(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
25〜42原子%のMnと、9〜13原子%のAlと、5〜12原子%のNiと、5.1〜15原子%のCrとを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするFe基形状記憶合金材。
請求項1に記載のFe基形状記憶合金材において、さらに0.1〜5原子%のSi、0.1〜5原子%のTi、0.1〜5原子%のV、0.1〜5原子%のCo、0.1〜5原子%のCu、0.1〜5原子%のMo、0.1〜5原子%のW、0.001〜1原子%のB及び0.001〜1原子%のCからなる群から選ばれた少なくとも1種を合計で15原子%以下含有するFe基形状記憶合金材。
請求項1〜4のいずれかに記載のFe基形状記憶合金材を製造する方法であって、1100〜1300℃で溶体化処理する工程を有することを特徴とするFe基形状記憶合金材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金は、各種工業、医療等の分野で、その特異的な機能を利用すべく実用化が進められている。形状記憶現象又は超弾性現象(擬弾性現象ともいう)を示す形状記憶合金にはNi−Ti系合金、Ni−Al系合金、Cu−Zn−Al系合金、Cu−Al−Ni系合金等の非鉄系合金と、Fe−Ni−Co−Ti系合金、Fe−Mn−Si系合金、Fe−Ni−C系合金、Fe−Ni−Cr系合金等の鉄系合金とが知られている。
【0003】
Ti−Ni系合金は形状記憶効果及び超弾性特性に優れており、医療用ガイドワイヤーやメガネ等に実用されている。しかしながら、Ti−Ni系合金は加工性に乏しく、高価であることから、用途が限定される。
【0004】
鉄系合金は、原料コストが低い、磁性を示す等の利点があるため、より実用的な形状記憶効果及び超弾性特性を発揮できれば様々な分野への応用が期待できる。しかしながら、鉄系形状記憶合金には、まだ解決されていない様々な問題がある。例えば、Fe−Ni−Co−Ti系合金は応力誘起変態による形状記憶特性を示すが、Ms点(マルテンサイト変態開始温度)が200K以下と低い。Fe−Ni−C系合金は逆変態中に炭化物が生成し、そのため形状記憶特性が低下する。Fe−Mn−Si系合金は比較的良好な形状記憶特性を示すが、冷間加工性が悪く、耐食性が不充分であり、さらに超弾性特性を示さない。
【0005】
特許文献1は、15〜35重量%のNiと、1.5〜10重量%のSiと、残部Fe及び不可避不純物とからなるFe−Ni−Si系形状記憶合金を開示している。また、特許文献2は、15〜40質量%のNiと、1.5〜10質量%のAlと、残部がFe及び不可避的不純物とからなるFe−Ni−Al系形状記憶合金を開示している。これらの合金はFCC構造のγ相中にL1
2構造のγ‘相が析出した組織を有している。
【0006】
特許文献3は、15〜40重量%のMnと、1〜20重量%のCo及び/又は1〜20重量%のCrと、Si、Al、Ge、Ga、Nb、V、Ti、Cu、Ni及びMnから選ばれた少なくとも1種を15重量%以下と、残部鉄とからなる鉄基形状記憶合金を開示しており、Co、Cr又はSiは、磁気変態点(ネール点)を著しく低下させるが、γ→εマルテンサイト変態点はほとんど変化させないと記載している。
【0007】
特許文献4には、25〜42原子%のMnと、12〜18原子%のAlと、5〜12原子%のNiとを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるFe基形状記憶合金が記載されている。また、この合金には、0.1〜5原子%のCrを含有してもよい。この合金は、高い形状記憶特性及び超弾性特性を奏することが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1と特許文献2に記載された合金は、形状記憶効果及び超弾性特性は実用的には十分でなく、改良が望まれている。また、特許文献3に記載された合金は、超弾性特性がほとんど発現せず、形状記憶効果も実用的には不十分であり、さらなる改良が望まれている。さらに、特許文献4に記載された合金は、温度依存性とその耐酸化性についても、さらなる改良が望まれていた。
【0010】
