特許第6827902号(P6827902)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6827902
(24)【登録日】2021年1月22日
(45)【発行日】2021年2月10日
(54)【発明の名称】溶加材の製造方法、溶加材
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/40 20060101AFI20210128BHJP
   B23K 35/28 20060101ALI20210128BHJP
   C23C 22/34 20060101ALI20210128BHJP
【FI】
   B23K35/40 330
   B23K35/28
   C23C22/34
【請求項の数】4
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-180955(P2017-180955)
(22)【出願日】2017年9月21日
(65)【公開番号】特開2018-99728(P2018-99728A)
(43)【公開日】2018年6月28日
【審査請求日】2019年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2016-243866(P2016-243866)
(32)【優先日】2016年12月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506340275
【氏名又は名称】木ノ本伸線株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591021028
【氏名又は名称】奥野製薬工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100122828
【弁理士】
【氏名又は名称】角谷 哲生
(72)【発明者】
【氏名】上田 光二
(72)【発明者】
【氏名】木ノ本 裕
(72)【発明者】
【氏名】片山 順一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 保裕
(72)【発明者】
【氏名】瀧川 順庸
(72)【発明者】
【氏名】東 健司
【審査官】 小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−066495(JP,A)
【文献】 特開2003−171776(JP,A)
【文献】 特開平06−106129(JP,A)
【文献】 特開平06−306385(JP,A)
【文献】 特開平08−151548(JP,A)
【文献】 特開2011−058075(JP,A)
【文献】 特開2010−036221(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0263271(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/40
B23K 35/28
C23C 22/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の製造方法であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材を、液温20〜25℃の、フッ化水素酸の1.0〜3.5mol/L の水溶液と二フッ化アンモニウムの0.5〜2.0mol/Lの混合水溶液に、30秒以上浸漬処理することを特徴とするマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の製造方法。
【請求項2】
マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面が少なくともフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されているマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【請求項3】
マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面がフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されている溶加材であって、X線光電子分光分析装置によりフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜の表面にX線を照射し、表面から放出される光電子の運動エネルギーを計測することで、試料表面を構成する元素の組成を測定するにおいて、交互にスパッタイオン銃にて表面にアルゴンイオンを対SiO2換算で3nm/分のエッチング速度にて照射し、フッ素の原子数よりもマグネシウムが多くなるスパッタ時間が33分以上であるフッ素を含む被膜を有する表面処理したマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【請求項4】
マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面が少なくともフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されており、直径R(mm)、長さL(mm)の被覆された溶加材を燃焼イオンクロマトグラフィーにて含有F(フッ素)量を測定すると、F(フッ素)量が3.58×10-5×L(mm)×R(mm)よりも多いマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム(Mg)基合金の溶接に用いる溶加材の製造方法及び溶加材に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム(Mg)を主成分とするマグネシウム(Mg)基合金(以下「Mg合金」という。)は、展伸性、機械的強度等に優れることから、圧延板材や押出形材等の展伸材に、また軽量、機械的強度に優れることから、鋳造材、ハウジング用途等に好適に用いられている。
