【文献】
WANG, Ying et al.,Tetramethylammonium-filled protein nanopore for single-molecule analysis,Anal. Chem.,2015年,Vol. 87,pp. 9991-9997
【文献】
樋口成定,核酸とイオンとの相互作用,高分子,1973年,Vol. 22,pp. 371-377
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
生体分子の一つである核酸の塩基配列の解析技術は、遺伝的疾患の原因遺伝子の検出、薬剤の有効性・副作用の評価、ガン疾患に関連する遺伝子変異の検出などに応用可能であり、非常に重要となってきている。核酸の塩基配列は、例えば、キャピラリーを用いた電気泳動を利用する蛍光検出装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、3500 Genetic Analyzer)や平板上に固定した核酸を蛍光検出する装置(イルミナ社製、HiSeq2500)などを用いて解析することができる。しかし、これらの装置は、高価な蛍光検出器や蛍光試薬を必要とするため、その試験コストが高くなる傾向がある。
【0003】
そこで、より安価に検出できる解析技術として、核酸がナノポアを通過する際に生じる光または電気的信号の変化を検出することより、その塩基配列を解析する方法が研究されている。まず、1〜60nmの薄膜に透過電子顕微鏡を用いて数nmの穴(ナノポア)を形成する。次に、その薄膜の両側に電解質溶液を満たした液槽を設け、さらに、それぞれの液槽に電極を設ける。そして、これらの電極間に電圧をかけると、ナノポアを通してイオン電流が流れる。このイオン電流はナノポアの断面積におよそ比例する。DNAがナノポアを通過する際、DNAがナノポアを封鎖し、ナノポアの有効断面積を減少させるため、イオン電流が減少する。DNAの通過によって変化するイオン電流を封鎖電流と言う。封鎖電流の大きさを基にして、DNAの1本鎖と2本鎖との差異や、塩基の種類を判別することができる。塩基の種類を判別する場合、塩基の種類によって電流値が異なるので、個々の塩基を正確に判別する観点から、ノイズが低くかつ電流が多く流れる高伝導度の計測用の試料溶液が好ましい。
【0004】
ナノポアを用いた分析技術の対象は、特にDNAに限られるものではなく、例えば、RNA、ペプチド、タンパク質などの生体分子が挙げられる。なお、DNAは負に帯電しているため、負極側から正電極側に向かってナノポアを通過する。
【0005】
生体分子の1種であるDNAに含まれる塩基としては、プリン骨格であるアデニンとグアニン、ピリミジン骨格であるシトシンとチミン(RNAではウラシル)が知られている。アデニンとチミン、シトシンとグアニンはそれぞれ水素結合を形成することが知られており、それらの水素結合などにより、DNAの二重らせん構造が形成され、一本鎖DNAの高次構造となるセルフハイブリダイゼーションが生じる。DNAの二重らせん構造や一本鎖DNAの高次構造は、ナノポアより大きな立体構造を取るため、DNAがナノポアを通過する際に大きな障害となり、これらの構造に起因してナノポアが閉塞される場合がある。ナノポアが閉塞すると、閉塞後のDNAの通過を阻害する。
【0006】
このような閉塞に関する課題に対し、特許文献1では、ナノポアに熱源としてレーザーを照射してナノポアの閉塞を解消する技術が記載されている。
【0007】
また、ナノポア技術に関し、非特許文献1では、塩化テトラメチルアンモニウムを含む封鎖電流計測用の試料溶液を用いてタンパクポアにおける封鎖電流を計測した結果を報告している。非特許文献1では、タンパクポアを用いた場合、塩化テトラメチルアンモニウムにより、脂質二重膜の安定性が向上する効果などが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、ナノポアを利用して核酸などの生体分子を分析する技術において、生体分子がナノポアを閉塞する場合がある。この課題に対し、特許文献1では、レーザー照射により閉塞を解消する技術が提案されている。しかし、レーザーを照射する機器の搭載は、高価で複雑な構成を有する分析装置に繋がる。また、レーザー照射により発生した熱により、生体分子のブラウン運動が大きくなる場合がある。生体分子のブラウン運動が大きくなると、ナノポアを通過する際の生体分子の動きが大きくなるため、封鎖電流値が不安定になり、生体分子の正確な分析が困難になる場合がある。
【0011】
また、非特許文献1によると、配列によってはセルフハイブリダイゼーションによりDNAの電流計測を成し得ない場合があることが報告されている。DNAは様々な配列を有するため、高次構造を形成し易い配列を有するDNAに対しても解析可能であることが望ましい。なお、特許文献2(特開2008−104424号公報)は、非特許文献1で使用されたテトラメチルアンモニウムカチオンが、DNAのハイブリダイゼーション反応において、非特異的ハイブリダイズを抑制し、効率的に特異的ハイブリッドのみを形成させることを報告している。これは、テトラメチルアンモニウムカチオンを用いても、セルフハイブリダイゼーションによりナノポアが閉塞し、電流計測を困難にする場合があることを示している。
【0012】
そこで、本発明の目的は、ナノポアの閉塞を効果的に抑制することができる、生体分子の処理方法および分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の態様は、以下の通りである。
