特許第6835317号(P6835317)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6835317副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、及びエンジンシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6835317
(24)【登録日】2021年2月8日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、及びエンジンシステム
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20210215BHJP
【FI】
   F02D45/00 368A
   F02D45/00 368S
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-233730(P2017-233730)
(22)【出願日】2017年12月5日
(65)【公開番号】特開2019-100282(P2019-100282A)
(43)【公開日】2019年6月24日
【審査請求日】2020年2月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼島 良胤
(72)【発明者】
【氏名】佐古 孝弘
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 由大
(72)【発明者】
【氏名】高居 明弘
(72)【発明者】
【氏名】金子 成彦
【審査官】 沼生 泰伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−170405(JP,A)
【文献】 特開2004−353531(JP,A)
【文献】 特開2012−225268(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0316020(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第105275615(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 45/00
G01M 15/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させる副室式エンジンの燃焼状態判別方法であって、
前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類するクラスタ分析工程と、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出する教師データ抽出工程と、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する判別分析工程とを含む副室式エンジンの燃焼状態判別方法。
【請求項2】
前記第1指標は、前記フィルタ処理後データのRMS値と、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値とを含むものである請求項1に記載の副室式エンジンの燃焼状態判別方法。
【請求項3】
前記教師データ抽出工程では、
前記フィルタ処理後データが初めて所定の圧力振動判別閾値以上となる圧力振動開始時期のデータを前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第1絞込工程と、
前記フィルタ処理後データの絶対値の最大値を前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第2絞込工程とを記載の順に実行する請求項1又は2に記載の副室式エンジンの燃焼状態判別方法。
【請求項4】
前記第2指標は、
前記フィルタ処理後データのRMS値を、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値と、
1サイクルにおいて、前記副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、前記点火手段の点火時期から前記フィルタ処理後データが最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根である二乗和平方根割合とを含む請求項1〜3の何れか一項に記載の副室式エンジンの燃焼状態判別方法。
【請求項5】
ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンの夫々から取得した1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを用いて、前記クラスタ分析工程と、前記教師データ抽出工程と、前記判別分析工程とを実行する請求項1〜4の何れか一項に記載の副室式エンジンの燃焼状態判別方法。
【請求項6】
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させたときの燃焼状態の判別を行う制御装置とを有する副室式エンジンであって、
前記制御装置は、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類し、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出し、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する副室式エンジン。
【請求項7】
請求項6の副室式エンジンの複数で燃焼状態の判別を行うエンジンシステムであって、
前記制御装置は、ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンに接続され、前記副室式エンジンの夫々から1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを取得可能に構成されているエンジンシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させる副室式エンジンの燃焼状態判別方法、及びそれを用いた副室式エンジン、エンジンシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
