特許第6832646号(P6832646)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6832646アパタイトセラミックスおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6832646
(24)【登録日】2021年2月4日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】アパタイトセラミックスおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/447 20060101AFI20210215BHJP
   A61L 27/10 20060101ALI20210215BHJP
【FI】
   C04B35/447
   A61L27/10
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-148906(P2016-148906)
(22)【出願日】2016年7月28日
(65)【公開番号】特開2018-16523(P2018-16523A)
(43)【公開日】2018年2月1日
【審査請求日】2019年3月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100075557
【弁理士】
【氏名又は名称】西教 圭一郎
(72)【発明者】
【氏名】村上 隆幸
(72)【発明者】
【氏名】中平 敦
【審査官】 西垣 歩美
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2008/0015100(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第101530633(CN,A)
【文献】 特開2015−223259(JP,A)
【文献】 CERAMICS INTERNATIONAL,2015年,Vol.41,p.1671-1676
【文献】 CERAMICS INTERNATIONAL,2014年,Vol.40,p.10831-10838
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B35/447
A61L27/00−27/60
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸アパタイトと銀とで構成されたアパタイトセラミックスであって、走査型電子顕微鏡によって観察される金属銀粒子のうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数の割合が、観察される全金属銀粒子の個数に対して95%以上であり、前記銀の含有量が、前記アパタイトセラミックス全体に対して0.093重量%以上9.3重量%未満であることを特徴とするアパタイトセラミックス。
【請求項2】
結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイトの粉末と銀または酸化銀との混合物に、エタノールを加えて混錬し、スラリー状のアパタイト組成物を作製する工程と、
前記スラリー状のアパタイト組成物から前記エタノールを蒸発させて取り除き、粉末状のアパタイト組成物を得る工程と、
前記粉末状のアパタイト組成物を金型容器に入れて加圧し、所定形状のアパタイト組成物体を作製する工程と、
前記アパタイト組成物体を、900〜1200℃の範囲内の設定温度まで加熱して焼成し、セラミックス中に一旦固溶した銀が粒子状の金属銀として析出するアパタイトセラミックスを得る工程と、
を備えることを特徴とするアパタイトセラミックスの製造方法。
【請求項3】
前記セラミックス中に析出した金属銀のうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、走査型電子顕微鏡によって観察される全金属銀粒子の個数の95%以上を占めることを特徴とする請求項に記載のアパタイトセラミックスの製造方法。
【請求項4】
前記銀の含有量が、前記アパタイトセラミックス全体に対して0.093重量%以上9.3重量%未満であることを特徴とする請求項またはに記載のアパタイトセラミックスの製造方法。
【請求項5】
