【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、析出型時効硬化材を基材とする電気接点用クラッド材について、その導電特性に影響を及ぼし得る因子を再検討した。その結果、従来のクラッド材においては、その製造時の熱履歴に起因して、接点材料と基材との接合界面に双方の構成元素が混在する拡散領域が存在することを見出した。そして、この拡散領域について詳細を検討したところ、これがクラッド材全体の導電特性に影響を及ぼしているとの考察に至った。
【0012】
本発明において、接点材料であるAg合金、及び、基材であるCu系の析出型時効硬化材は、いずれも予定された組成・構成を維持することで導電特性を発揮する。即ち、接点材料は、Agを必須成分としつつ適切な添加元素を添加することで、導電性に耐磨耗性等が付加されている。一方、基材となる析出型時効硬化材も、適切な熱処理(溶体化処理と時効熱処理)により、析出相を生じさせて母相をCu合金にすることで高導電率を達成させている。
【0013】
これら接点材料及び基材に対し、両者の接合界面で形成される拡散領域は、接点材料の構成元素と基材の構成元素が混在する組成を有している。この拡散領域の組成は、導電性について最適な配慮がなされた接点材料の組成と相違する。従って、拡散領域は導電性が良好な領域ではない蓋然性が高いと推察できる。そして、そのような導電性に劣る領域は、接点材料と基材との導通を阻害するので、制限されるべきである。
【0014】
ここで、拡散領域が形成される原因について考察するに、クラッド材製造過程で接合界面に入力される熱履歴にある。
図3に示したように、従来のクラッド材の製造工程は、接点材料と基材とを接合した後に、溶体化処理及び時効熱処理を行い、析出硬化作用のある材料組織を形成している。これらの熱処理について、特に、Cu系の析出型時効硬化材に対する溶体化処理は、700℃以上の高温加熱が必要となることもある。従って、溶体化処理或いは時効熱処理の熱により拡散領域が生成・拡大していると考えられる。
【0015】
そこで、本発明者等は、電気接点用のクラッド材の製造工程の見直しを行いつつ、上記拡散領域とクラッド材の導電率との関係について詳細検討を行い、拡散領域を規制する製造方法を見出すと共に、拡散領域の好適な範囲を設定することで、高導電率を達成できるとして本発明に想到した。
【0016】
上記課題を解決する本発明は、Cu系の析出型時効硬化材からなる基材に、Ag合金からなる接点材料を接合してなる電気接点用のクラッド材であって、前記接点材料と前記基材との接合界面における、Ag及びCuを含む拡散領域の幅が2.0μm以下であることを特徴とする電気接点用のクラッド材である。
【0017】
本発明についてより詳細に説明する。上記の通り、本発明は、Ag合金からなる接点材料と、Cu系の析出型時効硬化材からなる基材とからなるクラッド材である。以下の説明では、接点材料及び基材の各構成について説明した上で両者の間の拡散領域について説明する。そして、本発明のクラッド材の態様及び製造方法を説明する。
【0018】
(A)接点材料
接点材料の構成材料としては、導電性と耐磨耗性を考慮してAg合金が適用される。本発明においてAg合金とは、Ag(銀)を必須元素として含む合金であり、主成分がAgであることに限定されない。但し、接点材料としての導電性確保の観点から、Ag濃度が10質量%以上95質量%以下のAg合金が好ましい。そして、Ag合金を構成する元素としては、Agに、Cu、Ni、Pd、Au、Ptからなる群から選択される少なくとも1の元素である。
【0019】
接点材料として好ましいAg合金の種類としては、Ag濃度で区分することができる。具体的には、Ag濃度が80%以上のAg合金、Ag濃度が50%以上80%未満のAg合金、Ag濃度が50%未満のAg合金で区分できる。各Ag合金の例としては、Ag濃度が80%以上のAg合金としては、Ag−Cu−Ni系合金(Ag濃度90質量%以上95質量%以下)、Ag−Ni系合金(Ag濃度80質量%以上90質量%以下)等が挙げられる。また、Ag濃度が50%以上80%未満のAg合金としては、Ag−Pd系合金(Ag濃度50質量%以上70質量%以下)等が挙げられる。更に、Ag濃度が50%未満のAg合金としては、Ag-Pd-Cu系合金(Ag濃度30質量%以上50質量%未満)、Ag-Pd-Cu-Pt-Au系合金(Ag濃度20質量%以上40質量%以下)、Ag-Au-Cu-Pt系合金(Ag濃度5質量%以上15質量%以下)等が挙げられる。これらのCu、Ni、Pd、Au、Ptの少なくとも一つを含むAg合金は、更に、Zn、Sm、In等の添加元素を任意に含んでいても良い。
