【文献】
堤 公孝 ,焦点音源で生成した多重極音源による仮想音源の指向性制御,日本音響学会 2017年 秋季研究発表会講演論文集CD−ROM [CD−ROM],2017年 9月27日,2−12−1
【文献】
Tsutsumi et al.,A method to reproduce a directional sound source by using a circular array of focused sources in front of a linear loudspeaker array,Audio Engineering Society,2018年 3月26日,Convention Paper 9978
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
各スピーカについて、非整数遅延を補正するための補正フィルタを算出し、前記重み付き音響信号に前記補正フィルタを適用して補正後の音響信号を出力する補正フィルタ演算部をさらに備え、
前記遅延調整部は、前記補正後の音響信号を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、前記焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力する
ことを特徴とする請求項5に記載の音響信号処理装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、いずれの文献も、仮想音源を用いて指向性のある音響再生技術については、何ら開示も示唆もない。
【0010】
特許文献1に開示される技術は、収録地点の音響信号を忠実に再現するため仮想音源の再現において高い再現性をもつものの、スピーカアレイだけでなくマイクアレイも必要になり装置規模が増大する。また、収録した音を忠実に再生する発明であるため、例えば映画に代表されるように日常存在しないような効果音を特殊効果として加えるといったコンテンツの編集が困難である。また、複数の音源が発した音響信号が同時にマイクロフォンに混入するため、個々の音源を取り出して位置や音質を調整するといった編集が極めて困難である問題がある。
【0011】
非特許文献1に開示される技術は、仮想音源の生成にマイクアレイを必要せず、通常のマイクロフォンから収録されたモノラルの音源から複数チャネル分の音響信号を生成して、仮想的な音源を作り出すことができる。しかしながら非特許文献1に開示される技術は、仮想音源の放射特性として無指向性を前提としているため、仮想音源を用いて指向性のある音響を再生することはできない。
【0012】
これに対し非特許文献2に開示された技術では、音源に指向性を持たせることができるものの、非特許文献2では、スピーカより前面に飛び出す仮想音源の生成を実現することはできない。
【0013】
このように、従来、コンテンツ編集に適するようモノラル音源から仮想音源を生成する手法を用いて、スピーカより前面に飛び出す仮想音源に指向性をもたせることができない問題があった。
【0014】
従って本発明の目的は、コンテンツ編集に適するようモノラル音源から生成された仮想音源を用いて、指向性のある音響を実現可能な音響信号処理装置、音響信号処理方法および音響信号処理プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の第1の特徴は、入力音響信号を、仮想音源を実現するための直線状スピーカアレイの各スピーカへの出力音響信号に変換する音響信号処理装置に関する。本発明の第1の特徴に係る音響信号処理装置は、複数の初期焦点座標と、仮想音源の座標および指向性の方向を取得して、複数の初期焦点座標のそれぞれについて、仮想音源の座標に基づいて、初期焦点座標に指向性の方向から特定される回転行列をかけて、指向性を考慮した焦点座標を決定する焦点位置決定部と、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、焦点位置決定部により決定された焦点座標のそれぞれから、入力音響信号に畳み込むインパルス応答ベクトルを算出するフィルタ係数演算部と、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、入力音響信号に、スピーカに対応するインパルス応答ベクトルを畳み込んで、スピーカへの出力音響信号を出力する畳み込み演算部を備える。
【0016】
焦点位置決定部は、仮想音源の座標に対する初期焦点座標の相対座標に回転行列をかけ、回転行列をかけて得られた座標に、仮想音源の座標を加算して、指向性を考慮した焦点座標を決定しても良い。
【0017】
