【文献】
Clin. Biochem.,2015年,Vol. 48,pp.999-1002
【文献】
東ソー研究・技術報告,2014年,Vol. 58,pp.3-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、癌患者への抗癌剤の投与判断に、患者検体由来の腫瘍細胞が有する遺伝子変異に基づくコンパニオン診断が用いられている。コンパニオン診断に基づき、医師が抗癌剤の投与を判断することにより、癌患者に対し不必要な治療(不必要な抗癌剤の投与)を行なうリスクが低減する。そのため、医療費の低減に寄与し、かつ最適な治療による患者の予後改善にも寄与する。
【0003】
患者検体由来の腫瘍細胞が有する遺伝子変異に基づくコンパニオン診断においては、通常、生検や組織切除により得られた、癌原発組織または癌転移組織由来の腫瘍細胞を遺伝子解析する。例えば、メラノーマに対する抗癌剤であるベムラフェニブの投与を検討する際、メラノーマ患者の癌原発組織または癌転移組織由来の腫瘍細胞が有する遺伝子変異を解析し、その結果、BRAF遺伝子のV600の位置に遺伝子変異があれば、ベムラフェニブが高い奏効性を示すと判断する。
【0004】
その一方で、癌原発組織または癌転移組織では、X腺照射や薬剤投与などによる外部環境の変化や細胞のコピーエラーなどにより、異なる遺伝子変異を持つ腫瘍細胞が経時的に生じることも知られている。しかしながら、このような異なる遺伝子変異を持つ腫瘍細胞は、当該癌組織に占める割合が少ない場合や当該癌組織において偏在している場合が多く、当該癌組織から採取した腫瘍細胞を試料として、当該遺伝子変異を持つ腫瘍細胞を検出することは、一般に、困難であった。また、手術などにより癌原発組織などを完全に切除した場合、当該組織における遺伝子変異の経時的変化を追うこと自体が不可能となってしまう。これらの理由から、癌原発組織または癌転移組織から採取した腫瘍細胞における遺伝子変異の経時的変化を、癌患者への抗癌剤の投薬判断に反映させることは、これまで的確に行うことができなかった。
【0005】
また近年、体内で細胞が死ぬ際に細胞の内容物とともに放出された微量のDNAが血液中に存在することが知られており(このようなDNAを「循環遊離DNA(血中遊離DNA、セルフリーDNA)」と称する)、当該DNA中の標的遺伝子を遺伝子診断に活用する試みがなされている。例えば、癌原発組織または癌転移組織由来の腫瘍細胞が死ぬ際、当該細胞由来のゲノムDNAが放出される。放出されたゲノムDNAは、マクロファージなどの食細胞により消化されるが、未消化のゲノムDNAは、正常細胞由来の未消化のゲノムDNAと共に循環遊離DNAとして血管を流れる。前記腫瘍細胞由来の循環遊離DNAを用いることで、癌組織の採取と比較して低侵襲的な遺伝子変異解析が可能となる。
【0006】
しかしながら、上記の通り、異なる遺伝子変異を持つ腫瘍細胞は、当該癌組織に占める割合が少ない場合や当該癌組織において偏在している場合が多く、当該癌組織から放出される循環遊離DNA全体に占める当該異なる遺伝子変異を持つDNAの割合が極めて少ないことから、循環遊離DNAを用いて当該異なる遺伝子変異を検出することは、いまだ困難である。
【0007】
他方、前述した異なる遺伝子変異を持つ腫瘍細胞が検出されない場合であっても、血中循環腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell、以下、「CTC」と称する)の数をモニタリングすることにより、患者の予後や治療効果などを含め複合的な患者の病態を評価することが行われている。また、近年、癌原発組織または癌転移組織に代わる遺伝子解析のための対象細胞としても、CTCが用いられている。例えば、非特許文献1では、癌患者由来の血液から回収したCTCの遺伝子解析を開示している。この文献では、単一細胞でのCTCの遺伝子解析も行っている。また、特許文献1では、前立腺癌患者より回収したCTCにおけるAR−V7(Androgen Receptor Splice Variant−7)のRNA発現量を解析することで、前立腺癌に対する薬剤であるエンザルタミドおよびアビラテロンの投与判断が行なえることを開示している。
【0008】
さらに特許文献2では、無細胞体液試料から疾患もしくは症状の1つまたは複数のマーカーについての第1プロファイルを決定し、DNA量が2nである貪食細胞(2n貪食細胞)集団または非貪食細胞集団から、前記1つまたは複数のマーカーのうちの少なくとも1つについての第2プロファイルを決定し、前記マーカーのうちの少なくとも1つについて、第1プロファイルと第2プロファイルとの差異を同定し、前記差異に基づき、前記試料提供患者における前記疾患もしくは症状の存在、発症するリスクもしくはその評価、予後予測もしくはその補助、または診断もしくはその補助を行なうことを開示している。
【0009】
しかしながら、CTCにおいて、癌原発組織、癌転移組織または循環遊離DNAでは検出されない遺伝子変異の有無やその経時的変化を検出し、それらを指標として複合的な癌患者の病態を評価することは、これまで報告されていない。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明において、癌の限定は特になく、例えば、白血病、リンパ腫、ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫などの造血細胞悪性腫瘍、脳腫瘍、乳癌、子宮体癌、子宮頚癌、卵巣癌、食道癌、胃癌、虫垂癌、大腸癌、肝臓癌、胆嚢癌、胆管癌、膵臓癌、副腎癌、消化管間質腫瘍、中皮腫、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、頬粘膜癌などの喉頭癌口腔癌、頭頚部癌、唾液腺癌、副鼻腔癌、甲状腺癌、腎臓癌、肺癌、骨肉腫、骨癌、前立腺癌、精巣腫瘍、腎臓癌、膀胱癌、皮膚癌、肛門癌、メラノーマが挙げられる。また原発癌でもよいし転移癌であってもよい。
【0027】
本発明を適用する癌患者は、効果予測対象の抗癌剤の投与をすでに受けた患者であってもよいし、当該抗癌剤の投与を現在受けている患者であってもよいし、当該抗癌剤の投与を受ける前の患者であってもよいが、投薬方針を判断する観点から、抗癌剤の投与前または投与中の患者が好ましい。
【0028】
