特許第6846743号(P6846743)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6846743フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子及びその製造方法、並びに該ナノ粒子を含む分散液、塗料、透明樹脂成形体及び積層体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6846743
(24)【登録日】2021年3月4日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子及びその製造方法、並びに該ナノ粒子を含む分散液、塗料、透明樹脂成形体及び積層体
(51)【国際特許分類】
   C01G 31/00 20060101AFI20210315BHJP
   C09K 9/00 20060101ALI20210315BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20210315BHJP
   C09D 201/00 20060101ALI20210315BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20210315BHJP
   C08K 3/22 20060101ALI20210315BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20210315BHJP
【FI】
   C01G31/00
   C09K9/00 E
   C09D5/00 Z
   C09D201/00
   C08L101/00
   C08K3/22
   B32B9/00 A
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-122837(P2017-122837)
(22)【出願日】2017年6月23日
(65)【公開番号】特開2019-6624(P2019-6624A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2020年2月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100158665
【弁理士】
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【弁理士】
【氏名又は名称】吉水 純子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 昌久
(72)【発明者】
【氏名】山田 保誠
(72)【発明者】
【氏名】田澤 真人
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−031235(JP,A)
【文献】 特表2014−505651(JP,A)
【文献】 特開2016−191015(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/006699(WO,A1)
【文献】 国際公開第2017/086068(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 25/00−47/00、49/10−99/00
B32B 9/00
C08K 3/22
C08L 101/00
C09D 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルチル型又は単斜晶系の結晶構造を有する二酸化バナジウム(VO)のバナジウム(V)の一部がチタン(Ti)で置換されると共に、酸素(O)の一部がフッ素(F)で置換された、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子。
【請求項2】
前記ナノ粒子の平均粒径が10〜200nmである請求項1に記載のナノ粒子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子の製造方法であって、
バナジウム(V)及び酸素(O)を含む化合物、チタン(Ti)を含む化合物及びフッ素(F)を含む化合物を、還元剤の存在下で水熱反応させる、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子を含む分散液。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子を含む塗料。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子が分散された透明樹脂成形体。
【請求項7】
形状がフィルム状又はシート状である請求項6に記載の透明樹脂成形体。
【請求項8】
透明基材上に、請求項1又は2に記載のフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子を含む層が形成された積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子及びその製造方法、並びに該ナノ粒子を含む分散液、塗料、透明樹脂成形体及び積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