【0014】
(1) ナノポアを用いた分析のために生体分子を処理する方法であって、
下記式(1)で表されるアンモニウムカチオンと、少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子と、を含む試料溶液を用意する工程を含む方法:
【化1】
[式(1)中、R
1〜R
4は、それぞれ独立に、水素原子または有機基であり、ただし、R
1〜R
4の全てが水素原子である場合を除く。]。
【0015】
(2) 前記カチオンが、第4級アンモニウムカチオンである、(1)に記載の方法。
【0016】
(3) 前記カチオンが、第4級アルキルアンモニウムカチオンである、(1)または(2)に記載の方法。
【0017】
(4) 前記試料溶液を用意する工程は、少なくとも、前記カチオンと、前記生体分子とを混合して溶液を調製する工程と、該溶液に加熱処理を施し、前記生体分子の少なくとも一部の高次構造を融解させる工程と、を含む、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
【0018】
(5) 前記融解工程の後、前記溶液に冷却処理を施す工程を含む、(4)に記載の方法。
【0019】
(6) 前記試料溶液を用意する工程は、少なくとも、前記カチオンと、前記生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させるpHに前記試料溶液を調整するpH調整剤とを混合する工程を含む、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
【0020】
(7) 前記試料溶液を用意する工程は、少なくとも、前記カチオンと、前記生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させる変性剤とを混合する工程を含む、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
【0021】
(8) 前記試料溶液は、さらに、前記カチオンを前記試料溶液中に存在させるために用いた塩よりも高い電気伝導度を有する電解質を含む、(1)〜(7)のいずれか1つに記載の方法。
【0022】
(9) 前記カチオンが第4級アンモニウムカチオンであり、前記電解質がアンモニウム塩である、(8)に記載の方法。
【0023】
(10) 前記生体分子が核酸である、(1)〜(9)のいずれか1つに記載の方法。
【0024】
(11) ナノポアを有する基板を備える装置を用いて生体分子を分析する方法であって、
(1)〜(10)のいずれか1つに記載の方法により生体分子を処理し、試料溶液を用意する工程と、
前記試料溶液中の生体分子がナノポアを通過する時の光もしくは電気的信号を検出する工程と、
を含む方法。
【0025】
(12) ナノポアを有する基板および試料導入領域を備える装置を用いて生体分子を分析する方法であって、
上記式(1)で表されるアンモニウムカチオンと、前記生体分子とを含む溶液を調製する工程と、
前記溶液を、前記試料導入領域内に配置する工程と、
前記試料導入領域内の前記溶液に加熱処理を施し、前記生体試料の少なくとも一部の高次構造を融解させる工程と、
前記融解工程後に、前記生体分子がナノポアを通過する時の光もしくは電気的信号を検出する工程と、
を含む方法。
【0026】
(13) 前記ナノポアが閉塞した際に、加熱処理を行い、該閉塞を解消する工程をさらに含む、(11)または(12)に記載の方法。
【0027】
(14) 前記基板が、固体基板である、(11)〜(13)のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明により、ナノポアの閉塞を効果的に抑制することができる生体分子の処理方法および分析方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本明細書において、用語「生体分子」は、核酸(例えば、DNA、RNA)、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、糖鎖などの生体内に存在する生体高分子を指す。核酸は、一本鎖、二本鎖もしくは三本鎖のDNA、RNA、およびそれらの任意の化学修飾を含む。
【0031】
本明細書において、用語「分析」は、生体分子の特徴を決定、検出または同定することを意味し、例えば、生体分子の構成要素の配列を決定することを意味する。また、本明細書において、生体分子のシークエンシングとは、生体分子(例えば、DNAまたはRNA)の構成要素(塩基)の配列を決定することを指す。
【0032】
本明細書において、用語「ナノポア」とは、ナノオーダーサイズ(すなわち、0.5nm以上1μm未満の直径)の孔を指す。ナノポアは、基板を貫通して設けられ、試料導入領域と試料流出領域とに連通する。
【0033】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0034】
本発明の一実施形態は、ナノポアを用いた分析のために生体分子を処理する方法であって、上記式(1)で表されるアンモニウムカチオンと、少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子と、を含む試料溶液を用意する工程を含む方法である。
【0035】
