特許第6856985号(P6856985)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6856985S−4−[4−(ジメチルアミノ)−1−(4’−フルオロフェニル)−1−ヒドロキシブチル]−3−(ヒドロキシメチル)−ベンゾニトリルの製造方法、及び該化合物を用いた(1S)−1−[3−(ジメチルアミノ)プロピル]−1−(4−フルオロフェニル)−1,3−ジヒドロイソベンゾフラン−5−カルボニトリル及びその塩の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6856985
(24)【登録日】2021年3月23日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】S−4−[4−(ジメチルアミノ)−1−(4’−フルオロフェニル)−1−ヒドロキシブチル]−3−(ヒドロキシメチル)−ベンゾニトリルの製造方法、及び該化合物を用いた(1S)−1−[3−(ジメチルアミノ)プロピル]−1−(4−フルオロフェニル)−1,3−ジヒドロイソベンゾフラン−5−カルボニトリル及びその塩の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 211/27 20060101AFI20210405BHJP
   C07D 307/87 20060101ALI20210405BHJP
   A61K 31/343 20060101ALI20210405BHJP
   A61P 25/24 20060101ALI20210405BHJP
【FI】
   C07C211/27
   C07D307/87
   A61K31/343
   A61P25/24
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-146687(P2016-146687)
(22)【出願日】2016年7月26日
(65)【公開番号】特開2018-16568(P2018-16568A)
(43)【公開日】2018年2月1日
【審査請求日】2019年7月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】100120145
【弁理士】
【氏名又は名称】田坂 一朗
(72)【発明者】
【氏名】横尾 嘉寛
(72)【発明者】
【氏名】大庭 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮奥 隆行
【審査官】 布川 莉奈
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2010/0249438(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第102796065(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 307/00−307/94
A61K 31/33− 33/44
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル酒石酸塩から、塩基の存在下、該酒石酸塩の遊離体である(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルを製造する方法であって、クロロホルムと水とを含む溶媒中で反応することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記塩基が無機塩基であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法によってS-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルを製造した後、得られた該化合物を用いて(1S)-1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-1-(4-フルオロフェニル)-1,3-ジヒドロイソベンゾフラン-5-カルボニトリル及びその塩を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルの製造方法、及び該化合物を用いた(1S)-1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-1-(4-フルオロフェニル)-1,3-ジヒドロイソベンゾフラン-5-カルボニトリル及びその塩の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(1S)-1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-1-(4-フルオロフェニル)-1,3-ジヒドロイソベンゾフラン-5-カルボニトリル(以下、「エスシタロプラム」ともいう。)は以下の構造(5)を持ち、その蓚酸塩は周知の抗うつ薬である。
【0003】
【化1】
【0004】
前記エスシタロプラム(6)は、以下の合成経路で製造する方法が知られており、エスシタプラム蓚酸塩(7)として単離されている。
【0005】
【化2】
【0006】
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩(4)は、エスシタロプラムの重要中間体であり、ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3)とジ-(p-トルオイル)酒石酸とを反応させて製造する方法が知られている(下記特許文献2参照)。
【0007】
前記方法では、ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩((3)の誘導体)の製造後に光学分割が行われ、エナンチオ選択率が99%である酒石酸塩(4)が得られることが知られている。当該酒石酸塩(4)を脱塩して遊離体(5)とし、さらに閉環反応によりエスシタロプラム及びその塩が製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3038204号公報
