(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第2工程において検出する対象化合物が、4−メチルチオ−3−ブテニルグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物である、請求項1〜4のいずれかに記載の判定方法。
【背景技術】
【0002】
グルコシノレート(GSL)は、一部の植物に特徴的に含まれる二次代謝物質であり、カラシ油配糖体とも呼ばれる含硫化合物の総称である。特にアブラナ科植物には化合物構造の異なる約200種のグルコシノレートが報告されており、食品としての嗜好性成分や薬理成分として注目されるものも多く、これらを高含有する植物種は、有用物質の供給源として好適であると認められる。
一方、グルコシノレートには、農作物の劣化の主原因となる化合物も含まれており、特にダイコンでは4MTBGに起因する様々な課題が存在する。
【0003】
従来の大根加工品に関する問題
現在、日本国内のダイコン生産量の約6割が加工用として使用されているところ、大根加工品における硫黄臭発生や黄変発生等の問題は、その品質を著しく低下させる原因となっている。
当該大根加工品に関する品質低下に関する問題は、特に保存等の経時変化や調理等の加熱処理よって酷く促進され、例えば大根漬や切り干し大根等の大根加工食品の食品としての需要自体を減少させる要因にもなっている。また、赤ダイコンに含まれるアントシアニン系色素は、安定性及び発色性が良好な優れた色素化合物であるところ、赤ダイコンを原料として製造されるアントシアニン系赤色素及び当該色素を利用した製品では、その臭気特性に適合する用途分野に使用範囲が制限される要因となっている。
【0004】
ここで、ダイコン(Raphanus sativus)はアブラナ科植物の一種であり、4−メチルチオ−3−ブテニルグルコシノレート(以下、4MTBGという)を優占成分とする特徴的なグルコシノレート組成を示す植物である。ダイコンに含まれる4MTBGは、それ自体はほとんど無味無臭の化合物であるが、内在性酵素ミロシナーゼが作用して4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアネート(以下、4MTBIという)と呼ばれるダイコン特有の辛み成分が生成される。4MTBIはイソチオシアネートの一種であるが、化合物としての安定性が低い物質であるため、短時間で分解される性質を有する。
大根加工品における大根臭(硫黄臭の一種)の原因成分であるメチルメルカプタン等、黄変原因成分であるTPMT等は、いずれも4MTBIの分解に起因して生成され、最終的には、上記した大根加工品の品質低下を引き起こす原因となっている(
図1参照)。
【0005】
特定のグルコシノレートの含有/欠失形質の判定困難性
上記課題を解決するため、特定の品種系統に着目して人為的な育種的操作を行うことによって、4MTBG欠失形質を示すダイコン系統(以下、4MTBG欠失型系統という)が作出されてきた(特許文献1)。4MTBG欠失型系統のダイコンは、他の通常のダイコン品種系統とはグルコシノレート組成が大きく異なり、4MTBGを全く又はほとんど含有しない性質を備えた系統のダイコンである。
近年、4MTBG欠失型系統の1系統は、ダイコン品種「だいこん中間母本農5号」として品種登録され(品種登録第22662号)、当該中間母本を基にして沢庵漬け等の加工に適した「悠伯」、等の様々な用途に適した実用的なダイコン系統が作出されつつあり、今後も様々な用途に適して実用的な品種系統の開発が期待される。
ここで、所望の有用形質を備えたダイコン系統を作出する手法としては、食品分野での利用を考慮して、遺伝子組み換え技術やゲノム編集等の手法を利用することなく、有用形質を備えた系統どうしを用いた育種的手法により実行することが一般的である。即ち、4MTBG欠失型の形質を有する実用的な品種系統を作出する手法としては、既存の4MTBG欠失型系統を形質供与親として用いて、所望の有用形質(例えば、アントシアニン系色素に関する優れた形質等)を備えたダイコン系統との交配、自殖、選抜等を繰り返して行うことによって、所望の優良形質を有する4MTBG欠失型系統のダイコンを得る育種的手法により実行することが求められる。
【0006】
4MTBG欠失形質導入に関する育種及び栽培の生産現場においては、近隣の農場や圃場等からの野生種の花粉や種子等の混入の点で、集団の選抜過程において4MTBG含有形質の混入を確認及び排除しながら行うことが求められる。しかし、4MTBG欠失性に関する形質は、植物体内の代謝物組成の特徴として発現する形質であるため、植物体の外形的な特徴による判定ができず、表現型の判定が困難となる。
そのため、従来技術におけるグルコシノレート組成に関する表現型判定の検査手法としては、葉や肥大根等の植物体の一部を分析試料に供して、植物体組織をHPLC等の分析に供する手法が挙げられる(特許文献1)。また、最近では、4MTBG合成酵素遺伝子の機能欠損変異やその連鎖DNAマーカー等を利用して、遺伝子型から4MTBG含有/欠失形質に関する表現型判定を行う手法も確立されている(非特許文献1)。
【0007】
しかし、これら従来技術に関する手法では、播種及び栽培中の植物体の少なくとも一部を分析試料に供する必要があるため、栽培に影響が出ない程度にまでスプラウトや苗を生育させた後に、分析試料とする一部を採取する必要がある。この際、試料採取を1植物体ごとに行う必要があり、更にHPLCやPCR等の分析に適した試料調製工程が必要となるため、通常の栽培現場においてスプラウトや苗の「全ての個体」に対して検査を実施するには、現実的に実行困難な多大な労力を要する。
そのため、生産現場、特に大程度な農作物や加工原料の農場等の現場では、試料採取の現実的な手法として、検査個体と栽培個体の同一性が担保されない抜き打ち検査にて判定試験を行わざるを得ず、品質管理の点での課題が認められる。
【0008】
また、上記従来技術においては、たとえ全ての栽培個体に対して検査を実施した場合であっても、検査結果で植物体が所望の形質でないことが判明した場合には、既に栽培中の所望でない植物体を選別又は除去する必要が生じる。この場合、特に農場等に苗植えした後では、その労力や損失は大きなものとなる。
【0009】
なお、上記従来技術においては、分析試料として「種子」を試料に供して検査を行うことも可能であるが、しかし、この場合はそもそも種子自体(植物体の全部)を破砕してHPLCやPCR等の試料に供する必要があり、分析に供した個体を同時に栽培することが原理的にできない。即ち、当該手法では、種子を分析対象とした時点で検査個体と栽培個体の同一性が担保されない抜き打ち検査となってしまい、上記品質管理の課題を解決することができなくなる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明は、植物体におけるグルコシノレート含有/欠失形質を判定する方法及びこれを利用した各種方法等に関するものである。以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