本発明における癌原発組織および癌転移組織以外の試料は、腫瘍細胞を含む試料であれば特に限定はなく、例えば、尿、全血、血漿、血清、唾液、精液、糞便、痰、髄液、羊水、リンパ液、腹水、胸水や、前記癌原発組織および癌転移組織以外の組織や器官(肝臓、肺、脾臓、腎臓、皮膚、リンパ節、動脈など)といった生体試料、ならびに前記生体試料中に含まれる細胞/組織の培養物や培養液(培養試料)が挙げられる。なお、癌原発組織および癌転移組織以外の試料は、その性状に応じて、予め希釈、混合、分散、懸濁などの処理を行なってもよい。
【0029】
前記生体試料のうち、血液試料(例えば、全血、血漿、血清などの血液検体や、当該血液検体を生理食塩水などで希釈した試料)は、癌患者からの試料採取や試料中に含まれる腫瘍細胞の回収が容易に行なえる点で、本発明における癌原発組織および癌転移組織以外の試料として好ましい。
【0030】
本発明では、まず前述した癌原発組織および癌転移組織以外の試料を採取した後、当該採取した試料から腫瘍細胞を回収する。癌原発組織および癌転移組織以外の試料が全血、血漿、血清といった血液試料であり、腫瘍細胞が血中循環腫瘍細胞(CTC)である場合、例えば、当該血液試料から密度勾配遠心法(特開2015−006169号公報)やフィルタ−法(特開2014−233267号公報)などによりCTCを含む(CTCが濃縮された)画分を取得し、当該画分からCTCを回収することができる。
【0031】
密度勾配遠心法により腫瘍細胞を含む画分を取得する場合には、密度勾配溶液に試料を重層した後、遠心分離を行う。当該遠心分離により試料中に含まれる夾雑細胞(血液試料の場合、赤血球、白血球など)は下層(密度勾配溶液側)に移動する一方、腫瘍細胞は上層(試料側)に残るため、当該上層を回収することで腫瘍細胞を含む(腫瘍細胞が濃縮された)画分を取得することができる。なお、前述した腫瘍細胞を含む画分の取得を、前記上層と前記下層とが分離可能な容器(特開2015−006169号公報)を用いて行なうと、腫瘍細胞を含む画分の取得が容易となるため好ましい。さらに、試料が血液試料の場合には、当該試料を密度勾配溶液に重層する前に、当該試料を溶血させる工程(溶血操作)を行なうと、夾雑細胞である赤血球の細胞数を減少させることができ、前記上層への赤血球の混入数も減少するため好ましい。なお、前記溶血操作は密度勾配遠心分離後に実施してもよく、その場合は、再度遠心分離などによる夾雑細胞の除去操作を行なってもよい。
【0032】
前述した方法で得られた腫瘍細胞を含む画分は、凍結保存や化学固定による保存処理を行なってもよい。例えば、凍結保存する場合は、細胞保存溶液に溶液置換をした後、0℃以下の温度、好ましくは−20℃以下、さらに好ましくは−80℃以下の温度で保存すればよく、化学固定する場合は、細胞懸濁液に安定化剤を添加し、タンパク質を不溶化および/または不活性化する細胞固定処理を施すことで、前記細胞の劣化を長時間抑制すればよい。化学固定に用いる安定化剤としては、例えば、アルデヒド類、酸類、脱水剤・有機溶媒類、金属塩類などの細胞固定剤を含む溶液が挙げられる。
【0033】
前述した方法で得られた腫瘍細胞を含む画分には、腫瘍細胞以外の夾雑細胞(血液試料の場合、特に白血球)がまだ多く含まれる。従って、前記画分中に存在する腫瘍細胞を特異的に検出してから、腫瘍細胞を回収すると好ましい。腫瘍細胞を検出するには、例えば、まず、腫瘍細胞を含む画分をスライドに塗布するか、または腫瘍細胞を保持可能な装置に腫瘍細胞を含む画分を導入して腫瘍細胞を前記装置に保持させる。その後、顕微鏡や光学検出器などを利用して、前記腫瘍細胞が有する特徴に基づいて、腫瘍細胞を検出すればよい。また、腫瘍細胞を含む画分をフローサイトメーターに導入することで腫瘍細胞を検出してもよい。
【0034】
腫瘍細胞を回収可能な細胞回収装置の一例を
図1に示し、その正面図を
図2に示す。
【0035】
図1および
図2に示す細胞回収装置100は、
貫通孔11aを有する平板状の遮光部材11と、
貫通孔12aを有する平板状の絶縁体12と、
導入口21、排出口22および貫通部23を有する平板状のスペーサ20と、
遮光部材11の下部およびスペーサー20の上部と密着するよう設けた電極基板31、32と、
電極基板31、32同士を接続する導線40と、
電極基板31、32に信号を印加する信号発生器50と、
を備えている。
【0036】
遮光部材11が有する貫通孔11aと絶縁体12が有する貫通孔12aとは互いに同一の寸法および形状であり、かつそれぞれの貫通孔の位置が一致するよう遮光部材11および絶縁体12を設けている。貫通孔11a、貫通孔12aおよび遮光部材11の下部に密着して設けた電極基板31により、細胞回収手段10内に保持部60が構成され、導入口21から細胞を含む液体を導入すると、貫通部23を通じて保持部60へ細胞が導入される。電極基板32はスペーサ20上部に密着して設けており、導入口21から導入した、細胞を含む液体の飛散や蒸発を防止している。なお、保持部60に保持した細胞の回収を容易にするため、電極基板32はスペーサ20から取り外し可能な構造となっている。また電極基板31・32をITO(酸化インジウムスズ)などの透明電極にすると、保持部60に保持された細胞を、顕微鏡や光学検出器を用いて検出可能となるため好ましい。
【0037】
図1および
図2に示す細胞回収装置100に腫瘍細胞を保持させる際は、腫瘍細胞を含む画分をスペーサ20に設けた導入口21から導入後、信号発生器50から導線40を介して電極基板31・32へ交流電圧を印加することで誘電泳動力を発生させ、腫瘍細胞を保持させるとよい。腫瘍細胞を含む画分を細胞回収装置100に導入する際は、予め当該画分を遠心分離することで腫瘍細胞を含むペレットを得た後、マンニトール、グルコ−ス、スクロ−スなどの糖を含む溶液に当該ペレットを懸濁させてから細胞回収装置100に導入すると、腫瘍細胞へのダメ−ジが少なくなるため好ましい。なお、前記ペレットの懸濁液として前述した糖の他に、BSAやカゼイン等のタンパク質、親水性高分子を結合したタンパク質をさらに含んでもよい。前記ペレットの懸濁液中に含まれる糖の濃度は腫瘍細胞と等張になる濃度とすればよく、糖としてマンニトールを用いる場合は終濃度で250mMから350mMの間とすればよい。電極基板31・32へ印加する交流電圧としては、ピ−ク電圧が1Vから20V程度で、周波数10kHzから10MHz程度である、正弦波、矩形波、三角波、台形波が例示できる。具体例として、生きた腫瘍細胞を保持部に1つずつ保持させたい場合は、周波数100kHzから3MHzの矩形波を使用すると好ましい。
【0038】
