(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6859148
(24)【登録日】2021年3月29日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】溶射皮膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/11 20160101AFI20210405BHJP
C23C 4/02 20060101ALI20210405BHJP
C23C 4/134 20160101ALI20210405BHJP
【FI】
C23C4/11
C23C4/02
C23C4/134
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-54335(P2017-54335)
(22)【出願日】2017年3月21日
(65)【公開番号】特開2018-154895(P2018-154895A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2019年9月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100108914
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 壯兵衞
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100115679
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 勇毅
(72)【発明者】
【氏名】益田 敬也
(72)【発明者】
【氏名】伊部 博之
(72)【発明者】
【氏名】杉村 和弥
【審査官】
祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2016−138309(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射粒子と該溶射粒子が分散した分散媒とを含有する溶射用スラリーを、基材の被溶射面にプラズマ溶射して、前記被溶射面上に溶射皮膜を形成する方法であって、
前記溶射粒子が金属酸化物の粒子であり、前記溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における50%粒子径D50が1μm以上5μm以下であり、
前記被溶射面の表面粗さRa(単位はμm)と、前記溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10(単位はμm)との比D10/Raが、下記式を満たす溶射皮膜の形成方法。
0.4<D10/Ra≦0.9
【請求項2】
前記被溶射面の表面粗さRaが1.1μm以下である請求項1に記載の溶射皮膜の形成方法。
【請求項3】
前記被溶射面にショットブラストを施した後に、前記溶射用スラリーを溶射する請求項1又は請求項2に記載の溶射皮膜の形成方法。
【請求項4】
前記金属酸化物が酸化イットリウムである請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶射皮膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明
は溶射皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶射法は、溶射材料を基材に吹き付けて基材上に皮膜を形成する技術であるが、溶射粒子を分散媒に分散させたスラリーを溶射材料として用いる溶射法も知られている(例えば特許文献1を参照)。従来、溶射法においては、基材の被溶射面が比較的粗い(すなわち表面粗さRaが大きい)方が、基材の被溶射面に対する溶射皮膜の密着強度が高いと考えられていた。しかしながら、溶射用スラリーを溶射材料として用いる場合には、基材の被溶射面が粗くても、十分に高い密着強度が得られない場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−150617号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、基材の被溶射面に対する密着強度が高い溶射皮膜を形成可能
な溶射皮膜の形成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様に係る溶射用スラリーは、基材の被溶射面に溶射して被溶射面上に溶射皮膜を形成するための溶射用スラリーであって、体積基準の積算粒子径分布における50%粒子径D50が1μm以上5μm以下である溶射粒子と、溶射粒子が分散した分散媒と、を含有し、被溶射面の表面粗さRa(単位はμm)と、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10(単位はμm)との比D10/Raが、下記式を満たすことを要旨とする。
0.4<D10/Ra≦0.9
【0006】