なお、本明細書中、アルコール水溶液又は含水アルコール等におけるアルコール濃度を示す「%」表記は、水溶液におけるアルコール含有率を体積%(%(v/v))を示すものである。例えば、「95%エタノール」という表記は、体積%にてエタノール含有率95%のエタノール水溶液を示すものである。
また、本発明に係る判定方法においては、本発明に係る技術的特徴が奏する作用効果を実質的に妨げるものでなければ、下記に記載した主要工程(特には抽出工程、検出工程、判定工程、乾燥工程、等)以外の他の工程を含むことを除外するものではない。当該他の工程は下記主要工程の前及び/又は後に行うことが可能である。また、当該他工程を下記主要工程の間に行うことも可能である。
また、本発明に係る技術的範囲は下記した工程を全て含む態様に限定されるものではない。
【0031】
1.グルコシノレート含有/欠失形質の判定
本発明に係る植物体におけるグルコシノレート含有/欠失形質の判定方法は、下記に記載の工程を行うことにより実施することが可能となる。
即ち、本発明に係る判定方法は、アブラナ目又はトウダイグサ科に属する植物の種子を、アルコール濃度40%(v/v)以上であるアルコールを含む水溶液若しくはアルコール溶液、に接触させて得られた抽出液、又は、前記抽出液を加工して得られた組成物、を得る工程(第1工程)、;及び、前記第1工程の後、前記抽出液又は組成物中における所望のグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物を検出する工程(第2工程)、;を含む、植物体におけるグルコシノレート含有/欠失形質の判定方法に関するものである。
【0032】
[判定対象]
本発明に係る形質判定に供する試料は、二次代謝化合物としてグルコシノレート含有が報告されている植物の種子である。本発明では、これらの植物体や収穫物において、有用成分及び/又は劣化原因成分等の含有/欠失形質に関して、種子を試料に供するのみで予め判定することが可能となる。
本発明の判定対象として具体的には、アブラナ目又はトウダイグサ科に属する植物の種子を挙げることができる。ここでアブラナ目としては、特にはアブラナ科、フウチョウソウ科、パパイア科に属する植物の種子を挙げることができる。より好ましくは、ダイコン、ブロッコリー、キャベツ、ワサビ、カラシナ、等の食品としての嗜好性成分や薬理成分として有用なグルコシノレートを含むアブラナ科に属する植物を挙げることができる。
本発明においては、これらの分類に属する植物であれば、原理的に、雑種、交雑集団、新規の品種系統等についても本発明に係る形質判定方法の対象とすることが可能である。
【0033】
本発明の判定対象として特に好適には、ダイコンの種子を挙げることができる。ここで、本明細書中「ダイコン種子」とは、アブラナ科ダイコン属サティバス(Raphanus sativus)に属する植物の種子を指す。
ここで、本明細書中のサティバス種(Raphanus sativus)に属する植物としては、広義の意味で「ダイコン」と呼ばれる植物全般を含むものを想定するものである。具体的には、日本ダイコン(R. sativus var. longipinnatus)、ハツカダイコン(R. sativus var. sativus)、クロダイコン(R. sativus var. niger)等を含めたサティバス種(Raphanus sativus)に属する全ての品種系統のものを挙げることができる。更に本発明においては、サティバス種(Raphanus sativus)に属するものであれば、原理的に、雑種、交雑集団、新規の品種系統等についても本発明に係る形質判定方法の対象とすることが可能である。
【0034】
本発明に係る方法において判定可能な植物の形質は、植物体におけるグルコシノレートの含有/欠失性に関する形質である。
ここで、本明細書中「グルコシノレート含有/欠失形質」とは、植物体に含まれる所望のグルコシノレートを実質的に含有するか否かを示す形質を指す。当該形質は、植物体内に含有される二次代謝化合物に関する特性であるため、植物体の外形的特徴として外観にて判定することができない。ここで「所望の」とは、下記の分析手法により検出可能な任意のグルコシノレート化合物を挙げることができる。
ここで、「グルコシノレート」(Glucosinolate、GSL)は、上記した植物に特徴的に含まれる二次代謝物質を指し、カラシ油配糖体とも呼ばれる含硫化合物の総称である。特にアブラナ科植物には化合物構造の異なる約200種のグルコシノレート類が報告されている(Ishida et al., Breeding Science 64: p48-59, 2014)。
【0035】
本発明において特に好適な判定形質としては、ダイコン植物体における4MTBG含有/欠失性形質である。ここで「4MTBG」とは、4−メチルチオ−3−ブテニルグルコシノレート(4-methylthio-3-butenyl glucosinolate)の略称として示され、下記(式1)に示す構造式で表される化合物を指す。グルコラファサチン(Glucoraphasatin)と称される場合もある。
ここで、4MTBGは、ダイコンにおいて優占的に含まれる特徴的なグルコシノレートであり、他方、ダイコン以外の植物では、近縁であるBrassica属を含めて4MTBGを優占グルコシノレート成分として含有する植物は確認されていない。
【0037】
本発明において「グルコシノレート含有形質」とは、植物体において所望のグルコシノレートを主要な成分として含有する二次代謝産物に関する形質を示す。
例えば、ダイコンにおける「4MTBG含有形質」とは、ダイコン植物体において4MTBGを主要なグルコシノレート成分として含有する二次代謝産物に関する形質を示す。
ここで、現在知られているダイコン品種系統は、だいこん中間母本農5号及びこれに由来する系統等の一部の例外を除いては、通常は4MTBG含有形質を示すダイコンである。通常の4MTBG含有形質を示すダイコンでは、成熟した植物体の組織であるほど4MTBGを多く含有する傾向あり、特にダイコンの肥大根部では総グルコシノレート量の90%以上が4MTBGで占められ、肥大根部の乾燥重量に対する4MTBG含量が、数十〜数百μmоl/gのものがほとんどである。ここで、グルコシノレートの総含量が低い品種系統の場合では4MTBG含量の絶対量も低い傾向を示すが、下記した4MTBG欠失性と判定できる基準とは比較にならないほど高い値を示す。
【0038】
本発明において「グルコシノレート欠失形質」とは、植物体において所望のグルコシノレートを欠失又は実質的に欠失している二次代謝産物に関する形質を示す。
例えば、ダイコンにおける「4MTBG欠失形質」とは、ダイコン植物体において4MTBGが欠失又は実質的に欠失している表現型を示す形質を指す。4MTBG欠失形質を示すダイコンとしては、肥大根部の乾燥重量に対する4MTBG含量が、多くても1μmоl/g以下、より好ましくは0.1μmоl/g以下、更に好ましくは0.01μmоl/g以下の表現型のものを挙げることができる。
ここで、現在知られている4MTBG欠失形質を示すダイコン品種系統としては、だいこん中間母本農5号又はこれに由来する系統等のように、4MTBG合成酵素遺伝子に機能欠損変異を劣性ホモ型で有する品種系統を挙げることができる。