【0003】
更に難燃性Mg合金が開発され、0.5〜2%のカルシウム(Ca)を含む難燃性Mg合金が車両等の輸送設備の速力増加及び重量削減に有効であるとして注目を集めている。難燃性Mg合金を含むMg合金を大きな構造材料に使用するためには、溶接・接合が極めて重要である。Mg合金の溶接・接合については、TIG溶接(以下「ティグ溶接」ともいう)、MIG溶接(以下「ミグ溶接」ともいう)、摩擦攪拌接合(以下「FSW」ともいう)等が用いられる。
【0004】
TIG溶接は、電気を用いたアーク溶接方法の一種で、Tungsten Inert Gas(タングステン−不活性ガス)溶接の意であり、タングステンを電極に用いる。ティグ溶接は、高品質で美しい溶接ビード(溶接跡)が得られる。あらゆる金属の溶接に適用できるが、主には薄板のステンレスやアルミニウムなどの非鉄金属の溶接に採用される。
【0005】
MIG溶接はアーク溶接の一種で、Metal Inert Gas溶接の略であり、シールドガスに不活性ガスのみを使うものをいう。通常半自動溶接として使われる。ミグ溶接はシールドガスによって、大気と遮断された状態で溶接作業が行われるので、空気中の酸素の影響を受けずに溶接が進行し、熱の発生が局部に止まるので、ひずみの発生が少ない。不活性ガスとしてアルゴンやヘリウムが使われる。
【0006】
摩擦攪拌接合は先端に突起のある円筒状の工具を回転させながら強い力で押し付けることで突起部を接合させる部材(母材)の接合部に貫入させ、これによって摩擦熱を発生させて母材を軟化させるとともに、工具の回転力によって接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで複数の部材を一体化させる接合法をいう。しかし大型の摩擦攪拌接合装置が必要なため、3次元構造物の溶接には手溶接や半自動溶接で対応できるアーク溶接が多くの場合用いられている。
【0007】
上述のようにMg合金の溶接にはアーク溶接が主に用いられ、中でもMIG溶接は装置が簡単で溶接施工・能率面で多くのメリッ卜を持つため好適に用いられる。
MIG溶接は溶接トーチを用いて行われる。溶接トーチは溶接ガンとも言う。溶接対象物は溶接が行われる加工物であり、ワークや製品であるが、特に溶接に関して記述する場合は母材ともいわれる。母材はアースで溶接機の電極につながっている。このアース線には大電流が流れる。溶接機は電力を供給する装置で、数十キロワットの出力がある。また送給装置、シールドガスなどのコントロールを行う。送給装置は、溶接ワイヤを溶接トーチに送り込む装置である。ワイヤの送給速度は溶接機により緻密に制御される。溶接ワイヤは糸巻き状に巻かれており、供給装置により引き出され、コンジットチューブを経由してトーチに送り込まれる。トーチにはボンベから送られてくるシールドガスが供給される。シールドガスは、実際には溶接機を経由し、コンジットチューブの周りにあるホースの中を通り、トーチに供給される。
【0008】
溶接材は直径1mm前後で、母材と同じ成分の金属や異なる成分の金属を用いた溶接ワイヤである。ワイヤはコイル状に巻かれており、送給装置によりコンジットチューブを介してトーチに送られる。トーチでは溶接電源から送られてきた電気がコンタクトチップ(シュー)を介してワイヤに供給される。溶接ワイヤは電極と溶加材を兼ねていて、ワイヤの先端からはコンタクトチップから送られてきた電流により、アークが形成される。トーチからは、ワイヤと同様に溶接機から供給されるシールドガスが噴射され、アークを大気から保護すると同時にアークそのものともなる。
【0009】
したがって、Mg合金の展伸材及び鋳造材(以下、単に「Mg合金材料」ということがある)をMIG溶接するには、溶接されるMg合金材料に近い組成等の溶接棒、あるいは
溶接ワイヤともいう、が必要である。このような溶接棒あるいは溶接ワイヤを以下「溶加材」という。
【0010】
上述のように溶加材の先端と母材との間にアーク放電させるためには溶加材にコンタクトチップ(シュー)を介して電気が供給されることが必要であり、コンタクトチップ(シュー)に接する溶加材が導電性を有していることが必要である。
このため、溶加材は、表面清浄性に優れることが望まれているが、製造中の潤滑剤や潤滑付着物を完全に除去することは難しく、溶加材の表面に潤滑剤や付着物が残存した場合、表面清浄度が低下し、安定した溶接を行いにくい。Mg合金の溶加材の表面清浄性を改善するため、例えば、純Mg又はMg合金からなる溶加材の表面にシェービング加工が施されていることを特徴とするマグネシウム溶加材が提案されている(特許文献1参照)。
【0011】
しかしMg合金からなる溶加材は、Mgが主成分のため保存時に経時的に酸化等により通電性が劣化しやすく、安定した溶接ができなくなる。
このため、溶加材の経時的劣化を防ぐために、発明者は、溶加材表面をアルカリによる Mg(OH)化処理することや、P−Mn−Ca系化成処理することを試みたが、経時的な溶接性の持続性が悪かったり、MIG溶接時に導通不良となって溶接できなかったりするという問題があった。
