(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
  直径の100倍の長さを有する線状の試験片を10本とり、片端固定された各試験片を60rpmの回転速度で捻回して、各試験片が破断するまでの回数の平均値が30回以上である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の鉄合金。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本開示の実施形態の説明]
  特許文献2に記載されるように、酸素の含有量を調整することで、酸化物に起因する延性の低下を抑制することができる。しかし、後述する試験例に示すように、酸素の含有量を調整するだけでは、鉄合金の高温強度の向上が難しい。本発明者らは、酸化物の大きさを制御することで、鉄合金の高温強度を向上できる、との知見を得た。また、本発明者らは、酸化物の大きさが制御された鉄合金は捻回特性にも優れる、との知見を得た。更に、本発明者らは、特定の条件で合金溶湯を凝固させることで、酸化物の大きさを制御できる、との知見を得た。本開示の鉄合金は、これらの知見に基づくものである。最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
 
【0014】
(1)本開示の一態様に係る鉄合金は、
  質量%で、
  Cを0.1%以上0.4%以下、
  Siを0.2%以上2.0%以下、
  Mnを0.05%以上2.0%以下、
  Niを25%以上42%以下、
  Crを0.1%以上3.0%以下、
  Vを0.2%以上3.0%以下、
  Ca,Ti,Al,及びMgからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0%以上0.1%以下、
  Zr,Hf,Mo,Cu,Nb,Ta,W,及びBからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0%以上0.1%以下、
  Coを0%以上5%以下含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成と、
  酸化物が母相に分散された組織とを備え、
  断面において、2mm×20mmの領域に含まれる前記酸化物の最大径が150μm未満である。
 
【0015】
  本開示の鉄合金は酸化物を含む。但し、酸化物の最大径が150μm未満であることで、上述の高温時に引張力が本開示の鉄合金に加えられた場合に、上記酸化物が割れの起点になり難い。上記酸化物に起因する割れの伝搬も生じ難い。これらの理由により、本開示の鉄合金は、高温強度に優れる。
 
【0016】
  また、上述の撚り合わせ等による捻回が本開示の鉄合金に加えられた場合に、上記酸化物が割れの起点になり難い。上記酸化物に起因する割れの伝搬も生じ難い。これらの理由により、本開示の鉄合金は、捻回特性にも優れる。
 
【0017】
  本開示の鉄合金は、上述の特定の組成を備えることで、室温での強度に優れる。室温での引張強さが高い鋼線は、温度上昇に伴って引張強さがある程度低下しても、ある程度高い引張強さを有し易いと考えられる。これらのことからも、本開示の鉄合金は、高温強度に優れる。
 
【0018】
  本開示の鉄合金は、以下に説明するように、上述の特定の組成を備えることからも捻回特性に優れる。室温での引張強さが高い鋼線は、靭性が低くなり易い。靭性が低いことに起因して、捻じられると、鋼線が破断し易い、即ち捻回特性が低下し易いと考えられる。これに対し、上述の特定の組成を備える鉄合金では、靭性が低いことに起因する捻回特性の低下が小さいと考えられる。
 
【0019】
  更に、本開示の鉄合金は、上述の特定の組成を備えることで、室温だけでなく上述の高温になっても線膨張係数が小さい。そのため、上述の高温時の熱膨張量が少なくなり易い。このように高温強度、捻回特性、及び室温での強度に優れる上に、
線膨張係数が小さい本開示の鉄合金は、これらの特性が望まれる用途の素材、例えば架空送電線の芯線の素材に適する。本開示の鉄合金が架空送電線の芯線に利用された場合には、上述の高温時の熱膨張量が少ないことで、架空送電線の垂れ下がり量を小さくすることができる。
 
【0020】
  本開示の鉄合金は、鋳造工程を含む製造方法によって製造することが挙げられる。特に、この製造方法は、液相から固相に変化する温度域における冷却速度を比較的遅くする、という特定の条件で鋳造を行う。ここで、量産の観点から、従来の製造方法では、溶湯温度から室温までの温度域において冷却速度を速くすることが一般的である。しかし、後述する試験例に示すように、鋳造工程において、液相から固相に変化する温度域での冷却速度が速いと、具体的には10℃/minを超えると、酸化物の最大径が150μmを超える。これに対し、後述する試験例に示すように、上記の特定の条件で鋳造を行うと、酸化物の最大径が150μm未満である。従って、上記の特定の条件は、高温強度の向上が望まれる用途の鉄合金、例えば上述のように送電容量の更なる増大に伴ってジュール熱が増大し得る架空送電線の芯線用の鉄合金の製造に好ましい条件といえる。
 
【0021】
(2)本開示の鉄合金の一例として、
  前記断面において、2mm×3mmの領域に含まれる前記酸化物の個数が500個以下である形態が挙げられる。
 
【0022】
  割れの起点になり得る酸化物が少ない上に、酸化物による割れの伝搬が抑制されることで、上記形態は、高温強度及び捻回特性により優れる。
 
【0023】
(3)本開示の鉄合金の一例として、
  前記組成における酸素の含有量は、0.003質量%以下である形態が挙げられる。
 
【0024】
  割れの起点になり得る酸化物が少ないことで、上記形態は、高温強度及び捻回特性により優れる。
 
【0025】
(4)本開示の鉄合金の一例として、
  室温での引張強さσ
RTに対する300℃での引張強さσ
300の比σ
300/σ
RTが0.8以上である形態が挙げられる。
 
【0027】
(5)本開示の鉄合金の一例として、
  直径の100倍の長さを有する線状の試験片を10本とり、片端固定された各試験片を60rpmの回転速度で捻回して、各試験片が破断するまでの回数の平均値が30回以上である形態が挙げられる。
 
【0029】
(6)本開示の鉄合金の一例として、
  室温での引張強さσ
RTが1250MPa以上である形態が挙げられる。
 
【0031】
(7)本開示の鉄合金の一例として、
  30℃から230℃における平均線膨張係数が4ppm/℃以下である形態が挙げられる。
 
【0032】
  上記形態では、室温から200℃以上といった高温までの範囲において熱膨張量が少ない。
 
【0033】
(8)本開示の鉄合金の一例として、
  室温での破断伸びが0.8%以上である形態が挙げられる。
 
【0034】
  上記形態は、伸びに優れることで、撚り合わせ等で捻じられたり、曲げや振動等を受けたりしても破断し難い。
 
【0035】
(9)本開示の鉄合金の一例として、
  室温での加工硬化指数が0.7以上である形態が挙げられる。
 
【0036】
  上記形態は、耐衝撃性に優れるため、衝撃を受けても破断し難い。
 
【0037】
(10)本開示の一態様に係る鉄合金線は、
  上記(1)から(9)のいずれか一つの鉄合金から構成される。
 
【0038】
  本開示の鉄合金線は、本開示の鉄合金から構成されることで、高温強度に優れる。また、本開示の鉄合金線は、本開示の鉄合金から構成されることで、捻回特性に優れる。
 
【0039】
(11)本開示の鉄合金線の一例として、
  前記鉄合金から構成される線材と、更に、前記線材の外周を覆う被覆層とを備え、
  前記被覆層は、Al又はZnを含む形態が挙げられる。
 
【0040】
  上記形態は、本開示の鉄合金から構成される線材を主体とすることで、高温強度及び捻回特性に優れる上に、被覆層によって、後述するように異種金属の接触に起因する腐食を低減できる。
 
【0041】
(12)本開示の鉄合金線の一例として、
  線径が2mm以上5mm以下である形態が挙げられる。
 
【0042】
  上記形態は、例えば架空送電線の芯線部を構成する素線に利用できる。
 
【0043】
(13)本開示の一態様に係る鉄合金撚線は、
  複数の素線が撚り合わされてなる鉄合金撚線であって、
  前記複数の素線のうち、少なくとも一つの素線は、上記(10)から(12)のいずれか一つの鉄合金線である。
 
