特許第6865437号(P6865437)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6865437-皮膜付磁石合金粉の製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6865437
(24)【登録日】2021年4月8日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】皮膜付磁石合金粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 41/02 20060101AFI20210419BHJP
   B22F 1/02 20060101ALI20210419BHJP
   H01F 1/059 20060101ALI20210419BHJP
   H01F 1/06 20060101ALI20210419BHJP
   B22F 1/00 20060101ALN20210419BHJP
【FI】
   H01F41/02 G
   B22F1/02 E
   H01F1/059 160
   H01F1/06 110
   !B22F1/00 Y
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-158249(P2017-158249)
(22)【出願日】2017年8月18日
(65)【公開番号】特開2019-36667(P2019-36667A)
(43)【公開日】2019年3月7日
【審査請求日】2020年4月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】幸村 智基
(72)【発明者】
【氏名】武藤 泉
(72)【発明者】
【氏名】菅原 優
(72)【発明者】
【氏名】原 信義
(72)【発明者】
【氏名】石川 尚
(72)【発明者】
【氏名】米山 幸伸
【審査官】 秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−186014(JP,A)
【文献】 特開昭53−005038(JP,A)
【文献】 特開昭49−024851(JP,A)
【文献】 特開平02−294488(JP,A)
【文献】 特開昭63−076801(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
B22F 1/02
H01F 1/059
H01F 1/06
B22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水の含有量が0体積%以上25体積%以下である有機溶媒に六価クロムイオン及び無機酸を添加して、pHを−1.0以上7.0以下、六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整してクロム溶液を調製する溶液調製工程と、
前記クロム溶液を0℃以上40℃以下で5日以上45日以下の期間エージングするエージング工程と、
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を、前記クロム溶液に浸漬して、該鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロムを含む皮膜を形成する浸漬工程と、を含む
皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項2】
前記無機酸は、リン酸、硫酸及び硝酸からなる群から選択される1種以上である
請求項1に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項3】
前記有機溶媒は、電位窓が水よりも広い
請求項1又は2に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒は、分子量が100以下であり、ニトリル基を有する有機化合物を含む
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項5】
前記有機溶媒は、アセトニトリル、プロパンニトリル、ブタンニトリル及びアクリロニトリルからなる群から選択される1種以上を含む
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項6】
前記溶液調製工程において、前記クロム溶液のpHを−0.5以上1.5以下に調整する
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項7】
前記溶液調製工程において、前記クロム溶液中の六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で25g/L以上35g/L以下に調整する
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【請求項8】
前記溶液調製工程において、前記有機溶媒は、水を5体積%以上15体積%以下含む
