(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6840360
(24)【登録日】2021年2月19日
(45)【発行日】2021年3月10日
(54)【発明の名称】複合膜
(51)【国際特許分類】
B01D 71/02 20060101AFI20210301BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20210301BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20210301BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20210301BHJP
【FI】
B01D71/02 500
B01D69/10
B01D69/12
B01D53/22
B01D71/02
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-43280(P2017-43280)
(22)【出願日】2017年2月17日
(65)【公開番号】特開2018-130715(P2018-130715A)
(43)【公開日】2018年8月23日
【審査請求日】2019年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】514213202
【氏名又は名称】イーセップ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】廣田 雄一朗
(72)【発明者】
【氏名】前田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】山本 祐介
(72)【発明者】
【氏名】澤村 健一
【審査官】
青木 太一
(56)【参考文献】
【文献】
特表2015−535738(JP,A)
【文献】
特開2008−036464(JP,A)
【文献】
特開2011−083720(JP,A)
【文献】
特開2010−036123(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0190905(US,A1)
【文献】
Development and characterization of chemically stabilized ionic liquid membranes-Part I: Nano porous ceramic supports,Journal of Membrane Science,2010年,vol.365,366-377
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00−71/82
C02F 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリカを主成分とする多孔質層を備え、
前記多孔質層は、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有し、前記貫通孔内に導入されたシリル化イオン液体により形成されたシリカネットーワーク及び前記多孔質層に生成させたOH基との化学反応により形成されたSi‐O‐Si結合によって、イオン液体の構造が固定化されている細孔を備えていることを特徴とする複合膜。
【請求項2】
前記多孔質層の厚みが0.1〜3μmであり、下層にマクロ孔で形成された多孔質基材により支持されていることを特徴とする、請求項1に記載の複合膜。
【請求項3】
シリル化イオン液体のカチオンがイミダゾリウム系イオン液体であることを特徴とする、請求項1、2のいずれか一項に記載の複合膜。
【請求項4】
シリル化イオン液体のアニオンがビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF3SO2)2N)であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の複合膜。
【請求項5】
シリル化イオン液体のアニオンが塩化物イオン(Cl−)であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の複合膜。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の複合膜を用いた、ガス分離システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高機能化した
複合膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ゼオライト膜やシリカ膜をはじめとするナノ多孔性分離膜は、分子レベルでの分離が可能であることから、分離膜、膜反応器、化学センサー等への応用が期待されている。
