特許第6873087号(P6873087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6873087安定的に放電可能なスパッタリングターゲット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873087
(24)【登録日】2021年4月22日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】安定的に放電可能なスパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20210510BHJP
   C22C 19/07 20060101ALI20210510BHJP
   G11B 5/851 20060101ALI20210510BHJP
   C22C 1/04 20060101ALN20210510BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
   C22C19/07 C
   G11B5/851
   !C22C1/04 B
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-163912(P2018-163912)
(22)【出願日】2018年8月31日
(65)【公開番号】特開2020-37713(P2020-37713A)
(43)【公開日】2020年3月12日
【審査請求日】2020年4月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】岩淵 靖幸
(72)【発明者】
【氏名】荻野 真一
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/089760(WO,A1)
【文献】 特開2008−223072(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/070850(WO,A1)
【文献】 特開2011−216135(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C22C 19/07
G11B 5/851
C22C 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co又はCo合金で構成された複数の金属粒子(A)、並びに、該複数の金属粒子間の隙間を埋めるCo又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている複合相(B)を備え、
前記複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、前記複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度との差が5at%以下であり、
前記複数の金属粒子(A)及び前記複合相(B)の合計面積に対する前記複数の金属粒子(A)の面積比率が20〜65%である、
スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記複数の金属粒子(A)が観察される一面における、前記複数の金属粒子(A)の粒子径が20μm以上かつその粒子径の平均が20〜250μmである請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記複数の金属粒子(A)及び前記複合相(B)は共にCo合金を含有し、該Co合金はCr、Pt、Ru及びBよりなる群から選択される1種以上の合金元素を含有する請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記複合相(B)の前記金属酸化物の面積比率が40〜70%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体の磁性薄膜、特に垂直磁気記録方式を採用したハードディスクの磁気記録層の成膜に使用される強磁性材スパッタリングターゲットに関し、漏洩磁束が大きくマグネトロンスパッタ装置でスパッタする際に安定した放電が得られる、パーティクル発生の少ない非金属無機材料粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットに関する。
