(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記位相板の位相変調量分布は、当該位相板を透過する信号光における、透過後の各空間モードの空間的な重なりが透過前の各空間モードの空間的な重なりよりも小さくなるように設定されていることを特徴とする請求項1に記載の光通信システム。
【背景技術】
【0002】
近年、インターネットの普及により情報トラフィックは、急激に増加しており、モバイルデータ通信やM2M(Machine to Machine)通信などの普及により今後も増加し続けることが予想されている。このため、これらの通信を支える光ファイバ通信網においてさらなる大容量化の実現が急務となっている。これまで、複数の異なる波長を同時に利用する波長分割多重(WDM: Wavelength-Division Multiplexing)(非特許文献1参照)や偏光の違いを利用した偏光分割多重(PDM: Polarization-Division Multiplexing)(非特許文献2参照)などを組み合わせることにより、通信容量の拡大が試みられてきた。
【0003】
しかしながら、現行の光ファイバ通信網を支えるシングルモードファイバ(SMF: Single-Mode Fiber)では、多重数の増加に伴う入力パワー密度の増加に伴い信号のパルスが歪む非線形効果(非特許文献3参照)や光ファイバの熱破壊(非特許文献4参照)が生じ、伝送容量拡大の限界が指摘されている(非特許文献5参照)。
【0004】
そこで、さらなる光ファイバ通信の大容量化に向けて次世代光通信技術が注目されている。有力な次世代光通信技術の一つとして、マルチモードファイバ(MMF: Multi-ModeFiber)を利用したモード分割多重通信(MDM: Mode-Division Multiplexing)(非特許文献6参照)が挙げられる。MDMは、SMFに比べてコア径が広いMMFを用い、そのMMF中を伝搬する複数の空間モードの光に対して独立に信号変調する。よって、利用する空間モードの数に比例して光の伝送容量の拡大が可能であるため、伝送容量の拡大が期待できる。
【0005】
また、上記したようにMDMで用いられるMMFは、SMFに比べてコア径が広いため、入力パワー密度の増加を防ぐことが出来る。したがって、非線形効果や熱破壊の影響を受けにくい。
【0006】
また、MDMは、WDMなどの既存の多重技術との組み合わせが可能であり、最終的な光の伝送容量は現在の通信容量と用いる空間モード数を乗じたものとなり飛躍的な向上となる。
【0007】
以上から、MDMは非常に注目されている技術であると言える。一方で、実際にMDMを用いた場合、MMF中の複数の空間モードを独立したチャネルとして扱うため送受信側においてそれぞれに空間モードの多重分離技術が必要不可欠となる。
【0008】
従来の空間モードの多重分離技術としては、位相板を用いる手法(非特許文献7参照)や平面光波回路を用いる手法(非特許文献8参照)が提案されている。位相板を用いる手法では、各空間モードがお互いに空間的重なりを持つ場合においても分離が可能であるという特長を持つ。また、平面光波回路を用いる手法では、多重分離において損失が少なく、装置が小型化できるという特長がある。しかしながら、位相板を用いる手法においては、利用するモードの数に応じて位相板を用意する必要があり、かつビームスプリッタによって信号光を合波または分岐する必要があるためシステムが大型化及び複雑化する問題点がある。また、平面光波回路を用いる手法においては、現状の技術において高次の空間モードを扱うことが非常に困難であるため利用するモード数が制限されてしまうという問題点があげられる。
【0009】
これらの課題を解決しうる技術としてホログラム媒質を用いた動的多重ホログラムによる全光学的モードマルチ/デマルチプレクサ(特許文献1,非特許文献9参照)が提案されている。本技術では、事前にホログラム媒質に、空間モードと異なる角度で伝搬する参照光との干渉縞を媒質内に記録し、この記録を空間モードと参照光の角度を変化させ多重記録することで体積ホログラムとし、この体積ホログラムから複数の空間モードの分離を全光学的に実現する。これにより、単一のデバイスで一度に複数の空間モードを扱うことが可能であり、またホログラム媒質に空間モードを記録することで分離を行うため高次の空間モードであっても分離が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開特許公報「WO20011/052405(2011年5月5日国際公開)」
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】C. A. Brackett, “Dense wavelength division multiplexing networks: principles and applications,” IEEE JSAC 8(6), 948-964 (1990).