ナノポアを用いた分析とは、具体的には、ナノポアを有する基板(以下、ナノポア基板とも称す)を用い、生体分子が該ナノポアを通過する際の光または電気的信号を検出することにより生体分子を分析することを指し、例えば、ナノポア基板を備える核酸シークエンサーにより核酸の塩基配列を分析することを指す。
【0036】
本実施形態において、試料溶液は、少なくとも、上記式(1)で表されるアンモニウムカチオン(以下、カチオン(A)とも称す)と、少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子と、を含む。
【0037】
カチオン(A)は、静電作用により生体分子に近接することができるため、高次構造が融解された生体分子が再度高次構造を形成することを妨げることができる。
【0038】
カチオン(A)は、1種を単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いてもよい。カチオン(A)は、例えば、カチオン(A)を含む塩を用いて試料溶液中に含ませることができる。カチオン(A)を含む塩としては、例えば、塩化物や水酸化物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
式(1)において、有機基の炭素原子数は、1〜4であることが好ましく、1〜3であることがより好ましく、1〜2であることがさらに好ましい。また、有機基は、炭化水素基であることが好ましい。炭化水素基の炭素原子数は、1〜4であることが好ましく、1〜3であることがより好ましく、1〜2であることがさらに好ましい。炭化水素基は、置換基を有していてもよい。炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基またはアルキニル基が好ましく、アルキル基がより好ましい。
【0040】
アンモニウムカチオン(A)は、第4級アンモニウムカチオンであることが好ましい。すなわち、式(1)において、R
1〜R
4は、それぞれ独立に、有機基であることが好ましい。
【0041】
また、アンモニウムカチオン(A)は、第4級アルキルアンモニウムカチオンであることがより好ましい。すなわち、式(1)において、R
1〜R
4は、それぞれ独立に、アルキル基であることが好ましい。アルキル基は、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよく、または環状であってもよい。アルキル基は、好ましくは、直鎖状または分岐鎖状であり、より好ましくは、直鎖状である。アルキル基の炭素原子数は、好ましくは1〜4であり、より好ましくは1〜3であり、さらに好ましくは1〜2である。
【0042】
第4級アルキルアンモニウムカチオンとしては、例えば、テトラメチルアンモニウムカチオン(以下、TMA+とも称す)、テトラエチルアンモニウムカチオン(以下、TEA+とも称す)、テトラプロピルアンモニウムカチオン(以下、TPA+とも称す)などが挙げられる。第4級アルキルアンモニウムカチオンの塩としては、上述のように塩化物や水酸化物が挙げられ、具体的には、例えば、塩化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラエチルアンモニウム、塩化テトラプロピルアンモニウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラプロピルアンモニウムなどが挙げられる。
【0043】
カチオン(A)の試料溶液中の濃度は、特に制限されるものではないが、例えば、0.1〜4.0Mであり、好ましくは0.5〜3.0Mである。
【0044】
試料溶液のpHは、好ましくは7.5以上であり、より好ましくは8.0以上であり、さらに好ましくは8.6以上である。pHを7.5以上とすることにより、ナノポアの閉塞をさらに効果的に抑制することができる。試料溶液のpHは、好ましくは11.0以下であり、より好ましくは10.0以下である。pHを11.0以下とすることにより、ナノポア基板へのダメージを低減することができる。
【0045】
試料溶液は、カチオン(A)以外にも、さらに、他のイオンを含んでもよい。例えば、試料溶液は、電解質を含むことができる。電解質は、カチオン(A)を試料溶液中に含有させるために用いたカチオン(A)を含む塩よりも高い電気伝導度を有することが好ましい。このような高い電気伝導度を有する電解質(高伝導度電解質とも称す)としては、例えば、塩化アンモニウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム、または塩化セシウムなどが挙げられる。また、他にも、第1級アミンの塩、第2級アミンの塩、グアニジン化合物の塩も挙げられる。とくに、カチオン(A)が第4級アンモニウムカチオン(例えば第4級アルキルアンモニウムカチオン)である場合、電気伝導性およびノイズ低減の観点から、高伝導度電解質は、アンモニウムイオンを含む塩であることが好ましく、塩化アンモニウム、水酸化アンモニウムがより好ましい。また、電解質の濃度は、好ましくは0.1〜3.0Mであり、より好ましくは0.5〜2.5Mであり、さらに好ましくは1.0〜2.0Mである。第4級アルキルアンモニウム塩の電気伝導度は、一般的に使用される塩化カリウムなどの電解質の電気伝導度に比べて低い。そのため、封鎖電流による生体分子(例えば核酸)の分析(例えば塩基配列分析)を行う場合には、精度の観点から、試料溶液中にカチオン(A)を含む塩に加えて、電気伝導度がより高い電解質をさらに添加することが好ましい。また、高伝導度電解質が多くなると、試料溶液の電気伝導性が向上し、また、ノイズが低減される傾向があるが、カチオン(A)以外の他のカチオンが試料溶液中に多く存在し過ぎると、カチオン(A)の閉塞抑制効果を抑制する可能性がある。そこで、カチオン(A)を含む塩および高伝導度電解質の比(モル比)は、4:1〜1:4であることが好ましく、2:1〜1:2であることがより好ましい。
