【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、全ての動物実験は東京大学の動物実験委員会のガイドラインに従って実施した。
【0044】
1. フロント欠損マウスではがん増生及び転移が低下する
腫瘍微小環境におけるフロントの役割を調べるため、cre/loxPシステムを用いてフロントをノックアウトしたマウスを作出した。フロントは完全欠損で胎生致死となるため、タモキシフェン依存的に組み換え反応が誘導されるシステムを用いてコンディショナルなノックアウトを行なった。
【0045】
フロント遺伝子のエクソン15〜19を含むゲノム領域をLoxPで挟み込んだターゲティングベクターをマウスに導入し、ヘテロのFNT
floxマウスを交配してホモのFNT
flox/floxマウスを作出した。次いで、Creリコンビナーゼと変異エストロゲン受容体の融合タンパク質Cre-ERが導入されたB6.Cg-Tg (CAG-cre/Esr1*)5Amc/Jマウス(Jaxon Laboratory)とFNT
flox/floxマウスを交配し、タモキシフェン誘導性のフロントコンディショナルノックアウトマウスFNT-cKOを得た。FNT-cKOマウスをタモキシフェン処理することで、ゲノムDNA及びmRNAいずれにおいてもフロントの欠失が誘導されること、タモキシフェン処理後のFNT-cKOマウスではフロントmRNAの発現が半分以下に抑制されることを確認した。
【0046】
FNT-cKOマウスを実験に用いる際は、実験の6日前又は14日前より、クエン酸タモキシフェン(和光純薬)を0.4mg/1gCE-2の量で添加したCE-2粉末飼料(日本クレア)を8〜16週齢のFNT
flox/floxマウス及びFNT-cKOマウスに与えることでCreの発現を誘導し、サザンブロッティングにより組換えを確認した。
【0047】
(1) FNT-cKOマウスにおけるがん増生の低下
5×10
5個のB16メラノーマ細胞をFNT
flox/floxマウス及びFNT-cKOマウスの右側腹部に移植し、その後週2回、腫瘍サイズをノギスで測定し、腫瘍体積を算出した。腫瘍体積は下記の式により算出した。
腫瘍体積=(腫瘍短径)
2×腫瘍長径/2
【0048】
その結果、非ノックアウト(FNT
flox/flox)マウスに比べてFNT-cKOマウスでは腫瘍の増殖が有意に抑制され、また生存率も向上することが明らかとなった(
図1a, b)。
【0049】
(2) FNT-cKOマウスにおけるがん転移の低下
1×10
6個のB16F10メラノーマ細胞を200μLのPBSに懸濁し、FNT
flox/floxマウス及びFNT-cKOマウスに尾静脈より投与した。投与8日目にマウスを安楽死させ、左心室からPBSを灌流させた後に肺を分離した。左葉中の転移結節の数及びサイズを目視で確認した。
その結果、転移結節の数もサイズもFNT-cKOマウスで有意に低下することが明らかとなった(
図2a, b)。
【0050】
2. フロントはマクロファージに高発現している
[方法]
フロント-gfp-ノックインマウスの作出
常法により、マウスのゲノム上のフロントプロモーターの下流にGFP遺伝子を組み込み、フロント-gfpノックインマウスを作出した。
【0051】
フローサイトメトリー
2 mLの4%チオグリコレートを腹腔内投与して腹膜炎を誘導したマウスより、腹膜の浸潤細胞を採取した。2%ウシ胎仔血清を添加したPBSにて細胞を洗浄、再懸濁し、70μmのストレイナーで濾過した。抗マウスCD16/32抗体(BD biosciences)でインキュベーションすることでFcレセプターをブロッキングした後、蛍光標識抗体で細胞を染色した。抗マウスCD11b-Pacific Blue、抗マウスLy6C-APC-Cy7、抗マウスLy6G-Alexa Fluor 700、抗マウスCD4-FITC及び抗マウスB220-PE-Cy7はBiolegendより購入した。抗マウスCD8-Pacific BlueはBD biosciencesより購入した。
【0052】
[結果]
フロント−GFPノックインマウス由来の細胞のフローサイトメトリー解析によると、腹膜炎モデルの炎症部位にリクルートされた免疫細胞の中でも特にマクロファージにおいてフロントが高発現していた(
図3)。CCL2で動員された細胞集団ではフロント高発現の単球/マクロファージが濃縮されており、その受容体であるCCR2を発現している細胞においてフロントが高発現していることが示された(データ省略)。
【0053】
3. フロント欠損マウスでは腫瘍部位へのマクロファージ集積が低下する
[方法]
フローサイトメトリー