【0003】
分子レベルでの分離として、例えば特許文献1ではゼオライト細孔の分子篩を利用することによって、水(0.30nm)とイソプロピルアルコール(0.47nm)の混合液から小さな分子である水を高選択的に透過分離している。
また特許文献2では、シリカ膜の細孔径を約0.45nmに制御することによって、水素(H
2:0.29nm)は透過させるが、分子サイズのより大きな六フッ化硫黄(SF
6:0.55nm)は殆ど透過させない分離膜を報告している。
【0004】
一方で、分子篩では小さな分子を選択的に透過分離することは出来ても、大きな分子を選択的に透過分離させることは原理的に不可能である。工業的観点からは、例えば水素製造におけるCO
2分離、有機ハイドライドによる水素利用、メタノール合成、空気中の揮発性有機化合物(VOC)の除去など、サイズの小さな分子は透過させず、サイズの大きな分子を選択的に膜透過・除去させたいという場合が存在する。
【0005】
水素製造やガス化複合発電におけるCO
2分離では、現在アミン吸収法などの化学吸収法や、PSAなどの物理吸着法が利用されている。しかしこれらのCO
2の分離技術では、吸収剤や吸着剤の再生処理に多くのエネルギーが消費されている。これに対し、膜分離では連続操作が可能であり、吸収剤や吸着剤の再生処理が不要であるため、省エネルギープロセスとして期待されている。CO
2の分離を膜分離で行おうとする際には、水素(0.29nm)のようにサイズの小さな分子は透過させず、CO
2(0.33nm)のようにサイズの大きな分子を選択的に透過・除去できる分離膜の開発が必要である。
【0006】
有機ハイドライドを用いた水素利用では、例えばメチルシクロヘキサンの脱水素により生成した水素とトルエンを分離する技術が必要である。トルエンを回収する場合には、サイズの小さな水素は膜透過させず、サイズの大きなトルエン(約0.6nm)を選択的に膜透過・回収する必要がある。
【0007】
メタノール合成系では、原料となる水素は膜透過させず、生成物となるメタノールを選択的に膜透過・除去することで、メタノール転化率の向上が期待されている。この場合も、分子サイズの小さな水素は膜透過させずに、分子サイズの大きなメタノール(0.38nm)を選択的に膜透過させる必要がある。
【0008】
空気中からのVOCの除去では、分子サイズの小さな空気は透過させず、分子サイズの大きなVOCを選択的に膜透過・除去する必要がある。
【0009】
ここで、サイズの大きな分子を選択的に膜透過・除去させるためには、分離膜自体が除去対象となる分子に対して高い親和性を有する必要がある。
【0010】
特許文献3では、イオン液体を高分子材料で支持・封止させた複合膜によって、水素とCO
2の混合ガスから、サイズの大きなCO
2を選択的に透過分離させることに成功している。イオン液体を用いた複合膜は、用いるイオン液体の種類によって化学的性質を制御できることから、分子サイズに関わらず、特定の分子のみを選択的に膜透過させることが可能と思われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5852963号
【特許文献2】特許第4728308号
【特許文献3】特許第5904479号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
一方で、上記のようなイオン液体膜は、取り扱い性の確保や液漏れ防止が課題となる。特に膜分離の場合は膜を介した差圧が駆動力になることから、大きな処理量を得るために差圧を大きくすることは避けられず、液漏れと耐久性の観点から、懸念が残る。特許文献3のように液漏れ防止のために支持膜や封止膜を取付けるという方法もあるが、膜構造が複雑化するという課題を有している。
【0013】
本発明は、かかる従来の問題点を鑑みてなされたものであり、特定の分子のみを選択的に膜透過させるというイオン液体膜の特徴を発揮しつつも、かつ取扱い性に優れ、液漏れ耐久性を向上させた
分離膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、
複合膜であって、
シリカを主成分とする多孔質層
を備え、前記多孔質層は、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有し、前記貫通孔内に導入されたシリル化イオン液体により形成されたシリカネットーワーク及び前記多孔質層に生成させたOH基との化学反応により形成され
たSi‐O‐Si結合によって
、イオン液体の構造が固定化されている
細孔を備えていることを特徴としている。
【0015】
請求項2の発明は、請求項1の