【特許文献2】特許第4966933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献の製造方法では、酒石酸塩を製造する際に40〜50℃で反応を行っている。また、単離した酒石酸塩を1-プロパノールを用いて50℃でのリスラリーによって精製している。しかしながら、本発明者らが追試を行ったところ、光学純度の比較的高い酒石酸塩を得ることを確認したが、不純物が副生し化学純度が低い場合があることが判明した。さらに上記酒石酸塩を用いてエスシタロプラム及びその塩を製造した場合には、化学純度が向上しないこと及び再結晶等によっても不純物が除去しきれないことも判明した。
【0010】
したがって、本発明の課題は、上記特許文献の製造方法では問題となる化学純度を改善し、光学純度と化学純度が共に極めて高い上記遊離体(5)を得る製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題に対し鋭意検討を行った。まず、酒石酸塩(4)中に含まれる不純物の構造を分析した結果、これらの不純物は下記不純物(i)及び(ii)であり、酒石酸(8)と(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(5)のエステル体(9〜12)の混合物であることが判明した。
【0012】
【化3】
【0013】
そこで、本発明者らは、上記不純物の除去方法についてさらに検討を行った結果、前記酒石酸塩(4)を塩基によって脱塩させる際に、特定の溶媒の存在下で脱塩処理を行うことによって当該不純物の含有量を低減させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は[1]〜[5]の各発明である。
[1]
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル酒石酸塩から、塩基の存在下、該酒石酸塩の遊離体である(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルを製造する方法であって、
芳香族炭化水素及びハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1つの難水溶性有機溶媒と水とを含む溶媒中で反応することを特徴とする方法。
[2]
前記塩基が無機塩基であることを特徴とする[1]に記載の方法。
[3]
前記芳香族炭化水素がトルエンであることを特徴とする[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
前記ハロゲン化炭化水素がクロロホルムであることを特徴とする[1]又は[2]に記載の方法。
[5]
[1]〜[4]のいずれか1項に記載の方法によってS-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルを製造した後、得られた該化合物を用いて(1S)-1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-1-(4-フルオロフェニル)-1,3-ジヒドロイソベンゾフラン-5-カルボニトリル及びその塩を製造する方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酒石酸塩(4)の遊離体であるS-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(5)を、極めて高い光学純度及び化学純度で得ることが可能である。この製造方法によって得られた当該遊離体(5)よりエスシタロプラム及びその塩を製造することで、光学純度と化学純度が共に極めて高いエスシタロプラム及びその塩を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0017】
<本発明における酒石酸塩(4)の製造方法>
本願発明における酒石酸塩(4)は、下記の合成経路により製造することができる。
【0018】
【化4】
【0019】
ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)(3)遊離体の製造には、公知の方法を用いることができる。例えば、ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3)の酸塩を、有機溶媒と水の2層系の溶媒中で塩基を反応させて遊離体(3)を得ることができる。
【0020】
ちなみに、前記ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルの酸塩は、例えば、以下のように製造することができる。すなわち、化合物(1)と4-ブロモフルオロベンゼンのグリニヤール反応を行い、得られた化合物(2)と塩化3,3-ジメチルアミノプロピルのグリニャール反応を行うことにより、当該酸塩を得ることができる。
【0021】
前記酸塩における酸として、様々な酸を使用することができるが、例えば、臭化水素酸、酢酸などを挙げることができる。前記酸塩と反応させる前記塩基としては、様々な塩基を使用することができるが、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸カリウムなどを挙げることができる。
【0022】
前記遊離化の溶媒としては、例えば、酢酸エチル、ジエチルエーテル、トルエン、クロロホルム、ジクロロメタンを使用することができ、好ましくは、クロロホルムを使用することができる。前記遊離化の溶媒の溶媒量としては、4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル100質量部に対して300〜2000質量部、好ましくは400〜800質量部の溶媒を使用することができる。前記遊離化の反応温度としては、0〜60℃の範囲で適宜決定することができる。