上記1(2)に記載したFNT-cKOマウス及びFNT
flox/floxマウスの肺転移モデルの肺細胞を、右下葉よりコラゲナーゼ及びDNaseで消化させて得た。2%ウシ胎仔血清を添加したPBSにて細胞を洗浄、再懸濁し、70μmのストレイナーで濾過した。抗マウスCD16/32抗体(BD biosciences)でインキュベーションすることでFcレセプターをブロッキングした後、蛍光標識抗体で細胞を染色した。抗マウスCD11b-Pacific Blue、抗マウスLy6C-APC-Cy7、抗マウスLy6G-Alexa Fluor 700はBiolegendより購入した。染色した細胞は、Galliosフローサイトメーター(Beckman coulter)を用いて解析した。
【0054】
免疫組織染色
マウスをPBSで灌流し、左肺を分離した。気管からOptimal Cutting Temperatureコンパウンド(OCT)(サクラファインテック)を注入し、OCT中に包埋して液体窒素で凍結させた。8μm厚の新鮮凍結切片を調製し、4%パラホルムアルデヒド−PBSで固定した。0.05% Tween 20−PBSで洗浄後、切片をBlocking One試薬(ナカライテスク)でブロッキングし、抗マウスF4/80抗体(BioLegend)及びAlexa Fluor 594 抗ラットIgG (Life technologies)で順次染色した。SP5共焦点顕微鏡(Leica Microsystems)により蛍光像を取得した。
【0055】
[結果]
フロントを欠損したFNT-cKOマウスでは、フロント非欠損のFNT
flox/floxマウスと比較してがん転移結節へのマクロファージの集積が低下していた(
図4)。
【0056】
4. フロント欠損マウスでは炎症部位へのマクロファージ浸潤が抑制される
[方法]
in vivo走化性アッセイ
FNT
flox/floxマウス及びFNT-cKOマウスに4%チオグリコレート培地(Difco社)2mLを腹腔内投与することで腹膜炎を誘導させた。腹腔中に5mLの氷冷PBSを注入して穏やかにマッサージすることで、腹膜の浸潤細胞を収集した。収集した細胞集団を、0.1%FBSを含むPBSで洗浄し、フローサイトメトリー解析に付して細胞数及び細胞ポピュレーションを調べた。
【0057】
[結果]
結果を
図5に示す。フロント欠損マウスではマクロファージ数が低下しており、腹膜炎症部位へのマクロファージの浸潤が低下することが確認された(
図5上段)。好中球数はフロント欠損マウスと非欠損マウスの間で差異がなく、フロント欠損は好中球の浸潤には影響しないことが確認された(
図5下段)。
【0058】
5. 肺腺癌患者におけるフロント発現量並びにCCR2、CCR5、CCL2及びCCL5発現量と術後予後の関連
<方法>
患者
千葉県がんセンターにおいて1997〜2004年の間に肺腺癌に対する肺切除術(肺葉の完全切除、又は門部と縦隔リンパ節の切開を伴う区域切除)を受けた患者120名(男性患者52名、女性患者68名)を対象とし、フロント発現量並びにCCR2、CCR5、CCL2及びCCL5発現量と術後予後の関連を調べた。本研究は千葉県がんセンターの施設内審査委員会及び倫理委員会に承認された。全ての患者から書面によるインフォームドコンセントを得た。患者の臨床的特徴を下記表1に示す。
【0059】
【表1】
【0060】
組織試料
全ての組織サンプルは、採取後直ちに液体窒素で凍結し、使用時まで−80℃で保存した。がんの進行度(ステージ)はTNM(tumor node metastasis)分類システムを用いて評価した。サンプルは千葉県がんセンターの病理学者2名により評価し、肺病理学専門の病理学者1名が確証した。
【0061】
リアルタイムPCRによるmRNAレベルの定量
手術検体の癌病変部(癌細胞を含む微小環境)より、RNA-Bee試薬(Tel-Test社)又はTRIzol試薬(Invitrogen社)を製造者の指示書に従い使用して全RNAを抽出した。SuperScript synthesis kit(Life Technologies社)を用いて1μgの全RNAよりcDNAを調製した。SYBR Green PCR Master Mix(Qiagen社)を用いてcDNAを増幅し、リアルタイム定量RT-PCRを行なった。フォワードプライマー及びリバースプライマーはそれぞれ終濃度0.5μM、20μLの反応系とした。ABI 7500 real-time PCR system(Life Technologies社)を製造者の指示書に従い使用し、2回反復してアッセイを行なった。結果はGapdh遺伝子のRNA発現レベルに対してノーマライズした。使用したプライマーを下記表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