遷移元素酸化物材料の多くは、従来のバンド理論では金属的になると予想されるにもかかわらず、温度が低い状態では絶縁体となる。これは、価電子同士がクーロン斥力により互いに反発し合い、自由に動くことができない、いわゆるモット絶縁体状態にあるためと考えられている。このような遷移元素酸化物材料は、温度が上昇すると、ある温度を境に金属的な電気伝導を示すようになる。これは、構成元素のイオン半径が増加することにより結晶構造に歪みが生じ、電子が波動性を回復して結晶全体に広がるためと考えられている。そして、前記のような金属−絶縁体転移は、温度変化に伴い可逆的に起こることが知られている。
【0003】
温度変化に伴う可逆的な金属−絶縁体転移が起こる遷移元素酸化物材料のうち、二酸化バナジウム(VO)は、ルチル型の結晶構造を有する高温相(R相)と単斜晶系の結晶構造を有する低温相(M相)との転移によって、約700nmよりも長い波長の近赤外光の透過率が変化する特性、すなわちサーモクロミック特性を有することが知られている。具体的には、温度上昇に伴うM相からR相への転移によって近赤外領域の光透過率が低下し、温度低下に伴うR相からM相への転移によって近赤外領域の光透過率が上昇する(特許文献1〜4、非特許文献1)。
【0004】
近赤外線の透過率が、高温において低く、低温において高い材料は、例えば建物や車両の窓部材に適用した場合、気温が高い夏期には、太陽光に含まれる近赤外線の透過量を減らして室内又は車内の温度上昇を抑え、逆に気温が低い冬期には、太陽光に含まれる近赤外線の透過量を増やして室内又は車内の温度上昇を促進することができる。
このように、季節等による気温の変化に応じて近赤外線の透過量を自動的に制御できると考えられることから、R相又はM相の二酸化バナジウム(VO)は、窓部材等への適用が検討されている(特許文献1〜4、非特許文献1,2)。
【0005】
気温の変化に対応した近赤外線透過量の制御を効率的に行うためには、使用される温度範囲の中央近傍に金属−絶縁体転移温度を有し、かつ昇温時と降温時とで前記転移温度の差が小さいこと(近赤外線透過率のサーマルヒステリシス幅が小さいこと)、が好ましい。二酸化バナジウム(VO)の金属−絶縁体(R相−M相)転移温度は約68℃である(特許文献1,3、非特許文献1,2)。また、近赤外線透過率のサーマルヒステリシス幅は、薄膜試料では8℃程度との報告があるものの、粒子試料では約20℃(特許文献1、非特許文献2)である。このため、前記転移温度の低下と前記サーマルヒステリシス幅の低減とが望まれる。
【0006】
従来から、VOにタングステン(W)、モリブデン(Mo)及びフッ素(F)等を含ませることで、相転移特性(調光温度)を制御可能となることは報告されている(特許文献1、2)。しかし、これらの報告においては、前記各成分を含有することにより、相転移特性がどのように変化するのか(相転移温度が上昇するのか、下降するのか)は示されておらず、サーマルヒステリシス幅が変化することについても述べられていない。
【0007】
Vよりも価数の多いタングステン(W)やモリブデン(Mo)を混合し、V4+の一部をW6+やMo6+と置換した場合には、金属−絶縁体転移温度が低下することが報告されている(特許文献3)。しかし、フッ素(F)を含ませた場合の相転移温度の変化は示されておらず、サーマルヒステリシス幅が変化することについても述べられていない。
【0008】
また、スパッタリング法やゾルゲル法などで作製された薄膜において、Vと全率固溶するTiを混合し、Vの一部をTiで置換してサーマルヒステリシス幅を減少させることも報告されている(非特許文献1)。しかし、この場合にはサーマルヒステリシス幅が減少するに従って金属−絶縁体転移温度が上昇してしまう。
【0009】
本発明者らは、金属−絶縁体転移温度及びサーマルヒステリシス幅が共に低下ないし減少された材料を得るべく検討を行った。その結果、VOにおけるVの一部をTiで置換した、酸化チタンバナジウム(Ti1−x)のナノ粒子において、スパッタ法やゾルゲル法等によって作製された薄膜の場合とは異なり、サーマルヒステリシス幅の減少と共に金属−絶縁体転移温度の低下が起こることを確認した(非特許文献2)。
【0010】
なお、サーモクロミック特性を有するVOとTiとを併用する他の技術として、VOの水熱合成において、種結晶としてTiO粉末を使用するもの(特許文献2)や、反応液に酸化チタンを含ませてサーモクロミック性の経時劣化を抑えるもの(特許文献4)が知られているが、これらの技術はいずれも金属−絶縁体転移温度の低下及びサーマルヒステリシス幅の低減を目的とするものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5548479号
【特許文献2】特開2013−184091号公報
【特許文献3】特開2004−346260号公報
【特許文献4】国際公開第2016/158920号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】I. TAKAHASHI et al., “Thermochromic Properties of Double-Doped VO2 thin Films Prepared by a Wet Coating Method Using Polyvanadate-Based Sols Containing W and Mo or W and Ti”, Jpn. J. Appl. Phys., 40(2001), pp. 1391-1395.