前述した通り腫瘍細胞の検出は、当該腫瘍細胞が有する特徴に基づき検出すればよい。例えば、血液試料中に含まれる腫瘍細胞(CTC)を検出する場合は、細胞核を有し、かつ白血球マーカー(CD45など)を実質的に発現していない、および/または癌細胞由来マーカーもしくは上皮系マーカー(サイトケラチン(CK)やEpCAM(Epithelial cell adhesion molecule)など)を発現している細胞をCTCとして検出する態様が挙げられる(S.L.Werner.et al.,J.Circ.Biomark.,4:3,doi:10.5772/60725(2015)参照)。ここで「白血球マーカーを実質的に発現していない」とは、白血球マーカーの発現がほとんど確認できないことをいい、具体的には、対象細胞におけるマーカーの発現量が、白血球マーカーを発現する細胞(白血球など)の発現量の半分未満、好ましくは1/3未満、より好ましくは1/5未満、さらにより好ましくは1/10未満である場合に「白血球マーカーを実質的に発現しない」と評価しうる。また、対象細胞におけるマーカーの発現量が、白血球マーカーを発現しないことが知られている陰性対照細胞(例えば、血管内皮細胞、間葉系幹細胞)と同等の発現量である場合も「白血球マーカーを実質的に発現しない」と評価しうる。癌細胞由来マーカーとしては、癌種によって様々なタンパク質が挙げられるが、間葉系癌の一つであるメラノーマの場合は、gp100やMART−1が例示できる。なお、CKにはCK1からCK20まで20種類のタンパク質が知られているが、そのいずれもが前記上皮系マーカーとして使用可能である。
【0039】
腫瘍細胞の検出を当該腫瘍細胞が有する光学的特徴に基づき検出する場合、細胞核の検出は、4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)やHoechst 33342(商品名)などの細胞核染色試薬で染色して検出すればよい。また、マーカーの検出は、当該マーカーを直接呈色試薬や蛍光試薬で染色して検出してもよく、当該マーカーに対する標識化抗体又は当該タンパク質に対する一次抗体と当該一次抗体に対する標識二次抗体を用いて検出してもよく、当該マーカーの遺伝子を特異的に増幅して検出してもよい。中でもマーカーの検出を当該マーカーに対する標識化抗体を用いて検出する方法は、当該マーカーを簡便、高感度、かつ特異的に検出できる方法であり好ましく、さらに標識二次抗体を用いた検出がより高感度、かつ特異的に検出できるため特に好ましい。なお、抗体を標識する物質も特に限定はなく、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、Alexa Fluor(商品名)などの蛍光物質が挙げられる。
【0040】
腫瘍細胞検出の別の態様として、細胞の大きさに基づき検出する態様が挙げられる。腫瘍細胞の多くは赤血球(直径7μmから8μm、厚さが2μm程度の円盤形)や白血球(マクロファージを除けばおよそ直径6μmから15μmの球状)と比較して径が大きい(CTCの場合、直径10μmから30μm)ことが知られており(Rostagno P.et al.,Anticancer Res.,17(4A),2481−2485(1997))、赤血球や白血球と比較して径が大きな細胞を指標とすることにより、腫瘍細胞(例えば、メラノーマなど上皮間葉転移を起こした腫瘍組織由来の間葉系細胞)を精度よく検出できる。
【0041】
腫瘍細胞検出のさらに別の態様として、細胞核の大きさに基づき検出する態様が挙げられる。腫瘍細胞の多くは正常細胞と比較して細胞核が大きいことが知られており、正常細胞と比較して細胞核が大きな細胞を抽出することにより、正常細胞とほぼ同じ径の腫瘍細胞であっても精度よく検出することが可能となる(特願第2012−535345号、特許第5138801号参照)。細胞核の大きさの測定は、具体的には、細胞核領域を染色可能な試薬で染色して測定すればよい。
【0042】
検出器による腫瘍細胞の検出は、例えば、カメラなどの撮像手段で撮像することで得られた画像(明視野像、蛍光画像、発光画像など)をパソコン等に取り込んだ後、ソフトウェアを用いて腫瘍細胞か否かを判別すればよい。ソフトウェアを用いずに、目視により腫瘍細胞か否かを判別することもできる。
【0043】
前述した方法で検出した腫瘍細胞は、細胞を採取可能な採取手段を用いて回収すればよい。採取手段としては、例えば、ポンプや電気浸透流などを用いた吸引による採取手段が挙げられる。腫瘍細胞がポリ−L−リジンなどの接着物質により比較的強く基板に接着されており、かつ採取手段としてシリンジポンプを用いる場合は、高流速で吸引する必要があるため、流量を0.01から5.0μL/sの間とすると好ましい。細胞の吸引で用いる細管の材質としては、ガラス、金属、樹脂等が挙げられるが、耐衝撃性および光透過性が高いガラスが好ましい。また、細管の内径は、吸引後の細管内での詰まりを防ぐため、吸引する細胞の直径よりも大きくすることが好ましい。例えば、直径30μmの保持部(保持部間の距離は50μm)に導入された細胞を吸引する場合は、細管の内径を25μmから35μmの間とすることができる。
【0044】
癌原発組織および癌転移組織以外の試料から回収した腫瘍細胞は、遺伝子変異解析に供される。前記腫瘍細胞は、前述した検出および採取手段により回収した腫瘍細胞を用いてもよいが、癌原発組織および癌転移組織以外の生体試料の懸濁液や培養試料といった試料中に含まれる腫瘍細胞が多い場合および/または夾雑細胞が少ない場合は、前述した密度勾配遠心法やフィルター法などにより得られた腫瘍細胞を含む画分(腫瘍細胞が濃縮された画分)をそのまま遺伝子変異解析に供してもよい。遺伝子変異解析手法に関しては特に限定はなく、例えば、回収した腫瘍細胞から、遺伝子を抽出した後、遺伝子解析をすればよい。その際に抽出した遺伝子の増幅反応を行なってもよく、遺伝子の増幅法としては、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法や、TRC(Transcription Reverse−transcription Concerted reaction)法、LAMP(Loop−Mediated Isothermal Amplification)法などを用いることができる。遺伝子変異解析においては、例えば、サンガー法、サイクルシークエンス法、次世代シークエンシングなどの手法により、抽出した遺伝子(またはその増幅産物)の塩基配列を決定してもよく、また、例えば、抽出した遺伝子を特定の変異を検出可能なプライマーセットを用いた核酸増幅反応(前述したPCR法、TRC法、LAMP法など)を行うことで定性的に解析してもよく、抽出した遺伝子の絶対数を定量するためにデジタルPCR法を行なってもよい。
