特許第6874244号(P6874244)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6874244身体状態の評価方法、情報の提示方法、および身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6874244
(24)【登録日】2021年4月26日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】身体状態の評価方法、情報の提示方法、および身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20210510BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20210510BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALN20210510BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20210510BHJP
【FI】
   C12Q1/06
   G01N33/50 Q
   !C12Q1/6851 Z
   !C12N15/31
【請求項の数】32
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-223014(P2016-223014)
(22)【出願日】2016年11月16日
(62)【分割の表示】特願2016-100475(P2016-100475)の分割
【原出願日】2016年5月19日
(65)【公開番号】特開2017-29174(P2017-29174A)
(43)【公開日】2017年2月9日
【審査請求日】2019年4月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-143583(P2015-143583)
(32)【優先日】2015年7月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514150664
【氏名又は名称】TAK−Circulator株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】古俣 麻希子
(72)【発明者】
【氏名】立花 広太
(72)【発明者】
【氏名】白髭 克彦
(72)【発明者】
【氏名】須谷 尚史
【審査官】 松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2015−512255(JP,A)
【文献】 ZHANG Enshi et al.,Microbiology and Immunology,2011年,Vol.55,p.625-632
【文献】 NIH press release [online],2012年,検索日:2016.7.15,インターネット: <URL:https://www.genome.gov/27549144>
【文献】 Healthcare,2015年 3月,doi:10.3390/healthcare3010100
【文献】 nature,2014年,Vol.514,p.44-45
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック|検査結果からわかること」,日本,2015年12月 1日,URL,URL:https://www.s-kin.jp/blank-12
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「皮膚菌叢解析」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/blank-1
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック|肌チェック利用流れ」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/blank-9
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「皮膚菌叢解析」,日本,2015年12月 1日,URL,URL:https://www.s-kin.jp/blank-4
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック|見積から納品まで」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/blank-8
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「皮膚菌叢解析」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/260526
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「日本人皮膚菌叢解析と皮膚状態との関連性」プレゼンテーション資料,日本,2015年 9月 8日
【文献】 東京イセアクリニック/医療法人社団十二会,「【世界初】皮膚常在菌検診「美肌菌ドック」開始」,日本,2015年 5月18日,URL,https://prtimes.jp/a/?c=4342&r=51&f=d4342-20150518-5261.pdf
【文献】 丸善株式会社,「化粧品事典」,日本,2003年,第628〜631頁
【文献】 株式会社診断と治療社,「医療系のためのやさしい統計学入門」,日本,2009年,第70〜87頁
【文献】 Scientific Reports(2015.07.16)5:11845 DOI:10.1038/srep11845,2015年 7月16日
【文献】 笠明美,「一重項酸素による紫外線皮膚障害の発生機序に関する研究」,日本,2015年 3月27日,URL,http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/gakui/data/h21/217322/217322a.pdf