また、本発明の他の態様に係る溶射皮膜の形成方法は、溶射粒子と溶射粒子が分散した分散媒とを含有する溶射用スラリーを、基材の被溶射面に溶射して、被溶射面上に溶射皮膜を形成する方法であって、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における50%粒子径D50が1μm以上5μm以下であり、被溶射面の表面粗さRa(単位はμm)と、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10(単位はμm)との比D10/Raが、下記式を満たすことを要旨とする。
0.4<D10/Ra≦0.9
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、基材の被溶射面に対する密着強度が高い溶射皮膜を形成することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の一実施形態について詳細に説明する。なお、以下の実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、以下の実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0009】
本発明者らは、鋭意検討の結果、溶射用スラリーを溶射材料として用いる溶射法においては、基材の被溶射面が比較的粗くない方が、基材の被溶射面に対する溶射皮膜の密着強度が高い傾向があることを見出した。特に、基材の被溶射面の表面粗さRaと、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10とが特定の関係を有していれば、基材の被溶射面に対する溶射皮膜の密着強度が優れることを見出した。
【0010】
すなわち、本実施形態の溶射用スラリーは、基材の被溶射面に溶射して被溶射面上に溶射皮膜を形成するための溶射用スラリーであって、体積基準の積算粒子径分布における50%粒子径D50が1μm以上5μm以下である溶射粒子と、その溶射粒子が分散した分散媒と、を含有する。そして、被溶射面の表面粗さRa(単位はμm)と、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10(単位はμm)との比D10/Raが、下記式を満たす。
0.4<D10/Ra≦0.9
【0011】
このような構成の溶射用スラリーを用いて溶射を行えば、基材の被溶射面に対する密着強度が高い溶射皮膜を形成することが可能である。
なお、上記のD10、D50とは、体積基準の積算粒子径分布において小粒径側からの積算頻度がそれぞれ10%、50%となる粒子径である。これらD10、D50は、例えばレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置を用いて測定することができる。
【0012】
以下に、本実施形態の溶射用スラリー及び該溶射用スラリーを用いた溶射皮膜の形成方法について、さらに詳細に説明する。
本実施形態の溶射用スラリーは、溶射粒子と、溶射粒子が分散した分散媒と、を含有する。溶射粒子と分散媒を混合して溶射粒子を分散媒に分散させることにより、溶射用スラリーを製造することができる。
【0013】
溶射粒子の種類は特に限定されるものではないが、金属酸化物(セラミックス)、金属、樹脂、サーメット等の粒子を使用することができる。
金属酸化物の種類は特に限定されるものではないが、例えば、酸化イットリウム(Y
2O
3)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、酸化ケイ素(SiO
2)、酸化チタン(TiO
2)、酸化ジルコニウム(ZrO
2)を使用することができる。
【0014】
溶射粒子の粒子径については、体積基準の積算粒子径分布における50%粒子径D50が1μm以上5μm以下である必要があり、2μm以上4μm以下であることが好ましく、2μm以上3μm以下であることがより好ましい。
また、体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10は、基材の被溶射面の表面粗さRaとの間に所定の関係を満たしている必要がある。すなわち、被溶射面の表面粗さRa(単位はμm)と、溶射粒子の体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10(単位はμm)との比D10/Raが、上記式を満たし、0.4超過0.9以下である必要があり、0.45以上0.7以下であることが好ましい。
【0015】
このような構成の溶射用スラリーを用いて溶射を行えば、基材の被溶射面に対する密着強度が高い溶射皮膜を形成することが可能である。
本実施形態の溶射用スラリーにおける溶射粒子の濃度は特に限定されるものではないが、例えば、5質量%以上50質量%以下としてもよく、より好ましくは30質量%以上50質量%以下である。溶射粒子の濃度が30質量%以上であれば、溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さが十分に大きくなりやすい。
【0016】
分散媒の種類は特に限定されるものではないが、例えば、水、有機溶剤、及びこれらの溶剤のうち2種以上の溶剤の混合溶剤を使用することができる。有機溶剤としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等のアルコール類を使用することができる。
【0017】
