(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6849360
(24)【登録日】2021年3月8日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20210315BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20210315BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2016-186516(P2016-186516)
(22)【出願日】2016年9月26日
(65)【公開番号】特開2018-53271(P2018-53271A)
(43)【公開日】2018年4月5日
【審査請求日】2019年8月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】妙瀬田 真理
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−137381(JP,A)
【文献】
特開2001−123254(JP,A)
【文献】
特開2000−282183(JP,A)
【文献】
特開2013−104075(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.50〜1.20%、Si:0.10〜0.60%、Mn:0.01〜0.40%、P:≦0.040%、S:0.09〜0.20%、Cr:9.00〜17.00%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1の化学成分に加えて、質量%で、Ni:0.01〜1.00%、Mo:0.01〜1.00%、Cu:0.01〜1.00%のいずれか1種若しくは2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1の化学成分または請求項2の化学成分に加えて、質量%で、Ca:0.001〜0.010%、Mg:0.001〜0.010%のいずれか1種若しくは2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、摺動部品や軸受等において転動疲労寿命特性と耐食性が要求される部材で、特に切削加工を受ける部材へ用いられる転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、転動疲労寿命特性と耐食性が求められる部材にはSUS440C等の高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼が用いられてきた。SUS440C等の高硬度マルテンサイト系ステンレス鋼は被削性に乏しく、焼入焼戻し処理を行っていない状態であっても微細な穴加工等が困難である。そこで、被削性向上のために快削元素であるSを添加したマルテンサイト系快削ステンレス鋼であるSUS440FがJIS G4303に登録されている。SUS440Fは、快削元素であるSを添加することでステンレス鋼中にMnSを分散させており、切削加工時にMnSが応力集中源となり、亀裂の発生と伝播を助けることで被削性が向上する。しかし、このMnSは耐食性が悪く、被削性を向上させるためにステンレス鋼中のMnS分散量を増加させると、耐食性が悪化してしまうこととなる。
【0003】
これに対して、快削元素であるSの添加を行わずにマルテンサイト系ステンレス鋼中の共晶炭化物の98%をCr
23C
6に制御し、その共晶炭化物の長径を30μm以下、円相当直径を0.3〜1.6μm、面積率を2〜7%に制御することで耐食性を悪化させずに被削性を改善させたマルテンサイト系ステンレス鋼が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、炭化物形態を制御するためには、特別な工程追加が必要となるため、コスト増を招き、さらに、ドリル寿命性については考慮されておらず、生産性が低い。
【0004】
また、Cr、Mn、Sの含有量を制御し、硫化物を高耐食化させることで、耐食性と被削性を両立させたマルテンサイト系ステンレス鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、この提案では、硫化物の分散状態については言及されておらず、転動疲労寿命特性は考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−92742号公報