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「第12回ClassAデータ解析セミナー」についての証明書,日本,2017年 7月20日
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック|肌フローラからのお勧めコスメ」,日本,2015年12月 1日,URL,https://www.s-kin.jp/blank-6
【文献】 株式会社ワールドフュージョン,「肌フローラ:常在菌で美肌チェック|ニュース」,日本,2015年12月 1日,URL,URL:https://www.s-kin.jp/blank-3
【文献】 薬学雑誌,日本,2012年,第132巻第3号,第261−269頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/06
G01N 33/50
C12N 15/31
C12Q 1/6851
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の身体状態を評価する方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有し、
前記身体状態は、肌年齢、または肌のたるみの状態で方法。
【請求項2】
被験者に情報を提示する方法であって、
請求項1記載の方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法。
【請求項3】
身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有し、
前記身体状態は、肌年齢、または肌のたるみの状態である方法。
【請求項4】
被験者の身体状態を評価する方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有し、
前記身体状態は、老化肌指数、脂性肌、肌のそばかす、きめ、黄ばみ、かさつき、てかり、しみ、くすみ、しわ、はりの状態、毛穴の状態の少なくとも1種である肌の状態である方法。
【請求項5】
被験者に情報を提示する方法であって、
請求項4記載の方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法。
【請求項6】
身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有し、
前記身体状態は、老化肌指数、脂性肌、肌のそばかす、きめ、黄ばみ、かさつき、てかり、しみ、くすみ、しわ、はりの状態、毛穴の状態の少なくとも1種である肌の状態である方法。
【請求項7】
前記相関性基準は、実年齢による影響の排除後における、前記身体状態と前記存在割合又は前記パラメータとの相関性基準である請求項1から6いずれか記載の方法。
【請求項8】
前記相関性基準は、母集団の年齢で分類した準母集団に関して作成されたものである請求項1から6いずれか記載の方法。
【請求項9】
前記パラメータは、複数の皮膚常在微生物の存在割合の差、和、積、比またはそれらの組合せである(皮膚常在微生物の多様性指数ではない)請求項1から8いずれか記載の方法。
【請求項10】
前記存在割合としてPropionibacterium acnes菌の存在割合と、前記パラメータとして皮膚常在微生物の多様性指数と、を併用する請求項1から8いずれか記載の方法。
【請求項11】
前記存在割合またはパラメータは、検体の細菌叢間の非類似度を分析して得られる座標軸と相関する(Propionibacterium acnes菌の存在割合ではない)ものである、請求項1から8いずれか記載の方法。
【請求項12】
前記身体状態は、脂性肌であり、
前記存在割合は、Xanthomonadaceae科、Sphingomonas属、Vibrio属、Aeromonadaceae科、Pseudoalteromonas属、Gammaproteobacteria綱、Streptococcus属、Gemellaceae科、Acidocella属、Planococcaceae科、Lautropia属、Shewanella属、あるいはGranulicatella属に含まれる菌、またはPseudoalteromonas porphyrae菌あるいはRoseomonas mucosa菌の存在割合である請求項4から8いずれか記載の方法。
【請求項13】
前記身体状態は、そばかすの状態であり、
前記存在割合は、Corynebacterium kroppenstedti 菌の存在割合である請求項4から6いずれか記載の方法。
【請求項14】
前記身体状態は、肌のキメの状態であり、
前記存在割合は、Propionibacterium acnes菌、またはPropionibacterium granulosum菌の存在割合である請求項4から6いずれか記載の方法。
【請求項15】
前記身体状態は、肌の黄ばみであり、
前記存在割合は、Bacillus属、Actinomyces属あるいはRothia属に含まれる菌、またはRothia dentocariosa菌の存在割合である請求項4から6いずれか記載の方法。
【請求項16】
被験者の身体状態を評価する方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有し、
前記身体状態は、ニキビ肌であり、
前記相関性基準は、Proteobacteria門に属する細菌種とFirmicutes門に属する細菌種の相対量の差であるか、母集団の年齢で分類した準母集団に関して作成されたものである方法。
【請求項17】
被験者に情報を提示する方法であって、
請求項16記載の方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法。
【請求項18】
身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有し、
前記身体状態は、ニキビ肌であり、
前記相関性基準は、Proteobacteria門に属する細菌種とFirmicutes門に属する細菌種の相対量の差であるか、母集団の年齢で分類した準母集団に関して作成されたものである方法。