コジェネレーションに用いられるガスエンジンの発電効率の向上技術の一つに、希薄燃焼方式がある。当該希薄燃焼方式とは、当量比が1以下の希薄状態下における燃焼を指し、低NOx化と高効率化を同時に達成できるメリットがある。一方で、サイクル変動が大きく失火し易い等のデメリットも生じ、その解決のために副室が使用されている。副室とは、主燃焼室以外に、3〜5%程度の体積である予燃焼室を指すものである。
当該副室を備えた副室式エンジンでは、運転時に、副室へ量論混合比付近の点火し易い混合気を導入し、主燃焼室には当量比が低い混合気を導入した上で、副室内の混合気を火花点火させる。その後、副室内での燃焼により発生した既燃ガスが、急激に膨張し高温の火炎ジェットとして主燃焼室に流入することで、単室エンジンでは困難な主燃焼室内の希薄燃焼の安定化を実現している(特許文献1を参照)。
更に、エンジンでは、ノッキングが発生しているときの主燃焼室内圧力の振動成分を解析する場合、筒内圧力の経時データをフーリエ変換し、高周波成分と低周波成分とをカットするフィルタリング処理を実行した後に、筒内圧力のピーク値や、RMS値が所定の閾値を超えているか否かにより、ノッキングが発生しているか否かを判別する技術が知られている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−263069号公報
【特許文献2】特開2005−90250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、近年、副室式エンジンでは、希薄燃焼の安定化を図ることができるものであるが、副室式エンジンにおいて更なる高効率を求めて過給圧を高めると、主燃焼室内の筒内圧力値に、ノッキングとは異なる原因不明の振動成分が観測されることが判明している。
そして、当該原因不明の振動成分を伴う異常燃焼を、ノッキングを伴うノッキング燃焼と峻別して抽出することは、副室式エンジンの燃焼メカニズムを解明する上で重要であるが、上述したこれまで知られている周波数解析では難しく、新たな判別方法が望まれていた。
【0005】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ノッキング燃焼及び当該ノッキング燃焼とは異なる異常燃焼を峻別して、副室式エンジンにおける燃焼状態を判別できる副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、及びエンジンシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための副室式エンジンの燃焼状態判別方法は、
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させる副室式エンジンの燃焼状態判別方法であって、その特徴構成は、
前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類するクラスタ分析工程と、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出する教師データ抽出工程と、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する判別分析工程とを含む点にある。
【0007】
上記目的を達成するための副室式エンジンは、
シリンダとピストンとにより包囲される主燃焼室と、前記主燃焼室に連通孔を介して連通する副室とを備え、前記副室にて形成される火炎ジェットを前記連通孔を介して前記副室から前記主燃焼室へ噴射させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させて、前記主燃焼室の内部の混合気を燃焼させたときの燃焼状態の判別を行う制御装置とを有する副室式エンジンであって、その特徴構成は、
前記制御装置は、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧力検出手段にて検出される1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の前記主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類し、
前記非通常燃焼群から、前記フィルタ処理後データの閾値である教師データ閾値に基づいて、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出し、
前記第1教師データと前記第2教師データとを用い、前記主燃焼室の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいて前記フィルタ処理後データを分析する判別分析により、前記非通常燃焼群を、前記ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び前記異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類する点にある。
【0008】
上記特徴構成によれば、まず、筒内圧力の振動強度(筒内圧力の経時変化の振幅)により、通常燃焼群と非通常燃焼群とに容易に分類することができるクラスタ分析を採用している。クラスタ分析は、1サイクル毎の主燃焼室の筒内圧力データから低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析することにより、1サイクル毎の主燃焼室の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群とそれ以外の燃焼群とに分類する。ここで、それ以外の燃焼群は、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態と、ノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群である。
通常燃焼群と非通常燃焼群との分類は、筒内圧力の振動強度により、クラスタ分析のうち、特に、非階層的分類法の1つでありn個の対象を予め定められたk個(本発明の場合は、k=2)のクラスタに分ける分類手法であるk−Meansクラスタ分析を用いることにより、良好に実現できる。