【非特許文献2】岡田ら, 「水熱合成によるVO2粒子の金属−絶縁体転移とサーマルヒステリシスの検討」, 2014年電気化学会第81回大会予稿集, p. 162.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らが見出した前記酸化チタンバナジウム(Ti1−x)のナノ微粒子は、金属−絶縁体転移温度については十分に低いといえるが、サーマルヒステリシス幅については更なる低減が望まれる。二酸化バナジウム系の材料において、Vの一部をTiで置換する以外に、サーマルヒステリシス幅を低減する技術は、これまでのところ知られていない。
【0014】
そこで本発明は、金属−絶縁体転移温度が低く、かつサーマルヒステリシス幅が小さい材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、前記課題を解決するために種々の検討を行ったところ、ルチル型又は単斜晶系の結晶構造を有するVOにおけるVの一部をTiで置換した酸化チタンバナジウム(Ti1−x)において、更に酸素(O)の一部をフッ素(F)で置換することで、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、前記課題を解決するための本発明の一態様は、ルチル型又は単斜晶系の結晶構造を有する二酸化バナジウム(VO)のバナジウム(V)の一部がチタン(Ti)で置換されると共に、酸素(O)の一部がフッ素(F)で置換された、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子、である。
【0017】
本発明の他の態様は、バナジウム(V)及び酸素(O)を含む化合物、チタン(Ti)を含む化合物及びフッ素(F)を含む化合物を、還元剤の存在下で水熱反応させる、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子の製造方法、である。
【0018】
本発明の更に他の態様は、前記フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子を含む分散液であり、前記フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子を含む塗料であり、前記フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子が分散された透明樹脂成形体であり、透明基材上に、前記フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子を含む層が形成された積層体、である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、金属−絶縁体転移温度が低く、かつサーマルヒステリシス幅が小さい材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1に係るナノ粒子のSEM写真
図2】サーマルヒステリシスの測定結果におけるΔT、ΔH及びTの関係を示す模式図
図3】実施例1,2並びに比較例1に係るナノ粒子のサーマルヒステリシスの測定結果
【発明を実施するための形態】
【0021】
[フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子]
本発明の一実施態様(以下、「本実施態様」と記載する)に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子は、ルチル型又は単斜晶系の結晶構造を有する二酸化バナジウム(VO)を基本構造とする。
VOには、A相、B相、C相、R相及びM相など、いくつかの結晶構造の多形が存在するが、サーモクロミック特性は、金属−絶縁体転移温度以上でのルチル型の結晶構造を有する相(R相)と該温度以下での単斜相系の結晶構造を有する相(M相)との可逆的な変化によって発現する。
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムにおいても、VOと同様に、金属−絶縁体転移温度より高温ではR相が、該温度より低温ではM相が現れる。
【0022】
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムは、VOのバナジウム(V)の一部がチタン(Ti)で置換されている。置換するTiの量は特に限定されないが、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムの組成式をTi1−x2−yとした場合に、0<x≦0.3を満たす量とすることが好ましい。置換量が少なすぎると、金属−絶縁体転移温度の低下効果、及びサーマルヒステリシス幅の低減効果が不十分となる恐れがあり、置換量が多すぎると、格子歪の増大によるTi−O間あるいはV−O間の化学結合の切断、Ti原子の一部がTiVOF結晶の格子間に入り込むことによるTiVOFの結晶性悪化、及び/又はTiVOF結晶の粒界近傍でのTiO結晶の形成、などが起こり、サーモクロミック特性が低下する恐れがある。
