特許第6869495号(P6869495)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6869495耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6869495
(24)【登録日】2021年4月16日
(45)【発行日】2021年5月12日
(54)【発明の名称】耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/83 20060101AFI20210426BHJP
   C23C 22/24 20060101ALI20210426BHJP
   C25F 3/24 20060101ALI20210426BHJP
【FI】
   C23C22/83
   C23C22/24
   C25F3/24
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2020-133347(P2020-133347)
(22)【出願日】2020年8月5日
【審査請求日】2020年10月11日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515005080
【氏名又は名称】株式会社アサヒメッキ
(73)【特許権者】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】307016180
【氏名又は名称】地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100167645
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 一弘
(72)【発明者】
【氏名】川見 和嘉
(72)【発明者】
【氏名】木下 淳之
(72)【発明者】
【氏名】山中 尚
(72)【発明者】
【氏名】福田 洋二
(72)【発明者】
【氏名】田村 元紀
(72)【発明者】
【氏名】飯島 高志
(72)【発明者】
【氏名】榎 浩利
(72)【発明者】
【氏名】玉井 博康
(72)【発明者】
【氏名】今岡 睦明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 武司
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊行
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 好明
【審査官】 菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2018−188728(JP,A)
【文献】 特開2007−131921(JP,A)
【文献】 特開2009−299174(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/098981(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C22/00−30/00
C25F1/00−7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解研磨処理されたステンレス鋼表面に、金属酸化物皮膜を不働態化した皮膜を被覆した耐水素脆性を有するステンレス鋼であって、SSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上であることを特徴とする耐水素脆性を有するステンレス鋼。
【請求項2】
前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする請求項1に記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼。
【請求項3】
ステンレス鋼表面を電解研磨する研磨処理工程、
研磨処理されたステンレス鋼を、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜を形成する皮膜形成工程、
皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、
硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、
とからなる酸化クロム皮膜を不働態化した皮膜を被覆した耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法であって、
前記不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成されている、
ことを特徴とするSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
前記2以上の独立した不働態化処理工程が、それぞれ構成成分の異なる不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程であることを特徴とする請求項に記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする請求項または請求項のいずれかに記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法に関する。特に、ウエットプロセスによりステンレス鋼構造物の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した機能膜で被覆した耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境負荷の少ない次世代エネルギー源として水素を活用する水素社会の実現への取り組みがなされている。水素社会を実現するためには、水素の安定供給に向けた貯蔵・輸送技術の開発が必要である。