【請求項19】
被験者の身体状態を評価する方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有し、
前記身体状態は、毛髪、歯、尿、骨、内臓、血液、もしくは神経に関する状態である方法。
【請求項20】
被験者に情報を提示する方法であって、
請求項19記載の方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法。
【請求項21】
身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有し、
前記身体状態は、毛髪、歯、尿、骨、内臓、血液、もしくは神経に関する状態である、方法。
【請求項22】
前記存在割合は、Actinobacteria門に属する細菌、Proteobacteria門に属する細菌およびFirmicutes門に属する細菌からなる群より選ばれる少なくとも1種の細菌の存在割合である請求項19から21いずれか記載の方法。
【請求項23】
前記パラメータは、前記存在割合の差、和、積、比またはそれらの組合せ、および皮膚常在微生物の多様性指数からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項19から22いずれか記載の方法。
【請求項24】
前記相関性基準は、母集団の年齢で分類した準母集団に関して作成されたものである請求項19から23いずれか記載の方法。
【請求項25】
前記身体状態は、薄毛および脱毛の少なくとも1種である請求項19から24いずれか記載の方法。
【請求項26】
前記身体状態は、歯周病および歯槽膿漏の少なくとも1種である請求項19から24いずれか記載の方法。
【請求項27】
前記身体状態は、閉経である請求項19から24いずれか記載の方法。
【請求項28】
肝機能、高尿酸、膝の痛み、骨粗鬆症、自律神経失調症、および糖尿病の少なくとも1種である請求項19から24いずれか記載の方法。
【請求項29】
前記身体状態は、肝機能であり、
前記存在割合は、Campylobacter属あるいはBacillus属に含まれる菌、またはStreptococcus anginosus菌の存在割合である請求項19から21いずれか記載の方法。
【請求項30】
前記身体状態は、高尿酸値であり、
前記存在割合は、Rothia属、Brevibacterium属、Erythrobacteraceae科あるいはRhodobacteraceae科に含まれる菌、またはPropionibacterium granulosum菌の存在割合である請求項19から21いずれか記載の方法。
【請求項31】
前記身体状態は、自律神経失調症であり、
前記存在割合は、Oxalobacteraceae科に含まれる菌の存在割合である請求項19から21いずれか記載の方法。
【請求項32】
前記身体状態は、糖尿病であり、
前記存在割合は、Actinomycetales目に含まれる菌の存在割合である請求項19から21いずれか記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、身体状態の評価方法、有用成分の提示方法、および身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒトの肌状態はハリ、キメ、シミ、しわ、水分量、油分量、水分蒸散量(バリア機能)などの指標で評価されている。評価法としては、アンケート調査や、特許文献1等に開示される皮膚表面の画像解析(ハリ、キメ、シミ、しわ等)、機器による計測(水分量、油分量、水分蒸散量等)が用いられている。
【0003】
しかし、アンケート調査では、被験者の主観に大きく影響されるため、客観的な評価が得られ難いという問題がある。これに対して、画像解析では、客観的な指標を得ることができるが、洗顔の有無、ファンデーションやスキンクリームの塗布等によって肌質が変化するため、的確な肌状態の評価を行うことが困難であるという問題があった。
【0004】
また、肌状態に影響する要因は、必ずしも上記した指標だけに限られないことが分かってきており、上記した指標に依存する従来技術では評価困難な肌状態が存在する。そのような肌状態を評価可能な技術へのニーズが高まっている。このニーズは、肌状態に限られず、身体状態一般について同様である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013−188326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、客観的な評価が可能であって、洗顔等による肌質の変動に左右され難い肌状態の評価方法を提供することを解決すべき1つの課題としている。
【0007】
また、本発明は、種々の身体状態を的確に評価可能な方法、当該方法を利用した情報の提示方法、および身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法を提供することも、解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ヒトは約60兆個の細胞で構成されているのに対し、ヒトの体表、体内に生息する細菌は100兆個以上といわれている。これらの常在細菌はヒトの健康状態や病気と深く関わっていることが明らかとされつつある。すなわち、人体はヒト細胞と微生物叢(細菌叢および真菌叢)の共生体であるといえる。本発明者らは、多くのヒトの顔の微生物叢を測定した結果、新たな身体状態の指標として、ヒトの皮膚表面の微生物叢を利用できるのではないかという考えに到達した。そして、さらに鋭意研究を行った結果、皮膚表面に存在する特定の常在菌の存在割合等が、身体状態の良い指標となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
(1) 被験者の身体状態を評価する方法であって、前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有する方法。
【0010】
(2) 被験者に情報を提示する方法であって、
(1)記載の方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法。