【0023】
TiによってVの一部が置換されたことは、X線回折測定を行い、得られた回折ピーク位置が、Tiを含まないVO結晶M相の回折ピーク位置からシフトしていることで確認される。該回折ピークのシフトは、Vの一部がTiで置換されて面間隔が変化したことを意味する。
なお、X線回折測定の結果、TiVOF結晶M相の回折パターン以外にTiO結晶の回折パターンが現れる場合は、Vと置換していないTiがTiVOF結晶の粒界近傍の隙間でTiOを形成しているといえる。
【0024】
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムは、前記VのTiによる置換に加えて、酸素(O)の一部がフッ素(F)で置換されている。Fによる置換量は、組成式をTi1−x2−yとした場合に、0<y≦0.05とすることが好ましく、0.01≦y≦0.03とすることがより好ましい。置換量が少なすぎると、金属−絶縁体相転移温度の低下効果、及びサーマルヒステリシス幅の低減効果が不十分となる恐れがあり、置換量が多すぎると、相転移に伴う近赤外線透過率の変化が小さくなり、サーモクロミック特性が不十分となる恐れがある。
【0025】
FによるOの置換量は、以下の手順で確認される。
市販の導電性カーボン両面テープ(応研商事製)をSiウェハに貼付け、該両面テープの表面に微粒子状試料を固定する。前記試料について、X線光電子分光装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック、Sigmaprobe)を用いて、X線源AlKα(1486.6eV)、出力100W、測定スポット径400μm、パスエネルギー20eV、エネルギーステップ幅0.1eVの条件で測定を行う。測定結果から、XPS装置制御用ソフトウェアを用いてV2p3/2ピーク、Ti2p3/2ピーク、F1sピークの位置及びピーク面積を算出するとともに、前記各ピークの相対感度係数の値からV、Ti及びFを定量し、V及びTiの合量に対するFの量として前記yの値を算出する。
【0026】
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムは、前記各元素の他、本発明の課題を解決可能な範囲で、他の元素を含むものであってもよい。含有し得る元素としては、例えばタングステン(W)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、スズ(Sn)、レニウム(Re)、イリジウム(Ir)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)、ゲルマニウム(Ge)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、リン(P)、コバルト(Co)、亜鉛(Zn)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、アンチモン(Sb)及びシリコン(Si)等が挙げられる。このような元素を含有することにより、可視光透過特性、バンドギャップ、相転移温度等の光学特性ないしサーモクロミック特性を制御することができる。
【0027】
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムは、ナノ粒子の形態である。
【0028】
本明細書において、ナノ粒子とは、サブミクロン、すなわち1μm未満の径を有する粒子をいう。ナノ粒子とすることで、該ナノ粒子を含む分散液、塗料、樹脂成形体及びこれらを含む各種部材に、良好なサーモクロミック特性を付与することができる。ナノ粒子の粒径及び粒子形状は特に限定されないが、好ましくは、平均粒径10〜200nm、平均アスペクト比は1〜5である。
【0029】
フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子の平均粒径及び平均アスペクト比は、以下の手順で測定される。
【0030】
ナノ粒子を走査型電子顕微鏡(日立製、S−4300)で観察し、寸法及び形状が最も普遍的な微粒子10個を選定し、該各微粒子の粒径及びアスペクト比を測定し、該測定値から算出される平均値を平均粒径及び平均アスペクト比とした。微粒子の粒径の測定にあたっては、SEM画像中の微粒子の面積を測定し、同一の面積を有する円の直径を各微粒子の粒径とした。また、微粒子のアスペクト比の測定にあたっては、SEM画像中の微粒子の輪郭上の2点を結ぶ線分のうち最長のものを長軸とし、該長軸に平行な2本の直線で微粒子の輪郭を挟んだときの該直線間の距離を短軸の長さとして、短軸に対する長軸の長さ比((長軸長さ)/(短軸長さ))を各微粒子のアスペクト比とした。
【0031】
フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子は、良好なサーモクロミック特性を得る点から、粒子が単一ドメインで形成されている単結晶であることが好ましい。
