【文献】
高橋 忠宏 ほか著,光双極子ガイド内におけるストロンチウムを用いた原子干渉計の実現,日本物理学会第72回年次大会(2017年)概要集,日本,2017年 3月,p.692
【文献】
盛永 篤郎,原子干渉計による超高感度・高精度物理計測,応用物理学会分科会日本光学会,日本,2008年 7月10日,p.376-382
【文献】
HU, Qingqing et al.,A theoretical analysis and determination of the technical requirements for a Bragg diffraction-based,International journal for Light and Electron Optics, 2016,2016年,p.1-9
【文献】
R. Delhuille et al.,High contrast Mach-Zehnder lithium atom interferometer in the Bragg regime,Applied Physics B Lasers and Optics,2002年 3月,p.1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、レーザー技術の進展に伴い、原子干渉計、原子干渉を利用した重力加速度計やジャイロスコープなどの研究が進んでいる。原子干渉計としてマッハ-ツェンダー(Mach-Zehnder)型原子干渉計やラムゼー-ボーデ(Ramsey-Borde)型原子干渉計などが知られている。
図1に示す従来のマッハ-ツェンダー型原子干渉計900は原子線源100と干渉部200と進行光定在波生成部300と観測部400を含む。原子線源100と干渉部200と観測部400は図示しない真空チャンバー内に収容されている。
【0003】
原子線源100は原子線100aを生成する。原子線100aは、熱的原子線、冷却原子線(熱的原子線の速度よりも遅い速度を持つ原子線)、ボース-アインシュタイン凝縮体(Bose-Einstein Condensate)などである。熱的原子線は、例えば、純度の高い元素をオーブンで加熱することによって生成される。冷却原子線は、例えば、熱的原子線をレーザー冷却することによって生成される。ボース-アインシュタイン凝縮体は、ボース粒子を絶対零度近くまで冷却することによって生成される。原子線100aに含まれる個々の原子は光ポンピングによって同じエネルギー準位(例えば、後述する|g>である)に設定される。
【0004】
干渉部200では、原子線100aが3個の進行光定在波200a,200b,200cを通過する。なお、進行光定在波は、周波数の異なるレーザーを対向させて生成され、光の速度に比べて十分に遅い速度でドリフトする。原子干渉計では、光照射による原子の2準位間遷移が利用される。したがって、自然放出によるデコヒーレンスを避ける観点から、一般的に、寿命の長い2準位間遷移が利用される。例えば、原子線がアルカリ金属原子線である場合、基底状態の超微細構造に含まれる2準位の間の誘導ラマン遷移が利用される。超微細構造において、最も低いエネルギー準位を|g>とし、|g>よりも高いエネルギー準位を|e>とする。2準位間の誘導ラマン遷移は、一般的に、差周波数が|g>と|e>との共鳴周波数に概ね等しい2個のレーザー光の対向照射で形成される進行光定在波によって実現される。3個の進行光定在波200a,200b,200cを生成する進行光定在波生成部300の光学的構成は公知であり、また、本発明の要点と関係しないので説明を省略する(
図1では、概略としてレーザー光源、レンズ、ミラー、音響光学変調器(AOM(Acousto-Optic Modulator))などが図示されている)。以下、進行光定在波による2光子ラマン過程を利用した原子干渉について説明する。
【0005】
原子線源100からの原子線100aが第1の進行光定在波200aを通過すると、初期状態が|g>にある個々の原子の状態は|g>と|e>との重ね合わせ状態に変化する。例えば第1の進行光定在波200aの通過時間Δt(つまり、進行光定在波と原子との相互作用時間)を適切に設定すると、第1の進行光定在波200aを通過した直後の|g>の存在確率と|e>の存在確率の比は1対1になる。原子は、対向して進む2光子の吸収・放出を通して、|g>から|e>に遷移する際に光子2個分の運動量を得る。したがって、状態|e>の原子の運動方向は、状態|g>の原子の運動方向からずれる。つまり、原子線100aが第1の進行光定在波200aを通過すると、原子線100aは、1対1の割合で、状態|g>の原子からなる原子線と状態|e>の原子からなる原子線に分裂する。第1の進行光定在波200aは、π/2パルスと呼ばれ、原子線のスプリッターとしての機能を持つ。