【0046】
本明細書において、化合物の電気伝導度[mS/cm]は、例えば、目的化合物を1Mで含む水溶液(25℃)を用いて測定することができる。
【0047】
試料溶液はまた、水などの溶媒や、pH調整剤、変性剤、またはその他の添加剤を含有することができる。pH調整剤としては、例えば、緩衝剤が挙げられる。緩衝剤としては、生体分子の特性に合わせて適宜選択することができるが、例えば、トリス(Tris)もしくはトリス塩酸塩(Tris−HCl)、炭酸-重炭酸緩衝液、ホウ酸ナトリウム緩衝液またはリン酸緩衝液などが挙げられる。これらのうち、トリスもしくはトリス塩酸塩は、試料溶液のpHを7.5以上の範囲で制御し易いため、好ましい。
【0048】
本明細書において、「高次構造が融解される」とは、高次構造が解かれることを意味し、例えば、一本鎖核酸のセルフハイブリダイゼーション構造または二本鎖核酸もしくは三本鎖核酸のハイブリダイゼーション構造が解かれること、あるいはタンパクの高次構造が解かれることを意味する。
【0049】
少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子は、例えば、加熱処理、pH調整剤によるpHの調整、または変性剤の使用により得られる。
【0050】
好適な一実施形態において、試料溶液を用意する工程は、少なくとも、カチオン(A)と、生体分子とを混合して溶液を調製する工程と、該溶液に加熱処理を施し、前記生体分子の少なくとも一部の高次構造を融解させる工程と、を含む。すなわち、この実施形態において、まず、カチオン(A)と、生体分子とを含む溶液を調製する。その後、該溶液に加熱処理を施すことにより、試料溶液を用意する。この実施形態において、少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子は、加熱処理により得ることができる。本実施形態において、生体分子は核酸であることが好ましい。加熱処理の温度は、好ましくは60〜100℃であり、より好ましくは90〜100℃である。また、加熱処理の後に、冷却処理を行ってもよく、冷却処理では加熱処理後の溶液を急速に冷却することが好ましい。冷却処理を行うことにより、高次構造の再形成をより効果的に抑制することができる。急速冷却処理は、例えば、1秒間に1℃以上(好ましくは5℃以上、より好ましくは10℃以上、特に好ましくは20℃以上)温度を下げる処理である。冷却後の温度は、好ましくは0〜10℃であり、より好ましくは0〜4℃である。
【0051】
また、好適な一実施形態において、試料溶液を用意する工程は、少なくとも、カチオン(A)と、生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させるpHに試料溶液を調整するpH調整剤とを混合する工程を含む。すなわち、この実施形態において、少なくとも、カチオン(A)と、生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させるpHに試料溶液を調整するpH調整剤とを含む溶液を調製することにより、試料溶液を用意する。この実施形態において、少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子は、pH調整剤の作用により得られる。pH調整剤としては、例えば、緩衝剤を用いることができる。本実施形態において、pH値は、高次構造(例えば核酸の高次構造)を融解させる観点から、9.0以上であることが好ましく、10.0以上であることがより好ましい。また、pHは、ナノポア基板の安定性の観点から、11.0以下であることが好ましい。
【0052】
また、好適な一実施形態において、試料溶液を用意する工程は、少なくとも、カチオン(A)と、生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させる変性剤とを混合する工程を含む。すなわち、この実施形態において、少なくとも、カチオン(A)と、生体分子と、該生体分子の高次構造を融解させる変性剤とを含む溶液を調製することにより、試料溶液を用意する。少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子は、変性剤に基づく変性作用により得られる。変性剤としては、特に制限されるものではなく、例えば、生体分子が核酸の場合は、ホルムアミド、ホルムアルデヒド、尿素、DMSOなどを用いることができ、生体分子がタンパクの場合は、尿素、グアニジンなどを用いることができる。変性剤の濃度は、特に制限されるものではなく、生体分子に応じて適宜選択することが好ましい。
【0053】
また、本発明の実施形態は、ナノポアを有する基板を備える装置(以下、ナノポア式分析装置とも称す)を用いて生体分子を分析する方法であって、本実施形態に係る処理方法より生体分子を処理し、試料溶液を用意する工程と、該試料溶液中の生体分子がナノポアを通過する時の光もしくは電気的信号を検出する工程と、を含む方法である。