【0045】
前述した方法で解析された、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞の遺伝子変異情報に基づき、対象患者(前記試料を採取した患者)に対する抗癌剤の投与効果を予測することができる。
【0046】
遺伝子の中には、その変異が抗癌剤の奏効性に影響を与える遺伝子が存在する。このような遺伝子においては、例えば、その変異が、コードするタンパク質の構造や活性に影響を及ぼし、それにより患者に対する抗癌剤の奏効性や副作用が変化する。従って、当該遺伝子の変異は、抗癌剤投与を行なう際の指標となる。例えば、ゲフィチニブやエルロチニブといった上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR−TKI)については、EGFR遺伝子の変異がそれらの奏効性に関与することが知られており、また、ベムラフェニブ、ダブラフェニブやエンコラフェニブといったB−Raf酵素阻害薬については、BRAF遺伝子の変異がそれらの奏効性に関与することが知られている。
【0047】
本発明においては、具体的には、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞で検出される遺伝子変異のうち、癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞もしくは循環遊離DNAでは検出されないか、または主要ではない変異(以下、「本発明の対象変異」と称する。)を指標として、抗癌剤投与効果の予測を行う。なお、本発明において、「循環遊離DNA」とは、体内で細胞が死ぬ際に細胞の内容物とともに放出され血中に流れ込むDNAを意味する。また、「主要ではない変異」とは、癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞または循環遊離DNAで検出される遺伝子変異のうち、頻度が10%以下、例えば、5%以下、3%以下、1%以下の変異を意味する。変異の検出および頻度の決定は、本願実施例に記載の方法で行うことができる。
【0048】
本発明の対象変異は、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞で検出される遺伝子変異と、前記癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞または循環遊離DNAで検出される遺伝子変異とを比較することにより同定することができる。遺伝子変異の比較のために用いられる、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞、並びに癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞または循環遊離DNAは、同一人に由来することが好ましい。
【0049】
遺伝子変異の比較においては、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞(以下、腫瘍細胞Aとも表記)で検出される遺伝子変異と、前記癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞(以下、腫瘍細胞Bとも表記)または循環遊離DNAで検出される遺伝子変異とを、(i)遺伝子変異位置、(ii)遺伝子変異数、(iii)遺伝子変異の種類などの相違に基づき比較すればよい。抗癌剤の投与効果の予測においては、腫瘍細胞Aにおける本発明の対象変異の有無のみならず、その頻度を考慮に入れることができる。また、特定の時点での本発明の対象変異の状況のみならず、その経時的な変化を考慮に入れることができる。
【0050】
例えば、前記比較の結果、本発明の対象変異が腫瘍細胞Aに存在する場合、一定のしきい値(数または割合)以上存在する場合、または本発明の対象変異が検出される腫瘍細胞Aの数または割合が増加する場合に、当該遺伝子に対応する抗癌剤の投与が有効または無効と予測できる。抗癌剤の投与が有効であると予測できる場合においては、有効性の程度(極めて有効、中程度に有効、わずかに有効など)を評価に含めてもよい。
【0051】
前記予測の第一の態様として、腫瘍細胞Bもしくは循環遊離DNAで検出される遺伝子変異とは異なる位置にある変異を有する腫瘍細胞Aの存在/不存在に基づく予測が挙げられる。また前記予測の第二の態様として、腫瘍細胞Bもしくは循環遊離DNAで検出される遺伝子変異とは異なる位置にある変異を有する腫瘍細胞Aが一定のしきい値(数または割合)以上存在するか否かに基づく予測が挙げられる。また前記予測の第三の態様として、腫瘍細胞Bもしくは循環遊離DNAで検出される遺伝子変異とは異なる位置にある変異を有する腫瘍細胞Aの数または割合の増加/減少に基づく予測が挙げられる。中でも前記第三の態様に基づく予測は、抗癌剤の投与効果予測を病態の変化よりも早期に予測できる点で、より好ましい。
【0052】
本発明の方法による抗癌剤投与効果の予測は、医師が行なわずに、医療補助者などが行なうことができるし、装置及びソフトウェア上で自動で関連付けすることができる。したがって、本発明の方法は、医師による抗癌剤投与判断のための予備的方法、または医師による抗癌剤投与効果の予測のための情報を得る方法ということもできる。
【0053】
腫瘍細胞の遺伝子変異と、それに対応する抗癌剤の投与効果予測との関係については、追跡試験を行なうことで決定することもできる。そのような関係は、患者が患っている癌疾患の種類及びステージに応じて決定することもできる。治療前の患者血液に含まれる腫瘍細胞の遺伝子情報に応じて、奏効性の高いまたは副作用の少ない抗癌剤との関連を予め決定することで、患者への抗癌剤投与方針を決定することができる。また、治療中の患者由来の試料に含まれる腫瘍細胞の遺伝子情報に応じて、奏効性の高いまたは副作用の少ない抗癌剤との関連を予め決定することで、遺伝子変異が生じやすい癌を患った患者に対しての抗癌剤投与方針を決定することもできる。さらに、治療後の患者由来の試料に含まれる腫瘍細胞の遺伝子変異情報に応じて、奏効性の高い薬剤または副作用の少ない抗癌剤との関連を予め決定することで、抗癌剤投与方針を決定することもできる。