前記炭酸含有水酸アパタイトの粉末中の炭酸含有量が、0.1重量%以上6.0重量%以下であることを特徴とする請求項のいずれか1つに記載のアパタイトセラミックスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀を含有するアパタイトセラミックスと、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸アパタイト〔組成式:Ca10(PO)(OH)〕や炭酸アパタイト〔組成式:Ca10(PO)CO〕は、生体適合性に優れ、体内で骨と直接結合する性質を持つことから、人工骨補填材や、人工関節等への生体活性コーティング材として、広く臨床応用されている。なかでも、水酸アパタイト(以下、ハイドロキシアパタイトともいう)に銀または銀イオンを担持させた抗菌性アパタイトは、広い抗菌スペクトルを有するため、生体埋植用のインプラント等の分野において、埋植手術後における細菌感染を防止または抑制できると期待されており、それに関する多数の報告がなされている(非特許文献1〜3等を参照)。
【0003】
これらの報告は、いずれも、銀イオン(Ag)が水酸アパタイトのカルシウムイオン(Ca2+)と置換した、銀置換水酸アパタイト(銀置換ハイドロキシアパタイト)の合成およびその結晶構造に関する研究であり、たとえば、非特許文献1には、湿式合成により銀置換水酸アパタイトを合成した際、a軸,c軸の増加とともに、銀が、水酸アパタイトのCaIサイトに置換したとの報告がある。また、非特許文献2には、マイクロウェーブ法により作製した銀置換水酸アパタイトを加熱した場合、700℃の温度までは、その構造を維持していることが報告されている。さらに、非特許文献3には、湿式合成により作製した各種Ca/P比の銀置換水酸アパタイトを熱処理した場合の、結晶相の変化が報告されている。
【0004】
なお、これらの研究では、前述の水酸アパタイトおよび銀置換水酸アパタイト〔組成式:Ca10−xAg(PO)(OH)〕の水酸基(OH)をAサイト(A型)、リン酸基(PO3−)をBサイト(B型)と呼ぶ場合がある。また、水酸アパタイト(六方晶系)の六角柱状(針状)結晶の底面(端面)はc面、側面(壁面)はa面であり、底面(c面)に垂直な柱状結晶の成長方向をc軸、底面(c面)に平行な、c軸周りの径(半径)方向をa軸と呼び、c軸方向に柱状(鎖状)に配列された9配位のカルシウをCaI(columnar Ca)サイト、水酸基の酸素を三角らせん状に取り囲む7配位のカルシウム(Ca2+)をCaII(screw axis Ca)サイトと呼ぶ。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】L. Badrour, A. Sadel, M. Zahir, L. Kimakh, AE. Hajbi, ”Synthesis and physical and chemical characterization of Ca10−xAgx(PO4)6(OH)2−x x apatite” Annales de Chimie Science des Materiaux, Vol.23, Issue 1-2, (1998), P61-64
【非特許文献2】N. Rameshbabu, TS. Sampath Kumar, TG. Prabhakar, VS. Sastry, KV. Murty, K.Prasad Rao, ”Antibacterial nanosized silver substituted: S ynthesis and characterization”, Journal of Biomedical Materials Research Part A, Vol.80, Issue 3, (2007), P581-591
【非特許文献3】O. Gokcekaya, K. Ueda, T. Narushima, C. Ergun, ”Synthesis and characterization of Ag - containing calcium phosphates with various Ca/P ratios ”, Materials Science and Engineering: C, Vol.53, (2015), P111-119
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように水酸アパタイトは、湿式合成法等により容易にカルシウムを銀に置換して、抗菌性を簡単に付与できるという利点を有する。しかしながら、湿式合成法等によって作製された銀置換水酸アパタイトは、結晶性が低く、その後に加熱処理(焼成)等を行った場合、温度上昇に伴う水酸アパタイトの結晶化または焼結の進展によって、リン酸第3カルシウムβ相(β−TCP),酸化カルシウム(CaO)の析出や、金属銀の析出とその粒成長(大形化)が生じるという、問題があった。
