(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般に、積層セラミックコンデンサ(以下、「MLCC」ともいう)の内部電極に用いられるニッケルペーストは、ビヒクル中にニッケル粉を混練して製造され、多くのニッケル粉の凝集体を含んでいる。ニッケル粉の製造工程の最終段階には、金属粉の製造方法(乾式法、湿式法)を問わずに乾燥工程を有するのが通常であり、この乾燥工程における乾燥処理がニッケル粒子の凝集を促すため、得られるニッケル粉には乾燥時に生じた凝集体が含まれていることが一般的である。
【0003】
近年の積層セラミックコンデンサは、小型で大容量化を達成させるために、内部電極層を伴ったセラミックグリーンシートの積層数を、数百から1000層程度にまで増加させることが要求されている。このため、内部電極層の厚みを従来の数ミクロンレベルからサブミクロンレベルに薄層化する検討がなされており、それに伴い、内部電極用の電極材料のニッケル粉の小粒径化が進められている。
【0004】
しかしながら、小粒径になるほどニッケル粉の表面積は大きくなり、それに伴い表面エネルギーが大きくなって、凝集体を形成し易くなる。また、ニッケル超微粉等の金属超微粉は、分散性が悪く、凝集体が存在するようになると、セラミックコンデンサ製造時における焼成工程でニッケル粉が焼結する際にセラミックシート層を突き抜けてしまい、電極が短絡した不良品となる。また、たとえセラミックシート層を突き抜けない場合であっても、電極間距離が短くなることで部分的な電流集中が発生するため、積層セラミックコンデンサの寿命劣化の原因となっていた。
【0005】
MLCCの内部電極用に用いられるニッケル超微粉スラリーとしては、例えば特許文献1に開示されているスラリーがある。具体的に、この特許文献1には以下のような技術が開示されている。すなわち、先ず、金属超微粉水スラリー(金属超微粉濃度:50質量%)に特定の陰イオン界面活性剤を金属超微粉100質量部に対して0.3質量部添加したものに、プロセスホモジナイザー等を用いた分散処理を所定時間実施して、水中における金属超微粉の凝集体を一次粒子にまで分散させる。その後に、有機溶媒として例えばターピネオールを、金属超微粉100質量部に対して10質量部添加する。これにより、金属粉を含むターピネオール層が連続層となって沈殿物となり、水は上澄みとして分離されて、金属超微粉有機溶媒スラリーが得られるというものである。
【0006】
また、本発明者らは、特許文献1に開示された技術では、ニッケル超微粉水スラリーに直接、特定の陰イオン界面活性剤を添加するため、界面活性剤がミセル化してしまい効率的に金属粉表面に吸着し難いおそれがある点や、有機溶媒スラリーを得る条件について記載はされているものの、ニッケルペーストとしたときにどのような効果が得られるかまで記載されていないことを鑑みて、さらに検討を重ね、特許文献2に記載のニッケルペーストを得る技術を提案している。
【0007】
具体的に、この特許文献2に記載の技術は、添加する分散移行促進剤の添加量に関して、分散移行促進剤の1分子あたりの分子断面積(吸着断面積)を使用し、ここから式『ニッケル粉の総表面積(m
2)×分散移行促進剤の単位分子断面積あたりの質量(g/m
2)』で計算される理論計算量(g)から算出される量とするものである。この理論計算量は、ニッケル粉の全表面積に均一に吸着して被覆するのに最低限必要な分散移行促進剤量に相当する量とみなすことができるため、効率的に分散移行促進剤を活用することができるニッケルペーストの作製技術といえる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。また、本明細書にて、「X〜Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、特に断らない限り「X以上Y以下」の意味である。
【0022】
≪1.ニッケルペースト≫
本実施の形態に係るニッケルペーストは、少なくとも、ニッケル粉と、分散移行促進剤と、ビヒクルとを含むニッケルペーストである。このニッケルペーストは、ニッケル濃度が50〜70質量%であり、粘度が8〜150Pa・sである。
【0023】
そして、このニッケルペーストにおいて、ビヒクルは、原料であるバインダー樹脂の酸量が20〜300μmol/gであり、分散移行促進剤の含有量が、ニッケル粉100質量部に対して0.16〜3.0質量部の範囲である。
【0024】