さて、非通常燃焼群を成すノッキング燃焼状態と異常燃焼状態とは、特に、筒内圧力の振動強度(筒内圧力の経時変化の振幅)が共に大きく、両者を分類するためにはより精密な分析による分類が必要である。本発明にあっては、発明者が定めた教師データ閾値に基づいて抽出する教師データに基づいて、より精密な分析による分類が可能である判別分析を行うことで、非通常燃焼群が分類されるフィルタ処理後データを、ノッキング燃焼群と異常燃焼群とに分類する。
当該分類方法を用いることにより、まずもって、非通常燃焼群に分類されるフィルタ処理後データから、予め設定される教師データ閾値により、ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、異常燃焼状態としての第2教師データとを、抽出する。
当該教師データ抽出工程において、予め設定される教師データ閾値により、非通常燃焼群としてのフィルタ処理後データが、第1教師データと第2教師データとに分類されるが、教師データ閾値を比較的厳しく設定するため、第1教師データと第2教師データの何れにも分類されない未分類のデータが多く残ることになる。
そこで、多変量解析の一手法として知られる判別分析により、当該第1教師データと第2教師データとを用いて、非通常燃焼群としてのフィルタ処理後データを未分類のデータを出すことなく、適切に分類することができる。尚、当該判別分析では、分類することにより、相関比が最大となる線形判別式を導出し、当該線形判別式により判別する。
以上より、ノッキング燃焼及び当該ノッキング燃焼とは異なる異常燃焼を峻別して、副室式エンジンにおける燃焼状態を判別できる副室式エンジンの燃焼状態判別方法、及び副室式エンジンを実現できる。
【0009】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記第1指標は、前記フィルタ処理後データのRMS値と、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値とを含むものである点にある。
【0010】
クラスタ分析を用いる場合、各クラスタの重心位置から所属群が決定されるため、散布図における各軸(複数の第1指標)の設定が重要になる。即ち、筒内圧力の振動の大小により各クラスタを分類するためには、筒内圧力の振動強度を示すパラメータを、各軸(複数の第1指標)として設定する必要がある。また、散布図上のユークリッド距離を用いるため、軸として用いる指標は、質的変数ではなく量的変数である必要がある。
以上の点を鑑みて、発明者らは、第1指標として、フィルタ処理後データのRMS値と、フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値とを設定している。
【0011】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記教師データ抽出工程では、
前記フィルタ処理後データが初めて所定の圧力振動判別閾値以上となる圧力振動開始時期のデータを前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第1絞込工程と、
前記フィルタ処理後データの絶対値の最大値を前記教師データ閾値として、前記ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、前記異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第2絞込工程とを記載の順に実行する点にある。
【0012】
ノッキング燃焼状態と異常燃焼状態とを判別する有効な指標としては、例えば、RMS/ΔP値等が挙げられるが、当該値では閾値による両者の判別が難しく、教師データを作成する際の指標としては適していない。
そこで、上記特徴構成では、圧力振動開始時期のデータを教師データ閾値とする絞込みと、フィルタ処理後データの絶対値の最大値を教師データ閾値とする絞り込みとを記載の順に実行することで、教師データを良好に抽出できる。
【0013】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
前記第2指標は、
前記フィルタ処理後データのRMS値を、前記フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値と、
1サイクルにおいて、前記副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、前記点火手段の点火時期から前記主燃焼室の筒内圧力データが最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根である二乗和平方根割合とを含む点にある。
【0014】
さて、上記特徴構成の如く、RMS/ΔP値と、二乗和平方根割合とを、判別分析の第2指標として採用した理由を以下に示す。
本発明の発明者らは、判別分析時に用いる指標を決定するため、異常燃焼状態のサイクル波形とノッキング燃焼状態のサイクル波形の特徴を把握するべく、複数のRMS値毎において、両者のサイクル波形を比較した。図6、7、8において、RMS値が169kPa,107kPa,75kPa付近となる波形を示す。因みに、図6、7、8で、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図である。
【0015】
因みに、当該データを取得したときの副室式エンジンの仕様及び運転条件は下記に示すとおりである。
副室式エンジン100は、ボア径165mm、ストローク215mm、排気量4.6Lの、都市ガス13Aを燃料とする単気筒副室式エンジンを使用した。また、圧縮比14.5、回転数1200rpm、連通孔数6個で一定とした。
操作パラメータは、主燃焼室6に対する副室8の体積比率(2.35、2.9、3.47)、トーチ強度I(0.8、1.31、1.88)、連通孔狭角φ(120、140、160deg)、主燃焼室6と副室8との合計空気過剰率λ(1.8〜2.5)、IMEP(1.43、2.0、2.4MPa)、副室点火時期(−19.2〜−2.0)の6つとした。なお、トーチ強度Iは副室体積Vpre、連通孔数N、連通孔径Φ、主燃焼室ボア径Rを用いて、以下の〔数1〕で表される。また、計測は測定刻み幅(以下、ステップと呼ぶ場合がある)0.2deg、測定範囲−360〜360degATDC、1条件あたりの計測サイクル数200サイクルとし、計338条件、67、600サイクル分を解析対象とした。