【0007】
そのため、抗菌性インプラント等に用いられる、銀置換水酸アパタイトを焼成したアパタイトセラミックスは、成形,焼成中に析出し粒成長した金属銀の近傍にのみ抗菌性が偏よって発現するという不均一性が生じる可能性があった。また、金属銀が脱離してしまい、所要の抗菌性を維持できないという可能性がある。さらに、このアパタイトセラミックスを、人工関節等の摺動部の近くに適用しようとする場合、脱落した銀が、関節摺動部内に入り込むことで摺動部材の摩耗の原因となるおそれもある。
【0008】
本発明の目的は、焼成を行っても金属銀の粒塊が大形化することのない、均質な抗菌性と耐久性に優れるアパタイトセラミックスおよびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、水酸アパタイトと銀とで構成されたアパタイトセラミックスであって、走査型電子顕微鏡によって観察される金属銀粒子のうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数の割合が、観察される全金属銀粒子の個数に対して95%以上であり、前記銀の含有量が、前記アパタイトセラミックス全体に対して0.093重量%以上9.3重量%未満であることを特徴とするアパタイトセラミックスである。
【0013】
一方、本発明のアパタイトセラミックスの製造方法は、結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイトの粉末と銀または酸化銀との混合物に、エタノールを加えて混錬し、スラリー状のアパタイト組成物を作製する工程と、前記スラリー状のアパタイト組成物から前記エタノールを蒸発させて取り除き、粉末状のアパタイト組成物を得る工程と、前記粉末状のアパタイト組成物を金型容器に入れて加圧し、所定形状のアパタイト組成物体を作製する工程と、前記アパタイト組成物体を、900〜1200℃の範囲内の設定温度まで加熱して焼成し、セラミックス中に一旦固溶した銀が粒子状の金属銀として析出するアパタイトセラミックスを得る工程と、を備えることを特徴とする。
【0014】
また、本発明のアパタイトセラミックスの製造方法は、前記セラミックス中に析出した金属銀のうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、走査型電子顕微鏡によって観察される全金属銀粒子の個数の95%以上を占めることを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明のアパタイトセラミックスの製造方法は、前記銀の含有量が、前記アパタイトセラミックス全体に対して0.093重量%以上9.3重量%未満である構成を特徴とし、前記炭酸含有水酸アパタイト中の炭酸基含有量が、0.1重量%以上6.0重量%以下である構成を特徴とする。
【0016】
なお、本発明のアパタイトセラミックスの原材料として用いられる「炭酸含有水酸アパタイト」(炭酸ハイドロキシアパタイト)の組成式は、たとえばCa10−y[(PO)6−y(CO)][(OH)2−2z(CO)]で表され、そのカルシウムの一部を銀に置換したアパタイトセラミックスの組成式は、たとえばCa10−x−yAg[(PO)6−y(CO)][(OH)2−2z(CO)]で表記されるものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、抗菌性および耐久性に優れる、アパタイトセラミックスを、効率よく製造することができる。すなわち、得られたアパタイトセラミックスは、焼成後に、走査型電子顕微鏡によって観察される金属銀粒子のうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数の割合が、観察される全金属銀粒子の個数に対して95%以上になっている。そのため、本発明のアパタイトセラミックス(成形体)は、セラミックス中に存在する銀粒子が、均一に満遍なく分布しており、さらに大形の銀粒塊がないため、その抗菌性の発露にむらがないようになっている。
【0018】
さらに、本発明の低温焼成アパタイトセラミックスのなかでも、前記炭酸含有水酸アパタイト中の炭酸基含有量が、0.1重量%以上6.0重量%以下であるものは、焼成(昇温)中に前記炭酸基が前記炭酸含有水酸アパタイト中の水酸基(OH:Aサイト)に効率的に置換し、これにより水酸アパタイトの六角柱状結晶のa軸〔底面(c面)に平行な、c軸周りの径(半径)方向の長さ〕が拡大する。したがって、この構成によって、銀イオン(Ag)の、水酸アパタイトのカルシウムイオン(Ca2+)との置換が容易となり、結果として、銀(銀イオン)のアパタイト結晶中への固溶量の増加によって、銀の析出量を制御することができる。