【0006】
分裂後、状態|g>の原子からなる原子線と状態|e>の原子からなる原子線は、第2の進行光定在波200bを通過する。このとき、例えば第2の進行光定在波200bの通過時間(つまり、進行光定在波と原子との相互作用時間)を2Δtに設定すると、第2の進行光定在波200bを通過することによって、状態|g>の原子からなる原子線は通過過程で状態|e>の原子からなる原子線に反転し、状態|e>の原子からなる原子線は通過過程で状態|g>の原子からなる原子線に反転する。このとき、前者については、|g>から|e>に遷移した原子の進行方向は、上述のとおり、状態|g>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波200bを通過後の状態|e>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波200aを通過後の状態|e>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。また、後者については、原子は、対向して進む2光子の吸収・放出を通して、|e>から|g>に遷移する際に2光子から得た運動量と同じ運動量を失う。つまり、|e>から|g>に遷移した原子の運動方向は、遷移前の状態|e>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波200bを通過後の状態|g>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波200aを通過後の状態|g>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。第2の進行光定在波200bは、πパルスと呼ばれ、原子線のミラーとしての機能を持つ。
【0007】
反転後、状態|g>の原子からなる原子線と状態|e>の原子からなる原子線は、第3の進行光定在波200cを通過する。原子線源100からの原子線100aが第1の進行光定在波200aを通過する時刻をt
1=Tとし、分裂後の2個の原子線が第2の進行光定在波200bを通過する時刻をt
2=T+ΔTとすると、反転後の2個の原子線が第3の進行光定在波200cを通過する時刻はt
3=T+2ΔTである。時刻t
3にて、反転後の状態|g>の原子からなる原子線と反転後の状態|e>の原子からなる原子線は互いに交差する。このとき、例えば第3の進行光定在波200cの通過時間(つまり、進行光定在波と原子との相互作用時間)を適切に設定すると(具体的には、第3の進行光定在波200cの通過時間を上記Δtに設定する)、状態|g>の原子からなる原子線と状態|e>の原子からなる原子線との交差領域に含まれる個々の原子の|g>と|e>との重ね合わせ状態に応じた原子線100bが得られる。この原子線100bが、干渉部200の出力である。第3の進行光定在波200cは、π/2パルスと呼ばれ、原子線のコンバイナーとしての機能を持つ。
【0008】
マッハ-ツェンダー型原子干渉計900に角速度または加速度が加わると、第1の進行光定在波200aの照射から第3の進行光定在波200cの照射までの原子線の2個の経路に位相差が生じ、この位相差が第3の進行光定在波200cを通過した個々の原子の状態|g>の存在確率と状態|e>の存在確率に反映される。したがって、観測部400は、干渉部200からの原子線100bを観測することによって角速度または加速度を検出する。例えば、観測部400は、干渉部200からの原子線100bにプローブ光408を照射して、状態|e>の原子からの蛍光を光検出器409によって検出する。
【0009】
上述の進行光定在波による2光子ラマン過程を利用したマッハ-ツェンダー型原子干渉計については、例えば、非特許文献1などが参考になる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図面を参照して、マッハ-ツェンダー型原子干渉を例にとって本発明の実施形態を説明する。なお、図は実施形態の理解のために提供され、図示される各構成要素の寸法は正確ではない。
【0017】
<第1実施形態>
本発明による第1実施形態のマッハ-ツェンダー型原子干渉に基づくジャイロスコープ700(
図2参照)は、
図1に示す従来のマッハ-ツェンダー型原子干渉計900にさらに加速度計500を付加した構成を持っている。したがって、マッハ-ツェンダー型原子干渉計900に含まれている原子線源100と干渉部200と進行光定在波生成部300と観測部400の重複説明を省略する。
【0018】