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の皮膜付磁石合金粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膜付磁石合金粉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類磁石は、フェライト磁石、アルニコ磁石等と同様に、モーターをはじめとする様々な用途に用いられている磁性材料である。一般に、これらの磁石は焼結により製造されるため、複雑形状への成形が困難である。それに加え、焼結時の収縮が15%〜20%ほどあるため、寸法精度の高い製品を得ることができない。
【0003】
これらの欠点を解決するため、近年では、ボンド磁石の開発が進められている。ボンド磁石では、ポリアミド樹脂やポリフェニレンサルファイド樹脂をバインダーとして用いることで、磁石粉を固めて成型を行う。しかしながら、希土類元素を含む鉄系磁石粉を用いたボンド磁石では、混練・成形時における加熱による磁気特性の低下が問題となっている。また、ボンド磁石は、その用途に応じて100℃以上の高温に曝されることがあり、そのような使用時に高温環境に曝されることによる磁気特性の低下も問題となっている。
【0004】
そこで、その磁気特性の低下を改善するために、成形体表面に熱硬化性樹脂等によるコーティングを施すことや、例えば特許文献1に開示されているように、リン酸塩含有塗料によるコーティングを施す方法が提案されているが、保磁力等の観点からすると、十分な特性は得られていない。
【0005】
現在のところ、特許文献2に開示されているように、希土類元素を含む鉄系磁石粉を有機溶媒中で粉砕して磁石粉を製造する際に、有機溶剤にリン酸を添加するという方法が、高温に加熱した際の磁石粉の磁気特性の低下を防止するのに有効であるとされている。このような方法によれば、磁石粉表面にリン酸鉄を含む皮膜が形成され、加熱条件下での保磁力の低下が抑制された磁石粉を製造することができる。
【0006】
しかしながら、さらなる用途拡大にあたっては、高温環境下において、保磁力の低下をさらに抑制する必要がある。ここで、磁石合金粉の表面に、Crに代表される酸化クロム皮膜を生じさせることができれば、高温下等における耐酸化性を向上させることが可能であると推測される。そして、これにより高温環境下での保磁力低下のさらなる抑制が期待される。
【0007】
このように、磁石合金粉表面に酸化クロム皮膜を形成することで、高温環境下での保磁力低下の大幅な抑制が期待されるため、磁石合金粉表面に酸化クロム皮膜を形成する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−208321号公報
【特許文献2】特開2002−124406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した事情に鑑みなされたものであり、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉の表面に、酸化クロムを含む皮膜を形成してなる皮膜付磁石合金粉の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、六価クロムイオンを含む有機溶媒中に磁石合金粉を浸漬することで、磁石合金粉表面に酸化クロムを含有する保護皮膜を形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的に、本発明は、以下のものを提供する。
【0011】
(1)本発明の第1の発明は、水の含有量が0体積%以上25体積%以下である有機溶媒に六価クロムイオン及び無機酸を添加して、pHを−1.0以上7.0以下、六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整してクロム溶液を調製する溶液調製工程と、前記クロム溶液を0℃以上40℃以下で5日以上45日以下の期間エージングするエージング工程と、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を、前記クロム溶液に浸漬して、該鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロムを含む皮膜を形成する浸漬工程と、を含む、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0012】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記無機酸は、リン酸、硫酸及び硝酸からなる群から選択される1種以上である、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0013】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記有機溶媒は、電位窓が水よりも広い、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0014】
(4)本発明の第4の発明は、第1乃至第3のいずれかの発明において、前記有機溶媒は、分子量が100以下であり、ニトリル基を有する有機化合物を含む、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0015】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、前記有機溶媒は、アセトニトリル、プロパンニトリル、ブタンニトリル及びアクリロニトリルからなる群から選択される1種以上を含む、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0016】