フィルタ係数演算部は、指向性を考慮した焦点座標のそれぞれを用いて、対象周波数に対して駆動関数を計算し、計算された駆動関数を逆フーリエ変換して得られた時間領域の駆動関数を加算して、スピーカに対するインパルス応答ベクトルを算出しても良い。
【0018】
本発明の第2の特徴は、入力音響信号を、仮想音源を実現するための直線状スピーカアレイの各スピーカへの出力音響信号に変換する音響信号処理方法に関する。本発明の第2の特徴に係る音響信号処理方法は、複数の初期焦点座標と、仮想音源の座標および指向性の方向を取得するステップと、複数の初期焦点座標のそれぞれについて、仮想音源の座標に基づいて、初期焦点座標に指向性の方向から特定される回転行列をかけて、指向性を考慮した焦点座標を決定するステップと、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、決定するステップにより決定された焦点座標のそれぞれから、入力音響信号に畳み込むインパルス応答ベクトルを算出するステップと、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、入力音響信号に、スピーカに対応するインパルス応答ベクトルを畳み込んで、スピーカへの出力音響信号を出力するステップを備える。
【0019】
本発明の第3の特徴は、入力音響信号を、仮想音源を実現するための直線状スピーカアレイの各スピーカへの出力音響信号に変換する音響信号処理装置であって、複数の初期焦点座標と、仮想音源の座標および指向性の方向を取得して、複数の初期焦点座標のそれぞれについて、仮想音源の座標に基づいて、初期焦点座標に指向性の方向から特定される回転行列をかけて、指向性を考慮した焦点座標を決定する焦点位置決定部と、波面合成プレフィルタを算出し、入力音響信号に波面合成プレフィルタを畳み込んで重み付き音響信号を出力するフィルタ演算部と、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標のそれぞれの距離から決まる遅延量をそれぞれ算出し、重み付き音響信号を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力する遅延調整部と、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標の位置から決まるゲインを、焦点座標のそれぞれの遅延音響信号に乗じて、スピーカへの出力音響信号を出力するゲイン乗算部を備える。
【0020】
ここで、波面合成プレフィルタは、
【0021】
【数1】
【0022】
であっても良い。
【0023】
各スピーカについて、非整数遅延を補正するための補正フィルタを算出し、重み付き音響信号に補正フィルタを適用して補正後の音響信号を出力する補正フィルタ演算部をさらに備え、遅延調整部は、補正後の音響信号を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力しても良い。
【0024】
ここで、各スピーカについて、非整数遅延を補正するための補正フィルタは、非整数遅延分のディレイを用いて得られるフィルタであっても良い。
【0025】
本発明の第4の特徴は、入力音響信号を、仮想音源を実現するための直線状スピーカアレイの各スピーカへの出力音響信号に変換する音響信号処理方法に関する。本発明の第4の特徴に係る音響信号処理方法は、複数の初期焦点座標と、仮想音源の座標および指向性の方向を取得するステップと、複数の初期焦点座標のそれぞれについて、仮想音源の座標に基づいて、初期焦点座標に指向性の方向から特定される回転行列をかけて、指向性を考慮した焦点座標を決定するステップと、波面合成プレフィルタを算出し、入力音響信号に波面合成プレフィルタを畳み込んで重み付き音響信号を出力するステップと、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標のそれぞれの距離から決まる遅延量をそれぞれ算出し、重み付き音響信号を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力するステップと、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標の位置から決まるゲインを、焦点座標のそれぞれの遅延音響信号に乗じて、スピーカへの出力音響信号を出力するステップを備える。
【0026】
本発明の第5の特徴は、コンピュータに、本発明の第1の特徴または第3の特徴に記載の音響信号処理装置として機能させるための音響信号処理プログラムに関する。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、コンテンツ編集に適するようモノラル音源から生成された仮想音源を用いて、指向性のある音響を実現可能な音響信号処理装置、音響信号処理方法および音響信号処理プログラムを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
