【実施例】
【0035】
実施例では、原料の、アパタイト結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイト(炭酸含有ハイドロキシアパタイト:CO
3HAp)として、太平化学産業社製高純度リン酸カルシウム HAP−100(白色粉末:粒径1.7mm以下),HAP−200(白色粉末:平均粒径5〜20μm),HAP−300(白色粉末)を用い、酸化銀(Ag
2O)として、関東化学社製酸化銀粉末(平均粒径0.1〜100μm)を用いて、酸化銀粉末に由来する銀の混合割合が1重量%になるように炭酸含有ハイドロキシアパタイト粉末と混合し、それぞれ、アパタイト結晶中のカルシウムの一部を銀に置換した実施例1(Ag−HAP−100)グループ,実施例2(Ag−HAP−200)グループおよび実施例3(Ag−HAP−300)グループを作製した。
【0036】
[実施例サンプルの作製]
炭酸含有ハイドロキシアパタイト粉末と、所定量(1重量%)の酸化銀粉末とを混合し、溶媒として無水エタノール、混錬用メディアとして5mmφジルコニアボールを添加して、重量比で粉末(混合物):溶媒:メディアが1:2:6となる配合で、これらを混錬用ポリエチレン容器に収容し、ボールミル機で50回転/分×24時間回転させて、充分に混合・分散されたスラリー状のアパタイト組成物を作製した。
【0037】
混合後スラリーを取り出し、エバポレーターを用いて無水エタノールを蒸発させて混合粉末を得た。ついで、各銀濃度の混合粉末を、直径24mmφの金型および抗菌試験用に直径80mmφの金型に収容し、一軸プレスにて仮成形した後、294MPaの圧力で冷間等方加圧(CIP)処理を行い、加熱処理用のタブレット状アパタイト組成物体を作製した。
【0038】
つぎに、電気炉中(大気圧下)で各サンプルの加熱焼成を行った。加熱条件は、400℃,600℃,800℃,1000℃,1200℃で、それぞれ2時間加熱した。
【0039】
得られた銀含有ハイドロキシアパタイトの電子顕微鏡写真を
図1〜
図3に示す。なお、電子顕微鏡は、走査型電子顕微鏡(SEM:SN−3400N,日立製作所社製)を用いた。
【0040】
図1は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−100を使用した実施形態1のものであり、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、大きな金属銀の粒塊が複数見られる。
【0041】
図2は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−200を使用した実施形態2のものであり、(b)600℃焼成品と(c)800℃焼成品においては、金属銀の粒子が全く見られない状態となった。また、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、金属銀の粒子は散見されるものの、大きな粒塊は観察されなかった。
【0042】
図3は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−300を使用した実施形態3ものであり、HAP−100(
図1)と同様、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、大きな金属銀の粒塊が複数見られる状態であった。
【0043】
つぎに、得られた各サンプルのうち、実施例1(Ag−HAP−100)の1000℃焼成品〔
図1(d)に相当〕、実施例2(Ag−HAP−200)の1000℃焼成品〔
図2(d)に相当〕、実施例3(Ag−HAP−300)の1000℃焼成品〔
図3(d)に相当〕を用いて、サンプル中に存在する銀粒子(銀粒塊)の粒径分布を、以下の方法により計測した。結果を
図4〜
図6の粒度分布図に示す。
【0044】
[銀の粒径(粒度)分布の測定方法]
各焼結体の断面写真を、加速電圧:15kV、観察倍率:2000倍の条件で走査型電子顕微鏡(SEM)にて反射電子像で取得した。各試料につき、10枚ずつ反射電子像を取得し、各SEM写真上にて、画像解析ソフト(Win ROOF)を用いて、銀粒子部分と、その他のハイドロキシアパタイト部分と、を2値化処理を行い、各銀粒子の円相当径を測定し、銀の粒径分布の結果を得た。
【0045】
図4に記載のグラフより、実施例1(1重量%銀含有、原料にHAP−100を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜4.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の96%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:153個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:6個