そこで、本発明は、加工性に優れ、超弾性及び形状記憶効果に優れるとともに、温度依存性が著しく低く、かつ、その耐酸化性にも優れるFe基形状記憶合金材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、Feに一定量のMn及びAlを添加した合金がマルテンサイト変態をすることと、Niを添加することで形状記憶特性が発現することとに加えて、さらに、一定量のCrを添加することで温度依存性が著しく低く、かつ、その耐酸化性にも優れることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0012】
本発明によれば、以下の手段が提供される。
(1) 25〜42原子%のMnと、9〜13原子%のAlと、5〜12原子%のNiと、5.1〜15原子%のCrとを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするFe基形状記憶合金材。
(2) (1)項に記載のFe基形状記憶合金材において、さらに0.1〜5原子%のSi、0.1〜5原子%のTi、0.1〜5原子%のV、0.1〜5原子%のCo、0.1〜5原子%のCu、0.1〜5原子%のMo、0.1〜5原子%のW、0.001〜1原子%のB及び0.001〜1原子%のCからなる群から選ばれた少なくとも1種を合計で15原子%以下含有するFe基形状記憶合金材。
(3) (1)又は(2)項に記載のFe基形状記憶合金材において、変態誘起応力の温度依存性が0.30MPa/℃以下であるFe基形状記憶合金材。
(4) (1)〜(3)項のいずれかに記載のFe基形状記憶合金材において、耐高温酸化性に優れるFe基形状記憶合金材。
(5) (1)〜(4)項のいずれかに記載のFe基形状記憶合金材を製造する方法であって、1100〜1300℃で溶体化処理する工程を有することを特徴とするFe基形状記憶合金材の製造方法。
(6) (5)項に記載のFe基形状記憶合金材の製造方法において、溶体化処理工程の後に、100〜350℃で時効処理する工程を有するFe基形状記憶合金材の製造方法。
(7) (1)〜(4)項のいずれかに記載のFe基形状記憶合金材からなる線材であって、前記Fe基形状記憶合金材の平均結晶粒経が前記線材の半径以上である線材。
(8) (1)〜(4)項のいずれかに記載のFe基形状記憶合金材からなる板材であって、前記Fe基形状記憶合金材の平均結晶粒経が前記板材の厚さ以上である板材。
【発明の効果】
【0013】
本発明のFe基形状記憶合金材は、比較的材料のコストが低く、加工性に優れ、高い形状記憶効果及び超弾性特性を有し、さらに、温度依存性が著しく低く、かつ、その耐酸化性にも優れるので、様々な分野及び目的に適用することができる。
本発明の上記及び他の特徴及び利点は、適宜添付の図面を参照して、下記の記載からより明らかになるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[1]Fe基形状記憶合金材
本発明の各態様のFe基形状記憶合金材を以下詳細に説明するが、それぞれの態様における説明は特に断りがなければ他の態様にも適用可能である。なお本明細書において、特段の断りがなければ各元素の含有量は合金材全体を基準(100原子%)とする。
【0016】
(1)組成
本発明のFe基形状記憶合金材は、25〜42原子%のMnと、9〜13原子%のAlと、5〜12原子%のNiと、5.1〜15原子%のCrとを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
本発明のFe基形状記憶合金材は、さらに0.1〜5原子%のSi、0.1〜5原子%のTi、0.1〜5原子%のV、0.1〜5原子%のCo、0.1〜5原子%のCu、0.1〜5原子%のMo、0.1〜5原子%のW、0.001〜1原子%のB及び0.001〜1原子%のCからなる群から選ばれた少なくとも1種を合計で15原子%以下含有してもよい。(これらのSi、Ti、V、Co、Cu、Mo、W、B及びCからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素を、以下、第五成分元素という。)
【0017】
Mnは、マルテンサイト相の生成を促進する元素である。Mnの含有量を調節することにより、マルテンサイト変態の開始温度(Ms)及び終了温度(Mf)、逆マルテンサイト変態の開始温度(As)及び終了温度(Af)、並びにキュリー温度(Tc)を変化させることができる。Mnの含有量が25原子%未満である場合、母相のBCC構造が安定過ぎてマルテンサイト変態しなくなる場合がある。一方、Mnの含有量が42原子%超である場合、母相がBCC構造とならなくなる。Mnの含有量は30〜38原子%であるのが好ましく、34〜36原子%であるのがより好ましい。