【0044】
  本開示の鉄合金撚線は、本開示の鉄合金線から構成される素線を備えることで、高温強度に優れる。また、本開示の鉄合金撚線は、本開示の鉄合金線から構成される素線を備えることで、捻回特性に優れる。このような本開示の鉄合金撚線は、架空送電線の芯線に適する。
 
【0045】
[本開示の実施形態の詳細]
  以下、図面を参照して、本開示の実施形態を具体的に説明する。図中、同一符号は同一名称物を意味する。
 
【0046】
[鉄合金]
  
図1を参照して、実施形態の鉄合金を説明する。
  実施形態の鉄合金1は、以下の第一群の元素を後述する特定の範囲で含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を備える。上記組成は、以下の第二群及び以下の第三群からなる群より選択される1種以上の元素を後述する特定の範囲で含んでもよい。又は、上記組成は、第二群及び第三群からなる群の元素を含まなくてもよい。
  第一群を構成する元素は、C(炭素),Si(ケイ素),Mn(マンガン),Ni(ニッケル),Cr(クロム),V(バナジウム)である。
  第二群を構成する元素は、Ca(カルシウム),Ti(チタン),Al(アルミニウム),Mg(マグネシウム)である。
  第三群を構成する元素は、Zr(ジルコニウム),Hf(ハフニウム),Mo(モリブデン),Cu(銅),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),W(タングステン),B(ホウ素)である。
  その他、上記組成は、Co(コバルト)を含んでもよい。
 
【0047】
  また、実施形態の鉄合金1は、酸化物12が母相10に分散された組織を備える。鉄合金1の断面において、2mm×20mmの領域に含まれる酸化物12の最大径Dが150μm未満である。ここでの酸化物12の最大径Dは、上記領域に含まれる各酸化物12について求めた直径のうち、最大値である。各酸化物12の直径は、各酸化物12の断面積と同じ面積を有する円の直径とする。最大径Dの測定方法の詳細は後述する。
  以下、鉄合金1の組成、組織、特性を順に説明する。なお、
図1は、
図2に示す実施形態の鉄合金1から構成される鉄合金線2をI−I切断線で切断した断面を示す。
図1の断面は、上記鉄合金線2を鉄合金線2の軸方向に平行な平面で切断した断面の一例である。
 
【0048】
(組成)
  以下の説明では、各元素の含有量は、鉄合金1を100質量%とするときの質量割合であり、質量%で示す。また、以下の説明では、単に強度という場合、主として、室温での強度を意味する。ここでの強度は、主として、引張強さによって示される機械的特性である。
 
【0049】
  実施形態の鉄合金1は、Feをベースとし、後述するようにNiを比較的多く含むFe−Ni合金である。Fe−Ni合金の線膨張係数はNiを含まない場合より低い。このようなFe−Ni合金が更に上述の第一群の元素等を含むことで、基本的には、鉄合金1の強度が向上する。第一群の元素等の含有量の増加に伴い、鉄合金1の線膨張係数が増加する傾向にある。
 
【0050】
〈第一群〉
《C》
  Cの含有量は、0.1%以上0.4%以下である。
  Cの含有量が0.1%以上であれば、固溶による強化効果と、炭化物の析出に伴う析出硬化による強化効果とから、鉄合金1の強度が高められる。Cの含有量が0.1%超、0.13%以上、0.15%以上、0.18%以上であれば、強度が向上し易い。
 
【0051】
  Cの含有量が0.4%以下であれば、強度の向上に起因する延性の低下が小さくなり易い。高い伸びを有し易いため、鉄合金1は捻回特性に優れる。また、Cの含有量が0.4%以下であれば、Cの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。そのため、200℃以上といった高温時の熱膨張量が少なくなり易い。Cの含有量が0.38%以下、0.36%以下であれば、これらの効果が得られ易い。
 
【0052】
  Cの含有量が0.15%以上0.35%以下であれば、特に強化効果と、良好な捻回特性の保持及び線膨張係数の増大抑制という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0053】
《Si》
  Siの含有量は、0.2%以上2.0%以下である。
  Siの含有量が0.2%以上であれば、固溶による強化効果から、鉄合金1の強度が高められる。Siの含有量が0.3%以上、0.4%以上であれば、強度が向上し易い。Siの含有量が0.5%以上であれば、固溶による強化に加えて、Siを含む化合物等の析出による強化効果が得られる。
 
【0054】
  Siの含有量が2.0%以下であれば、Siの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。Siの含有量が1.8%以下、1.6%以下、更には1.5%以下であれば、線膨張係数の増大がより抑制される。
 
【0055】
  Siの含有量が0.3%以上1.5%以下であれば、強化効果と、線膨張係数の増大抑制という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0056】
《Mn》
  Mnの含有量は、0.05%以上2.0%以下である。
  Mnの含有量が0.05%以上であれば、脱酸剤としての効果と、固溶による強化効果とが良好に得られる。Mnの含有量が0.1%以上、0.13%以上であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0057】
  Mnの含有量が2.0%以下であれば、Mnの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。Mnの含有量が1.8%以下、1.5%以下、1.2%以下、更には1.0%以下、0.8%以下であれば、線膨張係数の増大がより抑制される。
 
【0058】
  Mnの含有量が0.05%以上1.2%以下であれば、脱酸効果及び強化効果と、線膨張係数の増大抑制という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0059】
《Ni》
  Niの含有量は、25%以上42%以下である。
  Niの含有量が25%以上42%以下であれば、鉄合金1の線膨張係数が小さくなり易い。Niの含有量が28%以上41%以下、30%以上40%以下、更には33%以上40%以下であれば、線膨張係数がより小さくなり易い。
 
【0060】
《Cr》
  Crの含有量は、0.1%以上3.0%以下である。
  Crの含有量が0.1%以上であれば、固溶による強化効果から、室温での強度の向上に加えて、高温強度の向上も期待できる。Crの含有量が0.2%以上、0.3%以上、更には0.5%以上であれば、室温での強度及び高温強度が高くなり易い。Crの含有量がある程度多い場合、Crの一部は炭化物となって析出する。この炭化物の析出硬化による強化効果が得られる。
 
【0061】
  Crの含有量が3.0%以下であれば、粗大な炭化物が形成され難い。そのため、粗大な炭化物に起因する強度の低下及び延性の低下が低減される。このような鉄合金1は、強度に優れる上に、高い伸びを有し易いため、捻回特性にも優れる。また、Crの含有量が3.0%以下であれば、Crの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。上述のようにCrが炭化物として析出すれば、Crの含有に伴う線膨張係数の増大がより小さくなり易い。Crの含有量が2.8%以下、2.6%以下、2.0%以下、更には1.8%以下、1.6%以下であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0062】
  Crの含有量が0.5%以上2.0%以下であれば、強化効果と、良好な捻回特性の保持及び線膨張係数の増大抑制という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0063】
《V》
  Vの含有量は、0.2%以上3.0%以下である。
  Vの含有量が0.2%以上であれば、炭化物の析出に伴う析出硬化による強化効果から、鉄合金1の強度が高められる。Vの含有量が0.3%以上、0.4%以上、更には0.5%以上あれば、強度が向上し易い。
 