【0016】
【数1】
【0017】
図6、7、8の比較から、RMS値の大小に関わらず、異常燃焼状態及びノッキング燃焼状態の筒内圧力データ及びフィルタ処理後データを示す波形には、以下の差異がある。
1点目は、筒内圧力の圧力振動の開始時期である。異常燃焼状態では、副室点火時期(θ=0deg)の直後に圧力振動が開始するのに対して、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力のピーク付近で圧力振動が開始している。
2点目は、圧力振動の振幅である。フィルタ処理後データの比較から、異常燃焼状態よりもノッキング燃焼状態の方が、圧力最大振幅ΔPは大きい傾向にあることが確認される。
3点目は、圧力振幅の推移である。フィルタ処理後データから、異常燃焼状態では、筒内圧力のピークまでは圧力振動の振幅が略一定で推移し、筒内圧力のピークを過ぎて徐々に振幅が減衰する傾向である。これに対し、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力の振動開始直後に振幅が最大となり、その後は単調に減少し、異常燃焼状態のように振幅が一定となる期間は観測されない。
【0018】
これらの比較結果から、異常燃焼状態とノッキング燃焼状態とを判別するには、以下の要件を満たす指標が有効である。
第1要件は、フィルタ処理後データの圧力振幅の推移から、両者を区別できることである。
即ち、異常燃焼状態では振動開始時期が早く、圧力振幅は振動開始から筒内圧力のピークにかけて略一定の値を保ちながら推移した後、筒内圧力のピークを過ぎると減少する。一方、ノッキング燃焼状態では、振動開始時期が筒内圧力のピーク付近であり異常燃焼状態に比べて遅く、圧力振幅は振動開始直後に最大に達した後、単調減少する。これらの各燃焼の圧力振幅の推移の特徴を表すことができる指標は、両者を判別できる指標として有効である。
上記第1要件を満たす指標として、フィルタ処理後データの圧力が所定の閾値に初めて達した時のクランク角度としての圧力振動開始時期が考えられる。しかしながら、筒内圧力の経時変化は、サイクル変動を伴うため、異常燃焼状態とノッキング燃焼状態との両燃焼を区別するための振動開始時期を定義する適切な閾値を設定することは難しい。一方、両燃焼の振動開始時期が異なることは、1サイクルの圧力振動成分の積分値に対する筒内圧力がピークに達するまでの圧力振動成分の積分値の割合の大小に対応するため、当該割合を指標として用いることでより適切に、両燃焼を峻別することができる。
そこで、当該指標として、1サイクルにおいて、副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、点火手段の点火時期から主燃焼室の筒内圧力データが最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根である二乗和平方根割合を採用した。
【0019】
第2要件は、フィルタ処理後のRMS値とΔP値の大きさの比の点から、両グループを区別できることである。
上述したように、ノッキング燃焼状態の方が異常燃焼状態よりもΔP値が大きくなる傾向がみられる。また、振動開始時期は、異常燃焼状態では早く、ノッキング燃焼状態では遅くなることからも、RMS値が一定の条件では、異常燃焼状態のΔP値は、ノッキング燃焼状態のΔP値に比べ相対的に小さくなることが予想される。このことから、RMS値とΔP値の大きさの比は両者を判別するための指標として有効である。
このことから、本発明にあっては、フィルタ処理後データのRMS値を、フィルタ処理後データの最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値を、指標として採用した。
【0020】
副室式エンジンの燃焼状態判別方法の更なる特徴構成は、
ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンの夫々から取得した1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを用いて、前記クラスタ分析工程と、前記教師データ抽出工程と、前記判別分析工程とを実行する点にある。
【0021】
以上の特徴構成を有する燃焼状態判別方法は、単一の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータのみならず、複数の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータに基づいて分析を実行することができるから、例えば、当該分析結果に基づいて、より精度の高いエンジン制御を実行できる。
【0022】
上記目的を達成するためのエンジンシステムは、
これまで説明してきた副室式エンジンの複数で燃焼状態の判別を行うエンジンシステムであって、その特徴構成は、
前記制御装置は、ネットワーク回線を介して複数の前記副室式エンジンに接続され、前記副室式エンジンの夫々から1サイクル毎の前記主燃焼室の筒内圧力データを取得可能に構成されている点にある。
【0023】
以上のように構成することで、制御装置では、単一の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータのみならず、複数の副室式エンジンから得られる筒内圧力のデータに基づいて分析を実行することができるから、例えば、当該分析結果に基づいて、より精度の高いエンジン制御を実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施形態に係る副室式エンジンの概略構成図
図2】燃焼状態判別の制御フロー図
図3】ΔP値の定義を示すグラフ図
図4】RMS値の定義を示すグラフ図
図5】教師データを抽出するためのフロー図
図6】RMS値が高い場合のグラフ図であり、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図
図7】RMS値が中程度の場合のグラフ図であり、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図
