特許第6875686号(P6875686)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6875686プラズマを用いて植物細胞内に物質を導入する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6875686
(24)【登録日】2021年4月27日
(45)【発行日】2021年5月26日
(54)【発明の名称】プラズマを用いて植物細胞内に物質を導入する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20210517BHJP
   C12N 13/00 20060101ALI20210517BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20210517BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20210517BHJP
【FI】
   C12N15/09 Z
   C12N13/00ZNA
   A01H1/00 A
   C12N5/10
【請求項の数】9
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-528443(P2018-528443)
(86)(22)【出願日】2017年6月8日
(86)【国際出願番号】JP2017021361
(87)【国際公開番号】WO2018016217
(87)【国際公開日】20180125
【審査請求日】2020年4月6日
(31)【優先権主張番号】特願2016-141638(P2016-141638)
(32)【優先日】2016年7月19日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】光原 一朗
(72)【発明者】
【氏名】柳川 由紀
(72)【発明者】
【氏名】沖野 晃俊
(72)【発明者】
【氏名】宮原 秀一
(72)【発明者】
【氏名】川野 浩明
(72)【発明者】
【氏名】小林 智裕
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 洋輔
【審査官】 松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第104372028(CN,A)
【文献】 国際公開第2002/064767(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/148996(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/208425(WO,A1)
【文献】 Bioelectrochemistry, 2015, Vol.103, pp.15-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 13/00
A01H 1/00− 1/08
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞壁を備えた植物細胞に物質を導入する方法であって、該細胞をプラズマで処理した後、当該細胞に物質を接触させ、かつ前記プラズマが、グロー放電及びホロカソード放電からなる群から選択される少なくとも一つの放電によって発生されるプラズマである、方法。
【請求項6】
前記細胞壁を備えた植物細胞が植物組織である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記物質がタンパク質又は核酸である、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記物質がタンパク質である、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項9】
前記プラズマが常温大気圧プラズマである、請求項1及び6〜8のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ、窒素プラズマ、酸素プラズマ、水素及びアルゴン混合プラズマ、並びに空気プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、請求項1及び6〜9のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ及び窒素プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、請求項1及び6〜9のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記細胞の前記プラズマによる処理が、前記プラズマの前記細胞への直接照射である、請求項1、6〜9、11及び12のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
植物組織にタンパク質を導入する方法であって、該組織にプラズマを直接照射した後、当該組織にタンパク質を接触させる方法であり、かつ前記プラズマは、二酸化炭素及び窒素からなる群から選択される少なくとも一つのガスに電圧を印加し、グロー放電及びホロカソード放電からなる群から選択される少なくとも一つの放電によって発生される、常温大気圧プラズマである、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマを用いて植物細胞内に、タンパク質、核酸等の物質を導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質、核酸等の物質を、細胞内に導入することは、基礎研究のみならず、様々な産業用途においても非常に意義のあることである。
【0003】
哺乳動物細胞への物質導入に関しては、細胞のエンドサイトーシスや微生物の細胞内侵入に関与する細胞透過性因子等を利用した方法が既に確立し、広く用いられている。また様々なトランスフェクション試薬が市販され、それらを適宜選択して用いることにより、前記物質を哺乳動物細胞に導入することができる。