【0011】
(3) 前記成分を摂取した後の被験者の身体状態を(1)記載の方法により再度評価する工程と、
前記再度評価した身体状態の改善の程度に基づき、前記情報をアップデートする工程と、をさらに有する(2)記載の方法。
【0012】
(4) 身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有する方法。
【0013】
(5) 前記存在割合は、Actinobacteria門に属する細菌、Proteobacteria門に属する細菌およびFirmicutes門に属する細菌からなる群より選ばれる少なくとも1種の細菌の存在割合である(1)から(4)いずれか記載の方法。
【0014】
(6) 前記パラメータは、前記存在割合の比または差、および皮膚常在微生物の多様性指数からなる群より選ばれる少なくとも1種である(1)から(5)いずれか記載の方法。
【0015】
(7) 前記身体状態は、肌年齢、脂性肌、ニキビ肌、肌のしみ、くすみ、たるみ、しわ、はりの状態、毛穴の状態の少なくとも1種である(1)から(6)いずれか記載の方法。
【0016】
(8) 前記身体状態は、薄毛および脱毛の少なくとも1種である(1)から(6)いずれか記載の方法。
【0017】
(9) 前記身体状態は、歯周病および歯槽膿漏の少なくとも1種である(1)から(6)いずれか記載の方法。
【0018】
(10) 前記身体状態は、閉経である(1)から(6)いずれか記載の方法。
【0019】
(11) 肝機能、高尿酸、膝の痛み、骨粗鬆症、自律神経失調症、肌の黄ばみ、および糖尿病の少なくとも1種である(1)から(6)いずれか記載の方法。
【0020】
(12) 前記相関性基準は、前記身体状態と相関することが既知の事象の少なくとも1つによる影響の排除後における、前記身体状態と前記存在割合又は前記パラメータとの相関性基準である(1)から(11)いずれか記載の方法。
【0021】
(13) 前記相関性基準は、母集団の年齢、性別、居住地域、国籍および人種からなる群より選ばれる少なくとも1種で分類した準母集団に関して作成されたものである(1)から(12)いずれか記載の方法。
【0022】
皮膚表面の細菌叢の解析は、皮膚表面に存在するDNAを解析することにより行うことが好ましい。DNAによって細菌叢を調べる方法は、皮膚表面から採取した細菌を寒天培地で培養して細菌叢を推定する方法と比べて、細菌叢をより正確に調べることができる。なぜならば、寒天で培養可能な微生物の割合は1% 程度と言われており、ほとんどの微生物種は培養困難だからである。これに対して、DNAを解析する方法では、皮膚表面から採取した細菌叢をありのまま正確に分析することができる。
【0023】
前記細菌叢の解析は、
皮膚表面に接触させた粘着部材を該皮膚表面から剥がして該皮膚表面に存在する細菌を該粘着部材に付着させる剥離工程と、
該細菌が付着した該粘着部材を液体と接触させて該細菌に含まれるDNAを抽出する抽出工程と、
抽出された該DNAをゲノム解析するゲノム解析工程と、を備える方法により行うことが好ましい。
【0024】
この細菌叢の解析方法では、皮膚表面に接触させた粘着部材を皮膚表面から剥がして皮膚表面に存在する細菌を粘着部材に付着させたまま回収する(剥離工程)。これにより皮膚表面に存在する細菌のうち、粘着部材に接触した皮膚表面の細菌がそのままの分布で粘着部材側に付着し採取される。このため、綿棒で皮膚表面を掻きとったりする方法のように、掻きとられる力や掻きとられる範囲の違いによって、細菌叢のデータにバラツキが生じるというおそれがない。また、皮膚表面の細菌叢を忠実に写し取ることができる。そして、さらに細菌が付着した粘着部材を液体と接触させて細菌に含まれるDNAが抽出される(抽出工程)。このため、粘着部材の表面に付着した物質を拡大鏡などを用いて分別して試料に供する方法と比較して、細菌が付着した粘着部材から極めて迅速に細菌叢を測定可能なDNA溶液の状態にすることができる。このため、試料採取のための経過時間中に細菌叢が変化するのを最小限とすることができる。そして、抽出されたDNAを次世代シーケンサー(NGS)等により解析すれば、皮膚表面に存在する細菌叢を簡便、均一に測定することができる。
ただし、皮膚表面からの微生物の採取手段は、粘着部材に限られず、綿棒等であってもよい。また、DNAの抽出手段および解析手段も特に限定されない。
【発明の効果】
【0025】
本発明者らの細菌叢の分析結果によれば、顔面皮膚表面に存在する特定の常在菌として、Actinobacteria門に属する細菌の相対量、またProteobacteria門に属する細菌とFirmicutes門に属する細菌の存在量比を調べれば、ニキビや広がった毛穴などの様々な顔面皮膚状態や、歯周病や頭部の薄毛・脱毛などの顔に限局されない様々な身体症状の生じやすさを評価することができる。
【0026】
また、特定の細菌種の相対量がその他の身体症状の惹起されやすさと相関することも見いだされた。例えば、高尿酸値(Rothia属、Brevibacterium属、Erythrobacteraceae科、等)、骨粗鬆症(Pseudomonas 属、Methylobacterium 属)、肝機能の低下(Campylobacter属、等)、肌の黄ばみ(Bacillus属、Rothia dentocariosa 菌、等)、糖尿病(Actinomycetales目に属する細菌)などの発生が、それぞれ括弧内の細菌種の相対量と相関を示した。
【0027】
顔の皮膚のたるみやしわ、ハリのなさなどの有無から算出される老化肌指数は、Gammaproteobacteria 綱に属する細菌種やPropionibacterium granulosum菌などからなる「老化肌細菌」と呼びうる一群の細菌の存在量と相関を示した。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の一実施形態で用いる細菌叢測定方法の工程図である。
図2】本発明の一実施形態で用いる粘着テープの斜視図である。
図3】1074名の日本人女性額から採取した皮膚細菌叢を検体間の非類似度(weighted UniFrac 距離)に基づいてクラスタリング解析した結果を示す図である。