このようなニッケルペーストによれば、構成成分であるニッケル粉がより凝集の少ない状態で分散されており、例えば、高積層セラミックコンデンサの内部電極用として好適に用いることができる。
【0025】
[ニッケル粉]
ニッケル粉は、当該ニッケルペーストの構成成分であり、湿式法や乾式法等の製法を問わずに種々のニッケル粉を使用することができる。例えば、CVD法、蒸発急冷法、ニッケル塩やニッケル水酸化物等を用いた水素還元法等のいわゆる乾式法によるニッケル粉であってもよく、またニッケル塩溶液に対してヒドラジン等の還元剤を用いた湿式還元法等のいわゆる湿式法によるニッケル粉であってもよい。その中でも、湿式還元法等のいわゆる湿式法によるニッケル粉を使用することが好ましい。
【0026】
また、ニッケル粉としては、平均粒径が0.05〜0.5μmの超微粒のものであることが好ましい。超微粒のニッケル粉は、例えば、積層セラミックコンデンサの内部電極の用途として好適に用いることができる。MLCCの内部電極として近年要求される薄層化に対応する観点からすると、好ましくは平均粒径が0.05〜0.3μm程度のニッケル粉を用いることが必要であり、特に1000層レベルの内部電極とするためには、平均粒径がサブミクロンのニッケル粉が必要とされ、0.05〜0.1μmのニッケル粉を用いることがより好ましい。
【0027】
[分散移行促進剤]
分散移行促進剤は、ニッケル粉の表面に吸着してコートされ、ニッケルペースト中での分散性を向上させるように作用する。この分散移行促進剤としては、陰イオン型界面活性剤構造を有する分散移行促進剤又は高分子構造を有する分散移行促進剤を使用することができる。ここで、ニッケル粉の表面は、塩基性の性質を有している。そのため、分散移行促進剤として陰イオン型界面活性剤構造を有する分散移行促進剤や高分子構造を有する分散移行促進剤を用いることによって、ニッケル粉の表面に効率的に吸着させることができ、分散性を向上させることができる。
【0028】
(陰イオン型界面活性剤構造を有する分散移行促進剤)
具体的に、陰イオン型界面活性剤構造を有する分散移行促進剤としては、例えば、下記一般式に示す特定構造を有する(1)〜(3)の化合物のうちのいずれかを用いることができる。
【0030】
ここで、上記一般式(1)、(2)に示す化合物に関して、式中の「n」は10〜20の整数である。nの数が10より小さいと、親水性が強くなり、ニッケルペーストの作製における混練時に水が抜け難くなる可能性がある。一方で、nの数が20より大きいと、親油性になって水を除去しやすくなるものの、有機溶剤に溶け難く効率的にニッケル粉の表面をコーティングできない可能性がある。
【0031】
例えば、上記一般式(1)に示す化合物であって、n=10の場合の構造式で表される化合物は、具体的には下記構造式(1−1)のような化合物である。この構造式(1−1)で表される化合物は、化学名が「ラウロイルサルコシン」(分子式=C
15H
29NO
3、CAS No.=97−78−9)であり、市販されている界面活性剤である。
【0033】
またその他の化合物として、化学名「ラウロイルメチル−β−アラニン」(構造式:下記(2−1)、分子式:C
16H
31NO
3、CAS No.21539−57−1)や、化学名「ミリストイルメチル−β−アラニン」(構造式:下記(2−2)、分子式:C
18H
35NO
3、CAS No.21539−71−9)等が具体的に挙げられる。また、ココイルサルコシネート(一般式(1)、分子式:C
16H
31NO
3)、ミリストイルサルコシネート(一般式(1)、分子式:C
17H
33NO
3)、パルミトイルサルコシン(一般式(1)、分子式:C
19H
37NO
3)、ステアロイルサルコシン(一般式(1)、分子式:C
21H
41NO
3)等を例示することができる。
【0036】
また、上記一般式(3)に示す化合物に関して、式中の「m」、「n」は、m+n=12〜20の関係を満たす。m+nが12より小さいと、親油性が不足して水の分離が不十分となる可能性がある。一方で、m+nが20より大きいと、有機溶剤に溶解し難くなる可能性がある。
【0037】
具体的に、上記一般式(3)で表される化合物としては、分子式がC
21H
39NO
3であって下記(3−1)の構造式(但し、一般式(3)中でm=7、n=7のもの)で示される化学名「N−オレイル−N−メチルグリシン」、また分子式がC
19H
35NO
3(但し、一般式(3)中でm=7、n=5のもの)である化学名「N−パルミトレイン−N−メチルグリシン」、また分子式がC
21H
39NO
3(但し、一般式(3)中でm=9、n=5のもの)である化学名「N−バクセン−N−メチルグリシン」、また分子式がC