なお、以下の説明において、「スパッタリングターゲット」を、単に「ターゲット」と略記するところがあるが、実質的に同一のことを意味するものである。念のため申し添える。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブに代表される磁気記録の分野では、記録を担う磁性薄膜の材料として、強磁性金属であるCo、Fe又はNiをベースとした材料が用いられている。例えば、面内磁気記録方式を採用するハードディスクの記録層にはCoを主成分とするCo−Cr系やCo−Cr−Pt系の強磁性合金が用いられてきた。また、近年実用化された垂直磁気記録方式を採用するハードディスクの記録層には、Coを主成分とするCo−Cr−Pt系の強磁性合金に酸化物や炭素等の非磁性粒子を分散させた複合材料が多く用いられている。磁性薄膜は、生産性の観点から、上記材料を成分とするスパッタリングターゲットでスパッタリング法により作製されることが多い。スパッタリング法とは、正の電極となる基板と負の電極となるターゲットを対向させ、不活性ガス雰囲気下で、該基板とターゲット間に高電圧を印加して電場を発生させるものである。
この時、不活性ガスが電離し、電子と陽イオンからなるプラズマが形成されるが、このプラズマ中の陽イオンがターゲット(負の電極)の表面に衝突するとターゲットを構成する原子が叩き出されるが、この飛び出した原子が対向する基板表面に付着して膜が形成される。このような一連の動作により、ターゲットを構成する材料が基板上に成膜されるという原理を用いたものである。
【0003】
スパッタリング装置には様々な方式のものがあるが、上記の磁気記録膜の成膜では、生産性の高さからDC電源を備えたマグネトロンスパッタリング装置が広く用いられている。
【0004】
マグネトロンスパッタリングはターゲットの裏側に永久磁石を配置し、その磁界によってスパッタで生じる2次電子を閉じ込めることで効率よくスパッタを進める手法である。しかし、垂直磁気記録用ターゲットのような強磁性ターゲットでは、磁界がターゲット内部を通過してしまい、漏洩磁束が小さくなるため、スパッタの効率が悪くなる。このため、ターゲットの漏洩磁束を高める必要がある。これと同時に、近年のハードディスクドライブの記録密度の向上に伴い、磁気ヘッドの浮動量が小さくなっていることから、磁気記録媒体として許容されるパーティクルのサイズや個数の制限は厳しくなっており、低パーティクル化も重要となっている。
【0005】
例えば、Co粉末とCr粉末とTiO2粉末とSiO2粉末を混合して得られた混合粉末とCo球形粉末を遊星運動型ミキサーで混合し、この混合粉をホットプレスにより成形し磁気記録媒体用スパッタリングターゲットを得る方法が提案されている(特許文献1)。
この場合のターゲット組織は、非金属無機材料粒子が均一に分散した金属素地である相(A)の中に、周囲の組織より透磁率が高い球形の金属相(B)を有している様子が見える(特許文献1の図1)。このような組織は、後述する問題を有し、好適な磁気記録媒体用スパッタリングターゲットとは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2011/089760号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、マグネトロンスパッタ装置で強磁性材スパッタリングターゲットをスパッタしようとすると、磁石からの磁束の多くは強磁性体であるターゲット内部を通過してしまうため、漏洩磁束が小さくなり、スパッタ時に放電しない、あるいは放電しても放電が安定しないという大きな問題が生じる。
【0008】
この問題を解決するには、Co粗粒を加えることで透磁率の高い部分(Co粗粒部)と低い部分(酸化物分散部)を作り、全体の透磁率を下げ、漏洩磁束を高める方法が考えられる。しかし、Co粗粒部と酸化物分散部で組成差ができるため、焼結工程でCo粗粒部と酸化物分散部で金属の拡散が起き、これに伴い酸化物の凝集が起きるという問題が生じ得る。これはパーティクル数増加の原因となる。また、このような方法は、Crが少なくPtが入る組成などでは効果が得にくい。
【0009】
そこで、本発明は上記知見に基づき、マグネトロンスパッタ装置で安定した放電が得られるとともに、スパッタ時のパーティクル発生が少ない、漏洩磁束を向上させた強磁性材スパッタリングターゲットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討したところ、Co粗粒部と酸化物分散部のように、金属の組成差を設ける方法ではなく、酸化物の濃度分散を制御することに着目することにより透磁率を不均一とし、ターゲット全体の漏洩磁束を向上させる方法を発見した。そして、ターゲット内のCo濃度をできる限り均一にすることにより、拡散の抑制による酸化物の凝集が減少するという効果が得られることを発見した。
【0011】
そこで、本願発明は、以下のように特定される。
