(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.13〜0.35%、Si:0.20〜0.65%、Mn:0.50〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:2.30〜3.50%、さらにNi:0.10〜0.50%、Mo:0.03〜0.50%から選択した1種または2種の化学成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、鋼材断面100mm2中の非金属介在物のうち、最大介在物径の測定を30か所において行い、極値統計法により予測される30000mm2中における最大介在物径の予測値√area maxが50μm以下であり、当該鋼を浸炭焼入焼戻した際または浸炭窒化焼入焼戻した際の鋼材最表面から100〜300μm位置における母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計が3.0%以上であり、さらに残留γ量がvol%で25〜50%であって、その他残部はマルテンサイトを主とする組織であることを特徴とする軸受用鋼。
請求項1の化学成分に加えて、V:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%、Ti:0.01〜0.20%から選択した1種又は2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、鋼材断面100mm2中の非金属介在物のうち、最大介在物径の測定を30か所において行い、極値統計法により予測される30000mm2中における最大介在物径の予測値√area maxが50μm以下であり、当該鋼を浸炭焼入焼戻した際または浸炭窒化焼入焼戻した際の鋼材最表面から100〜300μm位置における母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計が3.0%以上であり、さらに残留γ量がvol%で25〜50%であって、その他残部はマルテンサイトを主とする組織であることを特徴とする軸受用鋼。
【背景技術】
【0002】
鋼材に水素侵入が無い通常の環境における転動疲労寿命と比較して、鋼材は水素が侵入することで、大幅に短寿命化することが明らかとなっている。例えば、自動車用の電装部品に用いる軸受において、水素を起因とした白色組織変化を伴う早期破損が問題となっている。また、その他海上風車や鉄鋼用圧延機等の潤滑油中に水分の浸入が発生しやすい軸受においても同様の早期破損が懸念されており、これらの組織変化型の早期はく離は、材料の小型化、荷重増大、潤滑油の低粘度化が進んだ近年では、ますます軸受使用において対策の実施が必要となっている。
【0003】
これらの水素を起因とした組織変化に対し、添加剤の利用や温度上昇の防止など設計や潤滑油側での、水素発生および浸入の防止策が採られている。しかし、これらの対策は不十分な場合や適用が困難な場合が多く、組織変化による早期はく離に対して鋼材側にも対策が求められている。
【0004】
軸受のような転がり環境における潤滑油分解による水素発生および水素浸入による組織変化を伴った早期はく離に対し、鋼材側の対策として、V、Ti、Nbといった炭化物生成元素を添加し、これらの炭化物に水素をトラップさせることで長寿命化を図る技術がある(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、これらの元素の添加は、素材コストの大幅な増加となり、さらに炭化物自体が応力集中源となる可能性が高く、水素が炭化物周囲に局在化することで組織変化を伴った早期破損に繋がる恐れがある。
【0005】