【非特許文献2】B. Zhu, T. Taunay, M. Fishteyn, X. Liu, S. Chandrasekhar, M. Yan, J. Fini, E. Monberg, and F. Dimarcello, “Space-, Wavelength-, Polarization-Division Multiplexed Transmission of 56-Tb/s over a 76.8-km Seven-Core Fiber,” OFC/NFOEC PDPB7 (2011).
【非特許文献3】A.R.Chraplyvy, “Limitations on Lightwave Communications Imposed by Optical Fiber Nonlinearities,” J. Lightwave Tech. 8(10), 1548-1552 (1990).
【非特許文献4】Y. Shuto, S. Yanagi, S. Asakawa, M. Kobayashi, and R. Nagase, “Fiber fuse phenomenon in step-index single-mode optical fibers,” IEEE J. Quantum Electron. 40(8), 1113-1121 (2004).
【非特許文献5】R. -J. Essiambre, and Robert W. Tkach., “Capacity Trends and Limits of Optical Communication Networks,”Proc. IEEE, 100(5), 1035-1055 (2012).
【非特許文献6】S. Berdague, and P. Facq, “Mode division multiplexing in optical fibers,” Appl. Opt. 21(11), 1950-1955 (1982).
【非特許文献7】C. Koebele, M. Salsi, L. Milord, R. Ryf, C. Bolle, P. Sillard, S. Bigo, and G. Charlet, “40km Transmission of Five Mode Division Multiplexed Data Streams at 100Gb/s with low MIMO-DSP Complexity,” ECOC Th.13.C.3 1-3 (2011).
【非特許文献8】N. Hanzawa, K. Saitoh, T. Sakamoto, T. Matsui, K. Tsujikawa, M. Koshiba, and F Yamamoto, “Mode multi/demultiplexing with parallel waveguidefor mode division multiplexed transmission,” Opt. Express 22(24), 29321-29330 (2014).
【非特許文献9】Y. Wakayama, A. Okamoto, K. Kawabata , A. Tomita, and K. Sato, “Mode demultiplexer using angularly multiplexed volume holograms,” Opt. Express 21(10), 12920-12933 (2013).
【発明を実施するための形態】
【0027】
(実施形態1)
以下、本発明の実施形態1について、詳細に説明する。
【0028】
(光通信システムの概要:位相板無し)
本発明の光通信システムを説明する前に、本発明の前提となる光通信システムについて
図3及び
図4を参照しながら説明する。ここでは、光通信システムとして、多重ホログラム記録部にホログラム媒質を用いた動的多重ホログラムによる全光学的モードマルチ/デマルチプレクサについて説明する。
【0029】
図3は、ホログラム記録過程を示し、
図4は、ホログラム再生過程を示す。
【0030】
前提となる光通信システムは、多重ホログラム記録部としてのホログラム媒質1、複数の空間モードの光を伝送するMMF(マルチモードファイバ)2、MMF2からホログラム媒質1までの経路上に配され、MMF2から出射された光を集光する集光レンズ3を含んでいる。
【0031】
すなわち、光通信システムは、空間モード毎にホログラムがホログラム媒質1に記録されるマルチプレクサとして機能し、ホログラム媒質1に記録された多重のホログラムを空間モード(i=1,i=2,i=3)毎に分離して再生するデマルチプレクサとして機能する。ここで、「i」は、空間モードを区別するためのモード番号である。