【0018】
Alは、BCC構造を有する母相の生成を促進する元素である。Alの含有量が9原子%未満である場合、母相がfcc構造になる。一方、Alの含有量が13原子%超である場合、BCC構造が安定過ぎてマルテンサイト変態を生じない。Alの含有量は9.5〜12.5原子%であるのが好ましく、10.5〜11.5原子%であるのがより好ましい。
【0019】
Niは、母相に規則相を析出させて形状記憶特性を向上させる元素である。Niの含有量が5原子%未満である場合、形状記憶特性が十分でない。一方、Niの含有量が12原子%超である場合、延性が低下してしまう。Niの含有量は5〜10原子%であるのが好ましく、6〜8原子%であるのがより好ましい。
【0020】
Crを適当量含有することで、耐食性を向上させるとともに、その含有量を調節することにより変態エントロピー変化を小さくし、温度依存性を小さく出来る。Crの含有量が5.1原子%未満である場合、変態エントロピーに変化はない。一方、Crの含有量が15原子%超である場合、母相がFCC構造になる。Crの含有量は6.0〜12.0原子%であるのが好ましく、7.5〜10.0原子%であるのがより好ましい。
【0021】
Feは形状記憶特性及び磁気特性を向上させる元素である。Fe含有量が不足すると形状記憶特性が消失し、過剰であっても形状記憶特性が発現しない。優れた形状記憶特性及び強磁性を得るために、Fe含有量は35〜50原子%であるのが好ましく、40〜46原子%であるのがより好ましい。
【0022】
Si、Ti、V、Co、Cu、Mo、W、B及びCからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素を、合計で15原子%以下含有することで、形状記憶特性、延性及び耐食性を向上させるとともに、それらの含有量を調節することによりMs及びTcを変化させることができる。またCoは磁気特性を向上させる作用を有する。これらの元素の合計含有量が15原子%を超えると合金が脆化する恐れがある。これらの元素の含有量は合計で10原子%以下であるのが好ましく、6原子%以下であるのがより好ましい。形状記憶特性の観点からは、Si、Ti、V、Cu、Mo、W、B及びCからなる群から選択するのが好ましい。
【0023】
(2)組織
本発明のFe基形状記憶合金材は、BCC構造の母相(α相)からマルテンサイト変態する。Msより高い温度域ではBCC構造の母相組織を有し、Mfより低い温度域ではマルテンサイト相組織を有する。優れた形状記憶特性を発揮するために、母相は不規則BCC構造であるA2相に規則相(B2又はL2
1)が微細に析出したものであるのが好ましく、前記規則相はB2相であるのが好ましい。母相中にFCC構造のγ相が少量析出してもよい。γ相は溶体化後の冷却中に粒界を中心に析出したり、溶体化温度において析出したりして延性向上に寄与するが、多量に出現すると形状記憶特性を損なう。延性向上のために母相にγ相を析出させる場合は、体積分率で10%以下が好ましく、5%以下がより好ましい。マルテンサイト相の結晶構造は2M又は8M、10M、14M等の長周期構造である。Fe基形状記憶合金材はα相間の結晶粒界を持たない単結晶であってもよい。
【0024】
Fe基形状記憶合金材は、BCC構造の母相が強磁性であり、マルテンサイト相が常磁性、反強磁性又は母相より弱い強磁性である。
【0025】
[2]製造方法
Fe基形状記憶合金材は、常法により、溶解鋳造、鍛造し、熱間加工(熱間圧延等)、冷間加工(冷間圧延、伸線加工等)、プレス加工等により所望の形状に成形した後、特定温度で溶体化処理を施すことにより製造することができる。例えば、鋳造温度は1500〜1600℃、熱間加工温度は約1200℃で熱間加工率は87%以上、冷間圧延率は30%以上とすることができる。
また、常法により、粉末を焼結して焼結体とすることや、急冷凝固やスパッタ等により薄膜とすることも可能である。
溶解鋳造、熱間加工、焼結、成膜等については、一般的な形状記憶合金の場合と同様の方法を用いる。Fe基形状記憶合金材は加工性に優れるため、冷間加工や切削加工により極細線、箔等の各種形状に容易に成形することができる。
【0026】