【0032】
本実施態様においては、ナノ粒子は、コーティング処理又は表面改質処理が施されたものでも良い。該処理により、ナノ粒子の表面を保護したり、表面性状を改質したり、光学特性を制御したりできる。
【0033】
[フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子の製造方法]
本実施態様に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子は、バナジウム及び酸素を含む化合物、チタンを含む化合物、及びフッ素を含む化合物を、還元剤の存在下で水熱反応させることで好適に製造される。
【0034】
原料として使用されるバナジウム及び酸素を含む化合物は、特に限定されるものではないが、一例として五酸化二バナジウム(V)、バナジン酸アンモニウム(NHVO)、三塩化酸化バナジウム(VOCl)及びメタバナジン酸ナトリウム(NaVO)等が挙げられる。同様に、チタンを含む化合物としては、メタチタン酸(HTiO)、オキシ硫酸チタン(TiOSO)、硫酸第二チタン(IV)水和物(Ti(SO・nHO)及び塩化チタン(TiCl)等が挙げられ、フッ素を含む化合物としては、フッ化アンモニウム(NHF)、フッ化ナトリウム(NaF)、フッ化チタン(IV)(TiF)、ヘキサフルオロチタン酸(IV)二アンモニウム((NHTiF)及びフッ化バナジウム(VF)等が挙げられる。
【0035】
還元剤についても、特に限定されるものではないが、一例として、ヒドラジン(N)又はその水和物(N・nHO)、硫酸ヒドラジニウム(NSO)、しゅう酸二水和物((COOH)・2HO)、ギ酸(HCOOH)等が使用可能である。
【0036】
本実施態様で採用される「水熱合成」とは、温度及び圧力が、水の臨界点(374℃、22MPa)よりも低い熱水である亜臨界水、又は温度及び圧力が水の臨界点を超える超臨界水中において行う化学合成処理を意味する。また、「水熱反応」とは、前記「水熱合成」において起こる化学反応をいう。水熱合成は、例えば、オートクレーブ装置内で実施される。
【0037】
水熱合成の条件(反応物の量、処理温度、処理圧力及び処理時間等)は、所望するナノ粒子の量、組成、粒径等に応じて適宜設定されるが、温度としては、例えば250〜350℃であり、好ましくは250〜300℃、より好ましくは250〜280℃である。処理温度を低くすることにより、得られるナノ粒子の粒径を小さくすることができるが、過度に粒径が小さいと、結晶性が低くなる。処理時間としては、例えば1時間〜5日程度である。時間を長くすることにより、得られるナノ粒子の粒径等を制御することができるが、過度に長い処理時間では、エネルギー消費量が多くなる。
【0038】
水熱反応後、懸濁液から生成したナノ粒子を分離して回収し、洗浄処理を行うことで、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子が得られる。
【0039】
[フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子の用途]
本実施形態に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムナノ粒子は、例えば、水又は有機溶媒を含む分散媒中に分散してサーモクロミック特性を有するインクとして使用したり、樹脂及び溶剤と混合してサーモクロミック特性を有する塗料として使用したり、透明樹脂成形体中に分散してサーモクロミック特性を有する樹脂部材(シート又はフィルムを含む)として使用したり、透明基材上にこれを含む層を形成してサーモクロミック特性を有する積層体として使用したりできる。この際に使用される分散媒、樹脂、溶剤、透明基材等は、前記各用途に使用できるものの中から、要求される特性やコスト等に応じて適宜選択すれば良い。
【実施例】
【0040】
以下、実施例に基づいて本発明の実施態様をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
<試料の作製>
ヒドラジン一水和物(N・HO、和光純薬社製、特級)を蒸留水に溶解して5質量%水溶液を調製し、該水溶液950mgを10mLの蒸留水に滴下した。その後、290mgの五酸化バナジウム(V、和光純薬社製、特級)、8mgのオキシ硫酸チタン(IV)(TiOSO・nHO、三津和化学薬品社製、Assay(TiO)33.6%)、及び24mgのヘキサフルオロチタン(IV)酸二アンモニウム((NHTiF、和光純薬社製)をそれぞれ加えて撹拌することにより、反応溶液を調製した。該反応溶液を、市販の水熱反応用オートクレーブ(三愛科学社製、高圧用反応分解容器25mLセット(耐圧ステンレス製外筒HUS−25、カーボン繊維含有PTFE製内筒HUTc−25)内に入れ、270℃で48時間、水熱反応させた。
