【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための副室式エンジンの燃焼状態判別方法は、
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させる副室式エンジンの燃焼状態判別方法であって、その特徴構成は、
前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類するクラスタ分析工程と、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出する教師データ抽出工程と、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する判別分析工程とを含む点にある。
【0007】
上記目的を達成するための副室式エンジンは、
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させたときの燃焼状態の判別を行う制御装置とを有する副室式エンジンであって、その特徴構成は、
前記制御装置は、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類し、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出し、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する点にある。
【0008】
上記特徴構成によれば、まず、筒内圧力の振動強度(筒内圧力の経時変化の振幅)により、通常燃焼群と非通常燃焼群とに容易に分類することができるクラスタ分析を採用している。クラスタ分析は、1サイクル毎の主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析することにより、1サイクル毎の主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群とそれ以外の燃焼群とに分類する。ここで、それ以外の燃焼群は、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態と、ノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群である。
通常燃焼群と非通常燃焼群との分類は、筒内圧力の振動強度により、クラスタ分析のうち、特に、非階層的分類法の1つでありn個の対象を予め定められたk個(本発明の場合は、k=2)のクラスタに分ける分類手法であるk−Meansクラスタ分析を用いることにより、良好に実現できる。
さて、非通常燃焼群を成すノッキング燃焼状態と異常燃焼状態とは、特に、筒内圧力の振動強度(筒内圧力の経時変化の振幅)が共に大きく、両者を分類するためにはより精密な分析による分類が必要である。本発明にあっては、発明者が定めた教師データ閾値に基づいて抽出する教師データに基づいて、より精密な分析による分類が可能である判別分析を行うことで、非通常燃焼群が分類されるフィルタ処理後データを、ノッキング燃焼群と異常燃焼群とに分類する。
当該分類方法を用いることにより、まずもって、非通常燃焼群に分類されるフィルタ処理後データから、予め設定される教師データ閾値により、ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、異常燃焼状態としての第2教師データとを、抽出する。
当該教師データ抽出工程において、予め設定される教師データ閾値により、非通常燃焼群としてのフィルタ処理後データが、第1教師データと第2教師データとに分類されるが、教師データ閾値を比較的厳しく設定するため、第1教師データと第2教師データの何れにも分類されない未分類のデータが多く残ることになる。
そこで、多変量解析の一手法として知られる判別分析により、当該第1教師データと第2教師データとを用いて、非通常燃焼群としてのフィルタ処理後データを未分類のデータを出すことなく、適切に分類することができる。尚、当該判別分析では、分類することにより、相関比が最大となる線形判別式を導出し、当該線形判別式により判別する。
以上より、ノッキング燃焼及び当該ノッキング燃焼とは異なる異常燃焼を峻別して、副室式エンジンにおける燃焼状態を判別できる副室式エンジンの燃焼状態判別方法、及び副室式エンジンを実現できる。
【0009】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記第1指標は、前記フィルタ処理後データのRMS値と、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値とを含むものである点にある。
【0010】
クラスタ分析を用いる場合、各クラスタの重心位置から所属群が決定されるため、散布図における各軸(複数の第1指標)の設定が重要になる。即ち、筒内圧力の振動の大小により各クラスタを分類するためには、筒内圧力の振動強度を示すパラメータを、各軸(複数の第1指標)として設定する必要がある。また、散布図上のユークリッド距離を用いるため、軸として用いる指標は、質的変数ではなく量的変数である必要がある。
以上の点を鑑みて、発明者らは、第1指標として、フィルタ処理後データのRMS値と、フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値とを設定している。
【0011】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記教師データ抽出工程では、
前記フィルタ処理後データが初めて所定の圧力振動判別閾値以上となる圧力振動開始時期のデータを前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第1絞込工程と、
前記フィルタ処理後データの絶対値の最大値を前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第2絞込工程とを記載の順に実行する点にある。
【0012】
ノッキング燃焼状態と異常燃焼状態とを判別する有効な指標としては、例えば、RMS/ΔP値等が挙げられるが、当該値では閾値による両者の判別が難しく、教師データを作成する際の指標としては適していない。
そこで、上記特徴構成では、圧力振動開始時期のデータを教師データ閾値とする絞込みと、フィルタ処理後データの絶対値の最大値を教師データ閾値とする絞り込みとを記載の順に実行することで、教師データを良好に抽出できる。
【0013】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記第2指標は、
前記フィルタ処理後データのRMS値を、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値と、
1サイクルにおいて、前記副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、前記点火手段の点火時期から前記主燃焼室の筒内圧力データが最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根である二乗和平方根割合とを含む点にある。
【0014】