【0020】
(B)基材
基材には、Cu系の析出型時効硬化材が適用される。Cu系の析出型時効硬化材とは、時効処理後にCu又はCu合金が母相を構成し、ここに添加元素に応じた析出相が分散するようになっている材料である。即ち、Cuを必須構成元素とする析出型時効硬化材料である。Cu系材料を適用するのは、母相となるCu又はCu合金の導電性を重視するからである。
【0021】
基材となるCu系析出型時効硬化材としては、高強度のCu系析出型時効硬化材として、Cu−Ni−Si系合金、Cu−Ni−Si-Mg系合金が適用できる。これらのCu合金は、コルソン系合金と称されている。更に、Cu−Be系合金(ベリリウム銅)も基材として好適なCu系析出型時効硬化材である。また、中強度のCu系析出型時効硬化材である、Cu−Fe系合金、Cu−Fe−Ni系合金、Cu−Sn−Cr−Zn系合金、Cu−Cr−Mg系合金等は、基材として好適なCu系析出型時効硬化材である。尚、前記した合金系においては、主要構成元素以外の微量添加元素を含むことが許容される。例えば、コルソン系合金である、Cu−Ni−Si系合金は、Sn、Co、Fe、Mn等の添加元素を含み得る。
【0022】
(C)拡散領域
本発明に係る電気接点用クラッド材は、上記した接点材料と基材とがクラッドされてなる。そして、本発明は、接点材料と基材との接合界面における拡散領域の幅(厚さ)を規定する。ここで、接合領域の意義をより詳細に定義すると、接点材料と基材との接合界面で、接点材料中のAg濃度を基準(100%)としたとき、Ag濃度が95%以下5%以上となっている合金領域が拡散領域である。この拡散領域は、接点材料(Ag合金)の構成元素と基材(Cu系析出型時効硬化材)の構成元素の双方から構成される合金層であり、その組成は連続的に変化している。そして、電気特性も好ましいものではなく導電率も低い。
【0023】
そこで、本発明は、この拡散領域の幅を制限するものである。拡散領域が2.0μmを超えると、クラッド材全体の導電率が低下することとなる。本発明では、拡散領域が存在しないもの、即ち、拡散領域の幅が0(ゼロ)μmであるものが最も好ましいといえる。但し、後述する製造工程をもってしても拡散領域の生成を完全に抑制することは難しい。現実的な側面として、拡散領域の幅の下限は0.1μmとすることで、本発明が目的とする高強度・高導電率のクラッド材とすることができる。
【0024】
尚、本発明における拡散領域の幅とは平均値とする。接合界面における拡散領域の形状は、必ずしも平坦であるとは限らず幅が変動することもある(むしろ完全に一定のものの方が少ない)。よって、拡散領域の幅を定める際には、複数個所の値の平均を採用するのが好ましい。拡散領域の測定法の一例としては、EPMA(電子線マイクロプロブ分析)、EDS(エネルギー分散型X線分析)等の元素分析機器を利用し、接合界面付近の元素分析(ライン分析、マッピング)を行い、Ag濃度の変化を追跡することで拡散領域の範囲を測定することができる。
【0025】
(D)本発明に係るクラッド材の態様
本発明に係るクラッド材について、基材に対する接点材料の形状は特に限定されず、オーバーレイ、インレイ、エッジレイのいずれであっても良い。スイッチやブレーカー等の開閉接点の用途においては、インレイ型のクラッド材の適用例が多く、本発明はこの形式に良好に対応できる。但し、いずれの形式であっても、全ての接合界面で拡散領域の幅が規定内にあることが要求される。例えば、インレイ型のクラッド材では、接点材料が基材に埋め込まれた状態で接合されおり接点材料の三方に接合界面が存在する。本発明では、それら三方の接合界面における接合領域が2.0μm以下であることを要する。
【0026】
また、本発明に係るクラッド材について、接点材料の厚さ・寸法及び基材の厚さ・寸法は制限がない。それらは、組み込まれる機器寸法、設計寿命等により決定されるものである。
【0027】
(E)本発明に係るクラッド材の機械的・電気的特性