本発明に係る方法にて判定対象とする4MTBG欠失形質としては、だいこん中間母本農5号又はこれに由来する系統、だいこん中間母本農5号と同様の4MTBG合成酵素遺伝子の機能欠損変異を劣性ホモ型で有する系統、等のダイコンが示す4MTBG欠失形質を好適に判定することが可能となる。また、本発明に係る方法にて判定対象である4MTBG欠失形質としては、上記公知の品種系統と別起源で同様の作用機序により発現するものも含まれる。また、本発明に係る方法にて判定対象である4MTBG欠失形質としては、上記公知の品種系統とは異なる作用機序により発現するものも含まれる。
【0039】
[抽出工程]
本発明に係る判定方法では、抽出溶媒としてアルコールを含む水溶液又はアルコール溶液を用いて抽出処理を行い、種子に含まれるグルコシノレートを抽出する工程を含むものである。
【0040】
溶媒
本発明に係る抽出溶媒に含まれるアルコールとしては、低級アルキルアルコールを挙げることができる。具体的には、溶媒として似た性質を発揮する炭素数1〜4の一価の低級アルキルアルコールを用いることが好適である。当該抽出溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等を挙げることができる。また、2種類以上のアルコールを混合して用いることも可能である。なお、LC/MS等での分析を考慮すると当該抽出溶媒として特には、炭素数1〜3のものが好適である。また、当該抽出溶媒の一態様としては、利用用途での安全性や種子への影響を考慮すると、炭素数2の一価の低級アルキルアルコールであるエタノールを用いることが好適である。
【0041】
本発明に係る抽出溶媒としては、抽出処理後の種子発芽率の点で、アルコールを40%以上で含有する水溶液を用いることが好適である。より好ましくは50%以上、更に好ましくは60%以上、一層好ましくは70%以上、より一層好ましくは80%以上、更に一層好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上のアルコール濃度の水溶液を挙げることができる。種子発芽率と生育速度の点では特には60%以上、好ましくは80%以上のアルコール濃度の水溶液を挙げることができる。
アルコール濃度の上限としては、グルコシノレートの抽出効率の点を考慮しても特に制限は無く、アルコール含有率が100%である無水アルコール溶液を用いることも可能である。一態様を挙げるとすると、99〜100%のいずれかの濃度値を上限として挙げることが可能である。
【0042】
本発明に係る抽出溶媒としてアルコール水溶液を用いる場合、グルコシノレートの分析や種子発芽への影響の点から、水溶液中に含まれるアルコール以外の成分が水のみである含水アルコールを用いる態様が好適である。水溶液中に含まれる水としては、精製水、蒸留水、超純水等を用いることが好適であるが、通常の分析等に用いるグレードの水であれば問題なく使用することが可能である。また当該抽出溶媒としては、グルコシノレートの検出や種子発芽等を実質的に阻害する態様でない限りは、各種塩、有機酸、pH調整剤、pH緩衝剤、等のアルコール以外の成分を含む水溶液を用いることも可能である。
また、本発明に係る抽出溶媒としては、水を含まないアルコール溶液を用いることも可能である。当該態様では、上記記載のアルコールと親和性を有する水以外の溶媒及び上記記載のアルコールを含んでなる混合液を用いることも可能であるが、具体的には上記記載のアルコールから実質的になる無水アルコール溶液等を用いることが可能である。
【0043】
抽出操作
本発明に係る抽出処理では、種子を上記抽出溶媒に接触させて抽出液を得る抽出操作を行う。
【0044】
本発明に係る抽出処理に供する種子としては、1粒の種子の状態で1粒ずつ抽出操作を行う態様も可能であるが、検査の作業効率を考慮すると多数の種子集合の状態に対して纏めて一度に抽出処理を行うことが好適である。
本発明に係る判定方法においては、分析手段におけるグルコシノレート検出感度を鑑みると、数千粒の種子集合の単位に対して一度に判定スクリーニングを実行することが可能となる。具体的には、LC/MS法での検出感度を考慮すると、一度に抽出処理を行うことが可能な種子数としては、好ましくは10000粒以下、より好ましくは5000粒以下、更に好ましくは2000粒以下、特に好ましくは1000粒以下を挙げることができる。また、分析手段における検出技術の態様によってはそれ以上の種子数に対して一度に抽出処理を行うことも可能である。
【0045】
本発明に係る判定方法では、種子の播種や栽培等を行うにあたり、グルコシノレート組成に関する形質判定検査を、播種予定の種子集合の全粒に対して形質判定検査を実行することが可能となる。
また、本発明に係る判定方法でのグルコシノレートの検出感度等を考慮して、集合単位を小分けに複数セットとして複数回の抽出処理を行う実施形態を採用することも可能である。
【0046】
本発明に係る抽出処理に供する種子は、休眠状態にある乾燥状態にある種子を用いることが好適である。結実後に回収した種子は、通常はこのような乾燥した休眠状態にあるため、当該抽出処理に好適に用いることができる。即ち、本発明に係る判定方法による検査は、播種予定の種子の播種前の段階であれば任意の時期に行うことが可能である。
なお、本発明に係る抽出処理においては、水への接触又はアルコール濃度が上記濃度範囲を下回る水溶液への接触を経験した種子を検査試料に供した場合、上記抽出処理後に乾燥状態にすることで種子発芽が低下してしまう可能性がある。但し、水への接触又は上記アルコール濃度範囲を下回る水溶液への接触が種子発芽等を実質的に阻害する程度でない接触態様の場合には、本発明に係る抽出処理対象とすることは排除されない。
【0047】
本発明に係る抽出処理では、種子を上記抽出溶媒に接触させて抽出液を得る工程を行う。ここで、種子と抽出溶媒との接触態様は常法にて行うことが可能であるが、例えば、浸漬処理やドリップ抽出等の通常の抽出操作を採用することが可能である。また、浸漬の場合は、撹拌、懸濁、振盪等の操作を行って抽出効率を向上させることも可能である。
種子に対する溶媒の使用量としては、特に制限はないが、例えば乾燥状態の種子1質量部に対して、溶媒0.1〜1000質量部を挙げることができるが、抽出効率と検出感度を考慮すると、種子1質量部に対して1〜200質量部、好ましくは5〜50質量部の溶媒を使用した抽出処理が好適である。
【0048】
本発明に係る抽出処理の温度条件としては、グルコシノレート抽出が可能であって種子発芽やその後の生育を実質的に阻害しない温度であれば、特に制限なく採用することが可能である。抽出時間等との組合せにもよるが、例えば0〜50℃、好ましくは4〜40℃程度での抽出処理を挙げることができる。具合的には室温程度である10〜35℃程度が好適である。
本発明に係る抽出処理の処理時間としては、グルコシノレート抽出が可能な処理時間であれば採用可能であるが、抽出効率の点を踏まえると、例えば1分間以上、好ましくは5分間以上、より好ましくは20分間以上、更に好ましくは30分間以上であることが好適である。当該処理時間の上限としては、種子発芽やその後の生育が実質的に阻害されない処理時間であれば良いが、例えば24時間以下、好ましくは6時間以下、より好ましくは1時間以下を挙げることができる。