【0054】
試料溶液は、ナノポアシーケンサーなどのナノポア式分析装置内に導入する前に用意することができる。また、カチオン(A)と生体分子を含む溶液をナノポア式分析装置内に導入した後に、加熱処理などの融解工程を行い、試料溶液(すなわち、カチオン(A)および少なくとも一部の高次構造が融解された生体分子を含む)を用意してもよい。すなわち、カチオン(A)と生体分子とを含む溶液をナノポア装置の試料導入領域内に配置させた後に、ナノポア式分析装置が備える温度制御手段により加熱処理を行い、試料溶液を用意することができる。
【0055】
すなわち、本発明の好適な一実施形態は、ナノポアを有する基板および試料導入領域を備える装置を用いて生体分子を分析する方法であって、カチオン(A)と、前記生体分子とを含む溶液を調製する工程と、前記溶液を、前記試料導入領域内に配置する工程と、前記試料導入領域内の前記溶液に加熱処理を施し、前記生体分子の少なくとも一部の高次構造を融解させる工程と、前記融解工程後に、前記生体分子がナノポアを通過する時の光もしくは電気的信号を検出する工程と、を含む方法である。
【0056】
図1に、本実施形態に係る分析方法に用いることができるナノポア式分析装置のチャンバー部の構成例を説明するための模式的断面図を示す。
図1において、チャンバー部101は、試料導入領域104と、試料流出領域105と、試料導入領域104および試料流出領域105の間に配置された、ナノポア102を有する基板(ナノポア基板)103と、を有する。試料導入領域104と試料流出領域105は、ナノポア102により空間的に連通しており、試料113としての生体分子はナノポア102を通って試料導入領域104から試料流出領域105へと移動することができる。試料導入領域104には、第一の液体110が第一の流入路106を介して充填される。また、試料流出領域105には、第二の液体111が第二の流入路107を介して充填される。また、第一の液体110および第二の液体111は、それぞれ、第一の流出路108および第二の流出路109を介して試料導入領域104および試料流出領域105から流出してもよい。分析中、第一の液体110および第二の液体111は、流入路から流出路へ流れていてもよいし、流れていなくてもよい。第一の流入路106と第二の流入路107は基板を挟んで対向する位置に設けられてもよい。また、同様に、第一の流出路108と第二の流出路109は基板を挟んで対向する位置に設けられてもよい。
【0057】
本実施形態において、基板103は、ベース(基材)103a、およびベース103a上に形成された薄膜103bを含む。また、基板103は、薄膜103b上に形成された絶縁層103cを含んでもよい。ナノポアは薄膜103bに形成される。ナノポアを形成するのに適した材料および厚さの薄膜をベース103a上に形成することによって、ナノポアを簡便かつ効率的に基板に設けることができる。基板は固体基板であることが好ましい。薄膜を構成する材料は、例えば、グラフェン、ケイ素、ケイ素化合物(例えば、酸化ケイ素、窒化ケイ素、酸窒化ケイ素)、金属酸化物、金属ケイ酸塩などの固体膜が挙げられる。好ましい一実施形態において、薄膜がケイ素またはケイ素化合物を含有する材料から形成される。また、薄膜(および場合によっては基板全体)は、実質的に透明であってもよい。ここで「実質的に透明」とは、外部光をおよそ50%以上、好ましくは80%以上透過できることを意味する。また、薄膜は、単層であっても複層であってもよい。薄膜の厚みは、0.1nm〜200nm、好ましくは0.1nm〜50nm、より好ましくは0.1nm〜20nmである。薄膜は、当技術分野で公知の技術により、例えば減圧化学気相成長(LPCVD)により形成することができる。
【0058】
本実施形態において、少なくとも第一の液体110が上述の試料溶液となる。すなわち、第一の液体110は、試料113としての生体分子と、カチオン(A)とを含む試料溶液であり、生体分子の高次構造は融解している。なお、第二の液体111にも、生体分子およびカチオン(A)が含まれていてもよい。また、本実施形態において、第一の液体110は、生体分子およびカチオン(A)の他に、溶媒(好ましくは水)や電解質(例えば、塩化アンモニウム、KClまたはNaClなど)を含むことができる。この電解質に起因するイオンが電荷の担い手として機能することができる。
【0059】
チャンバー部101は、試料導入領域104と試料流出領域105に、ナノポア102を挟んで対向するように配置された第一の電極114および第二の電極115が設けられる。本実施形態において、チャンバー部は、第一の電極114および第二の電極115に対する電圧印加手段をも備える。電圧印加により、電荷をもつ試料113が試料導入領域104からナノポア102を通過して試料流出領域105へと移る。
【0060】
ナノポア式分析装置は、上記チャンバー部に加えて、生体分子がナノポアを通過する時の光または電気的信号を検出するための検出部を有してもよい。検出部は、電気的信号を増幅するアンプ(増幅器)、アンプのアナログ出力をデジタル出力に変換するアナログデジタル変換器、および計測データを記録するための記録装置などを有していてもよい。
【0061】