【0004】
一方、植物細胞に関しては、このようなトランスフェクション法はあまり有効ではなく、前記物質を導入することは困難である。これは、植物細胞はセルロースを含む強固な細胞壁に包まれているため、この細胞壁が物質導入の妨げになっている故のことと考えられている。
【0005】
このような、植物細胞への物質導入に関し、予めセルラーゼ等の酵素によって細胞壁を処理する方法(プロトプラスト法)、微細なシリンジを用いて細胞内に物質を導入する方法(マイクロインジェクション法)、金属微粒子を物質で覆って、それを細胞内に撃ち込む方法(パーティクルガン法)、電気的に細胞膜に孔を開け、物質を細胞内に流入させる方法(エレクトロポレーション法)が試みられている。
【0006】
しかしながら、これら方法で導入を行うには、植物の種毎に適切な条件を検討することが必要であり、導入条件が確立していない植物種も多い。さらに、これら方法による導入は、煩雑で手間のかかる操作であり時間を要する。また導入効率の面でも乏しく、さらには導入対象である植物細胞にダメージ(障害)をもたらすものである。また、プロトプラスト法においては、プロトプラストの単離が難しく、さらにその培養やそれからの個体への再分化が困難であるケースが多い。そのため、かかる問題点を鑑み、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、簡便かつ高効率にて物質を導入することが可能となる方法が希求されているが、未だそのような方法は確立されていないのが現状である。
【0007】
ところで、プラズマ処理、特に大気圧非熱プラズマ処理は、様々な分野、例えば、製造業、製薬業、環境制御において注目を集めている。実際、本発明者らは、かかるプラズマ処理が、ポリイミドフィルム表面の親水処理に有効であることを明らかにしている。また、麻酔ガス及び有毒化学薬品を、大気圧プラズマによって分解できるということも報告している。さらに、生物に対する効果に関しては、大気圧非熱プラズマによって、細菌や生体分子が不活性化されることも明らかにしている。
【0008】
また、プラズマ処理を用いた細胞への物質導入に関しては、物質の存在下にて哺乳動物細胞にプラズマを照射することによって、当該物質がその細胞内に導入されたことが報告されている(特許文献1及び2)。なお、特許文献2においては、かかるプラズマ処理は通常細胞に障害をもたらすものであり、例えば照射後の細胞生存数は半分以下になることも同文献において示されている(特許文献2の[0076]欄の記載参照のほど)。また同文献においては、プラズマ処理による哺乳動物細胞へのタンパク質導入において、CPPの存在下ではその導入効率が促進されることも示されている(特許文献2の[0082]欄の記載参照のほど)。
【0009】
しかしながら、植物細胞に関しては、上述のとおり、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、簡便かつ高効率にて、植物細胞に、物質を導入する方法は未だ確立されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開2002/064767号
【特許文献2】国際公開2011/148996号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、簡便かつ高効率にて物質を導入する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、プラズマ処理した植物組織に、タンパク質、核酸等の物質を接触させることにより、該物質はその植物細胞内に導入されることを明らかにした。特許文献1及び2においては細胞を物質存在下でプラズマ処理しているが、驚くべきことに、植物細胞においては、プラズマ処理を施してから時間をおいて物質を接触させても、当該物質を細胞に導入することができた。また、植物細胞は細胞壁を備えているため、一般に哺乳動物細胞より物質導入が困難であるが、かかる方法によれば、細胞透過性ぺプチド(CPP)等を用いることなく、植物細胞に物質を導入することが可能であった。また、物質を導入し得る植物及び組織の種類に制限はなく、さらにプラズマ処理によって植物細胞に障害がもたらされないことをも見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、プラズマを用いて植物細胞内に、タンパク質、核酸等の物質を導入する方法に関し、より詳しくは、以下を提供するものである。
<1> 植物細胞に物質を導入する方法であって、該細胞をプラズマで処理した後、当該細胞に物質を接触させる、方法。
<2> 前記物質がタンパク質又は核酸である、<1>に記載の方法。
<3> 前記プラズマが常温大気圧プラズマである、<1>又は<2>に記載の方法。
<4> 前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ、窒素プラズマ、酸素プラズマ、水素及びアルゴン混合プラズマ、並びに空気プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、<1>〜<3>のうちのいずれか一つに記載の方法。
<5> 前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ及び窒素プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、<1>〜<3>のうちのいずれか一つに記載の方法。
【0014】
なお、本発明においては、「二酸化炭素プラズマ」、「窒素プラズマ」等とは、各プラズマを生成するために用いられるガスの種類(二酸化炭素、窒素等)に基づく名称である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、簡便かつ高効率にて物質を導入することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例で用いた、本発明に係るプラズマ処理の一実施形態を示す、概略図である。すなわち、プラズマ発生装置1の内部にガス供給部2からプラズマ生成用ガスを流入させると共に、当該ガスをガス冷却装置4により冷却させた後、プラズマ発生装置内の内部電極に電力供給部3より電圧を印加することにより、プラズマ5を試料6(植物細胞。例えば、タバコの葉片)に照射することを示す、図である。