【特許文献2】特開2013−104075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願が解決しようとする課題は、転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.50〜1.20%、Si:0.10〜0.60%、Mn:0.01〜0.40%、P:≦0.040%、S:0.09〜0.20%、Cr:9.00〜17.00%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm
2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼である。
【0008】
第2の手段では、第1の手段の化学成分に加えて、質量%で、Ni:0.01〜1.00%、Mo:0.01〜1.00%、Cu:0.01〜1.00%のいずれか1種若しくは2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm
2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼である。
【0009】
第3の手段では、第1の手段の化学成分または第2の手段の化学成分に加えて、質量%で、Ca:0.001〜0.010%、Mg:0.001〜0.010%のいずれか1種若しくは2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼であり、かつ、上記におけるMnとSはMn/S≦2.5の関係を有し、さらに、転動面を形成する表面には長径20μm以上の硫化物が1mm
2当り50〜250個分散していることを特徴とする転動疲労寿命特性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼である。
【発明の効果】
【0010】
上記の手段とすることで、摺動部材や軸受等において転動疲労寿命特性と耐食性が要求され、特に切削加工を受ける部材に好適で、転動疲労寿命特性と耐食性に優れたマルテンサイト系快削ステンレス鋼を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
発明を実施するための形態の説明に先立って、本願の各請求項における化学成分の限定理由、および、転動面を形成する表面に存在する長径20μm以上の硫化物個数の限定理由について説明する。
【0012】
C:0.50〜1.20%
Cは、強度を付与し、転動疲労寿命特性を確保するために必要な元素である。そのためには、Cは0.50%以上とする必要がある。しかしながら、Cは1.20%を超えて含有させると被削性が低下する。そこで、Cは0.50〜1.20%とする。
【0013】
Si:0.10〜0.60%
Siは、脱酸元素であり、その効果を得るにはSiは0.10%以上を必要とする。しかしながら、Siが0.60%より多いと、素材硬さが上昇し、靱性が低下する。そこで、Siは0.10〜0.60%とする。
【0014】
Mn:0.01〜0.40%
Mnは、Siと同様に脱酸元素であり、その効果を得るには、0.10%以上を必要とする。しかしながら、Mnが0.40%より多いと、耐食性が低下する。そこで、Mnは0.01〜0.40%とする。
【0015】
P:≦0.040%
Pは、不純物元素であり、0.040%より多いと熱間加工性を低下させる。そこで、Pは0.040%以下とする。
【0016】
S:0.09〜0.20%
Sは、ステンレス鋼の被削性を確保するために必要な元素である。そのためには、Sは0.09%以上とする。しかしながら、Sを0.20%を超えて含有させると熱間加工性が低下する。そこで、Sは0.09〜0.20%とする。
【0017】
Cr:9.00〜17.00%
Crは、ステンレス鋼の耐食性を確保するために必要な元素である。そのためには、Crは9.00%以上とする。しかしながら、Crを17.00%を超えて含有させると靱性が低下する。そこで、Crは9.00〜17.00%とする。
【0018】
Mn/S≦2.5
MnとSはステンレス鋼中において、硫化物であるMnSを形成し、被削性を改善させる。またCr濃度の高いステンレス鋼中においては、一部のMnがCrと入れ替わり、(Mn,Cr)Sを形成する。この(Mn,Cr)SはMnSと比較して、一般に耐食性が良好である。しかし、硫化物中のMn濃度が高まるに伴って硫化物中のCr濃度が低くなり、それを含有するステンレス鋼の耐食性が悪化することとなる。この耐食性の悪化を回避するためには、鋼中のMnとSの濃度比を制限する必要がある。そこで鋼中のMnとSの質量比はMn/S≦2.5を満足するものとする。
【0019】
転動面を形成する表面に存在する長径20μm以上の硫化物の個数:1mm