【0019】
そして、本発明のアパタイトセラミックスが、前記混合物を、900〜1200℃の温度域で焼成して得られる成形体である場合、常温から所定温度に達するまでの間の500〜900℃に昇温した段階で、アパタイト結晶中に固溶して一旦吸収された銀が、セラミックスの温度上昇に伴ってゆっくりと徐放されて析出し、アパタイトセラミックス中に、粒径の小さな金属銀のみが満遍なく分散されて存在する状態となる。これにより、銀粒塊の成長(大形化)やその生成を抑制することができる。
【0020】
一方、本発明のアパタイトセラミックスの製造方法によれば、前述のような、大きな銀粒塊を持たない、抗菌性および耐久性に優れる、アパタイトセラミックスを、効率よく製造することができる。また、そのアパタイトセラミックスを、再現性良く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】(a)〜(e)は順に、銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−100)を、400℃,600℃,800℃,1000℃,1200℃で加熱処理して得られるアパタイトセラミックスの状態を示す電子顕微鏡写真である。
図2】(a)〜(e)は順に、銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−200)を、400℃,600℃,800℃,1000℃,1200℃で加熱処理して得られるアパタイトセラミックスの状態を示す電子顕微鏡写真である。
図3】(a)〜(e)は順に、銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−300)を、400℃,600℃,800℃,1000℃,1200℃で加熱処理して得られるアパタイトセラミックスの状態を示す電子顕微鏡写真である。
図4】銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−100)を1000℃で焼成して得られるアパタイトセラミックスに存在する金属銀粒子の粒径分布を示すグラフである。
図5】銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−200)を1000℃で焼成して得られるアパタイトセラミックスに存在する金属銀粒子の粒径分布を示すグラフである。
図6】銀を0.93重量%含有する炭酸含有水酸アパタイト(HAP−300)を1000℃で焼成して得られるアパタイトセラミックスに存在する金属銀粒子の粒径分布を示すグラフである。
図7】400〜1200℃で加熱処理した、銀を0.93重量%含有するアパタイトセラミックスのX線回折パターンを示すチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本実施形態にかかるアパタイトセラミックスは、アパタイト結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイト粉末(炭酸ハイドロキシアパタイト:COHAp)と、酸化銀(AgO)とを原料とし、これらの原料をミル等で充分に混錬した後、加圧成形して成形体とするとともに、この成形体を、アパタイトの焼結が始まる1200℃を超えない、通常900〜1200℃、好ましくは1000〜1200℃の範囲内の温度域で焼成して、前記の酸化銀に由来する小粒径の銀(金属銀)を、セラミックス中に、均一に析出させたものである。なお、本発明における「銀を析出させる」とは、まず、加熱により所定温度(約600〜800℃)に到達して、水酸アパタイトの結晶中に銀イオンとして分散固溶して観察できなくなった銀粒子が、その後のさらなる温度上昇により水酸アパタイトの結晶格子から離脱して、単独の金属銀として顕在化することを言う。
【0023】
その製造方法は、まず、原料となるアパタイト結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイトの粉末と、酸化銀とを準備する。使用する酸化銀に特に制約はなく、粉末状の市販品を用いる。
【0024】