【0032】
ホログラム記録過程(光通信システムのマルチプレクサとしての機能)では、
図3に示すように、MMF2中に励起された複数のLPモード(空間モード)の複素振幅を持ち、集光レンズ3により集光された記録光Wi(i=1,i=2,i=3)と、異なる角度で伝搬する参照光Ri(i=1,i=2,i=3)が同時にホログラム媒質1に入射する。このとき、記録光Wiと参照光Riの干渉によってホログラム媒質1内に干渉縞が記録される。この記録を記録光WiのLPモードと参照光Riの角度を変化させながら複数回(本実施形態では3回)行うことで、分離対象となるLPモード数分だけホログラム媒質1内にホログラムを角度多重記録する。参照光Ri(i=1,i=2,i=3)の入射角θ
RiはLPモード毎(i=1,i=2,i=3)に異なる角度となるように設定する。従って、m番目のホログラム記録において、記録光Wmおよび参照光Rmは、以下の数式(1)(2)で表すことができる。
【0034】
【数2】
ここで、A
m(x、y、z)とA
Rは振幅、θ
Rmは入射角、φ
m(x、y、z)はファイバのモードを決める位相である。信号光の分離に直接寄与する振幅透過率Tは、以下の数式(3)で表すことができる。
【0035】
【数3】
ホログラム再生過程(光通信システムのデマルチプレクサとして機能)では、
図4に示すように、MMF2中に励起されたLPモード(i=1,i=2,i=3)の複素振幅を持ち、集光レンズ3により集光されたMDM信号Sがホログラム媒質1の体積ホログラムに入射する。このMDM信号Sが体積ホログラムに入射されることで、体積ホログラムとして記録されたホログラムが分離再生される。
【0036】
上記MDM信号Sは、モード分布G
mに異なる時系列信号a
n(t)を付与することで、以下の数式(4)で表すことができる。
【0037】
【数4】
このMDM信号Sは、上記のように記録された体積ホログラムに入射することで参照光の入射角度にしたがって回折する。この回折光D
Iは、以下の数式(5)で表すことができる。
【0038】
【数5】
ここで、dはホログラムの幅、Lはホログラムの厚さ、ηは回折効率、θ
Dlは回折角である。数式(5)より、m=nでφ
m=φ
nのとき、入射光は、θ
Dl=θ
Rmの方向へ強く回折することがわかる。この場合、回折光波D
lは、以下の数式(6)で表すことができる。
【0039】
【数6】
この原理から本デマルチプレクサは、MDM信号をLPモード毎に空間的に異なる角度に分離することができ、また複数のLPモードで多重化されたMDM信号であっても一度に分離することが可能である。
【0040】
上述した体積ホログラムによるモードデマルチプレクサでは、LPモードがLP
01、LP
51、LP
10,1のように次数が離れた3つのLPモードの分離においては高いSNR(信号/ノイズ)が得られるのに対し、LP
01、LP
11、LP
21のように次数の近い3つのLPモードの分離においてはSNRが低くなる。次数が近いモードの組み合わせにおいてSNRが低下する要因としてはそれぞれのLPモードの強度分布における空間的な重なりがある。MMF中のLPモードは高次になるにつれて強度がコアの外側に存在するようになる性質があり、実際に高いSNRが得られるLPモードがLP
01、LP
51、LP
10,1のようなモードの組み合わせでは、低次のLPモードはコアの中心に、高次のLPモードはコアの外側に強度を持つため、LPモードの空間的な重なりが小さい。また、SNRが低いLPモードがLP
01、LP
11、LP
21のような組み合わせではいずれもコアの中心付近に強度が存在するため、LPモードの空間的な重なりが大きい。
【0041】
モードデマルチプレクサにおいては空間モードの空間的な重なりが生じた場合でも、それぞれの参照光の角度を大きくしてそれぞれの空間モードに対応した干渉縞の位相差を大きくすることで分離は可能となる。その一方で参照光の角度を大きくすると回折効率が低下する問題が生じることから、参照光の角度差は小さくするほうが望ましい。参照光の角度を小さくした場合では、ホログラム媒質に記録するそれぞれの干渉縞の位相差が小さくなるため、空間モードの空間的な重なりが大きくなり空間モードの分離特性が低下するという問題が発生する。
【0042】