従来から転動疲労においては、内部欠陥として介在物を起点としたはく離であると考えられており、通常の転動疲労環境を想定した場合において、介在物を低減して転動疲労寿命の向上を図る技術が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、一般的に、水素環境下でのはく離は素地自体が組織変化することで起こると考えられており、水素環境下においては介在物の影響は明らかになっていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の解決しようとする課題は、炭化物析出といった転動疲労特性を低下の可能性や大幅な素材コスト増につながる技術に頼ることなく、鋼材に水素が侵入する環境においても転動疲労寿命に優れ、かつ水素が存在しない通常の環境における転動疲労寿命と比較しても転動寿命の劣化が少ない高清浄度軸受用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、水素環境における転動疲労においても介在物欠陥が寿命に影響を及ぼすことを明らかとし、これを軽減することで水素環境下における転動疲労寿命の向上が可能であることを見出した。この技術に、さらに成分設計および母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの量および残留γ量を一定量以上確保する技術を合わせることで、水素が浸入する環境においても組織変化による抑制が可能であり、水素環境下において転動疲労寿命に優れ、寿命の劣化が小さな軸受用鋼を製造可能であることを見出した。
【0009】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.13〜0.35%、Si:0.20〜0.65%、Mn:0.50〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:2.30〜3.50%、さらにNi:0.10〜0.50%、Mo:0.03〜0.50%から選択した1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、鋼材断面100mm
2中の非金属介在物のうち、最大介在物径の測定を30か所において行い、極値統計法により予測される30000mm
2中における最大介在物径の予測値√area maxが50μm以下であり、当該鋼を浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻した際の、鋼材最表面から100〜300μm位置における母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計が3.0%以上であり、さらに残留γ量がvol%で25〜50%であって、その他残部はマルテンサイトを主とする組織であることを特徴とする軸受用鋼である。
【0010】
第2の手段では、第1の手段の化学成分に加えて、V:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%、Ti:0.01〜0.20%から選択した1種又は2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、鋼材断面100mm
2中の非金属介在物のうち、最大介在物径の測定を30か所において行い、極値統計法により予測される30000mm
2中における最大介在物径の予測値√area maxが50μm以下であり、当該鋼を浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻した際の、鋼材最表面から100〜300μm位置における母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計が3.0%以上であり、さらに残留γ量がvol%で25〜50%であって、その他残部はマルテンサイトを主とする組織であることを特徴とする軸受用鋼である。
【0011】
第3の手段では、第1の手段の軸受用鋼からなる軸受部品および軸受である。
【0012】
第4の手段では、第2の手段の軸受用鋼からなる軸受部品および軸受である。
【発明の効果】
【0013】
本願の発明は、鋼を浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻した際の、鋼材最表面から100〜300μm位置における母相成分中に固溶したSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計が3.0%以上でかつ残留γ量がvol%で25〜50%であり、極値統計30,000mm