製造工程には、溶体化処理する工程を必須に含む。溶体化処理は、溶解鋳造し、熱間及び冷間加工等により成形したFe基形状記憶合金材を固溶化温度まで加熱し、組織を母相(BCC相)にした後、急冷することにより行う。溶体化処理は1100〜1300℃で行うのが好ましく、1200℃〜1250℃で行うのがより好ましい。固溶化温度での保持時間は1分以上であれば良いが、60分を超えると酸化の影響が無視できなくなるので、1〜60分であるのが好ましい。冷却速度は200℃/秒以上が好ましく、500℃/秒以上がより好ましい。冷却は水等の冷媒に入れるか、又は強制空冷により行う。
【0027】
前記溶体化処理のみでも良好な形状記憶特性は得られるが、溶体化処理の後にさらに100〜350℃で時効処理を行うのが好ましい。時効処理は、形状記憶特性の向上及び安定化に効果がある。時効処理の温度は、より好ましくは150〜250℃である。時効処理時間はFe基形状記憶合金材の組成及び処理温度により異なるが、5分間以上であるのが好ましく、30分間〜24時間であるのがより好ましい。時効処理時間が5分間未満では効果が不十分であり、一方、時効処理時間が長過ぎると(例えば数百時間であると)延性が低下する。
【0028】
[3]特性
(1)形状記憶特性
実用温度域より高いAsを有するFe基形状記憶合金材は、実用温度域でマルテンサイト相状態が安定であるので、良好な形状記憶特性を安定的に示す。Fe基形状記憶合金材の形状回復率[=100x(与歪み−残留歪み)/与歪み]は約90%以上であり、実質的に100%である。
【0029】
(2)超弾性とその温度依存性
実用温度域より低いAfを有するFe基形状記憶合金材は、実用温度域で安定かつ良好な超弾性を示す。通常与歪みが6〜8%でも、変形解放後の形状回復率は95%以上である。
また、通常の形状記憶合金は温度が上昇するとマルテンサイト変態誘起応力が高くなる性質があるが、本発明のFe基形状記憶合金材はマルテンサイト変態誘起応力の温度依存性が著しく小さく、環境温度による変形応力の変化が著しく小さいので、実用上好ましい。例えば、Ni−Ti形状記憶合金のマルテンサイト変態誘起応力の温度依存性が約5MPa/℃であり、Fe−Mn−Al−Ni−5.0Cr形状記憶合金材では約0.35MPa/℃であるのに対して、本発明のFe基形状記憶合金材ではマルテンサイト変態誘起応力の温度依存性が0.30MPa/℃以下である。変態誘起応力の温度依存性が著しく小さい理由としては、本発明のFe基形状記憶合金材では変態エントロピー変化が著しく小さいことが挙げられる。
変態誘起応力の温度依存性が著しく小さいことによって、本発明のFe基形状記憶合金材は、例えば、建築材料、自動車等の屋外用途に特に好適である。これは、例えば、−50℃から150℃までの温度環境においても、超弾性特性を発現できるからである。
【0030】
なお、本発明のFe基形状記憶合金材の上記温度依存性は、−50℃、20℃及び100℃の各温度における形状記憶特性を評価した。その結果を
図2に示す。なお、マルテンサイト変態誘起応力は応力プラトーに達する応力とした。
【0031】
図2から明らかな様に、形状回復率は試験温度にほとんど依存せず、いずれの温度においても非常に良好であった。また、マルテンサイト変態誘起応力も同様に温度によって大きな差は見られなかった。通常の形状記憶合金材では、マルテンサイト変態誘起応力が温度に対して大きく変化し、例えばTi−Ni形状記憶合金ではマルテンサイト変態誘起応力の温度依存性は約5MPa/℃程度もある。これに対して、本発明のFe基形状記憶合金材は
図2の応力−歪線図から明らかな様に、温度に対する応力の変化が非常に小さく、マルテンサイト変態誘起応力の温度依存性は0.30MPa/℃以下であった。つまり、本発明のFe基形状記憶合金材は、室温以下から高温までの広い温度範囲において強度が温度に影響されにくいことが分かった。
【0032】
(3)加工性
本発明のFe基形状記憶合金材は良好な硬度、引張り強度及び破断伸びを有するため、加工性に優れている。
【0033】
[4]Fe基形状記憶合金材からなる部材
Fe基形状記憶合金材は熱間加工性及び冷間加工性に富み、最大加工率が30〜99%程度の冷間加工をすることが可能であるので、極細線、箔、バネ、パイプ等に容易に成形加工することができる。
【0034】
Fe基形状記憶合金材の形状記憶特性は、結晶組織だけではなく結晶粒の大きさにも大きく依存する。例えば線材や板材の場合、結晶粒の平均結晶粒径が線材の半径Rや板材の厚さT以上になると、形状記憶効果や超弾性が大きく向上する。これは、