炭酸含有水酸アパタイトは、たとえば組成式Ca10−y[(PO)6−y(CO)][(OH)2−2z(CO)]で表される化合物であり、その水酸アパタイト(結晶)中に、通常0.1重量%以上6.0重量%以下、好ましくは0.5重量%以上5.5重量%以下、より好ましくは1.0重量%以上5.0重量%以下の炭酸基を含有するものである。
【0025】
なお、一般に、水酸アパタイト(ハイドロキシアパタイト)は、人工的に合成する場合、乾式合成法では炭酸イオン(CO2−)が水酸基(OH)Aサイトに置換したA型が、湿式合成法では炭酸イオンがリン酸(PO)基Bサイトに置換したB型と呼ばれる炭酸含有水酸アパタイトが、優先的に生成されることが知られている。本実施形態の場合、湿式合成により製造された水酸アパタイトを好適に採用する。具体的には、結晶性の高い炭酸含有ハイドロキシアパタイト粉末、たとえば、太平化学産業社製高純度リン酸カルシウム HAPシリーズ、HPA−100,HPA−200,HPA−300(グレード名)等を準備する。
【0026】
つぎに、準備した炭酸含有水酸アパタイト粉末(A型,B型混合)に対して、銀を添加するが、その全体に対する銀の含有量を、通常0.093重量%以上9.3重量%未満、好ましくは0.093重量%以上5.58重量%以下、より好ましくは0.093重量%以上1.86重量%以下となるように銀を添加・混合する。さらに分散混合用溶媒としてエタノールを添加して、混錬により充分に混合・分散させる。なお、銀は、前述のように酸化銀(AgO)として添加され、その添加部数(重量部数)は、炭酸含有水酸アパタイト粉末の重量を100とした場合、酸化銀の形でたとえば約1.01〜11.1重量部添加される。これは、金属銀(Ag)換算で約0.094〜10.3重量部の添加である。
【0027】
なお、酸化銀に由来する銀の、炭酸含有水酸アパタイト混合物全体に対する含有量が、0.093重量%未満の場合は、銀に由来するアパタイトセラミックスの抗菌性能が充分に発揮されないおそれがある。また、逆に、銀の含有量が、9.3重量%以上の場合は、すべての銀がアパタイトセラミックス中に一旦固溶することができず、その残存粒塊がセラミックス中に留まってしまうおそれがある。
【0028】
混合物の混合・混錬は、ボールミル等を用いて行う。たとえば、溶媒としてエタノールを添加した、炭酸含有水酸アパタイトと酸化銀との混合物に、混錬用メディアとしてジルコニアボール等を加え、たとえば重量比が粉末(混合物):溶媒:メディア=1:2:6となるよう配合して、混錬用のポリエチレン容器に入れ、50回転/分の回転数で24時間、ボールミル混合を行い、スラリー状のアパタイト組成物を作製する。
【0029】
ついで、エバポレーター等の吸引手段を用いて、スラリー状のアパタイトからエタノールを蒸発させて取り除き、粉末状のアパタイト組成物を得た。ちなみに、この状態では、分析によっても原料の酸化銀(AgO)のピークは確認されず、代わりに銀(Ag)のピークが確認された。これは、エタノールを添加したボールミル混合中に、酸化銀が銀に還元されたためと考えられる。
【0030】
つぎに、粉末状のアパタイト組成物を金型容器等に入れて加圧成形し、所定形状のアパタイト組成物体を作製する。成形方法は、特に限定されるものではないが、金型プレスや冷間等方加圧(CIP)等を用いて行うことが好ましい。なお、目的とするインプラント等の形状に応じて、CIP等の完了した成形体(アパタイト組成物体)に、切削加工や研削加工等を施してもよい。
【0031】
ついで、所望の形状に成形されたアパタイト組成物体を、電気炉等を用いて、通常900〜1200℃、好ましくは1000〜1200℃の範囲内の設定温度まで加熱して焼成し、小径の銀粒子が満遍なく析出したアパタイトセラミックス(製品)を作製する。
【0032】
電気炉等による加熱(温度)プロファイルは適宜設定できるが、たとえば、最高温度を1000±10℃と設定した場合は、この最高温度の状態を1〜3時間程度維持する等、設定最高温度の状態を1〜3時間程度保持するように、加熱プロファイルを設定する。なお、先に述べた銀イオンがアパタイト結晶中に分散固溶する時間的猶予を与えるために、昇温の途中で、600〜800℃で維持する時間を1〜3時間程度設けてもよい。
【0033】
以上のように、本実施形態のアパタイトセラミックスの製造方法は、焼成温度を900〜1200℃、好ましくは1000〜1200℃の範囲内とすることにより、焼成後に存在する銀粒子が、セラミックス中に均一に満遍なく分布するとともに、大形の銀粒塊がなく、粒径の小さな金属銀のみが満遍なく分散されて並ぶ状態となる。
【0034】
つぎに、得られた、銀含有アパタイトセラミックスの成形体の状態について、以下の実施例のなかで説明する。
【実施例】