このため、一般的なホログラム媒質に多重記録を行う際、複数の信号光(ここでは空間モード)同士が空間的に重なっている場合、所望の信号光以外の信号光が不要な回折光として現れないように信号光毎に参照光に対して異なる位相変調を施す位相コード多重方式が提案されている。しかし、参照光自体が回折され、分離後の信号光となる本手法の特性上、この位相コード多重方式を用いることは不可能である。
【0043】
一方、上述したとおり、MDMでは信号処理によるクロストークの補償を行う関係上、次数が近い空間モードの組み合わせで通信を行うのが一般的である。このため、空間モードの分離を行う上では次数が低い空間モードの組み合わせで高いSNRを得ることが重要となる。よって実際の運用を考えた場合、上述した体積ホログラムによるモードデマルチプレクサではすべての空間モード(特に次数が低いかつ近いもの)に対応することが困難であり、MDMの潜在能力を引き出すことは不可能である。
【0044】
そこで、本発明ではMDMで一般的に用いられる次数が近い空間モードとして、LP
01、LP
11、LP
21(以下、グループAとする)とLP
01、LP
11a、LP
11b(以下、グループBとする)の2つの組み合わせに注目し、これらの空間モードの分離特性の向上を図るために、以下のような光通信システムを提案する。
【0045】
本発明では、ホログラム媒質の光入射側に位相板を配置し、ホログラム記録時に記録光が位相板を透過して位相変調されてホログラム媒質に入射され、ホログラム再生時にMDM信号が位相板を透過して位相変調されてホログラム媒質に入射されるようにする。ここで、位相板の位相変調量分布は、当該位相板を透過する信号光における、透過後の各空間モードの空間的な重なりが透過前の各空間モードの空間的な重なりよりも小さくなるように設定されている。
【0046】
具体的には、グループAとグループBの組み合わせに応じ、これらを空間的重なりが減少するように空間的な位相変調量分布が設計された位相板に信号光(記録光またはMDM信号)を入射させる。このとき利用する位相板の空間的な位相変調量分布は空間モードの組み合わせに依存する。そして、通常の動的多重ホログラムによるモードマルチ/デマルチプレクサと同様にホログラム媒質での記録・分離を行う。この時、位相板を透過した各空間モードは位相板のプロファイルによって空間的に重なりの小さい強度分布へとそれぞれ変換される。この変換により次数の近い空間モードにおける分離特性の向上が可能である。従って、本発明ではデシベル換算でおよそ5〜10dBの分離特性の向上が可能である。
【0047】
以下に、本発明の光通信システム(光通信方法)の一例について説明する。
【0048】
(光通信システムの特徴部分)
図1及び
図2は、本発明の光通信システムの概念図を示し、前述の
図3及び
図4に示す前提となる光通信システムと比較して、ホログラム媒質1の入射側、すなわちホログラム媒質1とMMF2との間の経路上に位相板4が配置されている点で異なる。従って、本発明の光通信システムでは、ホログラム記録過程における記録光、ホログラム再生過程におけるMDM信号の何れも位相板にて位相変調された後、ホログラム媒質1に入射されるようになっている。
【0049】
以下では、
図1及び
図2を参照しながら、本発明の基本動作についてホログラム記録過程、ホログラム再生過程に分けて説明する。なお、ホログラムの記録と再生の詳細な動作原理について、
図3及び
図4に示す光通信システムと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0050】
(ホログラム記録過程:ホログラム記録ステップ)
図1は、本発明の光通信システムにおけるホログラム記録過程を示す図である。
【0051】
図1に示すように、まず、MMF2から出射した信号光である記録光Wiがその経路上に配置された位相板4の効果によって空間的に位相変調される。この位相板4の空間的な位相変調量分布は空間モードの組み合わせによって決定される。なお、この時の位相板4による位相変調の詳細を
図5に示す。
図5に示すように、位相板4による位相変調によって記録光Wiの各空間モードはそれぞれ空間的な重なりが小さい強度分布へと変換される。
【0052】
次に、この変換後の記録光Wiと異なる角度で伝搬する参照光Riの干渉により干渉縞が空間モード数分だけホログラム媒質1内に記録される。この時、参照光Riの入射角度θを空間モード毎に変位させることで角度多重記録がされる。これにより、ホログラム媒質1には記録光Wiに対応する体積ホログラムが記録される。
【0053】
(ホログラム再生過程)
図2は、本発明の光通信システムにおけるホログラム再生過程を示す図である。