【0064】
  Vの含有量が3.0%以下であれば、Vの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。上述のようにVが炭化物として析出することからも、Vの含有に伴う線膨張係数の増大が小さくなり易い。また、Vの含有量が3.0%以下であれば、Cが多い場合でも、粗大な炭化物が形成され難い。この点から、上述の理由により、鉄合金1は、強度、伸び、捻回特性にも優れる。Vの含有量が2.8%以下、2.6%以下、更には2.0%以下であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0065】
  Vの含有量が0.5%以上2.0%以下であれば、強化効果と、線膨張係数の増大抑制及び良好な捻回特性の保持という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0066】
《V/C》
  実施形態の鉄合金1において、Cの含有量に対するVの含有量の比(V/C)が2以上9以下であることが挙げられる。比(V/C)が2以上9以下であれば、Vが炭化物として析出し易い。そのため、炭化物の析出に伴う析出硬化による強化効果が良好に得られ易い。また、Vを含む炭化物の析出によって、Cの含有及びVの含有に起因する線膨張係数の増大が小さくなり易い。更に、比(V/C)が9以下であれば、粗大な炭化物が形成され難い。この点から、上述の理由により、鉄合金1は、強度、伸び、捻回特性にも優れる。比(V/C)が2.5以上8.5以下、2.7以上8以下、更には3以上5以下であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0067】
《Cr/C》
  実施形態の鉄合金1において、Cの含有量に対するCrの含有量の比(Cr/C)が0.3以上10以下であることが挙げられる。比(Cr/C)が0.3以上10以下であれば、Crが炭化物として析出し易い。そのため、Crの含有に起因する線膨張係数の増大が小さくなり易い。また、析出硬化による強度の向上が期待できる。また、比(Cr/C)が10以下であれば、粗大な炭化物が形成され難い。この点から、上述の理由により、鉄合金1は、強度、伸び、捻回特性にも優れる。比(Cr/C)が0.5以上10以下、2以上10以下、更には2以上7.5以下であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0068】
《V+Cr》
  実施形態の鉄合金1において、Vの含有量とCrの含有量との合計量(V+Cr)が0.5%以上5%以下であることが挙げられる。合計量(V+Cr)が0.5%以上5%以下であれば、Vを含む炭化物に基づく析出硬化による強化効果又はVの含有による強化効果と、Crを含む炭化物に基づく析出硬化による強化効果又はCrの含有による強化効果とが良好に得られ易い。この点から、鉄合金1は強度に優れる。また、炭化物の析出によって、上述のように線膨張係数の増大が小さくなり易い上に、V,Crが固溶している場合に比較して、靭性の低下が低減される。更に、合計量(V+Cr)が5%以下であれば、粗大な炭化物が形成され難い。この点から、上述の理由により、鉄合金1は、強度、伸び、捻回特性にも優れる。合計量(V+Cr)が0.8%以上5%以下、1%以上5%以下、更には1%以上4%以下であれば、これらの効果がより得られ易い。
 
【0069】
《(V+Cr)/C》
  実施形態の鉄合金1において、Cの含有量に対するVの含有量とCrの含有量との合計量(V+Cr)の比((V+Cr)/C)が4以上15以下であることが挙げられる。比((V+Cr)/C)が4以上15以下であれば、比(V/C)及び比(Cr/C)の項で説明した効果が良好に得られる。比((V+Cr)/C)が4.2以上14.8以下、4.5以上14.5以下、更には5以上12以下であれば、強化効果、線膨張係数の増大抑制、良好な捻回特性の保持等の効果がより得られ易い。
 
【0070】
〈第二群〉
  実施形態の鉄合金1において、Ca,Ti,Al,及びMgからなる第二群より選択される1種以上の元素の含有量は、合計で0%以上0.1%以下である。第二群の元素は、代表的には、脱酸剤として添加される。第二群の含有量が合計で0.1%以下であれば、第二群の元素を含む酸化物12が少なくなり易い。この点から、酸化物12に起因する強度の低下、高温強度の低下、及び捻回特性の低下が低減され易い。第二群の含有量が合計で0%超0.08%以下、0.01%以上0.06%以下であれば、酸化物12を低減しつつ、脱酸効果が得られ易い。
 
【0071】
〈第三群〉
  実施形態の鉄合金1において、Zr,Hf,Mo,Cu,Nb,Ta,W,及びBからなる第三群より選択される1種以上の元素の含有量は、合計で0%以上0.1%以下である。第三群の元素は、強化効果を有する。第三群の含有量が合計で0.1%以下であれば、延性の低下が小さくなり易い。高い伸びを有し易いため、鉄合金1は、捻回特性にも優れる。また、第三群の含有量が合計で0.1%以下であれば、第三群の元素の含有に起因する線膨張係数の増大が小さくなり易い。第三群の含有量が合計で0%超0.09%以下、0.01%以上0.08%以下であれば、強化効果と、良好な捻回特性の保持及び線膨張係数の増大抑制という効果とがバランスよく得られ易い。
 
【0072】
〈Co〉
  実施形態の鉄合金1は、Coを含んでもよい。Coの含有量は、例えば0%以上5%以下が挙げられる。Coの含有量は4%以下、3%以下、更には2%以下、1%以下でもよい。Coを0%超5%以下の範囲で含む場合には、Niと同様に、鉄合金1の線膨張係数が小さくなり易い。
 
【0073】
〈不可避不純物〉
  ここでの不可避不純物は、上述の第一群の元素、第二群の元素、第三群の元素、及びCo以外の元素である
。不可避不純物としては、例えばO(酸素)が挙げられる。
 
【0074】
〈O〉
  実施形態の鉄合金1に含まれるOは、代表的には酸化物12として存在する。酸化物12の詳細は後述する。Oの含有量は、例えば0.003%以下が挙げられる。Oの含有量が0.003%以下であれば、鉄合金1に含まれる酸化物12の総量が少なくなり易い。この点から、酸化物12に起因する強度の低下、高温強度の低下、及び捻回特性の低下が低減され易い。Oの含有量が少ないほど、酸化物12の総量が少なくなることから、Oの含有量は、0.002%以下、更に0.001%以下でもよい。なお、実施形態の鉄合金1は酸化物12を含むため、Oの含有量は0%超である。
 
【0075】
(組織)
  実施形態の鉄合金1は、母相10中に酸化物12を含む。母相10は、主として、上述の特定の組成を備える鋼から構成される。酸化物12は、酸素と、酸素以外の元素との化合物である。上記の酸素以外の元素は、上述の組成の項で説明した元素、例えば脱酸効果を有する元素が挙げられる。以下の説明では、鉄合金1の断面における「2mm×20mmの領域」を第一観察領域と呼ぶ。
 
【0076】
〈酸化物〉
《最大径D》
  実施形態の鉄合金1では、第一観察領域における酸化物12の最大径Dが150μm未満である。ここで、第一観察領域は、鉄合金1の任意の断面からとる。そのため、実施形態の鉄合金1では、鉄合金1の任意の位置に存在する酸化物12の最大径Dが150μm未満である。最大径Dが150μm未満であれば、200℃以上といった高温時に引張力が鉄合金1に加えられた場合に、酸化物12が割れの起点になり難い。この点から、鉄合金1は、高温強度に優れる。また、最大径Dが150μm未満であれば、撚り合わせ等による捻回が鉄合金1に加えられた場合に、酸化物12が割れの起点になり難い。この点から、鉄合金1は、捻回特性に優れる。最大径Dが140μm以下、120μm以下、更には100μm以下、90μm以下、70μm以下、更には30μm以下であれば、酸化物12が割れの起点になり難く好ましい。
 
【0077】
  最大径Dは小さいほど好ましい。但し、最大径Dが5μm以上、更には10μm以上であれば、鉄合金1の製造が行い易い。
 
【0078】
  最大径Dが5μm以上150μm未満、更には10μm以上100μm以下であれば、鉄合金1は、高温強度及び捻回特性に優れつつ、製造性にも優れる。
 
【0079】
《個数密度》
  鉄合金1中の酸化物12は、最大径Dが小さいことに加えて、少ないことが好ましい。定量的には、鉄合金1の断面において、2mm×3mmの領域に含まれる酸化物12の個数が500個以下であることが挙げられる。以下の説明では、鉄合金1の断面における「2mm×3mmの領域」を第二観察領域と呼ぶ。また、第二観察領域に含まれる酸化物12の個数を個数密度と呼ぶ。個数密度の測定方法の詳細は後述する。
 
【0080】
  個数密度が500個以下であれば、割れの起点になり得る酸化物12が少ない。また、複数の酸化物12によって、割れが伝搬されることが抑制される。このような鉄合金1は、酸化物12に起因する割れが生じ難い。この点から、鉄合金1は、高温強度及び捻回特性により優れる。個数密度が400個以下、300個以下、更には200個以下、150個以下であれば、酸化物12に起因する割れがより生じ難い。
 