次に、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。以下の図面の記載において、同一または類似の部分には同一または類似の符号を付している。
【0030】
(第1の実施の形態)
図1を参照して、第1の実施の形態に係る音響信号処理装置1を説明する。音響信号処理装置1は、処理装置(図示せず)、メモリ10などを備える一般的なコンピュータである。一般的なコンピュータが音響信号処理プログラムを実行することにより
図1に示す機能を実現する。
【0031】
第1の実施の形態に係る音響信号処理装置1は、複数のスピーカを直線状に並べた直線状スピーカアレイを用いて、スピーカよりも前面に飛び出し、かつ、指向性を有する仮想音源を実現する。
【0032】
本発明の実施の形態においては、仮想音源を実現するために、互いに近接する位置に極性の異なる2以上の焦点音源を生成することで、多重極音源を実現する。焦点音源は、極性の異なる無指向性の点音源(モノポール音源)の組み合わせである。本発明の実施の形態においては、2つのモノポール音源である場合を説明するが、焦点音源の数は、偶数であればよく、その数は問わない。
【0033】
音響信号処理装置1は、このような仮想音源を実現するために、入力音響信号Iを、直線状スピーカアレイの各スピーカへの出力音響信号Oに変換する。
【0034】
音響信号処理装置1は、メモリ10、焦点位置決定部12、フィルタ係数演算部13、畳み込み演算部14、入出力インタフェース(図示せず)等を備える。入出力インタフェースは、入力音響信号を音響信号処理装置1に入力し、各スピーカへの出力音響信号を出力するためのインタフェースである。入出力インタフェースは、音響信号処理装置1が実現する仮想音源の座標および指向性の方向の各情報を、音響信号処理装置1に入力する
メモリ10は、焦点データ11を記憶する。焦点データ11は、仮想音源を実現するための複数の焦点の座標を含む。焦点データ11は、少なくとも一対の焦点の座標を含み、複数対の焦点の情報を含んでも良い。焦点データ11に含まれる焦点は、X軸およびY軸に対してそれぞれ対称に設けられ、指向性が考慮されていない無指向の焦点座標である。本発明の実施の形態において、焦点データ11に記憶される焦点を、初期焦点と称し、初期焦点の座標を初期焦点座標と称する。なお、仮想音源は、初期焦点座標の中心となる。
【0035】
焦点位置決定部12は、仮想音源の位置、指向性の方向の情報、および対象周波数の各情報を受け取り、必要な数の焦点に関する座標を出力する。焦点位置決定部12は、複数の初期焦点座標と、仮想音源の座標および指向性の方向を取得して、複数の初期焦点座標のそれぞれについて、仮想音源の座標に基づいて、初期焦点座標に指向性の方向から特定される回転行列をかけて、指向性を考慮した焦点座標を決定する。焦点位置決定部12は、仮想音源の座標に対する初期焦点座標の相対座標に回転行列をかけ、回転行列をかけて得られた座標に、仮想音源の座標を加算して、指向性を考慮した焦点座標を決定する。
【0036】
焦点位置決定部12は、メモリ10から、1以上の対の初期焦点座標を取得するとともに、音響信号処理装置1が実現する特定として、外部入力等により、仮想音源の座標および指向性の方向を取得する。焦点位置決定部12は、取得した指向性の方向から、初期焦点座標に対してかける回転方向θを特定する。
【0037】
焦点位置決定部12は、一対の初期焦点座標を、
【0039】
とした場合、X軸方向に対してθ方向を指定すると、この方向から特定できる回転行列Gは、式(1)で求まるため、回転後のモノポールの座標は、式(2)で決定できる。
【0041】
焦点位置決定部12は、メモリから読み出した所望の特性に対応する1対以上の初期焦点座標に対し、指向性の方向から特定できる回転行列を座標毎にかけた上で、仮想音源の座標を座標毎に加算することで、全ての焦点座標を計算する。
【0042】
なお、クアドラポールなど、2より多数のモノポール音源からなる多重極音源についても、回転行列で回転させて新たな座標を算出することで指向性の回転に対応したモノポール音源の座標を計算する。
【0043】
図2を参照して、本発明の実施の形態に係る焦点位置決定部12による焦点位置決定処理を説明する。
【0044】
まずステップS11において焦点位置決定部12は、仮想音源の座標と指向性の方向の情報を取得し、ステップS12において、メモリから所望の特定に対応する1以上の初期焦点の情報を読み出す。
【0045】