図3(a)、
図3(b)及び
図4に示す様に、結晶粒の平均結晶粒径が線材の半径Rや板材の厚さT以上になると、結晶粒間の拘束力が低減されるためであると考えられる。
【0035】
(1)線材
Fe基形状記憶合金材からなる線材1は、結晶粒10の平均結晶粒径davが線材1の半径R以上(
図3(a))であるのが好ましく、直径2R以上(
図3(b))であるのがより好ましい。前記平均結晶粒径davがdav≧2Rの条件を満たすと、粒界12が竹の節の様に位置する構造となり、結晶粒間の拘束が著しく低減されて単結晶的な挙動に近づく。
【0036】
dav≧R又はdav≧2Rの条件を満たしても、結晶粒には粒径分布があるので、半径R未満の粒径dを有する結晶粒も存在する。d<Rの結晶粒が僅かに存在していてもFe基形状記憶合金材の特性にほとんど影響はないが、良好な形状記憶効果及び超弾性を有するFe基形状記憶合金材とするためには、結晶粒径dが半径R以上の領域が線材1の全長の30%以上であるのが好ましく、60%以上がより好ましい。
【0037】
線材1は、例えばカテーテル用ガイドワイヤーに使用することができる。直径1mm以下の細線の場合、複数本を撚って撚り線としてもよい。さらに線材1はバネ材としても使用することができる。
【0038】
(2)板材
Fe基形状記憶合金材からなる板材は、
図4に示す様に、結晶粒20の平均結晶粒径davが板材2の厚さT以上であるのが好ましく、dav≧2Tであるのがより好ましい。この様な結晶粒20を有する板材2は、個々の結晶粒20が板材2の表面において粒界22から開放された状態になっている。dav≧Tの条件を満たす板材2は、前記線材1と同様に、結晶粒間の拘束力が低減されるので、優れた形状記憶効果及び超弾性を発揮する。結晶粒20の平均結晶粒径davは板材2の幅W以上であるのがより好ましい。
【0039】
線材1と同様に、dav≧T又はdav≧2Tの条件を満たしても、結晶粒には粒径分布があるので、厚さT未満の粒径dを有する結晶粒も存在する。より良好な形状記憶効果及び超弾性を有するFe基形状記憶合金材とするために、結晶粒径dが厚さT以上の領域が板材2の全面積の30%以上であるのが好ましく、60%以上がより好ましい。
【0040】
板材2は、その超弾性を利用して各種のバネ材、接点部材、クリップ等に使用することができる。
【0041】
(3)製造方法
線材1は、まず熱間鍛造及び引き抜き加工により比較的太い線材を作製し、次いで冷間引き抜き等の複数回の冷間加工(最大冷間加工率:30%以上)により細径の線材1とした後で、少なくとも1回の前記溶体化処理を行い、必要に応じて焼入れ処理及び時効処理を行うことにより製造できる。
【0042】
板材2は、熱間圧延の後で複数回の冷間圧延(最大冷間加工率:30%以上)を行い、所望の形状に打抜き加工及び/又はプレス加工し、少なくとも1回の前記溶体化処理を行い、必要に応じて焼入れ処理及び時効処理を行うことにより製造できる。板材と同様にして箔も製造することができる。
【実施例】
【0043】
以下に、本発明を実施例に基づき、さらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0044】
実施例1
(溶体化処理材)
表1に示す組成の各Fe系合金材の素材を高周波誘導炉を用いて溶解鋳造(φ12mm、約30g)し、1mmの板厚まで熱間圧延(1200℃)を行った後、0.25mmの板厚まで冷間圧延し、幅約2mmに切り出して、真空中、1300℃で15分間の溶体化処理をし、その後、水焼入れ(水冷)した。
【0045】
(時効処理材)
前記各溶体化処理材に、さらに200℃で1時間の時効処理を施した。
【0046】
【表1】
【0047】
引張り試験により、負荷−除荷を繰り返した状態で超弾性特性を試験、評価した。試料サイズは、2mm×1mm×60mm、標点間距離は30mmとした。超弾性特性は、以下の式から求めた。予歪量は、全て2%で、時効熱処理後に引張り試験を行った。
超弾性回復率(%)={(予歪量−除荷後歪量)/予歪量}×100
結果を表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
表2から明らかなように、本発明のFe基形状記憶合金材(No.5〜18)はいずれも80%を超える超弾性回復率を示し、かつ、応力の温度依存性が著しく小さかった。一方、比較例の合金材(No.1〜4)は、形状回復率は大きかったが、いずれも温度依存性が大きかった。