【0081】
  個数密度は少ないほど好ましい。但し、個数密度が5個以上、10個以上、更には15個以上であれば、鉄合金1の製造が行い易い。
 
【0082】
  個数密度が5個以上500個以下、更には10個以上200個以下であれば、鉄合金1は、割れの伝搬が抑制され易いことで高温強度及び捻回特性により優れつつ、製造性にも優れる。
 
【0083】
〈測定方法〉
《最大径D》
  酸化物12の最大径Dは、以下のように測定する。
(1)鉄合金1から任意の断面をとる。断面は、2mm×20mmの第一観察領域を採取可能なようにとる。例えば、鉄合金1が線材である場合、線材の軸方向に平行な平面で、線材を切断した断面、いわゆる縦断面をとることが挙げられる。例えば、鉄合金1が板材である場合、板材の表面に平行な平面で板材を切断した断面をとることが挙げられる。
 
【0084】
(2)第一観察領域を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する。観察倍率は200倍とする。
  第一観察領域に存在する酸化物12を抽出する。抽出した各酸化物12の断面積を求める。各酸化物12の断面積と同じ面積を有する円の直径を各酸化物12の直径とする。酸化物12の直径のうち、最大値を酸化物12の最大径Dとする。ここでは、複数の断面をとり、各断面から第一観察領域を採取する。各第一観察領域について酸化物12の最大径Dを求める。求めた複数の最大径Dの平均を鉄合金1における酸化物12の最大径Dとする。
 
【0085】
  なお、上述の直径が1μm以上の酸化物12を最大径Dの評価に利用する。即ち、第一観察領域に存在する全ての酸化物12のうち、上記直径が1μm未満の酸化物12は、最大径Dの評価に利用しない。この理由は、上記直径1μm未満の酸化物12は、割れの起点になり難いと考えられるからである。
 
【0086】
《個数密度》
  酸化物12の個数密度は、以下のように測定する。
  上述の第一観察領域から、2mm×3mmの第二観察領域をとる。第二観察領域に存在する酸化物12の総数を求める。求めた酸化物12の総数を個数密度とする。ここでは、複数の第一観察領域からそれぞれ、第二観察領域をとる。各第二観察領域について酸化物12の個数密度を求める。求めた複数の個数密度の平均を鉄合金1における個数密度とする。酸化物12の総数の評価も、最大径Dの評価と同様に、上記直径が1μm以上の酸化物12を利用し、上記直径が1μm未満の酸化物12を利用しない。
 
【0087】
  酸化物12の抽出、酸化物12の直径及び最大径Dの算出、酸化物12の数の計測等は、市販の画像処理装置、ソフトウェア等を用いると容易に行える。
 
【0088】
(特性)
〈室温での特性〉
  ここでの室温は、20℃±15℃である。この温度範囲、即ち5℃以上35℃以下の温度範囲では、以下の特性は実質的に変化しない。例えば、5℃での引張強さと35℃での引張強さとは実質的に同じである。
《引張強さ》
  実施形態の鉄合金1は、上述の特定の組成を備えることで、室温での強度に優れる。定量的には、室温での引張強さσ
RTが1250MPa以上であることが挙げられる。引張強さσ
RTが1250MPa以上であれば、鉄合金1は強度に優れる。例えば、鉄合金1が架空送電線5の芯線部50(
図2)を構成する場合、この芯線部50は、架空送電線5の重量及び張力に耐える。また、引張強さσ
RTが高い鉄合金1は、温度上昇に伴って引張強さがある程度低下しても、ある程度高い引張強さを有し易い。例えば、鉄合金1が上記芯線部50を構成する場合、この芯線部50は、200℃以上といった高温になっても高い引張強さを有し易い。これらの点から、鉄合金1は、上記芯線部50の素材に好適である。引張強さσ
RTが1300MPa以上、1350MPa以上であれば、鉄合金1は、強度により優れる。
 
【0089】
  室温での引張強さσ
RTは、例えば1250MPa以上1700MPa以下、1300MPa以上1600MPa以下であれば、鉄合金1は、強度に優れつつ、高い伸びを有し易いことで、捻回特性にも優れる。
 
【0090】
《破断伸び》
  実施形態の鉄合金1において、室温での破断伸びが0.8%以上であることが挙げられる。室温での破断伸びが0.8%以上であれば、鉄合金1は伸びに優れる。例えば、鉄合金1が鉄合金撚線3の素線30(
図2)を構成する場合、各素線30は、製造過程において撚り合わせ時に捻じられても破断し難い。また、例えば、鉄合金1が架空送電線5の芯線部50を構成する場合、架線後に強風、積雪、振動等を受けても破断し難い。この点から、鉄合金1は、上記芯線部50等に利用される鉄合金撚線の素線30の素材に好適である。室温での破断伸びが0.9%以上、1.0%以上であれば、鉄合金1は、伸びにより優れる。
 
【0091】
  室温での破断伸びは、例えば0.8%以上10%以下、更には0.8%以上5%以下であれば、鉄合金1は、上述の高い強度を有しつつ、伸びにも優れる。
 
【0092】
《加工硬化指数》
  実施形態の鉄合金1において、室温での加工硬化指数が0.7以上であることが挙げられる。ここでの加工硬化指数は、0.2%耐力を引張強さで除した値、即ち(0.2%耐力/引張強さ)である。引張強さ及び伸びが同じ鉄合金では、加工硬化指数が0.7以上である鉄合金は、加工硬化指数が0.7未満である鉄合金に比較して、引張試験時の応力−歪み曲線を示すグラフにおける以下の面積が大きい。上記面積は、応力−歪み曲線と、横軸と、縦軸に平行な直線であって鉄合金が破断する時の歪み値を通る直線とで囲まれる面積である。なお、上記グラフにおいて横軸は歪みを示し、縦軸は応力を示す。上記面積が大きい鉄合金1は、衝撃エネルギーを吸収する能力が高い、即ち耐衝撃性に優れるといえる。そのため、例えば、鉄合金1が架空送電線5の芯線部50を構成する場合、突風等によって急な負荷が加えられる等の衝撃を架空送電線5が受けても、芯線部50は破断し難い。また、引張強さが同じ鉄合金では、0.2%耐力が大きいほど、換言すれば加工硬化指数が大きいほど、芯線部50と端子部との固着性に優れる傾向がある。これらの点から、鉄合金1は、架空送電線5の芯線部50等に利用される鉄合金撚線3の素線30の素材に好適である。加工硬化指数が0.8以上、0.9以上であれば、鉄合金1は、上述のように衝撃を受けても破断し難い。なお、ここでの加工硬化指数の最大値は1である。
 
【0093】
《捻回特性》
  実施形態の鉄合金1では、上述のように酸化物12の最大径Dが小さいことから、捻じられても、酸化物12を起点とする割れが生じ難い。実施形態の鉄合金1は、上述の特定の組成を備えることからも、捻回によって破断し難い。定量的には、以下の平均回数が30回以上であることが挙げられる。鉄合金1から、直径の100倍の長さを有する線状の試験片を10本とる。片端固定された各試験片を60rpmの回転速度で捻回して、各試験片が破断するまでの回数を測定する。平均回数は、上記回数の平均値である。上記平均回数が30回以上であれば、鉄合金1は捻回特性に優れるといえる。例えば、鉄合金1が鉄合金撚線3の素線30を構成する場合、上述のように、各素線30は撚り合わせ時の捻回によって破断し難い。また、上記の平均回数が30回以上であれば、撚り合わせ条件の設定の自由度が高くなることで、鉄合金撚線3の製造が行い易い。これらの点から、鉄合金1は、架空送電線5の芯線部50等に利用される鉄合金撚線3の素線30の素材に好適である。上記平均回数が35回以上、更には40回以上であれば、鉄合金1は、捻回特性により優れる。
 
【0094】
  線状の試験片における直径は、以下とする。
  試験片を試験片の軸方向に直交する平面で切断した断面をとる。試験片の直径は、上記断面において試験片の断面積と同じ面積を有する円の直径とする。試験片が丸線であれば、試験片の直径は丸線の外径に相当する。
 