【0054】
本発明の好ましい態様の一つとして、本発明の対象変異を指標とすることに加えて、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞数を指標とすることで、抗癌剤投与効果を予測する方法が挙げられる。癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞数と予後とは関連性があり、当該腫瘍細胞数が多いほど予後が悪い(血液試料中に含まれる腫瘍細胞の場合は特許第5479355号参照)。このことから、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞数を計測することで、患者の予後を予測することができ、当該患者が抗癌剤を投与されている場合、当該抗癌剤投与による効果を予測することができる。従って、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞における遺伝子変異を解析して、本発明の対象変異を同定する工程に加えて、癌原発組織および癌転移組織以外の試料由来の腫瘍細胞数を計測することで、抗癌剤投与による効果予測をより精度高く行なうことができる。なお、腫瘍細胞数を指標とする場合においては、単に採取した試料中に一定のしきい値以上の腫瘍細胞が存在するかを評価してもよく、試料を複数回採取し、当該採取した各試料中に含まれる腫瘍細胞数の経時変化を評価してもよい。
【0055】
以下、本発明の予測方法の一例として、
図1および
図2に示す細胞回収装置100を用いた、血液試料中に含まれる腫瘍細胞(CTC)で検出される本発明の対象変異に基づく予測方法を説明するが、本発明は本説明の内容に限定されるものではない。
【0056】
(1)癌の疑いのある患者または癌患者から血液を採取する。なお、血液を採取する際、クエン酸、ヘパリン、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)などの抗凝固剤を添加してもよい。また必要に応じ、採取した血液を生理食塩水などで希釈してもよい。
【0057】
(2)採取した血液(または希釈した血液)を密度勾配遠心法に供し、当該血液中に含まれる夾雑細胞(赤血球、白血球など)を除去する。密度勾配遠心法は、物質をその比重に基づき分離する方法であり、密度勾配を形成した媒体(密度勾配溶液)上に採取した血液(または希釈した血液)を重層した後、遠心分離を行なうことにより、夾雑細胞やごみを除去し、CTCを含む画分(上層)を回収することができる。なお、前記遠心分離を行なう前に、採取した血液(または希釈した血液)に、夾雑細胞(赤血球、白血球など)と結合可能な結合剤(例えば、RosetteSep(StemCell Technologies社製))を添加することもできる。前記結合剤は、赤血球、白血球および/またはこれら細胞の表面抗原と結合することで細胞凝集体を形成し、これら細胞の密度を大きくすることができるため、密度勾配遠心法によるCTCの分離を容易にする。密度勾配遠心法により夾雑細胞やごみが除去されたCTCを含む画分は、速やかに後続の操作を行なうことが好ましいが、後続の操作を速やかに行なえない場合は、凍結保存による保存処理を行なってもよい。凍結保存する際は、CELLBANKER2(日本全薬工業社製)などの細胞保存溶液にCTCを含む画分を懸濁させた後、−80℃で凍結保存すればよい。
【0058】
(3)(2)で得られたCTCを含む画分に塩化アンモニウムを含む溶液を添加して撹拌することで、当該画分に混入した赤血球を溶血させる。本操作により、分離回収したCTCの観察が良好になる。
【0059】
(4)(3)で得られた溶血処理後のCTCを含む溶液を遠心分離することで血液成分を除去することでCTCをペレット状にした後、適切な溶液を用いてCTCを懸濁させる。
【0060】
(5)(4)で調製したCTCを含む懸濁液を再度遠心分離し、CTCを含むペレットを回収する。なお、必要に応じ、前記回収したペレットを溶液に再度懸濁させ、遠心分離する工程を追加してもよい。
【0061】
(6)(5)で得られたCTCを、
図1に示す細胞回収装置100に設けた細胞保持手段10上に展開後、誘電泳動力80により細胞70を保持部60へ保持させる(
図3(1))。
【0062】
(7)接着物質90を細胞回収装置100に導入し、CTCを保持部60に接着する(
図3(2))。接着物質90としては、例えばポリ−L−リジンを用いることができ、その濃度は0.01(w/v)%以下とするとよい。
【0063】
(8)保存処理剤および細胞膜透過処理剤を細胞回収装置100に導入し、CTCの保存および膜透過処理を施す。保存処理剤としては、ホルムアルデヒド、ホルムアルデヒドドナー化合物(加水分解を受けることでホルムアルデヒドを放出可能な化合物)、グルタルアルデヒドなどのアルデヒド類、メタノール、エタノールなどのアルコール類、および重金属を含む溶液が例示できる。細胞膜透過処理剤としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類や、サポニンなどの界面活性剤が例示できる。
【0064】
(9)抗体による非特異的な反応を防ぐため、保存および膜透過処理後の標的細胞を保持した保持部に対してタンパク質によるブロッキング処理を施す。
【0065】
(10)ブロッキング処理した後、白血球が発現するタンパク質(白血球マーカー)、上皮系細胞が発現するタンパク質(上皮系マーカー)、もしくは腫瘍細胞が発現するタンパク質(癌細胞由来マーカー)に対する蛍光標識抗体や、細胞核を蛍光染色させる試薬を用いて細胞を標識し(
図3(3))、洗浄後、蛍光顕微鏡200などで細胞の蛍光像および明視野像を観察する(
図3(4))。白血球が発現するタンパク質に対する抗体としては、抗CD45抗体を用いることができる。また、上皮系細胞が発現するタンパク質に対する抗体としては、抗CK抗体や抗EpCAM抗体などを用いることができる。腫瘍細胞が発現するタンパク質に対する抗体としては。腫瘍細胞がメラノーマの場合、抗gp100抗体や抗MART−1抗体などを用いることができる。細胞核を蛍光染色させる試薬としては、4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)やHoechst 33342(商品名)などを用いることができる。
【0066】
(11)観察した蛍光像および明視野像を基にCTC71を検出する(