複合膜であって、1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層の厚みが0.1〜3μmであり、下層にマクロ孔で形成された多孔質基材により支持されていることを特徴としている。
【0016】
請求項3の発明は、請求項1、2の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のカチオンがイミダゾリウム系イオン液体であることを特徴としている。
【0017】
請求項4の発明は、請求項1〜3の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のアニオンがビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF
3SO
2)
2N)であることを特徴としている。
【0018】
請求項5の発明は、請求項1〜3の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のアニオンが塩化物イオン(Cl
−)であることを特徴としている。
【0019】
請求項6の発明は、ガス分離システムであって、請求項1〜5の
いずれか一項に記載の複合膜を用いることを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
請求項1の発明は、
複合膜であって、
シリカを主成分とする多孔質層
を備え、前記多孔質層は、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有し、前記貫通孔内に導入されたシリル化イオン液体により形成されたシリカネットーワーク及び前記多孔質層に生成させたOH基との化学反応により形成され
たSi‐O‐Si結合によって
、イオン液体の構造が固定化されている
細孔を備えていることにより、特定の分子のみを選択的に膜透過させるというイオン液体膜の特徴を発揮しつつも、単純に多孔質基材にイオン液体を含浸させただけでは得ることのできない、取扱い性の向上と液漏れ耐久性の向上という、顕著な効果を奏する。
【0021】
請求項2の発明は、請求項1の
複合膜であって、1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層の厚みが0.1〜3μmであり、下層にマクロ孔で形成された多孔質基材により支持されている構造を有することにより、大きな膜透過性を発揮しつつも、差圧に対しても十分な機械的強度を発揮するという効果を奏する。
【0022】
請求項3の発明は、請求項1、2の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のカチオンがイミダゾリウム系イオン液体であることにより、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層内部にイオン液体を効率良く導入できるという効果と、凝縮性ガスに対して高い親和性を有するという効果を奏する。
【0023】
請求項4の発明は、請求項1〜3の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のアニオンがビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF
3SO
2)
2N)であることにより、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層内部にイオン液体を効率良く導入できるという効果と、凝縮性ガスに対して高い親和性を有するという効果を奏する。
【0024】
請求項5の発明は、請求項1〜3の
いずれか一項に記載の複合膜であって、シリル化イオン液体のアニオンが塩化物イオン(Cl
−)であることにより、平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層内部にイオン液体を効率良く導入できるという効果と、凝縮性ガスに対して高い親和性を有するという効果を奏する。
【0025】
請求項6の発明は、ガス分離システムであって、請求項1〜5の
いずれか一項に記載の複合膜を用いることで、水素のような小分子は膜透過させずに、サイズの大きな凝縮性ガスを選択的に透過分離させるという効果を奏する。例えば、水素とCO
2を含む混合ガスからサイズの大きなCO
2を選択的に透過分離すること、水素とトルエン含む混合ガスからサイズの大きなトルエンを選択的に透過分離すること、および水素とメタノールを含む混合ガスからサイズの大きなメタノールを選択的に透過分離するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の複合膜の製造手順を示す模式図である。