図4】1074名の細菌叢に含まれる細菌種の内訳を門レベルで可視化したグラフである。
図5】1074名の細菌叢に含まれる細菌種の内訳を科レベルで可視化したグラフである(上位3種の細菌種を表示)。
図6】1074名の細菌叢中でActinobacteria門に含まれる細菌の内訳を種のレベルで表示したグラフである。
図7】1074名の細菌叢をweighted UniFrac 距離に基づいて主座標解析した結果を示す図である。
図8】主座標解析で見いだされた座標軸の一つはPropionibacterium acnes 菌の相対量と呼応することを示す図である。
図9】主座標解析で見いだされたもう一つの座標軸はProteobacteria門と Firmicutes門の相対量の差に呼応することを示す図である。
図10】Propionibacterium acnes 菌の相対量が実年齢および肌の脂性度と相間を示すことを表したグラフである。
図11】Propionibacterium acnes 菌の量が若年層においてニキビ症状の重さと相関を示すことを表すグラフである。
図12】Propionibacterium acnes 菌の量が毛穴の広がり具合と相関を示すことを表すグラフである。
図13】Proteobacteria門と Firmicutes門のそれぞれに属する細菌種の相対量の差がニキビ症状の重さと相関することを表すグラフである。
図14】Proteobacteria門と Firmicutes門のそれぞれに属する細菌種の相対量の差が頭部の薄毛・脱毛の発生と相関を示すことを表すグラフである。
図15】Proteobacteria門と Firmicutes門のそれぞれに属する細菌種の相対量の差が歯槽膿漏・歯周病の発生と相関を示すことを表すグラフである。
図16】1074名の細菌叢に存在する各種細菌種について、その存在相対量と実年齢が様々な身体症状と相関しているかを重回帰分析によって解析した結果を示し、細菌量が統計的に有意な相関を示す身体症状を一覧にして示している。
図17】細菌叢の多様性の指数(Simpsons指数)が実年齢と相間を示すことを表したグラフである。
図18】Propionibacterium acnes 菌の量と細菌叢の多様性によって細菌叢が分類できることを示す図である。
図19】Propionibacterium acnes 菌の量が少ないにも関わらず多様性が乏しい細菌叢は、シミやくすみの問題がある肌に付随して現れることを示す図である。
図20】50歳代では老化肌細菌の量が老化肌指数(しわ、たるみ、ハリのなさなどを総合的に示す指数)と相関することを示す図である。
図21】Propionibacterium acnes 菌の量が閉経と相関を示すことを表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態を説明するが、これらに本発明が限定されるものではない。
【0030】
本発明の一実施形態は、被験者の身体状態を評価する方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータについて、被験者の皮膚表面から採取した皮膚微生物叢の値を決定し、前記相関性基準と対比する工程を有する方法である。
これにより、種々の身体状態を的確に評価することができる。また、従来、一括りにされていた、ある身体状態を、皮膚常在微生物の存在割合又はパラメータの値によって細分化でき、これにより、被験者の身体状態の改善をより高確度に行うことが期待される。
【0031】
本発明の別の実施形態は、被験者に情報を提示する方法であって、
上記の評価方法により、被験者の身体状態を評価する工程と、
前記身体状態が目標状態にないと評価された場合、前記身体状態が目標状態にあるときに前記相関性基準に基づいて前記存在割合又は前記パラメータが示す数値範囲の方に、前記存在割合又は前記パラメータの値を誘導可能な成分としてデータベースに登録されている情報を提示する工程と、を有する方法である。
これにより、身体状態の改善等に関する情報を、被験者にパーソナライズして提示することができる。なお、ここでいう情報は、成分または成分含有製剤の名前、成分・製剤の用法・用量、身体状態の期待される改善の仕方や程度、副作用等を指す。
【0032】
一実施形態において、成分を摂取した後の被験者の身体状態を上記の評価方法により再度評価する工程と、
前記再度評価した身体状態の改善の程度に基づき、前記情報をアップデートする工程と、をさらに有することが好ましい。
これにより、データベース内の情報が改良され、身体状態の改善の確度等をより高めることが期待される。
【0033】
再度評価のタイミングは、特に限定されず、例えば、成分使用後に身体状態の改善が期待される(データベース内の情報に含まれ得る)時間が経過した時であってよい。
【0034】
本発明の別の実施形態は、身体状態を改善又は予防する物質をスクリーニングする方法であって、
前記身体状態との相関性基準が作成済みである、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は前記存在割合に基づくパラメータの値に関する、候補物質による変化に基づいて、前記候補物質を選抜する工程を有する方法である。
これにより、身体状態を改善または予防する物質を高確率でスクリーニングすることが期待される。
【0035】
なお、本発明におけるスクリーニングとは、身体状態を改善又は予防する物質の存在確率が、スクリーニング後の候補物質群においてスクリーニング前の候補物質群に比べて高まっていれば足り、スクリーニング後の候補物質が必ず身体状態を改善または予防できることを要しない。したがって、スクリーニングされた候補物質が、身体状態を改善又は予防する効果を有することを確認する工程をさらに行うことが好ましい。
【0036】
皮膚常在微生物は、細菌または真菌であってよく、中でも細菌が好ましい。その存在割合は、門、綱、目、科、属および種のいずれに関してもよい。例えば、Actinobacteria門に属する細菌、Proteobacteria門に属する細菌およびFirmicutes門に属する細菌からなる群より選ばれる少なくとも1種の細菌n存在割合であってよく、中でもP. acnes 菌の存在割合が挙げられる。