【0023】
前記ラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)(3)の遊離体を酒石酸塩化して、前記酒石酸塩(4)を得ることができる。前記酒石酸塩(4)を得る方法としては、4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3)を有機溶媒に溶解し、 (+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸又は(-)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸を溶解した溶液を加え、遊離体(3)を酒石酸塩化させて析出させることで、酒石酸塩が析出する。この時、ジ-(p-トルオイル)酒石酸として、(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸を用いた場合には、(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩(4a)が選択的に析出する。一方ジ-(p-トルオイル)酒石酸として、(-)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸を用いた場合には、(1R)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩が選択的に析出する。したがって、用いるジ-(p-トルオイル)酒石酸によって、光学純度がおよそ93%以上の光学分割された酒石酸塩を得ることができる。
【0024】
前記酒石酸塩化の際の溶媒としては、例えば、IPA、1-ブタノールなどを使用することができ、好ましくはIPAを用いることができる。酒石酸塩化の際の溶媒量としては4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3)100質量部に対して300〜2000質量部の溶媒、好ましくは500〜1000質量部の溶媒を使用することができる。
【0025】
前記酒石酸塩化に用いる(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸の使用量としては、4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3)に対して0.25〜1.0当量の該酒石酸を使用し、好ましくは0.3〜0.5当量の該酒石酸を使用することができる。
【0026】
下記遊離体(5)の製造方法に供する酒石酸塩(4)の純度としては、特に制限されず、上記製造方法にて得られた酒石酸塩(4)をそのまま用いてもよい。高純度の遊離体(5)を得るという観点から、純度98%以上、不純物(i)と不純物(ii)の合計の含有量が1%以下である酒石酸塩(4)を用いることが好ましく、特に純度99%以上、不純物(i)と不純物(ii)の合計の含有量が0.5%以下である酒石酸塩(4)を用いることが好ましい。なお、酒石酸塩(4)の純度、及び不純物の含有量が上記範囲外である酒石酸塩(4)は、リスラリーや晶析(再結晶を含む)等の公知の方法にて純度を向上させることができる。リスラリーや晶析(再結晶を含む)等に用いられる溶媒としては、例えば、1-プロパノール、イソプロピルアルコール、2-プロパノール、1-ブタノール等が挙げられる。
【0027】
<本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体の製造方法>
酒石酸塩(4)を塩基と反応させることにより遊離体(5)を得ることができる。本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造方法は、少なくとも芳香族炭化水素及び/又はハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1つの難水溶性有機溶媒と水とを含む溶媒中で、塩基の存在下、(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル酒石酸塩(4)から、該酒石酸塩の遊離体である(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(5)を得ることを特徴とする。
【0028】
本発明にかかる製造方法によって光学純度と化学純度が共に極めて高い遊離体(5)が得られる理由について詳細は不明であるが、本発明者らは以下のとおり推測している。すなわち、上述のとおり、酒石酸塩(4)の製造時に副生する不純物は酒石酸(8)と4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(5)とのエステル体(9〜12)である。そこで、塩基によって脱塩する際には、酒石酸の脱塩とともに、上記エステルの加水分解反応が進行しているものと推測される。本発明では、特定の溶媒を用いることで、この加水分解反応が促進され、その結果、遊離体(5)の化学純度が向上しているものと推測される。
【0029】
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造方法において、前記芳香族炭化水素及び/又はハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1つの難水溶性有機溶媒における「難水溶性有機溶媒」とは25℃での水の溶解度が60g/L以下である有機溶媒のことをいう。
【0030】
上記特許文献1においてはジエチルエーテル(水への溶解度:69g/L)で前記酒石酸塩(4)の遊離化を行っている。本発明にかかる酒石酸塩の遊離体(5)の製造方法においては、酢酸エチル(水への溶解度:83g/L)及びジエチルエーテルよりも溶解度が低い、25℃での水の溶解度が60g/L以下である有機溶媒を用いることにより、光学純度と化学純度が共に極めて高い遊離体(5)が得ることができる。下記表1に幾つかの溶媒の水への溶解度を示した。