加速度計500として従来の加速度計を使用できる。加速度計500の種類に限定は無いが、加速度計500は高精度に加速度を計測できる性能を持つことが好ましい。例えば、加速度計500はサーボ型加速度計(片持ち支持されている振子の変位量をサーボ機構によって零位置に戻す力平衡形の加速度計)である。加速度計500は、例えば、原子線源100と干渉部200と観測部400を収容している真空チャンバーに取り付けられている。したがって、加速度計500は、ジャイロスコープ700に加わる加速度を表す情報(アナログ情報でもデジタル情報でもよい)を得ることができる。加速度計500によって得られる加速度情報は、進行光定在波生成部300に入力される。
【0019】
ジャイロスコープ700に進行光定在波のドリフト方向の加速度が加わると、原子は、進行光定在波のドリフト方向に当該加速度に応じた速度Δvを持つようになり、これが干渉計の出力を変動させることになる。しかし、進行光定在波のドリフト速度にもΔvだけオフセットを加えれば、この効果をキャンセルすることが可能となる。つまり、干渉計に加わった加速度の影響が干渉計の出力に乗らないようにすることができる。このため、進行光定在波生成部300は、加速度情報に基づいて、進行光定在波200a,200b,200cのうち少なくとも2個の進行光定在波のドリフト速度を調整する。原子線が進行光定在波を通過することによって、通過時間と外部環境(角速度、加速度)の影響が原子の状態の存在確率に反映される。加速度は進行光定在波の位相変化として原子の状態の存在確率に影響を及ぼす。したがって、進行光定在波生成部300が進行光定在波200a,200b,200cのうち少なくとも2個の進行光定在波のドリフト速度を調整し、加速度に由来する位相変化を打ち消すことによって、加速度がジャイロスコープ700に加わる環境下であっても加速度の影響を低減できる。具体的には、進行光定在波生成部300に含まれるAOMを駆動するRF周波数を加速度情報に基づいてシフトさせることによって、AOMを通過する進行光定在波のドリフト速度が調整される。原子線の進行方向に沿って昇順に3個の進行光定在波に番号を附した場合、進行光定在波生成部300は、好ましくは第2、第3の進行光定在波200b,200cのドリフト速度を調整するが、例えば、第1、第2、第3の進行光定在波200a,200b,200cのドリフト速度を調整してもよい。なお、環境磁場や環境電場の影響はジャイロスコープ700を電磁遮蔽することによって排除され得る。
図2に示す第1実施形態では、AOMは、進行光定在波生成部300に含まれており、第2、第3の進行光定在波200b,200cを生成する光学的経路の途中(ミラーと干渉部200との間)に配置されている。なお、音響光学変調器(AOM)の替わりに電気光学変調器を用いて、進行光定在波のドリフト速度の調整を行ってもよい。
【0020】
加速度情報を用いた計算によって観測部400の検出結果から加速度に相当する検出結果を除去することも可能である。しかし、ジャイロスコープ700の検出精度が加速度計500の検出精度を上回る場合、計算による除去よりも進行光定在波のドリフト速度を調整して加速度に由来する位相変化を打ち消す方が、より精度良く角速度を検出できる。
【0021】
<第2実施形態>
本発明による第2実施形態のマッハ-ツェンダー型原子干渉に基づくジャイロスコープは、2光子ラマン過程ではなくn次(ただし、nは2以上の予め定められた正整数である)のBragg回折(散乱)を利用する。
図3に示す第2実施形態のジャイロスコープ600は、原子線源101と干渉部201と進行光定在波生成部301と観測部400と加速度計500を含む。第2実施形態では、原子線源101と干渉部201と観測部400は図示しない真空チャンバー内に収容されている。
【0022】
原子線源101は、個々の原子が同じ状態にある原子線101aを連続生成する。現在の技術水準によれば、熱的原子線(例えば、〜100m/s)あるいは冷却原子線(例えば、〜10m/s)を連続生成する技術は知られている。既述のように、熱的原子線は、例えば、純度の高い元素をオーブン111で昇華させて得られた高速の原子気体をコリメーター113に通すことによって生成される。また、冷却原子線は、例えば、高速の原子気体を図示しないゼーマンスローワー(Zeeman Slower)あるいは2次元冷却装置に通すことによって生成される。2次元冷却装置を使った低速原子線源については参考文献1を参照のこと。
(参考文献1)J. Schoser et al., “Intense source of cold Rb atoms from a pure two-dimensional magneto-optical trap,” Phys. Rev. A 66, 023410 - Published 26 August 2002.