図2】大腸菌において発現させニッケルアフィニティークロマトグラフィー担体を用いて精製したHisタグ融合タンパク質を、SDS−PAGEにて展開し、CBB染色及びイムノブロットにて解析した結果を示す写真である。図中、「1」はHisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質をCBB染色にて解析した結果を示し、「2」はHisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質を抗GFP抗体を用いたイムノブロットにて解析した結果を示し、「3」はHisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質をCBB染色にて解析した結果を示し、「4」はHisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質を抗GFP抗体を用いたイムノブロットにて解析した結果を示す。なお、これら分析に供したタンパク質量は、CBB染色においては1μgであり、イムノブロットにおいては50ngである。
図3】二酸化炭素プラズマ、酸素プラズマ、水素及びアルゴン混合ガスプラズマ又は窒素プラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質を接触させたタバコの葉片を、共焦点顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。
図4】水素及びアルゴン混合ガスプラズマ、二酸化炭素プラズマ、窒素プラズマ、又は酸素プラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質を接触させたタバコの葉片における、cAMP産生量を測定した結果を示すグラフである。なお図中、各条件につき独立して試験した2つの葉片の結果を示す。また図中、「No protein」は単にPBS溶液(タンパク質非含有)を接触させた結果を示し、「No treatment」はプラズマ処理を施していない結果を示す。
図5】二酸化炭素プラズマ又は窒素プラズマを照射してから6日後のタバコの葉片の外観を示す写真である。図中「2sec」及び「5sec」はプラズマの照射時間を示す。図中のスケールバーは1cmを示す。
図6】二酸化炭素プラズマ又は窒素プラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質を接触させたタバコの葉片を、共焦点顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。
図7】二酸化炭素プラズマ又は窒素プラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質を接触させたタバコの葉片における、cAMP産生量を測定した結果を示すグラフである。
図8】Airプラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質を接触させたタバコの葉片を、共焦点顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。
図9】二酸化炭素プラズマ又は窒素プラズマを照射した後、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質を接触させた、シロイヌナズナの葉又はイネの根を、共焦点顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。
図10】二酸化炭素プラズマを照射した後、sGFPタンパク質をコードするプラスミドDNAの溶液に接触させたタバコの葉片を、共焦点顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。図中のスケールバーは50μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(植物細胞への物質導入方法)
本発明の植物細胞に物質を導入する方法は、該細胞をプラズマで処理した後、当該細胞に物質を接触させる、方法である。
【0018】
本発明において「植物」とは特に制限はなく、例えば、双子葉植物(タバコ、シロイヌナズナ等)及び単子葉植物(イネ等)を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物、並びに木本植物が挙げられる。
【0019】
「植物細胞」としては、任意の組織中に存在する植物細胞又は任意の組織に由来する植物細胞を本発明においては対象とすることができ特に制限されない。このような組織としては、例えば、葉、根、根端、葯、花、種子、さや、茎、茎頂、胚、花粉が挙げられる。また、本発明の方法においては、人為的に処理された植物細胞(例えば、カルス、懸濁培養細胞)も対象とすることができる。
【0020】
前述の植物細胞に導入される「物質」としては特に制限はなく、例えば、ヌクレオチド(DNA、RNA)、ペプチド、糖、脂質等の生体高分子が挙げられる。ここで、ヌクレオチドには、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド及び核酸が含まれ、ペプチドには、オリゴペプチド、ポリペプチド及びタンパク質が含まれ、糖には、オリゴ糖及び糖鎖が含まれる。また、本発明に係る「物質」には、天然に存在する生体高分子のみならず、それらの誘導体(例えば、架橋型ヌクレオチド、非天然型アミノ酸)も含まれ、さらにそれらの複合体(例えば、糖タンパク質、糖脂質、RNA−タンパク質複合体)も含まれる。
【0021】