(1)Co又はCo合金で構成された複数の金属粒子(A)、並びに、該複数の金属粒子間の隙間を埋めるCo又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている複合相(B)を備え、
前記複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、前記複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度との差が5at%以下であり、
前記複数の金属粒子(A)及び前記複合相(B)の合計面積に対する前記複数の金属粒子(A)の面積比率が20〜65%である、
スパッタリングターゲット。
(2)前記複数の金属粒子(A)が観察される一面における、前記複数の金属粒子(A)の粒子径が20μm以上かつその粒子径の平均が20〜250μmである(1)に記載のスパッタリングターゲット。
(3)前記複数の金属粒子(A)及び前記複合相(B)は共にCo合金を含有し、該Co合金はCr、Pt、Ru及びBよりなる群から選択される1種以上の合金元素を含有する(1)又は(2)に記載のスパッタリングターゲット。
(4)前記複合相(B)の前記金属酸化物の面積比率が40〜70%であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか一項に記載のスパッタリングターゲット。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る強磁性材スパッタリングターゲットを用いてスパッタすることで、スパッタ時に安定した放電が得られるとともに、スパッタ時のパーティクル発生が少なく、漏洩磁束を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】複数の金属粒子(A)及び複合相(B)を示す図である。
図2】各実施例及び比較例のそれぞれの断面組織のレーザー顕微鏡写真である。
図3】各実施例及び比較例のそれぞれの断面組織のレーザー顕微鏡写真である。
図4】複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度の測定方法を示す図である
図5】複数の金属粒子(A)及び複合相(B)の合計面積に対する複数の金属粒子(A)の面積比率の測定方法を示す図である。
図6】複合相(B)中の金属酸化物の面積比率の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の強磁性材スパッタリングターゲットは、Co又はCo合金で構成された複数の金属粒子(A)、並びに、該複数の金属粒子間の隙間を埋めるCo又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている複合相(B)を備える。Co又はCo合金で構成された複数の金属粒子(A)と複合相(B)とでは、金属酸化物の濃度の差により透磁率に差が存在するため、ターゲット全体として漏洩磁束を向上させることができる。
【0015】
(複数の金属粒子(A)及び複合相(B))
本発明に係るスパッタリングターゲットは一実施形態において、Co又はCo合金で構成された複数の金属粒子(A)は、後述する該複数の金属粒子間の隙間を埋めるCo又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている複合相(B)と比較する場合、複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度との差が5at%以下である。
前述のように、ターゲット全体として漏洩磁束を向上させる方法として、金属酸化物が少なく、透磁率の高い部分と、金属酸化物が集中し透磁率が低い部分を設けることが考えられるが、これらの部分における組成の差が大きいと、金属拡散が起き、(A)の外周部に酸化物の凝集ができるので、パーティクル数が増加してしまう。これに対し、複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度との差を5at%以下とすることにより、金属拡散を抑制することができ、酸化物の凝集を抑制することができるので、漏洩磁束が向上し、マグネトロンスパッタ装置で安定した放電が得られ、スパッタ時のパーティクル発生が少ないという効果が得られる。
この観点から、複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度と、複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度との差は、3at%以下であることが好ましい。
【0016】