水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプライン等の水素用鋼構造物には金属材料が用いられている。特に、高圧水素環境下では、金属材料中へ水素が侵入することにより引き起こされる水素脆化の問題があり、耐水素脆化性に優れるステンレス鋼(例、SUS316L)、アルミ合金(例、A6061−T6)が用いられている(非特許文献1)。
また、水素用鋼構造物は溶接加工が施される場合が多く、耐水素脆化性に優れるだけでは十分ではなく、溶接加工部の耐食性にも優れることが求められている。このため、水素用鋼構造物を皮膜で被覆し耐水素脆性及び耐食性を付与するこが検討されている。
【0003】
金属材料表面に皮膜を形成する方法としては、水溶液を用いないドライプロセス(乾式処理法)と水溶液を用いるウエットプロセス(湿式処理法)がある。ドライプロセスとしては、真空蒸着(VE)、気相中で物質の表面に物理的手法により目的とする物質の薄膜を堆積する物理気相蒸着(PVD)、目的とする薄膜の成分を含む原料ガスを供給し、基板表面あるいは気相での化学反応により膜を堆積する化学気相蒸着(CVD)がある。
一方、ウエットプロセスとしては、電解メッキ、無電解メッキ、陽極酸化、化成処理、電着塗装がある。ウエットプロセスは、ドライプロセスに比べて、大面積の処理が可能であり、量産性が高く、処理コストが安価であること、また大気開放系であり、装置構造が単純であり、設備コストが安価であること、という2つの大きな特徴がある。
【0004】
金属材料表面に形成される緻密な酸化物、窒化物は水素バリア性に優れていることが知られている。このため、金属材料(ステンレス鋼、クロムモリブデン鋼)の表面にクロム酸窒化物皮膜とセラミック皮膜を積層した水素バリア機能を有する皮膜をVE、PVDを用いて形成すること(特許文献1)、ステンレス鋼を大気圧の純酸素雰囲気下で200〜400℃に加熱して表面に酸化物皮膜を形成すること(特許文献2)、金属材料表面に酸化アルミニウム(Al23)皮膜をスパッタ法により、窒化シリコン(Si34)皮膜をプラズマCVD法により形成すること(特許文献3)がそれぞれ開示されている。しかしながら、上述したようにドライプロセスによる酸化物皮膜、窒化物皮膜の形成には皮膜形成物質を気化、イオン化する必要があるため処理コストが高く、量産化が難しく生産性が劣るという問題がある。また、密閉系プロセスであるため装置構造が複雑で設備コストが高くコスト優位性に劣るという問題がある。
【0005】
一方、ウエットプロセスは、皮膜形成物質を含む水溶液に金属材料を浸漬する方法であるため、ドライプロセスに比べ生産性、コスト優位性のいずれも高いというメリットがある。ウエットプロセスにより金属表面に皮膜を形成する方法に関しては、水素ガスに接触する鋼材の表面に、ニッケルメッキ、亜鉛メッキ、銅メッキにより厚み0.10μm〜50μmのニッケル、亜鉛、銅の皮膜を電気メッキにより形成することが開示されている(特許文献4)。
また、ウエットプロセスにより水素バリア機能を有する緻密な酸化物皮膜をステンレス鋼材表面に形成するにより、耐水素脆化性に優れるステンレス鋼材について開示されている(特許文献5)。しかしながら、水素バリア機能を有する緻密な酸化物皮膜の厚さが100nm以下であり、皮膜厚みを大きくして耐水素脆化性を向上させる余地はある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−214336号公報
【特許文献2】特開平04−157149号公報
【特許文献3】特開2016− 53209号公報
【特許文献4】特開2016− 65313号公報
【特許文献5】特開2018−188728号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】田村元紀,柴田浩司著:「日本金属学会誌」,69巻,12号(2005),P.1039−1048
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明は、大面積の処理が可能であり、量産性が高く、処理コストが安価で生産性が高く、また大気開放系であり、装置構造が単純であり、設備コストが安価でコスト優位性が高いウエットプロセスによりステンレス鋼構造物の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理した機能膜で被覆した耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法を提案するものである。また、溶接加工が施された水素用鋼構造物の表面に金属酸化物皮膜を不働態化処理した機能膜を形成して耐水素脆性及び耐食性に優れるに優れる水素用鋼構造物を製造する方法を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明の課題は、以下の態様により解決できる。具体的には、
【0012】
態様1) 電解研磨処理されたステンレス鋼表面に、金属酸化物皮膜を不働態化した皮膜を被覆した耐水素脆性を有するステンレス鋼であって、SSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上であることを特徴とする耐水素脆性を有するステンレス鋼である。