次に、ステップS12で読み出した各初期焦点について、焦点位置決定部12は、ステップS13およびステップS14の処理を繰り返す。ステップS13において焦点位置決定部12は、処理対象の対象焦点座標に、ステップS11で取得した指向性の方向から特定される回転行列をかける。ここで用いられる対象焦点座標は、仮想音源に対する相対座標である。ステップS14において焦点位置決定部12は、仮想音源の座標に、ステップS13により回転行列をかけた後の座標を加算して、指向性を考慮した焦点座標を決定する。
【0046】
ステップS12で読み出した各初期焦点について、ステップS13およびステップS14の処理が終了すると、焦点位置決定部12は処理を終了する。
【0047】
なお、ステップS13ないしステップS14の処理は、各焦点に対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。
【0048】
図3ないし
図5を参照して、焦点位置決定部12の処理のシミュレーション結果を説明する。
図3は、直線状スピーカアレイと、初期焦点を示す。直線状スピーカアレイは、(−2,0)から、(2,0)に配設され、一対の初期焦点座標は、(0,1−0.0345)および(0,1+0.0345)である。このとき、仮想音源の座標は、(0,1)である。この際の音場は、
図3に示すように、左右対称に形成され、指向性がない。
【0049】
焦点位置決定部12は、このような初期焦点座標に対して、式(1)で特定される回転行列かける。
図4に示すように、初期焦点座標(1,1.0345)の仮想音源座標(0.0,1.0)に対する相対座標は、(0.0,0.0345)となる。焦点位置決定部12は、初期焦点座標の仮想音源座標に対する相対座標に対して、回転行列をかけ、仮想音源座標を加算することにより、回転後の座標(0.0172,1.0299)を得る。もう一方の初期焦点座標(0,1−0.0345)に対しても同様に処理することにより、焦点位置決定部12は、回転後の座標(−0.0172,0.9701)を得る。
【0050】
図5は、
図4の計算によって得られた回転後の座標における音場を示す。各モノポール座標は、
図3と比べて時計回りに回転され、指向性が実現されている。
【0051】
焦点位置決定部12によって、各初期焦点について、指向性を考慮した焦点座標が算出されると、フィルタ係数演算部13により、処理される。
【0052】
フィルタ係数演算部13は、焦点位置決定部12から出力された全ての焦点の座標を受け取り、スピーカ毎に周波数領域でフィルタを設計した後、逆フーリエ変換することで各スピーカに与えるインパルス応答ベクトルを出力する。フィルタ係数演算部13は、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、焦点位置決定部12により決定された焦点座標のそれぞれから、入力音響信号Iに畳み込むインパルス応答ベクトルを算出する。フィルタ係数演算部13は、指向性を考慮した焦点座標のそれぞれを用いて、対象周波数に対して駆動関数を計算し、計算された駆動関数を逆フーリエ変換して得られた時間領域の駆動関数を加算して、スピーカに対するインパルス応答ベクトルを算出する。
【0053】
フィルタ係数演算部13は、外部入力等により対象周波数を算出し、この対象周波数に対して、式(3)により駆動関数を算出する。
【0055】
式(3)を、事前に決めた周波数範囲(例えば、100Hz ≦ f < 2000Hz)について計算することで、フィルタ係数演算部13は、直線状スピーカアレイの各スピーカのうち、i番目のスピーカに与える駆動信号を求めることができる。フィルタ係数演算部13は、これを直線状スピーカアレイの各スピーカに対して計算することにより、各スピーカに対して与える駆動信号が求まる。
【0056】
フィルタ係数演算部13は、式(3)で与えられる各スピーカの駆動信号に対する、X軸方向の逆フーリエ変換により時間領域に変換して、時間領域の波面合成として知られる式(4)を得る。式(4)における式(5)は、波面合成プレフィルタとして知られている。
【0058】
時間領域での波面合成では、式(4)に示す通り、入力音響信号Iに式(5)で定義される波面合成プレフィルタを適用した上で、チャネル毎にパワー乗算とディレイを加えるだけで済むため、演算量を劇的に削減することができる。
【0059】
図6を参照して、フィルタ係数演算部13によるフィルタ係数決定処理を説明する。
【0060】
まずステップS21においてフィルタ係数演算部13は、焦点位置決定処理で決定された各焦点座標を取得する。この各焦点座標は、初期焦点座標に対して所望の指向性が考慮された座標である。
【0061】
フィルタ係数演算部13は、ステップS22ないしステップS26の処理を繰り返して、各スピーカについて、インパルス応答ベクトルを算出する処理を行う。ステップS22においてフィルタ係数演算部13は、処理対象の対象スピーカのインパルス応答ベクトルをゼロで初期化する。