2当り50〜250個
転動疲労環境下ではステンレス鋼と硫化物の界面が応力緩和位置として作用することで、転動疲労による亀裂を生じ難くさせ、また、転動疲労により発生した亀裂が延伸した硫化物と交差する際に硫化物が亀裂先端を鈍化させることで剥離を生じ難くさせるために転動疲労特性は向上する。そのためには、転動面を形成する表面に該硫化物を1mm
2当り50個以上分散させる必要がある。しかしながら、該硫化物を1mm
2当り250個を超えて分散させると熱間加工性が低下する。以上が第1の手段の構成要件である。
【0020】
Ni:0.01〜1.00%、Mo:0.01〜1.00%、Cu:0.01〜1.00%のいずれか1種若しくは2種以上を含有
Ni、Mo、Cuはそれぞれ耐食性を向上させる元素であり、このためにはNi、Mo、Cuのいずれか1種若しくは2種以上を0.01%以上添加させる必要がある。しかしながらこれらの元素において、Niを1.00%を超えて含有させると被削性が低下し、Moを1.00%を超えて含有させると、靱性が低下し、Cuを1.00%を超えて含有させると熱間加工性が低下する。そこで、Niは0.01〜1.00%、Moは0.01〜1.00%、Cuは0.01〜1.00%のいずれか1種若しくは2種以上の含有とする。以上が第1の手段の構成要件に加えて第2の手段とすべき構成要件である。
【0021】
Ca:0.001〜0.010%、Mg:0.001〜0.010%のいずれか1種若しくは2種を含有
Ca、Mgはそれぞれ熱間加工性を向上させる元素である。このためには、CaとMgのいずれか1種若しくは2種を0.001%以上含有させる必要がある。しかしながら、これらの元素において、0.010%を超えて含有させても熱間加工性を向上させる効果は飽和する。そこで、Caは0.001〜0.010%、Mgは0.001〜0.010%のいずれか1種若しくは2種の含有とする。以上が第1の手段の構成要件に加えて第3の手段とすべき構成要件である。
【0022】
ここで、発明を実施するための形態について説明する。表1に記載の化学成分値からなる発明鋼と比較鋼を100kg真空誘導溶解炉で溶製し、鋳造してそれぞれの鋼とした。
【0024】
(1)得られた鋼を1150℃に加熱し、60mm幅×12mm厚さに減面率94%で鍛伸し、次いで、この鍛伸材を1030℃から油冷により焼入れし、150℃で焼戻し空冷した。これを、外形60mm、内径20mm、厚さ5.8mmのスラスト型寿命試験片に加工し、試験面をラップ加工により、Ra≦0.03μmの表面粗さに仕上げた。
【0025】
(1’)表1の開発鋼のNo.8から得られた鋼を1150℃に加熱し、80mm幅×50mm厚さに減面率65%で鍛伸し、次いで、この鍛伸材を1030℃〜油冷により焼入れし150℃で焼戻し空冷した。これを、外形60mm、内径20mm、厚さ5.8mmのスラスト型転動疲労試験片に加工し、試験面をラップ加工によりRa≦0.03μmの表面仕上げ粗さに仕上げた。これからなる試験片を比較鋼のNo.8’として表1および表2に示す。
【0026】
(2)得られた鋼を1150℃に加熱し、80mm幅×50mm厚さに鍛伸し、次いで、この鍛伸材を870℃で焼なまして徐冷した。これを80mm幅×50mm厚さ×100mm長さのドリル寿命試験片に加工した。
【0027】
(3)得られた鋼を1150℃に加熱し、20mm径の棒鋼に鍛伸し、次いで、この鍛伸材を1030℃から油冷により焼入れし、150℃で焼戻し空冷した。これを径12mm×21mm長さの腐食試験片に加工した。
【0028】
上記で作製したスラスト型転動疲労試験片に対し、最大接触面圧5.3GPaでスラスト型転動疲労試験機を用いて、剥離までの転動疲労寿命の測定を行い、L
10寿命を測定した。L
10寿命が6.0×10
6サイクル以上を○、6.0×10
6サイクル未満を×として、転動疲労寿命特性を評価した。なお、10
8サイクルで剥離が生じない場合には、剥離なしとして10
8サイクルで試験を終えた。
【0029】
ドリル寿命試験は材種SKH50、ドリル径5mmのドリルを用い、周速1911rpm、送り0.1mm/revで、穿孔深さ15mm、止まり穴のドリル穿孔を乾式にて行い、ドリルが折損するまでの穴数を求めた。ドリル寿命が30穴以上を○とし、30穴未満を×として被削性を評価した。なお、100穴でドリルの折損が生じない場合には、100穴で試験を終えた。
【0030】
耐食性は、相対湿度90%の雰囲気下にて、腐食試験片を20℃の1.5時間保持と、50℃の4.5時間保持を20サイクル繰り返し、腐食試験片の発銹状況を調査し、発銹なしのものを○、発銹ありのものを×として耐食性を評価した。以上の試験結果を表2に示す。