2における最大介在物径の予測値√area maxを50μm以下とすることで介在物を起点とした組織変化を伴ったはく離を抑制でき、さらに、水素が浸入する環境において、組織変化による抑制が可能であり、水素環境下において転動疲労寿命に優れ、寿命の劣化が小さな軸受用鋼を製造可能で、母相成分中のSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計量:3.0%以上であり、水素環境下の転動疲労特性はSUJ2と比較して3倍以上のL50寿命を有しており、耐白色組織変化はく離寿命に優れ、水素添加の有無による寿命比B/Aが0.4以上で、介在物を起点とした組織変化を伴ったはく離を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明を実施するための形態の説明に先立って、本願の各請求項における化学成分の限定理由について、先ず説明する。
【0016】
C:0.13〜0.35%
Cは、芯部の焼入性、鍛造性および機械加工性に影響する元素であり、0.13%未満では十分な芯部の硬さが得られず、強度が低下するので、0.13%以上の添加が必要である。望ましくは、0.15%以上が良い。一方、Cが0.35%を超えて含有されると、素材硬さが増加し被削性および鍛造性等の加工性を阻害し、素材の芯部硬度が過剰となり、靭性が劣化する。そのため、Cは0.35%以下にする必要があり、望ましくは0.30%以下とする。そこで、Cは0.13〜0.35%、望ましくは0.15〜0.30%とする。
【0017】
Si:0.20〜0.65%
Siは、脱酸に必要な元素であり、高温環境での鋼材強度を高め、組織変化の抑制、転動疲労寿命の向上に繋がる。これらの十分な効果を有するには、Siは0.20%以上の添加が必要であり、望ましくは、0.25%以上とするのが良い。一方、Siは0.65%より多いと、素材硬さを増加し被削性および鍛造性等の加工性を阻害し、また、浸炭阻害を起こし、浸炭または浸炭窒化しても十分な材料強度が得られない。そのため、Siは0.65%以下にする必要があり、望ましくは、0.50%以下が良い。そこで、Siは0.20〜0.65%とし、望ましくは0.25〜0.50%とする。
【0018】
Mn:0.50〜1.20%
Mnは、焼入性の確保に必要な元素であり、鋼材を浸炭又は浸炭窒化した際に、残留γ量を増加させることで、水素を起因とした白色組織変化の抑制に繋がる。これらの十分な効果を十分に得るには、Mnは0.50%以上の添加が必要であり、望ましくは、0.65%以上とするのが良い。一方、Mnは1.20%より多いと、素材硬さが増加し、被削性および鍛造性等の加工性が阻害され、また、MnはSと結合しMnSとなることで水素を起因とした白色組織変化の起点となる。また、過度にMnを添加すると靭性劣化を引き起こすため、Mnは1.20%以下とする必要があり、望ましくは、1.10%以下とするのが良い。そこで、Mnは0.50〜1.20%とし、望ましくは、0.65%〜1.10%とする。
【0019】
P:0.030%以下
Pは、不可避不純物の元素であって、0.030%を超えて含有されると、脆化を引き起こし、疲労強度が下がる。そこで、Pは0.030%以下とし、望ましくは、0.020%以下とする。
【0020】
S:0.030%以下
Sは、不可避不純物の元素であって、0.030%を超えて含有されると冷間加工性を阻害し、疲労強度が劣化する。そこで、Sは0.030%以下とし、望ましくは、0.020%以下とする。
【0021】
Cr:2.30〜3.50%
Crは、焼入性の確保に必要な元素であり、鋼材を浸炭または浸炭窒化した際に、残留γ量を増加させることで、水素を起因とした白色組織変化の抑制に繋がる。さらに、Crは、微細で均質な残留γを形成するのに有効であり、水素を起因とした白色組織変化の抑制効果を高める働きをする。これらの十分な効果を得るには、Crは2.30%以上の添加が必要であり、望ましくは、2.50%以上とするのが良い。一方、Crは3.50%より過多になると浸炭又は浸炭窒化時に、鋼材最表面で酸化物を形成することで浸炭阻害を引き起こし、強度劣化に繋がる。また、Crは浸炭時に粗大炭化物を形成し、粗大炭化物周囲において水素を起因とした白色組織変化の起点となる。そのため、Crは3.50%以下とする必要があり、望ましくは、3.20%以下にするのが良い。そこで、Crは2.30〜3.50%とし、望ましくは、2.50〜3.20%とする。