【0049】
本発明においては、同一の対象種子に対して2回以上の抽出処理を行って抽出液を得る態様も可能である。但し、種子発芽率等に不要な悪影響を与えないことを優先すると、同一の対象種子に対しては、通常は1回のみの抽出処理にて抽出液を得ることが望ましい。
【0050】
本発明に係る判定方法においては、上記抽出処理にて得られた抽出液をそのまま採取して又は種子と分離回収して、下記グルコシノレート検出工程に供することが可能である。また、本発明に係る判定方法においては、前記抽出液に所望の処理等を行い、前記抽出液から加工して得られた組成物を下記グルコシノレート検出工程に供することも可能である。
ここで、「前記抽出液から加工して得られた組成物」としては、固液分離、濃縮処理、精製処理、乾燥処理等を行って、夾雑物を低減及び/又はグルコシノレートの含有量を高めた組成物とする態様を挙げることができる。これらの加工処理としては、所望の工程を組み合わせて行うことも可能であり、また所望の工程を複数回行うことも可能である。
また、分析に適した状態となるように、各種塩、有機酸、pH調整剤、pH緩衝剤、等を含む組成物とすることも可能である。当該組成物の状態としては、分析工程での使用に適した液状の組成物であることが好適であるが、半液状、固体状等の組成物とすることも可能である。
【0051】
[グルコシノレート検出工程]
本発明に係る判定方法では、前記抽出液又は組成物中における所望のグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物を検出する工程を含むものである。
【0052】
分析手段
本発明に係る検出工程で用いることが可能な分析手段としては、上記により得られた抽出液又は組成物化合物に含まれる所望のグルコシノレート等の存在を検出可能な分析技術であれば、如何なる手段を採用することも可能である。
【0053】
本発明に係る検出工程としては、試料に含まれる化合物の分離分析又は揮発性化合物の分離分析を可能とする分析技術を挙げることができる。
当該分析技術の一態様としては、i)クロマトグラフィーを利用した分離装置及びシグナル検出装置を接続した態様を挙げることができる。
ここでクロマトグラフィーを利用した分離手段としては、例えば、液体クロマトグラフィー(LC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、キャピラリー電気泳動等、を挙げることができる。また、これら以外のクロマトグラフィー手段を利用することも可能である。
シグナル検出のための手段としては、例えば、質量分析計、電子増倍管、蛍光検出器、荷電化粒子検出器、エバポレイト光散乱検出器、等を挙げることができるが、特には質量分析計を組み合わせて使用することが好適である。質量分析計としては、飛行時間型(Time-of-Flight型)、オービットトラップ型(Orbitrap型)、磁場偏光型(Magnetic Sector型)、四重極型(Quadrupole型)、イオントラップ型(Ion Trap型)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型(Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance型)、加速器質量分析型(Accelerator Mass Spectrometry型)等の分析計を挙げることができる。また、これら以外にも他の原理を利用した質量分析計を用いることも可能である。また、これらを複数組み合わせたタンデム型を挙げることもできる。これらのうち、電場型質量分析計であるオービットトラップ型(Orbitrap型)、飛行時間型(Time-of-Flight型)等の検出感度の高い質量分析計を採用した場合、高い精度でのグルコシノレート等の検出が可能となり好適である。
【0054】
更に、本発明に係る検出工程を可能とする装置としては、上記クロマトグラフィーを利用した手法とは別態様による分析手法を採用することも可能である。例えば、ii)液体試料に含まれる一次元の
1H−NMRスペクトルを測定し、対象化合物に該当する化学シフトピークの検出するNMR法を採用することができる。また、iii)試料に含まれる含有化合物を励起ガスにてイオン化し、これを上記した質量分析計で検出するDART−MS法を採用することも可能である。
【0055】
本発明に係る検出工程においては、試料調製や分析操作のハンドリング及び検出感度等の点を考慮すると、LC/MS等を利用した分析手法が好適である。特にLC/MSにおいてオービットトラップ型(Orbitrap型)の質量分析計と組み合わせた態様では、高感度でのシグナル検出が達成され好適な態様となる。
また、LC/MSを利用した検出では、クロマトグラフィーのための機器と質量分析計の間にエレクトロスプレー法(ESI法)や大気圧化学イオン化法(APCI法)等のような大気圧イオン化法(API)にて試料化合物をイオン化する手段を組み合わせて、検出感度を高めた態様とすることも可能である。
【0056】
本発明に係る検出工程においては、グルコシノレートを検出対象とすることが好適であるが、グルコシノレートに由来する類似化合物を検出対象とすることも可能である。
本発明においては、グルコシノレートとして特に4MTBG又はそれに由来する類似化合物を検出対象とする判定において、好適に用いることが可能である。ここで4MTBGとは、上記(式1)の構造式にて示される4−メチルチオ−3−ブテニルグルコシノレートを指す。また、4MTBGに由来する類似化合物とは、植物体内での代謝や分析試料調製過程等における4MTBGの変化により生成される化合物であって、4MTBG由来物質であることが識別可能な化合物を指す。本発明に係る当該類似化合物としては、例えば、グルコラフェニン(Glucoraphenin)、4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアネート(4MTBI)、4MTB−OH(糖鎖がOH化した4MTBG由来化合物)等を挙げることができる。また、4MTBG及び前記類似化合物に関する官能基置換化合物、各種塩化合物も、4MTBGの類似化合物として挙げることもできる。また、これらの類似化合物のイオン状態のものを挙げることもできる。
【0057】
[判定基準]
本発明に係る判定方法においては、上記分析により所望のグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物が実質的に検出されたか否かの情報に基づいて、植物体のグルコシノレート含有/欠失形質に関する判定を行うことが可能である。
ここで、本発明に係る判定方法では、グルコシノレートに由来する類似化合物の検出情報を利用して行うことが可能であるが、好適な態様としてはグルコシノレートそのものの検出情報を利用して行うことが好適である。
【0058】
本発明に係る検出工程において、前記抽出液又は前記組成物中における所望のグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物が実質的に検出された場合には、試料として供した種子が前記所望のグルコシノレートを含有する形質の種子である、又は、試料として供した種子に前記所望のグルコシノレートを含有する形質の種子が含まれている、と判定することが可能となる。