図3(4))。CTCの検出においては、例えば、細胞核が染色されており、抗CD45抗体では標識されず、かつ上皮系細胞が発現するタンパク質に対する抗体(抗CK抗体や抗EpCAM抗体など)または癌細胞が発現するタンパク質に対する抗体(メラノーマの場合、抗gp100抗体や抗MART−1抗体)で標識された細胞をCTCとして検出すればよい。また細胞核が染色されており、抗CD45抗体では標識されず、かつ赤血球や白血球と比較して明視野像での細胞の形状が大きい細胞をCTCとして検出してもよい。
【0067】
(12)蛍光顕微鏡200で検出したCTC71を回収するために、電極基板32をスペーサ20から取り外した後、回収装置300で吸引することでCTC71を回収する(
図3(5))。電極基板32を取り外す際は、スペーサ20を剥がさないよう取り外す必要がある。もしスペーサ20が絶縁体12から剥がれると、装置内に保持されている溶液が系外に流れてしまい、CTC71が破壊されるからである。回収装置300によるCTC71の吸引は、前記(11)で検出したCTC71が保持されている保持部60に回収装置300を移動させ、回収装置300により液を吸引することでCTC71を回収する。なお、回収装置300によるCTC71の吸引位置を、CTC71を標本化した保持部60の中心から水平方向に一定距離ずらした位置とすると、CTC71の吸引を容易に行なえるため好ましい。具体的にはCTC71の吸引位置を、保持部60の中心から水平方向に保持部60の直径の0.1倍から2倍の長さ分(ただし隣接する保持部60間の距離の2分の1以下)ずらし、かつ保持部60の高さから垂直方向に保持部60の高さの0.01倍から2倍の高さ分高い位置とすると好ましい。また、回収装置300によるCTC71の吸引操作の前に、CTC71と保持部60との接着性を弱める酵素を含む溶液を添加する操作を行なってもよい。
【0068】
(13)回収装置300による吸引で回収したCTC71を回収チュ−ブ400へ吐出する(
図3(6))。回収チュ−ブ400へCTC71が吐出されたかどうかを光学検出器200で検出してもよい。
【0069】
(14)回収チュ−ブ400に回収されたCTC71中の遺伝子を抽出し、PCR法により当該遺伝子を増幅した後、サンガー法により当該遺伝子の配列決定することで、遺伝子変異を解析する。
【0070】
(15)(14)の解析結果と、癌原発組織もしくは癌転移組織由来の腫瘍細胞または循環遊離DNAにおける遺伝子変異の解析結果とを比較し、これら遺伝子変異位置の違いの有無に基づき、抗癌剤投与効果を予測する。なお、より精度の高い効果予測を行なう場合は、例えば、前記(11)で検出されたCTCを計数し、その経時変化を観察する工程を追加するとよい。
【実施例】
【0071】
以下、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は当該例に限定されるものではない。
【0072】
[実施例1]血中循環腫瘍細胞(CTC)における遺伝子変異と抗癌剤投与による病態との相関
(1)インフォームドコンセントを得たステージIVのメラノーマ患者から、治療経過に合わせて血液を計4回採取した。採血時期を以下に示す。
(1回目)B−Raf酵素阻害薬投与前
(2回目)B−Raf酵素阻害薬を投与し、病態の変化が認められない(病態が安定した)段階(1回目の採血から7ヶ月後)
(3回目)B−Raf酵素阻害薬を投与したものの、リンパ節転移や皮膚転移新生が認められた(病態が悪化した)段階であって、かつニボルマブの投与前(2回目の採血から8ヶ月後)
(4回目)ニボルマブ投与(5サイクル)により、CT画像診断による皮膚転移の縮小変化が認められた(病態が好転した)段階(3回目の採血から4ヶ月後)
(2)(1)で採取した血液10mLを20×gで10分間、室温にて遠心し、上清を除去後、PBS(Phosphate buffered saline)20mLで懸濁することで、希釈血液試料を調製した。
(3)希釈血液試料を、密度1.077g/mLの密度勾配溶液に重層し、800×gで20分間、室温にて遠心後、上清部にあるCTCを含む画分を回収した。
(4)(3)で回収したCTCを含む画分にPBS30mLを加え、600×gで10分間、室温にて遠心分離することで上清を除去し、CTCを含むペレットを得た。
(5)CTCを含むペレットを、PBS20mLで再懸濁し、300×gで8分間、室温にて遠心分離することで上清を除去し、CTCを含むペレットを得た。
(6)再度CTCを含むペレットをPBS20mLで再懸濁した後、300×gで8分間、室温にて遠心分離し、上清を除去した。(4)、(5)および本操作は、血液成分を除去し、所望とする細胞を濃縮するための操作である。
(7)CTCの長期保存を目的に、CTCを含むペレットを、細胞凍結保存液(CELLBANKER2、日本全薬工業社製)2mLで再懸濁し、−80℃にて凍結保存した。
(8)(7)で凍結保存したCTCを含む懸濁液を解凍し、その一部を、300mMマンニトールを含む溶液10mLに懸濁後、300×gで5分間、室温にて遠心分離することで上清を除去した。
(9)再度300mMマントールを含む溶液10mLで懸濁後、300×gで5分間、室温にて遠心分離し、上清を除去した。(8)および本操作は、細胞凍結保存液を除去し、CTCを濃縮するための操作である。
(10)(9)で上清を除去したCTCを含む懸濁液を
図1に示す細胞回収装置100に設けた細胞保持手段10に導入し、信号発生器50から電極基板31・32へ交流電圧(周波数1MHz)を3分間印加することで前記手段が有する保持部60にCTCを含めた細胞を保持させた。本実施例で用いた細胞回収装置100は、直径30μm、深さ40μmの微細孔を複数有する絶縁体12と、絶縁体12と電極基板31の間に設置した遮光性のクロム膜(遮光部材11)と、電極基板31とからなる細胞保持手段10に設けた保持部60の上面に、厚さ1mmのスペーサ20および電極基板32を密着させた構造である。
(11)(10)の条件で交流電圧を印加しながら、0.01(w/v)%のポリ−L−リジンを含む300mMマンニトール水溶液を導入し、3分間静置後、前記交流電圧の印加を停止し、前記水溶液を吸引除去した。
(12)50%(v/v)エタノールと2%(w/v)ホルムアルデヒドを含む水溶液(以下、「細胞膜透過試薬」と称する)を導入し、10分間静置することで、細胞膜を透過させ、保持部にCTCを含めた細胞を標本化した。
(13)細胞膜透過試薬を吸引除去し、PBSを導入することで、残留した細胞膜透過試薬を洗浄した。