【0022】
Ni:0.10〜0.50%
Niは、添加により鋼材の焼入性を高め、鋼材を浸炭又は浸炭窒化した際に、残留γ量を増加する元素であり、これらの効果を十分に得るには、Niは0.10%以上の添加が必要である。一方、Niは、0.50%より過多に添加すると素材コストが大きく増加し、また、浸炭または浸炭窒化時に塊状の残留γが形成し易くなり、残留γによる水素を起因とした白色組織変化の抑制効果が失われる。そのため、Niは0.50%以下として添加するのが良い。そこで、Niは0.10〜0.50%とする。
【0023】
Mo:0.03〜0.50%
Moは、添加により鋼材の焼入性を高め、鋼材を浸炭又は浸炭窒化した際に、残留γ量を増加する元素であり、また、組織を均質化し、残留γを均質に分布させるのに有効である。これらの効果を十分に得るためには、Moは0.03%以上が必要であり、望ましくは、0.05%以上とするのが良い。一方、Moは0.50%より過多に添加すると素材コストが大きく増加し、また、上記の組織変化の抑制の効果は0.50%で飽和する。そのため、Moは0.50%以下とする必要があり、望ましくは、0.40%以下とするのが良い。そこで、Moは0.03〜0.50%とし、望ましくは0.05〜0.40%とする。
【0024】
V:0.01〜0.20%
Vは、結晶粒を微細化し、粒界における水素濃度を低減することで水素を起因とした白色組織変化を抑制する元素である。また、Vは浸炭または浸炭窒化時にサブミクロンオーダーの炭化物および炭窒化物を形成することで水素トラップとして機能し、白色組織変化の抑制に有効であり、十分な効果を得るには、Vは0.01%以上の添加が必要である。一方、Vは添加による結晶粒微細化や、炭化物および炭窒化物析出による白色組織変化の抑制効果は、0.20%までの添加で飽和し、過多に添加すると粗大な炭化物および炭窒化物を析出するため、返って悪影響を及ぼす。そのため、Vは0.20%以下とするのが良い。そこで、Vは0.01〜0.20%とする。
【0025】
Nb:0.01〜0.20%
Nbは、結晶粒を微細化し、粒界における水素濃度を低減することで水素を起因とした白色組織変化を抑制する元素である。また、Nbは浸炭または浸炭窒化時にサブミクロンオーダーの炭化物および炭窒化物を形成することで水素トラップとして機能し、白色組織変化の抑制に有効であり、これらの十分な効果を得るには、Nbは0.01%以上の添加が必要である。一方、Nbの添加による結晶粒微細化や、炭化物および炭窒化物の析出による白色組織変化の抑制効果は、Nbは0.20%までの添加で飽和し、過多に添加すると粗大な炭化物および炭窒化物を析出するため、返って悪影響を及ぼす。そのため、Nbは0.20%以下とするのが良い。そこでNbは0.01〜0.20%とする。
【0026】
Ti:0.01〜0.20%
Tiは、結晶粒を微細化し、粒界における水素濃度を低減することで水素を起因とした白色組織変化を抑制する元素であり、また、Tiは浸炭又は浸炭窒化時にサブミクロンオーダーの炭化物および炭窒化物を形成することで水素トラップとして機能し、白色組織変化の抑制に有効である。これらの十分な効果を得るには、Tiは0.01%以上の添加が必要である。一方、Tiの添加による結晶粒微細化、炭化物および炭窒化物の析出による白色組織変化の抑制効果は、Tiが0.20%の添加で飽和し、過多に添加すると粗大な炭化物および炭窒化物を析出するため、返って悪影響を及ぼす。そのため、Tiは0.20%以下とするのが良い。そこで、Tiは0.01〜0.20%とする。
【0027】
極値統計30,000mm
2における最大介在物径の予測値√area max:50μm以下
水素環境における転動疲労でも介在物周囲に水素が集中して早期破損を起すため、応力集中部となる介在物径を小さくする必要がある。介在物を起点とした組織変化を伴ったはく離を抑制するには、極値統計30,000mm
2における最大介在物径の予測値√area maxを50μm以下とすることが必要であり、望ましくは、35μm以下とすると良い。
【0028】
浸炭または浸炭窒化した際の鋼材最表面から:100〜300μm位置
