【実施例1】
【0010】
図2に本発明のジャイロの構成例を示す。ジャイロ10は、プレーナ・イオン・トラップ部100、マイクロ波照射部200、レーザ照射部300、計測部400、高周波電源部800、直流電源部900を備える。
図3はプレーナ・イオン・トラップ部の構成例を示す図、
図4はプレーナ・イオン・トラップ部、マイクロ波照射部、レーザ照射部、計測部の配置の例を示す図である。
図5は角度計測方法の処理フローを示す図、
図6A〜
図6Cはイオンの運動の状態を示す図である。
図6Aはイオンが静止した状態を示す図、
図6Bはイオンがx方向に振動した状態を示す図、
図6Cはイオンが円運動した状態を示す図である。
【0011】
まず、x方向、y方向、z方向を互いに直交する方向とする。プレーナ・イオン・トラップ部100は、1つのイオンを捕捉するイオントラップを、表面の法線方向をz方向とする基板110上のx方向に複数個形成できる。ジャイロ10は、捕捉しているイオンの基底状態の中の2つのエネルギー準位を使う。イオンとしては、磁場の影響を受けない準位が使えるイオンが適しており、例えば、カドミウムイオン、イッテルビウムイオンがある。ただし、磁場の影響を受けにくくする工夫を施せば、これらに限定する必要はなく、他のイオンでも構わない。
【0012】
プレーナ・イオン・トラップ部100は、より具体的には、基板110上に、2つのrf電極120、2つのDC電極列130を有する。2つのrf電極120は、互いに所定の間隔を有するようにx方向に基板110上に配置されている。所定の間隔は、例えば100μm程度である。またrf電極の幅は数100μm〜1mm程度にすればよい。2つのDC電極列130は、2つのrf電極120を挟むようにx方向に基板110上に配置されている。rf電極120には、イオンをyz方向に捕捉するために、高周波電源部800が接続される。DC電極列130は、複数個のDC電極131で構成されている。
図3では、DC電極列130は、11個のDC電極131−1,…,11の列として示され、DC電極131−2,4,6,8,10に対応する位置にイオン150−1,…,5が捕捉されている。
図3の場合は、x方向にイオンを捕捉するために、直流電源部900がDC電極131−1,3,5,7,9,11に電圧を印加すればよい。なお、プレーナ・イオン・トラップ部100が2つのイオントラップを形成するためには、DC電極列130はx方向に少なくとも5個のDC電極131−1,…,5があればよい。同時に観測したいイオンの数を増やすには、DC電極の数を増やせばよい。また、
図3の例では、イオン同士の間には1つのDC電極しかないが、複数個のDC電極を間に置いてもよい。
【0013】
プレーナ・イオン・トラップ部100は、イオントラップの中心をy方向に移動させることができる。直流電源部900が、2つのDC電極列130の間にバイアス電圧を与えればよい。例えば、直流電源部900が、2つのDC電極列130の一方にバイアス電圧を付加すれば、トラップ中心をy方向に移動させることができる。より具体的には、
図3の右側のDC電極列130を構成するDC電極131−1,…,11のすべてに正のバイアス電圧を付加すれば、トラップ中心は−y方向にシフトできる。もちろん、一方のDC電極列130に正のバイアス電圧、他方のDC電極列130に負のバイアス電圧を印加してもよい。また、複数個のイオントラップ同士は、捕捉しているイオン同士が干渉しない間隔を有している。イオン同士が干渉しないためには、例えば、1mm程度の間隔があればよい。つまり、DC電極131−1,…,11のx方向の幅を0.5mm程度にすればよい。
【0014】
プレーナ・イオン・トラップ部100、マイクロ波照射部200、レーザ照射部300、計測部400は、
図4に示したように配置すればよい。マイクロ波照射部200は、イオン150−1,…,5に、いずれかの方向からマイクロ波のπ/2パルスを照射する。
図4は、y方向からマイクロ波を照射する例を示している。π/2パルスとは、内部状態の存在確率が半分になるパルスである。レーザ照射部300は、x方向の対向する方向から2つのレーザ光を照射し、イオン150−1,…,5のx方向の運動量を変化させる。2つのレーザ光の一方は、基底状態の中の1つのエネルギー準位と励起状態のエネルギー準位に対応した光である。2つのレーザ光の他方は、基底状態の中の他の1つのエネルギー準位と励起状態のエネルギー準位に対応した光である。2つのレーザ光は、所定のレーザパルスである。より具体的には、非特許文献2に記載されている。計測部400は、イオンの内部状態をz方向から観測し、角度を計測する。観測には、一般的なイオンからの蛍光を検出する技術(fluorescence techniques)を用いればよい。