(14)細胞膜内外のタンパク質と特異的に結合可能な蛍光標識抗体と、細胞核を標識する蛍光試薬(DAPI:4’,6−diamidino−2−phenylindole)を含む水溶液(以下、標識試薬A)を導入し、30分間静置した。なお、前記標識された抗体として、白血球表面に発現しているCD45に対する抗体、ならびにメラノーマ細胞の細胞質内で発現しているgp100およびMART−1に対する抗体を用いている。
(15)標識試薬Aを吸引除去し、PBSを導入することで、残留した標識試薬Aを除去した。
(16)(15)で標識したCTCを含む細胞保持手段を蛍光顕微鏡のステージ上に載置した後、複数の保持孔に捕捉した全ての細胞を観察するために保持部全体の撮像を行った。これにはコンピューター制御式電動ステージ、CMOSカメラ(ORCA−Flash4.0;浜松ホトニクス社製)を装備した蛍光顕微鏡(IX83;オリンパス社製)を用いた。画像取得及び解析ソフトウェアにはLabVIEW(National Instruments社製)を用いた。
(17)(16)で撮像した細胞の中から、細胞核を有していることを示すDAPIで染色されており(DAPI陽性)、白血球で発現しているCD45に対する抗体では染色されず(CD45陰性)、メラノーマの性質を有していることを示すgp100およびMART−1に対する抗体で染色されている(gp100/MART−1陽性)細胞を、目的とする腫瘍細胞(メラノーマ由来CTC)として検出した。
(18)スペーサ20から電極基板32を取り外した後、蛍光顕微鏡下で、円筒状の細管を用いて任意の保持部から(17)で検出したメラノーマ由来CTCを一つずつ吸引した。吸引した前記細胞を、容器に吐出することで前記細胞を回収した。
(19)(18)で回収した細胞から遺伝子を抽出し、BRAF遺伝子領域をPCR法で増幅した。
(20)(19)で増幅させたBRAF遺伝子からサンガー法による配列解析で当該遺伝子情報を取得し、変異の有無を解析した。
【0073】
[実施例2]癌原発組織および癌転移組織における遺伝子変異
(1)実施例1(1)において採血した癌患者から、1回目の採血前に癌原発組織および癌転移組織であるリンパ節を、3回目の採血時に癌転移組織である新生皮膚転移組織を、それぞれ採取した。
(2)採取した各組織に対して、コバス BRAF V600変異検出キット(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いて、遺伝子変異の有無を解析した。
【0074】
実施例1で遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC数と、その遺伝子変異解析結果を表1に示す。また実施例2で遺伝子解析を行なった組織における遺伝子変異解析結果を表2に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
1回目の採血(B−Raf酵素阻害薬投与前)では、遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC13個のうち、B−Raf酵素阻害薬による奏功性が高い、BRAF V600部位の変異を有するCTCが2個検出(当該変異を有するCTCの割合15.4%)され、かつその変異は、癌原発組織およびリンパ節(癌転移組織)で検出されるBRAF V600部位の変異(V600E)とは異なる変異(V600K)であった。BRAF V600Kの変異を有するCTCが検出されたことから、この時点ではB−Raf酵素阻害薬の投与が有効であることが予測される。
【0078】
2回目の採血(B−Raf酵素阻害薬投与により病態安定)でも、遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC10個のうち、BRAF V600Kの変異を有するCTCが1個検出(当該変異を有するCTCの割合10.0%)されており、遺伝子変異解析の結果からもB−Raf酵素阻害薬投与が有効であることが示されている。事実、B−Raf酵素阻害薬の投与により病態は安定している。但し、2回目の採血では病態の変化が認められないにも関わらず、BRAF V600Kの変異を有するCTCの検出数および割合が1回目の採血時(BRAF V600Kの変異を有するCTCが2個検出され、当該変異を有するCTCの割合は18.2%)と比較して減少していることから、2回目採血以降B−Raf酵素阻害薬が効きづらくなることが予測される。
【0079】
3回目の採血時には、B−Raf酵素阻害薬投与を継続しているにも関わらず病態が悪化しており、B−Raf酵素阻害薬の奏効性が低下したことを示す。このことは上記2回目の採血結果からの予測(即ち2回目の採血以降にB−Raf酵素阻害薬の奏効性が低下するとの予測)と合致している。3回目の採血では、遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC9個のうち、BRAF V600Kの変異を有するCTCは検出されない一方、皮膚転移組織が有するBRAF V600部位の変異と同じ変異(V600E)を有するCTCが1個検出(当該変異を有するCTCの割合11.1%)された。このことから皮膚転移組織由来の腫瘍細胞で検出されるBRAF V600部位の変異(V600E)とは異なる変異(V600K)を有するCTCが検出されなくなると、B−Raf酵素阻害薬による奏功性が低下する(すなわち病状が悪化する)ことがわかる。一方、皮膚転移組織由来の腫瘍細胞にはBRAF V600部位の変異(V600E)が残存していることから、癌原発組織または癌転移組織由来の腫瘍細胞で検出される変異を解析するのみでは、抗癌剤投与効果の予測が困難であることがわかる。
【0080】
以上の結果から癌原発組織および癌転移組織由来の腫瘍細胞で検出される遺伝子変異とは異なる変異(BRAF V600K)を有するCTCの数および割合の経時変化を観察することで、病態の変化を観察するよりも早期に、抗癌剤投与効果が予測できることがわかる。
【0081】
なお、4回目の採血(ニボルマブ投与で病状好転)では、遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC14個のうち、BRAF V600変異を有するCTCは検出されなかった。
【0082】
また、実施例1(17)で検出した、各採血時のメラノーマ由来CTC数を計数した結果を表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