【0054】
図2に示すように、まず、MMF2から出射したMDM信号S(ホログラム記録過程と同一の空間モードの組み合わせ)がその経路上に配置された位相板4の効果によって、上述したホログラム記録過程と同様に変換される。これによってホログラム記録過程と同様に各空間モードはそれぞれ空間的な重なりが小さい強度分布へと変換される。
【0055】
そして、変換後のMDM信号Sがホログラム媒質1に記録された体積ホログラムに入射することによりホログラム記録時に使用した参照光Riと同一の角度θに回折した回折光を得る。つまり、この回折によりそれぞれの空間モードを、異なる角度に分離された回折光として得る。
【0056】
(実現例)
本発明を実際に運用する際の様態について以下に説明する。
【0057】
図6は、光通信システムの動作実験を行うにために用いた光学系を示す。
図6に示す光学系においても、
図1及び
図2と同様に、信号光(記録光Wi,MDM信号S)の経路中に位相板PPが配置されている。
【0058】
まず、レーザーからの出射光は、アイソレータ、ニュートラルフィルター、対物レンズOL、検光子A、レンズL4を経て偏光ビームスプリッタPBSに入射され、当該偏光ビームスプリッタPBSによって直進光と反射光に分けられる。
【0059】
次に、ホログラム記録過程では、上記の直進光は空間光変調器により空間モードの分布へと変調され記録光Wiとなり、位相板PPによって変調され空間的な重なりの小さい強度分布へと変換された後、ホログラム媒質へと入射する。一方、上記の反射光は参照光Riとして記録光Wiと異なる角度でホログラム媒質に入射される。このとき記録光Wiと参照光Riの干渉縞がホログラム媒質に記録され、この記録を空間モードと参照光Riの入射角度を変化させながら空間モード数分だけ行う。これにより、ホログラム媒質には、体積ホログラムが記録される。
【0060】
続いて、ホログラム再生過程(モード分離過程)では、上記の信号光(MDM信号S)のみがホログラム媒質に入射される。空間光変調器により空間モード分布へと変調された後、記録過程において用いた位相板PPを用いて変調され同様に変換され干渉縞(体積ホログラム)が記録されたホログラム媒質に入射される。これにより信号光はホログラム記録過程において入射した参照光Riの角度へと回折した回折光を得る。この場合、空間モード毎に回折する角度が異なるため空間モードの分離が可能となる。
【0061】
(効果)
本発明の光学系では、上述のように付加的に配置した位相板により信号光(次数が低いかつ近い複数の空間モード)の空間分布を変換する。この位相板は空間モードの組み合わせに応じて選択される。これによりそれぞれのモードは空間的に重なりの小さい強度分布となるためホログラム媒質での空間モードのモード分離特性の向上を可能にする。結果として、デシベル換算でおよそ5〜10dBのモード分離特性の向上が可能である。本手法は重なりの大きい空間モードの組み合わせを分離するときにのみ効果を発揮することから、次数の近い空間モードの組み合わせにおける空間モードの分離に好適である。
【0062】
信号処理によってクロストークの補償を行うため、次数が近いモードの組み合わせを用いるのが一般的であるMDMに本発明は好適である。このように、本発明はMDMにおいて絶大な効果を奏し、次世代光通信における技術向上に大きく寄与できる。
【0063】
なお、ここまでの説明では、
図1〜4に記載のホログラム媒質1としてフォトリフラクティブ媒質を用いた例を挙げている。つまり、本説明では、ホログラム媒質1としてフォトリフラクティブ媒質を用いることでホログラムの書き換えを可能としているが、ホログラムの書き換えを行わない場合には、フォトポリマーなどのフォトリフラクティブ性のない通常のホログラム媒質であっても動作は可能である。ただし、フォトリフラクティブ媒質以外の多くの媒質は、ホログラム形成後のホログラムの書き換えが不可能である。このため、光ファイバを伝送するモードの時間的な変動や歪に対して、フォトリフラクティブ媒質のようにホログラムを書き換えることで信号の分離を維持・継続することができないといった欠点があるため、フォトリフラクティブ媒質を用いることが有利となる。
(実施例1)
本発明の一実施例について
図7〜
図12に基づいて説明すれば以下のとおりである。
【0064】
本実施例では、数値解析によって本発明の効果を確認し、その結果を示している。
【0065】
すなわち、本数値解析では、まず、グループA(空間モードLP
01,LP
11,LP
21)またはグループB(空間モードLP
01,LP