【0015】
次に
図5、
図6A〜
図6Cを参照しながら角度計測方法の処理フローを説明する。
図6A〜
図6Cでは、イオン150−1の部分だけを拡大している。また、
図6Aはイオンが静止した状態、
図6Bはイオンがx方向に振動した状態、
図6Cはイオンが円運動した状態を示している。
【0016】
ジャイロ10は、複数個のイオントラップを形成し、捕捉しているイオンの内部状態を所定の状態とする(準備ステップS110)。具体的には、少なくとも観測対象となっているイオンの内部状態を基底状態の中の1つにそろえる。一般的には、捕捉しているイオンの全部を観測対象にすると考えられるが、別の目的のイオンも捕捉する可能性も有るので、ここでは「少なくとも観測対象となっているイオン」のように説明している。以下も同じである。次に、マイクロ波照射部200が、少なくとも観測対象となっているイオンにπ/2パルスのマイクロ波を照射する(第1マイクロ波ステップS210)。このステップによって、2つの異なる内部状態がそれぞれ50%となるような重ね合わせを生成する。このステップまでは、イオンは、
図6Aに示したように静止している。
【0017】
レーザ照射部300が、少なくとも観測対象となっているイオンにレーザパルスを照射してx方向の運動量を与える(第1レーザステップS310)。1回のレーザパルスの照射では、非特許文献2に示された2つのレーザパルスの照射を行えばよい。レーザパルスの照射によって、イオンはキックされ、運動量が与えられると同時に、内部状態が入れかわる。また、2つの内部状態の内、どちらからどちらに入れかわったかによって、与えられる運動量の方向が逆になる。よって、イオンの振動の半周期後に同じ2つのレーザパルスを再度照射すれば、運動量をさらに与え、かつ内部状態が入れかわる。つまり、イオンが静止した状態からスタートして、イオンの振動の半周期ごとにレーザパルスの照射を繰り返せば、より大きい運動量を付加できる(この点については、後で詳しく説明する)。レーザパルスの照射(キック)の回数としては、100回程度にすればよい。このステップによって、イオンは
図6Bに示したようにx方向に振動する。なお、イオンの内部状態によって運動量が与えられる方向が逆向きなので、内部状態が同じイオン同士は同位相、異なるイオン同士は逆位相で振動する。
【0018】
上記の内容について、さらに詳しく説明する。例えば、ジャイロ10が利用する2つの基底状態を|g>,|e>とする。そして、レーザパルスの照射によって、基底状態|g>から基底状態|e>に入れかわるときにはx方向の正の方向に運動量が与えられ、基底状態|e>から基底状態|g>に入れかわるときにはx方向の負の方向に運動量が与えられるとする。イオンが静止した状態でレーザパルスを照射すると、基底状態|g>のイオンは、基底状態|e>に入れかわり、x方向の正の方向に進む。イオンの振動の半周期後には、このイオンは、x方向の負の方向に進んでいる。このタイミングでレーザパルスを照射すると、基底状態|g>に入れかわり、x方向の負の方向にさらに運動量が与えられる。さらに半周期後は、x方向の正の方向に進んでいる。このタイミングでレーザパルスを照射すると、基底状態|e>に入れかわり、x方向の正の方向にさらに運動量が与えられる。このように、イオンが静止した状態からスタートして、イオンの振動の半周期ごとにレーザパルスの照射を繰り返せば、より大きい運動量を付加できる。なお、静止した状態のときに基底状態が|e>だったイオンは、上記と逆向きに移動しながら運動量が付加される。また、この方法の場合、イオンの振動の半周期ごとに運動量を与えることができ、かつ毎回同じ2つのレーザパルスを照射すればよいので、運動量を短い時間で与えることができ、かつ装置の構成を単純にできる。
【0019】
直流電源部900が、プレーナ・イオン・トラップ部100の2つのDC電極列130の間にバイアス電圧を与え、複数個のイオントラップの中の少なくとも観測対象となっているトラップ中心の位置をy方向に所定の距離移動させる(トラップ中心移動ステップS120)。この処理によって、イオンはy方向にも振動することになる。
図6Cでは、イオントラップのトラップ中心151−1が移動し、イオン150−1が点線で示した円軌道152−1を移動することを示している。また、第1レーザステップS310が実行されたときに、内部状態が同じイオンは同位相、異なるイオンは逆位相でx方向に振動しているので、トラップ中心移動ステップS120が実行されると、内部状態が同じイオン同士は同じ回転方向となり、異なるイオン同士は逆の回転方向となる。