本実施形態の溶射用スラリーは、所望により、溶射粒子、分散媒以外の成分をさらに含有してもよい。例えば、溶射用スラリーの性能を向上させるために、必要に応じて、添加剤をさらに含有してもよい。添加剤としては、例えば、分散剤、粘度調整剤、凝集剤、再分散性向上剤、消泡剤、凍結防止剤、防腐剤、防カビ剤が挙げられる。分散剤は、分散媒中での溶射粒子の分散安定性を向上させる性質を有しており、ポリビニルアルコール等の高分子型分散剤や、界面活性剤型分散剤がある。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0018】
基材の材質は特に限定されるものではないが、例えば、金属(例えばアルミニウム)、樹脂、セラミックスを使用することができる。基材の被溶射面の表面粗さRaは、1.1μm以下であることが好ましい。このような構成であれば、溶射速度(皮膜形成速度)がより向上する。
また、被溶射面に溶射用スラリーを溶射する前に、被溶射面にショットブラストを施してもよい。ショットブラストを施した後に溶射用スラリーを溶射すれば、ショットブラストによって所望の表面粗さRaに調整した被溶射面に対して溶射を行うことができる。
【0019】
〔実施例〕
以下に実施例及び比較例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
溶射粒子である酸化イットリウム粒子を、分散媒である水に混合し分散させて、10種の溶射用スラリーを製造した。酸化イットリウム粒子として、体積基準の積算粒子径分布における10%粒子径D10及び50%粒子径D50が異なる10種のうちのいずれか1種を使用することにより、10種の溶射用スラリーを製造した。
【0020】
10種の溶射用スラリー中の酸化イットリウム粒子の濃度は、いずれも30質量%である。また、酸化イットリウム粒子の10%粒子径D10及び50%粒子径D50は、表1に記載の通りである。なお、酸化イットリウム粒子の体積基準の積算粒子径分布は、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置LA−300を用いて測定した。
【0022】
次に、被溶射面となる板面の表面粗さRaが種々異なる板状の基材を用意した。被溶射面の表面粗さRaは、必要によりショットブラストを施すことによって調整した。被溶射面の表面粗さRaは、表1に記載の通りである。また、この基材の材質はアルミニウムである。
【0023】
ここで、被溶射面の表面粗さ(算術平均粗さ)Raの測定方法について説明する。被溶射面の表面粗さRaは、JIS B0601に規定の方法に準拠して測定した。株式会社ミツトヨ製の表面粗さ計「SV−3000S CNC」を用いて、被溶射面となる板面の任意の5点で表面粗さRaを測定し、測定した5点の表面粗さRaの平均値をその被溶射面の表面粗さRaとした。基準線長さ及びカットオフ値はそれぞれ0.8mmとした。
この基材の被溶射面に上記の溶射用スラリーを用いて溶射を施し、基材の被溶射面に溶射皮膜を形成した。上記の溶射用スラリーを用いた溶射は、プログレッシブサーフェイス社製のプラズマ溶射装置100HEを用いて行った。溶射条件は以下の通りである。
【0024】
アルゴンガスの流量:180NL/min
窒素ガスの流量 : 70NL/min
水素ガスの流量 : 70NL/min
プラズマ出力 :105kW
溶射距離 : 76mm
トラバース速度 :1500mm/s
溶射角度 : 90°
スラリー供給量 : 38mL/min
パス数 : 50パス
【0025】
次に、溶射によって基材の被溶射面に形成された溶射皮膜について評価を行った。すなわち、基材の被溶射面に対する溶射皮膜の密着強度、溶射速度(皮膜形成速度)、及び溶射皮膜の表面粗さRaを評価した。
ここで、溶射皮膜の表面粗さ(算術平均粗さ)Raの測定方法について説明する。溶射皮膜の表面粗さRaは、JIS B0601に規定の方法に準拠して測定した。株式会社ミツトヨ製の表面粗さ計「SV−3000S CNC」を用いて、溶射皮膜の表面の任意の5点で表面粗さRaを測定し、測定した5点の表面粗さRaの平均値をその溶射皮膜の表面粗さRaとした。基準線長さ及びカットオフ値はそれぞれ0.8mmとした。結果を表1に示す。
【0026】
密着強度の測定方法は下記の通りである。まず、ねじ部の呼び径がM10の六角ボルトの頭部にショットブラストを施した。ブラスト材には、有限会社秋山産業製の褐色アルミナA−40を用いた。次に、六角ボルトの頭部と基材の被溶射面に形成した溶射皮膜とを、接着剤により接着し、株式会社島津製作所製の精密万能試験機オートグラフを用いて六角ボルトを引っ張り、引張試験を行った。基材の被溶射面と溶射皮膜との界面に剥離が生じ、六角ボルトが基材から分離した強度を溶射皮膜の密着強度とした。測定は4回行い、その平均値を測定値とした。結果を表1に示す。
【0027】
表1に示す結果から分かるように、実施例1〜6は、D10/Raが0.4超過0.9以下という条件を満たしているので、同条件を満たしていない比較例1〜4に比べて密着強度が優れていた。特に、実施例3は、4回の測定のうち2回については、基材の被溶射面と溶射皮膜との界面には剥離は生じず、六角ボルトの頭部と溶射皮膜との界面(接着面)に剥離が生じた。よって、実施例3については、真の密着強度は測定値よりも大きいと考えられる。
また、実施例1及び実施例4は、被溶射面の表面粗さRaが1.1μm以下であるため、溶射速度が特に優れていた。