金属粒子部分と金属酸化物部分は組織観察時の色の濃淡で判断することができる。例えば図1に示すように、SEM(走査型電子顕微鏡)による組織観察結果では、2次電子の強度が画像の濃淡として現れるので、一般的に金属部分は2次電子強度が強くなるので明るく、酸化物は強度が低くなるので暗く見える。相対的な画像の濃度差で金属粗粒部分とマトリックス、或いはマトリックス中の金属部分と金属酸化物部分の領域を区別することは可能である。ただし、組織観察時に使用する装置や条件によっては必ずしも金属粒子部分が白く、金属酸化物部分が黒く見えるわけではなく逆転する場合もあり得る。その場合、白く見える部分を金属酸化物部分、黒く見える部分を金属粒子部分として測定すればよい。本明細書において、金属粒子部分が白く、金属酸化物部分が黒く見える実施形態について説明する。
【0017】
Co濃度の測定は、SEM/EDS(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)での点分析による元素分析で行う。測定方法としては、図4に示されるように、スパッタリングターゲットについて、低倍率で組織画像を取得する。低倍率の組織画像では複数の金属粒子(A)と複合相(B)が色の濃淡から判断でき、複数の金属粒子(A)部分について定量分析を行う。測定位置は金属粒子(A)の最外周部から少なくとも8μmよりも内側を測定する。測定の精度を向上させるために金属粒子(A)を少なくとも5個選定してCo濃度を測定し、その平均値を複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度とする。低倍率の具体的数値は、複数の金属粒子(A)が1視野において複数個観察できる倍率が好ましく、200〜500倍が好ましい。また、定量分析を行う際のスポットのサイズは3μm四方以下とする。
続いて低倍率の組織画像で複合相(B)部分について、高倍率で像を取得する。このとき、高倍率で像を測定する位置は、いずれの金属粒子(A)の最外周部からも少なくとも10μm離れた位置とする。この像では、複合相(B)中の金属粒子部分と金属酸化物部分が色の濃淡により判断でき、このうち複合相(B)の金属粒子部分について点分析を行う。複合相(B)の金属粒子部分を測定し、測定結果の酸素値が1at%以下の場合を採用する。測定の精度を向上させるために複合相(B)の金属粒子を少なくとも5個選定してCo濃度を測定し、その平均値を、複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度とする。高倍率の具体的数値は、複合相(B)のみが個観察できる倍率が好ましく、5000倍以上とするのが好ましい。また定量分析を行う際のスポットのサイズは0.5μm四方以下とする。
なお、測定装置は組織観察可能な機能と元素分析が可能な機能を備えていれば、使用装置はSEM/EDSに限らない。例えば、SEM/WDS、TEM/EDS、EPMAなどを用いても良い。
【0018】
複数の金属粒子(A)及び複合相(B)の合計面積に対する複数の金属粒子(A)の面積比率は20〜65%とする。複数の金属粒子(A)の面積比率が20%より低いと、漏洩磁束の向上効果が得られなくなり、面積比率が65%を超えると、酸化物同士が繋がって粗大になり、パーティクル数が上昇してしまう。好ましくは、複数の金属粒子(A)の面積比率は35〜45%とする。
【0019】
複数の金属粒子(A)及び複合相(B)の合計面積に対する複数の金属粒子(A)の面積比率の測定は、レーザー顕微鏡での組織観察により行う。測定方法としては、スパッタリングターゲットの切断面をレーザー顕微鏡で観察し、200倍の視野において存在する複数の金属粒子(A)の面積を測定し、これを視野全体の面積で割ることにより求めることができる。具体的には、レーザー顕微鏡写真では複数の金属粒子(A)は白く、複合相(B)は黒く見えることから、画像処理ソフトを用いて2値化して(図5)、それぞれの面積を算出し、さらに、精度を上げるために任意の5視野において同様の測定を実施して、複数の金属粒子(A)及び複合相(B)の面積の平均値を算出し、これにより複数の金属粒子(A)の面積比率を算出する。
【0020】
金属酸化物としては、Co、Cr、Ta、Si、Ti、Zr、Al、Nb、Bから選択した1成分以上の酸化物を用いることができる。なお、金属酸化物に替えて、酸化物以外に、窒化物、炭化物、炭窒化物を用いることもできる。また、これらの無機物材料を複合して使用することもできる。これらは、酸化物と同等の機能を保有させることができる。
【0021】
複数の金属粒子(A)が観察される一面における、複数の金属粒子(A)の粒子径の平均は20〜250μmであるのが好ましい。粒子径の平均が20μm未満の場合、(B)相との区別がつきにくくなり、金属酸化物相の濃度差を出しにくくなる。250μmを超える場合ターゲット表面の平滑性が失われ、パーティクル源となる可能性が高まる。また、複数の金属粒子(A)の粒子径が16μm未満の場合、(B)相との区別がつきにくくなるため、複数の金属粒子(A)の粒子径は16μm以上とし、それ未満は(B)相として考える。