本発明において、「プラズマ」とは、気体を構成する分子が、電離により正(陽イオン)と負(電子)とに分かれている荷電粒子群を含み、全体として電気的にほぼ中性である粒子の集団(電離気体)を意味する。植物細胞を処理する「プラズマ」としては特に制限はなく、大気圧下で発生させるもの(大気圧プラズマ)であってもよく、また大気圧より低い圧力下で発生させるもの(低圧プラズマ)であっても良いが、発生させるために真空系を要することなく、また植物の生存環境に近いという観点から、大気圧プラズマであることが好ましい。なお、本発明において、大気圧とは、厳密に1013hPaである必要はなく、その近傍の圧力(700〜1300hPa)の範囲であればよい。
【0022】
大気圧プラズマを発生させる方法としては特に制限はなく、当業者であれば適宜公知の方法を用いて行うことができる。かかる公知の方法としては、例えば、誘電体バリア放電、誘導結合プラズマ放電(ICP)、容量結合プラズマ放電(CCP)、ホローカソード放電、コロナ放電、ストリーマ放電、グロー放電、アーク放電が挙げられる。これらの中では、比較的高いプラズマ・電子・ラジカル密度を得ることができ、かつプラズマガス温度を低く保ちやすいという観点から、グロー放電、ホロカソード放電が好ましい。
【0023】
また、放電を生じさせるための電流は、その放電の種類、その放電(ひいてはプラズマ)を発生させるための装置の大きさ及び形状、放電を生じさせるために電圧を印加する電極の大きさ及び形状等により一概には言えないが、直流であっても交流であってもよい。
【0024】
また、上述の植物細胞を処理する「プラズマ」の温度としては特に制限はなく、通常−90〜200℃であり、好ましくは0〜50℃であり、より好ましくは20〜30℃(常温)である。このような温度制御は、例えば、Oshita T,Kawano H,Takamatsu T,Miyahara H,Okino A (2015)「温度制御可能な大気プラズマ源」IEEE Trans Sci43:1987−1992、特開2010−061938号公報等に記載の方法にて達成することができる。より具体的には、当該方法によれば、後述のプラズマを生成するために用いられるガスを、液体窒素等を用いたガス冷却装置によって低温(例えば、−195℃)迄冷却した後、ヒーターによって所望の温度に加熱し、プラズマ化し、更にその生成されたプラズマのガス温度をヒーターにフィードバックすることで、プラズマの温度を所望の値に1℃単位で制御することができる。
【0025】
プラズマを生成するために電圧を印加されるガスの種類としては特に制限はないが、物質の導入効率の観点から、二酸化炭素、窒素、酸素、水素及びアルゴンから選択される少なくとも1のガスが好ましく、より好ましくは、二酸化炭素、窒素がより好ましい。また、後述の実施例に示すとおり、水素及びアルゴンからなる混合ガス(体積百分率として、好ましくは0.01〜50%水素及び99.99〜50%アルゴン)、窒素及び酸素からなる混合ガス(所謂、空気。体積着分率として、好ましくは90〜70%窒素及び30〜10%酸素)も好適に用いられる。
【0026】
また、プラズマ発生装置に供給される前記ガスの流量は、当該装置の大きさ及び形状等、さらには試料(植物細胞)がプラズマの気流により吹き飛ぶのを避けつつ、プラズマの発生を安定させることを考慮し、当業者であれば適宜調整され得るものであり、例えば、3〜5L/分が挙げられる。
【0027】
このようなプラズマを発生させる装置としては特に制限はないが、例えば、図1に示すような構成が提示される。より具体的には、プラズマを発生させることができるプラズマ発生装置1の他、プラズマを生成するために用いられるガスを該装置に供給するための装置(ガス供給部2)、前記ガスを電離させるための電力を供給する装置(電力供給部3)とを、本発明の植物細胞に物質を導入するための装置は少なくとも備えていることが好ましく、更にプラズマの温度を制御するためのガス冷却装置4及び/又は試料6(植物細胞)を載せるための台(載置台)を備えていることがより好ましい。また、図1には示していないが、ガス供給部2とプラズマ発生装置1との間に、ガス冷却装置4の代わりに、ガス冷却及びガス加温システム(ガス温度調整システム)を設けることがさらに好ましく。さらにまた、図1には示していないが、外部からの熱の流入を避けるため、ガス冷却装置4の代わりに断熱材を備えるものであってもよい。なお、プラズマ発生装置としても特に制限はなく、公知の装置を適宜用いれば良い。例えば、特開2015−072913号公報、特開2014−212839号公報、特開2013−225421号公報、特開2013−094468号公報、特開2012−256501号公報、特開2008−041429号公報、特開2009−082796号公報、特開2010−061938号公報において開示されている装置は、本発明において好適に用いられる。
【0028】
以上のとおりにして発生させたプラズマによる植物細胞の処理は、通常、プラズマ照射口の下に当該細胞を置きプラズマを照射することにより達成される。かかる場合、照射時間としては特に制限はなく、用いるプラズマ及び植物細胞の種類等により適宜調整され得るが、植物細胞への障害を抑えつつ、物質の導入効率をより高めるという観点から、好ましくは0.01〜3分であり、より好ましくは1〜30秒であり、さらに好ましくは1〜10秒であり、特に好ましくは2〜5秒である。
【0029】
さらに、プラズマ照射口から植物細胞までの距離としても特に制限はないが、プラズマはプラズマ発生部から離れた直後から失活を始めるので、プラズマ照射口からの距離は可能な限り短くすることが望ましい。一方、プラズマは、ガス流として排気される必要があり、また植物細胞が吹き飛ぶのを抑えつつ、それにまんべんなく照射することも望ましい。そして、当業者であれば、用いるプラズマ装置及びそのガス流、並びに植物細胞の種類及び大きさ等を考慮し、上記観点を両立すべく適宜調整し得、例えば、プラズマ照射口から植物細胞までの距離として5〜7mm程度が挙げられる。
【0030】
また、このようにしてプラズマ処理した植物細胞と、該細胞に導入する物質との接触開始時間としては、特に制限はないが、プラズマ処理による物質導入効率をより高めるという観点から、前記プラズマでの処理後0.01〜30分の間であることが好ましく、0.01〜5分の間であることがより好ましい。さらに、植物細胞と物質との接触時間についても特に制限はないが、物質の導入効率と植物細胞のその後の正常な生育の観点から、1分〜30時間であることが好ましい。