当該判定基準においては、検出工程の結果から所望のグルコシノレート等の存在を示す明確なシグナルが実質的に検出された場合には、上記陽性判定をすることが可能となる。また、検出工程の結果から所望のグルコシノレート等のシグナルに関するS/N比等を算出して、実質的なシグナルの存在が確認できた場合にも陽性判定をすることが可能である。
例えばダイコンでの例として、グルコシノレートとして4MTBGを検出対象とし、現在知られている4MTBG欠失形質のダイコン品種であるだいこん中間母本農5号又はこれに由来する4MTBG欠失形質系統を想定した検査を行った場合では、4MTBG等のシグナルに関するS/N比が3以上、好ましくは4以上である場合には、信頼性を以て上記陽性判定をすることが可能である。
【0059】
一方、本発明に係る検出工程において、前記抽出液又は前記組成物中における所望のグルコシノレート又はそれに由来する類似化合物が実質的に検出されない場合には、試料として供した種子が所望のグルコシノレート欠失形質種子である、又は、試料として供したダイコン種子に所望のグルコシノレート含有形質種子が含まれていない、と判定することが可能となる。
当該判定基準として具体的には、検出工程の結果から所望のグルコシノレート等の存在を示す明確なシグナルが実質的に検出されない場合には、上記陰性判定をすることが可能となる。また、検出工程の結果から所望のグルコシノレート等のシグナルに関するS/N比等を算出して、実質的なシグナルの存在が確認できない場合にも陰性判定をすることが可能である。
例えばダイコンでの例として、グルコシノレートとして4MTBGを検出対象とし、現在知られている4MTBG欠失形質のダイコン品種であるだいこん中間母本農5号又はこれに由来する4MTBG欠失形質系統を想定した検査を行った場合では、4MTBG等のシグナルに関するS/N比が3未満、好ましくは2以下である場合には、信頼性を以て上記陰性判定をすることが可能である。
【0060】
本発明に係る判定方法では、陽性判定及び陰性判定の判定基準としてシグナルの実質的検出の有無を考慮して判定を行うことが好適である。本発明に係る判定方法における「実質的に検出」とは、所望のグルコシノレート欠失形質の種子が、極微量に前記所望のグルコシノレート等を含んでいた場合を許容する旨の表現である。
例えばダイコンでの例として、グルコシノレートとして4MTBGを検出対象とし、現在知られている4MTBG欠失形質のダイコン品種であるだいこん中間母本農5号又はこれに由来する4MTBG欠失形質系統を用いて検査を行った場合では、植物体に4MTBGが実質的に含まれないため、通常のLC/MS等の分析手法で4MTBGやこれに由来する類似化合物は検出されない。しかし、これらの系統とは別起源で4MTBG欠失系統が作出された場合、通常の野生型品種系統とは比較にならない程度の極微量レベルながらも、植物体に4MTBGが含まれる場合がある。
このような例を勘案すると、本発明に係る判定方法においては、グルコシノレート含有型品種系統で一般的に想定される検出量以上のシグナルが明確に検出された場合に、グルコシノレート等が「実質的に検出された」と判定することが望ましい。一方、反対にグルコシノレート含有型品種系統で想定される検出量を大幅に下回る極微量レベル(例えば、一般的なグルコシノレート含有型品種系統の1/100以下)のグルコシノレートが検出された場合に、「実質的に検出されない」と判定することが望ましい。
ここで、ダイコンでの例を挙げると、グルコシノレートとして4MTBGを検出対象として、基準となる一般的な4MTBG含有型品種系統としては、耐病総太り、天安紅心等を挙げることができるが、特にこれらに限定されるものではない。
【0061】
[グルコシノレート含有型種子の混入判定]
本発明においては、上記形質判定方法を用いることを特徴とする、所望のグルコシノレート欠失形質種子の集合に対する前記所望のグルコシノレートを含有する形質の種子の混入判定方法が含まれる。当該混入判定方法を構成する工程としては、上記段落に記載の操作手順等が参照される。
【0062】
本発明に係る混入判定方法としては、上記した植物種子における形質判定方法を利用することによって、所望のグルコシノレート欠失形質の種子集合に対する前記グルコシノレートを含有する形質を有する種子の混入の有無を判定することが可能となる。
例えばダイコンを挙げると、所望のグルコシノレートとして4MTBGを検出対象とすることによって、4MTBG欠失形質ダイコンの種子集合に混入した野生型種子の混入の有無の判定を行うことが可能となる。
【0063】
本発明に係る混入判定方法においては、分析手段におけるグルコシノレートの検出感度を鑑みると、数千粒の種子集合の単位に対して一度に混入判定スクリーニングを実行することが可能となる。具体的には、LC/MS法での検出感度を考慮すると、一度の操作で混入判定が可能な種子数としては好ましくは10000粒以下、より好ましくは5000粒以下、更に好ましくは2000粒以下、特に好ましくは1000粒以下を挙げることができる。また、分析手段における検出技術の態様によってはこれ以上の種子数に対して一度に混入判定を行うことも可能である。
【0064】
また、本発明においては、種子集合の単位を小分けに複数セットとして複数回の混入判定を実施する形態を採用することも可能である。
本発明に係る混入判定方法では、所望のグルコシノレート含有/欠失形質を示す品種系統の栽培等を行うにあたり、グルコシノレート組成に関する形質判定検査を、播種予定の種子集合の全粒に対して実行することが可能となる。特には、4MTBG欠失形質を示すダイコン品種系統の栽培等を行うにあたり、4MTBG形質判定検査を播種予定の種子集合の全粒に対して実行することが可能となり好適である。
【0065】
[再度の判定操作]
本発明においては、上記判定方法により得られた種子集合を栽培して得られた子世代及び/又はそれ以降の後代の種子集合に対して、再度に上記した一連の判定操作を行うことが望ましい。当該再度の判定操作を行う態様では、植物体におけるグルコシノレート含有/欠失形質の判定を更に高い精度にて行うことが可能となり好適である。
特には、4MTBG欠失形質を示すダイコン品種系統の栽培等を行うにあたり、4MTBG欠失形質種子集合に対する4MTBG含有型種子の混入判定を、更に高い精度にて行うことが可能となり好適である。
【0066】
2.グルコシノレート含有/欠失形質が判明した種子
上記段落に記載の方法によりグルコシノレート組成に関する形質が判明した植物種子は、抽出液から分離してその後に乾燥状態とした場合であっても、種子発芽及び生育が可能な種子となる。即ち、本発明においては、播種前の種子に対して所望のグルコシノレート含有/欠失形質の判定検査を行うことが可能となり、当該検査によって植物体のグルコシノレート含有/欠失形質が判明した種子のみの播種及び栽培を確実に行うことが可能となる。
ここで、本発明においては、前記抽出処理における抽出液のアルコール濃度が高い溶液であるほど、播種後の発芽率及び植物体の生育が良好な種子となる。発芽率及び植物体生育に適した抽出溶媒中のアルコール濃度は、上記段落に記載の通りである。