【0062】
フィルタ係数演算部13は、ステップS22においてインパルス応答ベクトルを初期化した後、各焦点について、ステップS23ないしステップS25の処理を繰り返す。ステップS23においてフィルタ係数演算部13は、処理対象の対象焦点座標を用いて、対象周波数に対して、式(3)により駆動関数を計算する。ステップS24においてフィルタ係数演算部13は、ステップS23で計算された駆動関数を、逆フーリエ変換して、式(4)により、時間領域の駆動関数を取得する。ステップS25において、ステップS24で取得した時間領域の駆動関数をインパルス応答ベクトルに加算する。
【0063】
各焦点についてステップS23ないしステップS25の処理が終了すると、ステップS26においてフィルタ係数演算部13は、この時点のインパルス応答ベクトルを、対象スピーカに与えるインパルス応答ベクトルに決定する。
【0064】
各スピーカについてステップS23ないしステップS26の処理が終了すると、フィルタ係数演算部13は、処理を終了する。
【0065】
なお、ステップS22ないしステップS26の処理は、各スピーカに対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。同様に、ステップS23ないしステップS25の処理は、各焦点に対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。
【0066】
フィルタ係数演算部13により、直線状スピーカアレイの各スピーカに対するインパルス応答ベクトルが算出されると、畳み込み演算部14が、入力音響信号Iに、インパルス応答ベクトルを畳み込むことにより、各スピーカに与える出力音響信号Oを算出する。
【0067】
畳み込み演算部14は、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、入力音響信号Iに、スピーカに対応するインパルス応答ベクトルを畳み込んで、スピーカへの出力音響信号Oを出力する。畳み込み演算部14は、所定のスピーカについて、このスピーカに対応するインパルス応答ベクトルを、入力音響信号Iに畳み込むことにより、このスピーカに対する出力音響信号Oを得る。畳み込み演算部14は、各スピーカについて同様の処理を繰り返し、各スピーカに対する出力音響信号Oを得る。
【0068】
図7を参照して、畳み込み演算部14による畳み込み演算処理を説明する。
【0069】
畳み込み演算部14は、ステップS31およびステップS32の処理を、直線状スピーカアレイの各スピーカに対して繰り返す。ステップS31において畳み込み演算部14は、フィルタ係数演算部13から、処理対象の対象スピーカのインパルス応答ベクトルを取得する。ステップS32において入力音響信号Iに、ステップS31で取得したインパルス応答ベクトルを畳み込み、出力音響信号Oを取得する。
【0070】
各スピーカについてステップS31ないしステップS32の処理が終了すると、畳み込み演算部14は、処理を終了する。なお、ステップS31ないしステップS32の処理は、各スピーカに対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。
【0071】
第1の実施の形態に係る音響信号処理装置1は、予め、初期焦点座標に回転をかけて、所望の指向性を実現する焦点座標を算出して、各焦点座標に対して、各スピーカに対応するインパルス応答ベクトルを算出する。これにより、音響信号処理装置1は、入力音響信号Iに対して、各スピーカに対応するインパルス応答ベクトルを畳み込むことにより、各スピーカへの出力音響信号Oを得る。
【0072】
第1の実施の形態に係る音響信号処理装置1は、少ない演算量で、仮想音源で所望の指向性を実現することができる。また第1の実施の形態に係る音響信号処理装置1は、仮想音源の生成にマイクアレイを必要せず、通常のマイクロフォンから収録されたモノラルの音源から複数チャネル分の音響信号を生成して、仮想的な音源を作り出すことができる。
【0073】
(第2の実施の形態)
図8を参照して、第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aを説明する。第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aは、時間領域での波面合成を用いて、低演算量で仮想音源を多重極音源にする。第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aは、
図1の畳み込み演算部14の代わりに、フィルタ演算部15、遅延調整部16およびゲイン乗算部17を用いることにより、大幅な演算量の削減を実現する。
【0074】