【0023】
進行光定在波生成部301は、n次Bragg条件を満たす3個の進行光定在波(第1の進行光定在波201a、第2の進行光定在波201b、第3の進行光定在波201c)を生成する。ただし、第1の進行光定在波201aは上述のスプリッターとしての機能を、第2の進行光定在波201bは上述のミラーとしての機能を、第3の進行光定在波201cは上述のコンバイナーとしての機能をそれぞれ持つという条件も満たす。
【0024】
このような諸条件を満たす3個の進行光定在波(第1の進行光定在波201a、第2の進行光定在波201b、第3の進行光定在波201c)はそれぞれ、ガウシアンビーム(Gaussian Beam)のビームウェスト、波長、光強度、さらに、対向するレーザー間の差周波数をそれぞれ適切に設定することによって実現される。なお、ガウシアンビームのビームウェストは光学的に設定でき(例えばレーザー光をレンズで集光する)、ガウシアンビームの光強度は電気的に設定できる(例えばガウシアンビームの出力を調整する)。つまり、進行光定在波の生成パラメータが従来の生成パラメータと異なるのであり、これら3個の進行光定在波を生成する進行光定在波生成部301の構成は従来の進行光定在波生成部300(
図1)の構成と異ならないから、進行光定在波生成部301の構成の説明を省略する(
図3では、概略としてレーザー光源、レンズ、ミラー、AOMなどが図示されている)。
【0025】
既述のとおり、ジャイロスコープ600に進行光定在波のドリフト方向の加速度が加わると、原子は、進行光定在波のドリフト方向に当該加速度に応じた速度Δvを持つようになり、これが干渉計の出力を変動させることになる。しかし、進行光定在波のドリフト速度にもΔvだけオフセットを加えれば、この効果をキャンセルすることが可能となる。つまり、干渉計に加わった加速度の影響が干渉計の出力に乗らないようにすることができる。このため、第2実施形態では、進行光定在波生成部301は、加速度計500からの加速度情報に基づいて、3個の進行光定在波(第1の進行光定在波201a、第2の進行光定在波201b、第3の進行光定在波201c)のうち少なくとも2個の進行光定在波のドリフト速度を調整する。第2実施形態で用いられる加速度計500は第1実施形態で用いられる加速度計500と同じである。加速度計500として従来の加速度計を使用できる。加速度計500の種類に限定は無いが、加速度計500は高精度に加速度を計測できる性能を持つことが好ましい。例えば、加速度計500はサーボ型加速度計である。加速度計500は、例えば、原子線源101と干渉部201と観測部400を収容している真空チャンバーに取り付けられている。したがって、加速度計500は、ジャイロスコープ600に加わる加速度を表す情報(アナログ情報でもデジタル情報でもよい)を得ることができる。
【0026】
原子線が進行光定在波を通過することによって、通過時間と外部環境(角速度、加速度)の影響が原子の状態の存在確率に反映される。加速度は進行光定在波の位相変化として原子の状態の存在確率に影響を及ぼす。したがって、進行光定在波生成部301が進行光定在波201a,201b,201cのうち少なくとも2個の進行光定在波のドリフト速度を調整し、加速度に由来する位相変化を打ち消すことによって、加速度がジャイロスコープ600に加わる環境下であっても加速度の影響を低減できる。具体的には、進行光定在波生成部301に含まれるAOMを駆動するRF周波数信号を加速度情報に基づいてシフトさせることによって、AOMを通過する進行光定在波のドリフト速度が調整される。原子線の進行方向に沿って昇順に3個の進行光定在波に番号を附した場合、進行光定在波生成部301は、好ましくは第2、第3の進行光定在波201b,201cのドリフト速度を調整するが、例えば、第1、第2、第3の進行光定在波201a,201b,201cのドリフト速度を調整してもよい。なお、環境磁場や環境電場の影響はジャイロスコープ600を電磁遮蔽することによって排除され得る。
図3に示す第2実施形態では、AOMは、進行光定在波生成部301に含まれており、第2、第3の進行光定在波201b,201cを生成する光学的経路の途中(ミラーと干渉部201との間)に配置されている。なお、音響光学変調器(AOM)の替わりに電気光学変調器を用いて、進行光定在波のドリフト速度の調整を行ってもよい。
【0027】