であった。
【0046】
図5に記載のグラフより、実施例2(1重量%銀含有、原料にHAP−200を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜1.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の100%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:182個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:0個
であり、実施例1や実施例3と比べても、最も均質なアパタイトセラミックスを得ることができた。
【0047】
図6に記載のグラフより、実施例3(1重量%銀含有、原料にHAP−300を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜4.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の96%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:196個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:8個
であった。
【0048】
ついで、得られたサンプルのうち、実施例2(Ag−HAP−200)の800℃焼成品〔
図2(c)〕、1000℃焼成品〔
図2(d)〕、1200℃焼成品〔
図2(e)〕を用いて、抗菌性を評価した。
【0049】
[抗菌性の評価]
抗菌試験は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA,UOEH6)を用いて実施した。非働化牛血清(インビトロジェン社製)培地を用いて、菌数が1mLあたり6.9×10
5cell/mLの菌数になるように調整し、試験菌液とした。シャーレ内に設置した滅菌済の実施例2の各サンプルの上に、0.4mLの試験菌液を滴下し、菌液の上に40mm×40mm角のポリエチレンフィルで覆って、養生した。そして、35℃大気圧下で24時間培養後、生菌数を計測した。なお、試験は、各サンプルともn=3とし、それぞれ、銀を添加しないアパタイトセラミックスを作製して、コントロール(ブランク)とした。
【0050】
<抗菌性試験の結果>
生 菌 数 (CFU) 試験開始時 24時間後
実施例2 800℃焼成品 2.1×10
5 <10
1000℃焼成品 2.1×10
5 <10
1200℃焼成品 2.1×10
5 4.6×10
3
コントロール 800焼成品 2.1×10
5 4.3×10
6
1000焼成品 2.1×10
5 1.7×10
7
1200焼成品 2.1×10
5 1.5×10
7
【0051】
「抗菌性試験」の結果から、銀を含有しないコントロールのサンプルは、いずれも、生菌数が2.1×10
5CFUから増加する傾向が見られた。一方、実施例2(HAP−200を使用、銀を1重量%含有)では、800℃焼成品および1000℃焼成品が、24時間後に<10CFU(測定限界以下)まで菌が死滅し、非常に高い抗菌性を示すことが確認された。
【0052】
また、実施例2の1200℃焼成品は、前記の800℃焼成品および1000℃焼成品ほど、顕著な抗菌性は示さなかったが、コントロールに比べると十分な抗菌性を示している。抗菌性が比較的低かった理由としては、焼成温度1200℃では、アパタイト結晶の緻密化(焼結)が進行し、銀粒子が粒成長(粒塊化)してしまったと考えられるのに対し、800℃焼成品および1000℃焼成品は、バルク密度が低く気孔が多く存在しているため比表面積が大きいことに加え、銀粒子が微細でかつ多くの銀がカルシウムと置換(固溶)していることで、抗菌性を発揮する銀イオンの溶出が、前記1200℃焼成品より多かったことが、要因と考えられる。
【0053】
つぎに、本発明のアパタイトセラミックスにおいて、析出する銀粒子が微細化する理由について、説明する。
【0054】
図7は、前記実施例2(銀を1重量%含有、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトにHAP−200を使用)の未焼成品および400〜1200℃焼成品に、X線回折による結晶構造解析を行った結果である。なお、X線回折(XRD)測定は、X線回折装置(PW6003/00,スペクトリス社製)を用いて、CuKα線を使用し、以下の測定条件で、XRDパターンを取得した。