【0035】
実施例では、原料の、アパタイト結晶中に炭酸基を含有する炭酸含有水酸アパタイト(炭酸含有ハイドロキシアパタイト:COHAp)として、太平化学産業社製高純度リン酸カルシウム HAP−100(白色粉末:粒径1.7mm以下),HAP−200(白色粉末:平均粒径5〜20μm),HAP−300(白色粉末)を用い、酸化銀(AgO)として、関東化学社製酸化銀粉末(平均粒径0.1〜100μm)を用いて、酸化銀粉末に由来する銀の混合割合が1重量%になるように炭酸含有ハイドロキシアパタイト粉末と混合し、それぞれ、アパタイト結晶中のカルシウムの一部を銀に置換した実施例1(Ag−HAP−100)グループ,実施例2(Ag−HAP−200)グループおよび実施例3(Ag−HAP−300)グループを作製した。
【0036】
[実施例サンプルの作製]
炭酸含有ハイドロキシアパタイト粉末と、所定量(1重量%)の酸化銀粉末とを混合し、溶媒として無水エタノール、混錬用メディアとして5mmφジルコニアボールを添加して、重量比で粉末(混合物):溶媒:メディアが1:2:6となる配合で、これらを混錬用ポリエチレン容器に収容し、ボールミル機で50回転/分×24時間回転させて、充分に混合・分散されたスラリー状のアパタイト組成物を作製した。
【0037】
混合後スラリーを取り出し、エバポレーターを用いて無水エタノールを蒸発させて混合粉末を得た。ついで、各銀濃度の混合粉末を、直径24mmφの金型および抗菌試験用に直径80mmφの金型に収容し、一軸プレスにて仮成形した後、294MPaの圧力で冷間等方加圧(CIP)処理を行い、加熱処理用のタブレット状アパタイト組成物体を作製した。
【0038】
つぎに、電気炉中(大気圧下)で各サンプルの加熱焼成を行った。加熱条件は、400℃,600℃,800℃,1000℃,1200℃で、それぞれ2時間加熱した。
【0039】
得られた銀含有ハイドロキシアパタイトの電子顕微鏡写真を図1図3に示す。なお、電子顕微鏡は、走査型電子顕微鏡(SEM:SN−3400N,日立製作所社製)を用いた。
【0040】
図1は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−100を使用した実施形態1のものであり、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、大きな金属銀の粒塊が複数見られる。
【0041】
図2は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−200を使用した実施形態2のものであり、(b)600℃焼成品と(c)800℃焼成品においては、金属銀の粒子が全く見られない状態となった。また、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、金属銀の粒子は散見されるものの、大きな粒塊は観察されなかった。
【0042】
図3は、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトに、HAP−300を使用した実施形態3ものであり、HAP−100(図1)と同様、(d)1000℃焼成品と(e)1200℃焼成品においては、大きな金属銀の粒塊が複数見られる状態であった。
【0043】
つぎに、得られた各サンプルのうち、実施例1(Ag−HAP−100)の1000℃焼成品〔図1(d)に相当〕、実施例2(Ag−HAP−200)の1000℃焼成品〔図2(d)に相当〕、実施例3(Ag−HAP−300)の1000℃焼成品〔図3(d)に相当〕を用いて、サンプル中に存在する銀粒子(銀粒塊)の粒径分布を、以下の方法により計測した。結果を図4図6の粒度分布図に示す。
【0044】
[銀の粒径(粒度)分布の測定方法]
各焼結体の断面写真を、加速電圧:15kV、観察倍率:2000倍の条件で走査型電子顕微鏡(SEM)にて反射電子像で取得した。各試料につき、10枚ずつ反射電子像を取得し、各SEM写真上にて、画像解析ソフト(Win ROOF)を用いて、銀粒子部分と、その他のハイドロキシアパタイト部分と、を2値化処理を行い、各銀粒子の円相当径を測定し、銀の粒径分布の結果を得た。
【0045】
図4に記載のグラフより、実施例1(1重量%銀含有、原料にHAP−100を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜4.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の96%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:153個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:6個