11a,LP
11b)の分離特性の向上に向けて設計した位相板によってそれぞれの空間モードが重なりの少ない強度分布へと変換されることを確認する。また、その変換後のグループAまたはグループBを用いて、実際にホログラムの記録とモードの分離を行い、分離特性が向上することを確認する。本数値解析ではホログラム媒質としてフォトポリマーを使用する。
【0066】
図7は、ホログラム記録過程の数値解析モデルを示し、
図8は、ホログラム再生過程の数値解析モデルを示す。ここで、利用する記録光Giの波長は532nm、ホログラム記録時に用いられる参照光Ciの角度θを6°、8°、10°と設定し、記録光Giと参照光Ciの強度比は1:100とした。コリメートレンズ(マルチモードファイバ(MMF)より出射した光波を平行光にするためのもの)の焦点距離d1は10μm、ホログラム媒質の手前の集光レンズの焦点距離fは1.5mm、ホログラム媒質の厚さLは150μmとした。
図7及び
図8に示すように、ホログラム記録過程またはホログラム再生過程においては信号光が位相板により変換された後、ホログラム媒質に入射される。
【0067】
まず、空間モードLP
01,LP
11,LP
21をグループA、空間モードLP
01,LP
11a,LP
11bをグループBとして、グループA,Bのモードの組み合わせが位相板によって空間的な重なりが小さい分布へと変換されていることを確認する。
【0068】
図9は、グループAの位相変調前後の強度分布、
図10は、グループBの位相変調前後の強度分布を示す。具体的には、グループAにはLP
21aの位相変調量分布を有する位相板を用い、グループBにはLP
21bの位相変調量分布を有する位相板を用いて変調を行った。
【0069】
図9に示す結果から、配置した位相板の効果によってグループAにおいてLP
01はLP
21aに、LP
21はLP
01に変換され、LP
11はそれらの強度ピークに重ならない別の強度分布へと変換されていることが分かる。したがって、3つのモードの間における空間的な重なりの減少が確認できる。
【0070】
また、
図10に示す結果から、配置した位相板の効果によってグループBにおいてもLP
01はLP
21bに変換され、LP
11aはLP
11bへ、LP
11bはLP
11aへ変換されるため、グループAと同様の結果が確認できる。
【0071】
次に、この変換後の位相変調量分布を用いてホログラムの記録とモードの分離(ホログラムの再生)を行い、モードの分離効率が向上していることを確認する。
【0072】
図11の(a)(b)は、グループAにおけるモード分離過程(ホログラム再生過程)における各回折角と規格化パワーとの関係及び各回折角とSNRとの関係を示す。
【0073】
図12の(a)(b)は、グループBにおけるモード分離過程(ホログラム再生過程)における各回折角と規格化パワーとの関係及び各回折角とSNRとの関係を示す。
【0074】
なお、各図の(a)は位相板による変換を行わない場合(従来法)、(b)は位相板による変換を行う場合(本発明)を示している。
【0075】
図11から、グループAではいずれの回折角においても本発明のノイズ成分は、従来法と比較して1/2以下となっており、またSNRは約7dB改善した。
【0076】
図12から、グループBにおいてもグループAと同様に本発明ではノイズ成分が従来法に比べておおよそ1/2以下となり、またSNRも5〜10dB改善した。
【0077】
以上より、空間モードの組み合わせに対して適切な位相板を用いることでそれぞれの空間モードで空間的な重なりを小さくすることが可能であることを示し、またこれにより空間モードの分離特性の向上できることが分かった。
【0078】
(実施形態2)
以下、本発明の実施形態2について、詳細に説明する。なお、説明の便宜上、前記実施形態1と同一機能を有する部材には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0079】
(光通信システムの特徴部分)
図13及び
図14は、本実施形態に係る光通信システムの概念図を示し、前述の実施形態1の
図1及び
図2に示す光通信システムと比較して、MMF2と位相板4の間に集光レンズ5が配置されている点で異なる。これにより、前記の実施形態1に係る光通信システムとは異なり、本実施形態に係る光通信システムでは、MMF2から出射される、ホログラム記録過程における記録光、ホログラム再生過程におけるMDM信号の何れも集光レンズ5にて集光され、位相板4に入射され、当該位相板4にて位相変調された後、集光レンズ3を通してホログラム媒質1に入射されるようになっている。