【0031】
【表1】
【0032】
前記難水溶性有機溶媒は、芳香族炭化水素及びハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1つである。これらの溶媒は単独で用いても複数組み合わせて用いても良い。
【0033】
前記芳香族炭化水素としては、トルエン、ベンゼン、キシレンなどを挙げることができる。前記ハロゲン化炭化水素としては、ジクロロメタン、クロロホルムなどを挙げることができる。
【0034】
前記溶媒の中でも、工業体に入手可能な点、毒性の点から、芳香族炭化水素としてトルエンが、ハロゲン化炭化水素としてクロロホルムが好ましい。
【0035】
前記難溶性有機溶媒の使用量としては、得られる遊離体(5)が十分溶解する量を使用することが好ましく、具体的には前記酒石酸塩1質量部に対して、2〜10容量部が好ましく、4〜6容量部が特に好ましい。
【0036】
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造方法において、難水溶性有機溶媒のほかに水も含む溶媒中で反応することを特徴とする。これは、遊離化において前記不純物(エステル体)が加水分解されて、不純物が低減するという本発明の効果が奏されるために、溶媒中の水の存在が必須であるためと推測される。さらに、本発明の遊離体(5)の製造方法においては、得られた遊離体(5)は上記難水溶性有機溶媒に溶解し、他の副生物(例えば、酒石酸と塩基の塩など)は水に溶解する。従って、上記溶媒系で反応を行うことで、高純度の遊離体(5)が得られるものと推測される。
【0037】
前記水の使用量としては、少なすぎると酒石酸塩(4)が溶解せず、多すぎると塩基濃度が薄くなり、酒石酸塩(4)の溶解に時間を要する。具体的には、前記酒石酸塩(4)1質量部に対して、2〜8容量部が好ましく、4〜6容量部が特に好ましい。
【0038】
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造方法において、前記塩基としては、有機塩基、無機塩基のいずれを用いることができる。
【0039】
前記有機塩基としては、トリエチルアミン、ジエチルアミン、DIPEA、DBUなどを挙げることができる。
【0040】
前記無機塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウムなどを挙げることができる。
【0041】
これらの塩基の中でも、得られた遊離体(5)と塩基との分離が容易である点から、無機塩基を用いることが好ましく、特に遊離体(5)の化学純度の向上効果が高い点から水酸化ナトリウムが好ましい。
【0042】
前記塩基の使用量としては、前記酒石酸塩(4)に対して、1〜10当量が好ましく、1〜5当量がより好ましく、1.5〜2.5当量が特に好ましい。
【0043】
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造時の反応温度としては、5〜50℃が好ましく、10〜40℃がより好ましく、20〜30℃が特に好ましい。また、反応時間としては、0.1〜10時間が好ましく、0.5〜3時間が好ましく、0.5〜1時間が特に好ましい。
【0044】
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造の反応後には、分液、洗浄、溶媒留去の各操作を行って目的の前記遊離体(5)を得ることができる。
【0045】
<本発明の遊離体を用いたエスシタロプラム及びその塩の製造方法>
本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造方法によって得られた遊離体(5)よりエスシタロプラム及びその塩を製造することで、光学純度と化学純度が共に極めて高いエスシタロプラム及びその塩を製造することができる。
【0046】
本発明にかかる遊離化反応により得られた前記遊離体(5)の閉環反応によりエスシタロプラム(6)を得ることができる。更に、エスシタロプラム(6)に酸付加する塩化反応により、エスシタロプラムの塩を得ることができる。特に、固体として得るためにエスシタロプラム蓚酸塩(7)とすることが好ましい。これらの製造方法としては、公知の方法を特に制限なく用いることができる。
【0047】
前記遊離体(5)の閉環反応においては、例えば、前記遊離体(5)にトルエン850質量部、トリエチルアミン1.1当量を加え、5℃で撹拌溶解させる。溶解後、塩化パラトルエンスルホニル1.1当量を滴下する。滴下後後5℃で1時間攪拌を行う。1時間撹拌後、水200質量部、アンモニア水1.1当量を加え、30分撹拌する。撹拌後、有機層と水層を分離し、分離後、有機層を60℃で濃縮して、エスシタロプラム(6)遊離体を得ることができる。
【0048】
前記エスシタロプラムの蓚酸塩化においては、例えば、前記エスシタロプラム(6)遊離体にアセトン800質量部を加え、50℃で加熱溶解させる。加熱溶解後、シュウ酸1.1当量を添加し、結晶を析出させる。結晶化確認後20〜30℃/hrの速度で25℃まで冷却し、25℃で1時間熟成を行う。熟成後、ろ過により固液分離を行い、得られた結晶を40℃で6時間以上乾燥させて、エスシタロプラム蓚酸塩(7)の再結晶体を得ることができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
【0050】
<化学純度、及び光学純度の測定>
本願発明にかかる前記酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)、並びにエスシタロプラム蓚酸塩(7)の化学純度、及び光学純度の測定は、HPLC法を用いて以下の条件で行った。
【0051】