【
図2】本発明で利用できるシリカを主成分とする多孔質基材の膜断面SEM写真である。
【
図3】本発明の複合膜とイオン液体原料のIRスペクトルの比較図である。
【
図4】実施例1の複合膜によるトルエン/H
2透過分離試験結果である。
【
図5】実施例2の複合膜によるメタノール/H
2透過分離試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
次に、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
本発明による
複合膜は、
図1に示すように平均細孔径1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層にOH基を生成させ、次いでシリル化イオン液体を含む溶液を導入し、OH基との化学反応により形成されるSi‐O‐Si結合によってイオン液体の構造がシリカ層に固定化されていることを特徴としている。
【0029】
1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層の厚みが0.1〜3μmであり、下層にマクロ孔で形成された多孔質基材により支持されている構造を有するものとして、市販のナノセラミック多孔質基材(イーセップ株式会社製eSep−nanoA)を用いることができる。
図2にその典型的な膜断面SEM写真を示す。膜断面SEM写真より、そのシリカを主成分とする多孔質層の厚みは約500nmであった。
1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層は、ゾル−ゲル法により一般的に形成させることができる。シリカ層は薄いほど膜透過性が向上するが、耐久性の観点から0.1〜3μmの範囲が好ましい。
マクロ孔で形成された多孔質基材としては、300℃以上の耐熱性を持つものが好ましく、α−アルミナ、ジルコニア、ムライト、酸化チタン、シリカ等のセラミック材料で構成された多孔質セラミック基材、およびステンレス多孔質体などの多孔質金属基材が利用できる。多孔質基材の形状は、平板状、円筒型状、モノリス状など、利用目的に応じて選ぶことができる。尚、熱膨張を緩和させるため、マクロ孔で形成された多孔質基材とシリカを主成分とする多孔質層との間に、中間層を設けても良い。
イオン液体を固定化する前の状態で、25℃における窒素透過で8×10
−6mol/(m
2・s・Pa)以上、1〜10nmの細孔経由のガス透過が95%以上、10nm以上の細孔経由のガス透過が1%以下である状態が望ましい。
【0030】
次に、シリカを主成分とする多孔質層にOH基を生成させる方法としては、例えばバブラー等を介して水蒸気を含ませた空気を強制的に膜透過させることで、行うことができる。温度15〜30℃の状態で、湿度50%以上の水蒸気を含んだ空気を1分間以上導入することが好ましい。あるいは、水蒸気存在下で6時間以上保持させることにより、水蒸気の細孔内拡散により、シリカを主成分とする多孔質層の表面および内部へOH基を生成させることができる。水蒸気導入以外にも、例えば薄い塩酸のような酸性溶液を導入することでも同様の効果を得ることができる。アルカリ性の溶液でシリカ構造の一部を溶解させることによりOH基を生成させることもできるが、シリカ層の細孔構造も同時に変化してしまうため、処理条件の最適化が必要となる。効果と操作の簡便さの観点からは、水蒸気処理または酸性溶液による処理による、OH基の生成が好ましい。
【0031】
ここで、本発明に用いるイオン液体原料としては、例えば
図3に示すシリル化イオン液体(Siアルコキシドの側鎖にイオン液体をもつもの、またはイオン液体側鎖にSiアルコキシドをもつもの)が利用できる。
イオン液体のカチオンには、現在ガス分離性能が確認できているものとして、イミダゾリウム系イオン液体が挙げられる。その他、ホスホニウム系(リン系)、アンモニウム系も候補になると思われる。
イオン液体のアニオンには、現在ガス分離性能が確認できているものとして、塩化物イオン(Cl
−)とビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF
3SO
2)
2N)が挙げられる。塩化物イオンはシリル化イオン液体を有機合成した際のカウンターアニオンで、これをアニオン交換により各種アニオンへと変えていく。その他、可能性のあるものとしては、水酸化物イオン(OH
−)、テトラフルオロホウ酸(BF
4−)、ヘキサフルオロリン酸(PF
6−)、トリフルオロメタンスルホン酸(CF
3SO
3−)、ジシアナミド((CN)
2N
−)、チオシアネート(SCN
−)、フェノキシドイオン(C
6H
5O
−)、イミダゾレート(C
3N
2H
3−)、が候補になると思われる。