【0080】
以下では、
図13及び
図14を参照しながら、ホログラム記録過程、ホログラム再生過程に分けて説明する。なお、ホログラムの記録と再生の詳細な動作原理について、前記実施形態1の
図3及び
図4に示す光通信システムと同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0081】
(ホログラム記録過程:ホログラム記録ステップ)
図13は、本実施形態に係る光通信システムにおけるホログラム記録過程を示す図である。
【0082】
図13に示すように、まず、MMF2から出射した信号光である記録光Wiがその経路上に配置された集光レンズ5にて集光されて位相板4に入射され、当該位相板4の効果によって空間的に位相変調される。この位相板4の空間的な位相変調量分布は空間モードの組み合わせによって決定される。その後、位相変調後の記録光Wiは、集光レンズ3を通してホログラム媒質1に入射される。
【0083】
記録光Wiがホログラム媒質1に入射されるとき、この変換後の記録光Wiと異なる角度で伝搬する参照光Riの干渉により干渉縞が空間モード数分だけホログラム媒質1内に記録される。この時、参照光Riの入射角度θを空間モード毎に変位させることで角度多重記録がされる。これにより、ホログラム媒質1には記録光Wiに対応する体積ホログラムが記録される。
【0084】
(ホログラム再生過程)
図14は、本発明の光通信システムにおけるホログラム再生過程を示す図である。
【0085】
図14に示すように、まず、MMF2から出射したMDM信号S(ホログラム記録過程と同一の空間モードの組み合わせ)がその経路上に配置された集光レンズ5にて集光されて位相板4に入射され、当該位相板4の効果によって、上述したホログラム記録過程と同様に変換される。これによってホログラム記録過程と同様に各空間モードはそれぞれ空間的な重なりが小さい強度分布へと変換される。
【0086】
そして、変換後のMDM信号Sが集光レンズ3を通してホログラム媒質1に記録された体積ホログラムに入射することによりホログラム記録時に使用した参照光Riと同一の角度θに回折した回折光を得る。つまり、この回折によりそれぞれの空間モードを、異なる角度に分離された回折光として得る。この回折光は、それぞれSMF(シングルモードファイバ)6に入力される。
【0087】
(実現例)
本発明を実際に運用する際の様態について以下に説明する。
【0088】
図15は、光通信システムの動作実験を行うにために用いた光学系を示す。
図15に示す光学系において、
図13及び
図14で示した位相板4は、PSLM(位相型SLM)として、信号光(記録光Wi,MDM信号S)の経路中にビームスプリッタBSを介して配置されている。
【0089】
まず、レーザーからの出射光は、ニュートラルフィルター、アイソレータ、対物レンズOL、ピンホールP1、色消しレンズAL、半波長板HWP1を経て偏光ビームスプリッタPBS1に入射され、当該偏光ビームスプリッタPBS1によって直進光と反射光に分けられる。
【0090】
次に、ホログラム記録過程では、上記の直進光は空間光変調器により空間モードの分布へと変調され記録光Wiとなり、PSLM(位相型SLM)によって変調され空間的な重なりの小さい強度分布へと変換された後、ホログラム媒質へと入射する。一方、上記の反射光は参照光Riとして記録光Wiと異なる角度でホログラム媒質に入射される。このとき記録光Wiと参照光Riの干渉縞がホログラム媒質に記録され、この記録を空間モードと参照光Riの入射角度を変化させながら空間モード数分だけ行う。これにより、ホログラム媒質には、体積ホログラムが記録される。
【0091】
続いて、ホログラム再生過程(モード分離過程)では、上記の信号光(MDM信号S)のみがホログラム媒質に入射される。空間光変調器により空間モード分布へと変調された後、記録過程において用いたPSLM(位相型SLM)を用いて変調され同様に変換され干渉縞(体積ホログラム)が記録されたホログラム媒質に入射される。これにより信号光はホログラム記録過程において入射した参照光Riの角度へと回折した回折光を得る。この場合、空間モード毎に回折する角度が異なるため空間モードの分離が可能となる。
【0092】
(効果)