リアルタイムPCRにより発現量を定量解析し、フロント及びケモカイン受容体/リガンドの発現量(log gene expression level)を下記式により求めた。
Log gene expression level = log
10 [2 - (Ct[gene] - Ct[GAPDH])]
Ct[gene]:フロント、CCR2、CCR5、CCL2又はCCL5のCt値
Ct[GAPDH]:GAPDHのCt値
【0064】
臨床データの解析
CCR2、CCR5、CCL2及びCCL5の発現量と予後との関連については、遺伝子発現量の中央値をカットオフ値として、120名の患者を各遺伝子につき高発現群と低発現群に分けて予後との関連を評価した。有意性の検定はカイ二乗検定により行なった。術後生存率はカプラン−マイヤー法(マンテル−コックス検定)により解析し、群間の差はログランク検定により評価した。統計学的計算はPrism 6(GraphPad Software社)を用いて行なった。p<0.05を有意差ありとした。
【0065】
フロント遺伝子及びCCR2遺伝子の発現量と術後生存期間との関連は、多変量Cox比例ハザード解析で評価した。計算は、オープンソースの統計解析環境R(R Core Team (2013). R: A language and environment for statistical computing. R Foundation for Statistical Computing, Vienna, Austria. <URL http://www.R-project.org/>.)のsurvivalパッケージ("survival" package in R version 3.0.1., Therneau T (2014). _A Package for Survival Analysis in S_. R package version 2.37-7, <URL http://CRAN.R-project.org/package=survival>.)を用いて行なった。結果はhazard ratio (95% confidence interval)で示した。術後生存率は、上記と同様にカプラン−マイヤー法(マンテル−コックス検定)により解析し、群間の差はログランク検定により評価した。p<0.05を有意差ありとした。再帰分割分析はRのmvpartパッケージ("mvpart" package in R version 3.0.1., rpart by Terry M Therneau, Beth Atkinson. (2014). mvpart: Multivariate partitioning. R package version 1.6-2. <URL http://CRAN.R-project.org/package=mvpart>)によって行なった。
【0066】
<結果>
CCR2, CCR5, CCL2及びCCL5のmRNAの高発現は肺腺癌の術後経過の有意な予後良好因子である
ケモカインリガンド及び受容体(CCR2、CCR5、CCL2、CCL5)の発現状態の予後的意義を評価するため、各遺伝子のmRNA発現量の中央値をカットオフ値として、120名の患者集団を高発現群及び低発現群に分けた。CCR2、CCR5、CCL2及びCCL5いずれも、高発現群では低発現群よりも有意に予後良好であった(
図6A, B, C, D)。CCR2-highかつCCL2-highの患者群、及びCCR5-highかつCCL5-highの患者群では、特に予後が良好であった(
図7A, B)。
【0067】
フロント発現は予後増悪因子である
女性肺がん患者68名の手術検体を用いたフロントおよびCCR2の遺伝子発現解析の結果、フロントおよびCCR2の発現の間には正の相間があった(Fig. 3a, r = 0.51, p < 0.01)。フロントおよびCCR2の発現量と予後の関連を多変量コックス比例ハザード分析により評価した結果、フロントおよびCCR2の発現量に対するハザード比はそれぞれ7.8(1.8−34, p < 0.01)、0.21(0.088−0.49, p < 0.01)であった(表3)。すなわち、フロントの高発現は有意に高い死亡リスクと関連しており、CCR2の高発現は有意に低い死亡リスクと関連していた。言い換えると、CCR2は予後良好因子(発現が10倍でリスクは0.21倍)であり、フロントは予後増悪因子(発現が10倍でリスクは7.8倍)であることが明らかとなった。
【0068】
【表3】
【0069】