【0032】
イオン液体の導入・固定化では、下記2つの方法のどちらかで行うことができる。
(イオン液体の導入方法1)
まずシリル化イオン液体と触媒(酸またはアルカリ)を混合し、その後加熱により触媒を除去することで、あらかじめある程度シリカネットワークが形成したシリル化イオン液体を調製する。このイオン液体中にOH基を有したシリカを主成分とする多孔質層を浸漬させる、あるいはOH基を有したシリカを主成分とする多孔質層にイオン液体を塗布することにより、イオン液体をシリカ細孔内に導入する。送液ポンプ等でイオン液体をシリカ多孔質層内に強制的に導入しても良い。イオン液体導入後加熱処理を行い、OH基との化学反応により形成されるSi‐O‐Si結合によって、イオン液体の構造をシリカ層に固定化させる。
(イオン液体の導入方法2)
シリル化イオン液体と触媒(酸またはアルカリ)と溶媒を混合した溶液に、OH基を有したシリカを主成分とする多孔質層を浸漬させ、密閉容器中で加熱する。加熱によりOH基との化学反応により形成されるSi‐O‐Si結合によって、イオン液体の構造をシリカ層に固定化させる。その後、膜表面付着液を除去し、再度加熱することにより残存している溶媒と触媒を気化し、除去する。
ここで用いる溶媒としては、シリル化イオン液体が溶解可能なもの、かつ後述の触媒も溶解可能なものから選択する。一般的にメタノール、エタノール、アセトニトリルが利用されるが、他の候補としては、プロパノール、テトラヒドロフラン、アセトンも候補となる。
またここで用いる触媒としては、加熱除去可能な塩酸あるいはアンモニア水が利用できる。使用するイオン液体により、酸あるいはアルカリのどちらを用いるかを選択する。
【0033】
本発明で合成した複合膜は、膜モジュールに搭載することで、ガス分離システムとして利用することができる。膜の透過側にイオン液体構造に対して高い親和性を有する分子を選択的に透過・除去させる一方で、膜の非透過側にその他ガスを残存させるという具合に利用することができる。
【実施例】
【0034】
次に、本発明の複合膜およびその製造方法、またそれを利用したガス分離システムの実施例について説明するが、本発明は、本実施例に特に限定されるものではない。
【0035】
[複合膜の原料と表面処理]
(複合膜原料)
1〜10nmの貫通孔を有するシリカを主成分とする多孔質層として、
図2に示すSEM写真にその断面構造が代表される、市販のナノセラミック多孔質基材(イーセップ株式会社製eSep−nanoA)を用いた。シリカ多孔質層の厚みは約500nmであり、下層はマクロ孔で形成されたα−アルミナ多孔質基材により支持されている構造を有する。外形は直径12mm、内径9mm、長さ40cmの円筒型であった。
細孔径分布を測定する定法であるナノパームポロメトリーにより評価した結果、25℃における窒素透過で1×10
−5mol/(m
2・s・Pa)以上、1〜10nmの細孔経由のガス透過が95%以上、10nm以上の細孔経由のガス透過が1%以下であった。
(シリカ層へのOH基の生成)
上記イオン液体を固定化する前の複合膜を膜モジュールに取付け、円筒状の膜の外側に、25℃で湿度50%以上の空気を1分間以上導入した。その際、円筒状の膜の内側を減圧し、水蒸気を強制的に膜細孔内部に導入した。膜細孔内に水蒸気が残存した状態で6時間以上保持し、シリカ層へのOH基生成を促進した。
【0036】
[イオン液体の導入・固定化]
上記で調製した円筒状の複合膜を3cmに切断し、カチオンがイミダゾリウム系のシリル化イオン液体を用い、その導入・固定化試験を行った。イオン液体のアニオンは、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF
3SO
2)
2N)と塩化物イオン(Cl
−)のいずれかを用いた。
【0037】
(実施例1)
イオン液体のアニオンとして、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド((CF
3SO
2)
2N)を用いて試験した。まずイオン液体と触媒としてアンモニア水および溶媒としてメタノールを混合した溶液を混合し、その後加熱により触媒および溶媒を除去することで、あらかじめある程度シリカネットワークが形成したシリル化イオン液体を調製した。このイオン液体中にOH基を有したシリカを主成分とする多孔質層を浸漬させ、イオン液体をシリカ細孔内に導入した。イオン液体導入後加熱処理を行い、OH基との化学反応により形成されるSi‐O‐Si結合によって、イオン液体の構造をシリカ層に固定化させた。
【0038】
(実施例2)
イオン液体のアニオンとして、塩化物イオン(Cl