【0031】
プラズマ処理した植物細胞に物質を接触させる方法は、特に制限はなく、物質自体をそのまま植物細胞のプラズマ接触部に添加してもよいが、その物質の性状に応じて、導入を促進するための担体に担持、付加、混合又は含有させて添加してもよい。かかる担体としては、例えば、リポソーム等のリン脂質組成物、金属(金、タングステン等)、無機物(シリコン化合物等)から成る粒子やウイスカー、アルギン酸ビーズ、ウイルス性物質(例えばコートタンパク質)、細胞透過性ペプチド(CPP)が挙げられる。
【0032】
さらに、植物細胞と物質との接触は、物質(又は前記物質と担体との混合物等)を含有する溶液に添加若しくは当溶液中に植物細胞を浸漬することでも行える。このような溶液としては、植物細胞を生存させたまま維持できるものであれば特に制限はなく、例えば、緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、リン酸緩衝液(NaPO及びKPO)、HEPES緩衝液、トリス緩衝液、MES緩衝液、クエン酸緩衝液等)、培地(Murashige&Skoog(MS)培地等)が挙げられる。また、溶液中の物質の濃度としては、各物質の種類、導入する植物及びその組織の種類等により適宜調整され得るが、物質がタンパク質である場合、通常1〜100μg/mlであり、DNAである場合には通常1〜100μg/mlである。
【実施例】
【0033】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、後述の実験は、以下に示す材料及び方法を用いて行った。
【0034】
(植物)
本発明のプラズマ処理等に供する植物組織は以下のとおりに調製した。
【0035】
タバコ(Nicotiana tabacum cv.Samsun NN)は、その種子を土に播種し、25℃、明16時間/暗8時間サイクル下で栽培し、後述のプラズマ処理には、播種後4〜8週間の葉(成熟葉)を、約1.5〜2cmの四角片になるようペーパータオル上で切断して供した。また、葉片の維持培養には、Murashige&Skoog(MS)の1/2塩濃度の平板培地を用いた。
【0036】
イネ(日本晴)は、27℃、明16時間/暗8時間サイクル下で水道水を使って水耕栽培し、後述のプラズマ処理には、播種後2〜3週間の根を、約0.5〜3cmの長さになるようスライド上で切断して供した。
【0037】
シロイヌナズナ(Col−0)は、その種子を土に播種し、22℃、明12時間/暗12時間サイクル下で栽培し、後述のプラズマ処理には、播種後4〜8週間の葉(成熟葉)を切り取ったものをそのまま供した。
【0038】
(sGFP−CyaA融合タンパク質の調製)
本発明のプラズマ処理によって前記植物組織に導入されるタンパク質は、以下のとおりに調製した。
【0039】
すなわち先ず、アデニル酸シクラーゼ(CyaA)と、スーパーフォルダー緑色蛍光タンパク質(sGFP)と、Hisタグとを融合させてなるタンパク質(Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質)を調製した。より具体的にはsGFPをコードするDNA断片(配列番号:1)を、pGWB5(Nakagawa Tら、(2007)、Journal of Bioscience and Bioengineering 104,34−41.参照のほど)を鋳型として、BamHI−sGFP−Fプライマー(5’−TAGGATTCACCATGGTGAGCAAGGGCGAGG−3’、配列番号:2)及びEcoRI−sGFP−Rプライマー(5’−TAGAATTCCTTGTACAGCTCGTCCATGCCG−3’、配列番号:3)を用いたPCRにより増幅した。また、pENTR3C−sGFPベクターを調製するため、前記にて増幅して得られた断片をBamHI及びEcoRIにて処理した上で、pENTR3Cベクター(Invitrogen社製)に挿入した。次に、CyaAのオープンリーデングフレーム(ORF、配列番号4)において、そのN末端400アミノ酸をコードする部分を、pHMCyA(Furutani Aら、Mol Plant Microbe Interact.(2009)Jan;22(1):96−106.参照のほど)を鋳型として、EcoRI−Cya−Fプライマー(5’−TAGAATTCATGCAGCAATCGCATCAGGC−3’、配列番号:5)及びXhoI−stop−Cya1200Rプライマー(5’−TCACTCGAGCTACTGGCGTTCCACTGCGCCC−3’、配列番号:6)を用いたPCRにより増幅した。このようにして増幅した断片をEcoRI及びXhoIにて処理し、pENTR3C−sGFPに挿入することにより、pENTR3C−sGFP−CyaAを調製した。次いで、該プラスミドをBamHI及びXhoIによって処理し、sGFP−CyaAのN末に6×ヒスチジン(Hisタグ)を融合させるため、その処理断片(sGFP−CyaA断片)をpET28aベクター(Novagen社製)に挿入し、pET28a−sGFP−CyaAプラスミドを調製した。
【0040】
また、さらに細胞透過性ペプチド アルギニン8アミノ酸(R8、配列番号:7)を融合させた、Hisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質を調製するため、R8をコードするDNA断片を、1本鎖DNA EcoRI−R8−stop−XhoI−FとXhoI−stop−R8−EcoRI−Rとをアニーリングさせることにより調製し、EcoRIとXhoIによって処理したpENTR3C−sGFPに挿入した。CyaAのN末端400アミノ酸をコードするORFを、pHMCyAを鋳型として、EcoRI−Cya−Fプライマー及びEcoRI−Cya1200Rプライマー(5’−TCGAATTCCTGGCGTTCCACTGCGCCC−3’、配列番号:8)を用いたPCRにより増幅した。このようにして増幅した断片をEcoRIによって処理し、EcoRIにて処理したpENTR3C−sGFP−R8に挿入した。次に、このようにして得られたプラスミドを更にBamHI及びXhoIによって処理することにより、sGFP−CyaA−R8断片を切り出し、それをpET28aベクターに入れ換え、pET28s−sGFP−CyaA−R8プラスミドを調製した。