であった。
【0046】
図5に記載のグラフより、実施例2(1重量%銀含有、原料にHAP−200を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜1.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の100%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:182個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:0個
であり、実施例1や実施例3と比べても、最も均質なアパタイトセラミックスを得ることができた。
【0047】
図6に記載のグラフより、実施例3(1重量%銀含有、原料にHAP−300を使用)の1000℃焼成品では、その焼成後に、最大横断径0.1〜4.4μmの銀粒子が多数存在し、そのうち、粒子径が0.1〜2.0μmの金属銀粒子の個数が、観察された全金属銀粒子の個数の96%を占めることがわかった。また、実際の計測では、
最大横断径0.1〜2.0μmの粒子の個数:196個
最大横断径が2.0μmを超える粒子の個数:8個
であった。
【0048】
ついで、得られたサンプルのうち、実施例2(Ag−HAP−200)の800℃焼成品〔図2(c)〕、1000℃焼成品〔図2(d)〕、1200℃焼成品〔図2(e)〕を用いて、抗菌性を評価した。
【0049】
[抗菌性の評価]
抗菌試験は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA,UOEH6)を用いて実施した。非働化牛血清(インビトロジェン社製)培地を用いて、菌数が1mLあたり6.9×10cell/mLの菌数になるように調整し、試験菌液とした。シャーレ内に設置した滅菌済の実施例2の各サンプルの上に、0.4mLの試験菌液を滴下し、菌液の上に40mm×40mm角のポリエチレンフィルで覆って、養生した。そして、35℃大気圧下で24時間培養後、生菌数を計測した。なお、試験は、各サンプルともn=3とし、それぞれ、銀を添加しないアパタイトセラミックスを作製して、コントロール(ブランク)とした。
【0050】
<抗菌性試験の結果>
生 菌 数 (CFU) 試験開始時 24時間後
実施例2 800℃焼成品 2.1×10 <10
1000℃焼成品 2.1×10 <10
1200℃焼成品 2.1×10 4.6×10
コントロール 800焼成品 2.1×10 4.3×10
1000焼成品 2.1×10 1.7×10
1200焼成品 2.1×10 1.5×10
【0051】
「抗菌性試験」の結果から、銀を含有しないコントロールのサンプルは、いずれも、生菌数が2.1×10CFUから増加する傾向が見られた。一方、実施例2(HAP−200を使用、銀を1重量%含有)では、800℃焼成品および1000℃焼成品が、24時間後に<10CFU(測定限界以下)まで菌が死滅し、非常に高い抗菌性を示すことが確認された。
【0052】
また、実施例2の1200℃焼成品は、前記の800℃焼成品および1000℃焼成品ほど、顕著な抗菌性は示さなかったが、コントロールに比べると十分な抗菌性を示している。抗菌性が比較的低かった理由としては、焼成温度1200℃では、アパタイト結晶の緻密化(焼結)が進行し、銀粒子が粒成長(粒塊化)してしまったと考えられるのに対し、800℃焼成品および1000℃焼成品は、バルク密度が低く気孔が多く存在しているため比表面積が大きいことに加え、銀粒子が微細でかつ多くの銀がカルシウムと置換(固溶)していることで、抗菌性を発揮する銀イオンの溶出が、前記1200℃焼成品より多かったことが、要因と考えられる。
【0053】
つぎに、本発明のアパタイトセラミックスにおいて、析出する銀粒子が微細化する理由について、説明する。
【0054】
図7は、前記実施例2(銀を1重量%含有、原料の炭酸含有ハイドロキシアパタイトにHAP−200を使用)の未焼成品および400〜1200℃焼成品に、X線回折による結晶構造解析を行った結果である。なお、X線回折(XRD)測定は、X線回折装置(PW6003/00,スペクトリス社製)を用いて、CuKα線を使用し、以下の測定条件で、XRDパターンを取得した。
管球電圧:45kV 管球電流:40mA スキャンスピード:2.2°/分