【0037】
パラメータは、皮膚常在微生物の存在割合に基づく限りにおいて特に限定されず、複数の皮膚常在微生物の存在割合の差、和、積、比またはそれらの組合せであってよく、中でも比、差またはその組み合わせであってよい。例えば、Proteobacteria門に属する細菌種とFirmicutes門に属する細菌種の相対量の差が挙げられる。あるいは、パラメータは、皮膚常在微生物の多様性指数であってもよい。
【0038】
身体状態は、皮膚表面の皮膚常在微生物の存在割合又は存在割合に基づくパラメータとの相関性を有するものであれば特に限定されず、肌、毛髪、歯、尿、骨、内臓、血液、尿、神経等のあらゆる箇所に関する状態であり得る。肌の状態としては、肌年齢、脂性肌、ニキビ肌、肌のしみ、くすみ、たるみ、しわ、はりの状態、毛穴の状態、肌の黄ばみ等が挙げられる。毛髪の状態としては、薄毛、脱毛等が挙げられる。歯の状態としては、歯周病および歯槽膿漏等が挙げられる。骨、内臓、血液、尿、神経の状態としては、肝機能、高尿酸、膝の痛み、骨粗鬆症、自律神経失調症、糖尿病等が挙げられる。その他、女性ホルモン、美容性に影響を与え得る閉経も身体状態に包含される。
【0039】
相関性基準は、皮膚微生物叢から求めた上記存在割合またはパラメータの値に基づいて、評価すべき身体状態の良好度または重篤度を定性的または定量的に特定可能な基準である。
【0040】
身体状態の多くは、皮膚微生物叢だけでなく、他の事象(例えば実年齢)との相関性も有する。このため、相関性基準は、身体状態と相関することが既知の事象の少なくとも1つによる影響の排除後におけるものであることが好ましい。これにより、被験者に関する上記他の事象の有無や程度に影響を抑え、皮膚微生物叢の存在割合またはパラメータの値に基づき、より正確な身体状態の評価が可能である。
また、被験者に情報を提示する方法においては、被験者に関する上記他の事象の有無や程度も考慮して、より適切な情報を提示することが可能である。このため、上記存在割合又はパラメータに加え、被験者に関する上記他の事象の有無や程度のインプットが好ましいことになる。
また、身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法においては、使用者の上記他の事象にかかわらず身体状態を改善または予防可能な物質を取得しやすくなる。
【0041】
また、相関性基準は、母集団の年齢、性別、居住地域、国籍および人種からなる群より選ばれる少なくとも1種で分類した準母集団に関して作成されたものであってよい。これにより、被験者の年齢、性別、居住地域、国籍および人種等までも考慮した、身体状態の正確な評価が可能である。
また、被験者に情報を提示する方法においては、被験者の年齢、性別、居住地域、国籍および人種も考慮して、より適切な情報を提示することが可能である。このため、上記存在割合又はパラメータに加え、被験者に関する年齢、性別、居住地域、国籍および人種からなる群より選ばれる少なくとも1種のインプットが好ましいことになる。
また、身体状態を改善又は予防する物質のスクリーニング方法においては、使用者の年齢、性別、居住地域、国籍および人種に適した、身体状態を改善または予防可能な物質を取得しやすくなる。
【0042】
皮膚微生物叢を採取する箇所は、特に限定されず、顔面、頭皮、脇、臍等であってよく、中でも顔面、特に額が挙げられる。なお、相関性基準が作成された母集団サンプルの採取箇所と、被験者サンプルの採取箇所とは一致することが好ましい。
【実施例】
【0043】
<実施例1>
沖縄を除くすべての都道府県から任意に選ばれた18歳〜69歳の日本女性1,100人に対し、年齢、肌質等のアンケート調査を行った。また、アンケート調査を行った女性に対し、アンケートと同時に、以下に示す方法により、顔の皮膚の細菌叢を解析した。
【0044】
(アンケート)
アンケートは、インターネットを通じて、サンプリング直前に回答する方法で行った。
【0045】
(細菌叢の解析)
細菌叢の解析は図1に示すフローチャートに従って行った。
・接触工程S1及び剥離工程S2
図2に示す粘着テープ1を用意する。この粘着テープ1はベースとなる薄片状のテープ基材2に粘着剤からなる塗布層3が設けられた構造とされている。このため、通常の絆創膏やドレッシングテープと同様にして、ヒトの皮膚に貼付けることによって、簡単に接触工程S1を行うことができる。粘着テープ1は図示しない剥離紙に貼り付けられており、密封可能な乾燥剤入りのアルミ袋に封入された状態でラテックス手袋と共に被験者に送付された。被験者は、起床直後ラテックス手袋を装着し、アルミ袋を開封して粘着テープ1が貼られた剥離紙を取り出し、粘着テープ1を剥がして被験者の額に貼り付ける。そして、5分間接着させた状態を保ったのち、粘着テープ1を剥がし、剥離紙の上に張り戻し、これを乾燥剤と共にアルミ袋に入れて密封した。その後、DNA解析試験を行うまでの間冷凍保存した。
【0046】
・抽出工程S3
DNAの抽出は、森田らの方法(MicrobesEnviron. Vol22,No.3,214−222, 2007)に従って粘着テープ1から直接行い、DNA溶液を調製した。
【0047】
・ゲノム解析工程S4
上記のようにして得られたDNA溶液を用い、溶液内に含まれる16SリボゾームRNA遺伝子をPCR法を用いて増幅した後、シークエンサー(NGS)(illumina社製、商品名:Miseq)を用いてDNA解析を行った。
【0048】
以上のようにして得られた結果をパイプライン解析ツールQiimeを用いて解析した。そして、細菌をPhylum(門)で分類し、Actinobacteria門、Proteobacteria 門、Firmicutes 門、及びBacteroidetes 門の細菌の存在割合と年齢との関係について求めた。
【0049】
−結 果−
まず得られた1074名の顔面細菌叢の相互関係を、検体間の非類似度(Weighted UniFrac距離)を指標に評価した。Weighted UniFrac距離に基づいたクラスタリング解析の結果を図3に示す。この検体は大きく4つのグループに分けられることがわかった。このうち最大のグループには約半数の検体が属し、グループ内部での差異は比較的小さいことが見いだされた。