干渉部201では、原子線101aは3個の進行光定在波201a,201b,201cを通過する。本実施形態における原子干渉計では、同じ内部状態における異なる2個の運動量状態|g, p
0>と|g, p
1>との間の光照射による遷移が利用される。
【0028】
原子線源101からの原子線101aが第1の進行光定在波201aを通過すると、初期状態が|g, p
0>にある個々の原子の状態は|g, p
0>と|g, p
1>との重ね合わせ状態に変化する。第1の進行光定在波201aと原子との相互作用を適切に設定すると(ビームウェストと波長と光強度と対向するレーザー間の差周波数をそれぞれ適切に設定する)、第1の進行光定在波201aを通過した直後の|g, p
0>の存在確率と|g, p
1>の存在確率の比は1対1になる。原子は、対向して進む2n個の光子の吸収・放出を通して、|g, p
0>から|g, p
1>に遷移する際に光子2n個分の運動量(=p
1-p
0)を得る。したがって、状態|g, p
1>の原子の運動方向は、状態|g, p
0>の原子の運動方向から大きくずれる。つまり、原子線が第1の進行光定在波201aを通過すると、原子線101aは、1対1の割合で、状態|g, p
0>の原子からなる原子線と状態|g, p
1>の原子からなる原子線に分裂する。状態|g, p
1>の原子からなる原子線の進行方向はn次のBragg条件に基づく方向である。0次光の方向(つまり、Bragg回折しなかった状態|g, p
0>の原子からなる原子線101aの進行方向)とn次のBragg条件に基づく方向とが成す角は、0次光の方向と1次のBragg条件に基づく方向とが成す角のn倍である。つまり、状態|g, p
0>の原子からなる原子線の進行方向と状態|g, p
1>の原子からなる原子線の進行方向の広がり(換言すると、乖離)を従来(
図1)よりも大きくできる。
【0029】
分裂後、状態|g, p
0>の原子からなる原子線と状態|g, p
1>の原子からなる原子線は、第2の進行光定在波201bを通過する。このとき、第2の進行光定在波201bと原子との相互作用を適切に設定すると(ビームウェストと波長と光強度と対向するレーザー間の差周波数をそれぞれ適切に設定する)、第2の進行光定在波201bを通過することによって、状態|g, p
0>の原子からなる原子線は通過過程で状態|g, p
1>の原子からなる原子線に反転し、状態|g, p
1>の原子からなる原子線は通過過程で状態|g, p
0>の原子からなる原子線に反転する。このとき、前者については、|g, p
0>から|g, p
1>に遷移した原子の進行方向は、上述のとおり、状態|g, p
0>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波201bを通過後の状態|g, p
1>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波201aを通過後の状態|g, p
1>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。また、後者については、原子は、対向して進む2n個の光子の吸収・放出を通して、|g, p
1>から|g, p
0>に遷移する際に2n個の光子から得た運動量と同じ運動量を失う。つまり、|g, p
1>から|g, p
0>に遷移した原子の運動方向は、遷移前の状態|g, p
1>の原子の運動方向からずれる。この結果、第2の進行光定在波201bを通過後の状態|g, p
0>の原子からなる原子線の進行方向は、第1の進行光定在波201aを通過後の状態|g, p
0>の原子からなる原子線の進行方向と平行になる。
【0030】
反転後、状態|g, p
0>の原子からなる原子線と状態|g, p
1>の原子からなる原子線は、第3の進行光定在波201cを通過する。この通過時点にて、反転後の状態|g, p
0>の原子からなる原子線と反転後の状態|g, p
1>の原子からなる原子線は互いに交差する。このとき、第3の進行光定在波201cと原子との相互作用を適切に設定すると(ビームウェストと波長と光強度と対向するレーザー間の差周波数をそれぞれ適切に設定する)、状態|g, p
0>の原子からなる原子線と状態|g, p
1>の原子からなる原子線との交差領域に含まれる個々の原子の|g, p
0>と|g, p