【0055】
図7の実施例2群のXRDパターンによれば、加熱処理(焼成)前の成形体(CIPプレス後)の状態では、原材料の酸化銀(AgO)のピークは確認されず、代わりに銀(Ag)のピークが確認された。これは、ボールミル混合中に、酸化銀が銀に還元されたためと考えられる。
【0056】
実施例2群では、未焼成品および400℃焼成品において、銀に帰属する回折ピーク〔図7中では黒塗り丸●Ag(cubic)で表示〕が見られたが、600℃焼成品および800℃焼成品では、前記銀のピークは消失した。そして、1000℃焼成品および1200℃焼成品では、前記銀のピークが再度現れ、銀の析出が推定された。なお、1000℃焼成品および1200℃焼成品では、同時に酸化カルシウム(CaO)の析出ピーク(白抜き三角△で表示)が確認された。この一連の銀に関する現象は、前述のSEMの観察の結果〔図2の(b)600℃焼成品,(c)800℃焼成品〕とも一致する。
【0057】
すなわち、XRDパターンと、これとは別に行った実施例2群のIRスペクトルの測定から、600〜800℃付近における、アパタイト結晶の「a軸拡張,c軸収縮」と「Aサイトへの炭酸イオンの置換の増加」が示唆された。この現象は、大きい平面的な炭酸基(CO2−)グループが、小さく直線的な水酸基(OH)に置換することにより発生していると考えられる。
【0058】
ここで、銀イオン(Ag)のイオン半径(1.28オングストローム)は、カルシウムイオン(Ca2+)のイオン半径(0.99オングストローム)に較べて大きく、しかも、原料に使用したHAP−200(水酸アパタイト)は非常に結晶性が高いため、通常、銀イオンは、容易には水酸アパタイト結晶中のカルシウムイオンと置換しにくくなっており、600℃程度の熱処理までは、銀(金属銀)またはリン酸銀(AgPO)として存在していたと思われる。
【0059】
そして、600℃〜800℃の熱処理で、水酸アパタイト結晶のa軸が急激に広がったことで、大きなイオン半径の銀イオンの侵入が容易となり、結晶構造中のカルシウムイオン(Ca2+)と銀イオン(Ag)との置換が進展したものと考えられる。しかしながら、さらに昇温して、1000℃以上となった状態では、AサイトおよびBサイト両方から炭酸基が脱離し、a軸の拡張は元に戻るとともに、一部の銀イオンは水酸アパタイト結晶格子から脱離して、銀として析出したと考えられる。また、リン酸基サイトから炭酸基が消失したことから、化学量論的な水酸アパタイトの結晶化が進行するとともに、余分なカルシウムイオンは、酸化カルシウムとして析出したと思われる。
【0060】
以上のような理由により、本実施形態のアパタイトセラミックスおよびその製造方法では、セラミックスの焼成温度を、アパタイトの焼結が始まる1200℃を超えない温度範囲、すなわち900〜1200℃、好ましくは1000〜1200℃の範囲内の温度域とする。これにより、原料中の銀が、まず、加熱により約600〜800℃に到達して、水酸アパタイトの結晶中に銀イオンとして分散固溶し、その後のさらなる温度上昇により、小径の金属銀として、満遍なく均質に析出したものと思われる。
【0061】
なお、本実施形態では、本発明に好適な、結晶中に0.1重量%以上6.0重量%以下の炭酸基を含有し、結晶性の高い炭酸含有水酸アパタイト粉末として、太平化学産業社製 高純度リン酸カルシウム HAPシリーズのなかで、HAP−100,HAP−200,HAP−300(グレード名)を使用したが、本発明で用いる炭酸含有水酸アパタイト粉末としては、他の炭酸含有水酸アパタイトを使用することもできる。
【0062】
使用できる炭酸含有水酸アパタイト粉末の好適な仕様としては、六角柱状結晶の成長の可能なリン酸水素ナトリウム(DCPA,モネタイト)を出発物質とすることが望ましく、湿式合成法を用いて、炭酸基(CO2−)がリン酸基サイト(Bサイト)に優先的に置換しているタイプの水酸アパタイトが好ましい。一例としては、炭酸基の含有量は、2.8〜4.8重量%程度であるが、加熱(焼成)前の「Bサイト(リン酸基)置換炭酸基/Aサイト(水酸基)置換炭酸基」の割合が、「1/2」程度かそれ以下で、800℃の加熱によって、炭酸基がBサイトから排出すると同時に、Aサイトに炭酸基が導入されることが可能な結晶構造であることが好ましい。そして、炭酸含有水酸アパタイト単体での比表面積は、10m・g−1以下で、好ましくは5m・g−1以下。細孔分布は、5nmを超える細孔が少ない分布を持つものが好ましい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7