ステンレス鋼表面を電解研磨処理することで、ステンレス鋼表面が平滑化し、平滑化したステンレス鋼表面に形成された皮膜厚みが均一となり、耐水素脆性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)が生じないからである。また、ステンレス鋼表面が平滑化し、ウエットプロセスにより形成した金属酸化物を不働態化した皮膜のステンレス鋼表面への皮膜密着性が向上するからである。SSRT試験における相対絞り値は、耐水素脆性の指標であり、0.8以上であることは耐水素脆性が極めて優れるステンレス鋼材及びステンレス鋼構造物を提供できるからである。
【0013】
態様2) 前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする態様1に記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼である。
溶接加工を施した水素用鋼構造物においても、前記態様1を満たす耐水素脆性を満たす性能が必要だからである。
【0014】
態様3) ステンレス鋼表面を電解研磨する研磨処理工程、研磨処理されたステンレス鋼を、クロム酸と硫酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、ステンレス鋼表面に酸化クロム皮膜を形成する皮膜形成工程、皮膜形成工程で形成された酸化クロム皮膜を、クロム酸とリン酸の混合溶液からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を硬化する硬化処理工程、硬化処理工程で硬化した酸化クロム皮膜を不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程、とからなる酸化クロム皮膜を不働態化した皮膜を被覆した耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法であって、前記不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成されている、ことを特徴とするSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法である。
ステンレス鋼表面を電解研磨処理することで、ステンレス鋼表面が平滑化し、平滑化したステンレス鋼表面に形成された皮膜厚みが均一となり、耐水素脆性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)が生じないからである。そして、不働態化したステンレス表面に形成される不働態化皮膜の耐水素脆性が強化されるからである。また、すべて工程をウエットプロセスとすることで、大面積の処理が可能であり、量産性が高く、処理コストが安価で生産性が高くなる。また、装置構造も単純であり、設備コストも安価であるため、コスト優位性が高く処理コストが安い耐水素脆性を有するステンレス鋼を製造することができるからである。
さらに、不働態化処理工程を少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程として、不働態化処理を逐次的に追加することで、膜厚100nmを超える不働態化した酸化クロム皮膜の緻密性(例えば、孔食電位の上昇)が向上して、耐水素脆性が向上するからである。
【0015】
態様4) 前記2以上の独立した不働態化処理工程が、それぞれ構成成分の異なる不働態化剤からなる処理液に浸漬して、酸化クロム皮膜を不働態化する不働態化処理工程であることを特徴とする態様3に記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法である。
不働態化剤の構成成分を変えることで、逐次的に不働態化処理の各処理段階での不働態化が適切に進み、膜厚100nmを超える不働態化した酸化クロム皮膜の緻密性(例えば、孔食電位の上昇)が向上して、耐水素脆性が向上するからである。
【0016】
態様5) 前記電解研磨処理されたステンレス鋼が溶接加工を施したステンレス鋼であることを特徴とする態様5または態様6のいずれかに記載したSSRT試験(歪み速度4.17×10−5/sec,試験温度16℃)における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上の耐水素脆性を有するステンレス鋼の製造方法である。
溶接加工を施した水素用鋼構造物に耐水素脆性を付与するためには、前記態様3または態様4を満たす耐水素脆性を担保する製造方法が必要だからである。
【発明の効果】
【0017】
本願発明によれば、大面積の処理が可能であり、量産性が高く、処理コストが安価で生産性が高く、また大気開放系であり、装置構造が単純であり、設備コストが安価でコスト優位性が高いウエットプロセスによりステンレス鋼構造物の表面に形成した金属酸化物皮膜を不働態化処理することにより膜厚が100nmを超える耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜で被覆したステンレス鋼構造物並びにその製造方法を提供できる。また、溶接加工が施された水素用鋼構造物の表面に金属酸化物皮膜を不働態化処理した機能膜を形成して耐水素脆性及び耐食性に優れるに優れる水素用鋼構造物を製造する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本願発明のステンレス鋼表面に耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜をウエットプロセスにより形成する工程の流れを示す工程図である。