水熱反応後、オートクレーブ外筒表面の温度が室温と同等になったのを確認してからオートクレーブを開封し、溶液を市販の遠心分離用遠沈管(ナルゲン社製、梨型沈澱管42mLタイプ)に入れ、遠心分離機(日立工機社製、himacCR20GIII)を用いて15000rpm、10分間の条件で遠心分離を施し、上澄み水を除去した。さらに、遠沈管底に沈澱した反応生成物に蒸留水を加えて振盪させて混合し、再度遠心分離を施し、上澄み水を除去し、さらに遠沈管底に沈澱した反応生成物にエタノールを加えて振盪させて混合し、再度遠心分離を施し、上澄みのエタノールを除去することで反応生成物の洗浄をした。このようにして洗浄された反応生成物を70℃の定温乾燥機で一晩乾燥し、実施例1に係る微粒子状試料を得た。微粒子状試料の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図1に示す。
【0042】
<TiによるV置換の確認>
得られたナノ粒子について、X線回折測定を行ったところ、VO結晶M相の回折ピークシフトが確認され、TiO結晶の回折パターンは確認されなかった。この結果から、原料として添加したTiは、ほぼ全量がVと置換し、VOに固溶しているといえる。
【0043】
<FによるO置換量の測定>
得られたナノ粒子について、FによるOの置換量を、上述の方法で測定したところ、組成式Ti1−x2−yにおいてy=0.0241となった。混合した原料中のFが全てVOナノ粒子中に取り込まれた場合、前記値はy=0.217と計算される。原料配合量から算出したF量に比べて、実測されたF量が1桁程度少ないことから、本実施例においては、原料として混合したFの多くはナノ粒子中に存在せず、フッ化物イオン等として溶液中に溶け出したと推察される。
【0044】
<転移温度、サーマルヒステリシス幅及び透過率変化幅の測定>
得られたナノ粒子を、市販の高透明接着転写テープ(住友スリーエム社製、高透明粘着剤転写テープ、CAS.No.9483)に均一に塗布し、このテープをガラス基板に張り付け、フッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子を有する調光ガラス基板試料を得た。
前記調光ガラス基板試料は、試料温度を変化させたときの光透過率の変化が波長1500nm近傍で最も大きくなるため、前記調光ガラス基板試料について、加熱アタッチメント付き分光光度計(日本分光社製、V−570)を用いて、波長1500nmの赤外領域における光透過率の温度依存性(サーマルヒステリシス)を測定した。測定結果から、高温における光透過率の平坦部の値(T)と低温における光透過率の平坦部の値(T)とを読み取り、両者の差(T−T)を、透過率の変化幅ΔTとして算出した。また、光透過率が(T−T)/2となる昇温時の温度(以下、相転移温度Tとする)と降温時の温度の差を、サーマルヒステリシス幅ΔHとして算出した(図2参照)。なお、低温側の透過率曲線が平坦にならなかった場合には、測定した温度範囲内で最も高い透過率(昇温過程の出発点、即ち昇温過程の最も低温側)をTとして計算を行った。
【0045】
(実施例2〜9)
五酸化バナジウム、オキシ硫酸チタン(IV)及びヘキサフルオロチタン(IV)酸二アンモニウムの配合量を表1のとおり変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2〜9に係る微粒子状試料を作製した。得られた微粒子はいずれも、サブミクロンの径を有するナノ粒子であり、原料として添加したTiは、ほぼ全量がVと置換し、VOに固溶していることが確認された。また、作製した試料を代表して、実施例2,5,9に係るナノ粒子について、実施例1と同様にしてFによるOの置換量を測定したところ、いずれの試料においても、置換量は原料配合量から算出された計算値よりも少量であった。
得られたナノ粒子について、実施例1と同様にして、波長1500nmの赤外領域における光透過率の温度依存性(サーマルヒステリシス)を測定し、サーマルヒステリシスの測定結果から透過率変化幅ΔT、サーマルヒステシリス幅ΔH及び相転移温度Tの値を算出した。
【0046】
<ナノ粒子の粒径及びアスペクト比の測定>
実施例1〜9に係るナノ粒子について、上述の方法で平均粒径及びアスペクト比を測定したところ、平均粒径が50nm以上200nmの範囲内であり、平均アスペクト比が1〜5であった。これは、特許文献1で開示されている従来の二酸化バナジウム(VO)微粒子の形態と同等である。
【0047】
(比較例1、2)
<試料の作製>
Fを含まない試料を作製した。
蒸留水60ml中に、表1における比較例1及び比較例2のV欄とTiOSO欄とにそれぞれ示された量の(表1、注3参照)バナジン酸アンモニウム(NHVO、和光純薬社製)及びメタチタン酸(HTiO、三津和化学薬品社製)を混合し、更にヒドラジン一水和物(N・HO、和光純薬社製、特級)の5質量%水溶液5.70gをゆっくり滴下し、pH値が9.0〜9.5の溶液を調製した。調製した溶液を、市販の水熱反応処理用オートクレーブ(三愛科学社製、高圧用反応分解容器100mLセット(耐圧ステンレス製外筒HUS−100、カーボン繊維含有PTFE製内筒HUTc−100)に入れ、120℃で8時間、引き続き270℃で24時間、水熱反応処理を行った。