管球電圧:45kV 管球電流:40mA スキャンスピード:2.2°/分
【0055】
図7の実施例2群のXRDパターンによれば、加熱処理(焼成)前の成形体(CIPプレス後)の状態では、原材料の酸化銀(Ag
2O)のピークは確認されず、代わりに銀(Ag)のピークが確認された。これは、ボールミル混合中に、酸化銀が銀に還元されたためと考えられる。
【0056】
実施例2群では、未焼成品および400℃焼成品において、銀に帰属する回折ピーク〔
図7中では黒塗り丸●Ag(cubic)で表示〕が見られたが、600℃焼成品および800℃焼成品では、前記銀のピークは消失した。そして、1000℃焼成品および1200℃焼成品では、前記銀のピークが再度現れ、銀の析出が推定された。なお、1000℃焼成品および1200℃焼成品では、同時に酸化カルシウム(CaO)の析出ピーク(白抜き三角△で表示)が確認された。この一連の銀に関する現象は、前述のSEMの観察の結果〔
図2の(b)600℃焼成品,(c)800℃焼成品〕とも一致する。
【0057】
すなわち、XRDパターンと、これとは別に行った実施例2群のIRスペクトルの測定から、600〜800℃付近における、アパタイト結晶の「a軸拡張,c軸収縮」と「Aサイトへの炭酸イオンの置換の増加」が示唆された。この現象は、大きい平面的な炭酸基(CO
32−)グループが、小さく直線的な水酸基(OH
−)に置換することにより発生していると考えられる。
【0058】
ここで、銀イオン(Ag
+)のイオン半径(1.28オングストローム)は、カルシウムイオン(Ca
2+)のイオン半径(0.99オングストローム)に較べて大きく、しかも、原料に使用したHAP−200(水酸アパタイト)は非常に結晶性が高いため、通常、銀イオンは、容易には水酸アパタイト結晶中のカルシウムイオンと置換しにくくなっており、600℃程度の熱処理までは、銀(金属銀)またはリン酸銀(Ag
3PO
4)として存在していたと思われる。
【0059】
そして、600℃〜800℃の熱処理で、水酸アパタイト結晶のa軸が急激に広がったことで、大きなイオン半径の銀イオンの侵入が容易となり、結晶構造中のカルシウムイオン(Ca
2+)と銀イオン(Ag
+)との置換が進展したものと考えられる。しかしながら、さらに昇温して、1000℃以上となった状態では、AサイトおよびBサイト両方から炭酸基が脱離し、a軸の拡張は元に戻るとともに、一部の銀イオンは水酸アパタイト結晶格子から脱離して、銀として析出したと考えられる。また、リン酸基サイトから炭酸基が消失したことから、化学量論的な水酸アパタイトの結晶化が進行するとともに、余分なカルシウムイオンは、酸化カルシウムとして析出したと思われる。
【0060】
以上のような理由により、本実施形態のアパタイトセラミックスおよびその製造方法では、セラミックスの焼成温度を、アパタイトの焼結が始まる1200℃を超えない温度範囲、すなわち900〜1200℃、好ましくは1000〜1200℃の範囲内の温度域とする。これにより、原料中の銀が、まず、加熱により約600〜800℃に到達して、水酸アパタイトの結晶中に銀イオンとして分散固溶し、その後のさらなる温度上昇により、小径の金属銀として、満遍なく均質に析出したものと思われる。
【0061】
なお、本実施形態では、本発明に好適な、結晶中に0.1重量%以上6.0重量%以下の炭酸基を含有し、結晶性の高い炭酸含有水酸アパタイト粉末として、太平化学産業社製 高純度リン酸カルシウム HAPシリーズのなかで、HAP−100,HAP−200,HAP−300(グレード名)を使用したが、本発明で用いる炭酸含有水酸アパタイト粉末としては、他の炭酸含有水酸アパタイトを使用することもできる。
【0062】
使用できる炭酸含有水酸アパタイト粉末の好適な仕様としては、六角柱状結晶の成長の可能なリン酸水素ナトリウム(DCPA,モネタイト)を出発物質とすることが望ましく、湿式合成法を用いて、炭酸基(CO
32−)がリン酸基サイト(Bサイト)に優先的に置換しているタイプの水酸アパタイトが好ましい。一例としては、炭酸基の含有量は、2.8〜4.8重量%程度であるが、加熱(焼成)前の「Bサイト(リン酸基)置換炭酸基/Aサイト(水酸基)置換炭酸基」の割合が、「1/2」程度かそれ以下で、800℃の加熱によって、炭酸基がBサイトから排出すると同時に、Aサイトに炭酸基が導入されることが可能な結晶構造であることが好ましい。そして、炭酸含有水酸アパタイト単体での比表面積は、10m
2・g
−1以下で、好ましくは5m
2・g
−1以下。細孔分布は、5nmを超える細孔が少ない分布を持つものが好ましい。