このため、Mg合金材料のアーク溶接、特にMIG溶接に用いる安定した溶接性に優れたMg合金溶加材の製造方法及びそのような溶加材が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2011−245558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、Mg合金材料の溶接に用いる、溶接性が安定して保持される溶加材の製造方法及び溶加材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明者等は、Mg合金の保存性向上策につき鋭意研究した結果、溶加材をフッ素化合物で処理することにより、MIG溶接をすることのできる溶接性が安定して持続する被覆層が溶加材表面に形成されることを見出し本発明を完成させた。すなわち、本発明によって溶接性が経時的に劣化せず安定した溶接性に優れた溶加材の製造方法及び溶加材が提供される。
【0015】
削除
【0016】
削除
【0017】
削除
【0018】
[1]マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の製造方法であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材を、液温20〜25℃の、フッ化水素酸の1.0〜3.5mol/L の水溶液と二フッ化アンモニウムの0.5〜2.0mol/Lの混合水溶液に、30秒以上浸漬処理することを特徴とするマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の製造方法。
【0019】
[2]マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面が少なくともフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されているマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【0020】
[3]マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面がフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されている溶加材であって、X線光電子分光分析装置によりフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜の表面にX線を照射し、表面から放出される光電子の運動エネルギーを計測することで、試料表面を構成する元素の組成を測定するにおいて、交互にスパッタイオン銃にて表面にアルゴンイオンを対SiO2換算で3nm/分のエッチング速度にて照射し、フッ素の原子数よりもマグネシウムが多くなるスパッタ時間が33分以上であるフッ素を含む被膜を有する表面処理したマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【0021】
[4]マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であって、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金組成の線材の表面が少なくともフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されており、直径R(mm)、長さL(mm)の被覆された溶加材を燃焼イオンクロマトグラフィーにて含有F(フッ素)量を測定すると、F(フッ素)量が3.58×10-5×L(mm)×R(mm)よりも多いマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アーク溶接、特にMIG溶接に対する溶接性を経時的に劣化しにくくさせる被覆層が溶加材表面に形成された溶加材の製造方法及び溶加材が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】フッ化物処理時間が30秒のXPSのグラフである。
図2】フッ化物処理時間が40秒のXPSのグラフである。
図3】フッ化物処理時間が20秒のXPSのグラフである。
図4】フッ化物処理と、燃焼ICによるF量と溶接性との関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.溶加材
本発明の溶加材は、Mg合金材料を溶融溶接する際に用いる溶加材である。溶加材の形態は直径1〜数mmの溶接線または溶接棒であって、MIG溶接等のアーク溶接に用いる。
【0025】
この場合、溶接の対象となるMg合金材料とは、Mgが主成分であるマグネシウム合金組成を有する母材を意味し、組成は特に限定されず、例えば、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)及びカルシウム(Ca)を含む合金材料、又はマグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)及びカルシウム(Ca)を含む合金材料を挙げることができる。具体的には、AZ31およびAZ31に1%カルシウムを含むAZX311、AZ61およびAZ61に1%カルシウムを含むAZX611、AZ61に2%カルシウムを含むAZX612、AZ91およびAZ91に1%カルシウムを含むAZX911、AZ91に2%カルシウムを含むAZX912、AM60およびAM60に2%カルシウムを含むAMX602、その他ジルコニウム(Zr)を含むZK
系、イットリウム(Y)を含むWE系、シリコン(Si)を含むAS系等のMgが主成分であるマグネシウム合金等を挙げることができる。
【0026】