【0095】
  線状の試験片は、試験片の直径の100倍の長さを有するように採取する。例えば、鉄合金1が長い線材である場合、直径の100倍の長さを有するように上記線材を切断すればよい。
 
【0096】
  線状の試験片は、以下の垂直距離が10mm以下とする。即ち、捻回特性の評価には、以下の垂直距離が10mm以下である試験片を利用する。上述の所定の長さを有する試験片を水平台に載置する。この状態において、水平台の表面から上記試験片における最も高い箇所までの垂直距離を測定する。測定した垂直距離が10mm以下である試験片を捻回特性の評価に利用する。
 
【0097】
  ここで、例えば、鉄合金1が撚線を構成する素線である場合、上記素線には撚り癖がついていることが考えられる。また、例えば、鉄合金1が長い線材であって、コイル状に巻き取られている場合、上記線材が湾曲していることが考えられる。試験片が大きな撚り癖を有したり、大きく湾曲していたりする場合、即ち試験片が伸直性に劣る場合、試験片を適切に捻回させることが難しい。その結果、捻回特性が適切に評価されない。そのため、上述の所定の長さの試験片を採取した後、試験片の撚り癖、湾曲等を矯正してから、捻回特性の評価を行う。定量的には、上述の垂直距離が10mm以下となるように、上記試験片を矯正するとよい。なお、上記垂直距離の測定は、撚り癖等の有無によらず行う。上記垂直距離が10mm以下であれば、上記試験片を矯正しなくてもよい。但し、上記垂直距離がより小さくなるように、上記試験片を矯正することが好ましい。
 
【0098】
〈高温での特性〉
《高温強度》
  実施形態の鉄合金1では、上述のように酸化物12の最大径Dが小さいことから、200℃以上という高温時でも、酸化物12を起点とする割れが生じ難い。実施形態の鉄合金1は、上述の特定の組成を備えることからも、上記の高温時に高い引張強さを有し易い。定量的には、室温での引張強さσ
RTに対する300℃での引張強さσ
300の比σ
300/σ
RTが0.8以上であることが挙げられる。以下、比σ
300/σ
RTを高温強度比と呼ぶことがある。高温強度比が0.8以上であれば、300℃という高温時でも高い引張強さσ
300を有するといえる。即ち、鉄合金1は高温強度に優れるといえる。高温強度比が0.82以上、0.85以上、更には0.90以上であれば、鉄合金1は、高温強度により優れる。なお、高温強度比は1未満である。
 
【0099】
〈その他の特性〉
《線膨張係数》
  実施形態の鉄合金1では、上述の特定の組成を備えることで、室温から200℃以上といった高温までの範囲において、線膨張係数が小さい。定量的には、30℃から230℃における平均線膨張係数が4ppm/℃以下であることが挙げられる。上記平均線膨張係数が4ppm/℃以下(4×10
−6/℃以下)であれば、使用温度が200℃程度となり得る場合でも、鉄合金1の熱膨張量が少ないといえる。上記平均線膨張係数が3.9ppm/℃以下、3.8ppm/℃以下、更には3.5ppm/℃以下であれば、上述の高温時でも、鉄合金1の熱膨張量がより少ない。上記平均線膨張係数の測定方法は、後述する。
 
【0100】
  上述の特定の組成を備える鉄合金1では、上記平均線膨張係数は、代表的には1.0ppm/℃以上である。
 
【0101】
(用途)
  実施形態の鉄合金1は、種々の鉄合金製品の素材に利用できる。鉄合金1の代表的な形態として、線材、板材が挙げられる。特に、鉄合金1は、高温強度に優れること、更には捻回特性に優れることが望まれる用途の素材に好適に利用できる。上記用途として、例えば、
図2に示す架空送電線5の芯線部50が挙げられる。
 
【0102】
[鉄合金線、鉄合金撚線]
  
図2を参照して、実施形態の鉄合金線、実施形態の鉄合金撚線を説明する。
  実施形態の鉄合金線2は、代表的には、実施形態の鉄合金1から構成される線材である。実施形態の鉄合金線2は、上記線材に加えて、更に、被覆層22を備えてもよい。
図2は、被覆層22を備える鉄合金線2を例示する。実施形態の鉄合金撚線3は、複数の素線30が撚り合わされてなる。複数の素線30のうち、少なくとも一つの素線30が実施形態の鉄合金線2である。
図2は、鉄合金撚線3を構成する全ての素線30が実施形態の鉄合金線2である場合を例示する。
 
【0103】
  鉄合金線2の断面形状、線径等の大きさは、用途等に応じて適宜選択できる。鉄合金撚線3における素線の数、よりピッチ等は、用途等に応じて適宜選択できる。断面形状は、例えば、円形、楕円、矩形等が挙げられる。線径は、例えば、2mm以上5mm以下が挙げられる。ここでの線径は、鉄合金線2を鉄合金線2の軸方向に直交する平面で切断した断面において、鉄合金線2の断面積と同じ面積を有する円の直径とする。線径が2mm以上5mm以下であれば、鉄合金線2は、架空送電線5の芯線部50を構成する素線30として好適に利用できる。線径は2.3mm以上4.5mm以下でもよい。なお、鉄合金線2が、後述する特定の条件の鋳造工程を経た鋳造材、又はこの鋳造材に圧延や加工度が小さい伸線等の塑性加工が施された加工材等である場合、鉄合金線2の線径は5mm超が挙げられる。上記特定の条件の鋳造工程を経ることで、上記のように線径が大きい場合でも、上記鋳造材、上記加工材から構成される鉄合金線2では、酸化物12の最大径Dは150μm未満である。
 
【0104】
  被覆層22を備える場合、鉄合金線2は、実施形態の鉄合金1から構成される線材20と、被覆層22とを備える。被覆層22は、線材20の外周を覆う。被覆層22は、Al又はZn(亜鉛)を含むことが挙げられる。即ち、被覆層22は、アルミニウム、又はアルミニウム合金、又は亜鉛、又は亜鉛合金から構成される。被覆層22の厚さは適宜選択できる。上記厚さは、例えば0.5μm以上500μm以下が挙げられる。
図2は、説明の便宜上、被覆層22を厚く示す。なお、被覆層22を備える鉄合金線2では、鉄合金線2の線径は、線材20の直径である。
 
【0105】
  図2は、芯線部50と電線部52とを備える架空送電線5を例示する。芯線部50は、抗張材として利用される。電線部52は送電路を構成する導体である。芯線部50は、実施形態の鉄合金撚線3から構成される。電線部52は、複数の素線55を備える。複数の素線55は、芯線部50の外周に撚り合わされている。各素線55は、アルミニウム又はアルミニウム合金から構成される線材である。このような架空送電線5は、いわゆる鋼芯アルミニウム撚線(ACSR)である。芯線部50を構成する鉄合金線2が上述の被覆層22を備える場合、被覆層22によって、鋼を主体とする線材20と、アルミニウムを主体とする素線55とが接触することに起因する腐食、いわゆる異種金属の接触腐食が進行し難い。
 
【0106】
(主な作用・効果)
  実施形態の鉄合金1、実施形態の鉄合金線2、実施形態の鉄合金撚線3は、高温強度に優れる。また、実施形態の鉄合金1、実施形態の鉄合金線2、実施形態の鉄合金撚線3は、捻回特性に優れる。これら効果を後述する試験例で具体的に説明する。
 
【0107】
  また、実施形態の鉄合金1では線膨張係数が小さい。そのため、実施形態の鉄合金線2又は実施形態の鉄合金撚線3が架空送電線5の芯線部50を構成する場合には、熱膨張に起因する架空送電線5の垂れ下がり量が低減される。
 
【0108】
[鉄合金の製造方法]
  実施形態の鉄合金1は、例えば、以下の工程を備える鉄合金の製造方法によって製造することが挙げられる。
(第一工程)上述の組成を有する鉄合金から構成される鋳造材を製造する。
  鋳造工程において、1450℃から1400℃までの平均冷却速度が10℃/min以下である。
(第二工程)上記鋳造材に塑性加工を施して、所定の形状の加工材を製造する。
(第三工程)上記加工材に熱処理を施す。
 