図2】本願発明の実施態様1で得られた耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス構造物の側断面SEM写真である。
図3】本願発明の実施態様1で得られた耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の破断面SEM写真である。
図4】本願発明の実施態様1で得られた耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の側面SEM写真である。
図5】比較態様3で得られた電解研磨処理のみを行ったステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の破断面SEM写真である。
図6】比較態様3で得られた電解研磨処理のみを行ったステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の側面SEM写真である。
図7】比較態様4で得られた未処理ステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の破断面SEM写真である。
図8】比較態様4で得られた未処理ステンレス構造物のSSRT試験(110MPa水素雰囲気下)後の側面SEM写真である。
図9】本願発明の実施態様1で得られた耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆した溶接を施した試験片の耐食性試験前の溶接部(a)及び耐食性試験後の溶接部(b)を示す写真である。
図10】比較態様3で得られた溶接を施した電解研磨処理のみを行った試験片の耐食性試験前の溶接部(a)及び耐食性試験後の溶接部(b)を示す写真である。
図11】比較態様4で得られた溶接を施した未処理試験片の耐食性試験前の溶接部(a)及び耐食性試験後の溶接部(b)を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本願発明は、電解研磨処理したステンレス鋼(溶接加工を施したステンレス鋼を含む。以下、同じ。)表面に、ウエットプロセスにより形成された耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆した耐水素脆性及び耐食性を有するステンレス鋼である。ウエットプロセスとは、ステンレス鋼の表面に耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を形成するプロセスにおいて、ステンレス鋼を水溶液に浸漬した状態(湿式)で行うことをいう。耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜の形成方法としては、具体的には、図1に示すようにステンレス鋼の表面を電解研磨する研磨処理工程、ステンレス鋼の表面に金属酸化物皮膜を形成する皮膜形成工程、金属酸化物皮膜を硬化させる硬化処理、硬化させた金属酸化物皮膜を酸化剤により不働態化させる不働態化処理工程、とからなる。また、本願発明は不働態化処理工程が少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成され、不働態化処理を逐次的に進めることに特徴がある。
以下、本願発明について、ステンレス鋼、研磨処理工程、皮膜形成工程、硬化処理工程、不働態化処理工程、耐水素脆性評価(SSRT試験、破断面形態観察、水素透過防止性)、耐食性評価(孔食電位測定、耐食性試験)の順に説明する。だだし、本願発明は以下の発明を実施するための態様に限定されるものではない。
【0020】
1.ステンレス鋼
本願発明の電解研磨処理に供するステンレス鋼としては、水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプラインに使用されるステンレス鋼を好適に用いることができる。具体的には、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼がある。耐食性や高強度が要求される高圧貯蔵容器や高圧パイプラインには、マルテンサイト系ステンレス鋼(例えば、410C、420、430、440C、440B)、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、304、304L、321、347、316L)が好適に用いることができる。
本願発明の電解研磨処理に供するステンレス鋼には、水素用構造鋼構造物を構成する溶接接合を施したステンレス鋼も含まれる。例えば、水素貯蔵用圧力容器はステンレス鋼板で形成した各部材を溶接接合して容器を構成し、内面を酸洗処理して製造する。水素を輸送する高圧パイプはステンレス鋼板を鋼帯の状態で溶接造管ラインを通して製造する。パイプラインとするためには複数のパイプを溶接接合して製造する。
【0021】
2.研磨処理工程
研磨処理工程は、ステンレス材料表面の酸化皮膜や不純物(非金属介在物)、加工変質層等の表面欠陥を除去または低減して、ステンレス鋼表面に均一で緻密な耐水素脆性及び耐食性を付与できる金属酸化物皮膜を形成する前処理としての役割を担う。
【0022】
(2−1)電解研磨