図8】RMS値が低い場合のグラフ図であり、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図
図9図5の#02のステップでYESと判別されたデータを重畳させたグラフ図
図10図5の#03のステップでYESと判別されたデータを重畳させたグラフ図
図11】二乗和平方根割合の定義を説明するためのグラフ図
図12】異常燃焼状態としての教師データと、ノッキング燃焼状態としての教師データと、教師データ以外のデータとを重畳表示したグラフ図
図13】通常燃焼群以外のデータに関し、判別分析による線形判別関数により、異常燃焼群とノッキング燃焼群とに判別したグラフ図
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の実施形態に係る副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、エンジンシステムは、ノッキング燃焼及び当該ノッキング燃焼とは異なる異常燃焼を峻別して、副室式エンジンにおける燃焼状態を判別できるものである。
以下、図面に基づいて、その構成及び制御について説明する。
【0026】
図1に示すように、副室式エンジン100は、シリンダ17とピストン5とにより包囲される主燃焼室6と当該主燃焼室6に連通孔7を介して連通する副室8とを燃焼室4として備え、副室8にて形成される火炎ジェットを連通孔7を介して副室8から主燃焼室6へ噴出させて、主燃焼室6の内部の混合気Mを燃焼させるものであり、燃料ガスGとして、気体燃料である都市ガス(13A)を利用する。
副室式エンジン100は、主燃焼室6の吸気路9に燃料ガスGを供給するための燃料ガス流量調整弁41及び燃料ガスGと空気とを混合するミキサ40と、吸気路9に設けられた吸気弁10と、主燃焼室6の排気路11に設けられた排気弁12と、副室8に燃料ガスGを供給する副室燃料ガス通路13と、副室8に形成された混合気Mを火花点火する点火プラグ14と、燃料ガスGの供給圧力を調整可能な調圧弁33と、副室燃料ガス通路13において調圧弁33の下流に設けられ、燃料ガスGの噴射量及び噴射タイミングを調整可能な燃料ガス噴射調整装置34と、当該燃料ガス噴射調整装置34の下流に設けられる逆止弁35とを備えている。そして、吸気路9には吸気圧センサS2が設けられ、副室8には副室圧センサS1が設けられ、主燃焼室6には筒内圧センサS6が設けられている。
【0027】
副室式エンジン100では、ピストン5がシリンダ17内で往復運動し、それと共に吸気弁10及び排気弁12を開閉動作し、主燃焼室6において吸気、圧縮、膨張(燃焼)、排気の各行程が行われる。ピストン5の往復運動が、連結棒18によって出力軸19の回転運動として出力される。更に、副室式エンジン100の出力軸19に連結駆動されて発電を行うと共に、商用電力系統(図示せず)に連系可能に構成された同期発電機E(発電機に相当)が備えられている。
【0028】
副室式エンジン100は、吸気行程において吸気弁10を開弁状態として、燃料ガス流量調整弁41およびミキサ40によって生成された空気と燃料ガスGとの混合気Mが吸気路9から主燃焼室6に供給されると共に、副室8に燃料ガスGを供給し、圧縮行程にて連通孔7を通して主燃焼室6から副室8に混合気Mを流入させて、副室8内に直接供給された燃料ガスGと混合気Mとの副室混合気を形成し、副室8の点火プラグ14での火花点火によって副室8内で燃焼させた副室混合気を、連通孔7を介して主燃焼室6に火炎ジェットとして噴射するように構成されている。これにより、副室式エンジン100は、主燃焼室6に供給される空気と燃料ガスGとの混合気Mが、燃料希薄の場合においても良好に燃焼させることを可能にしている。
【0029】
シリンダヘッド20に形成された副室8を形成する円柱状の凹部の上方開口部には、その上方開口部に嵌合する形態で有底筒状の口金21が設けられている。口金21には、副室8に連通する副室燃料ガス通路13が形成されていると共に、口金21の底部には、副室燃料ガス通路13の通路端である燃料供給口13aが形成されている。
また、口金21には、ピストン5の摺動方向に沿って配設される点火プラグ14が、その点火点を副室8に位置する状態で、嵌合されている。
【0030】
副室式エンジン100では、吸気工程のタイミングで燃料ガス噴射調整装置34が動作することで、副室8へ燃料ガスGが供給される。
【0031】
副室燃料ガス通路13において燃料ガス噴射調整装置34よりも上流側に設けられる調圧弁33が備えられ、当該調圧弁33により、副室燃料ガス通路13における燃料ガスGの圧力が調整される。従って、調圧弁33により調整される副室燃料ガス通路13の圧力の調整により、副室燃料ガス通路13から副室8への燃料ガスGの供給量が所望の供給量となる。
【0032】
副室式エンジン100には、主燃焼室6に供給する燃料ガスGの流量を調整する燃料ガス流量調整弁41や、副室8へ供給する燃料ガスGの流量を調整する調圧弁33及び燃料ガス噴射調整装置34や、副室8における点火プラグ14の作動等を制御して副室式エンジン100を制御するエンジン・コントロール・ユニットとしての制御装置27が設けられている。当該制御装置27は、CPUやGPU等から成る演算装置及びRAM等から成る記憶部を含むハードウェア群と、ソフトウェア群とが協働する形で、各種制御及び通信を実行可能に構成されている。
当該制御装置27には、出力軸19の回転角を検出するクランク角センサS3、エンジンの回転数を検出する回転数センサS5、酸素センサS4、副室圧センサS1、吸気圧センサS2、主燃焼室6の内部の筒内圧力を検出する筒内圧センサS6(筒内圧力検出手段の一例)等の検出信号が入力されるように構成されている。なお、クランク角センサS3の検出情報に基づいて、副室燃料ガス通路13の燃料ガス噴射調整装置34を噴射状態に切り換える期間を所望の期間とすると共に、点火プラグ14を所望のタイミングで作動させて火花点火するようにしている。
【0033】
特に、当該実施形態に係る制御装置27は、燃焼室4の燃焼状態をより適切に判別するべく、以下のように構成されている。