したがって、溶加材としては、母材と同一あるいは類似した組成の合金が用いられるため、Mgが主成分であるマグネシウム合金組成を有する母材を意味し、組成は特に限定されず、例えば、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)及びカルシウム(Ca)を含む合金材料、又はマグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)及びカルシウム(Ca)を含む合金材料を挙げることができる。具体的には、AZ31およびAZ31に1%カルシウムを含むAZX311、AZ61およびAZ61に1%カルシウムを含むAZX611、AZ61に2%カルシウムを含むAZX612、AZ91およびAZ91に1%カルシウムを含むAZX911、AZ91に2%カルシウムを含むAZX912、AM60およびAM60に2%カルシウムを含むAMX602、その他ジルコニウム(Zr)を含むZK系、イットリウム(Y)を含むWE系、シリコン(Si)を含むAS系等のMgが主成分であるマグネシウム合金等を挙げることができる。更に、それらに固溶強化の目的で、AgやGa等を添加したMg合金も用いることができる。
【0027】
Mg合金は常法により線引きし1〜数mm直径の線材にする。断面形状は限定されないが通常円形である。線の表面はできるだけ清拭されていることが好ましい。表面処理するまでにMg合金表面が水や空気で表面が酸化等されやすいため、線引後はできるだけ時間を置かず次の表面処理工程にかかることが好ましく、またその間密閉性の高い容器に入れ乾燥空気中更に好ましくは非酸素雰囲気中で保存することが好ましい。
【0028】
以下、表面処理方法につき説明する。表面処理はフッ化物処理工程の本工程の前に脱脂工程、エッチング工程による前処理工程を行うことが、均一なフッ化物処理工程を行うため好ましい。
【0029】
(脱脂工程)
脱脂工程は線引き工程で表面し付着した加工用潤滑剤等を除去し以後の処理を円滑に行うためである。脱脂液としては水酸化ナトリウム等の強アルカリ性水溶液に微量の界面活性剤が含まれたものが好ましい。市販の脱脂液としては奥野製薬工業株式会社 製 「トップマグスター100」、「トップマグスター100AD」が挙げられる。例えば、NaOHの濃度が0.8〜1.5モル/L、微量の界面活性剤が含まれた55〜65℃の脱脂液中に溶加材を5〜15分浸漬して行うことができる。脱脂工程終了後水洗する。
【0030】
(エッチング工程)
エッチング工程は溶加材表面の酸化膜や化成被膜の除去のため行う。エッチング液としては有機酸や有機化合物の水溶液が好適に用いられる。市販のエッチング液としては奥野製薬工業株式会社 製 「トップマグロック(登録商標)ET−100」が挙げられる。例えば、有機酸 0.3〜0.8モル/L、有機化合物 8〜10モル/Lの濃度の55〜65℃のエッチング液中に30〜120秒浸漬して行うことができる。エッチング工程終了後水洗する。
【0031】
(フッ化物処理工程)
フッ化物処理工程は溶加材表面に防食性の高い導電性の被膜を形成するためであり、フッ素を含む化合物を線引きした溶加材の表面に反応させる。フッ素を含む化合物は低分子であれば限定されないが、フッ素を含む化合物は一般に毒性、腐食性が強いため、工業上処理に用いるフッ素を含む化合物としては毒性、爆発性、腐食性が低く安全性の高いものが好ましい。
【0032】
フッ素ガス、フッ化水素、二フッ化酸素等のフッ素化合物を気体状態でそのまま溶加材に接触させるかスパッタ処理や、プラズマ処理等によりフッ素を溶加材に反応させてもよいが、製造設備が大型化しやすく、更に毒性、爆発性、腐食性による危険性を防ぐため大がかりとなり、製造も条件コントロール等が困難なため、フッ化物処理工程としてはフッ素化合物の水溶液中で反応させることが好ましい。
【0033】
フッ素化合物水溶液用のフッ素化合物としては、限定されないが、毒性が弱く、安全性が比較的高いものが好ましく、フッ素化合物水溶液用としては、例えばフッ化水素酸、一水素二フッ化アンモニウムの水溶液が好ましい。
フッ化水素酸を単独で用いると、反応が激しくフッ素ミストが発生することがある。マグネシウムが酸と反応し水素ガスが発生するが、浴液中にはフッ化水素が存在しているため、フッ化水素も巻き込まれて飛散する。沸点も高くないので常温においてもフッ化水素酸液の近くではフッ化水素がガス化しており、フッ化水素ガスは強烈な刺激臭がありフッ素ミストとして扱う。
反応が穏やかなフッ素を含む化合物は一水素二フッ化アンモニウム(酸性フッ化アンモニウム、フッ化水素アンモニウム、NH−HF2 ともいう)は条件によっては単独では耐食性が足りないことがある。尚、表中、図中において一水素二フッ化アンモニウムについて「NH・HF2」とも記すことがある。
【0034】
フッ化水素酸と一水素二フッ化アンモニウムの混合水溶液が好適に用いられる。フッ化物処理では水素ガス、フッ素ガスが共存した反応ガスが発生することがあるが、フッ化水素酸と一水素二フッ化アンモニウムを混合することでマグネシウムの溶解反応を抑制させ、水素ガスの反応を抑え込むことができる。フッ化物処理工程終了後水洗する。
【0035】
フッ化物処理工程はフッ化水素酸、一水素二フッ化アンモニウムの濃度、浸漬時の液温、浸漬時間等を調節して行う。この3因子のうちいずれかの水準が大きければ、他の2因子の水準は低くてもよいという大凡の関係が成立する。フッ化水素酸の濃度は0.5〜3.5モル/L、一水素二フッ化アンモニウムの濃度は0.〜2.0モル/Lが好ましい。
液温は20〜40℃が好ましく処理できるが、40℃になると、フッ素ミスト発生があり製造現場環境上好ましくないため30℃までがより好ましい。
浸漬時間は30秒〜15分の組み合わせにて保存性のよい被覆層の形成が可能である。15分より長くても飽和して反応がそれ以上進みにくくなる。