生体分子がナノポアを通過する時の光または電気的信号を検出する方法は、特に制限されるものではなく、例えば、公知の検出方法を採用することができる。検出方法としては、具体的には、例えば、封鎖電流方式、トンネル電流方式、キャパシタンス方式が挙げられる。例として、封鎖電流を利用した検出方法について以下に簡単に説明する。生体分子(例えば核酸)がナノポアを通過する際、生体分子がナノポア内を塞ぐため、ナノポアにおけるイオンの流れが減少し、結果として電流の減少(封鎖電流)が生じる。この封鎖電流の大きさとその封鎖電流の継続時間を計測することにより、ナノポアを通過する個々の核酸分子の長さや塩基配列を解析することができる。また、例えば、トンネル電流方式に関しては、ナノポア近傍に配置した電極間を通る生体分子をトンネル電流で検知することができる。
【0062】
また、光の変化を検出する方法としては、ラマン光を利用した検出方法も挙げられる。例えば、ナノポアに進入した生体分子に外部光(励起光)を照射することにより生体分子を励起させてラマン散乱光を発生させ、そのラマン散乱光のスペクトルに基づいて生体分子の特徴を決定することができる。この場合、計測部は外部光を照射するための光源と、ラマン散乱光を検出する検出器(分光検出器など)を有していてもよい。また、ナノポア近傍に導電性薄膜を配置して近接場を発生させ、光を増強してもよい。封鎖電流方式、トンネル電流方式またはキャパシタンス方式による検出に加え、ラマン光を利用する検出も行うことにより、分析精度を高くすることも可能である。
【0063】
基板103は、少なくとも1つのナノポアを有する。基板103は、電気的絶縁体の材料、例えば無機材料および有機材料(高分子材料を含む)から形成することができる。基板を構成する電気的絶縁体材料の例としては、シリコン(ケイ素)、ケイ素化合物、ガラス、石英、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリスチレン、ポリプロピレンなどが挙げられる。ケイ素化合物としては、窒化ケイ素、酸化ケイ素、炭化ケイ素、または酸窒化ケイ素などが挙げられる。特に基板の支持部を構成するベース(基材)は、これらの任意の材料から作製することができるが、例えばケイ素またはケイ素化合物を含む材料(シリコン材料)から形成されることが好ましい。また、ナノポアが形成される部分である薄膜を構成する材料としては、上述のように、例えば、グラフェン、ケイ素、ケイ素化合物(例えば、酸化ケイ素、窒化ケイ素、酸窒化ケイ素)、金属酸化物、金属ケイ酸塩などが挙げられる。これらの中でも、ケイ素またはケイ素化合物を含有する材料が好ましい。すなわち、本実施形態において、ケイ素またはケイ素化合物を含有する材料から形成される部材中にナノポアが設けられていることが好ましい。
【0064】
薄膜103b上には、絶縁層103cを設けることが好ましい。絶縁層の厚みは、好ましくは、5nm〜50nmである。絶縁層の材料としては、任意の絶縁体材料を使用できるが、例えば、ケイ素またはケイ素化合物(例えば、酸化ケイ素、窒化ケイ素、酸窒化ケイ素)を含む材料を使用することが好ましい。
【0065】
基板は、当技術分野で公知の方法により作製することが可能である。あるいは、基板は、市販品として入手することも可能である。基板は、例えば、フォトリソグラフィ法、電子線リソグラフィ法、エッチング法、レーザーブレーション法、射出成形法、鋳造法、分子線エピタキシー法、化学蒸着(CVD)法、誘電破壊法、および電子線もしくは収束イオンビーム法などの技術を用いて作製することができる。
【0066】
ナノポアのサイズは、分析対象の生体高分子の種類によって適切なサイズを選択することができる。ナノポアは、均一な直径を有していてもよいが、部位により異なる直径(例えば楕円)を有してもよい。ナノポアは、1μm以上の直径を有するポアと連結していてもよい。ナノポアの直径は、好ましくは100nm以下、好ましくは0.5nm〜100nm、好ましくは0.5nm〜50nm、好ましくは0.5nm〜10nmである。
【0067】
分析対象としての生体分子の一例として、ssDNA(1本鎖DNA)が挙げられる。ssDNAの最大直径は約1.5nmであり、ssDNAを分析するためのナノポア直径の適切な範囲は1.5nm〜10nm、好ましくは1.5nm〜2.5nmである。dsDNA(2本鎖DNA)の直径は約2.6nmであり、dsDNAを分析するためのナノポア直径の適切な範囲は3nm〜10nm、好ましくは3nm〜5nmである。他の生体分子、例えば、タンパク質、ポリペプチド、糖鎖などを分析対象とする場合も同様に、生体分子の寸法を考慮してナノポアの直径を選択することができる。
【0068】
ナノポアの深さ(長さ)は、ナノポアを設ける部材の厚さ(例えば薄膜103bの厚さ)により調整することができる。ナノポアの深さは、分析対象の生体分子を構成するモノマー単位とすることが好ましい。例えば生体分子として核酸を選択する場合には、ナノポアの深さは、塩基1個以下の大きさ、例えば約0.3nm以下とすることが好ましい。ナノポアの形状は、基本的には円形であるが、楕円形や多角形とすることも可能である。
【0069】
ナノポアは、基板に少なくとも1つ設けることができ、複数のナノポアを設ける場合、規則的に配列してもよい。ナノポアは、当技術分野で公知の方法により、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)の電子ビームを照射することにより、またはナノリソグラフィー技術またはイオンビームリソグラフィ技術などを使用することにより形成することができる。絶縁破壊によって基板にナノポアを形成してもよい。
【0070】