27H
51NO
3(但し、一般式(3)中でm=13、n=7のもの)である化学名「N−ネルボン−N−メチルグリシン」等を挙げることができる。
【0039】
(高分子構造を有する分散移行促進剤)
また、高分子構造を有する分散移行促進剤としては、例えば、その末端に、あるいは分子中に、カルボン酸等の官能基(酸基)を備えた高分子構造を有する分散移行促進剤を使用することができる。
【0040】
具体的には、末端にカルボン酸等の官能基(酸基)を備えた高分子構造を有する分散移行促進剤として、例えば、ウレタン系高分子分散剤等を挙げることができる。なお、ウレタン系高分子分散剤としては、商品名:Solsperse55000(平均分子量55000)、商品名:Solsperse36000(平均分子量36000)、商品名:Solsperse21000(平均分子量21000)等が市販されており(いずれも日本ルーブリゾール社製)、好適に使用することができる。また、シングルカルボン酸タイプの商品名:Solsperse3000(日本ルーブリゾール社製)も有効に用いることができる。
【0041】
また、分散移行促進剤の構造としては、特に限定されないが、櫛形のポリマーであることが特に好ましい。櫛形の構造を有する分散移行促進剤は、アンカー部にカルボン酸基を、グラフト部にポリオキシアルキレン基を有し、その組成により疎水性と親水性のバランスが異なるような構造となっている。なお、櫛形ポリマーである高分子分散剤として、例えば、日油株式会社製のマリアリムAWCシリーズ、SCシリーズが市販されている。
【0042】
本実施の形態に係るニッケルペーストにおいて、この分散移行促進剤の含有量としては、ニッケル粉100質量部に対して0.16〜3.0質量部の範囲である。ニッケル粉100質量部に対して、分散移行促進剤の含有量が0.16質量部未満であると、ニッケルペーストを作製する混錬時において水の分離が効率的に行われず、ニッケルペースト中の残留水分量が多くなる。一方で、分散移行促進剤の含有量が3.0質量%を超えても、水の分離効果がさらに向上することはなく、かえって分散移行促進剤の量が多すぎるためにニッケルペーストの粘度に影響が生じるおそれがある。
【0043】
[ビヒクル]
ビヒクルは、原料のバインダー樹脂を有機溶剤に溶解させて得られる。本実施の形態において使用するビヒクルとしては、その原料となるバインダー樹脂において、酸量が20〜300μmol/gである樹脂を選定して用いることが重要となる。
【0044】
本発明者らは、上述した分散移行促進剤だけでなく、酸量が上述の範囲のバインダー樹脂も、ニッケル粉の表面に効率的に吸着することを見出した。このことにより、本実施の形態に係るニッケルペーストでは、上述した分散移行促進剤を含有するとともに、酸量が上述の範囲のバインダー樹脂を含むビヒクルを含有させていることにより、ニッケル粉の表面に吸着した分散移行促進剤とビヒクルに含まれるバインダー樹脂とにより、そのニッケル粉の分散性を効果的に向上させることができ、ニッケル超微粉を極めて凝集の少ない状態で分散させることができる。また、このようなバインダー樹脂を含むビヒクルを含有させていることにより、分散移行促進剤の含有量も低減させることができる。
【0045】
また、分散移行促進剤を含有させるとともに、特定のバインダー樹脂を含むビヒクルを含有させることにより、上述したようにニッケル粉の表面により効率的に吸着させることができるため、ニッケルペーストの製造過程において、混練するニッケル粉水スラリーに基づく水分をより効率的に分離させて除去することができ、製造プロセスを簡易化することができる。なお、詳しくは後述するが、本実施の形態に係るニッケルペーストは、この特定のバインダー樹脂を含むビヒクルに分散移行促進剤を添加して混合し、得られた分散移行促進剤を含むビヒクルに対して、ニッケル粉水スラリーを添加して混練することによって、得ることができる。このような製造方法では、従来技術のように、中間品としてのニッケル粉有機スラリーが生成されないため、簡易な工程により製造することができる。
【0046】
ここで、バインダー樹脂の酸量に関して、酸量が20μmol/gより低いと、ニッケル粉に対する吸着量が足りなくなり、ニッケルペーストを作製する混錬時において十分に水の分離が行われず、ニッケルペースト中の残留水分量が多くなる。一方で、バインダー樹脂の酸量が300μmol/gを超えると、ニッケル粉との吸着は効率よく行われるものの、酸量が多すぎるために作製するニッケルペーストの粘度が高くなりすぎ、例えばMLCCの内部電極として使用する場合等に適正な粘度が得られなくなる。このことから、バインダー樹脂としては、酸量が適正な範囲のものを使用する必要があり、具体的には上述したように20〜300μmol/gの範囲の酸量のバインダー樹脂を用いる。