本発明の光学系では、上述のように付加的に配置したPSLM(位相型SLM)により信号光(次数が低いかつ近い複数の空間モード)の空間分布を変換する。このPSLM(位相型SLM)は空間モードの組み合わせに応じて選択される。これによりそれぞれのモードは空間的に重なりの小さい強度分布となるためホログラム媒質での空間モードのモード分離特性の向上を可能にする。結果として、デシベル換算でおよそ5〜10dBのモード分離特性の向上が可能である。本手法は重なりの大きい空間モードの組み合わせを分離するときほど効果を発揮することから、次数の近い空間モードの組み合わせにおける空間モードの分離に好適である。
【0093】
信号処理によってクロストークの補償を行うため、次数が近いモードの組み合わせを用いるのが一般的であるMDMに本発明は好適である。このように、本発明はMDMにおいて絶大な効果を奏し、次世代光通信における技術向上に大きく寄与できる。
【0094】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0095】
なお、ここまでの説明では、前記実施形態1と同様に、
図13、
図14に記載のホログラム媒質1としてフォトリフラクティブ媒質を用いた例を挙げている。つまり、本説明では、ホログラム媒質1としてフォトリフラクティブ媒質を用いることでホログラムの書き換えを可能としているが、ホログラムの書き換えを行わない場合には、フォトポリマーなどのフォトリフラクティブ性のない通常のホログラム媒質であっても動作は可能である。ただし、フォトリフラクティブ媒質以外の多くの媒質は、ホログラム形成後のホログラムの書き換えが不可能である。このため、光ファイバを伝送するモードの時間的な変動や歪に対して、フォトリフラクティブ媒質のようにホログラムを書き換えることで信号の分離を維持・継続することができないといった欠点があるため、フォトリフラクティブ媒質を用いることが有利となる。
(実施例2)
本発明の一実施例について
図15に示す光学系及び
図16〜
図21に示す結果に基づいて説明すれば以下のとおりである。なお、本実施例では、空間モードLP
01,LP
11,LP
21で構成される空間モードグループを使用し、以下の条件にて
図16〜
図21に示す結果を得る。また、本実施例において、位相板の特徴は、これら空間モード間で強度の重なりを少なくするために、空間モードLP
21の位相共役とする。
【0096】
また、
図15に示す光学系において、ホログラム媒質として、厚さ400μmのフォトポリマーを使用し、光源として、フォトポリマーの検出範囲内の波長532nmのレーザーを使用する。それぞれの空間モードは、ISLM(intensity-type spatial light modulator:強度型SLM(例えばsantec株式会社のLC-R 1080等))によって生成される。そして、PSLM(phase-type spatial light modulator:位相型SLM(例えばHOLOEYE社のSLM-100-01-0002-01等))を位相板として使用する。さらに、参照光Riの入射角を39°、40°、41°とする。
【0097】
図16は、
図15に示す光学系において得られた各空間モードにおける強度分布を示す図である。
図16において、w/oは、実際に得られた位相変調無しの強度分布を示し、wは、実際に得られた位相変調有りの強度分布を示し、シミュレーションは、位相変調有りを数値シミュレーションしたときの強度分布を示している。
【0098】
図17は、
図15に示す光学系において、各空間モードの入射によって再構築された回折光を示す図である。
図17では、各空間モードにおける回折角を39°、40°、41°として、従来の方法と、本実施例の方法とにおける回折光の強度分布を示している。これは、各々の空間モードの構成要素が参照光に従った角度で平面波として強く回折さていることを示している。
【0099】
図18〜21のグラフは、コンピュータ上の仮想光学系を用いて、各々の回折光を直径10μmの仮想ピンホールを通過させた結果である。
【0100】
図18〜
図21は、従来の方法と本実施例とにおける、上記ピンホールの直径と上記SNRとの関係を示すグラフである。
図18は、空間モードLP01,LP11,LP21の平均値を示すグラフであり、
図19は、空間モードLP01の場合のピンホールの直径とSNRとの関係を示すグラフであり、
図20は、空間モードLP11の場合のピンホールの直径とSNRとの関係を示すグラフであり、
図21は、空間モードLP21の場合のピンホールの直径とSNRとの関係を示すグラフである。これらのグラフから、何れの空間モードにおいても、また、ピンホール直径が何れの値であっても、従来の方法よりも本実施例のほうがSNRは高い傾向にあることが分かった。