研磨処理工程には、電解研磨を採用することができる。電解研磨は、外部電源により、電解研磨溶液中で、金属をアノード(陽極)として直流電流を流して、微細な凹凸のある金属表面の凸部分の溶解により金属表面を平滑化し光沢化する研磨方法である。バフ研磨などの物理的研磨と異なり加工変質や加工硬化層を作らず、研磨面に不純物や汚染が少ないため研磨面が清浄となるという長所がある。
電解研磨浴における陽極分極曲線(Jacquet曲線)では、電位に依存しない一定電流(限界電流)範囲が存在する。この限界電流範囲において、アノード被研磨金属近傍には濃厚な粘性の高い陽極液層(Jacquet層)が形成される。この液層は溶出カチオンの拡散を抑制し、これによって研磨が行われると考えられる。すなわち、アノード金属表面状の凹凸により、粘性液層中の濃度勾配に差異を生じ、拡散電流が影響して凸部に電流が集中するようになり、表面の凹凸が消失して研磨が行われる。
【0023】
(2−2)電解研磨溶液
電解研磨に利用される研磨液は、過塩素酸系、リン酸−硫酸−クロム酸系、リン酸−硫酸−有機物系、の3つに分類され、リン酸−硫酸−クロム酸系、リン酸−硫酸−有機物系、が広く採用されている。氷酪酸,燐酸,硫酸,硝酸,クロム酸,重クロム酸ソーダ等の単独または混合酸性水溶液で構成され、有機物(添加剤)としてエチレングリコールモノエチルエーテル,エチレングリコールモノブチルエステルやグリセリンを使用することができる。これら添加剤は電解液を安定化させ、濃度変化、経時変化、使用による劣化に対して適正電解範囲を広げる効果がある。
具体的には、40〜80vol%リン酸、5〜30vol%硫酸、20〜70vol%メタンスルホン酸、15〜20vol%水、0〜35vol%エチレングリコールからなる電解液中で、40〜90℃、3〜10min、直流(10〜30V、3〜60A/dm)で行うことができる。
【0024】
(2−3)表面粗さ
電解研磨処理により、ステンレス鋼材の表面粗さを0.1μm未満、好ましくは0.08μm以下に抑える必要がある。表面粗さは、後述する皮膜形成工程に影響するからである。ここで、「表面粗さ」とは、JIS B 0601に規定する算術平均粗さ(Ra)をいう。
【0025】
3.皮膜形成工程
皮膜形成工程は、耐水素脆性及び耐食性を付与できる金属酸化物皮膜をステンレス鋼表面に形成して、ステンレス鋼に耐水素脆性及び耐食性を付与する役割を担う。
【0026】
(3−1)皮膜形成
耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成には、ステンレス発色技術を採用する。ステンレス発色技術とは、ステンレス鋼表面に形成される陽極酸化膜の干渉色によりステンレス鋼を発色させる技術をいう。形成される陽極酸化膜(本願発明でいう「耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜」)の厚さは陽極と参照極との電位差(発色電位)に関連する。クロム酸と硫酸混合溶液中で酸化クロム皮膜を形成する、いわゆるインコ法(特開昭48−011243号公報参照)が広く採用される。
本願発明で形成される耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の厚さは、100nmを超えるものであり、好ましくは、110nm〜350nm、より好ましくは、150nm〜300nmである。
【0027】
(3−2)皮膜形成速度
耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成速度(以下、「皮膜形成速度」という。)を制御することで、皮膜の密着性、均一性を高めて耐水素脆性及び耐食性が低下する原因となる皮膜が薄い部分や皮膜欠損(ピンホール)の発生を抑制できる。
皮膜形成速度は、発色液組成と温度で制御できる。発色液組成としては、硫酸とクロム酸の混合比(クロム酸/硫酸)は、クロム酸15〜30wt/v%に対し、硫酸40〜50wt/v%が好適である。クロム酸濃度を低減することで、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成速度を低くすることができ、金属酸化物皮膜の生成厚みを精密に制御できるからである。
皮膜形成速度は、発色電位速度(mV/sec)で制御することができる。発色電位速度は、0.002〜0.08mV/sec、好ましくは0.005〜0.065mV/secである。電位速度が0.002mV/sec未満であると金属酸化物皮膜の生成が遅れ生産性が低下するからである。電位速度が0.08mV/secを超えると形成された耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の厚みが不均一となり、耐水素脆性及び耐食性が低下する原因となる塗膜が薄い部分や塗膜欠損(ピンホール)が生じるからである。
【0028】
(3−3)発色液
発色液組成としては、クロム酸と硫酸の混合比(クロム酸/硫酸)は、クロム酸15〜30wt/vl%に対し、硫酸40〜50wt/vl%が好適である。クロム酸濃度を低減することで、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成速度を低くすることができ、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の生成厚みを精密に制御できるからである。発色液の温度は、60〜90℃である。
【0029】
(3−4)マンガンイオン