水素を起因とした組織変化は、繰返し高いせん断応力を受ける100〜300μm位置において発生して破損に至るため、鋼材最表面から100〜300μm位置の領域における組織変化の抑制が重要である。
【0029】
母相成分中のSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計量:3.0%以上
浸炭又は浸炭窒化した際には、炭化物や炭窒化物の形成により母相の合金元素量は実際の添加量と比較して低下する。そこで十分な残留γ量を得るには、母相に固溶した合金元素量を増やす必要があり、また、水素の拡散速度を低下させることにより、組織変化の抑制に繋がる効果がある。これらの十分な効果を得るためには、母相中のSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計量が3.0%以上である必要がある。
【0030】
残留γ量:25〜50vol%
残留γ量は、非拡散性の水素トラップサイトとして機能し、使用時の水素濃化を抑制し、また、鋼材内を拡散する水素の拡散速度を遅くする効果を持ち、水素を起因とした組織変化抑制に非常に有効である。十分な効果を得るには、残留γ量は25vol%以上が必要である。一方、残留γ量は過多になると硬さの低下を引き起こし、強度劣化に繋がり、また、寸法の安定性の低下や塊状γの発生にもつながる。そのため、残留γ量は50vol%以下とするのが良い。そこで、残留γ量は25〜50vol%とする。
【0031】
その他残部:マルテンサイトを主とする組織
フェライトやパーライトといった強度の低い組織が存在すると、水素を起因とした白色組織変化の起点となる。そこで、浸炭焼入焼戻しまたは浸炭窒化焼入焼戻し組織におけるその他残部はマルテンサイトを主とする組織である。
【実施例】
【0032】
表1に示す化学組成を含有する本願発明の鋼の実施例鋼としての試料No.A〜Oの鋼、および比較例鋼としての試料No.P〜Wの鋼の、それぞれの鋼の100kgを真空溶解炉で溶製した。比較例鋼の表1のNo.P〜Tはいずれも意図的に清浄度を変更したJIS規格鋼のSUJ2(以下、「JIS−SUJ2」と称す。)である。また、比較例鋼のNo.Uに示す鋼は本願の請求範囲内の化学成分を有する鋼であるが、意図的に低清浄度の鋼として溶製したものである。次いで、これらの比較例鋼のNo.P〜Tに示すJIS−SUJ2を除く鋼種については、1250℃で直径65mmに鍛伸した後、900℃で1時間保持した後、空冷して焼ならしを行った。また、比較例鋼のNo.P〜Tに示すJIS−SUJ2については、1150℃で直径65mmに鍛伸した後、870℃で1時間保持した後、空冷して焼ならしを行い、さらに800℃で球状化焼鈍を実施した。その後、比較例鋼のNo.P〜Tに示すJIS−SUJ2を除く、全ての鋼を、
図1の(b)に示す外径60mm、内径20mm、厚さD=8.3mmのスラスト型転動疲労試験片に粗加工した。比較例鋼のNo.P〜Tに示すJIS−SUJ2については、
図1の(b)に示す、外径60mm、内径20mm、厚さDのスラスト型転動疲労試験片に粗加工した。
【0033】
【表1】
【0034】
比較例鋼の加工No.P〜Tに示すJIS−SUJ2を除く、実施例鋼および比較例鋼の全ての試料No.の鋼種についてのスラスト試験片を、
図2に示す浸炭焼入れパターンの条件(浸炭温度:930℃、狙いCp=0.80%)でガス浸炭焼入れを実施した後、図示しない180℃に90min保持後に空冷することで焼戻し処理を実施して実施例鋼の加工No.1〜15および比較例鋼の加工No.21〜23を作製した。また、比較例鋼のNo.P〜Tすなわち加工No.16〜20に示すJIS−SUJ2については、
図2に示す浸炭焼入れパターンの条件の930℃でガス浸炭を実施した後、840℃に30min保持後に油冷し、焼入れをした後、さらに、図示しない180℃に90min保持後に空冷することで焼戻し処理を実施して、比較例鋼の加工No.16〜20を作製した。
【0035】
なお、実施例鋼のNo.Hに示す鋼を、残留γ量の増量を目的に、
図2に示す浸炭焼入れパターンの条件において、狙いCp=1.2%でガス浸炭焼入れを実施した後に、図示しない180℃に90min保持後に空冷することで焼戻し処理を実施し、比較例鋼の加工No.24を作製した。また、比較例鋼のNo.Rに示すJIS−SUJ2を、残留γ増量を目的に、