【0020】
トラップ中心移動ステップS120が実行されると、イオンが内部状態に依存した回転方向に回転した状態になる。ジャイロ10は、z軸方向の回転の影響を受けるために、この状態でイオンが所定の回数だけ回転する時間だけ待つ(角度検出ステップS130)。イオンが1回転する時間はおよそ1μ秒なので、1万回回転させるためには約10m秒待つことになる。この場合、他の処理の時間も考慮すれば、観測を20m秒程度の間隔で行うことができる。捕捉するイオンの数を、1回の計測に必要な数にして観測すれば、20m秒間隔で角度を計測できる。
【0021】
直流電源部900が、プレーナ・イオン・トラップ部100の2つのDC電極列130の間のバイアス電圧をなくすことで、複数個のイオントラップの中の少なくとも観測対象となっているトラップ中心の位置を元に戻す(トラップ中心復元ステップS140)。この処理によって、
図6Bに示すようにイオンがx方向に振動した状態に戻る。
【0022】
レーザ照射部300が、少なくとも観測対象となっているイオンにレーザパルスを照射してx方向の運動量を奪う(第2レーザステップS320)。第1レーザステップS310とは逆のタイミングでレーザパルスを照射(イオンをキック)することで、運動量を奪う。より具体的には、第1レーザステップS310で最後にレーザパルスを照射したときからイオンの振動の周期の整数倍後から、レーザ照射部300が、イオンの振動の半周期ごとに複数回レーザパルスを照射すればよい。このタイミングであれば、第1レーザステップS310と同じレーザパルスでイオンの運動量を奪うことができる。レーザパルスを照射する回数は、第1レーザステップS310での回数と同じにすればよい。この処理によって、
図6Aに示すようにイオンが静止した状態に戻る。
【0023】
上記の内容について、さらに詳しく説明する。第1レーザステップS310の最後のレーザパルスの照射によって、基底状態|g>から基底状態|e>に入れかわり、x方向の正の方向の運動量が付加されたイオンは、このレーザパルスの照射から周期の整数倍後には、基底状態|e>でx方向の正の方向に進んでいる。このタイミングでレーザパルスを照射すると、基底状態|g>に入れかわり、x方向の負の方向に運動量が与えられる。つまり、レーザパルスの照射1回分の運動量が奪われることになり、x方向の正の方向に進んでいるが、減速する。そして、イオンの振動の半周期後には、このイオンは、x方向の負の方向に進んでいる。このタイミングでレーザパルスを照射すると、基底状態|e>に入れかわり、x方向の正の方向に運動量が与えられる。つまり、再度レーザパルスの照射1回分の運動量が奪われることになり、x方向の負の方向に進んでいるが、さらに減速する。さらに半周期後は、x方向の正の方向に進んでいる。このタイミングでレーザパルスを照射すると、基底状態|g>に入れかわり、x方向の負の方向に運動量が与えられる。このように、第1レーザステップS310で最後にイオンにレーザパルスを照射したときからイオンの振動の周期の整数倍後からスタートして、イオンの振動の半周期ごとにレーザパルスの照射を繰り返せば、イオンの運動量を奪うことができる。第1レーザステップS310の最後のレーザパルスの照射によって基底状態が|g>に入れかわったイオンは、上記と逆向きに移動しながら運動量が奪われる。なお、第1レーザステップS310で半周期ごとのレーザパルスの照射を行っていない場合でも、第1レーザステップS310で最後にイオンに運動量を付加するレーザパルスを照射したときからイオンの振動の周期の整数倍後から、レーザ照射部300が、イオンの振動の半周期ごとに繰り返しレーザパルスを照射すれば、同様に運動量を奪うことができる。
【0024】
マイクロ波照射部200が、少なくとも観測対象となっているイオンにπ/2パルスのマイクロ波を照射する(第2マイクロ波ステップS220)。
【0025】
計測部400が、イオンごとの内部状態を観測し、角度を計測する(計測ステップS410)。観測には、一般的なイオンからの蛍光を検出する技術(fluorescence techniques)を用いればよい。複数個のイオンの内部状態から、内部状態の確率が分かるので、この確率に基づいて角度を計測すればよい。
【0026】
本発明のジャイロによれば、複数のイオンを相互に干渉しないように、直線状に捕捉できるので、複数のイオンに対してマイクロ波の照射、レーザパルスの照射を一度に実行できる。そして、複数のイオンの内部状態を観測し、その結果から角度を計測できるので、計測時間を短縮できる。