反応後、実施例1と同様の方法で、得られた反応生成物の遠心分離、洗浄及び乾燥を行い、比較例1及び2に係る微粒子状試料を得た。得られた微粒子はいずれも、サブミクロンの径を有するナノ粒子であり、原料として添加したTiは、ほぼ全量がVと置換し、VOに固溶していることが確認された。
【0048】
<転移温度、サーマルヒステリシス幅及び透過率変化幅の測定>
得られたナノ粒子について、実施例1と同様にして、波長1500nmの赤外領域における光透過率の温度依存性(サーマルヒステリシス)を測定し、透過率変化幅ΔT、サーマルヒステシリス幅ΔH及び金属−絶縁体転移温度Tの値を算出した。
【0049】
(比較例3)
<試料の作製>
Tiを含まない試料を作製した。
蒸留水10mL中に、表1における比較例3のV欄と(NHTiF欄とにそれぞれ示された量の(表1、注4参照)バナジン酸アンモニウム(NHVO、和光純薬社製)及びフッ化アンモニウム(NHF、和光純薬社製)を混合し、更にヒドラジン一水和物(N・HO、和光純薬社製、特級)の5質量%水溶液950mgをゆっくり滴下し、pH9.0〜9.5の溶液を調整した。調整した溶液を、市販の水熱反応処理用オートクレーブ(三愛科学社製、高圧用反応分解容器25mLセット(耐圧ステンレス製外筒HUS−25、カーボン繊維含有PTFE製内筒HUTc−25)に入れ、120℃で8時間、引き続き270℃で24時間、水熱反応処理を行った。
反応後、実施例1と同様の方法で、得られた反応生成物の遠心分離、洗浄及び乾燥を行い、比較例3に係る微粒子状試料を得た。得られた微粒子はいずれも、サブミクロンの径を有するナノ粒子であった。
【0050】
<FによるO置換量の測定>
得られたナノ粒子について、FによるOの置換量を、実施例1と同様の方法で確認したところ、組成式VF2−yにおいてy=0.0089となった。混合した原料中のFが全てVOナノ粒子中に取り込まれた場合、前記値はy=0.214と計算される。原料として配合したFが、ナノ粒子中のOと僅かしか置換しなかったことから、本比較例においては、実施例と同様に、原料として混合したFの多くはナノ粒子中に存在せず、フッ化物イオン等として溶液中に溶け出したと推察される。
【0051】
上述した実施例及び比較例に係るナノ粒子の原料配合量、並びに透過率変化幅ΔT(%)、サーマルヒステシリス幅ΔH(℃)及び相転移温度T(℃)の測定結果を、まとめて表1に示す。実施例1,2,5,9及び比較例3については、FによるO置換量の計算値及び実測値も合わせて示す。また、実施例1,2並びに比較例1に係るナノ粒子のサーマルヒステリシスの測定結果を図3に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1より、VOのVの一部をTiで置換すると共に、Oの一部をFで置換したフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子は、VOよりも低い相転移温度Tを示すとともに、フッ素をドープしない酸化チタンバナジウム(Ti1−x)(比較例1,2)及びTiを含まないフッ素ドープ型酸化バナジウム(VF2−y)(比較例3)よりも狭いサーマルヒステシリス幅ΔHを示すことが判る。
表1において比較例1,2を対比すると、TiによるVの置換量(x)が増加しても、サーマルヒステリシス幅は変化していない。この結果から、フッ素をドープしない酸化チタンバナジウム(Ti1−x)では、TiによるVの置換で低減可能なサーマルヒステリシス幅には限界があり、置換量(x)を増加しても、該限界を超えてサーマルヒステシリス幅ΔHが低減することはないと推察される。
また、Tiを含まないフッ素ドープ型酸化バナジウム(VF2−y)である比較例3を見ると、VOに比べて相転移温度Tは低下するものの、サーマルヒステリシス幅ΔHは比較例1,2と同程度であり、十分に低減されていない。さらに比較例3は、相転移に伴う近赤外線透過率の変化幅ΔTが20%を切っており、サーモクロミック特性も十分とはいえない。
本発明は、Ti及びFを共に含むフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムを採用することにより、いずれか一方の添加では実現できなかった小さなサーマルヒステリシス幅を実現するものといえる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、サーモクロミック特性を有する多機能塗料及びそれを適用した被覆物、樹脂フィルム、ならびにインクおよびその印刷物等に適用することができる。また、本発明を車両若しくは建築物の窓、テラス、カーポート、テント材又は農業用温室フィルム等に適用した場合、近赤外線入射量を調節する効果を得ることができる。さらに、本発明に係るフッ素ドープ型酸化チタンバナジウムのナノ粒子は、金属−絶縁体相転移温度が低く、かつサーマルヒステリシス幅が狭いことから、光反射率、光吸収率、電気抵抗率、ゼータ電位等の諸特性が温度によって可逆的に変化することを利用する各種用途に好適に使用できる。
図1
図2
図3