即ち、制御装置27は、主燃焼室6の筒内圧力から導出される複数の第1指標に基づき、筒内圧センサS6にて検出される1サイクル毎の主燃焼室6の筒内圧力データP(i)から低周波成分及び高周波成分をカットしたフィルタ処理後データを分析するクラスタ分析により、1サイクル毎の主燃焼室6の燃焼状態を、通常燃焼状態が分類される通常燃焼群と、ノッキングが発生するノッキング燃焼状態とノッキングとは別の異常燃焼状態とを含む非通常燃焼が分類される非通常燃焼群とに分類するよう構成されている。
更に、制御装置27は、非通常燃焼群から、フィルタ処理後データP’(i)の閾値である教師データ閾値に基づいて、ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、異常燃焼状態としての第2教師データとを抽出するように構成されると共に、第1教師データと第2教師データとを用い、主燃焼室6の筒内圧力から導出される複数の第2指標に基づいてフィルタ処理後データを分析する判別分析により、非通常燃焼群を、ノッキング燃焼状態が分類されるノッキング燃焼群及び異常燃焼状態が分類される異常燃焼群の何れかに分類するように構成されている。
【0034】
以下、具体的な筒内圧力データP(i)又はフィルタ処理後データP’(i)に基づいて説明する。尚、以下に、筒内圧力データP(i)の取得に使用した副室式エンジン100の仕様及び運転条件を示す。以下、断りのない限り、図面及び明細書に示す筒内圧力データP(i)及びフィルタ処理後データP’(i)は、以下の仕様及び運転条件にて取得したものとする。
副室式エンジン100は、ボア径165mm、ストローク215mm、排気量4.6Lの、都市ガス13Aを燃料とする単気筒副室式エンジンを使用した。また、圧縮比14.5、回転数1200rpm、連通孔数6個で一定とした。
操作パラメータは、主燃焼室6に対する副室8の体積比率(2.35、2.9、3.47)、トーチ強度I(0.8、1.31、1.88)、連通孔狭角φ(120、140、160deg)、主燃焼室6と副室8との合計空気過剰率λ(1.8〜2.5)、IMEP(1.43、2.0、2.4MPa)、副室点火時期(−19.2〜−2.0)の6つとした。なお、トーチ強度Iは副室体積Vpre、連通孔数N、連通孔径Φ、主燃焼室ボア径Rを用いて、上述の〔数1〕で表される。また、計測は測定刻み幅(以下、ステップと呼ぶ場合がある)0.2deg、測定範囲−360〜360degATDC、1条件あたりの計測サイクル数200サイクルとし、計338条件、67、600サイクル分を解析対象とした。
【0035】
図2の制御フローに示すように、制御装置27は、上述したクラスタ分析及び判別分析を実行するべく、複数の筒内圧力データP(i)を取得し、取得したデータを記憶部(図示せず)に記憶する(#101)。
【0036】
その後、制御装置27は、筒内圧力データP(i)をバンドパスフィルタにより、2000Hz未満の低周波数及び15000Hzより大きい高周波数をカットしその平均値を0kPaに調整したフィルタ処理後データP’(i)を生成する(#102)。
【0037】
更に、制御装置27は、K−meansクラスタ分析の指標(第1指標の例)として、副室点火直後から90degまでのフィルタ処理後データP’(i)の最大値から最小値を減算したΔP値(図3に図示)と、副室点火直後から90degまでのフィルタ処理後データP’(i)のRMS値を算出する。
ここで、RMS値の定義について説明を加えると、RMS値は、図4に示すように、フィルタ処理後データP’(i)において、副室点火時期(θ=0degATDC)から90deg、計450ステップの夫々における値を、以下の〔数2〕に示すように、二乗平均平方根を計算したものである。ただし、iは副室点火時のクランク角を、Δ90はクランク角90deg分のステップ数をそれぞれ示す。
当該RMS値及び上述のΔP値はいずれも、筒内圧力データP(i)(及びフィルタ処理後データP’(i))の圧力振動の大きさ(振動強度)を示すものである。
【0038】
【数2】
【0039】
制御装置27は、上記ΔP値とRMS値とを指標として、1サイクル毎のフィルタ処理後データP’(i)を、予め与えられたk個(当該実施形態では、2個)のクラスタに分割(分類)する非階層的分類方法であるk−Meansクラスタ分析工程を実行する(#103)。
当該k−Meansクラスタ分析では、ΔP値とRMS値とを軸とする散布図上で、各個体とクラスタ中心との距離から暫定境界を定め、フィルタ処理後データP’(i)のクラスタ間移動がなくなるまで収束計算をすることで最適な境界を出力する分析手法であり、分析の結果、ΔP値及びRMS値が小さいフィルタ処理後データP’(i)が通常燃焼群に分類され、ΔP値及びRMS値が大きいフィルタ処理後データP’(i)が非通常燃焼群(ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)と、異常燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)とから成る群)として分類された。
【0040】
さて、非通常燃焼群としてのノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)と異常燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)とは、特に、筒内圧力の振動強度(筒内圧力の経時変化の振幅)が共に大きい。このため、両者を分類するためにはより精密な分析による分類が必要である。本発明にあっては、発明者が定めた教師データ閾値に基づいて抽出する教師データに基づいて、より精密な分析による分類が可能である判別分析を行うことで、非通常燃焼群が分類されるフィルタ処理後データP’(i)を、ノッキング燃焼群と異常燃焼群とに分類する。
【0041】
そこで、制御装置27は、非通常燃焼群のフィルタ処理後データP’(i)から、教師データを抽出する処理を実行する(#104)。
当該教師データ抽出工程では、制御装置27は、図5の制御フローに示すように、フィルタ処理後データP’(i)が初めて所定の圧力振動判別閾値(当該実施形態では、125kPa)以上となる圧力振動開始時期のデータを教師データ閾値として、ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第1絞込工程(#202、203)と、フィルタ処理後データP’(i)の絶対値の最大値を教師データ閾値として、ノッキング燃焼状態としての第1教師データと、異常燃焼状態としての第2教師データとを絞り込む第2絞込工程(#204、205)とを記載の順に実行する。