上述の通り、チャンバー部101は、試料導入領域104、試料流出領域105および基板103に加え、試料113をナノポア102に通過させるための第一の電極114および第二の電極115を有することができる。好適な例では、チャンバー部101は、試料導入領域104に設けられた第一の電極114、試料流出領域105に設けた第二の電極115、第一の電極および第二の電極に電圧を印可する電圧印加手段を有する。試料導入領域104に設けた第一の電極114、試料流出領域105に設けた第二の電極115の間には、電流計117が配置されていてもよい。第一の電極114と第二の電極115の間の電流により、試料がナノポアを通過する速度を調整することができる。該電流の値は、当業者であれば適宜選択することができるが、試料がDNAである場合、好ましくは100mV〜300mVである。
【0071】
電極の材料としては、金属を用いることができ、例えば、白金、パラジウム、ロジウムもしくはルテニウムなどの白金族、金、銀、銅、アルミニウム、ニッケル、グラファイト(単層または複層のいずれでもよい)、例えばグラフェン、タングステン、またはタンタルなどが挙げられる。
【0072】
また、
図2に、ナノポアを有する基板と温度制御手段201を備えるナノポア式分析装置のチャンバー部の構成例を示す。試料導入領域104内に存在する第一の液体110または試料流出領域105に存在する第二の液体111を加熱または冷却可能な温度制御手段201を設けることができる。ナノポア式分析装置が試料導入領域104または試料流出領域105の温度を制御する温度制御手段201を有することにより、装置内にて生体分子の融解処理を行うことができる。また、計測中に閉塞が生じた際に、温度制御手段201により、加熱処理(および必要に応じて冷却処理)を行い、閉塞を解消することもできる。
【実施例】
【0073】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0074】
(試料の調製)
試料として、数k〜数十k塩基の長さを有するDNAを以下の方法により調製した。まず、アデニンを連続して50塩基、続いてチミンを連続して25塩基、続いてシトシンを連続して25塩基有する配列A
50T
25C
25(一本鎖DNA)を合成した。この合成した一本鎖DNAを一本鎖DNAリガーゼ(CircLigase(商標) ssDNA Ligase、エアブラウン社製)を用いて環状化した後、phi29 DNA Polymerase(New England BioLabs社製)を用いて増幅を行い、長鎖(数k〜数十k塩基の長さ)のDNAを調製した。増幅したDNAは連続するアデニンとチミンの配列を有するため、セルフハイブリダイゼーションにより高次構造を比較的作りやすい。したがって、本発明の評価に好ましく用いることができる。なお、本実施例において、すべての試料溶液は、試料として上述の一本鎖DNAを濃度1.73ng/μlで含有するように用意した。
【0075】
(実施例1)
下記組成1を有する水溶液に加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液1を用意した。加熱処理および冷却処理は、95℃で15分間維持した後、4℃まで急冷し(降温速度:10℃/秒)、4℃で5分間維持した。
・組成1:4.0M 塩化テトラメチルアンモニウム、0.1M Tris
【0076】
図1に示す構成を有するナノポア式分析装置の試料導入領域104に配置し、ナノポア102を通過する際に生じる封鎖電流を測定した。ナノポア径は1.1〜1.8nmであった。また、パッチクランプ増幅器(Axopatch 200B amplifiers、Molecular Devices社製)を用いて封鎖電流を検出した。封鎖電流は、サンプリングレートが50kHz、印加電圧が+300mVの条件下で検出した。得られた検出データから、「閉塞」、「イベント回数」、「長時間封鎖回数」、「頻度」について評価した。なお、「イベント回数」は封鎖電流の減少によって一本鎖DNAがナノポアを通過したとみなされる回数を示す。「長時間封鎖回数」は電流値が減少した状態が5秒以上保持された回数を示す。「頻度」は、式:「長時間封鎖回数」/「イベント回数」×100(%)により算出した。電流値が減少した状態が5秒以上保持された場合は、電圧を−300mVに反転させることによってDNAによるナノポアの封鎖状態を解消した。電圧を反転させてもナノポアの封鎖状態を解消できなかった場合、「閉塞」を「あり」と評価した。
【0077】
(実施例2)
下記組成2を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液2を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液2を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成2:4.0M 塩化テトラエチルアンモニウム、0.1M Tris
【0078】
(比較例1)
下記組成3を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液3を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液3を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成3:1.0M 塩化カリウム、0.1M Tris
【0079】