【0109】
  上記の鉄合金の製造方法は、以下の知見に基づくものである。
  鉄合金は、一般に、鉄合金中に含まれる元素の酸化物を含む。上記酸化物は、例えば、酸化ケイ素(SiO)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、酸化マグネシウム(MgO)等が挙げられる。酸化物の最大径Dが150μm未満であれば、酸化物が割れの起点になり難い。酸化物の最大径Dが150μm未満になるためには、鋳造工程において、固相から液相に変化する温度域、具体的には1450℃から1400℃までの温度域での冷却速度が比較的遅いことが好ましい。以下、ストークスの式及び
図3を用いて、鋳造工程における冷却速度と、酸化物の大きさとの関係を説明する。
 
【0110】
  (ストークスの式)  V
s={D
p2(ρ
p−ρ
f)g}/18η
  V
sは、介在物の粒子の浮上速度(cm/s)である。
  D
pは、介在物の粒径(cm)である。
  ρ
pは、介在物の密度(g/cm
3)である。
  ρ
fは、流体の密度(g/cm
3)である。
  ηは、流体の粘度(g/(cm・s))である。
  gは、重力加速度(cm/s
2)である。
  
図3は、介在物の粒子の粒径D
pと、上記粒子の浮上速度V
sとの関係を示すグラフである。上記グラフの横軸は粒径D
pである。上記グラフの縦軸は浮上速度V
sである。
  ここでの介在物は、酸化物である。ここでの流体は、合金溶湯である溶鋼である。
 
【0111】
  ストークスの式に示すように、酸化物の浮上速度V
sは、酸化物の粒径D
pの二乗に比例する。つまり、粒径D
pが大きいほど、酸化物は浮上し易いといえる。
 
【0112】
  図3のグラフに、鋳造時の冷却速度V
cを設定する。ここで、冷却速度の単位は通常、℃/sであり、浮上速度の単位であるcm/sとは異なる。そのため、ここでの冷却速度V
cは、温度の変化速度ではなく、液相から固相に変化する進行速度に対応するとみなす。冷却速度V
cに等しい浮上速度Vsを有する粒子の粒径D
pをD
p0とする。粒径D
p0より大きい粒径D
p2を有する粒子の浮上速度V
s2は、冷却速度V
cより速い。そのため、上記大きい粒径D
p2を有する粒子が液相中を浮上してから、溶鋼が固相になるといえる。結果として、上記粒径D
p2を有する粒子は鋳造材中に残存しない。一方、粒径D
p0より小さい粒径D
p1を有する粒子の浮上速度V
s1は、冷却速度V
cより遅い。そのため、上記粒径D
p1を有する粒子が液相中を浮上する前に、溶鋼が固相になるといえる。結果として、上記粒径D
p1を有する粒子は鋳造材中に残存する。冷却速度V
cが速いほど、粒径D
p0が大きい。そのため、鋳造材中に残存する粒子の粒径D
p1が大きくなり易いといえる。
 
【0113】
  次に、
図4A,4Bを参照して、連続鋳造の鋳型内における酸化物の浮上状態を説明する。
  
図4A,
図4Bは、連続鋳造の鋳型周辺の概念図である。
図4A,
図4Bの紙面上方から下方に向かって、溶鋼100が鋳型6に連続的に供給される。溶鋼100は鋳型6に接することで凝固する。即ち、溶鋼100は、液相から固相に変化して、鋳造材110となる。鋳造材110は、
図4A,
図4Bの紙面下方に向かって進行する。このように鋳型6の上方から溶鋼100を供給して、鋳型6の下方から鋳造材110を引き出す連続鋳造法は、鋼の連続鋳造法として代表的な方法である。この連続鋳造法では、粒径D
p0より大きい粒径D
p2を有する酸化物12は、鋳型6内の上方に位置する液相領域に浮上すると共に、液相領域に留まる。粒径D
p0より小さい粒径D
p1を有する酸化物12は、鋳型6内の下方に位置する固相領域に含まれる。固相領域に含まれる酸化物12は、鋳型6の下方から引き出される鋳造材110に含まれる。結果として、鋳造材110は、大きい粒径D
p2を有する酸化物12を実質的に含まず、小さい粒径D
p1を有する酸化物12を含む。
 
【0114】
  図4Aに示すように、冷却速度V
cが速い場合、上述のように粒径D
p0が大きい。そのため、鋳型6内の固相領域は、大きな酸化物12が含まれ易い。また、冷却速度V
cが速い場合、大きな酸化物12が浮上するより速く、液相が固相に変化する。結果として、鋳造材110は、大きな酸化物12を含み易い。
 
【0115】
  図4Bに示すように、冷却速度V
cが遅い場合、上述のように粒径D
p0が小さい。そのため、鋳型6内の固相領域は、小さな酸化物12を含み易い。また、冷却速度V
cが遅い場合、液相が固相に変化するまでに要する時間が長い。そのため、大きな酸化物12が液相領域に浮上し易い。結果として、鋳造材110は、大きな酸化物12を含み難い。
 
【0116】
  以上のことから、上記の鉄合金の製造方法は、鋳造時の冷却速度V
cを特定の範囲とすることで、酸化物の大きさを制御する。ここで、一般に、鋳造では、冷却速度が速いほど、鋳造材の製造速度が速くなることで、鋳造材が量産され易い。また、従来は、特定の温度域において、冷却速度を制御することに着目されていなかった。これに対し、上記の鉄合金の製造方法は、鋳造時において、合金溶湯が1450℃から1400℃までに変化する温度域、即ち液相から固相に変化する温度域における冷却速度を比較的遅くすることで、酸化物の浮上分離を行う。その結果、大きな酸化物を含まず、小さな酸化物を含む鋳造材が製造される。
  以下、各工程を説明する。
 
【0117】
(第一工程)
  第一工程は、鋳造を行う。鋳造法は、例えば、連続鋳造法、インゴット鋳造法が挙げられる。鋳造工程では、1450℃から1400℃までの平均冷却速度が10℃/min以下に調整される。上記平均冷却速度が10℃/min以下であれば、鋳造材中に含まれる酸化物の最大径Dが150μm未満になる。また、鋳造以降の製造過程において、酸化物の最大径Dが150μm以上に大きくならない。即ち、酸化物の最大径Dが150μm未満である鋳造材を用いれば、最終製品においても、酸化物の最大径Dは150μm未満である。上記平均冷却速度が8℃/min以下、更には6℃/min以下であれば、最大径Dがより小さくなり易い。
 
【0118】
  連続鋳造法は、上述の代表的な鋼の連続鋳造法を利用できる。また、連続鋳造法は、上述の平均冷却速度を実現できれば、上記以外の方法、例えば双ロール法、双ベルト法等を利用してもよい。連続鋳造法を利用することで、酸化物の最大径Dが上述の所定の範囲に調整される上に、長尺な鉄合金1、例えば線材、板材が製造される。
 
【0119】
  鋳造材の断面積が例えば50,000mm
2以上500,000mm
2以下程度であると共に、鋳造材の断面形状が円形、矩形等の単純な形状であれば、上述の冷却速度の調整が行い易い。
 
【0120】
  (第二工程)
  第二工程は、上述の鋳造材に1種の塑性加工又は複数種の塑性加工を施すことで、加工材を製造する。多パスの塑性加工を行ってもよい。塑性加工の種類は、例えば、圧延、鍛造、伸線等が挙げられる。塑性加工は、熱間でも冷間でもよい。
 
【0121】
  (第三工程)
  第三工程は、上述の加工材に熱処理を施すことで、主として炭化物を析出させて、析出硬化による強化効果を得る。この目的から、熱処理は、時効処理を含む。時効処理の条件は、例えば、熱処理温度が450℃以上750℃以下の範囲から選択される温度であり、熱処理時間が3時間以上15時間以下から選択される時間であることが挙げられる。熱処理温度が450℃以上であると共に熱処理時間が3時間以上であれば、炭化物が析出される。熱処理温度が750℃以下であると共に熱処理時間が15時間以下であれば、炭化物が粗大になり難い。熱処理によって、加工材に導入された歪みを除去して、伸びを向上する効果も期待できる。
 