複数の金属粒子(A)の粒子径は、組織観察画像から金属粒子の面積を求め、その面積に相当する円の直径を粒子径とする。具体的には、スパッタリングターゲットの切断面をレーザー顕微鏡で観察し、200倍の視野において存在する複数の金属粒子(A)の面積を測定し、その面積に相当する円の直径を当該粒子径として、これを視野全体の複数の金属粒子(A)について測定し、これらの平均値を求めることで求めることができる。
また、複合相(B)において、Co又はCo合金で構成された粒子として、粒子径が20μm未満のものが観測されることはあるが、改めてこれを複数の金属粒子(A)として算入しない。
【0022】
複合相(B)中の金属酸化物の面積比率は40〜70%とすることが好ましい。金属酸化物の面積比率が40%以上であれば漏洩磁束の向上効果がさらに顕著となり、面積比率が70%以下であれば金属酸化物の粗大化を防止することができる。
【0023】
複合相(B)の金属酸化物の面積比率の測定も、レーザー顕微鏡での組織観察により行う。測定方法としては、スパッタリングターゲットの切断面をレーザー顕微鏡で観察し、200倍の視野において存在する複合相(B)を確認し、当該複合相(B)について、さらに12000倍の視野において存在する金属酸化物の面積を測定し、これを視野全体の面積で割ることにより求めることができる。具体的には、レーザー顕微鏡写真では複合相(B)を構成するCo又はCo合金は白く、金属酸化物は黒く見えることから、画像処理ソフトを用いて2値化して(図6)、それぞれの面積を算出し、さらに、精度を上げるために任意の5視野において同様の測定を実施して、Co又はCo合金及び金属酸化物の面積の平均値を算出し、これにより金属酸化物の面積比率を算出する。
【0024】
好ましい本発明の強磁性材スパッタリングターゲットとしては、金属酸化物を除いた組成で、Cr、Pt、Ru及びBよりなる群から選択される1種以上を含有することができる。これらは磁気記録媒体としての特性を向上させるために、必要に応じて添加される元素である。具体的には、Crがゼロ又は15mol%以下、Ptが10mol%以上50mol%以下、Ruがゼロ又は15mol%以下、Bがゼロ又は15mol%以下であり、残余がCoである組成が好ましい。
また、上記Cr、Pt、Ru及びBよりなる群から選択される1種以上を含有する場合、複数の金属粒子(A)及び複合相(B)は共にCo合金を含有し、該Co合金は上記Cr、Pt、Ru及びBよりなる群から選択される1種以上を合金元素として含有することが好ましい。
【0025】
なお、本発明において、スパッタリングターゲットの中には、複数の金属粒子(A)及び複合相(B)以外、本発明の効果を得る妨げにならない限り、他の相を設けることは可能であるが、本発明の効果を最大限に引き出すため、他の相が存在しないことが好ましい。
【0026】
(製法)
本発明に係るスパッタリングターゲットは、粉末焼結法を用いて、例えば、以下の方法によって作製することができる。まず、Co又はCo合金で構成された組成を有する粒子粉末と、Co又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている粒子粉末をそれぞれ作製し、そしてこれらを所望のターゲット組成になるように秤量・混合し、焼結用の粉末とする。これをホットプレス等で焼結し、本発明のスパッタリングターゲットを作製することができる。
【0027】
出発原料としては微細なCo金属粉末若しくはCo合金粉末、及び粗大なCo金属粉末若しくはCo合金粉末と金属酸化物粉末を用いる。微細なCo金属粉末もしくはCo合金粉末は最大粒径が20μm以下のものを用いることが望ましい。粗大なCo金属粉末もしくはCo合金粉末は、20〜250μmの粒径範囲のものが望ましい。金属酸化物粉末は最大粒径が5μm以下のものを用いることが望ましい。なお、粒径が小さ過ぎると凝集しやすくなるため、0.1μm以上のものを用いることがさらに望ましい。
【0028】
まず、Co又はCo合金と金属酸化物とが互いに分散し合っている相(B)を作成するために微細なCo金属粉末もしくはCo合金粉末と金属酸化物粉末を秤量する。この粉末について、ボールミル等の公知の手法を用いて粉砕を兼ねて混合する。このとき、粉砕容器内に不活性ガスを封入して原料粉の酸化をできるかぎり抑制することが望ましい。不活性ガスとしては、Ar、N2ガスが挙げられる。次に、この混合粉末に、Co又はCo合金で構成された相(A)を作成するために粗大なCo金属粉末若しくはCo合金粉末を加え、さらに混合を行う。このとき粒子粉末が粉砕されないように、粉砕力の高いボールミルは使用しない。粒子粉末を微細粉砕しないことで、粗大な金属粒子を残すとともに焼結の際に粒子粉末間の拡散を抑えることができ、前述の複数の金属粒子(A)と複合相(B)を備える焼結体を得ることができる。また、上記以外の方法により、粒子粉末を混合することもできる。