【0042】
第1絞込工程について説明を追加すると、図6(RMS値が高い場合:169〜170kPa程度)、図7(RMS値が中程度の場合:106〜107kPa程度)、図8(RMS値が低い場合:74〜80kPa程度)に示すように、どのRMS値の場合であっても、ノッキング燃焼状態では、圧力振動が筒内圧力のピーク付近(θ=20〜30deg)以降で発生しているのに対し、異常燃焼状態では、圧力振動が副室点火時期(θ=0deg)の直後から発生していることから、圧力振動開始時期で、両者を切り分けることができる。
このことから、当該実施形態にあっては、制御装置27は、第1絞込工程において、振動開始時期が7deg以下の場合、異常燃焼状態としての教師データ候補として抽出し(#202)、振動開始時期が10degより大きい場合、ノッキング燃焼状態としての教師データ候補として抽出する(#203)。
【0043】
次に、第1絞込工程にて絞り込まれた異常燃焼状態としての教師データ候補のフィルタ処理後データP’(i)を重ね合わせた図9から判明するように、筒内圧力のピーク付近(i=100〜120)で強いピークが含まれている。これは、図6中段、図7中段、図8中段の異常燃焼状態のフィルタ処理後データP'(i)には存在しないピークであり、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)の特徴であると考えられるから、第1絞込工程にて絞り込まれた異常燃焼状態としての教師データ候補には、ノッキング燃焼状態のデータが混在していると言える。
一方で、第1絞込工程にて絞り込まれたノッキング燃焼状態としての教師データ候補のフィルタ処理後データP’(i)を重ね合わせた図10から判明するように、副室点火時期(i=0)直後から継続する燃焼振動が含まれている。これは、図6下段、図7下段、図8下段のノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)には存在しない燃焼振動であり、異常燃焼状態のフィルタ処理後データP’(i)の特徴であると考えられるから、第1絞込工程にて絞り込まれたノッキング燃焼状態としての教師データ候補には、異常燃焼状態のデータが混在していると言える。
【0044】
そこで、当該実施形態の制御装置27では、より適切な教師データを抽出するべく、第1絞込工程の後の第2絞込工程として、#202で抽出された異常燃焼状態としての教師データ候補のうち、フィルタ処理後データP’(i)の絶対値の最大値が700kPa未満のものを、異常燃焼状態の教師データとして抽出し(#204)、#203で抽出されたノッキング燃焼状態としての教師データ候補のうち、フィルタ処理後データP’(i)の絶対値の最大値が350kPaを超えるものを、ノッキング燃焼状態の教師データとして抽出する(#205)。
【0045】
以上の如く、第1絞込工程及び第2絞込工程を記載の順に実行することにより、異常燃焼状態としての教師データと、ノッキング燃焼状態としての教師データとを良好に抽出することができる。
しかしながら、上述のような閾値による判別では、非通常燃焼群としてのデータのうち、異常燃焼状態としての教師データにも、ノッキング燃焼状態としての教師データにも分類されない未分類のデータが多数発生することになる。
そこで、当該実施形態にあっては、多変量解析の一手法として知られる判別分析により、当該第1教師データと第2教師データとを用いて、非通常燃焼群としてのフィルタ処理後データP’(i)を未分類のデータを出すことなく、適切に分類する。尚、当該判別分析では、線形判別式を用いて、相関比が最大となる線形判別式を導出し、当該線形判別式により判別する。当該判別分析については、例えば、「多変量解析入門(多変量解析入門、小西 貞則 (著)、 岩波書店)に示されるように公知の分析方法であるので、ここでは、その詳細な説明は割愛する。
【0046】
尚、判別分析の指標(第2指標の例)は、その指標を採用した場合の分布が正規分布とみなされる分布となる指標を好適に採用でき、当該実施形態にあっては、RMS/ΔP値と、二乗和平方根割合とを用いる。
ここで、二乗和平方根割合とは、図11下段に示すように、1サイクルにおいて、前記副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、前記点火手段の点火時期から前記主燃焼室6の筒内圧力データP(i)が最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合の平方根であり、以下の〔数3〕で示される値である。
【0047】
【数3】
【0048】
上述の如く、RMS/ΔP値と、二乗和平方根割合とを、判別分析の第2指標として採用した理由を以下に示す。
本発明の発明者らは、判別分析時に用いる指標を決定するため、異常燃焼状態のサイクル波形とノッキング燃焼状態のサイクル波形の特徴を把握するべく、複数のRMS値毎において、両者のサイクル波形を比較した。図6、7、8において、RMS値が169kPa付近、107kPa付近、75kPa付近となる波形を夫々示す。因みに、図6、7、8で、上段は、筒内圧力データの経時変化を示すグラフ図、中段は、異常燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図、下段は、ノッキング燃焼状態のフィルタ処理後データを示すグラフ図である。
【0049】
図6、7、8の比較から、RMS値の大小に関わらず、異常燃焼状態及びノッキング燃焼状態の筒内圧力データP(i)及びフィルタ処理後データP’(i)を示す波形には、以下の差異がある。
1点目は、筒内圧力の圧力振動の開始時期である。異常燃焼状態では、副室点火時期(θ=0deg)の直後に圧力振動が開始するのに対して、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力のピーク付近で圧力振動が開始している。
2点目は、圧力振動の振幅である。フィルタ処理後のデータの比較から、異常燃焼状態よりもノッキング燃焼状態の方が、圧力最大振幅ΔPは大きい傾向にあることが確認される。