音響信号処理装置1aは、メモリ10、焦点位置決定部12、フィルタ演算部15、遅延調整部16およびゲイン乗算部17を備える。メモリ10および焦点位置決定部12は、第1の実施の形態と同様である。
【0075】
フィルタ演算部15は、第1の実施の形態と同様の方法で、上記式(5)により波面合成プレフィルタを算出し、入力音響信号Iに波面合成プレフィルタを畳み込んで重み付き音響信号を出力する。
【0076】
図9を参照して、フィルタ演算部15によるフィルタ演算処理を説明する。
【0077】
まずステップS51においてフィルタ演算部15は、式(5)により、波面合成プレフィルタを算出する。ステップS52において入力音響信号Iに、ステップS51で算出した波面号令プレフィルタを畳み込み、重み付き音響信号を出力する。
【0078】
遅延調整部16は、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標のそれぞれの距離から決まる遅延量をそれぞれ算出し、重み付き音響信号を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力する。
【0079】
遅延調整部16は、焦点位置決定部12により出力された複数の焦点位置のそれぞれについて、焦点の位置とスピーカ位置の距離を音速で進むのに必要な時間だけ出力信号に遅延を加えて遅延音響信号を出力する。焦点位置決定部12が出力した焦点をMとすると、M個すべての焦点について、式(6)により遅延音響信号を算出する。
【0081】
ゲイン乗算部17は、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、スピーカと焦点座標の位置から決まるゲインを、焦点座標のそれぞれの遅延音響信号に乗じて、スピーカへの出力音響信号Oを出力する。
【0082】
ゲイン乗算部17は、所定のスピーカについて、焦点座標とスピーカアレイとの距離を、焦点音源とスピーカ位置との距離の3/2乗で割ることで得られるゲインを、遅延調整部16によって得られた遅延音響信号に乗ずることによって出力音響信号Oを算出する。「焦点座標とスピーカアレイとの距離」は、スピーカアレイがX軸上に配列されている場合の、スピーカアレイのY軸上の値と、焦点座標のY軸の値の差分である。所定のスピーカに対する出力音響信号Oは、式(7)によって得られる。ゲイン乗算部17は、各スピーカについて、式(7)により出力音響信号Oを算出する。
【0084】
遅延調整部16およびゲイン乗算部17は、直線状スピーカアレイの所定のスピーカについて、スピーカの位置に対応する遅延とゲインを設定した遅延調整部とゲイン乗算部の処理を行って出力音響信号を生成する。これを着目するスピーカを次々に変化させて同様の処理を行うことにより、遅延調整部16およびゲイン乗算部17は、直線状スピーカアレイの各スピーカに対する出力音響信号Oを得る。
【0085】
図10を参照して、遅延調整部16およびゲイン乗算部17による遅延調整およびゲイン乗算処理を説明する。
【0086】
まず音響信号処理装置1aは、直線状スピーカアレイの各スピーカについて、ステップS61およびステップS62の処理を行う。
【0087】
まず遅延調整部16は、各焦点について、ステップS61の処理を行う。ステップS61において遅延調整部16は、対象スピーカと対象焦点完を、音速で進む時間だけ遅延させた遅延音響信号を出力する。各焦点について遅延音響信号が出力さされると、ゲイン乗算部17は、ステップS61で算出された各焦点に対する遅延音響信号に、対象スピーカのゲインを乗じて、対象スピーカに対する出力音響信号Oを出力する。
【0088】
各スピーカについて、ステップS61およびS62の処理が終了すると、音響信号処理装置1aは、処理を終了する。
【0089】
なお、ステップS61の処理は、各焦点に対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。同様に、ステップS62の処理は、各スピーカに対して行われればよく、どのような順序で行われても良い。また処理環境等に応じて、所定の処理が並列に行われても良い。
【0090】
第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aは、予め、初期焦点座標に回転をかけて、所望の指向性を実現する焦点座標を算出するとともに、波面合成プレフィルタを算出する。音響信号処理装置1aは、入力音響信号Iに波面号令プレフィルタを畳み込んで重み付き音響信号を生成し、各スピーカと各焦点の位置に応じて、適切な遅延およびゲインを与えることにより、各スピーカへの出力音響信号Oを得る。
【0091】