【0036】
(促進劣化)
フッ化物処理し被覆層を形成した溶加材に対し、どの程度の期間溶接性が維持できるかという、溶接性の保存性を評価するため加速の目的で促進劣化を行った。
フッ化物処理後水洗し、乾燥後、直ちに60℃、湿度90%の恒温恒湿BOX中に24時間放置した。
本促進劣化条件は、表面の酸化状態や色合いから室内環境中に放置した場合の約6か月に相当する。
【0037】
(被膜外観色相)
促進劣化後の溶加材の被膜の外観色相を目視にて観察した。被膜の色は被膜の組成を表す指標として、有効と思われるからである。フッ化物処理により形成された被膜は多孔質でありMgO等を含有することに関係しているものと推測される。
【0038】
促進劣化後の溶加材につき溶接性試験及びXPS分析及び燃焼イオンクロマトグラフィー(燃焼IC)にて溶加材中(芯線と被膜)に含まれるF(フッ素)量の測定を行った。
【0039】
(溶接性試験)
フッ化物処理後促進劣化させた溶加材を溶加材試料として、溶接性の評価のため、MIG溶接機を用いて溶接性試験を行った。
【0040】
(溶接性評価方法)
溶加材のMIG溶接に対する溶接性については、適正な溶接ビードが形成されているかどうかにつき、溶接ビードの外観観察法で行った。
【0041】
(XPS分析)
XPSにて被覆層の元素組成を分析した。XPSは、X−ray Photoelectron SpectroscopyまたはESCA: Electron Spectroscopy for Chemical AnalysisあるいはX線光電分光法ともいう。
一定の強度で試料をスパッタをすることにより、表面をエッチングし、新たな表面の元素組成を検出できるため表面から深さ方向の組成が測定できる。
【0042】
(燃焼イオンクロマトグラフィー(燃焼IC)分析)
燃焼イオンクロマトグラフィーにてフッ化物処理した溶加材(芯線と被膜)中に含まれるF(フッ素)の重量含有比を求めた。
燃焼イオンクロマトグラフィーは、試料を燃焼分解ユニット内に設置し、酸素を含む燃焼ガス気流中で燃焼させて、 発生したガスを吸収液に捕集し、吸収液に捕集した各種ハロゲンや硫酸イオンをイオンクロマトグラフィーにて 分離定量するものである。今回はF(フッ素)含有量を定量した。
【実施例1】
【0043】
以下に、本発明の表面処理溶加材の製造方法及び表面処理した溶加材を、実施例を用いてさらに具体的に説明する。なお、本発明は、以下の実施例によって、いかなる制限を受けるものではない。
(溶加材の作製)
溶解鋳造炉のるつぼの中で、AZ61合金に難燃性付与のために、1.0質量%のカルシウム(Ca)を添加したマグネシウム(Mg)合金「AZ61−1質量%Ca」を600〜750℃で溶解し、溶解した溶湯が均質になるよう撹拌した後、円筒状に固化形成した。次に、これをビレットとして、押し出し比を150、押し出し温度を420℃で熱間押し出し加工、次に冷間での伸線加工を経て直径1.2mmのワイヤ状の溶加材(AZX611)を作製した。ここで、AZX611は、6質量%Al、1質量%Zn、1質量%Ca、残部がMgおよび不可避不純物からなる。すなわち、溶加材は、合金組成100質量%中に、6質量%Al、1質量%Zn、1質量%Ca、残部がMgおよび不可避不純物から構成されている。組成は、固形形成した円筒形状の塊から一部を切り出し、酸分解後にICP発光分光分析法で成分分析し確認した。
【0044】
(脱脂工程)
奥野製薬工業株式会社 製 「トップマグスター100」110ml/L、「トップマグスター100AD」5ml/Lの55〜65℃の脱脂液中に上記線引きした溶加材を5分間浸漬した。脱脂工程終了後水洗した。
【0045】
(エッチング工程)
奥村製薬工業株式会社 製 「トップマグロック(登録商標)ET−100」700ml/L、55〜65℃のエッチング液中に上記脱脂済み溶加材を60秒間浸漬した。エッチング工程終了後水洗した。
【0046】
(フッ化物処理)
表1に示す条件で、フッ化物水溶液中に上記エッチング済溶加材を浸漬しフッ化物処理を行った。
フッ化物処理終了後水洗した。乾燥させ、処理した溶加材は水不透過性の袋中で気密的に保管した。
【0047】
【表1】
(溶接性試験)
【0048】
厚さが3mm、幅が130mm、成形方向に長さが330mmのAZX611からなる2枚の試験板、及び直径が1.2mm、長さが10mの上記フッ化物処理を施したMg合金溶加材(AZX611)を1巻用いた。溶接方法は、ミグ(MIG)溶接法で、オプション仕様としてマグネシウム合金用にワイヤ送給量を制御されたデジタルパルスMIG溶接機(ダイヘン社製:商品名:DP400P)を用いてAZX611溶接接合構造体(接合構造)(溶接継手)を作製した。接合構造体(接合構造)の形状は、幅が260mm、長さが330mmになるように並べて、成形方向に平行に突合せ部を溶接した。主な溶接条件は以下の通りである。すなわち、直流式で電流120A、電圧21.4V、溶接速度は650mm/min、不活性ガスにはアルゴンガスを用い、その流量は17L/minとした。
(溶接性評価)
【0049】
適切な溶接ビードが形成されているかどうかの評価は、溶接ビードの外観観察法で行った。現在は,マグネシウム合金について溶接ビードに関する評価の基準が見当たらないため、一般社団法人日本溶接協会の鉄鋼材料に関する「外観試験の合否判定指針」を参考に以下の基準で判断した。
アンダーカットの発生や裏面の溶け込み不足は不良と判定した。その他、MIG溶接の溶接体全長に対する途中での突っ込みや、溶接ビードの平坦性欠如が生じていれば不良と判定した。
すなわち、溶接性の評価として、溶接ビードが上記「外観試験の合否判定指針」に沿ったものを○とし、「外観試験の合否判定指針」で欠陥が発生したものを×として判定した。