図3に示す浸炭窒化焼入れパターンの条件において浸炭窒化焼入れを実施した後に、図示しない180℃に90min保持後に空冷することで焼戻し処理を実施し、実施例鋼の加工No.25を作製した。
【0036】
以上の熱処理を行った後に、比較例鋼の加工No.16〜20および25に示すJIS−SUJ2製試験片を除く、全ての試験片については試験面を0.15mm研磨し、さらに反対側を研磨することで高さを8.0mmに仕上げた。比較例鋼の加工No.16〜20および25については、試験面を0.20mm研磨し、さらに反対側を研磨することで高さを5.6mmに仕上げた。また、試験面は、バフ研磨にて鏡面仕上げとした。
【0037】
上記で作製したスラスト試験片を使用し、最大接触面圧5.3GPaでスラスト型転動疲労試験機を用い、はく離までの転動疲労寿命の測定を行った。さらに、水素環境下における耐白色組織変化はく離寿命を測定するために、表2に示す条件で、陰極チャージ法にて試験片に水素添加後に、同様に最大接触面圧5.3GPaでスラスト型転動疲労試験機を用いて、はく離までの転動疲労寿命の測定を行った。また、同スラスト試験片を使用し、最表面から100〜300μmの位置から薄膜試料を切り出してTEM観察を実施した。TEM観察において、炭化物を避けるように位置調整を行い、EDS分析を行うことで、母相自体に固溶しているSi、Mn、Cr、Ni、Mo量を測定して、その合計量を計算した。また、同様にスラスト試験片を用いて最表面から100〜300μm深さとなるまで電解研磨を実施した後、X線回折を用いて残留γ量の測定を行った。また、同様にスラスト試験片を使用して試料断面の組織をSEMにて最表面から100〜300μmの範囲における組織の観察を行った結果、いずれもその残留γ量を確認し、さらにマルテンサイトからなる組織であることを確認した。
【0038】
【表2】
【0039】
さらに、スラスト試験片を作製したものと同じ径である65mmの鍛伸素材を用いて、供試材の直径×1/4の中周部から鍛伸方向と平行な面より10mm×10mmのミクロ試料を30個作製して、その100mm
2中に存在する介在物のうち、最大の介在物の大きさの測定を、ミクロ試料30個の全てに対し実施し、得られた結果を元に極値統計手法を用いて30,000mm
2中に存在する最大介在物を予測した。
【0040】
以上、最表面から100〜300μm位置における、母相自体に固溶しているSi、Mn、Cr、Ni、Moの合計量と、残留γ量と、極値統計による鋼材30,000mm
2における最大介在物径の予測値と、水素添加無しでのスラスト型転動疲労試験のL
50寿命のAおよび水素添加有りによるスラスト型転動疲労試験のL
50寿命のBの測定結果と、水素添加の有無による寿命比B/Aと、加工No.18に示すJIS−SUJ2の水素環境におけるスラスト型転動疲労試験のL
50寿命との寿命比の計算結果を表3に示す。
【0041】
【表3】
【0042】
表3に示すように、実施例鋼の加工No.1〜15はいずれも水素環境下の転動疲労特性において比較例鋼の加工No.18のJIS−SUJ2と比較して3倍以上のL50寿命を有しており、耐白色組織変化はく離寿命に優れる。また、比較例鋼の加工No.16〜20に示すJIS−SUJ2の水素添加の有無による寿命比B/Aが0.2程度であるのに対して、実施例鋼の加工No.1〜15はいずれも0.4以上であり、水素環境下においても寿命の劣化が小さい。一方で、本願請求の範囲内の成分を有する比較例鋼のNo.Uを用いて作製した比較例鋼の加工No.21は、極値統計による30,000mm
2中の最大介在物の予測値が74.0μmと大きかったため、水素環境下において十分な転動疲労特性を有さない結果となった。また、比較例鋼の加工No.22〜24はいずれも最表面から100〜300μm位置における残留γ量が過多であり、材料強度を確保できなかったために水素環境下において十分な転動疲労特性を有さない結果となった。さらに、比較例鋼のNo.Rに示すJIS−SUJ2を用いて浸炭窒化処理を実施することで、最表面から100〜300μm位置における残留γ量を請求の範囲内の値まで増加させたが、水素環境下において十分な転動疲労特性を有さない結果となった。