【0067】
[播種用種子の調製]
本発明においては、前記抽出工程の後、前記アルコールを含む水溶液又はアルコール溶液との接触後の種子を乾燥状態にすることを特徴とする、種子の製造方法が含まれる。即ち、本発明に係る種子の製造方法においては、前記抽出処理後の種子を乾燥状態にする工程が含まれる。
【0068】
本発明における前記抽出工程後に得られた種子は、その後に種子を乾燥状態とすることにより、播種操作、保管、流通等に供することが可能な状態となる。ここで、種子が未乾燥状態の場合、種子どうしが密着してしまいハンドリングに不適当であるため、播種機やシードテープ等も用いることができず、通常の生産現場等における播種操作に用いることが困難となる。また、未乾燥状態の種子は保管や流通等に適した状態ではない。
ここで、比較技術として種子に対して「水抽出」を行った場合では、その後に種子を乾燥状態にすることによって、種子に強い発芽阻害が誘導されてしまう。即ち、抽出溶媒として水を用いて抽出処理を行った場合では、グルコシノレート含有/欠失形質の判定検査に供した種子を、播種して栽培に用いることは困難となる。当該現象は、ダイコンにおいて特に認識されている現象であり、抽出溶媒として水を用いて抽出処理を行って4MTBG含有/欠失形質の判定検査に供した種子を、播種して栽培に用いることは著しく困難となる。
【0069】
本発明に係る種子の製造方法においては、種子表面が乾燥状態にあり且つ発芽及び生育が可能な乾燥種子が得られるような乾燥手段を採用することができる。
本発明に係る種子の製造方法において、抽出液から分離された種子を乾燥状態にする手段としては、種子の発芽及び生育を実質的阻害する手法でない限りは、種子乾燥に適用可能な通常の手法を採用することが可能である。
当該乾燥手段の一態様としては、i)送風による通風乾燥を行うことが可能である。当該通風乾燥においては、気温や室温条件にて空気の送風を行えば良いが、乾燥を短時間で完了させるためには、好ましくは10℃以上、より好ましくは25℃以上での通風を行うことが好適である。温度の上限としては、高温による種子への悪影響を回避するよう40℃以下、好ましくは35℃以下であることが好適である。
当該乾燥手段としては、種子どうしの接触が少ない状態にして行うことが好適である。例えば、種子を薄く広げた状態にして実行することが好ましい。また、種子を格納した際に種子どうしの間を空気が通過するような構造の容器等に種子を格納して、当該容器内に送風を行って通風乾燥を実現することも可能である。
また、乾燥手段の一態様としては、ii)自然状態で静置してそのまま乾燥させることも可能である。当該乾燥態様としては、例えば、種子を薄く広げた状態にして直射日光を避けて屋外や屋内に静置する態様を挙げることができる。
また、乾燥手段の一態様としては、iii)吸水紙、吸水布、脱脂綿、スポンジ、吸水ポリマー等の吸水素材を利用した態様にて、種子に付着した溶媒を除去する態様を挙げることができる。当該態様は、播種予定の種子数が少ない場合において実用的な手法として挙げることができる。
なお、本発明に係る乾燥手段としては、上記 i)〜 iii)を組み合わせて実行することも可能である。
【0070】
[形質判明種子の栽培]
本発明において上記製造方法にて得られた種子は、植物体における所望のグルコシノレート含有/欠失性に関する形質が判明している種子として栽培することが可能となる。即ち、本発明においては、上記に記載の種子の製造方法にて得られた種子を用いた植物の栽培方法が含まれる。
これにより、例えば、所望のグルコシノレート組成を意図した植物の栽培において、検査個体と栽培個体の形質同一性を担保した精度の高い品質管理を実現することが可能となる。特に、4MTBG欠失型系統のダイコンの栽培において、検査個体と栽培個体の形質同一性を担保した精度の高い品質管理を実現することが可能となる。
【0071】
本発明における植物の栽培方法としては、上記製造した種子を用いることを除いては、通常の手法により栽培を行うことが可能である。
本発明に係る栽培方法では、播種前段階において本発明に係る形質判定方法又は混入判定方法での検査を実施することが好適である。特には、栽培個体の品質管理に関する観点では、播種予定の全ての種子に対して当該検査を実施することが好適である。
【0072】
本発明においては、上記栽培によりグルコシノレート含有/欠失形質が判明している植物体を得ることが可能となる。例えば、所望のグルコシノレート含有/欠失型系統の植物の栽培において、前記所望のグルコシノレートを欠失する形質を備えていることが確認された植物体を得ることが可能となる。例えば4MTBG欠失型系統のダイコンを挙げると、当該栽培方法では、硫黄臭及び黄変等の大根加工品に関する品質低下に関する課題が解決されたダイコン植物体を得ることが可能となる。
本発明においては、上記に記載の種子の製造方法にて得られた種子を用いた植物体の製造方法が含まれる。即ち、本発明においては、上記記載のグルコシノレート含有/欠失形質の判定方法を用いることを特徴とする所望のグルコシノレート含有/欠失形質を有する植物体の製造方法が含まれる。例えばダイコンを挙げると、4MTBG欠失形質を有するダイコン植物体の製造方法が含まれる。
ここで、本明細書中、「植物体」としては、植物体を構成する部位や組織及び全ての生育段階に属する植物体を挙げることができる。農作物である場合の収穫物も含まれる。
例えばダイコンを挙げると、根、胚軸部、葉、葉柄、茎、花蕾、花、種子等を挙げることができる。また、生育段階としては、スプラウト、苗、成長した植物体全体等を挙げることもできる。特に、農作物及び加工品等としての利用においては、成熟した根である肥大根部を好適に用いることができる。また、赤ダイコンや紫ダイコン等の有色ダイコンにおいては、その肥大根部をアントシアニン系天然色素の原料として好適に使用することができる。
【0073】
また、本発明においては、上記によりグルコシノレート組成に関する形質が判明している植物体から加工品を得ることが可能となる。
ここで、「加工品」とは、原料である植物体に何等かの加工処理を施して得られた加工品全般を指す。例えばダイコンを挙げると、沢庵、漬物、大根おろし等の大根加工食品だけでなく、野菜ジュース等の飲料、有色ダイコンを原料として調製して得られたアントシアニン系色素製剤、アントシアニン系色素組成物、これらアントシアニン系色素製剤又はアントシアニン系色素組成物を含有する加工品(例えば、着色飲料等)も当該大根加工品に含まれる。また、肥大根部を原料としたものだけでなく、葉、葉柄、スプラウト、種子、花等の植物体を原料とした加工品も含まれる。
【0074】
[所望のグルコシノレート含有/欠失形質系統の作出への利用]
本発明において上記製造方法にて得られた種子は、所望のグルコシノレート含有/欠失形質を有する系統の作出に好適に用いることができる。即ち、本発明においては、上記段落1.に記載した判定方法を用いることを特徴とする所望のグルコシノレート含有/欠失形質を有する植物系統の作出方法が含まれる。例えばダイコンを挙げると、4MTBG欠失形質を有するダイコン系統の作出方法が含まれる。