さて、上記特徴構成の如く、RMS/ΔP値と、二乗和平方根割合とを、判別分析の第2指標として採用した理由を以下に示す。
本発明の発明者らは、判別分析時に用いる指標を決定するため、異常燃焼状態のサイクル波形とノッキング燃焼状態のサイクル波形の特徴を把握するべく、複数のRMS値毎において、両者のサイクル波形を比較した。
図6、7、8において、RMS値が169kPa,107kPa,75kPa付近となる波形を示す。因みに、
図6、7、8で、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図である。
【0015】
因みに、当該データを取得したときの副室式エンジンの仕様及び運転条件は下記に示すとおりである。
副室式エンジン100は、ボア径165mm、ストローク215mm、排気量4.6Lの、都市ガス13Aを燃料とする単気筒副室式エンジンを使用した。また、圧縮比14.5、回転数1200rpm、連通孔数6個で一定とした。
操作パラメータは、主燃焼室6に対する副室8の体積比率(2.35、2.9、3.47)、トーチ強度I(0.8、1.31、1.88)、連通孔狭角φ(120、140、160deg)、主燃焼室6と副室8との合計空気過剰率λ(1.8〜2.5)、IMEP(1.43、2.0、2.4MPa)、副室点火時期(−19.2〜−2.0)の6つとした。なお、トーチ強度Iは副室体積V
pre、連通孔数N、連通孔径Φ、主燃焼室ボア径Rを用いて、以下の〔数1〕で表される。また、計測は測定刻み幅(以下、ステップと呼ぶ場合がある)0.2deg、測定範囲−360〜360degATDC、1条件あたりの計測サイクル数200サイクルとし、計338条件、67、600サイクル分を解析対象とした。
【0016】
【数1】
【0017】
図6、7、8の比較から、RMS値の大小に関わらず、異常燃焼状態及びノッキング燃焼状態の筒内圧力データ及びフィルタ処理後データを示す波形には、以下の差異がある。
1点目は、筒内圧力の圧力振動の開始時期である。異常燃焼状態では、副室点火時期(θ=0deg)の直後に圧力振動が開始するのに対して、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力のピーク付近で圧力振動が開始している。
2点目は、圧力振動の振幅である。フィルタ処理後データの比較から、異常燃焼状態よりもノッキング燃焼状態の方が、圧力最大振幅ΔPは大きい傾向にあることが確認される。
3点目は、圧力振幅の推移である。フィルタ処理後データから、異常燃焼状態では、筒内圧力のピークまでは圧力振動の振幅が略一定で推移し、筒内圧力のピークを過ぎて徐々に振幅が減衰する傾向である。これに対し、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力の振動開始直後に振幅が最大となり、その後は単調に減少し、異常燃焼状態のように振幅が一定となる期間は観測されない。
【0018】
これらの比較結果から、異常燃焼状態とノッキング燃焼状態とを判別するには、以下の要件を満たす指標が有効である。
第1要件は、フィルタ処理後データの圧力振幅の推移から、両者を区別できることである。
即ち、異常燃焼状態では振動開始時期が早く、圧力振幅は振動開始から筒内圧力のピークにかけて略一定の値を保ちながら推移した後、筒内圧力のピークを過ぎると減少する。一方、ノッキング燃焼状態では、振動開始時期が筒内圧力のピーク付近であり異常燃焼状態に比べて遅く、圧力振幅は振動開始直後に最大に達した後、単調減少する。これらの各燃焼の圧力振幅の推移の特徴を表すことができる指標は、両者を判別できる指標として有効である。
上記第1要件を満たす指標として、フィルタ処理後データの圧力が所定の閾値に初めて達した時のクランク角度としての圧力振動開始時期が考えられる。しかしながら、筒内圧力の経時変化は、サイクル変動を伴うため、異常燃焼状態とノッキング燃焼状態との両燃焼を区別するための振動開始時期を定義する適切な閾値を設定することは難しい。一方、両燃焼の振動開始時期が異なることは、1サイクルの圧力振動成分の積分値に対する筒内圧力がピークに達するまでの圧力振動成分の積分値の割合の大小に対応するため、当該割合を指標として用いることでより適切に、両燃焼を峻別することができる。
そこで、当該指標として、1サイクルにおいて、副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、点火手段の点火時期から主燃焼室の筒内圧力データが最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根である二乗和平方根割合を採用した。
【0019】
第2要件は、フィルタ処理後のRMS値とΔP値の大きさの比の点から、両グループを区別できることである。
上述したように、ノッキング燃焼状態の方が異常燃焼状態よりもΔP値が大きくなる傾向がみられる。また、振動開始時期は、異常燃焼状態では早く、ノッキング燃焼状態では遅くなることからも、RMS値が一定の条件では、異常燃焼状態のΔP値は、ノッキング燃焼状態のΔP値に比べ相対的に小さくなることが予想される。このことから、RMS値とΔP値の大きさの比は両者を判別するための指標として有効である。
このことから、本発明にあっては、フィルタ処理後データのRMS値を、フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値を、指標として採用した。
【0020】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンの夫々から取得した1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを用いて、前記クラスタ分析工程と、前記教師データ抽出工程と、前記判別分析工程とを実行する点にある。
【0021】
以上の特徴構成を有する燃焼状態判別方法は、単一の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータのみならず、複数の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータに基づいて分析を実行することができるから、例えば、当該分析結果に基づいて、より精度の高いエンジン制御を実行できる。
【0022】
上記目的を達成するためのエンジンシステムは、
これまで説明してきた副室式エンジンの複数で燃焼状態の判別を行うエンジンシステムであって、その特徴構成は、
前記制御装置は、ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンに接続され、前記副室式エンジンの夫々から1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを取得可能に構成されている点にある。
【0023】
以上のように構成することで、制御装置では、単一の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータのみならず、複数の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータに基づいて分析を実行することができるから、例えば、当該分析結果に基づいて、より精度の高いエンジン制御を実行できる。