【0029】
こうして得られた焼結用粉末をホットプレスで成型・焼結する。ホットプレス以外にも、プラズマ放電焼結法、熱間静水圧焼結法を使用することもできる。焼結時の保持温度はターゲットが十分緻密化する温度域で最も低い温度に設定するのが好ましい。ターゲットの組成にもよるが、多くの場合、800〜1300℃の温度範囲にある。以上の工程により、強磁性材スパッタリングターゲット用焼結体を製造することができる。
【0030】
得られた焼結体を、旋盤等を用いて所望の形状に成形加工することにより、本発明に係るスパッタリングターゲットを作製することができる。ターゲット形状には特に制限はないが、例えば平板状(円盤状や矩形板状を含む)及び円筒状が挙げられる。本発明に係るスパッタリングターゲットは、グラニュラー構造磁性薄膜の成膜に使用するスパッタリングターゲットとして特に有用である。
【実施例】
【0031】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、本発明が限定されることを意図するものではない。
【0032】
<スパッタリングターゲットの作製>
・実施例1〜5、比較例2、3
原料粉末として、平均粒径3μmのCo粉末、平均粒径1μmのTiO2粉末、平均粒径1μmのSiO2粉末、平均粒径2μmのCoO粉末、直径が50〜150μmの範囲にあるCoアトマイズ粉末を用意した。これらの粉末を表1に示す複数の金属粒子(A)と複合相(B)の組成、及び(A)と(B)のCo濃度差を構成するように、各実施例及び比較例のそれぞれについて秤量した。
次に、各々、秤量したCo粉末、TiO2粉末、SiO2粉末を媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、20時間回転させて混合した。さらに、得られた混合粉末にCoO粉末とCoアトマイズ粉末を加え、容量約7Lの遊星運動型ミキサーで2時間混合し、焼結用混合粉を得た。
各組成を構成する混合粉をカーボン製の型に充填し、真空雰囲気中、温度950℃、保持時間2時間、加圧力30MPaの条件のもとホットプレスして焼結体を得た。
・実施例6、7、8、比較例4、5
原料粉末として、平均粒径3μmのCo粉末、平均粒径1μmのPt粉末、平均粒径1μmのTiO2粉末、平均粒径1μmのSiO2粉末、平均粒径2μmのCoO粉末、直径が30〜150μmの範囲にあるCo−Ptアトマイズ粉末を用意した。これらの粉末を表1に示す複数の金属粒子(A)と複合相(B)の組成、及び(A)と(B)のCo濃度差を構成するように、各実施例及び比較例のそれぞれについて秤量した。
次に、各々、秤量したCo粉末、Pt粉末、TiO2粉末、SiO2粉末を媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、20時間回転させて混合した。さらに、得られた混合粉末にCoO粉末とCo−Ptアトマイズ粉末を加え、容量約7Lの遊星運動型ミキサーで2時間混合し、焼結用混合粉を得た。
各組成を構成する混合粉をカーボン製の型に充填し、真空雰囲気中、温度950℃、保持時間2時間、加圧力30MPaの条件のもとホットプレスして焼結体を得た。
・比較例1、6
原料粉末として、平均粒径3μmのCo粉末、平均粒径1μmのPt粉末、平均粒径1μmのTiO2粉末、平均粒径1μmのSiO2粉末、平均粒径2μmのCoO粉末を用意した。これらの粉末を表1に示す複数の金属粒子(A)と複合相(B)の組成、及び(A)と(B)のCo濃度差を構成するように、各実施例及び比較例のそれぞれについて秤量した。
次に、各々、秤量したCo粉末、Pt粉末、TiO2粉末、SiO2粉末を媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、20時間回転させて混合した。さらに、得られた混合粉末にCoO粉末を加え、容量約7Lの遊星運動型ミキサーで2時間混合し、焼結用混合粉を得た。
各組成を構成する混合粉をカーボン製の型に充填し、真空雰囲気中、温度950℃、保持時間2時間、加圧力30MPaの条件のもとホットプレスして焼結体を得た。
【0033】
次に、旋盤を用いて、それぞれの焼結体を直径180.0mm、厚さ5.0mmの形状に切削加工し、円盤状のスパッタリングターゲットを得た。上記の製造手順で得られた各試験例に係るターゲットを旋盤で切削して得た切粉について、ICP−AES装置(日立ハイテクサイエンス社製(旧SII製)、装置名:SPS3100HV)により組成分析を行い、いずれのターゲットの組成も実質的に秤量組成と同じであることを確認した。ここで測定精度を高めるために、金属組成分析については内部標準法で検量線を引いて実施した。