【0050】
【表2】
【0051】
表2に促進劣化後の被膜外観色相、溶接性及びXPS、燃焼ICの結果を示す。
以下表1、表2に基づき説明する。
実施例1−〜1−は1.0〜3.5mol(モル)/Lのフッ化水素酸と0.5〜2.0mol(モル)/Lの一水素二フッ化アンモニウムの組み合わせにてなる液温が20〜25℃の混合水溶液中に浸漬処理したものである。良好な溶接性が得られた。
【0052】
実施例1−実施例1−5〜1−7比較例1−1〜1−2では、1.5mol(モル)/Lのフッ化水素酸と0.8mol(モル)/Lの一水素二フッ化アンモニウムの組み合わせにてなる液温が20〜25℃の混合水溶液中に浸漬処理したものであるが、この条件では良好な溶接性を得るには処理時間は30秒以上が必要である。促進劣化に耐えうる被膜がフッ化物処理により形成されたものと思われる。40秒では更に良好な溶接性が得られたが、これ以上の長い処理時間は生産性等が悪くなるため、処理時間は数分までで十分と思われる。
【0053】
実施例1−1、比較例1−3〜1−4は、1.5mol(モル)/Lのフッ化水素酸と0.8mol(モル)/Lの一水素二フッ化アンモニウムの組み合わせにて処理時間が5分の場合であるが、液温が20〜25℃、30〜35℃、40〜45℃と異なる。各条件の場合において溶加材の溶接性は良好であるが、液温が30℃以上であると、フッ素ミストが発生し、製造現場環境上好ましくない。
【0054】
比較例1−5は、1.5mol(モル)/Lのフッ化水素酸のみで液温が20〜25℃、処理時間が5分の場合である。溶接性は良好であるが、反応ガスの発生が多く製造現場環境上好ましくない。
【0055】
更に比較例1−は、0.5mol(モル)/Lのフッ化水素酸のみで液温が20〜25℃、処理時間が5分の場合である。溶接性は良好であるが、反応ガスの発生が多く製造現場環境上好ましくない。
【0056】
比較例1−7〜1−はフッ化水素酸は含まず、0.8mol(モル)/Lと2.0mol(モル)/Lの一水素二フッ化アンモニウムのみの水溶液中で液温20〜25℃、処理時間5分間処理したものであるが、反応が弱く、溶接試験では一部導通不良を生じた。反応性が弱いため、一水素二フッ化アンモニウムだけの場合は濃度、処理時間、液温につき、より反応性を上げる条件に設定する必要があると思われる。
【0057】
被膜外観と溶接性の間に相関関係が認められ、被膜が白〜薄黄色、薄黄色の場合は溶接性が良好であった。
(XPS分析)
【0058】
XPS分析装置としては、アルバック・ファイ株式会社 製 機種名 ESCA−5800を用いた。
分析試料は AZX611溶加材を脱脂、エッチング、フッ化物処理後、恒温恒湿機中で65℃、90%条件下に24時間放置し、促進劣化させた物を用いた。試料セット方法は、分析の有効面積が大きく1本では測定できないため、溶加材を3本に切断し、束ね、有効面積部にセットした。
深さ方向の元素組成の変化を測定するため、エッチングにはアルゴンイオン銃を用いた。スパッタ速度はSiO換算で3nm/分である。測定と交互にスパッタイオン銃にて試料表面にアルゴンイオンを照射した。12秒毎に元素の定量分析を実施するよう設定をした。図1〜3に、XPSの元素分析した結果のグラフを示す。
【0059】
図1は実施例1−7の条件でフッ化物処理し促進劣化した溶加材のXPSのグラフである。横軸はスパッタ時間(分)であり、縦軸は元素別の原子の検出比率(%)を示す。
フッ素(F)原子の検出比率は測定開始後1分以内に40%に達し、その後徐々に漸減している。
一方マグネシウム(Mg)原子の検出比率は原子比率は測定開始後1分後では10数%であるが、徐々に増加し33分前後でフッ素の原子比率に並ぶ。酸素(O)原子の検出比率は測定開始後1分程度で20数%から漸増している。アルミニウム(Al)原子の検出比率は大凡10%程度で推移する。カルシウム(Ca)原子と、炭素(C)の検出比率は大凡5%程度で推移する。亜鉛(Zn)の検出比率はほぼ0%であった。
【0060】
XPS分析の結果から、被覆層の厚み方向に被覆層の組成が徐々に緩やかに変化しており、Mg合金の溶加材に対しフッ化物処理をすることにより、Mgとフッ素の化合物である、MgF2 、MgO、Mg(OH)2等が生じているものと推測される。溶加材中に他の元素としてAlが含まれる場合はAlF、Al(OH)等が、Znが含まれる場合は ZnF2 、ZnO、 Zn(OH)2等が、Caが含まれる場合はCaF2等が生じ、それらの混合物による被覆層が形成されているものと推測される。又、この混合物による被覆層は緻密ではないものと推測される。
【0061】
マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の表面が少なくともフッ素、酸素及びマグネシウムの各元素、即ち上記三元素を含む被膜で被覆されており、フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間において、各3種の元素の検出率はそれぞれ20%を超えている。このような元素組成である被膜がMIG溶接に必要な導電性を有しかつ劣化を防ぐことができたものと推測される。
【0062】
フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間は33分である。スパッタイオン銃にて試料表面にア ルゴンイオンを対SiO2換算で3nm/分のエッチング速度にて照射し12秒毎に元素の定量分析を実施するよう設定をしている。溶接性、被膜外観色相を合わせ考慮すると本実施例1−7の場合にはフッ素原子と酸素原子が主成分である被膜が保護に最低限必要な膜厚に達していたものと思われる。