(6)本発明の第6の発明は、第1乃至第5のいずれかの発明において、前記溶液調製工程において、前記クロム溶液のpHを−0.5以上1.5以下に調整する、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0017】
(7)本発明の第7の発明は、第1乃至第6のいずれかの発明において、前記溶液調製工程において、前記クロム溶液中の六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で25g/L以上35g/L以下に調整する、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【0018】
(8)本発明の第8の発明は、第1乃至第7のいずれかの発明において、前記溶液調製工程において、前記有機溶媒は、水を5体積%以上15体積%以下含む、皮膜付磁石合金粉の製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉の表面に、酸化クロムを含む皮膜を形成してなる皮膜付磁石合金粉の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例14の磁性粉の透過型電子顕微鏡写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0022】
≪1.皮膜付磁石合金粉の製造方法≫
本実施の形態に係る皮膜付磁石合金粉の製造方法は、水の含有量が0体積%以上25体積%以下である有機溶媒に六価クロムイオン及び無機酸を添加して、pHを−1.0以上7.0以下、六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整してクロム溶液を調製する溶液調製工程と、クロム溶液を0℃以上40℃以下で5日以上45日以下の期間エージングするエージング工程と、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を、クロム溶液に浸漬して、鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロムを含む皮膜を形成する浸漬工程と、を含む。
【0023】
このように六価クロムイオン及び無機酸を有機溶媒に添加してpHを−1.0以上7.0以下、六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整し、エージングして得られるクロム溶液に、鉄系磁石合金粉を浸漬させることにより、その鉄系磁石合金粉の表面を、酸化クロムを含有する皮膜により保護することができる。そしてこのように鉄系磁石合金粉表面に酸化クロムを含有する保護皮膜を形成することで、保護皮膜が鉄系磁石合金粉への酸素の結合による酸化を防ぐことができ、鉄系磁石合金粉の高温環境下での保磁力低下の抑制が期待される。
【0024】
[溶液調製工程]
溶液調製工程は、水の含有量が0体積%以上25体積%以下である有機溶媒に六価クロムイオン及び無機酸を添加して、pHを−1.0以上7.0以下、六価クロムイオン濃度を酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整してクロム溶液を調製する工程である。
【0025】
六価クロムイオン供給源としては、特に限定されず、酸化クロム(VI)(CrO)や二クロム酸カリウム(KCr)等を用いることができる。
【0026】
有機溶媒としては、特に限定されず、希土類元素を含む鉄系磁石合金が過度に溶解や損耗しない有機化合物を含有する溶媒であればよく、この範囲であれば他の溶媒と混合してもよい。
【0027】
粉砕処理後の有機溶媒の揮発除去等を容易にして製造コストを低減する観点からすると、分子量100以下の有機化合物を用いることが好ましい。このような有機溶媒の例としては、具体的に、メタノール、エタノール、1−ブタノール、2−ブタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、アセトニトリル、プロパンニトリル、ブタンニトリル、アクリロニトリル、N−メチルホルムアミド、N,N―ジメチルホルムアミド、1−メチル−2−ピロリドン、ジメチルスルホキシドを挙げられる。
【0028】
これらの中でも、酸化クロムを含有する保護皮膜の形成を容易にするという観点から、ニトリル基を有する有機化合物を用いることが好ましい。また、酸化還元反応を効率的に進行させる観点から、水よりも電位窓が広い溶媒を用いることがより好ましい。これにより、六価クロムイオンから酸化クロムを含有する皮膜が生成する酸化還元反応を、有機溶媒が妨害しにくくすることができる。
【0029】
有機溶媒としては、例えば上述したような有機化合物単体やそれら有機化合物の混合溶媒を用いることができるが、溶媒中の六価クロムイオンの安定性が向上させ、得られる皮膜の形成が容易とする観点から、有機化合物と水の混合溶媒を用いることが好ましい。具体的に、水の混合量としては、特に限定されず、例えば有機溶媒と水の総量に対し5体積%以上25体積%以下であることが好ましく、5体積%以上20体積%以下であることがより好ましく、5体積%以上15体積%以下であることがさらに好ましい。
【0030】