【0075】
本発明に係る作出方法では、上記育種操作における播種前段階において、本発明に係る形質判定方法又は混入判定方法での検査を実施することが好適である。特には、栽培個体の品質管理に関する観点では、播種予定の全ての種子に対して当該検査を実施することが好適である。
【0076】
本発明に係る作出方法においては、所望のグルコシノレート組成に関する形質と所望の形質を備えたダイコン系統を作出することが可能となる。
例えばダイコンを挙げると、4MTBG欠失形質と所望の形質を備えたダイコン系統を作出することが可能となる。即ち、当該態様においては、大根加工品に関する品質低下に関する課題を解決し且つ所望の有用形質を兼ね備えたダイコン系統を作出することが可能となる。
ここで、本発明に係る作出方法としては、上記段落1.に記載の方法によって所望のグルコシノレート組成に関する形質が判明している系統の個体を、所望のグルコシノレート形質の供与体として用いて、これに所望の有用形質を備えた系統の個体を形質受容体(所望形質の点では形質供与体)として用いた交配を含む育種操作を行う。
ここで、「所望の形質」としては、栽培特性、収穫物の品質、加工品の品質、等に有利になる全ての形質を挙げることができる。例えばダイコンを挙げると、肥大根部の品質を向上させる形質、色素に関する形質(例えば、アントシアニン組成、アントシアニン含量等)、環境耐性に関する形質、耐病性に関する形質、成長に関する形質、生殖に関する形質(例えば、細胞質雄性不稔性等)、等を挙げることができる。
【0077】
上記交配操作を行った後は、必要に応じて自殖操作及び選抜操作を行うことによって、所望の優良形質を有し且つ所望のグルコシノレート組成に関する形質を有する個体を得ることが可能である。また、必要に応じて、更なる所望の形質を備えた個体との交配、自殖操作、及び選抜操作を繰り返して行うことによって、更に優良な形質を有する個体を得ることも可能である。
本発明においては、例えばダイコンを挙げると、上記個体又は上記個体を含む集団について、当該4MTBG欠失形質及び所望の形質が遺伝的に固定された集団を得ることで、4MTBG欠失形質を備えた所望のダイコン系統(又は品種)を作出することが可能となる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0079】
[実施例1]『播種前ダイコン種子に対する4MTBG含有/欠失形質の判定』
播種前のダイコン種子から含水エタノールを用いた抽出処理を行い、その抽出液から4MTBG含有/欠失形質に関する判定が可能かを検討した。また、前記抽出処理後に回収した種子について、乾燥後に播種及び発芽が可能かを検討した。
【0080】
(1)「抽出処理」
表2に記載のダイコン種子(
図3A)について、100粒(約1g)に対してエタノール濃度95%の含水エタノール2mLを添加して浸漬状態として、振盪させながら30分間の抽出処理を行った。ここで、表2に記載の野生型系統種子としては、4MTBG含有形質を示す野生型系統の赤ダイコンの種子を用いた。また、4MTBG欠失形質系統の種子としては、品種「だいこん中間母本農5号」を形質供与親として用いて育種的に作出した4MTBG欠失型赤ダイコンである4MTBG欠失型系統の種子を用いた。
【0081】
(2)「4MTBGの検出」
上記(1)における抽出処理後に得られた抽出液を回収し、0.45μmディスクフィルターを用いて吸引濾過して濾液を回収した。これを調製した試料についてオービットトラップ質量分析計を用いたLC/MS分析を行った。当該分析は以下に示す装置及び条件により行った。得られたクロマトグラムの結果を
図4に示した。また、試料1−1のクロマトグラムの保持時間約2.6分のピークについて、マススペクトル展開した結果を
図5に示した。
【0082】
[LC/MSに用いた装置及び条件]
装置: Q-Exactive(Orbitrap-mass spectrometer)
(サーモフィーシャーサイエンティフック株式会社製)
測定モード: ESI-Negative / FullScan R:140000
移動相A: 0.1%ギ酸及び4mMギ酸アンモニウム含有水用液
移動相B: 0.1%ギ酸及び4mMギ酸アンモニウム含有水メタノール
カラム: Inertsil ODS-4 (カラム内径φ2.1mm×カラム長150mm, 粒子径3μm)
(ジーエルサイエンス社製)
【0083】
その結果、4MTBG含有形質を示す野生型系統種子(試料1−1)の95%エタノール抽出液からのクロマトグラムには、4MTBG欠失型系統種子(試料1−2)の95%エタノール抽出液には存在しない特異的なピーク(保持時間:約2.6分)が検出されることが示された(
図4)。
次いで、試料1−1で検出された特異的ピークをマススペクトル分析したところ、m/z値が434.0255を示す化合物ピークであることが示された(
図5)。当該m/z値を示す化合物について、構造推定ソフトFreeStyle(サーモフィーシャーサイエンティフック株式会社製)を用いて解析したところ、当該ピークを示す化合物の最有力候補は、C
12H
20O
10NS
3の組成式で表される化合物であることが示された。当該組成式は4MTBGと一致する組成であったことから、野生型系統種子(試料1−1)の95%エタノール抽出液に特異的に検出された化合物は、4MTBGであることが確認された。クロマトグラム中の当該ピークのS/N比(ベースラインのノイズ波高値Nに対する成分ピークのシグナル波高値Sの比率)を、4MTBG検出量を示す値として算出して表2に示した。
【0084】
【表2】
【0085】
(3)「発芽率」
上記(1)における抽出処理後、ダイコン種子を回収し、種子に付着していた余分な抽出液をキムワイプ(登録商標)と接触させて吸収除去し、室温にて約1日間静置して種子を乾燥させた。次いで、当該種子に水を添加して冷蔵庫内で1時間静置した後、シャーレ底面に配置した含水濾紙の上に種子100粒を播種した。播種から3日後に発芽率を測定した。結果を表3に示した。また、播種及び発芽状態の一部を撮影した写真像を
図3B及び
図3Cに示した。
【0086】
その結果、播種前の種子に対して95%エタノールで30分間の抽出処理を行い、その後に乾燥処理を行った場合、野生型系統種子(試料1−1)と4MTBG欠失型系統種子(試料1−2)のいずれの系統の種子についても、約90%の高い発芽率が維持され、スプラウトの生育が良好であることが示された。
それに対して、対照として、グルコシノレート抽出に適した溶媒である通常の水(イオン交換水:エタノール濃度0%)を用いて、播種前の種子に対して同様にして30分間の抽出処理及び乾燥処理を行った場合では、全ての種子が発芽しないことが示された。
【0087】
【表3】
【0088】
(4)「小括」
上記結果から、グルコシノレート抽出効率の点では最適とは言えないアルコールを含む水溶液にて抽出処理を行った場合であっても、その抽出液から4MTBG検出を指標とした4MTBG含有/欠失形質に関するダイコン品種系統の判定が可能であることが示された。