【0047】
具体的に、バインダー樹脂としては、例えば、セルロース構造、セルロースエステル構造、及びセルロースエーテル構造から選ばれる構造を有し、カルボキシル基等の官能基(酸基)が導入されているものの、少なくとも1種類を用いることができる。
【0048】
このように、例えばカルボン酸等の官能基(酸基)が導入されたものであって、酸量が20〜300μmol/gであるバインダー樹脂を選定し、このバインダー樹脂を有機溶剤に溶解させることによってビヒクルを作製することができる。
【0049】
ビヒクル中のバインダー樹脂の濃度としては、特に限定されないが、5質量%以上であることが好ましい。ビヒクルにおけるバインダー樹脂の濃度が5質量%未満であると、粘度が低くなり、混練時にトルクがかからず、水の分離除去効果が低くなる可能性がある。
【0050】
なお、有機溶剤としては、上述したバインダー樹脂を溶解するものであれば特に限定されず、導電ペーストの用途に通常使用されているものを用いることができる。例えば、テルペンアルコール系、脂肪族炭化水素系等の溶剤を用いることができる。具体的に、テルペンアルコール系の有機溶剤としては、ターピネオール(テルピネオール)、ジハイドロターピネオール、ターピネオールアセテート、ボルネオール、ゲラニオール、リナロール等が挙げられる。また、脂肪族炭化水素系の有機溶剤としては、n−デカン、n−ドデカン、ミネラルスピリット等が挙げられる。これらの有機溶剤については、1種類単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0051】
[その他]
なお、本実施の形態に係るニッケルペーストには、その作用を損なわせない範囲で、必要に応じて種々の添加剤を含有させることができる。具体的には、ニッケル粉の分散性をより向上させるための分散剤や、粘度を調整するための粘度調整剤、チクソ性を高めるためのレオロジーコントロール剤等を添加することができる。
【0052】
≪2.ニッケルペーストの製造方法≫
次に、ニッケルペーストの製造方法について説明する。本実施の形態に係るニッケルペーストは、以下の2つの手順によって製造することができる。
[手順A]ビヒクルに分散移行促進剤を添加し混合して、分散移行促進剤を含むビヒクルを得る。次いで、
[手順B]分散移行促進剤を含むビヒクルに、ニッケル水スラリーを添加して混練し、水を分離除去して、ニッケル濃度が50〜70質量%のニッケルペーストを得る。
【0053】
<2−1.手順Aについて>
本実施の形態に係るニッケルペーストの製造方法では、先ず、ビヒクルに対して分散移行促進剤を添加し、撹拌し混合することで、分散移行促進剤を含有するビヒクルを得る。
【0054】
(ビヒクルの作製)
使用するビヒクルは、有機溶剤にバインダー樹脂を溶解させることによって作製することができる。ここで、ビヒクルを構成するバインダー樹脂は、上述したように、その酸量が20〜300μmol/gである樹脂を選択する。また、有機溶剤としては、テルペンアルコール系、脂肪族炭化水素系の溶剤等を用いることができる。
【0055】
ビヒクルとしては、バインダー樹脂の濃度が5質量%以上となるように有機溶剤にバインダー樹脂を溶解させて作製したものを用いることが好ましい。バインダー樹脂の濃度が5質量%未満であると、粘度が低くなって混練時にトルクがかかり難くなり、また水の分離が不十分となってニッケルペーストの残留水分量が多くなる可能性がある。
【0056】
(分散移行促進剤の添加・混合)
分散移行促進剤としては、上述したように陰イオン型界面活性剤構造を有する分散移行促進剤や高分子構造を有する分散移行促進剤を使用することができる。ニッケル粉の表面は塩基性であるため、これらの分散移行促進剤を使用することにより、ニッケル粉の表面に効率的に吸着させることができる。本実施の形態においては、これらの分散移行促進剤をビヒクルに添加し、混合することによって、分散移行促進剤を含むビヒクルを得る。
【0057】
分散移行促進剤をビヒクルに添加するに際しては、得られるニッケルペースト中の分散移行促進剤の含有量が、次の手順(手順B)にて混錬するニッケル粉水スラリー中に含まれるニッケル粉100質量部に対して0.16質量部〜3.0質量部の範囲となるように計算して添加することが好ましい。
【0058】