発色液中のクロム酸濃度の低減に伴う耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成速度を補うために、マンガンイオン(Mn2+)を添加することができる。メッキ液に用いるマンガン塩としては、塩化マンガン(MnCl2)、硫酸マンガン(MnSO4)、硝酸マンガン(Mn(NO3)2)などがあり、これらの中の1種または2種以上を用いることができる。メッキ液中のマンガンイオン(Mn2+)濃度は、0.5〜300mmol/Lが好ましく、5〜150mmol/Lがより好ましい。マンガンイオン(Mn2+)濃度が0.5mmol/L未満では、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成を促す効果がなく、マンガンイオン(Mn2+)濃度が300mmol/Lを超えると不溶な部分が残って、耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の形成に影響を及ぼすからである。
【0030】
4.硬化処理工程
硬化処理工程は、ステンレス鋼表面に形成された耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜を硬化させて強固にする役割を担う。
【0031】
(4−1)硬化処理工程
硬化処理工程は、皮膜形成工程により耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜が形成されたステンレス鋼を陰極とし、陰極電解により皮膜を硬化させる。皮膜形成工程により形成された耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜は、10〜20nmの空孔が1cm2当たり1011個程度分布している。この空孔は、耐水素脆性及び耐食性を低下させる原因となるものであり、硬化処理により空孔を封じることができる。また、ルーズな皮膜を強固にすることもできる。
【0032】
(4−2)硬化処理液
硬化処理液としては、クロム酸とリン酸の混合比(クロム酸/リン酸)は、クロム酸15〜30wt/v%に対し、反応促進剤としてリン酸0.2〜0.3wt/v%が好適である。電流密度0.2〜1.0A/dm2で、5〜10min行う。
【0033】
5.不働態化処理工程
不働態化処理工程は、硬化処理された耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜をさらに緻密化及び緻密化して、皮膜の耐水素脆性及び耐食性を向上させる役割を担う。
【0034】
(5−1)不働態化処理
不働態化処理は、不働態化させる能力のある酸化剤(以下、「不働態化剤」という。)を含む水溶液中で行う。不働態化剤としては、硝酸、クロム酸、過マンガン酸、モリブデン酸、亜硝酸、硝酸塩(例、硝酸マグネシウム)、クロム酸塩(例、重クロム酸ナトリウム)がある。
また、重クロム酸ナトリウムを添加すると後述する孔食電位が貴となり、耐孔食性が向上する。添加する重クロム酸ナトリウムは1.5〜3.5wt%が好適である。
不働態化処理方法としては、(a)硝酸その他強力な酸化剤を含む溶液に浸漬する方法、(b)酸化剤を含む溶液中でのアノード分極による方法、がある。本願発明はウエットプロセスであるため(a)または(b)の方法を採用することができる。この不働態化処理により皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超える金属酸化物皮膜の耐水素脆性及び耐食性が強化される。
【0035】
(5−2)逐次不働態化処理
本願発明の不働態化処理は、不働態化処理工程が少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成され、不働態化処理を逐次的に進めることに特徴がある。不働態化剤の構成を変えた少なくとも2以上の独立した不働態化処理を行うことで、皮膜形成工程及び硬化処理工程で形成された厚さが100nmを超える金属酸化物皮膜の耐水素脆性及び耐食性が強化されるからである。
【0036】
(5−3)不働態化皮膜の厚さ
本願発明の耐水素脆性及び耐食性を担う金属酸化物皮膜の厚さは、皮膜を形成した破断面のSEM観察により計測した。断面形態のSEM観察の条件は、加速電圧:10.0kV、検出モード:2次電子検出、倍率:10000倍とした。図2に本願発明の実施態様で得られた耐水素脆性及び耐食性に優れる機能膜を被覆したステンレス構造物の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した破断面SEM写真を示す。
【0037】
6.耐水素脆性評価
耐水素脆性評価は、水素環境下での加速試験(SSRT試験)によるステンレス鋼の遅れ破壊(水素脆化)と水素透過防止性で評価する。
【0038】
(6−1)SSRT試験
水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプラインに使用される金属材料は高強度化が指向されている。このため、遅れ破壊(水素脆化)の感受性が増大する。SSRT(Slow Strain Rate Technique)試験は、低歪み速度による応力負荷により強制破断させるため、原理的に試験環境によらず遅れ破壊感受性を高感度に迅速評価することができる。
【0039】
(6−2)破断部形態観察
SSRT試験後の試験品の破断面及び側面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察を行う。
【0040】
(6−3)水素透過防止性
水素透過性防止性は、JIS K7126−1(差圧法)に準じた差圧式のガスクロ法で、試験片を境に、一方を加圧、他方(透過側)を減圧にして行う。透過したガス(水素)をガスクロマトグラフにて分離し、熱伝導度検出器(TCD)により、時間当たりのガス透過量を求めることで、透過度を算出する。