また、試料No.7について、200℃で60分間時効処理した試料のTEMによるB2規則相の(100)面からの暗視野像を写したミクロ組織のTEM写真を
図1に示す。
図1中の左下の図は(100)B2{[01−1]}の方向に電子線を入射したときのBCC母相(又はB2析出物)の回折像(制限視野回折図形)である。
図1の暗視野像における白い点はB2相を示す。
図1から、BCC母相(A2母相)中に微細なBCC相(B2相)が析出していることが分かる。また、FCC析出物は、結晶粒界に少量で存在している。合金材の試料No.5、6、8〜18のいずれにおいてもこの様なA2+B2構造を有するミクロ組織が得られたことがX線回折により確認された。
【0050】
実施例2
さらに、実施例1で作製した合金材No.7の溶体化処理材に時効処理の温度と時間を変更し、実施例1で行った同様の引張試験をRT(20℃、室温)のみで行い、超弾性回復歪を測定した結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3から、溶体化熱処理後に100〜350℃で時効処理することでより良好な形状記憶特性を示すことが分かる。一方、400℃では時効温度が高すぎたためβ−Mnが析出して脆くなり、約1%の与歪で破断してしまった。以上のことから、時効温度は100℃〜350℃が好ましいことが分かる。
【0053】
実施例3
TG−DSCを用いて耐酸化性の指標として重量変化を測定した。試験は、試料サイズを1mm×7mm×7mmとし、大気雰囲気中、900℃で24時間保持し、加熱前の当初質量に対する加熱後の質量の増加分(mg/mm
2)を測定した。結果を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
表4の結果から明らかなとおり、比較例の試料No.1〜4では、酸化が進んでいる。一方、本発明の試料No.5〜10では、酸化が抑制されていることが分かる。これによって、高温でのMn量が減少することがなく、降伏応力のバラツキが抑制されることが期待される。
【0056】
実施例4
表5に示す試料No.101〜110のFe系合金材を、溶体化処理の総時間を変更した以外は実施例1と同様にして作製した。表5において、組成はNo.7の合金材と同じ組成であることを示す。溶体化処理の総時間を変更することにより結晶粒径を調節した。これらの合金のdav/t(平均結晶粒径davと板厚tとの比)は表5に示す通りであった。平均結晶粒径davは、光学顕微鏡で観察した5〜50個の結晶粒の粒径(結晶の最大長さ)を平均して求めた。これらの合金の形状記憶特性[超弾性の形状回復率(SE)]を、予歪を4%とした以外は実施例1と同様にして測定し、形状回復率が60%未満を×、60%以上80%未満を○、80%以上を◎として評価した。結果を表5に示す。
【0057】
【表5】
【0058】
表5から、dav/tが大きいほど超弾性特性は優れており、特にdav/tが1以上で優れた超弾性を示すことが分かった。
【0059】
実施例5
表6に示す組成のFe系合金材を高周波溶解し、鋳造、熱間溝ロール及び冷間引き抜きによりNo.201〜210の線材を作製した。これらの線材に対して1200℃で溶体化処理を行った溶体化処理材、及びさらに200℃で1時間の時効処理を施した時効処理材を得た。なお溶体化処理の総時間を変更することにより結晶粒径を調節した。これらの線材のdav/R(平均結晶粒径davと半径Rとの比)は表6に示す通りであった。平均結晶粒径davは、光学顕微鏡で観察した5〜50個の結晶粒の粒径(結晶の最大長さ)を平均して求めた。形状記憶特性は、実施例5での超弾性の形状回復率と同様にして評価した。結果を表6に示す。
【0060】
【表6】
【0061】
dav/Rが0.5以上において優れた超弾性特性を示し、さらにdav/Rが1以上では特に優れた超弾性特性を示した。dav/Rが大きいほど形状記憶特性に優れることが分かる。
【0062】
本発明をその実施態様とともに説明したが、我々は特に指定しない限り我々の発明を説明のどの細部においても限定しようとするものではなく、添付の請求の範囲に示した発明の精神と範囲に反することなく幅広く解釈されるべきであると考える。
【0063】
本願は、2016年9月6日に日本国で特許出願された特願2016−174142に基づく優先権を主張するものであり、これはここに参照してその内容を本明細書の記載の一部として取り込む。