【0041】
以上のとおりにして調製したプラスミド pET28a−sGFP−CyaA及びpET28a−sGFP−CyaA−R8を、大腸菌 BL21(DE3)に導入した。そして、これら大腸菌を培養することにより、これらプラスミドがコードする融合タンパク質 Hisタグ融合sGFP−CyaA及びHisタグ融合sGFP−CyaA−R8を各々発現させ、Hisタグタンパク質精製用クロマトグラフィー担体(GEヘルスケア社製、製品名:Niセファロースハイパフォーマンス)を用い、その説明書に記載の方法により、精製した。
【0042】
なお、これら精製タンパク質が、所望の融合タンパク質であることは、CBB染色及び抗GFP抗体(Abcam社製)を用いたイムノブロットにより、確認している(図2 参照)。
【0043】
(プラズマ処理)
プラズマ処理は、Takamatsu T,Hirai H,Sasaki R,Miyahara H,Okino A (2013)「大気ダメージフリーマルチガスプラズマジェット源を用いた、ポリイミドフィルムの表面親水化」IEEE Trans.Plasma Sci 41:119−125、及び、Oshita T,Kawano H,Takamatsu T,Miyahara H,Okino A (2015)「温度制御可能な大気プラズマ源」IEEE Trans Sci43:1987−1992に記載の方法に沿って行った。
【0044】
より具体的には、図1に示すとおり、プラズマ発生装置(株式会社プラズマコンセプト東京社製、ダメージフリーマルチガスプラズマジェット(ダメージフリープラズマ(日本登録商標第5409073号)、マルチガスプラズマ((日本登録商標5432585号)、製品番号:PCT−DFMJ02))の装置本体を接地し、装置本体より、所定の高電圧をプラズマ発生部の内部高圧電極を供給した。所定の高電圧とは、10〜30kHz及び最大9kVの変調された交流電圧であり、こうした電力がプラズマ発生部に供給され、グロー放電を発生させ、さらにアルゴン、水素、二酸化炭素、窒素、酸素、空気(Air)、及びそれらの混合気体等をガス種として、5L/分の流速にて1mm穴に通すことにより、安定した大気圧プラズマを生成した。
【0045】
なお、このようにして生成されたプラズマの温度(プラズマ照射口から5mmの所の温度)は、熱電対測定の結果、50℃以下であった。より低温(約20〜30℃)のプラズマを生成するため、液体窒素を用いた気体冷却装置により気体を冷却した。
【0046】
そして、上記のとおりにして調製した植物組織の直上5mmの所に照射口を設置し、プラズマ処理を施した。その後、前記精製融合タンパク質を含む又は含まないPBS溶液を、当該植物組織に接触させた。
【0047】
(cAMP酵素免疫アッセイ)
CyaAタンパク質は、細胞質に存在するカルモジュリンタンパク質及びATP依存的に、サイクリックAMP(cAMP)の産生を触媒する酵素である。そのため、CyaAを含む融合タンパク質を細胞内に導入した場合、その細胞のcAMP量を測定することにより、導入された該タンパク質量を評価することができる。
【0048】
そこで、前記プラズマ処理によって植物組織に導入された融合タンパク質を定量的に解析するため、cAMP量を、cAMPバイオトラック酵素免疫アッセイ(EIA)システム(アマシャム社製)を用い、その添付の説明書の方法に従って測定した。
【0049】
より具体的には、本発明の方法によりタバコの葉を処理した後、当該葉から直径13mmのリーフディスクを調製し、それを液体窒素と共に乳棒と乳鉢にてすり潰し、さらに、得られた粉末を、6%(w/v)トリクロロ酢酸 320μLにて処理した。次いで、200μLのホモジネートを4℃、2000gにて、15分間遠心した。得られた上清は、水で飽和した5倍量のジエチルエーテルにて4回洗浄した。次に、残った水抽出物を、55℃にて真空乾燥機により乾燥させた。そして、乾燥抽出物を、キット付属の200μLアッセイ用バッファーに溶解させ、各溶解抽出物の40μLをcAMP酵素免疫アッセイに供した。
【0050】
(共焦点顕微鏡)
植物組織に導入された融合タンパク質を解析するため、当該タンパク質に含まれるGFPが発する蛍光を検出した。具体的には、共焦点レーザー走査型顕微鏡FV−300及びフルオビューソフトウェア(共にオリンパス社製)を用いて、GFP画像、内在蛍光及び明視野像を取得した。
【0051】
(実施例1)
プラズマ処理による、タバコの葉へのタンパク質導入
低温(20〜30℃)マルチガスプラズマジェットを用いてプラズマ処理(照射時間:2〜30秒)したタバコ葉を、その照射を施してから1〜5秒後にHisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質含有PBS溶液に浮かべ、インキュベーションした(インキュベーション時間:12〜24時間、タンパク質溶液の濃度:50μg/ml、溶液量:400μl)。そして、当該インキュベーションしてから12〜24分後に共焦点顕微鏡によりGFPタンパク質由来の蛍光シグナルを検出した。なお、マルチガスプラズマジェットのガス源としては、CO、O、HとArとの混合ガス(体積百分率:5%H及び95%Ar)、Nを用いた。
【0052】
その結果、図3に示すとおり、いずれのガス源を用いてもプラズマ処理を行うことによって、タバコの葉にタンパク質を導入できることが明らかになった。特に驚くべきことは、特許文献1及び2において開示されているように細胞を物質存在下でプラズマ処理せずとも、植物細胞においては、プラズマ処理を施してから時間をおいて物質を接触させても、当該物質が細胞に導入されることが明らかになった。
【0053】
次に、導入効率の良いガス源を更に選択するため、前記同様、CO、O、HとArとの混合ガス、Nをガス源として用い発生させたプラズマによりタバコの葉を処理し、当該葉における、cAMP量を定量的に解析した。
【0054】