【0041】
7.耐食性評価
(7−1)孔食電位測定
孔食電位はJIS G0577(2014年、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で測定した。3.5wt%NaCl溶液(293K)中のアノード分極曲線から電流密度0.1mA・cm-2に対応する電位(V´c100)を測定した。
【0042】
(7−2)耐食性試験
耐食性試験は、JIS Z2371(2000年、中性塩水噴霧試験)に準拠する方法で測定した。槽内温度35℃中の試験片に5wt%NaCl溶液を連続噴霧し、錆発生の有無を24時間ごとに経時観察した。
【実施例】
【0043】
次に本願発明の効果を奏する実施態様を実施例として示す。また、そのまとめを表1(試験サンプル作製条件)及び表2(試験サンプル評価結果)に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
1.試験サンプル作製
<実施例1>
以下の電解研磨処理、皮膜形成処理、硬化処理、不働態化処理を逐次行って、本願発明の試験サンプルを作製した(以下、「実施例1品」という。)。
(1)電解研磨処理
ステンレス鋼溶接試験片、SSRT試験用のASTM E8に準拠した丸棒試験片(SUS304、φ4mm×20mm)及び水素透過防止性評価用(SUS304、φ35mm、厚さ0.1mm)に電極(+)を取り付け、以下の処理条件で電解研磨を行い、研磨処理品を作製した。
[電解研磨処理条件]
・電解研磨液組成 リン酸450ml/L、メタンスルホン酸450ml/L、エチレングリコール0.2ml/L
・処理温度 85℃
・処理時間 5min
・電流密度 20A/dm
【0047】
(2)表面粗さ計測
研磨処理品の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(テーラーホブソン製、フォームタリサーフPGI―PLS)計測した。表面粗さは、0.08μmであった。
【0048】
(3)皮膜形成処理
研磨処理品を以下の条件で皮膜形成処理(発色処理)を行い、皮膜形成品を作製した。
〔皮膜形成処理条件〕
・発色液組成 酸化クロム250g/L、硫酸500g/L、硫酸マンガン6.3g/L
・処理温度 65℃
・処理時間 35min
・発色電位速度 0.001mV/sec
【0049】
(4)硬化処理
皮膜形成品を以下の条件で硬化処理を行い、硬化処理品を作製した。
〔硬化処理条件〕
・硬化液組成 酸化クロム250g/L、リン酸2.5g/L
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
・電流密度 0.5A/dm2
【0050】
(5)不働態化処理
硬化処理品を以下の条件1及び条件2で逐次不働態化処理を行い、不働態化処理品を作製した。
〔不働態化処理条件1〕
・不働態化液組成 硝酸25vol%、重クロム酸ナトリウム2.5wt%
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
〔不働態化処理条件2〕
・不働態化液組成 硝酸マグネシウム50vol%
・処理温度 60℃
・処理時間 360min
【0051】
(6)不働態皮膜厚み
断面形態のSEM観察による皮膜厚みは、図2に示すように5点の計測値(241nm,314nm,266nm,230nm,242nm)で、平均260nmであった。
【0052】
<実施例2>
以下の電解研磨処理、皮膜形成処理、硬化処理、不働態化処理を逐次行って、本願発明の試験サンプルを作製した(以下、「実施例2品」という。)。
(1)電解研磨処理
ステンレス鋼溶接試験片、SSRT試験用(SUS304、φ4mm×20mm)及び水素透過防止性評価用(SUS304、φ35mm、厚さ0.1mm)に電極(+)を取り付け、以下の処理条件で電解研磨を行い、研磨処理品を作製した。
[電解研磨処理条件]
・電解研磨液組成 リン酸450ml/L、メタンスルホン酸450ml/L、エチレングリコール0.2ml/L
・処理温度 85℃
・処理時間 5min
・電流密度 20A/dm
【0053】
(2)表面粗さ計測
研磨処理品の算術平均粗さ(Ra)を表面粗さ測定機(テーラーホブソン製、フォームタリサーフPGI―PLS)計測した。表面粗さは、0.08μmであった。
【0054】
(3)皮膜形成処理
研磨処理品を以下の条件で皮膜形成処理(発色処理)を行い、皮膜形成品を作製した。
〔皮膜形成処理条件〕
・発色液組成 酸化クロム250g/L、硫酸500g/L、硫酸マンガン6.3g/L
・処理温度 65℃
・処理時間 35min
・発色電位速度 0.001mV/sec
【0055】
(4)硬化処理
皮膜形成品を以下の条件で硬化処理を行い、硬化処理品を作製した。
〔硬化処理条件〕
・硬化液組成 酸化クロム250g/L、リン酸2.5g/L
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
・電流密度 0.5A/dm2
【0056】
(5)不働態化処理
硬化処理品を以下の条件1及び条件2で逐次不働態化処理を行い、不働態化処理品を作製した。
〔不働態化処理条件1〕
・不働態化液組成 硝酸25vol%、重クロム酸ナトリウム2.5wt%
・処理温度 25℃
・処理時間 10min
〔不働態化処理条件2〕
・不働態化液組成 硝酸マグネシウム50vol%
・処理温度 60℃
・処理時間 360min
【0057】
<比較例1>