1>との重ね合わせ状態に応じた原子線101bが得られる。第3の進行光定在波201cを通過した後に得られる原子線101bの進行方向は、理論的には、0次光の方向とn次のBragg条件に基づく方向のいずれか一方または両方である。
【0031】
ジャイロスコープ500に、第1の進行光定在波201aの作用から第3の進行光定在波201cの作用までの原子線の2個の経路を含む平面内の角速度または加速度が加わると、第1の進行光定在波201aの作用から第3の進行光定在波201cの作用までの原子線の2個の経路に位相差が生じ、この位相差が第3の進行光定在波201cを通過した個々の原子の状態|g, p
0>の存在確率と状態|g, p
1>の存在確率に反映される。したがって、観測部400は、干渉部201からの原子線101b(つまり、第3の進行光定在波201cを通過した後に得られる原子線101b)を観測することによって角速度または加速度を検出する。例えば、観測部400は、干渉部201からの原子線101bにプローブ光408を照射して、状態|g, p
1>の原子からの蛍光を光検出器409によって検出する。光検出器409としては、光電子増倍管、蛍光フォトディテクタなどを例示できる。また、本実施形態によると空間分解が向上する、つまり第3の進行光定在波を通過した後の2個の経路(状態|g, p
0>の原子からなる原子線と状態|g, p
1>の原子からなる原子線)の間隔が広いので、光検出器409としてCCDイメージセンサを用いることもできる。あるいは、光検出器409としてチャンネルトロンを用いる場合は、第3の進行光定在波を通過した後の2個の経路の一方の原子線を、プローブ光の替わりにレーザー等によってイオン化し、チャンネルトロンでイオンを検出してもよい。
【0032】
加速度計500からの加速度情報を用いた計算によって観測部400の検出結果から加速度に相当する検出結果を除去することも可能である。しかし、ジャイロスコープ600の検出精度が加速度計500の検出精度を上回る場合、計算による除去よりも進行光定在波のドリフト速度を調整して加速度に由来する位相変化を打ち消す方が、より精度良く角速度を検出できる。
【0033】
上述のとおり、0次光の方向とn次のBragg条件に基づく方向とが成す角が0次光の方向と1次のBragg条件に基づく方向とが成す角のn倍であるので、本実施形態のジャイロスコープ600の位相感度は、ジャイロスコープ600における第1の進行光定在波と第3の進行光定在波との間隔と同じ間隔を持つ従来のジャイロスコープ900の位相感度よりも大きい。つまり、同じ位相感度を持つ本実施形態のジャイロスコープ600と従来のジャイロスコープ900を比較すると、本実施形態のジャイロスコープ600の全長(原子線の射出方向の長さ)は従来のジャイロスコープ900の全長よりも短い。
【0034】
<変形例1>
ジャイロスコープの位相感度が向上するとジャイロスコープのバイアス安定性も向上するが、位相感度は、既述のとおり、Aを原子線の2個の経路で囲まれた面積とし、vを原子速度として、A/vに比例することが知られている。つまり、
図3に示すジャイロスコープ600において、原子線101aと第1の進行光定在波201aとの相互作用位置から原子線101aと第2の進行光定在波201bとの相互作用位置までの距離をLとすると、位相感度はL
2/vに比例する。小型のジャイロスコープ600を実現するためにはLを小さくすればよいが、単にLを小さくしただけでは位相感度も低下してしまう。したがって、位相感度を低下させないためには原子速度も小さくすればよい。この観点から、冷却原子線を使うことが好ましい。例えば、原子速度を熱的原子速度の1/100にすれば位相感度を変えることなくジャイロスコープ600のサイズを元のサイズの1/10にできる。同様に、冷却原子線を使うことによって、第1実施形態のジャイロスコープ700のサイズを小型化できる。
【0035】
<変形例2>