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩(4)、及び該酒石酸塩(4)の遊離体(5)、並びにエスシタロプラム蓚酸塩(7)の化学純度の評価
酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)の純度・特定不純物、並びにエスシタロプラム蓚酸塩(7)の測定は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。HPLC測定に使用した装置、測定の条件は、以下のとおりである。なお、純度とは、得られたクロマトグラムにおける対象物質のピーク面積値の、全てのピークの面積値の合計に対する百分率で示した値である。また、該条件によるHPLC分析における酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)の保持時間は22.2分付近である。また、特定不純物(i)の保持時間は40.1分付近であり、特定不純物(ii)の保持時間は41.7分付近、エスシタロプラム蓚酸塩(7)の保持時間は35.1分付近である。
装置:ウォーターズ社製2695
検出器:紫外吸光光度計(ウォーターズ社製2489)
検出波長:237nm
カラム:内径4.6mm、長さ25cmのステンレス管に5μmの液体クロマトグラフィー用オクタデシルシリル化シリカゲルが充填されたもの
移動相A:アセトニトリル/緩衝液=10/90
移動相B:アセトニトリル/緩衝液=65/35
緩衝液:リン酸二水素カリウム3.4gを水1000mLに溶かし、リン酸を加えてpH3.0に調製する。
移動相の送液:移動相A及び移動相Bの混合比を次のように変えて濃度勾配制御する。
【0052】
【表2】
【0053】
カラム温度:45℃付近の一定温度
注入量:20μL
サンプル濃度:0.5mg/mL
【0054】
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩(4)、及び該酒石酸塩(4)の遊離体(5)の光学純度の評価
酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)の光学純度の測定は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。HPLC測定に使用した装置、測定の条件は、以下のとおりである。なお、酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)の光学純度とは、得られたクロマトグラムにおける酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)のピーク面積値の、S体とR体の面積値の合計に対する百分率で示した値である。また、該条件によるHPLC分析における酒石酸塩(4)、及び遊離体(5)の保持時間は34.1分付近である。またR体の酒石酸塩の保持時間は37.5分付近である。
装置:ウォーターズ社製2695
検出器:紫外吸光光度計(ウォーターズ社製2489)
検出波長:240nm
カラム:CHIRALCEL OD−H(内径4.6mm、長さ25cmのステンレス管に5μmのセルロース誘導体をコーティングしたシリカゲルが充填されたもの)
移動相:ヘキサン/エタノール/ジエチルアミン=98/2/0.1
流速:0.7mL/min
カラム温度:30℃付近の一定温度
注入量:10μL
サンプル濃度:2.0mg/mL
【0055】
エスシタロプラム蓚酸塩(7)の光学純度の評価
エスシタロプラム蓚酸塩(7)の光学純度の測定は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。HPLC測定に使用した装置、測定の条件は、以下のとおりである。なお、エスシタロプラム蓚酸塩(7)の光学純度とは、得られたクロマトグラムにおけるエスシタロプラム蓚酸塩(7)のピーク面積値の、S体とR体の面積値の合計に対する百分率で示した値である。また、該条件によるHPLC分析におけるエスシタロプラム蓚酸塩(7)の保持時間は19.3分付近である。また、R体のシタロプラムの保持時間は25.3分付近である。
装置:ウォーターズ社製2695
検出器:紫外吸光光度計(ウォーターズ社製2489)
検出波長:240nm
カラム:内径4.6mm、長さ15cmのステンレス管に5μmのオボムコイド共有結合したアミノ化シリカゲルが充填されたもの
移動相:緩衝液/アセトニトリル=85/15
流速:0.6mL/min
カラム温度:30℃付近の一定温度
注入量:15μL
サンプル濃度:0.125mg/mL
【0056】
<本発明における酒石酸塩(4)>
温度計、撹拌羽をとりつけた2000mLの4口フラスコにラセミ体の4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル(3a)200g、イソプピルアルコール800mLを加え、35℃で撹拌溶解した。また、温度計、撹拌羽をとりつけた1000mLの4口フラスコに(+)-ジ-(p-トルオイル)88g、イソプピルアルコール700mLを加え、25℃で撹拌溶解した。溶解確認後、(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸の溶液を2000mLの4口フラスコに加え、遊離体(3a)を酒石酸塩化させて析出させ、(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)酒石酸塩(4)80gを得た(収率25.6%、化学純度:99.787%、不純物1:0.030%、不純物2:0.034%、光学純度:95.94%)。
【0057】
<本発明における酒石酸塩(4)の晶析体>
前記酒石酸塩(4)を、溶媒及び溶媒量を用いて晶析し、冷却して晶析体を得た。
【0058】