不働態化処理を条件1のみを実施する以外実施例1と同様の処理を行い、試験サンプルを作製し、比較例1とした(以下、「比較例1品」という。)。
【0058】
<比較例2>
不働態化処理を行わない以外実施例1と同様の処理を行い、試験サンプルを作製し、比較例2とした(以下、「比較例2品」という。)。
【0059】
<比較例3>
電解研磨処理のみを実施例1と同様の処理を行い、試験サンプルを作製し、比較例3とした(以下、「比較例3品」という。)。
【0060】
<比較例4>
実施例1記載の処理を行わない試験サンプルを作製し、比較例4とした(以下、「比較例4品」という。)。
【0061】
2.耐水素脆性評価
(1)SSRT試験
実施例1品、比較例3品及び比較例4品について、水素脆化評価を行うためにSSRT試験(110MPa水素下)により断面絞り(%)を測定した。ここで、断面絞りとは、くびれ破断した箇所の断面積の原断面積に対する比率をいう。
110MPa水素下での断面絞りは、実施例1品(76.4%,68.7%)、比較例3品(56.4%,59.2%)、比較例4品(47.4%,52.2%)であった。
〔試験条件〕
・歪み速度 4.17×10-5/sec
・試験温度 16℃
<相対絞り>
また、耐水素脆性の尺度は断面絞りの相対値(水素下での断面絞りを不活性ガス下での断面絞りで除した値;以下、「相対絞り」という。)で示される。本願発明の実施例1品は、相対絞り(110MPa水素雰囲気下の断面絞りを10MPa窒素雰囲気下の断面絞りで除した値)は、0.93、0.84であり、比較例3品(0.69,0.73)、比較例4品(0.58,0.64)に比べて高い。したがって、本願発明の実施態様は耐水素脆性に優れることが認められる。
【0062】
(2)破断部形態観察
SSRT試験に供した試験片の破断部につき、破断面及び側面のSEM(Hitachi S−3400N)観察を行った。図3及び図4は、実施例1品であり、図5及び図6は、比較例3品であり、図7及び図8は、比較例4品である。また、図の符号は、(a)破断面全体(倍率:20倍)、(b1〜b2)破断面(倍率:1000倍)、(c1〜c3)破断面(倍率:3000倍)、(d)側面全体(倍率:20倍)、(e1〜e2)側面(倍率:1000倍)、(f1〜f3)側面(倍率:3000倍)である。
破断面観察では、本願発明の実施態様である実施例1品は、剪断+延性破面であるが剪断破面は少なく、延性破面が多くを占める。一方、比較態様である比較例3品及び比較例4品は、いずれも剪断破面が多くを占めた。
また、側面観察では、本願発明の実施態様である実施例1品は、比較態様(比較例3品及び比較例4品)に比べて延伸によるクビレが大きく、不働態皮膜の剥がれの形跡も認められず、不働態皮膜の密着性が高いことが認められた。
【0063】
(3)水素透過防止性評価
実施例1品、比較例2品について、JIS K7126−1(差圧法)に準じた差圧式のガスクロ法で、高温水素透過試験を行い、水素透過率比(実施例品/比較例4品)を求めた。
実施例1品は、温度条件(300℃、400℃、500℃)のいずれにおいても、水素透過率比は2.0×10-2以下であり、水素バリア性が高いことが認められる。
〔試験条件〕
・試験用サンプル(φ35mm,厚さ0.1mm)
・差圧 400kPa
・温度 300℃、400℃、500℃
【0064】
3.耐食性評価
(1)耐孔食性評価(孔食電位)
実施例品(実施例1〜実施例2)、比較例品(比較例1〜比較例4)についてJIS G0577(2014年、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で測定した。実施例品の孔食電位はいずれも比較例品に比べて有意に高い。
【0065】
(2)耐食性試験
溶接を施した(実施例1品、比較例3品、比較例4品)について、JIS Z2371(2000年、中性塩水噴霧試験)に準拠する方法で耐食性を評価した。
実施例1品(図9)及び比較例3品(図10)は、528時間経過後も錆の発生はなかった。一方、比較例4品(図11)は、48時間経過後に錆が発生した。
〔試験条件〕
・槽内温度35℃中の試験片に5wt%NaCl溶液を連続噴霧し、錆発生の有無を24時間ごとに経時観察
【産業上の利用可能性】
【0066】
本願発明により、環境負荷の少ない次世代エネルギー源として水素を活用する水素社会を実現するための水素の安定供給に向けた貯蔵・輸送技術に供する水素を貯蔵する高圧貯蔵容器、水素を輸送する高圧パイプラインに使用できるステンレス鋼を提供できる。
【符号の説明】
【0067】
1 不働態化皮膜
2 ステンレス鋼
3 溶接部
4 錆
【要約】
【課題】量産性が高く、装置構造が単純であり、設備コストが安価でコスト優位性が高い耐水素脆性及び耐食性に優れるステンレス鋼構造物並びにその製造方法を提案する。
【解決手段】電解研磨処理されたステンレス鋼表面に、ウエットプロセスにより形成された金属酸化物を不働態化した皮膜を被覆した耐水素脆性及び耐食性を有するステンレス鋼であって、ウエットプロセスにより形成された金属酸化物を不働態化した皮膜の膜厚が100nmを超えることを特徴とする耐水素脆性及び耐食性を有するステンレス鋼である。水素透過率比(皮膜形成品/皮膜未形成品)が2.0×10−2以下であり、SSRT試験における相対絞り(110MPa水素雰囲気下/10MPa窒素雰囲気下)が0.8以上である。研磨処理工程、皮膜形成工程、硬化処理工程、不働態化処理工程からなり、不働態化処理工程が、少なくとも2以上の独立した不働態化処理工程で構成されている。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11