【0122】
  熱処理は、時効処理に加えて、溶体化処理を含んでもよい。溶体化処理は、時効処理の前に行う。溶体化処理の条件は、例えば、熱処理温度が1200℃であり、熱処理時間が30分間であることが挙げられる。第二工程で熱間塑性加工を行った後、急冷を行う場合には、溶体化処理は省略できる。
 
【0123】
[鉄合金線の製造方法]
  実施形態の鉄合金線2は、上述の鉄合金の製造方法によって製造することが挙げられる。この場合、第二工程の塑性加工は、伸線を含むとよい。又は、上述の鉄合金の製造方法の一例として、第三工程の後に、更に、伸線加工を行う第四工程を備えることが挙げられる。上記第四工程を備える製造方法は、線径が5mm以下である鉄合金線2を製造する場合に好適に利用できる。
 
【0124】
  上述の鉄合金の製造方法の別例として、上述の第四工程で製造された伸線材の外周が金属部材で覆われた被覆中間材を製造する第五工程と、この被覆中間材に更に伸線加工を施す第六工程とを備えることが挙げられる。上記第五工程及び第六工程を備える製造方法は、被覆層22を備える鉄合金線2の製造に好適に利用できる。被覆中間材は、例えば、以下のように製造することが挙げられる。伸線材の外周にメッキを施す。金属管に伸線材を挿入した後、伸線材及び金属管を締め付ける。コンフォーム押出によって伸線材の外周に金属材をクラッドする。
 
【0125】
  第三工程以降の伸線加工における総減面率は、例えば30%以上99%以下が挙げられる。
 
【0126】
[鉄合金撚線の製造方法]
  実施形態の鉄合金撚線3は、例えば、複数の鉄合金線2を撚り合わせることで製造することが挙げられる。
 
【0127】
[試験例1]
  表1,表2に示す元素を含有する各試料の鋼線について、組織及び特性を表5,表6に示す。各試料の鋼線において、元素の含有量は、各種の成分分析法によって測定することができる。各試料の鋼線において、成分の残部はFe及び不可避不純物である。各試料の鋼線における酸素の含有量は、0.003質量%以下である。鋼線中の酸素の含有量は、例えば、不活性ガス融解−赤外線吸収法によって測定することが挙げられる。酸素の含有量の測定には、市販の装置が利用できる。
 
【0130】
  試料No.25及びNo.201を除く各試料の鋼線は、連続鋳造を行う第一工程、熱間塑性加工及び冷間塑性加工を行う第二工程、熱処理を行う第三工程、冷間伸線加工を行う第四工程を経て製造される。表3,表4は、製造条件を示す。
  試料No.25及びNo.201の鋼線の製造において、第一工程では連続鋳造ではなく、インゴット鋳造を利用する。試料No.25及びNo.201の鋼線の製造において、第二工程から第四工程は、その他の試料と同様に行う。
 
【0133】
  表3,表4に示す冷却速度(℃/min)は、連続鋳造工程又はインゴット鋳造工程において1450℃から1400℃までの平均冷却速度である。ここでの連続鋳造法は、鋳型の上方から溶鋼を連続的に供給して、鋳型の下方から鋳造材を引き出す方法である。インゴット鋳造は、所定の形状及び大きさを有する鋳型に所定量の溶鋼を供給して、溶鋼を冷却することで鋳造材を製造する方法である。連続鋳造法、及びインゴット鋳造において、冷却速度は、冷却媒体の種類、冷却媒体の温度、鋳造材の引き出し速度等を調整することで変化させることが挙げられる。
  試料No.201からNo.203における上記冷却速度はいずれも、15℃/min以上である。
 
【0134】
  第二工程は、断面積が200,000mm
2程度である連続鋳造材又はインゴット鋳造材に熱間塑性加工及び冷間塑性加工を施すことで、直径が8mmであり、断面形状が円形である加工材を製造する。
 
【0135】
  第三工程は、上記加工材に、表3,表4に示す熱処理条件において、表3,表4に示す温度(℃)で熱処理を施すことで、熱処理材を製造する。試料No.105,No.106以外の各試料における熱処理時間は、5時間である。試料No.105における熱処理時間は、2時間である。試料No.106における熱処理時間は、20時間である。
 
【0136】
  第四工程は、上記熱処理材に、表3,表4に示す評価線径(mm)を有する伸線材が得られるまで冷間伸線加工を施すことで、鋼線を製造する。以上の工程によって、各試料の鋼線が製造される。以下の試料以外の各試料における評価線径は、3.1mmである。試料No.1における評価線径は、2.4mmである。試料No.4における評価線径は、3.5mmである。試料No.6,No.11における評価線径は、3.8mmである。試料No.107における評価線径は、6.8mmである。
 
【0137】
(組織観察)
  各試料の鋼線について、各鋼線の軸方向に平行な平面で切断した縦断面をとり、縦断面におけるSEMの観察像を利用して、酸化物の最大径D及び個数密度を評価する。観察倍率は200倍である。
 
【0138】
  各試料の鋼線から3以上の縦断面をとる。各縦断面から、2mm×20mmの第一観察領域をとる。また、各第一観察領域から2mm×3mmの第二観察領域をとる。上述のように、第一観察領域中に含まれる各酸化物の直径を求める。直径が1μm以上である酸化物を用いて、各第一観察領域における酸化物の最大径Dを求める。各試料の鋼線において、3以上の第一観察領域から求めた3以上の最大径Dの平均値を各試料の鋼線における酸化物の最大径Dとする。また、直径が1μm以上である酸化物を用いて、各第二観察領域における酸化物の個数密度を求める。各試料の鋼線において、3以上の第二観察領域から求めた3以上の個数密度の平均値を各試料の鋼線における酸化物の個数密度とする。
 
【0139】
(室温での機械的特性)
  各試料の鋼線について、JIS  Z  2241:2011に準拠して、室温で引張試験を行って、引張強さσ
RT、加工硬化指数、破断伸びを評価する。ここでの加工硬化指数は、各試料の鋼線から採った試験片の0.2%耐力を上記試験片の引張強さで除した値とする。
 
【0140】
(高温での機械的特性)
  各試料の鋼線について、高温強度比を評価する。高温強度比は、室温での引張強さσ
RTに対する300℃での引張強さσ
300の比σ
300/σ
RTである。300℃での引張強さσ
300は、300℃で上述のように引張試験を行うことによって求める。
 
【0141】
(捻回特性)
  各試料の鋼線について、市販の捻回試験機を用いて、室温で捻回試験を行って、捻回特性を評価する。各試料の鋼線から、表3,表4に示す評価線径の100倍の長さ(100D)を有する試験片を10本とる。例えば、試料No.1では、各試験片は、2.4mm×100=240mmの長さを有する線材である。各試験片の両端部のうち、一方の端部を固定し、他方の端部を捻回試験機に接続する。即ち、各試験片を片端固定する。片端固定された各試験片を捻回する。捻回は、捻回試験機によって、60rpmの回転速度で行う。各試験片が破断するまでの回数を測定する。各試料において、10本の試験片の回数を平均する。この平均値を各試料の平均回数とする。試料No.24の鋼線及び試料No.201の鋼線については、回転速度を30rpmとした場合についても、平均回数を評価する。
 
【0142】
(線膨張係数)
  各試料の鋼線について、線膨張係数(ppm/℃)を評価する。ここでは、各試料の鋼線から試験片をとり、各試験片について、30℃での長さL
30と、230℃での長さL
230とを測定する。(230℃での長さL
230−30℃での長さL
30)÷(230℃−30℃)÷(30℃での長さL
30)を求める。求めた値を30℃から230℃における平均線膨張係数とする。表5,表6に示す線膨張係数は、上記平均線膨張係数である。
 