すなわち、ニッケルペースト中の含有量が、ニッケル粉100質量部に対して0.16質量部未満となるように分散移行促進剤を添加すると、ニッケルペーストを作製する混錬時において水の分離が効率的に行われず、得られるニッケルペースト中の残留水分量が多くなる。一方で、ニッケル粉100質量部に対して3.0質量%を超える含有量となるように分散移行促進剤を添加しても、水の分離効果がそれ以上に向上することはなく、かえってニッケルペーストの粘度に影響が生じるおそれがある。
【0059】
ビヒクルに分散移行促進剤を添加した後の混合方法としては、例えば、撹拌機、自公転ミキサー、プラネタリーミキサー等の公知の混練装置等を用いて行うことができる。
【0060】
このように、本実施の形態に係るニッケルペーストの製造方法においては、先ずは、特定のバインダー樹脂を原料としたビヒクルに対して分散移行促進剤を所定の割合で添加し、撹拌混合することで、分散移行促進剤を含むビヒクルを得ることを特徴としている。
【0061】
<2−2.手順Bについて>
本実施の形態に係るニッケルペーストの製造方法では、次に、手順Aにより得られた分散移行促進剤を含むビヒクルに対して、ニッケル水スラリーを添加して混練する。
【0062】
このように、分散移行促進剤を含むビヒクルにニッケル粉水スラリーを添加し混練することで、そのニッケル粉スラリー中の水分を効率的に分離除去することができる。本実施の形態においては、分散移行促進剤を含むビヒクルを用いていることにより、分散移行促進剤が効率的にニッケル粉の表面に吸着するとともに、ビヒクルに含まれる特定の酸量を有するバインダー樹脂もニッケル粉の表面に吸着するようになるため、ニッケル粉を効果的に分散させることができ、また添加したニッケル粉水スラリーに基づく水分を効率的に分離させることができる。これにより、簡易な工程で、残留水分の極めて少ないニッケルペーストを作製することができる。具体的には、カールフィッシャー法による水分率が1%未満のニッケルペーストを得ることができる。
【0063】
(ニッケル粉水スラリー)
ニッケル粉水スラリー中に含まれるニッケル粉は、上述したように、湿式法や乾式法等の製法を問わずに種々のものを使用することができる。また、その平均粒径としては、0.05μm〜0.5μm程度、好ましくは0.05μm〜0.3μm、より好ましくは0.05μm〜0.1μmの超微粒のものを用いることができ、このような超微粒ニッケル粉は積層セラミックコンデンサの内部電極用途として好適に用いられる。
【0064】
ニッケル粉水スラリーは、上述のような超微粒のニッケル粉を、従来公知の方法により水中に分散させることによって得ることができる。ニッケル粉水スラリー中のニッケル含有量としては、特に限定されない。
【0065】
なお、ニッケル粉水スラリーとしては、分散移行促進剤を添加したものであってもよい。この場合、分散移行促進剤としては、上述したように、手順Aにおいてビヒクルに添加したものと同様のものを用いることができる。
【0066】
(ビヒクルとニッケル粉水スラリーとの混錬)
上述したように、分散移行促進剤を含むビヒクルに対してニッケル粉水スラリーを添加し、混練処理を施すことによって、ニッケル粉水スラリーに含まれる水分が効率的に分離し、残留水分量の少ないニッケルペーストを得ることができる。
【0067】
ビヒクルとニッケル粉水スラリーとの混練方法としては、特に限定されるものではなく、公知の方法により行うことができる。具体的には、ロールミル、ボールミル、ホモジナイザー、ライカイ機、ニーダー、プラネタリーミキサー等の混練装置を用いた方法により行うことができる。また、必要に応じて、真空ポンプ又はアスピレーターを用いて減圧し、脱泡や脱水処理を施してもよく、加熱処理を行うこともできる。これにより、得られるニッケルペーストの水分率をより効果的に低減させることができ、カールフィッシャー法による水分率をより効率的に1質量%未満とすることができる。
【0068】
また、この混練処理においては、得られるニッケルペーストのニッケル濃度が50質量%以上70質量%未満となるように処理する。ペースト中のニッケル濃度が50質量%未満であると、混練時においてトルクがかかり難くなり、水の分離が不十分となってニッケルペースト中の残留水分量が多くなる。一方で、ペースト中のニッケル濃度が70質量%を超えると、ニッケル濃度が高すぎて流動性がなくなり、やはり混錬時における水の分離が不十分となって残留水分量が多くなる。また、ニッケル濃度が高すぎると、ペーストにするための有機溶剤による希釈が困難となる。
【0069】