従来、原子種としては主にアルカリ金属原子が用いられていた。アルカリ金属原子は最外殻に1個の電子を持っている。したがって、電子のスピンが環境磁場の影響を受けるため、厳重な磁気シールドが必要であった。環境磁場の影響を受け難いジャイロスコープを実現するために、原子線の原子種としてアルカリ土類様金属原子(広義)を用いてもよい。ここで「アルカリ土類様金属原子(広義)」は、最外殻に2個の電子を持ち、アルカリ土類金属原子(カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウム)だけでなく、ベリリウム、マグネシウム、イッテルビウムを含み、さらにこれらの安定同位体も含み、好ましくは、これらのうち核スピンを持たない原子である。このことを別の観点から説明すると、次のとおりである。本発明において使用可能な原子は、アルカリ土類(様)金属原子またはアルカリ土類(様)金属原子の安定同位体である。ここで「アルカリ土類(様)金属原子」は、アルカリ土類金属原子(カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウム)とアルカリ土類様金属原子(狭義)を含む。アルカリ土類様金属原子(狭義)は、アルカリ土類金属原子と同様に、基底状態において電子スピンによる磁気モーメントを持たない電子配置を持つ原子であり、ベリリウム、マグネシウム、イッテルビウム、カドミウム、水銀などを例示できる。特に、アルカリ土類(様)金属原子とアルカリ土類(様)金属原子の安定同位体のうち核スピンを持たない原子が好ましい。アルカリ土類(様)金属原子は最外殻に2個の電子を持っているので、反平行の電子のスピン角運動量の和がゼロとなって環境磁場の影響を受け難く、特に核スピンを持たないアルカリ土類(様)金属原子は環境磁場の影響を全く受けない。
この場合、原子が微細構造を持たないので、原子干渉計では、同じ内部状態における異なる2個の運動量状態|g, p
0>と|g, p
1>との間の光照射による遷移が利用される。
【0036】
この他、本発明は上述の実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
上述の実施形態ではマッハ-ツェンダー型原子干渉を採用したが、例えばラムゼー-ボーデ型原子干渉を採用してもよい。ラムゼー-ボーデ型原子干渉を採用した場合、進行光定在波生成部は、加速度情報に基づいて、4個の進行光定在波のうち少なくとも3個の進行光定在波のドリフト速度を調整する。原子線の進行方向に沿って昇順に4個の進行光定在波に番号を附した場合、調整される進行光定在波は、好ましくは、第2、第3、第4の進行光定在波である。
このように、進行光定在波生成部が生成する進行光定在波の個数がM個(ただし、Mを3以上の予め定められた整数とする)であり、原子線の進行方向に沿って昇順にM個の進行光定在波に番号を附した場合、進行光定在波生成部は、好ましくは、第2、第3、・・・、第MのM−1個の進行光定在波のドリフト速度を調整する。なぜなら、原子線源からの原子線が第1の進行光定在波によってスプリットした後に、加速度は進行光定在波の位相変化として原子の状態の存在確率に影響を及ぼすからである。
また、第2実施形態において、原子線源101に替えて原子線源100を用いる構成も許容される。
さらに、第1実施形態において、原子線源100に替えて原子線源101を用いる構成も許容される。
さらに、例えば、上述の実施形態では、3個の進行光定在波を用いて、1回の分裂と1回の反転と1回の混合を行うマッハ-ツェンダー型原子干渉を利用しているが、このような実施形態に限定されず、本発明は、例えば複数回の分裂と複数回の反転と複数回の混合を行う多段のマッハ-ツェンダー型原子干渉を利用した実施形態として実施することもできる。このような多段のマッハ-ツェンダー型原子干渉については、参考文献2を参照のこと。
(参考文献2)Takatoshi Aoki et al., “High-finesse atomic multiple-beam interferometer comprised of copropagating stimulated Raman-pulse fields,” Phys. Rev. A 63, 063611 (2001) - Published 16 May 2001.
【0037】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更と変形が許される。選択され且つ説明された実施形態は、本発明の原理およびその実際的応用を解説するためのものである。本発明は様々な変更あるいは変形を伴って様々な実施形態として使用され、様々な変更あるいは変形は期待される用途に応じて決定される。そのような変更および変形のすべては、添付の請求範囲によって定義される本発明の範囲に含まれることが意図されており、公平、適法および公正に与えられる広さに従って解釈される場合、同じ保護が与えられることが意図されている。