【0034】
<2値化の方法>
複数の金属粒子(A)の面積比率は、前述したレーザー顕微鏡での組織観察により測定した。レーザー顕微鏡にはKEYENCE製VK−9710を用いた。画像の2値化には画像処理ソフトimage J(National Institutes of Health製、Ver1.49n)を使用した。File→Openから画像を読み込む。Image→Typeから8−bitを選択する。画像のスケールを除いた部分を選択し、Image→Cropでスケール部分を切り取る。Process→Filters→Gaussian Blurを選択し、Sigmaに2を入力し、OKをクリックする。Process→Binary→Make Binaryを選択する。以上の手順で画像の2値化を行う。
【0035】
<(A)相および(B)相のCo濃度の測定>
複数の金属粒子(A)および複合相(B)のCo濃度の測定は、SEM−EDS(日立製S−3700N)での点分析による元素分析で行う。測定方法としては、スパッタリングターゲットについて、SEMにて500倍で像を取得する。顕微鏡写真では複数の金属粒子(A)が白く、複合相(B)が黒く見えることから、白い部分について点分析を行う。測定位置は金属粒子(A)の最外周部から少なくとも8μmよりも内側を測定する。測定の精度を向上させるために金属粒子(A)を少なくとも5個選定してCo濃度を測定し、その平均値を複数の金属粒子(A)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度とする。
続いてSEMにて500倍の像で黒く見える複合相(B)について、5000倍で像を取得する。このとき、5000倍で像を測定する位置は、いずれの金属粒子(A)の最外周部からも少なくとも10μm離れた位置とする。この像では、また白く見える部分と、黒く見える部分を観察することができ、このうち白い部分について点分析を行う。白い部分を測定し、測定結果の酸素値が1at%以下の場合を採用する。測定の精度を向上させるために複合相(B)の白い部分を少なくとも5個選定してCo濃度を測定し、その平均値を複合相(B)を構成するCo又はCo合金中のCo濃度とする。
【0036】
<PTFの測定方法>
漏洩磁束の測定はASTM F2086−01(Standard Test Method for Pass Through Flux of Circular Magnetic Sputtering Targets、Method 2)に則して実施した。ターゲットの中心を固定し、0度、30度、60度、90度、120度と回転させて測定した漏洩磁束密度を、ASTMで定義されているreference fieldの値で割り返し、100を掛けてパーセントで表した。そしてこれら5点について平均した結果を、平均漏洩磁束密度(PTF)とした。
【0037】
<スパッタリング評価>
ターゲットについてDCマグネトロンスパッタ装置に取り付けスパッタリングを行った。スパッタ条件は、スパッタパワー1kW、Arガス圧1.5Paとし、2kWhrのプレスパッタを実施した後、4インチ径のシリコン基板上へ目標膜厚1000nmでスパッタした。そして基板上へ付着したパーティクルの個数をパーティクルカウンターで測定した。パーティクルカウンターにはCandela CS920(KLA Tencor製)を使用した。スパッタにより成膜されたウェハにレーザーを照射し、そのレーザーの反射や散乱を検知することによりパーティクルを判別している。
【0038】
【表1】
【0039】
これら実施例と比較例の結果を比較すると、比較例1は実施例1〜5に比べ複数の金属粒子(A)を備えないため、平均漏洩磁束密度が低くなっており、パーティクル数が増加していると考えられる。比較例2は複数の金属粒子(A)の面積比率が本発明の範囲より小さく、平均漏洩磁束密度向上の効果が得られておらず、パーティクル数が増加していると考えられる。比較例3は金属粒子(A)の面積比率が本発明の範囲より大きく、酸化物が粗大になってしまい、パーティクル数が増加していると考えられる。比較例4および5は実施例6〜8に比べ、(A)と(B)相のCo濃度の差が本発明範囲より大きく、(A)周辺で粗大な酸化物が見られるようになり、パーティクル数が増加していると考えられる。比較例6は、比較例1と同様に複数の金属粒子(A)を備えないため、平均漏洩磁束密度が低くなっており、パーティクル数が増加していると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6