その結果、図4に示すとおり、図3同様に、いずれのガス源を用いてもプラズマ処理を行うことによって、タバコの葉にタンパク質が導入されていることが確認された。特に、CO又はNから発生させたプラズマにより処理することによって、その処理時間を問わず、cAMP量は、それらガス処理によるcAMP量(コントロール)と比較して、有意に増加した。O、HとArとの混合ガスに関しては、発生させたプラズマにより20秒又は30秒処理することによってcAMP量の増加が認められたが、5秒又は10秒の処理時間ではコントロールとの差が認められ難い傾向にあった。
【0055】
(実施例2)
プラズマ処理による植物細胞への影響についての検証
CO又はNから発生させたプラズマは、微生物を不活化する能力があることが明らかになっている(Takamatsu T,Uehara K,Sasaki Y,Hidekazu M,Matsumura Y,Iwasawa A,Ito N,Kohno M,Azuma T,Okino A(2015)「マルチガスプラズマジェットによって誘導される、液相における微生物不活性化」PLoS One 10:e0135546.参照のほど)。
【0056】
また、物質の存在下にて哺乳動物細胞にプラズマを照射することによって、当該物質がその細胞内に導入されたことが報告されているものの、プラズマ処理は通常細胞に障害をもたらすものであり、例えば照射後の細胞の生存率は半分以下であることが示されている(特許文献2の[0076]欄の記載参照のほど)。そこで、これらプラズマが植物組織にダメージを与えるか否かについて調べた。具体的には、COプラズマ又はNプラズマによって2秒又は5秒、タバコの葉を処理し、その後6日間当該葉における形態を観察した。
【0057】
その結果、図5に示すとおり、プラズマ処理を施してから6日間経過しても、タバコの葉において有意なダメージは観察されなかった。したがって、かかるプラズマ処理は植物組織に障害をもたらさないことが明らかになった。
【0058】
(実施例3)
CPPを用いない、プラズマ処理によるタバコの葉へのタンパク質導入
本願出願前において、植物細胞への物質導入に関してはタンパク質導入が特に難しく、florigenタンパク質等と細胞透過性ペプチド(CPP)との懸濁液に、植物の茎頂分裂組織等を曝露することによって、当該タンパク質をこれら組織の細胞に導入できたことが報告されている(国際公開2013/118863号 参照のほど)。さらに、シリンジを用いたインフィルトレーションによって、ポリカチオン配列を含むCPPとタンパク質等との複合体を植物細胞に導入できたことも報告されている(Ng KKら、(2016)、PLoS One 11:e0154081.、国際公開2013/129698号 参照のほど)。また、プラズマ処理による哺乳動物細胞への物質導入において、CPPがその導入効率を促進することも示されている(特許文献2の[0082]欄の記載参照のほど)。
【0059】
そこで、プラズマ処理による植物細胞へのタンパク質導入において、CPPが必要であるか否かについて調べるため、COプラズマ又はNプラズマによりタバコの葉片を処理した後、上記Hisタグ融合sGFP−CyaA−R8タンパク質含有PBS溶液の代わりに、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質含有PBS溶液に浮かべ、インキュベーションし、当該融合タンパク質導入の有無について検出した。
【0060】
図6に示した結果から明らかなとおり、COプラズマ又はNプラズマによって処理した細胞のいずれにおいてもGFP由来の蛍光が検出された。さらに、図7に示すとおり、COプラズマ処理によって、そのガスにより処理した場合に比べて約4.0倍cAMP量は有意に増加した。またNプラズマ処理によって、そのガスにより処理した場合に比べて約1.3倍とcAMP量は有意に増加した。
【0061】
なお、プラズマ処理によるHis−sGFP−CyaA導入によって本当にcAMP量が増加していることを確認するため、プラズマ処理後タンパク質を添加しない葉片において、cAMP量を測定した。その結果、予期したとおり、プラズマ処理と未処理との間に有意な差は認められなかった(図7のC 参照)。
【0062】
以上の結果から、プラズマ処理による植物細胞へのタンパク質導入において、CPPは必要でないことが明らかになった。特に驚くべきことは、植物細胞は細胞壁を備えているため、哺乳動物細胞より物質導入が困難であるにも関わらず、かかる方法によれば、CPPを用いることなく、植物細胞に物質を導入できることが明らかになった。
【0063】
また、ガス種をCO及びNからAir(体積百分率:80%N及び20%O)に代え、同様にプラズマ処理したタバコの葉におけるHisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質の導入の有無を解析した。その結果、図8に示すとおり、Airプラズマ処理(2秒)によっても、CPPを要することなく、タンパク質を植物細胞内に導入できることが明らかになった。
【0064】
(実施例4)
プラズマ処理による、イネの根及びシロイヌナズナの葉へのタンパク質導入
上述のタバコの葉同様に、他の植物、他の組織に対しても、プラズマ処理によってタンパク質を導入できることを確認すべく、イネの根及びシロイヌナズナの葉をプラズマ処理(処理時間:2〜5秒)することにより、タンパク質導入を試みた。なお、導入を試みたタンパク質は、Hisタグ融合sGFP−CyaAタンパク質である。
【0065】
その結果、図9に示した結果から明らかなとおり、いずれの植物及び組織においてもGFP由来の蛍光が検出されたことから、本発明の方法は、植物及びその組織の種類を問わず、タンパク質を導入できることが確認された。
【0066】
(実施例5)
プラズマ処理による、植物細胞へのDNA導入
上述のタンパク質同様、本発明の方法によりDNAも植物細胞に導入されることを、以下の記載のとおり確認する。
【0067】