3点目は、圧力振幅の推移である。フィルタ処理後のデータから、異常燃焼状態では、筒内圧力のピークまでは圧力振動の振幅が略一定で推移し、筒内圧力のピークを過ぎて徐々に振幅が減衰する傾向である。これに対し、ノッキング燃焼状態では、筒内圧力の振動開始直後に振幅が最大となり、その後は単調に減少し、異常燃焼状態のように振幅が一定となる期間は観測されない。
【0050】
これらの比較結果から、異常燃焼状態とノッキング燃焼状態とを判別するには、以下の要件を満たす指標が有効である。
第1要件は、フィルタ処理後の圧力の振幅の推移から、両者を区別できることである。
即ち、異常燃焼状態では振動開始時期が早く、圧力振幅は振動開始から筒内圧力のピークにかけて略一定の値を保ちながら推移した後、筒内圧力のピークを過ぎると減少する。一方、ノッキング燃焼状態では、振動開始時期が筒内圧力のピーク付近で遅く、圧力振幅は振動開始直後に最大に達した後、単調減少する。これらの各燃焼の圧力振幅の推移の特徴を表すことができる指標は、両者を判別できる指標として有効である。
上記第1要件を満たす指標として、フィルタ処理後の圧力が所定の閾値に初めて達した時のクランク角度としての圧力振動開始時期が考えられる。しかしながら、筒内圧力の経時変化は、サイクル変動を伴うため、両燃焼を区別するための振動開始時期を定義する適切な閾値を設定することは難しい。一方、両燃焼の振動開始時期が異なることは、1サイクルの圧力振動成分の積分値に対する筒内圧力がピークに達するまでの圧力振動成分の積分値の割合の大小に対応するため、当該割合を指標として用いることでより適切に、両燃焼を峻別することができる。
そこで、当該指標として、1サイクルにおいて、副室の内部の混合気に点火する点火手段の点火時期から判別時期までの圧力振幅積分値に対する、点火手段の点火時期から主燃焼室6の筒内圧力データP(i)が最大となる時期までの圧力振幅積分値の割合である二乗和平方根割合を採用した。
【0051】
第2要件は、フィルタ処理後のRMS値とΔP値の大きさの比の点から、両グループを区別できることである。
上述したように、ノッキング燃焼状態の方が異常燃焼状態よりもΔP値が大きくなる傾向がみられた。また、振動開始時期は、異常燃焼状態では早く、ノッキング燃焼状態では遅くなることからも、RMS値が一定の条件では、異常燃焼状態のΔP値は相対的に小さく、ノッキング燃焼状態のΔP値は大きくなることが予想される。このことから、RMS値とΔP値の大きさの比は両者を判別するための指標として有効である。
このことから、本発明にあっては、フィルタ処理後データP’(i)のRMS値を、フィルタ処理後データP’(i)の最大値から最小値を減算したΔP値で除算したRMS/ΔP値を、指標として採用した。
【0052】
次に、これまで説明してきた手法により、非通常燃焼群を判別した結果について説明する。
図12は、判別分析前の非通常燃焼群に属するデータとして、異常燃焼状態としての教師データ、ノッキング燃焼状態としての教師データ、及び教師データ以外のデータ(未分類データ)を、RMS/ΔP値及び二乗和平方根割合を軸とした散布図上に図示したものであり、図13は、判別分析後のデータを示すグラフ図である。
因みに、判別分析後の線形判別関数は、以下の〔数4〕で示される関数として導出された。
【0053】
【数4】
【0054】
図12、13の比較により、分析前に散布図上に広範囲に分布していた未分類データは、〔数4〕で仕切られた異常燃焼群とノッキング燃焼群との何れかに、適切に判別されていることが判る。
【0055】
〔別実施形態〕
(1)上記実施形態において、クラスタ分析工程は、非階層的分類法の一つで、n個の対象を予め決定されたk個のクラスタに分ける分類手法であるk−meansクラスタ分析を採用する例を示した。
しかしながら、当該クラスタ分析工程では、小さなクラスタを関連付けて大きなクラスタを形成し、その過程を視覚的に把握する階層的分類方法を採用しても構わない。
【0056】
(2)上記実施形態では、副室式エンジン100は、制御装置27が、副室式エンジンに対し一体で取り付けられているものを例として説明した。しかしながら当該制御装置27は、副室式エンジンに対してネットワーク回線等を介して接続されるものであっても構わない。即ち、当該制御装置27は、監視センター等に設けられ、複数の副室式エンジン100から1サイクル毎の筒内圧力データP(i)を取得可能に構成され、取得した筒内圧力データP(i)を一括分析して、当該分析結果に基づいて、夫々の副室式エンジンの制御支援を実行する構成を採用しても構わない。
【0057】
(3)上記実施形態に示す副室式エンジン100では、副室8の内部に点火プラグ14の点火点を配置させる構成例を示した。しかしながら、副室8の内部に点火点が設けられない構成も、本発明の権利範囲に含むものである。
【0058】
(4)上記実施形態では、副燃焼室8の混合気に点火する点火プラグ14を備える構成例を示した。しかしながら、当該点火プラグ14を設けない副室式エンジンも、本発明の権利範囲に含むものである。
【0059】
(5)上記実施形態において、第1指標として、フィルタ処理後データのRMS値及びΔP値を例示したが、これらの値に限定されない。
第1指標としては、筒内圧力の振動強度を示すパラメータが好適に用いられ、散布図上のユークリッド距離を用いるため、質的変数ではなく量的変数であれば、他の指標を用いても構わない。
また、第2指標としては、主燃焼室6の筒内圧力から導出され、且つ正規分布とみなされる分布となる指標を好適に用いることができる。
【0060】
尚、上記実施形態(別実施形態を含む、以下同じ)で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することが可能であり、また、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、及びエンジンシステムは、ノッキング燃焼及び当該ノッキング燃焼とは異なる異常燃焼を峻別して、副室式エンジンにおける燃焼状態を判別できる副室式エンジンの燃焼状態判別方法、副室式エンジン、及びエンジンシステムとして、有効に利用可能である。
【符号の説明】
【0062】
4 :燃焼室
5 :ピストン
6 :主燃焼室
7 :連通孔
8 :副室
14 :点火プラグ
27 :制御装置
100 :副室式エンジン
S6 :筒内圧センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13