【0063】
図2は実施例1−6の条件でフッ化物処理し促進劣化した溶加材のXPSのグラフである。
フッ素(F)原子の検出比率は測定開始後1分以内に30数%に達し、20分以降徐々に漸減している。
一方マグネシウム(Mg)原子の検出比率は原子比率は測定開始後1分後では10数%であるが、徐々に増加し48分前後でフッ素の原子比率を越える。酸素(O)原子の検出比率は測定開始後1分程度で27%を占めるが以降も漸増している。アルミニウム(Al)原子の検出比率は10〜20%程度で推移する。カルシウム(Ca)原子と、炭素(C)の検出比率は大凡5%程度で推移する。亜鉛(Zn)の検出比率はほぼ0%であった。実施例1−7と同様マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の表面が少なくともフッ素、酸素及びマグネシウムの各元素、即ち上記三元素を含む被膜で被覆されており、フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間において、各3種の元素の検出率はそれぞれ20%を超えている。このような元素組成である被膜がMIG溶接に必要な導電性を有しかつ劣化を防ぐことができたものと推測される。
【0064】
フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間は48分である。溶接性、被膜外観色相を合わせ考慮すると本実施例1−6の場合にはフッ素原子と酸素原子が主成分である保護被膜が十分な膜厚に達していたものと思われる。
【0065】
図3比較例1−の条件でフッ化物処理し促進劣化した溶加材のXPSのグラフである。
フッ素(F)原子の検出比率は測定開始後1分以内に30数%に達し、20分以降徐々に漸減している。
一方マグネシウム(Mg)原子の検出比率は原子比率は測定開始後1分後では10数%であるが、徐々に増加し48分前後でフッ素の原子比率を越える。酸素(O)原子の検出比率は測定開始後1分程度で27%を占めるが以降も漸増している。アルミニウム(Al)原子の検出比率は10〜20%程度で推移する。カルシウム(Ca)原子と、炭素(C)の検出比率は大凡5%程度で推移する。亜鉛(Zn)の検出比率はほぼ0%であった。実施例1−7、実施例1−6と同様にマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の表面が少なくともフッ素、酸素及びマグネシウムの各元素、即ち上記三元素を含む被膜で被覆されており、フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間において、各3種の元素の検出率はそれぞれ20%を超えている。
【0066】
フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を上回るまでに必要なスパッタ時間は20分である。溶接性、被膜外観色相を合わせ考慮すると比較例1−の場合には三元素を含む保護被膜が十分な膜厚に達していなかったものと思われる。
【0067】
尚、表1には上記フッ素(F)原子の検出比率がマグネシウム(Mg)原子の検出比率を下回るまでの時間を示す。
【0068】
(燃焼イオンクロマトグラフィー(燃焼IC)分析)
燃焼IC装置としては燃焼装置:AQF−100(三菱化学アナリテック社製) とIC装置:ICS−1500(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製 (旧社名ダイオネクス社)を用いた。
【0069】
サンプリング方法
サンプリング重量:約25mgを目標として、実施例1のフッ化処理した溶加材を約1cmにカット後、0.01mgのオーダーまで精秤し試料重量を求めた。再現性確認のため、約50mgを目標とするものでも実施した。
【0070】
測定方法
1.試料(表1に示す実施例のフッ化処理した溶加材)を精秤し、試料セルに入れて燃焼装置に投入した。
2.燃焼・分解して発生したガスを吸収液に吸収させた。
3.吸収液中のFイオンをイオンクロマトグラフで測定した。
【0071】
測定条件
燃焼部 :燃焼温度 1000〜1100℃(反応部の入り口〜出口の温度)
:燃焼ガス 酸素ガス
燃焼ガス回収:バブリング法
回収液は、炭酸ナトリウムに過酸化水素を添加した溶液
クロマト部 :カラム AS12A(無機陰イオン分析カラム)
【0072】
燃焼イオンクロマトグラフィー(燃焼IC)による分析結果と溶接性との関係を図4に示す。
図4はフッ化処理剤としてフッ化水素(HF)の濃度と一水素二フッ化アンモニウム(NH4・HF2)の濃度をX軸方向とY軸方向にとり、燃焼ICによるF(ppm)をZ軸方向にとりプロットしたものである。促進劣化後溶接性が良好のものを○、促進劣化後溶接性が不良のものを●で示す。
フッ素処理した溶加材中のフッ素の含有量(ppm)が21ppm(mg/kg)以上のものが促進劣化後溶接性が良好であった。
【0073】
(燃焼IC結果からの線径R、線長Lが異なる場合のF(フッ素)含有量の推定)
燃焼ICの測定結果は、被膜付き溶加材単位重量あたりのF重量(単位はmg/Kg=ppm)であったので、含有されているFの重量求め、次に、面積当たりのF重量は線径が変化しても変化しないと仮定して推定する。
【0074】
(1)燃焼IC分析した時の被膜付き溶加材(φ1.2mm、重量0.025g)の長さLと表面積S(mm)を求める。 被膜付き溶加材の体積密度をρ(g/cm、mg/mm)、被膜付き溶加材の体積をV(mm)とすると、被膜付き溶加材の重量W(mg)は
W = ρ×V=ρ×π×(R/2)×L であるから
L =W/(ρ ×π × (R/2)2
ここでAZX611のρは1.81×10-3(g/mm3)であるので、