以上説明した本発明に係る電気接点用のクラッド材においては、基材となるCu系の析出型時効硬化材の特性が十分に発揮されている。その結果、本発明は、高強度と高導電率との双方において好適な電気接点となる。本発明に係るクラッド材の引張強度と導電率は、引張強度で400〜1200MPaであり、導電率が20〜90%IACSであるものが好ましい。これらの特性は、クラッド材の基材の種類によるので、より具体的には、上記した高強度のCu系析出型時効硬化材(コルソン系合金、ベリリウム銅系合金等)を適用したものでは、引張強度で600〜1200MPaであり、導電率が20〜50%IACSであるものが好ましい。また、中強度のCu系析出型時効硬化材(Cu−Fe系合金、Cu−Fe−Ni系合金、Cu-Sn-Cr-Zn系合金、Cu-Cr-Mg系合金等)を適用したものでは、引張強度で400〜700MPaであり、導電率が60〜90%IACSであるものが好ましい。
【0028】
(F)本発明に係るクラッド材の製造方法
次に、本発明に係る電気接点用のクラッド材の製造方法について説明する。上記したように、クラッド材の製造方法としては、接点材料と基材とを接合する工程と、接合後のクラッド材を目的とする形状・寸法に加工する工程を含み、基材として析出型時効硬化材を適用する場合には、更に、時効硬化のための熱処理工程が追加される。
【0029】
そして、本発明に係る電気接点用のクラッド材の製造方法は、時効硬化済みの基材と、接点材料とを接合して粗クラッド材を製造する工程と、前記粗クラッド材を、前記基材の再結晶温度を基準に−200℃以上−100℃以下の範囲内で焼鈍熱処理する工程と、熱処理後の前記粗クラッド材を加工する工程と、を含む電気接点用のクラッド材の製造方法である。
【0030】
この製造方法は、接点材料との接合前に基材の時効硬化処理を完了させ、時効硬化済みの基材からクラッド材を製造し、これを加工するものである。このように、接合前に基材の時効硬化処理を行うことで、クラッドにした後の熱入力を低減し、接合界面で拡散領域の拡大を抑制することができる。
【0031】
接合前の基材の時効硬化処理は、材料を高温加熱及び急冷して過飽和固溶体を形成する溶体化処理と、これを適度な温度で加熱して析出相を析出させる時効処理とを含む。これらの処理は、従来法と同様の条件が適用でき、適用する析出型時効硬化材の組成に応じた処理がなされる。通常、溶体化処理は材料を500℃以上900℃以下に加熱して急冷する。好ましくは、600℃以上800℃以下、より好ましくは、600℃以上750℃以下に加熱して急冷する。その後の時効処理は、過飽和固溶体を所定温度に加熱・保持する。Cu系の析出型時効硬化材における時効処理温度は、400℃以上600℃以下とするのが好ましく、より好ましくは400℃以上500℃以下である。
【0032】
時効処理済みの基材と接点材料との接合についても、従来のクラッド材と同様の工程が採用できる。通常、このクラッド材の接合方法としては加圧による圧接が適用される。基材及び接点材料共に、接合前に形状に応じた加工を行っても良い。
【0033】
基材と接点材料とを接合して得られる粗クラッド材については、所定の厚さなるまで加工される。この加工は圧延加工が主体となる。ここで、本発明においては、加工前に粗クラッド材についての焼鈍熱処理を行う。この焼鈍熱処理は、時効硬化済みの基材を含む粗クラッド材の加工を容易にすることを目的とするものである。この焼鈍熱処理は、基材である時効硬化材の再結晶温度を基準に−200℃以上−100℃以下の範囲内の条件で行われる。厳密な管理が要求される。過度の熱処理は、基材の時効硬化組織に変化を生じさせ析出相が消失することになる。これにより、基材の導電率が低下し接点用途としての適正を失う。また、熱処理は不足すると導電率の低下はないが、材料の軟化が生じないので加工性確保という熱処理本来の目的が達成できない。焼鈍熱処理の温度については、時効硬化材の再結晶温度を基準に、−200℃以上−150℃以下の範囲が依り好ましい。焼鈍熱処理の具体的な熱処理温度は、550℃以上600℃以下とするのが好ましい。
【0034】
粗クラッド材の加工は、圧延加工により所望の板厚になるまで加工する。圧延加工は複数回行っても良い。また、上記した焼鈍熱処理は、圧延加工毎に複数回行っても良い。更に、最終的に切断加工(スリット加工)にて任意の幅を得ることもできる。以上の加工工程により本発明の電気接点用のクラッド材が製造される。