【0050】
細菌叢の構成種の内訳を調べた。門レベルでの構成内訳を可視化したのが図4である。顔面細菌叢はActinobacteria, Protepbacteria, Firmicutes の3つの門に属する細菌でほとんどが占められていた。最大構成種である Actinobacteria 門の量がクラスタリング解析で得られたグルーピングとおおむね呼応して変化することが見いだされた。
【0051】
より下位の分類群である科で同様の解析を行ったのが図5である。存在量の多い3つの科はActinobacteria門のPropionibacteriaceae科、Proteobacteria門のXanthomonadeceae科、Firmicutes門のStaphylococcaceae科であった。この3科で細菌叢の平均72%を占めていた。尚、Staphylococcaceae科には著名な皮膚常在菌、表皮ブドウ球菌が含まれる。
【0052】
最大の構成科であるPropionibacteriaceae科についてさらに詳細に調べた。その結果該当科のほとんどは Propionibacteria acnesという細菌種(以下 P. acnes と表記。いわゆるアクネ菌)であることが確かめられた(図6)。
【0053】
各個人の細菌叢の特性をどのようなパラメータで表すことができるか知るために、各検体間のWeighted UniFrac距離情報を主座標分析の手法で解析した。その結果(図7)、各検体を2次元平面上での分布としてよく表すことができることがわかった。クラスタリング解析で得られたグループはこの分布図上でもひとまとまりに存在しており、この分布の妥当性を示しているといえる。
【0054】
主座標分析で得られた2次元分布図の各座標軸が、細菌叢のどのような特性を示すものであるか検討を行った。その結果、第1軸については細菌叢中のP. acnes菌の総体存在量とよい相関を示すことがわかった(図8)。また2つ目の軸については、Proteobacteria門に属する細菌種とFirmicutes門に属する細菌種の相対量の差という指数(以下、P−F 量と記す)とよい相関がみられた(図9)。以上の結果から各細菌叢の特性を表す指標として、P. acnes 菌の量とP−F 量の2つがまず挙げられることがわかった。
【0055】
(実施例3)
最大の構成菌種であるP. acnes 菌の量を規定する宿主因子の探索を行った。その結果、P. acnes 菌の相対量は実年齢と相関を示し、年齢が進むほどP. acnes 菌量が減少することがわかった(図10左。箱ひげ図。赤は各年齢群の平均値を示す)。また、P. acnes 菌の量は肌の脂性度とも相関を示した。1074 名を年齢と肌質(脂性、普通、乾燥肌の各タイプ)の双方に基づいて分け、分類群ごとのP. acnes 菌量の平均値を算出してプロットした(図10右)。その結果P. acnes 菌の量は年齢とは独立に肌の脂性度とも相関を示すことが見いだされた。
【0056】
(P. acnes 菌量とニキビとの関係)
ニキビの発症、症状の強さがP. acnes 菌の相対量と相関を示すことがわかった。前項で述べたようにP. acnes量は年齢と相関を示し、ニキビもまた若年層でよく発症する疾患なので、年齢による効果を除去するため検体を若年(29歳以下)、中年(30歳以上49歳以下)、老年(50歳以上)の3つのグループに分けて解析を行った。ニキビ症状は自己評価によるアンケート結果に基づいて点数化した(ニキビがとても気になる(3点)、気になる(2点)、やや気になる(1点)、気にならない(0点))。その結果、若年層では P. acnes菌の多い(相対量70% 以上)グループと少ないグループでニキビ症状の強さに有意な差が認められた(図11)。P. acnes量は若年層でニキビの発症、および症状の強化と相関を示すことがわかった。
【0057】
(P. acnes 菌量と毛穴の広がりとの関係)
同様の解析からP. acnes量と毛穴の広がりについても相関があることがわかった(図12)。毛穴の広がりは自己評価によるアンケート結果から点数化した(とても気になる(3点)、気になる(2点)、やや気になる(1点)、気にならない(0点))。若年、中年、老年の全ての層でP. acnes量が多いと毛穴の広がりのスコアも悪いことがわかった。
【0058】
(実施例4)
(P−F 量とニキビの関係)
次に、P−F 量(Proteobacteria門に属する細菌種とFirmicutes門に属する細菌種の相対量の差)もニキビ症状と相関を示すことがわかった。検体を P−F 量に応じて3群に分けたところ、値が小さいグループ(Firmucutes門が Proteobacteria 門に比して多く存在する検体)ではニキビ症状が強いことが見いだされた(図13)。尚、P−F 量は年齢と相関した変化を示さないので、年齢効果を除く処理は行っていない。
【0059】
(P−F 量と薄毛・脱毛との関係)
P−F 量はまた、頭部の薄毛・脱毛症状とも相関を示すことがわかった。自己評価に夜アンケート結果より、薄毛・脱毛の治療中(2点)、薄毛・脱毛の症状有(1点)、薄毛・脱毛の症状無(0点)として薄毛・脱毛症状を点数化した。P−F 量が小さい群では、薄毛の症状を訴える人が有意に少なかった(図14)。このことは顔面の皮膚細菌叢の様相が顔面以外の身体症状と関係を持つことを示すものである。
【0060】
(P−F 量と歯周病・歯槽膿漏との関係)
P−F 量はまた、歯周病・歯槽膿漏の症状とも相関を示した。アンケート結果に基づき、歯周病・歯槽膿漏の治療中(2点)、歯周病・歯槽膿漏の症状有り(1点)、歯周病・歯槽膿漏の症状なし(0点)として点数化した。図15に示すように、P−F 量が小さい群では歯周病・歯槽膿漏の症状が有意に少なかった。
【0061】