特に、有機溶媒として、アセトニトリルと水の混合溶媒であって、水を混合溶媒の総量に対し5体積%以上15体積%以下の割合で含有するものを用いることが好ましい。これにより、磁石合金粉の表面に安定性の高い酸化クロムを含有する保護皮膜を形成することができる。
【0031】
クロム溶液中の六価クロムイオン濃度は、酸化クロム(VI)換算で0.1g/L以上50g/L以下に調整する。これにより、酸化クロムを含有する皮膜を形成することができる。また、酸化クロム(VI)換算で25g/L以上35g/L以下の濃度で含有するものを用いることが好ましく、これにより、より保護性に優れた皮膜を短時間に形成することができる。また、このような濃度範囲にすることで、酸化クロムを含有する皮膜の被覆率が格段に向上する。
【0032】
無機酸としては、特に限定されず、例えばリン酸、硫酸、硝酸等のいずれか1種、又は2種類以上を用いて調整することが好ましい。具体的に、pHの調整方法としては、先ず硝酸を添加することにより有機溶媒のpHを4.0程度にまで下げ、次にリン酸、硫酸、硝酸のいずれか1種又は2種類以上を使用して所定のpHになるまで添加する方法が挙げられる。
【0033】
クロム溶液のpHは、上述した無機酸を用いて−1.0以上7.0以下に調整する。pHが−1.0未満である場合や7.0を超える場合には保護皮膜が形成されにくい。
【0034】
また、特に皮膜形成能を高めたい場合や短時間処理を必要とする場合、クロム溶液のpHとしては、−0.8以上4.0以下に調整することが好ましく、−0.5以上1.5以下に調整することがより好ましい。なお、このような最適なpH範囲が存在する学術的な理由は明らかではないが、鉄系磁石合金粉の表面における皮膜形成の反応機構に、pHの変化が影響を与えるためであると推測される。
【0035】
[エージング工程]
エージング工程は、溶液調製工程にて得られたクロム溶液を0℃以上40℃以下で5日以上45日以下の期間エージングする工程である。
【0036】
このようにしてエージングを行うことにより、鉄系磁石合金粉の表面に保護性の高い皮膜を形成することができる。エージングにより保護性の高い皮膜が得られる学術的な理由は明らかではないが、溶媒中におけるクロムイオンの存在形態が、常温に放置することで変化し、皮膜形成の反応機構に影響を及ぼすためであると推察される。
【0037】
エージングを行うガス雰囲気としては、大気又は窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスのいずれを用いてもよい。ただし、エージング中には溶媒の蒸発を抑えるために、密閉状態にすることが好ましい。
【0038】
エージング期間としては、上述したように5日以上45日以下であれば特に限定されず、例えば5日以上40日以下であることが好ましく、5日以上30日以下であることがより好ましく、20日以上30日以下であることがさらに好ましい。
【0039】
エージング温度としては、上述したように0℃以上40℃以下であれば特に限定されず、例えば、常温であってもよい。
【0040】
エージング方法としては、特に限定されず、例えば放置(静置)することが挙げられる。また、恒温室内、冷蔵庫内、ウォーターバス内にて静置してもよい。
【0041】
[浸漬工程]
浸漬工程は、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を、上述のようにして得られたクロム溶液に浸漬して、鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロムを含む皮膜を形成する工程である。
【0042】
希土類元素を含む鉄系磁石合金粉としては、例えば、ThZn17型、ThNi17型、TbCu型、又はNdFe14B型結晶構造を有する。これらは、菱面体晶系、六方晶系、正方晶系の結晶構造をもつ金属間化合物であり、ThZn17型の合金粉末としては、例えば、SmFe17合金、NdFe17等が挙げられる。また、ThNi17型の合金粉末としては、例えば、GdFe17等が挙げられる。さらに、NdFe14B型の合金粉末としては、NdFe14B等が挙げられる。
【0043】
また、希土類元素としては、Sm、Nd、Pr、Y、La、Ce、Gd等が挙げられ、これらは単独であっても、混合物であってもよいが、Sm又はNdであることが特に好ましい。また、この鉄系磁石合金粉は、遷移金属元素としては、鉄(Fe)を必須成分として含むものであり、この一部がCoで置換されたものであってもよい。具体的に、Feの20質量%以下の割合をCoで置換することにより、微粉末のキュリー温度や耐食性を向上させることができる。
【0044】
このような鉄系磁石合金粉は、C、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、In、Sn、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au等が含まれていてもよい。鉄系磁石合金粉において、これらの成分が、例えば3質量%以下、好ましくは0.05質量%以上0.5質量%以下の割合で含まれていることにより、この鉄系磁石合金粉の粉砕物である磁石合金粉を用いて作製したボンド磁石の耐候性や耐熱性を高めることができる。
【0045】
なお、鉄系磁石合金粉は、例えば還元拡散法や液体急冷法、HDDR(Hydrogeneration Decomposition Desorption Recombination)法によって得られた合金粉末を、窒化熱処理することによって製造することができる。
