに混合して植菌し、シリコセンをした。これを、37℃で撹拌速度を200rpmとなる条件にて振盪培養し、培養開始の12時間後から、およそ12時間又は6時間おきに培養液を0.25mLずつ回収して、培養上清中のオキサロ酢酸又はその塩(以下、オキサロ酢酸とする)の分泌量を測定した。
【0121】
培養当初は、撹拌速度を200rpmと好気的な条件で培養し、培養液は、サンプリング後、再度シリコセンをし、同じ温度で振盪培養を継続し、半回分培養した。
【0122】
培養開始時に、SOT改培地にグルコースを20wt%の濃度で添加して用いた。窒素源として、前記のSOT改5培地組成に示すように、培養当初に12.5g/Lの硝酸ナトリウムを用いるが、培養開始から18時間後、24時間後、36時間後、48時間後、及び60時間後に、それぞれ2.5g/Lの硝酸ナトリウム加えた。
【0123】
SOT改5培地組成には、NaHCO3、NaCO、及びNaClをあわせて、およそ0.2Mの塩が含まれている。ここで、0.3MのNaHCOを加えたもの(最終塩濃度0.5M相当)、0.8MのNaHCOを加えたもの(最終塩濃度1.0M相当)、及び1.3MのNaHCOを加えたもの(最終塩濃度1.5M相当)の、合計3つの培養パターンでのオキサロ酢酸の分泌量について検討した。
【0124】
図7に示すようにコントロールを除いて、培養開始時の培地中に0.3MのNaHCOを加えたもの、0.8MのNaHCOを加えたもの、及び1.3MのNaHCOを加えたものの順でオキサロ酢酸の分泌の最大時間が培養後期に移動する傾向が見られ、いずれも8g/L以上のオキサロ酢酸を分泌した。
【0125】
以上の結果から、ハロモナス菌の対数期に培養液中に無機塩を添加しなくとも、培養開始時に用いる無機塩の濃度を濃くすることによって、オキサロ酢酸を効率よく分泌生産することができることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7