具体的には、植物細胞に導入されるDNAとしては、レポーター遺伝子をコードするプラスミドDNAを用いる。なお、レポーター遺伝子として、より具体的には、緑色蛍光タンパク質(sGFP)をコードするP35S−sGFP−TNOS、βグルクローニダーゼ(GUS)をコードするP35S−GUS−TNOS、ルシフェラーゼ(LUC)をコードするP35S−LUC−TNOSプラスミドDNAが用いられる。また、ここで、P35Sは、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター配列を意味し、TNOSはアグロバクテリウムのノパリンシンターゼ遺伝子のターミネーター配列を意味する。
【0068】
そして、上述のタンパク質同様に、タバコの葉、イネの根、シロイヌナズナの葉について各切片を調製し、当該切片にNプラズマ又はCOプラズマを2〜5秒照射する。次いで、前記プラスミドDNAを1〜100μg/mlの濃度で含むPBS溶液に前記切片を浸す。その後、当該切片を寒天培地上に置き、27℃で1〜5日間維持する。
【0069】
プラスミドDNAの導入は、細胞内へ導入されたレポーター遺伝子が核内へと移行し、転写翻訳されてレポーター遺伝子によってコードされるタンパク質が細胞内で発現することを指標として確認する。sGFPタンパク質の発現は、27℃で維持した切片を共焦点顕微鏡で観察することで検出する。GUSタンパク質の発現は、27℃で維持した切片を発色基質であるX−GLUCで処理し、青色の発色として実体顕微鏡で観察する。LUCタンパク質の発現は、27℃で維持した切片をLUCの基質であるルシフェリンで処理し、高感度CCDカメラ(LAS−3000)等で化学発光を検出する。
【0070】
実際、上述のタンパク質同様に、タバコの葉について切片を調製し、当該切片にCOプラズマを5秒照射した。次いで、後述のプラスミドDNA(pUGW2−sGFP)を20μg/mlの濃度で含む1/4xPBS溶液に前記切片を浸した。その3〜8時間後に、当該切片をカルス形成培地[1xムラシゲ・スクーグ(MS)、1xMSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン,0.5μg/ml 塩酸ピリドキシン,0.5μg/ml ニコチン酸,2μg/ml グリシン,100μg/ml ミオイノシトール),0.1μg/ml α−ナフタレン酢酸,1μg/ml 6−ベンジルアミノプリン,30g/L スクロース,200μg/ml セフォタックス,8.5g/Lアガー,pH5.8]上に置き、室温で一晩おいた。その後、28℃、明16時間/暗8時間サイクル下に移してさらに1日間生育させ、前記切片におけるsGFPタンパク質の発現を、共焦点顕微鏡で観察することによって、検出を試みた。また、対照群として、前記COプラズマ処理の代わりにCOガス処理を施したもの、及びCOプラズマ処理後、下記プラスミドDNA(pUGW2−sGFP)を接触させなかったものも用意し、これら切片においてもsGFPタンパク質の発現の検出を試みた。得られた結果を図10に示す。
【0071】
なお、導入したプラスミドDNA(pUGW2−sGFP)は、以下のようにして調製した。sGFPをコードするDNA断片(配列番号:1)を、上記pGWB5を鋳型として、EcoRI−sGFP−Fプライマー(5’−TAGGAATTCATGGTGAGCAAGGGCGAGG−3’、配列番号:9)及びXhoI−sGFP−Rプライマー(5’−AGTCTCGAGTTACTTGTACAGCTCGTCCATGC−3’、配列番号:10)を用いたPCRにより増幅した。次いで、増幅した断片をEcoRI及びXhoIにて処理し、pENTR3C(Invitorogen−Thermo Fisher Scientific社製)のEcoRIとXhoIサイトに挿入し、pENTR−sGFPエントリークローンを作製した。さらに、GatewayのLRクロナーゼ反応で、pUGW2デスティネーションベクター(Nakagawa et al(2007) Journal of Bioscience and Bioengineering 104,34−41.参照のほど)にsGFPを挿入することにより、pUGW2−sGFPを調製した。
【0072】
図10に示した結果から明らかなとおり、プラズマ処理を施したタバコの葉においてGFP由来の蛍光が検出されたことから、本発明の方法によれば、タンパク質のみならずDNAも、CPP等を特段用いることなく、植物細胞に導入できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上説明したように、本発明によれば、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、簡便かつ高効率にて物質を導入することが可能となる。
【0074】
したがって、本発明の方法によれば、植物細胞等の表現型の変化により、導入した物質(遺伝子、タンパク質等)の機能を解析できるため、基礎研究において非常に有用である。また、このような物質導入により新たな機能が付加された植物細胞は、バイオマス、機能性食材、医薬品材料等の生産・開発の場としても非常に有用であるため、本発明は、様々な産業用途においても多大な貢献をもたらすものである。
【符号の説明】
【0075】
1…プラズマ発生装置、2…ガス供給部、3…電力供給部、4…ガス冷却装置、5…プラズマ、6…試料。
【配列表フリーテキスト】
【0076】
配列番号:1
<223> スーパーフォルダー緑色蛍光タンパク質の遺伝子配列
配列番号:2
<223> 人工的に合成されたプライマー(BamH1−sGFP−F)の配列
配列番号:3
<223> 人工的に合成されたプライマー(EcoR1−sGFP−R)の配列
配列番号:4
<223> アデニル酸シクラーゼ
配列番号:5
<223> 人工的に合成されたプライマー(EcoR1−Cya−F)の配列
配列番号:6
<223> 人工的に合成されたプライマー(Xho1−Stop−Cya1200R)の配列
配列番号:7
<223> 細胞透過性ペプチド アルギニン8アミノ酸の配列
配列番号:8
<223> 人工的に合成されたプライマー(EcoR1−Cya1200R)の配列
配列番号:9
<223> 人工的に合成されたプライマー(EcoRI−sGFP−F)の配列
配列番号:10
<223> 人工的に合成されたプライマー(XhoI−sGFP−R)の配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]