【0046】
鉄系磁石合金粉の平均粒径としては、特に限定されず、例えば1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。一方で、平均粒径としては、500μm以下であることが好ましく、200μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることがさらに好ましい。平均粒径がこのような範囲にあることにより、皮膜量や厚さを適切に制御することができる。なお、「平均粒径」とは、レーザ回折法により求めた値をいう。
【0047】
浸漬時間としては、特に限定されず、例えば2分以上であることが好ましく、5分以上であることがより好ましい。浸漬時間が2分以上であることにより、鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロムを含有する保護皮膜を十分に形成することができる。一方で、浸漬時間としては、2時間以下であることが好ましく、1時間以下であることがより好ましく、30分以下であることがさらに好ましい。浸漬時間を2時間以下とすることにより、生産性を高めることができる。
【0048】
なお、クロム溶液に浸漬するに際し、鉄系磁石合金粉を湿式粉砕することもできる。このようにクロム溶液中で湿式粉砕することで、本来凝集しやすい鉄系磁石合金粉の表面に均一に保護被膜を形成することができ、これにより鉄系磁石合金粉の凝集を抑制することができる。このような場合には、粉砕量、粉砕機によって鉄系磁石合金粉がクロム溶液中に浸漬される時間が変化し、2時間を超えることもあり得るが、得られる皮膜付磁石合金粉の品質等に問題は生じない。
【0049】
≪2.皮膜付磁石合金粉末を用いたボンド磁石の製造≫
本実施の形態に係る皮膜付磁石合金粉の製造方法によれば、得られる鉄系磁石合金粉の表面に酸化クロム皮膜が形成されていることにより、ボンド磁石の製造工程又はボンド磁石としての使用時に高温に加熱された場合であっても、加熱による保磁力の劣化、すなわち加熱後の室温での保磁力の低下を抑制できることが期待される。
【0050】
具体的に、上述した製造方法により得られた皮膜付磁石合金粉を用いてボンド磁石を製造する方法としては、特に限定されず、例えば、皮膜付磁石合金粉を、公知の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂や添加剤と混合し、得られたボンド磁石用組成物を、射出成形、圧縮成形、押出成形、圧延成形、トランスファー成形等で成形することによって製造することができる。
【0051】
熱可塑性樹脂は、皮膜付磁石合金粉のバインダーとして働くものであり、その種類は特に限定されずに従来公知のものを使用することができる。例えば、6ナイロン、6,6ナイロン、11ナイロン、12ナイロン、6,12ナイロン、芳香族系ナイロン、これらの分子を一部変性した変性ナイロン等のポリアミド樹脂、直鎖型ポリフェニレンサルファイド樹脂、架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、セミ架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、低密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレン樹脂、高密度ポリエチレン樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン−エチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマー樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル−スチレン共重合樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、メタクリル樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂、ポリ三フッ化塩化エチレン樹脂、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、エチレン−四フッ化エチレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリアリルエーテルアリルスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、酢酸セルロース樹脂、前出各樹脂系エラストマー等が挙げられ、これらの単重合体や他種モノマーとのランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、他の物質での末端基変性品等が挙げられる。また、例えば熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、ビスマレイミド・トリアジン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フラン樹脂、熱硬化性ポリブタジエン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン系樹脂、シリコーン樹脂、キシレン樹脂等が挙げられ、これらの基本組成物や他種モノマーやこれら樹脂の2種類以上のブレンド等における系も当然含まれる。これらの中でも特に好ましいのは、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、又は不飽和ポリエステル樹脂である。