このようにして得られるニッケルペーストにおいては、水分を分離除去した後に、例えば積層セラミックコンデンサの構成成分である誘電体成分のチタン酸バリウム等を混合させてもよい。また、ペースト中のニッケルの分散性をより向上させるために分散剤を添加することもでき、また粘度調整のために有機溶剤を添加することもできる。さらに、チクソ性を高めるために、レオロジーコントロール剤等を添加して混練することもできる。
【0070】
以上のように、本実施の形態に係るニッケルペーストの製造方法においては、先ず、ビヒクルに分散移行促進剤を添加して混合し、次に、得られた分散移行促進剤を含むビヒクルに対してニッケル粉水スラリーを添加して混練し、分離した水を除去することによって、ニッケル濃度が50〜70質量%であるニッケルペーストを得る。
【0071】
このような製造方法によれば、水分を効果的に分離して除去することができ、残留水分量が少なく、ニッケル粉を極めて凝集の少ない状態で分散させたニッケルペーストを得ることができる。また、従来のように、ニッケル粉有機スラリーを中間品として作製させる必要がなく、極めて簡単な工程によりニッケルペーストを作製することができる。そして、得られたニッケルペーストは、例えば、小型化の要求が増している、高積層セラミックコンデンサの内部電極用に好適に用いることができる。
【実施例】
【0072】
以下に、本発明の実施例を示して、さらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0073】
≪評価方法≫
下記の実施例及び比較例に示す作製条件にて得られたニッケルペーストについて、以下の評価方法により評価を行った。
【0074】
(残留水分率の評価)
電量滴定式カールフィッシャー水分計(京都電子工業株式会社製)を用い、ニッケルペーストの180℃における残留水分率(質量%)を測定した。
【0075】
(乾燥膜密度の評価)
ニッケルペーストをPETフィルム上にアプリケーターを用いて200μmの厚さに塗布し、120℃で40分間乾燥させ、得られた膜についてφ40mmになるように切り抜き、面積、膜厚、及び質量を測定して、その測定データからニッケルペーストの乾燥膜密度(g/cm
3)を算出した。
【0076】
(粘度の評価)
レオメーター(MCR−501,アントンパール社製)を用い、せん断速度4.0s
−1、25℃におけるニッケルペーストの粘度(Pa・s)を測定した。
【0077】
≪ニッケルペーストの作製≫
[実施例1]
先ず、有機溶剤としてジヒドロターピネオール(日本香料株式会社製)120gに、バインダー樹脂としてエチルセルロース(規格名:STD300,ダウケミカル社製)10.5gを投入し、撹拌しながら80℃に加熱溶解してビヒクルを調製した。次に、調製したビヒクルに、分散移行促進剤としてN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)3.0gを溶解し、分散移行促進剤を含有するビヒクル133.5gを得た。
【0078】
次いで、分散移行促進剤を含有するビヒクルの全量を、プラネタリーミキサー(ハイビスミックス2P−1型,PRIMIX社製)に投入し、さらに住友金属鉱山株式会社製のニッケル粉水スラリー(水分量80%)(湿式還元法によるNi超微粉、平均粒径0.07μm)500gを投入し、回転数30rpmで15分間混練して、混錬物から分離してきた水を除去した。その後、再び同じニッケル粉水スラリー(水分量80%)500gを投入し、同じ条件(回転数30rpm、15分間)で混練して、分離してきた水を除去した。この操作を繰り返し行い、ニッケル粉水スラリー(水分量80%)を合計で1.5kg投入し、合計でニッケル粉300gを含有する混錬物を得た。
【0079】
最後に、減圧加熱(圧力:0.098MPa、加熱温度:60℃)を20分間行い、残留した水分を揮発させて除去し、ニッケーペーストを得た。
【0080】
作製したニッケルペーストの試料の「残留水分率」、「乾燥膜密度」、「粘度」について、上述した評価方法に基づいて測定して評価した。
【0081】
その結果、ニッケルペーストの残留水分率は0.84質量%と極めて少なかった。また、乾燥膜密度は5.5g/cm
3となり、高い膜密度が得られた。また、粘度は131.2Pa・sであり、このままペーストとしても使用できる粘度であった。
【0082】