(比較例2)
下記組成4を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液4を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液4を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成4:4.0M 塩化アンモニウム、0.1M Tris
【0080】
(比較例3)
加熱処理および冷却処理を実施しなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料溶液5を用意した。また、試料溶液1の代わりに試料溶液5を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
【0081】
(比較例4)
加熱処理および冷却処理を実施しなかったこと以外は、実施例2と同様にして試料溶液6を用意した。また、試料溶液1の代わりに試料溶液6を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
【0082】
(比較例5)
加熱処理および冷却処理を実施しなかったこと以外は、実施例3と同様にして試料溶液7を用意した。また、試料溶液1の代わりに試料溶液7を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
【0083】
(比較例6)
加熱処理および冷却処理を実施しなかったこと以外は、実施例4と同様にして試料溶液8を用意した。また、試料溶液1の代わりに試料溶液8を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
【0084】
実施例1〜2および比較例1〜6の評価結果を表1に示す。
【0085】
【表1】
【0086】
比較例1〜6では、いくらかのDNAの通過イベントも観測されたが、ナノポアの閉塞が発生した。一方、実施例1〜2では、ナノポアの閉塞が発生しなかった。以上の実験結果から、カチオン(A)を含みかつ融解処理を施して用意した試料溶液を用いることにより、セルフハイブリダイゼーションを起こし易い一本鎖DNAを分析する場合であっても、ナノポアの閉塞を抑制して分析を行うことができることが確認された。一本鎖DNAの高次構造を融解させることによって、高次構造が融解した部分にカチオン(A)(本実施例ではTMA+、TEA+)が近接し、物理的な立体障害を形成し、水素結合による複雑な高次構造の形成を阻害することで、ナノポアの閉塞を抑制する効果が得られるものと推測される。なお、当該推測は、本発明を限定するものではない。
【0087】
実施例1および2では、高次構造を融解させる手段として、加熱処理および冷却処理(急冷)を実施したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0088】
上述の実施形態で説明したように、第4級アルキルアンモニウムクロリド(具体的には、塩化テトラメチルアンモニウムまたは塩化テトラエチルアンモニウム)より高い電気伝導度を有する物質として、塩化カリウムまたは塩化アンモニウムなどを用いることができる。これらを第4級アルキルアンモニウムクロリドとともに用いた場合においても、閉塞の無い計測ができ、さらに、封鎖電流計測として高い電気伝導度が得られるかを調べるために、下記実験を行った。下記実験では、電気伝導度が高くなったとしても、ノイズが増えると望ましくないため、ノイズレベルも評価した。
【0089】
(実施例3)
下記組成5を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液9を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液9を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成5:1.7M 塩化カリウム、1.5M 塩化テトラエチルアンモニウム、0.1M Tris
【0090】
(実施例4)
下記組成6を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液10を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液10を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成6:2.0M 塩化アンモニウム、1.5M 塩化テトラエチルアンモニウム、0.1M Tris
【0091】
(実施例5)
下記組成7を有する水溶液に、実施例1に記載の加熱処理および冷却処理を施し、試料溶液11を用意した。そして、試料溶液1の代わりに試料溶液11を用いたこと以外は、実施例1と同様にして封鎖電流を測定し、評価した。
・組成7:2.0M 塩化アンモニウム、1.5M 塩化テトラメチルアンモニウム、0.1M Tris
【0092】
実施例3〜5および参考として比較例1の評価結果を表2に示す。なお、「ノイズ」は、計測により得られたデータを2kHzでフィルタを掛けた後の標準偏差の値を示す。
【0093】
【表2】
【0094】
実施例3〜5から、カチオン(A)を含む塩に加え、該塩よりも高い電気伝導度を有する電解質(実施例では塩化カリウムまたは塩化アンモニウム)をさらに添加することによって、閉塞抑制効果を維持しつつ、かつノイズを低減できることがわかる。