病態が悪化した3回目の採血時にメラノーマ由来CTC数が大幅に上昇した一方(2回目の採血時104.2個/mL→3回目の採血時1044個/mL)、病状が好転した4回目の採血時ではメラノーマ由来CTC数が減少している(3回目の採血時1044個/mL→4回目の採血時765.8個/mL)ことから、メラノーマ患者由来血液試料中に含まれるメラノーマ由来CTC数と当該患者の病態とは相関していることがわかる。従って、メラノーマ患者由来血液試料中に含まれるメラノーマ由来CTC数を観察することで、当該患者の予後予測、すなわち抗癌剤投与効果の予測が可能といえる。
【0085】
[比較例1] メラノーマ患者由来血液試料中の5−S−SD(5−S−cysteinyldopa)量測定
実施例1(1)で採取した血液を用いて、メラノーマ診断時のマーカーとして従来から用いられている5−S−CDの値を測定した。結果を表4に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
5−S−CDに関しては、各採血時において正常であることを示す基準値(2.5から6.1nmol/L)を超える値となった。しかしながら、病状が悪化した3回目の採血時において、2回目の採血時よりも5−S−SD量は低下していた(2回目の採血時33.5nmol/L→3回目の採血時27.4nmol/L)。このことから、メラノーマ患者由来血液試料中に含まれる5−S−SD量の経時変化を観察しても、当該患者の予後予測は困難といえる。
【0088】
[実施例3]標識二次抗体を用いたCTC数の経時的推移と病態との相関
(1)インフォームドコンセントを得た、実施例1とは異なるステージIVのメラノーマ患者から、治療経過に合わせて血液を計3回採取した。採血時期を以下に示す。
(1回目)リンパ節転移箇所郭清後
(2回目)肺転移出現後(1回目の採血から5ヶ月後)
(3回目)肺転移増大、肝転移出現、皮膚転移増大が認められた(病態が悪化した)段階(2回目の採血から3ヶ月後)
(2)(1)で採取した血液を用いた他は、実施例1(2)から(13)と同様な方法でCTCを含む細胞を細胞膜透過試薬に曝した後、残存した細胞膜透過試薬を洗浄した。
(3)細胞膜内外のタンパク質と特異的に結合可能な一次抗体を含む水溶液を導入し、30分間静置した。なお、前記一次抗体として、メラノーマ細胞の細胞質内で発現しているgp100およびMART−1に対する抗体を用いている。
(4)一次抗体を含む水溶液を吸引除去し、PBSを導入することで、残存した一次抗体を含む水溶液を除去した。
(5)細胞膜内外のタンパク質と特異的に結合可能な蛍光標識抗体と、前記一次抗体に対して特異的に結合可能な蛍光標識二次抗体と、細胞核を標識する蛍光試薬(DAPI:4’,6−diamidino−2−phenylindole)を含む水溶液(以下、標識試薬B)を導入し、20分間静置した。なお、前記蛍光標識抗体として、白血球表面に発現しているCD45に対する抗体を、前記蛍光標識二次抗体として、前記一次抗体の産生動物種およびサブクラスに対して特異的に結合可能な抗体を、それぞれ用いている。
(6)標識試薬Bを吸引除去し、PBSを導入することで、残留した標識試薬Bを除去した。
(7)(6)で標識したCTCを含む細胞保持手段を用いて、実施例1(16)および(17)と同様な方法でCTCを検出した。
【0089】
各採血時のメラノーマ由来CTC数を計数した結果を表5に示す。
【0090】
【表5】
【0091】
病態が悪化した3回目の採血時にメラノーマ由来CTC数が大幅に上昇(2回目の採血時110.6個/mL→3回目の採血時565.8個/mL)し、病態との相関が見られた。実施例1では、標識一次抗体を用いてCTC数と病態との相関を検出したが、本実施例では、標識二次抗体を用いた場合でも、CTC数と病態との相関を得ることができることが判明した。
【0092】
[実施例4]CTCにおける遺伝子変異
(1)インフォームドコンセントを得た、実施例1から3とは異なるステージIVのメラノーマ患者から、血液を1回採取した。
(2)(1)で採血した血液を用いた他は、実施例3(1)から(6)と同様な方法でCTCを検出した。
(3)(2)で検出したメラノーマ由来CTCの中から無作為に抽出した33個を、実施例(18)から(20)と同様な方法で一つずつ回収し、BRAF遺伝子領域の変異の有無を解析した。
【0093】
[実施例5]癌原発組織、癌転移組織および循環遊離DNAにおける遺伝子変異
(1)実施例4(1)において採血した癌患者から、癌原発組織および癌転移組織を採取した。また、末梢血を採取し、細胞を除去して末梢血中に含まれるDNA(循環遊離DNA)を抽出した。
(2)BRAF遺伝子領域の変異の有無の解析を、(1)で採取した組織に対しては、コバス BRAF V600変異検出キット(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)およびサンガー法を用いて行なった。BRAF遺伝子領域のV600EおよびV600K、K601Eの変異の有無の解析を、抽出した循環遊離DNAに対しては、デジタルドロップレットPCR法を用いて行なった。
【0094】
実施例4で遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTCの遺伝子変異解析結果を表6に示す。また実施例5で遺伝子解析を行なった癌原発組織、癌転移組織および循環遊離DNAにおける遺伝子変異解析結果を表7に示す。
【0095】
【表6】
【0096】
【表7】
【0097】
実施例4で遺伝子情報が得られたメラノーマ由来CTC33個のうち、BRAF V600近傍の変異を有するCTCが6個検出され、かつそれら変異の中に、癌転移組織および循環遊離DNAで検出されたBRAF V600近傍の変異(K601E ヘテロ変異体)とは異なる変異(V600E ヘテロ変異体、V600A ヘテロ変異体、K601E ホモ変異体)も検出された。癌原発組織では変異は検出されず、癌転移組織および循環遊離DNAは同一の変異が検出されたことから、癌転移組織で検出できる変異のみが循環遊離DNAからも検出されることがわかる。一方、CTCからは癌原発組織、癌転移組織および循環遊離DNAで検出されない遺伝子変異が検出されたことから、癌原発組織、癌転移組織および循環遊離DNAでは検出できない遺伝子変異の多様性の情報をCTCから取得できることがわかる。