[実施例2]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤の量について、分散移行促進剤としてのN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)の添加量を4.5gに変更したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0083】
[実施例3]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤の量について、分散移行促進剤としてのN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)の添加量を9.0gに変更したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0084】
[実施例4]
先ず、有機溶剤としてジヒドロターピネオール(日本香料株式会社製)120gに、バインダー樹脂としてアクリル樹脂(規格名:LC#9176,東栄化成株式会社製)10.5gを投入し、撹拌しながら80℃に加熱溶解してビヒクルを調製した。次に、調製したビヒクルに、分散移行促進剤としてN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)1.8gを溶解し、分散移行促進剤を含有するビヒクル132.3gを得た。
【0085】
次いで、分散移行促進剤を含有するビヒクルの全量を、プラネタリーミキサー(ハイビスミックス2P−1型,PRIMIX社製)に投入し、さらに住友金属鉱山株式会社製のニッケル粉水スラリー(水分量80%)(湿式還元法によるNi超微粉、平均粒径0.1μm)500gを投入し、回転数30rpmで15分間混練して、混錬物から分離してきた水を除去した。その後、再び同じニッケル粉水スラリー(水分量80%)500gを投入し、同じ条件(回転数:30rpm、15分間)で混練して、分離してきた水を除去した。この操作を繰り返し行い、ニッケル粉水スラリー(水分量80%)を合計で1.5kgを投入し、合計でニッケル粉300gを含有する混錬物を得た。
【0086】
最後に、減圧加熱(圧力:0.098MPa、加熱温度:60℃)を20分間行い、残留した水分を揮発させて除去し、ニッケーペーストを得た。
【0087】
[実施例5]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤の量について、分散移行促進剤としてのN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)の添加量を4.5gに変更したこと以外は、実施例4と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0088】
[実施例6]
バインダー樹脂として、東栄化成株式会社製の規格名:PC#5984であるアクリル樹脂10.5gに変更し、また、ビヒクルに添加する分散移行促進剤であるN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)の添加量を1.8gに変更したこと以外は、実施例4と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0089】
[実施例7]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤を、酸基を末端に有する構造の高分子分散剤(Solsperse55000,日本ルーブリゾール株式会社製)1.5gに変更し、また、ニッケル粉水スラリー(水分量80%)として住友金属鉱山株式会社製の湿式還元法による平均粒径が0.2μmのNi超微粉を含有するものに変更したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0090】
[実施例8]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤を、酸基を末端に有する構造の高分子分散剤(Solsperse21000,日本ルーブリゾール株式会社製)1.5gに変更したこと以外は、実施例7と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0091】
[実施例9]
有機溶剤の量について、ジヒドロターピネオール(日本香料株式会社製)270gを用いたこと以外は、実施例8と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0092】
[実施例10]