撹拌翼、温度計を取り付けた1000mLの三つ口フラスコに、(4)の酒石酸塩50.0g(93.0mmol、化学純度:99.787%、不純物1:0.030%、不純物2:0.034%、光学純度:95.94%)、2−プロパノール350mL(前記酒石酸塩1質量部に対して5.6質量部)、精製水1.5mL(酒石酸塩1質量部に対して0.3質量部)を加え攪拌した。得られた混合液を70℃で5時間分攪拌し、前記酒石酸塩が溶解したのを目視により確認した。溶解確認後、20℃/hの速度で5℃に冷却し、同温度で1時間熟成した。熟成後、減圧濾過により析出した結晶を濾別し、2−プロパノール50mL(前記酒石酸塩1質量部に対して0.8質量部)により、濾別した結晶を2回洗浄した。得られた白色結晶を40℃で12時間減圧乾燥し、白色結晶として(前記酒石酸塩43.0g(7.9mmol)を得た(収率:85%、化学純度:99.196%、不純物1:0.388、不純物2:0.137%、光学純度:99.96%)。
【0059】
<本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)の製造>
本発明における酒石酸塩(4)の晶析体を脱酒石酸して遊離体(5)とする遊離化反応を行い、本発明にかかる酒石酸塩(4)の遊離体(5)を得ることができる。前記遊離化反応について、実施例1〜6及び比較例1〜3を以下に示した。
【0060】
実施例1
<(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)の製造>
撹拌翼、温度計を取り付けた100mLの三つ口フラスコに、実施例1で取得した(酒石酸塩(4b)5.0g(9.3mmol、化学純度:99.196%、不純物1:0.388%、不純物2:0.137%、光学純度:99.96%)、トルエン25mL(酒石酸塩(4b)1質量部に対して5.0容量部)、精製水25mL(酒石酸塩(4b)1質量部に対して5.0容量部)、23%水酸化ナトリウム水溶液3.2g(18.7mmol、2.0当量)を加え、攪拌した。得られた混合液を25℃で30分攪拌し、酒石酸塩(4b)が溶解したのを目視により確認した。撹拌後、200mL分液ロートにより、有機層と水層を分離し有機層に精製水5.0mL(酒石酸塩(4b)1質量部に対して1.0質量部)を加えて水洗した。水洗後、有機層と水層を分離し、有機層を減圧濃縮し、(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)3.2g(9.3mmol、収率100%)を取得した。
【0061】
実施例2〜6、比較例1〜3
溶媒と溶媒量、及び水の含有量を表1記載の条件とした以外は実施例1と同様にして(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)を得た。結果を表1に示す。
【0062】
上記実施例1〜6及び比較例1〜3の結果を下記表3に示す。本発明にかかる前記遊離体の製造方法を用いて得た遊離体は、実施例1〜6のように、比較例1〜3と比較して、前記不純物(i)及び(ii)の含量が低く抑えられ、約99.9%と非常に高い化学純度が得られていることがわかる。
【0063】
【表3】
【0064】
<発明にかかるエスシタロプラム(6)及びその塩の製造>
該遊離体(5)の閉環反応によりエスシタロプラム(6)を得ることができ、さらに、前記エスシタロプラムに酸付加する塩化反応により、エスシタロプラムの塩を得ることができる。特に、個体として得るためにエスシタロプラム蓚酸塩(7)とすることが好ましい。これらの製造方法としては、公知の方法を特に制限なく用いることができる。
【0065】
実施例7
(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリルヘミ(+)-ジ-(p-トルオイル)(5)からエスシタロプラム蓚酸塩(7)への製造例
【0066】
エスシタロプラム(6)の製造
得られた(1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)を撹拌翼、温度計を取り付けた100mLの三つ口フラスコに加え、トルエン24mL((1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)1質量部に対して8.5質量部)、トリエチルアミン1.8g(8.8mmol、1.1当量)を加え、5℃で30分撹拌した。撹拌後、塩化パラトルエンスルホニル1.7g(8.8mmol、1.1当量)を加え、5℃で1時間撹拌した。撹拌後、精製水5mL((1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)1質量部に対して2.0質量部)、25%アンモニア水1.4g(8.8mmol、1.1当量)を加え、25℃に加温し30分攪拌した。撹拌後、反応溶液を100mL分液ロートで有機層と水層に分液し、有機層を精製水5mL((1S)-4-[4-(ジメチルアミノ)-1-(4'-フルオロフェニル)-1-ヒドロキシブチル]-3-(ヒドロキシメチル)-ベンゾニトリル遊離体(5)1質量部に対して2.0質量部)で水洗した。水洗後、有機層と水層を分離し、有機層を減圧濃縮し、エスシタロプラム(6)2.3g(7.2mmol、収率89%)を取得した。
【0067】
エスシタロプラム蓚酸塩(7)の製造
得られたエスシタロプラム(6)を撹拌翼、温度計を取り付けた100mLの三つ口フラスコに加え、アセトン18mL(エスシタロプラム(6)1質量部に対して7.9質量部)を加え、45℃で30分撹拌した。撹拌後、シュウ酸0.7g(7.9mmol、1.1当量)を加え、結晶の析出を確認した。結晶の析出確認後、25℃まで冷却し、同温度で1時間熟成した。熟成後、減圧濾過により析出した結晶を濾別し、アセトン2.3mL(エスシタロプラム(6)1質量部に対して0.8質量部)により、濾別した結晶を2回洗浄した。得られた白色結晶を40℃で12時間減圧乾燥し、白色結晶としてエスシタロプラム(6)蓚酸塩(7)2.5g(6.1mmol)を得た(収率:85%、化学純度:99.900%、光学純度:99.95%)。