門より下位の分類群である“種”の情報と身体症状の相関関係についても解析を行った。細菌叢中に同定された各細菌種の相対量と数値化・点数化したアンケート結果の相関関係を評価した。この際、身体症状の中には実年齢と相関することが明らかなものがあるため、細菌量と実年齢という2つの変数と身体症状の関係を重回帰分析で調べることにより、年齢による効果を別にしてみられる細菌量−身体症状の相関関係を検出した。多重検定となるため偽陽性検出率をBenjamini−Hochberg法を用いて 10% となるように調節した。その結果、p = 6x10−4以下という統計的に非常に有意差の高い相関関係のみが抽出された。得られた結果を図16にまとめる。ここには、様々な皮膚ならびに身体の疾患・症状ごとに相関を示した細菌種がまとめられている。例えば、そばかすとCorynebacterium kroppenstedti 菌の量、Bacillus 属やRothia dentocariosa 菌の量と肌の黄ばみ、Rothia 属やBrevibacterium 属などに属する細菌量と高尿酸値、Pseudomonas 属やMethylobacterium属に属する細菌量と骨粗鬆症、Microbacterium属の菌量と薄毛・脱毛症、などが相関を示すことが認められた。細菌叢データから有益な情報を抽出することで、様々な身体疾患・症状との関係を見いだすことができることがわかった。
【0062】
(細菌叢の多様性と身体症状の相関)
各種細菌の量の他に、細菌叢の多様性という指標も身体症状と相関をしめすことがわかった。各検体の内部での細菌叢の多様性はSimpson指数という指標で表し得ることが知られている。まずSimpson指数と実年齢との相関を調べたところ、年齢が上昇すると共にSimpson指数も上昇する、すなわち細菌叢の多様性が上昇することが見いだされた(図17)。ついで、この多様性指数とP. acnes菌の2つのパラメータを用いて、各検体の細菌叢の構造は3つに分類されうることがわかった(図18)。すなわち、P. acnes 菌を多くもつ(そして多様性が低い)グループ(群I)、P. acnes菌の量は少ないが多様性が大きくないグループ(群II)、最後にP. acnes菌量が少なく多様性の大きなグループ(群III)、である。各グループに特異的に見られる身体症状がないかアンケート結果との相関関係を調べたところ、皮膚の加齢によるシミ、そばかす、皮膚のくすみの3つのアンケート結果のスコア合計値とよい相関を示すことがわかった(図19)。群IIには“シミ・くすみ”症状を訴える(“シミ・くすみ”指数が高い)人が多く、群Iとの違いは統計的に有意であった。この違いは、群を構成する人の年齢分布の違いによるものではなかった(年齢の差は統計的に有意なものでなかった)。
【0063】
(肌老化と皮膚細菌叢の関係)
アンケートの項目には肌の老化とみなされる項目(例、肌の弾力のなさ、ほほのたるみ、など)も含まれていた。そこで、これらの項目と特に相関を示す細菌種を検出することを試みた。「まぶた、目尻のたるみ・ゆるみ」「(加齢やホルモンのアンバランスによる)しみ」「肌のハリのなさ」「肌の弾力のなさ」「ほほのたるみ」「ほほのこけ・やせ」「口元の小じわ」「ホウレイ線(鼻唇溝)」「口角のたるみ・口角が下がっている」「おでこのしわ」「眉間のしわ」「首のしわ」「肌の黄ばみ」「フェースライン(輪郭)のたるみ・ゆるみ」という14項目のアンケート結果のそれぞれについて、症状が気になると答えた場合に1点を加算する方法で“老化肌”指数を算出したところ、この指数が2つの細菌種(Gammaproteobacteria 綱に属する細菌種とPropionibacterium granulosum 菌)の存在量とよい相関を示すことがわかった。図20にその結果を示す。縦軸は上述の老化肌指数を正規化して示したものである。各検体は年齢と上述の細菌種の存在量でグループ化されている。細菌量による分類では、Gammaproteobacteria 綱の相対存在量とPropionibacterium granulosum 菌の相対存在量を10倍したものとの和(“老化肌”細菌量と呼称する)を用い、この値が全検体中で上位25%に含まれる人、下位25%に含まれる人、それ以外の3グループに分類している。50歳代の人では、老化肌細菌量の低いグループは、それ以外のグループに比べ有意に老化肌指数が小さいことが見いだされた。40歳代においても同様に、老化肌細菌量が多いと老化肌指数が大きくなる傾向が見いだされた(p = 0.07)。老化肌細菌の多寡と、肌の老化の進み食い合いに違いに相関があることが示唆された。
【0064】
この結果は、細菌叢データに含まれる情報から有益な情報を抽出することで、肌の老化のように客観的評価の容易でない事象についても評価を行ったり、予防のための方策を考えたりすることが可能となることを示している。
【0065】
(P. acnes 菌量と閉経の関係)
P. acnes 菌量は生理の有無と相関を示すことがわかった。前項で述べたようにP. acnes 量は年齢と相関を示し、閉経もまた年齢と関係する現象である。年齢と閉経による効果を弁別するために、45歳以上60歳未満の人を年齢によって3つの群にわけ、各群を閉経前および閉経後の2つの群にさらに分けた。各群に見られる P. acnes 量の分布を箱ひげ図で図示したのが図21である。その結果、50歳以上54歳以下の群では閉経後の場合により少ない P. acnes 量が観察され、その差は統計的に有意なものであった。45歳以上49歳以下の群でも同様の傾向が見られたが、この年齢層に該当する閉経後の検体数が少なく、統計的有意差を検出するには至らなかった。より厳密な解析を行うため、40歳以上60歳未満の人を対象とし、年齢と生理の有無の2つを説明変数、P. acnes 量を目的変数とした重回帰分析を行った。その結果、P. acnes 量は年齢と閉経のいずれとも相関を示す(年齢が上がるほど、また閉経した方が P. acnes 量が減少する)ことが確認され、その相関は統計的に有意なレベルであることがわかった(年齢に対して p = 0.027、閉経に対して p = 0.037)。以上より、P. acnes量は閉経と相関を示すことがわかった。
【0066】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【符号の説明】
【0067】
1 粘着テープ
2 テープ基材
3 塗布層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15
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図19
図20
図21