バインダー樹脂として、ダウケミカル社製の規格名:STD4であるエチルセルロース10.5gに変更し、また、ビヒクルに添加する分散移行促進剤を、川研ファインケミカル株式会社製の陰イオン界面活性剤であるラウロイルサルコシン(商品名:ソイポンSLA)0.48gに変更した。また、ニッケル粉水スラリー(水分量20%)として住友金属鉱山株式会社製の湿式還元法による平均粒径が0.3μmのNi超微粉を含有するものに変更した。これらのこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0093】
[実施例11]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤について、川研ファインケミカル株式会社製の陰イオン界面活性剤であるラウロイルサルコシン(商品名:ソイポンSLA)1.8gに変更したこと以外は、実施例10と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0094】
[実施例12]
バインダー樹脂として、ダウケミカル社製の規格名:STD200であるエチルセルロース10.5gに変更した以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0095】
[実施例13]
バインダー樹脂として、ダウケミカル社製の規格名:STD20であるエチルセルロース10.5gに変更した以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0096】
[実施例14]
バインダー樹脂として、ダウケミカル社製の規格名:STD4であるエチルセルロース10.5gに変更した以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0097】
[比較例1]
先ず、有機溶剤としてジヒドロターピネオール(日本香料株式会社製)51.3gに、エチルセルロース4.5g(ダウケミカル社製,規格名:STD300)を投入し、撹拌しながら80℃に加熱溶解してビヒクルを調製した。次に、調製したビヒクルに対して、分散移行促進剤としてのN−オレイル−N−メチルグリシン(商品名:オレオイルザルコシン221P)を3.0gの量に変更して溶解したこと以外は、実施例1と同様にして、ニッケルペーストを作製しようとした。
【0098】
しかしながら、Ni濃度が83.6質量%と高すぎ、水の分離除去が困難となり、ニッケルペーストが作製できなかった。
【0099】
[比較例2]
有機溶剤としてジヒドロターピネオール(日本香料株式会社製)480gに、バインダー樹脂としてエチルセルロース(ダウケミカル社製,規格名:STD300)42gを投入し、撹拌しながら80℃に加熱溶解してビヒクルを調製したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0100】
しかしながら、Ni濃度が36.36質量%と低く、混練時のトルクがかかり難かった。そのため、混錬物からの水の分離除去が不十分となり、作製したニッケルペースト中の残留水分量が多かった。また、乾燥膜密度も低い結果となった。
【0101】
[比較例3]
バインダー樹脂として、東栄化成株式会社製の規格名:YZ#5125であるアクリル樹脂10.5gに変更したこと以外は、実施例4と同様にしてニッケルペーストを作製した。
【0102】
しかしながら、混錬時における水の分離除去が不十分となり、作製したニッケルペースト中の残留水分量が多くなり、ニッケルペーストを作製することができなかった。
【0103】
[比較例4]
ビヒクルに添加する分散移行促進剤として、川研ファインケミカル株式会社製の陰イオン界面活性剤であるラウロイルサルコシン(商品名:ソイポンSLA)0.27gに変更したこと以外は、実施例10と同様にしてニッケルペーストを作製しようとした。
【0104】
しかしながら、分散移行促進剤の量が少なすぎたため、ニッケル粉水スラリーを練り込むことができず、ニッケルペーストを作製することができなかった。
【0105】
≪実施例、比較例で用いたバインダー樹脂の酸量について≫
下記表1に、実施例、比較例にて用いたバインダー樹脂の酸量をまとめて示す。
【0106】
【表1】
【0107】
≪評価結果≫
下記表2に、各実施例、比較例におけるニッケルペーストの評価結果を示す。なお、比較例1、比較例3、比較例4においては、ニッケルペーストを作製することができなかったため、乾燥膜密度、粘度の評価は行っていない。また、比較例4では、ニッケル粉水スラリーを練り込むこともできなかったため、残留水分量についての測定も行っていない。
【0108】
【表2】