AZX611の芯線に極薄い被膜が着いているものの
ρは1.81×10-3(g/mm3)とみなしてもよいため、
L= 0.025(g)/(1.81×10-3(g/mm3)×3.14×(1.2(mm)/2) )=12.22(mm)
被膜付き溶加材の表面積S(mm)は、円柱の側面の面積に相当するため、
S = π×R×L =3.14×1.2(mm)×12.22(mm) =46.04(mm
【0075】
(2)上記で燃焼ICを測定した結果、促進劣化後の溶接性のよい被膜付き芯線にてなる溶加材F(フッ素)の閾値が21mg/kgであったので、その時のF(フッ素))重量F(mg)を求める。
F(mg) = 21(mg/kg)×2.5×10−5(kg) =52.5×10−5(mg)
【0076】
(3)上記(1)、(2)の結果より、φ1.2、重量0.025gで測定した時の表面積あたりのF´(mg/mm)量を求める。
F´(mg/mm)= 52.5×10−5(mg)/46.04(mm) = 1.14×10−5(mg/mm
(4)直径が変わっても、表面積当たりのF量は変化しないとみなすと、F量は被覆した溶加材の表面積に比例する。
F(mg)= F´(mg/mm)×S(mm)=F´(mg/mm)×π×L(mm)×R(mm)
=1.14×10−5×3.14×L×R
= 3.58×10−5(mg/mm)×L(mm)×R(mm)
となる。
【0077】
すなわち、溶接性の良いマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材においては、マグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材の表面が少なくともフッ素、酸素、マグネシウムの各元素を含む被膜で被覆されており、直径R(mm)、長さL(mm)の被覆された溶加材を燃焼イオンクロマトグラフィーにて含有F(フッ素)量を測定すると、F(フッ素)量が3.58×10−5×L(mm)×R(mm)よりも多いマグネシウム(Mg)を主成分とする合金材料にてなる溶加材であることが好ましい。
(比較例1−9
【0078】
(アルカリによる表面Mg(OH)化処理)
Mgに対し耐食性を付与させる目的でMg(OH)化処理を行った。
実施例1と同様AZX611を線引きした直径1.2mmのワイヤ状の溶加材に対し、前工程として
脱脂工程は奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 100」110ml/L、奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 100AD」5ml/Lの混合水溶液中に60〜65℃で5〜10分浸漬して行い、水洗し、エッチング工程は奥野製薬工業株式会社製「トップマグロック(登録商標)ET−100」700ml/Lの水溶液中60〜65℃で、30〜60秒浸漬して行い、水洗した。
【0079】
次にアルカリによる表面Mg(OH)化処理のため奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 100」340ml/Lの 水溶液中に60〜65℃で10分間浸漬して行い、水洗した。
常温環境化に放置後、耐食性が悪く腐食(変色)し、実施例1と同様にしてMIG溶接に対する溶接性試験を行ったが、溶接性は不良であった。
(比較例1−10
【0080】
(P−Mn−Ca系化成処理)
Mgに対するP、Mn、Ca、Oからなる被膜を形成する、Mgの塗装下地として使用されているP−Mn−Ca系化成処理につき評価した。
実施例1と同様にAZX611を線引きした直径1.2mmのワイヤ状の溶加材に対し比較例1と同様に前工程処理した。
【0081】
次にP−Mn−Ca系化成処理のため、奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 300MU」18.5ml/L、奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 300A」5ml/L、奥野製薬工業株式会社製「トップマグスター 300B」5mlの混合水溶液中に35℃で10秒〜1分間浸漬して行い、水洗した。
実施例1と同様にしてMIG溶接に対する溶接性試験を行ったが、溶接性は不良であった。
(比較例1−11
【0082】
(溶加材のパック方法1・・・真空包装)
実施例1と同様AZX611を線引きした直径1.2mmのワイヤ状の溶加材を、湿気や空気に対してバリア性を持つナイロンとポリエチレンの2層構造の袋を用い、溶加材を袋の中にセット後、0.1Torrまで減圧し、その後、加熱によって袋の口を溶着することにより減圧状態を保持した。3ヶ月経過後、実施例1と同様にMIG溶接試験を行うと溶接欠陥が多発した。
(比較例1−12
【0083】
(溶加材のパック方法2・・・アルゴンガス充填)
実施例1と同様AZX611を線引きした直径1.2mmのワイヤ状の溶加材を、湿気や空気に対してバリア性を持つナイロンとポリエチレンの2層構造の袋を用い、溶加材を袋の中にセット後、0.1Torrまで減圧し、その後、圧力15MPaのアルゴンガスを充填後、加熱によって袋の口を溶着することにより減圧状態を保持した。3ヶ月経過後、実施例1と同様にMIG溶接試験を行うと溶接欠陥が多発した。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の溶加材の製造方法は大型の製造装置を要さず簡易に製造することができ、本発明の溶加材は経時的な溶接性の持続性が良いので、溶接時に溶加材の劣化による溶接不良がなく作業性よく溶接することができる。
図1
図2
図3
図4