【0052】
また、製造した皮膜付磁石合金粉の性質を損なわない範囲で、パラフィンワックス、流動パラフィンといった脂肪酸類等の滑剤、ヒンダード・アミン系安定剤や、フェノール系、ホスファイト系、チオエーテル系等の抗酸化剤等の安定剤などの。従来公知の添加剤を配合することができる。
【0053】
皮膜付磁石合金粉と上述した各成分との混合方法としては、特に限定されず、例えば、リボンブレンダー、タンブラー、ナウターミキサー、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー等の混合機、又は、バンバリーミキサー、ニーダー、ロール、ニーダールーダー、単軸押出機、二軸押出機等の混練機を用いて行うことができる。
【0054】
このようにして、各成分を混合することにより、ボンド磁石用組成物を得ることができる。なお、得られるボンド磁石用組成物の形状としては、パウダー状、ビーズ状、ペレット状、又はこれらの混合物の形であるが、取扱い易さの点で、ペレット状が望ましい。
【0055】
次に、上述のようにして得られたボンド磁石用組成物を、熱可塑性樹脂の溶融温度で加熱溶融した後、所望の形状を有する磁石に成形する。成形法としては、例えば、射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、トランスファー成形法等の各種成形法が挙げられるが、これらの中では、特に射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、及び射出プレス成形法が好ましい。また熱硬化性樹脂を用いる場合には、例えば得られたボンド磁石用組成物を、所望の形状を有する磁石に成形中又は成形した後、熱硬化性樹脂を加熱して同時に入れた硬化剤と反応させる。
【0056】
具体的に、ボンド磁石用組成物を用いたボンド磁石の成形に際しては、射出成形により、例えば、成形温度200℃以上300℃以下、金型温度100℃以上150℃以下の条件で成形する。
【0057】
このように、磁石合金粉は、ボンド磁石の製造過程において高温に曝される。この点、上述した本実施の形態に係る皮膜付磁石合金粉の製造方法によれば、高温に加熱されたとしても、加熱後の室温での保磁力の低下を抑制することができ、安定的に磁気特性を維持することができる。
【実施例】
【0058】
以下に、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0059】
[試薬]
鉄系磁石合金粉 :Sm−Fe−N系磁石合金粉
(平均粒径20μm、住友金属鉱山株式会社製)
酸化クロム(VI) :98%酸化クロム(VI)
(商品名:酸化クロム(VI)、関東化学株式会社製)
硝酸 :60%濃度水溶液
(商品名:硝酸、関東化学株式会社製)
硫酸 :96%濃度水溶液
(商品名:硫酸、関東化学株式会社製)
【0060】
[試料の調製]
有機溶媒(アセトニトリル、2−プロパノール、2−ヒドロキシヘプタンニトリル、アセトニトリル−2−プロパノール又はアセトニトリル−プロパンニトリル)を水と混合し、濃度60%の硝酸と濃度96%硫酸を用いてpHを調整して溶媒を調製した。この溶媒に、酸化クロム(VI)を添加し溶解させ、クロム溶液を調製した。下記表1に、クロム溶液に含まれる有機溶媒の種類、有機溶媒中の水の混合量、クロム溶液に含まれる酸化クロム(VI)濃度、クロム溶液のpHを示す。
【0061】
その後、クロム溶液を密閉容器に入れ、所定の期間、大気中常温にて放置し、エージングした。下記表1に、クロム溶液のエージング期間を示す。
【0062】
このクロム溶液100mLに、Sm−Fe−N系磁石合金粉3gを投入し、ガラス棒を用いて攪拌しながら10分間浸漬した。
【0063】
[試料の評価]
浸漬処理後の磁石合金粉をエポキシ樹脂に包埋し、クロスセクションポリッシャーにてArイオンを照射することで、磁石合金粉の断面を露出させた。その後、電界放出形走査電子顕微鏡で磁石合金粉の断面を観察した。図1は、実施例14の磁性粉の透過型電子顕微鏡写真図である。図1から磁石合金粉の表面に酸化皮膜が形成されていることが分かった。
【0064】
また、エネルギー分散型X線分析装置を併用し、浸漬処理後の磁石合金粉の表面を解析した。表面酸化皮膜部分の分析を行い、検出された金属元素に対するクロムのカチオン濃度(0〜100質量%)を求めた。そして、クロムのカチオン濃度が70質量%以上の酸化皮膜が磁石合金粉断面の全周を覆っている場合を◎(大変良好)、酸化皮膜が全周を覆っているがクロムのカチオン濃度が50質量%以上70質量%未満の場合を○(良好)、酸化皮膜が全周を覆っているがクロムのカチオン濃度が30質量%以上50質量%未満の場合を△(やや良好)、酸化皮膜が全周を覆っていない場合やクロムのカチオン濃度が30質量%未満の場合を×(不良)として、皮膜の評価結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
実施例1〜19で得られた鉄系磁石合金粉は、比較例1〜5で得られた鉄系磁石合金粉と比較して、酸化クロムをより多く含有する酸化皮膜を有することが分かった。
図1