−)を用いて試験した。 シリル化イオン液体と、触媒として塩酸および溶媒としてメタノールを混合した溶液に、OH基を有したシリカを主成分とする多孔質層を浸漬させ、密閉容器中で加熱した。加熱によりOH基との化学反応により形成されるSi‐O‐Si結合によって、イオン液体の構造をシリカ層に固定化させた。その後、膜表面付着液を除去し、再度加熱することにより残存している溶媒と触媒を気化し、除去した。
【0039】
(イオン液体構造の固定化状態)
図3に、上記の手順で製造した本発明の複合膜と、イオン液体原料のIRスペクトルを比較した。本発明の複合膜では、イオン液体原料からは観察されないSi‐O‐Si結合が観測されたことから、
図1に示すようなシリカネットワークが形成されていると判断された。
【0040】
[ガス透過分離試験]
本発明で調製した複合膜を、SUS316L製の膜モジュール(イーセップ株式会社製、eSepMM−Φ12−L30−SUS316L)に搭載し、ガス透過分離試験を行った。円筒形の膜の外側に混合ガスを供給し、円筒形の内側に透過する成分の流量および組成を分析した。
【0041】
(CO
2/H
2透過分離試験)
実施例1で合成した複合膜を用いて、CO
2/H
2透過分離試験を行った。透過分離試
験の詳細条件を以下に示す。
・供給側圧力:120kPa
・膜透過側圧力:大気圧(スウィープガス方式)
・供給ガス組成:CO
2(50%)/H
2(50%)
・試験温度:20℃程度(室温)
【0042】
(CO
2/H
2透過分離試験結果)
上記試験の結果、実施例1で合成した複合膜は、分子サイズの小さい水素(0.29nm)の透過を抑制し、分子サイズの大きいCO
2(0.33nm)を選択的に透過・除去する性能を有することを確認した。実施例1で合成した複合膜がCO
2/H
2分離性能で20倍以上の性能を示したのに対し、イオン液体を導入・固定化する前の状態では、CO
2/H
2分離性能で1以下であった。
以上のことから、本発明によるイオン液体構造の固定化・複合化によって、膜の取扱い性を損なうことなく、CO
2の選択的透過分離特性を大幅に向上させることができることを確認した。
【0043】
(トルエン/H
2透過分離試験)
実施例1で合成した複合膜を用いて、トルエン/H
2透過分離試験を行った。
透過分離試験の詳細条件を以下に示す。
・供給側圧力:120kPa
・膜透過側圧力:大気圧(スウィープガス方式)
・供給ガス組成:トルエン(25%)/H
2(75%)
・試験温度:70℃
【0044】
(トルエン/H
2透過分離試験結果)
図4に、実施例1により合成した複合膜のトルエン/H
2透過分離試験結果を示す。尚、
図4の0minのプロットのみ、水素単独系での値である。透過分離試験の結果、サイズの小さな水素(0.29nm)は膜透過させず、サイズの大きなトルエン(約0.6nm)を選択的に膜透過させることができることを確認した。トルエン/H
2の分離係数で10,000以上の分離選択性を発揮するなど、顕著な効果を確認した。
上記試験において、単にイオン液体を含浸させたものと比較すると、膜の質量減少は約35%から3%程度まで低減させることができた。このことから、本発明によるイオン液体構造の固定化・複合化によって、単純に多孔質基材にイオン液体を含浸させただけでは得ることのできない、取扱い性の向上と液漏れ耐久性の向上という、顕著な効果を確認することができた。
【0045】
(メタノール/H
2透過分離試験)
実施例2で合成した複合膜を用いて、メタノール/H
2透過分離試験を行った。
透過分離試験の詳細条件を以下に示す。
・供給側圧力:100kPa
・膜透過側圧力:大気圧(スウィープガス方式)
・供給ガス組成:メタノール(15%)/H
2(85%)
・試験温度:25℃
【0046】
図5に、実施例2により合成した複合膜のメタノール/H
2透過分離試験結果を示す。透過分離試験の結果、サイズの小さな水素(0.29nm)は膜透過させず、サイズの大きなメタノール(0.38nm)を選択的に膜透過させることができることを確認した。定常状態では、メタノール/H
2の分離係数で7,000以上の分離選択性を発揮するなど、顕著な効果を確認した。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明により、特定の分子のみを選択的に膜透過させるというイオン液体膜の特徴を発揮しつつも、かつ取扱い性に優れ、液漏れ耐久性を向上させた分離膜およびその製造方法を提供することができる。これにより、従来の分離篩による分離膜では困難だった、サイズの小さな分子は透過させず、サイズの大きな分子を選択的に膜透過・除去させることが可能となる。適用先としては、水素製造におけるCO
2分離、有機ハイドライドによる水素利用、メタノール合成、空気中の揮発性有機化合物(VOC)の除去をはじめ、分離膜、膜反応器、化学センサーなど、幅広い産業的利用が期待される。