第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aは、第1の実施の形態に比べてさらに少ない演算量で、第1の実施の形態と同様に仮想音源で所望の指向性を実現することができる。また第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aは、第1の実施の形態と同様に、仮想音源の生成にマイクアレイを必要せず、通常のマイクロフォンから収録されたモノラルの音源から複数チャネル分の音響信号を生成して、仮想的な音源を作り出すことができる。
【0092】
(第3の実施の形態)
図11を参照して、第3の実施の形態に係る音響信号処理装置1bを説明する。第3の実施の形態に係る音響信号処理装置1bは、時間領域での波面合成を用いて、低演算量で仮想音源を多重極音源にして、再現音場の精度を向上する。
【0093】
第3の実施の形態に係る音響信号処理装置1bは、
図8に示す第2の実施の形態に係る音響信号処理装置1aと比べて、フィルタ演算部15と遅延調整部16との間に補正フィルタ演算部18を備え、焦点位置決定部12が、補正フィルタ演算部18に接続される点が異なる。補正フィルタ演算部18以外の各部の動作は、第2の実施の形態に係る各部の動作と同様である。
【0094】
補正フィルタ演算部18は、各スピーカ(チャネル)について、非整数遅延を補正するための補正フィルタを算出し、重み付き音響信号に補正フィルタを適用して補正後の音響信号を出力する。ここで、各スピーカについて、非整数遅延を補正するための補正フィルタは、非整数遅延分のディレイを用いて得られるフィルタである。補正フィルタとしては、sinc関数を用いるフィルタ、FIR(Finite Impulse Response)フィルタ(Lagrange Interpolation)、IIR(Infinite impulse response)フィルタ(THIRANフィルタ)等が考えられる。
【0095】
まず、補正フィルタが、sinc関数を用いるフィルタである場合を説明する。第3の実施の形態において補正フィルタ演算部18は、式(8)に従って、補正フィルタを算出する。
【0097】
次に、式(9)に示すように、波面合成プレフィルタ適用後の入力信号に、式(8)の補正フィルタを適用する。
【0099】
式(9)により算出された補正フィルタ適用後の入力信号は、遅延調整部16に入力される。
【0100】
第3の実施の形態において遅延調整部16は、補正後の音響信号(式(9)により算出された補正フィルタ適用後の入力信号)を、算出されたそれぞれの遅延量で遅延させて、焦点座標のそれぞれについて、遅延音響信号を出力する。
【0101】
次に、補正フィルタが、FIRフィルタである場合を説明する。第3の実施の形態において補正フィルタは、式(10)で定義されるFIRフィルタで求められても良い。
【0103】
このとき、式(9)に示すように、波面合成プレフィルタ適用後の入力信号に、式(10)の補正フィルタを適用する。
【0104】
さらに、補正フィルタが、IIRフィルタである場合を説明する。第3の実施の形態において補正フィルタは、式(11)で求められるIIRフィルタであっても良い。
【0106】
このとき、式(12)に示すように、波面合成プレフィルタ適用後の入力信号に、式(12)の補正フィルタを適用する。
【0108】
従来、時間領域実装による焦点音源法において、式(2)に示すように、入力音源に波面合成プレフィルタを適用した後、スピーカごとにゲイン乗算とディレイ処理を行う。通常のディレイ処理は、ディジタル信号のサンプル単位で行うため、非整数サンプル分のディレイを反映することができない。例えば、ナイキスト周波数48 kHzでサンプリングされた音声を考えると、周波数領域での実装と比較して約7.1mm(=音速340m/s ÷ 48000サンプル)の誤差が生じる。このように各スピーカから出力された音声信号がそれぞれ誤差を有するため、予め設定した焦点に各スピーカから出力された音声信号が集まらず、音場の精度が低下する問題がある。
【0109】
そこで、第3の実施の形態に示すように、スピーカごとに補正フィルタを算出して適用することで音場再現の精度を改善することが可能になる。
(その他の実施の形態)
上記のように、本発明の第1ないし第3の実施の形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述および図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例および運用技術が明らかとなる。
【0110】
本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。従って、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。