再帰分割アルゴリズムにより患者をサブグループに分けたところ、フロント低発現(FNT-L)、フロント高発現(FNT-H)、CCR2高発現(CCR2-H)患者の3グループに分割された(
図8)。このフロント低発現(FNT-L)とフロント高発現(FNT-H)の間では手術の時点では臨床ステージに差が確認できないにもかかわらず、Kaplan-Meier及びログランク検定にてフロント低発現(FNT-L)は高発現(FNT-H)患者と比較し予後が良好であることがわかった(
図9、
図10)。そしてこの結果はコックス比例ハザード分析の結果と一致する結果であり、患者においてもフロントは予後増悪因子として機能していることが明らかとなった。
【0070】
フロント及びCCR5の発現と術後予後との関連を評価しても、CCR2と同様の結果であった(データ省略)。
【0071】
CCケモカイン受容体/リガンド発現量の閾値の検討
68症例のうちのステージI症例(28症例)に対し、再帰分割法を適用してCCケモカイン受容体/リガンド発現量の閾値(参照値)を求めたところ、CCR2については1.42(すなわち、CCR2のlog gene expression level>1.42で予後良好)、CCR5については2.23、CCL5については1.34の値が得られた。これらの値の±0.15以内の値、例えば±0.10以内の値、又は±0.05以内の値を、様々ながん及び炎症性疾患の患者、好ましくはがん患者に対し、各遺伝子の発現量の閾値として用いることができる。
【0072】
予後予測式の検討
68名の肺がん患者集団のうちステージII以上の症例(40症例)に対してコックス比例ハザードモデルを適用し、上述の式1における各遺伝子発現量に対する係数を求めた。[CC]
m及び[FROUNT]
mは40症例における中央値を採用した。その結果、4種のCCケモカイン受容体/リガンド遺伝子について、それぞれ下記の式が得られた。
h = -0.659 x ([CCR2] - 0.833) + 2.44 x ([FROUNT] - 0.431)・・・式1-1
h = -0.385 x ([CCR5] - 1.69) + 2.34 x ([FROUNT] - 0.431)・・・式1-2
h = 0.0732 x ([CCL2] - 0.774) + 1.95 x ([FROUNT] - 0.431)・・・式1-3
h = -0.466 x ([CCL5] - 1.15) + 2.33 x ([FROUNT] - 0.431)・・・式1-4
【0073】
CCR2遺伝子とフロント遺伝子の発現量により予後を予測する場合には式1-1を、CCR5遺伝子とフロント遺伝子の発現量により予後を予測する場合には式1-2を、CCL2遺伝子とフロント遺伝子の発現量により予後を予測する場合には式1-3を、CCL5遺伝子とフロント遺伝子の発現量により予後を予測する場合には式1-4を用いることができる。これらの式は、例えば、ステージII以上の症例、及びステージIかつ[CC]が参照値未満の症例に好ましく適用することができる。
【0074】
まとめ
以上の解析結果より、フロントはがんおよび炎症性疾患の発症/増悪における鍵分子であることが明らかとなった。フロント発現の定量解析はがんおよび炎症性疾患の診断、モニタリングおよび予後予測に有用な新規技術である。CCケモカイン受容体/リガンド遺伝子では、4種の中でもCCR2、CCR5及びCCL5が、特にCCR2及びCCR5が、予後予測因子としてとりわけ好ましく利用可能であると考えられる。
【0075】
6. 免疫組織染色によるフロント発現マクロファージの検出
[方法]
フロント抗体の作出
フロントタンパク質(配列番号2)の第23番〜第141番残基に対応する領域を組換えタンパク質として大腸菌で発現し、この組換えフロントタンパク質を常法により精製してウサギへ複数回免疫した。免疫したウサギ及び未免疫ウサギの血清からそれぞれIgGを常法により精製し、抗フロントポリクローナル抗体及びコントロール抗体を得た。
【0076】
免疫組織染色
肺がん患者より、腫瘍が存在する肺葉を完全切除し、肺門リンパ節と縦隔リンパ節を摘出した。手術検体は10%ホルマリン中で固定し、パラフィン包埋して4μm厚切片を作製した。上記の通り作出したウサギ抗フロントポリクローナル抗体及びDAKO Envision FLEX/HRPを使用して切片の免疫染色を行なった後、核の染色を行なった。
【0077】
[結果]
免疫組織染色像の一例を
図11に示す。フロント陽性の細胞は、がん細胞部位の周辺に多数、褐色に染色されて検出された。フロントの発現量は染色強度や染色細胞数に基づいて評価できるので、手術検体の免疫組織染色による患者の予後予測も可能である。