【0145】
  以下、上述の(組成)の項で説明した特定の組成を有する試料No.1からNo.25の鋼線を特定試料群の鋼線と呼ぶ。
  表5,表6に示すように、特定試料群の鋼線は、高温強度に優れることがわかる。定量的には、特定試料群の鋼線の高温強度比は、0.8以上であり、試料No.201からNo.203の鋼線の高温強度比より高い。特定試料群のうち、多くの試料の高温強度比は、0.82以上である。このような結果が得られた理由の一つとして、特定試料群の鋼線では、酸化物の最大径Dが150μm未満と小さいことで、高温時に酸化物が割れの起点になり難かったことが考えられる。特定試料群のうち、多くの試料において酸化物の最大径Dが145μm以下である。これに対し、試料No.201からNo.203の鋼線では、酸化物の最大径Dが150μm以上、ここでは170μm以上である。試料No.202,No.203の鋼線では、酸化物の最大径Dが240μm以上であり、より大きい。このように最大径Dが大きいことで、試料No.201の鋼線では、同じ組成である試料No.24及びNo.25に比較して、高温強度が低下している。試料No.202の鋼線では、同じ組成である試料No.3に比較して、高温強度が大きく低下している。試料No.203の鋼線では、同じ組成である試料No.23に比較して、高温強度が大きく低下している。ここでは、試料No.202の鋼線の高温強度は、試料の中で最も低い。
 
【0146】
  また、特定試料群の鋼線は、捻回特性にも優れることがわかる。定量的には特定試料群の鋼線では、捻回特性における平均回数が30回以上であり、試料No.201,No.203の鋼線の上記平均回数より多い。例えば、同じ組成を有する試料No.24及びNo.25の鋼線と試料No.201の鋼線とを比較されたい。また、同じ組成を有する試料No.23の鋼線と試料No.203の鋼線とを比較されたい。更に、同じ組成を有する試料No.3の鋼線と試料No.202の鋼線とを比較すれば、試料No.3の鋼線では、捻回特性における平均回数が試料No.202より多い。
 
【0147】
  以上のことから、特定試料群の鋼線は、高温強度及び捻回特性に優れるといえる。このような結果が得られた理由の一つとして、特定試料群の鋼線では、酸化物の最大径Dが150μm未満と小さいことで、高温時及び捻回時の双方において酸化物が割れの起点になり難かったことが考えられる。特定試料群の鋼線は、酸化物の個数密度が500個以下、ここでは150個以下と少ないことで、酸化物によって割れが伝搬され難かったことからも、高温強度比及び上記平均回数が高くなり易いと考えられる。
 
【0148】
  なお、回転速度が30rpmである場合の捻回特性における平均回数は、試料No.24の鋼線では135回であり、試料No.201の鋼線では65回である。このことから、試料No.24の鋼線は、試料No.201の鋼線に比較して、捻回時の回転速度が大きくなっても破断し難いといえる。例えば、特定試料群の鋼線を素線として撚線を製造する場合、撚り合わせ時の回転速度を速くすることができる。この点から、特性試料群の鋼線は、撚線の量産に寄与すると期待される。
 
【0149】
  酸化物の最大径Dに関して、表3,表4に示すように、鋳造工程において上述の特定の温度域での冷却速度が遅いほど、酸化物の最大径Dが小さい傾向にあることがわかる。ここでは、上記冷却速度が15℃/min未満、特に10℃/min以下であれば、酸化物の最大径Dが150μm未満になるといえる。上記冷却速度が20℃/minである試料No.202,No.203の鋼線における酸化物の最大径Dは、240μm以上であり、非常に大きい。これらのことから、酸化物の最大径Dを小さくするためには、鋳造工程において上記特定の温度域での冷却速度は10℃/min以下が好ましいといえる。
 
【0150】
  更に、特定試料群について以下のことがわかる。
(1)室温での引張強さσ
RTが1250MPa以上である。多くの試料の引張強さσ
RTが1300MPa以上である。引張強さσ
RTが1350MPa以上、更には1400MPa以上である試料も複数ある。このように室温での強度が高いことからも、特定試料群は、高温になっても高い引張強さを有し易いと考えられる。
 
【0151】
(2)室温での破断伸びが0.8%以上である。多くの試料の破断伸びが1.0%以上である。このように室温での伸びが高いことからも、特定試料群は、捻回特性に優れると考えられる。
 
【0152】
(3)室温での加工硬化指数が0.7以上、ここでは0.85以上である。多くの試料の加工硬化指数が0.9以上である。このように加工硬化
指数が高いことから、特定試料群は、耐衝撃性に優れる。
 
【0153】
(4)30℃から230℃における平均線膨張係数が4ppm/℃以下である。このように室温から200℃以上といった高温までの範囲において線膨張係数が小さいことで、特定試料群は、高温でも熱膨張量が少ない。
 
【0154】
  その他、この試験から以下のことがわかる。
  試料No.102,試料No.103の鋼線は、上述の特定の組成を有していない。
  C及び第二群の元素を多く含む試料No.102の鋼線は、特定試料群の鋼線に比較して、伸びが低く、捻回特性に劣る上に、平均
線膨張係数が大きい。
  Cが少ない試料No.103の鋼線は、強度が低い。
 
【0155】
  試料No.101の鋼線は、特定試料群の鋼線に比較して、伸びが低く、捻回特性に劣る上に、平均
線膨張係数が大きい。この理由の一つとして、試料No.101の鋼線では、比V/Cが2未満と小さいことで、Vを含む炭化物の析出が不十分であることが考えられる。また、試料No.101の鋼線は、比較的組成が近い試料No.16に比較して、強度も低い。
 
【0156】
  試料No.104の鋼線は、特定試料群の鋼線に比較して、平均
線膨張係数が大きい。この理由の一つとして、試料No.104の鋼線では、比V/Cが10超と大きいこと、及び比((V+Cr)/C)が15超と大きいことが考えられる。
 
【0157】
  試料No.105,No.106の鋼線は、特定試料群の鋼線に比較して、伸びが低く、捻回特性に劣る。例えば、試料No.105,No.106の鋼線では、同じ組成である試料No.24と比較して、捻回特性が大きく低下している。この理由の一つとして、試料No.105の鋼線では、熱処理工程において、熱処理温度が低いこと及び熱処理時間が短いことで、炭化物が十分に析出していないことが考えられる。試料No.106の鋼線では、熱処理工程において、熱処理時間が長いことで、炭化物が粗大になったことが考えられる。
 
【0158】
  試料No.107の鋼線は、特定試料群の鋼線に比較して、強度に劣る。この理由の一つとして、試料No.107の鋼線では、冷間伸線工程において、総減面率が小さいことで、加工硬化による強化効果が不足していることが考えられる。
 
【0159】
  以上の説明から、上述の特定の組成を備える鉄合金であって、酸化物の最大径Dが150μm未満である鉄合金は、高温強度に優れることが示された。また、この鉄合金は、捻回特性にも優れることが示された。更に、この鉄合金は、室温での強度、伸びにも優れる上に、30℃から230℃の範囲において
線膨張係数が小さいことが示された。加えて、このような鉄合金は、鋳造工程において上述の特定の温度域における冷却速度を上述の特定の範囲に調整することで製造できることが示された。また、酸素の含有量が特定の範囲に制御されていても、上記冷却速度等の製造条件の相違によって、酸化物の最大径Dが異なることが示された。
 
【0160】
  本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。例えば、試験例1に示す鉄合金の組成、製造条件を変更することができる。
 
 
【解決手段】質量%で、Cを0.1%以上0.4%以下、Siを0.2%以上2.0%以下、Mnを0.05%以上2.0%以下、Niを25%以上42%以下、Crを0.1%以上3.0%以下、Vを0.2%以上3.0%以下、Ca,Ti,Al,及びMgからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0%以上0.1%以下、Zr,Hf,Mo,Cu,Nb,Ta,W,及びBからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0%以上0.1%以下、Coを0%以上5%以下含み、残部がFe及び不可避不純物からなる組成と、酸化物が母相に分散された組織とを備え、断面において、2mm×20mmの領域に含まれる前記酸化物の最大径が150μm未満である、鉄合金。