また、本実施例の結果から、含水アルコール抽出処理後の種子では、その後に播種操作のハンドリングに必要な乾燥処理を行って播種した場合であっても、高い発芽率が維持されることが示された。一方、播種前のダイコン種子に対してグルコシノレート抽出効率の点で好適な水抽出を行った場合では、その後の乾燥処理によって逆に強い発芽阻害が誘導されることが確認された。
【0089】
これらの結果が示すように、播種前のダイコン種子に対して含水アルコールでの抽出処理を行うことによって、その抽出液からの4MTBG含有/欠失形質に関する判定が可能であり、抽出処理後に種子の乾燥を行った場合であっても、播種した種子の発芽及び生育が可能であることが示された。
【0090】
[実施例2]『抽出処理時間の検討』
播種前のダイコン種子に対する4MTBG含有/欠失形質の判定試験において、抽出処理時間に関する検討を行った。
【0091】
(1)「抽出処理」
4MTBG含有形質を示す野生型系統種子について、50粒(約0.5g)に対してエタノール濃度95%の含水エタノール1mLを添加して浸漬状態として、表4に示す時間の振盪による抽出処理を行った。
【0092】
(2)「4MTBGの検出」
上記(1)における抽出処理後に得られた抽出液を回収し、実施例1に記載の方法と同様にしてオービットトラップ質量分析計を用いたLC/MS分析を行い、4MTBGの検出量を測定した。結果を表4に示した。
その結果、95%エタノール抽出処理を5分間だけ行った抽出液においても、検出可能な4MTBG量が抽出できることが示された。当該抽出処理における4MTBGの検出量は、当該抽出処理の時間を長くすると増加する傾向が見られ、30分経過後はほぼ一定となることが示された。
これらの結果から、本発明に係る抽出処理においては、アルコール水溶液中にて数分間〜30分間程度の抽出操作を行うことによって、野生型系統種子から検出可能な4MTBG量の抽出が可能であることが示唆された。
【0093】
(3)「発芽率」
上記(1)における抽出処理後にダイコン種子を回収し、実施例1に記載の方法と同様にして播種操作を行って発芽率を算出した。結果を表4に示した。また、生育状態を示す一部の写真像を
図6に示した。
その結果、本実施例で設定した抽出時間の処理区においては、全ての処理区において90%程度の高い発芽率が維持され、60分間の含水エタノール抽出処理を行った処理区においても発芽率の低下兆候は見られなかった。
これらの結果から、本発明に係る抽出処理においては、アルコールとの接触を長時間行った場合であっても種子の発芽率には影響がでにくいことが示された。
【0094】
【表4】
【0095】
[実施例3]『抽出処理におけるアルコール濃度の検討』
播種前のダイコン種子に対する4MTBG含有/欠失形質の判定試験において、抽出処理におけるアルコール濃度に関する検討を行った。
【0096】
(1)「抽出処理」
4MTBG含有形質を示す野生型系統種子について、50粒(約0.5g)に対して表5に示すエタノール濃度の含水エタノール1mLを添加して浸漬状態として、振盪させながら30分間の抽出処理を行った。対照として、水(イオン交換水:エタノール濃度0%)を用いて、播種前の種子に対して同様の抽出処理を行った。
【0097】
(2)「4MTBGの検出」
上記(1)における抽出処理後に得られた抽出液を回収し、実施例1に記載の方法と同様にしてオービットトラップ質量分析計を用いたLC/MS分析を行い、4MTBGの検出量を測定した。結果を表5及び
図7に示した。
その結果、抽出処理に用いるエタノール濃度が高い処理区であるほど、4MTBG検出量は減少する傾向が見られたが、エタノール濃度99.5%のエタノール水溶液(無水エタノール)を用いた場合(試料3−6)であっても、60%エタノールで抽出処理を行った場合(試料3−4)と同程度の4MTBG量の抽出が可能であることが示された。当該結果を示す全てのシグナルピークの存在は、縦軸を相対スケールにしたクロマトグラムが示す波形から明確に判別可能であった(
図7)。
【0098】
これらの結果から、本発明に係る抽出処理においては、低濃度から高濃度のあらゆる濃度のアルコール水溶液及び無水アルコール溶液を用いた場合であっても、野生型系統種子から検出可能な4MTBG量が抽出できることが示唆された。
【0099】
(3)「発芽率」
上記(1)における抽出処理後にダイコン種子を回収し、実施例1に記載の方法と同様にして播種操作を行って発芽率を算出した。結果を表5に示した。また、生育状態の一部を示す写真像を
図8に示した。
その結果、本実施例で設定した処理区においては、エタノール濃度40%以上での抽出処理を行った処理区では、乾燥処理後においても種子発芽が可能となることが示された(試料3−3)。更にエタノール濃度60%以上で抽出処理を行った処理区では、乾燥処理後においても90%以上の高い発芽率が達成可能となることが示された(試料3−4〜試料3−6)。また、特にエタノール濃度80%以上で抽出処理を行った処理区では発芽速度及び発芽後の生育も良好であった。
【0100】
これらの結果から、本発明に係る抽出処理においては、アルコール濃度40%以上の水溶液を用いた場合において、抽出及び乾燥処理を行った後における発芽が実現可能となることが示された。特にアルコール濃度が高い溶媒での抽出処理である程、高い発芽率及び良好な生育が実現可能なことが示された。
【0101】
【表5】
【0102】
[実施例4]『検出感度の検討』
播種前のダイコン種子に対する4MTBG含有/欠失形質の判定試験において、抽出処理における4MTBG検出感度に関する検討した。
【0103】
(1)「抽出処理」
4MTBG欠失型系統種子に対して、表6に記載の割合となるように野生型系統種子を混入させた。当該種子100粒(約1g)に対してエタノール濃度95%の含水エタノール2mLを添加して浸漬状態として、振盪させながら30分間の抽出処理を行った。
【0104】
(2)「4MTBGの検出」
上記(1)における抽出処理後に得られた抽出液を回収し、実施例1に記載の方法と同様にしてオービットトラップ質量分析計を用いたLC/MS分析を行い、4MTBGの検出量を測定した。結果を表6に示した。また、シグナル強度をS/N比の相対値にして示したクロマトグラムを
図9に示した。
その結果、4MTBGを示すシグナルピーク(保持時間約2.6分)のS/N比から判断して、4MTBG欠失型系統種子に対して1/1000粒の割合で野生型系統種子を混入させた場合の抽出液からであっても、検出可能な4MTBG量が抽出できることが示された。
【0105】
上記結果は、4MTBG欠失型系統種子の集合に対して、1000粒単位での野生型系統種子の混入スクリーニングを、一度に実行可能な検出感度であることを示す結果であった。このことは、4MTBG欠失形質を示すダイコン品種系統の栽培等を行うにあたり、種子に対する4MTBG形質判定試験を、播種予定の種子集合に対して十分に実行可能であることを示す結果と認められた。
なお、種子に対する溶媒液量、抽出温度、抽出時間、アルコール濃度等の抽出条件の変更により4MTBG抽出効率は向上するものと認められ、更に分析手法やS/N比の精密分析手法の選択により、検出感度の更なる向上が期待された。これらの点を考慮すると、本発明に係る判定方法により、一度に1000粒を超える種子に対する判定も十分に可能であると認められた。
【0106】
【表6】