【課題を解決するための手段】
【0014】
前記したように、サファイア基材を用いて、高性能、長寿命の半導体デバイスを作製するためには、表面の転位密度が低く制御された窒化物半導体基板を製造する必要があるが、ELOG法では大面積化を図ることができず、窒化物半導体基板の大型化を図ることが難しい。
【0015】
本発明者は、Euが添加されたGaN(Eu添加GaN層)を発光層とする赤色発光ダイオードの作製に世界に先駆けて成功しているが、その過程において、サファイア基材上に、ドーピング材料が添加されていないアンドープGaN層(ud−GaN層)、ドーピング材料としてEuが添加されたGaN層(Eu添加GaN層)の順に積層して多層化された窒化物半導体層では、転位密度が低下していることを見出した。
【0016】
この知見に基づき、本発明者は、このような積層構造を窒化物半導体基板に適用することができれば、転位密度を十分に低下させて、高性能、長寿命の半導体デバイスの作製が可能になると考え、種々の実験と検討を行った。
【0017】
その結果、このような積層構造を採用した場合、Eu添加GaN層におけるEu添加量が1原子%程度、具体的には、0.01〜2原子%という不純物レベルともいえる少量であっても、劇的に転位密度が低下して、10
6cm
−2オーダー以下の転位密度という高性能、長寿命の半導体デバイスの作製に好適な低転位密度の窒化物半導体基板が得られるという驚くべき結果を得た。
【0018】
具体的には、積層構造とすることにより、サファイア基材からの貫通転位がEu添加GaN層を通過する際にその方向が曲げられて表面まで達することがなくなり、サファイア基材上に作製された窒化物半導体基板でありながらも、転位密度が劇的に低下することを見出した。
【0019】
そして、ud−GaN層とEu添加GaN層との好ましい積層方法について、さらに、実験と検討を進めたところ、以下の知見を得た。
【0020】
即ち、積層回数を1回とする場合には、ud−GaN層の上に積層されるEu添加GaN層の厚みの増加に比例して転位密度が低下し、総厚が3μm以下という薄さでありながら、十分に転位密度が低下した窒化物半導体基板を提供することができることを見出した。
【0021】
一方、積層回数を複数回にして、窒化物半導体層を超格子構造の窒化物半導体層とした場合には、Eu添加GaN層の厚みがud−GaN層厚みの1/10程度であっても、積層回数の増加に比例して転位密度が低下することを見出した。そして、このような超格子構造とすることにより、総厚が3μm以下という薄さでありながら、十分に転位密度が低下した窒化物半導体基板を提供することができることが分かった。
【0022】
そして、ud−GaN層とEu添加GaN層との積層は、ELOG法と異なり、サファイア基材上の全面で行うことができるため、窒化物半導体層の大面積化を実現することができ、窒化物半導体基板の大型化を図ることができる。
【0023】
なお、このような積層構造を形成させることによってサファイア基材からの貫通転位がEu添加GaN層において曲げられて表面まで達することがなくなり、転位密度が低下した理由としては、以下のように推測される。
【0024】
即ち、Eu添加GaN層においては、EuがGaと置換する形で導入されるが、Euの原子半径はGaに比べて約1.5倍大きいために、Gaと置換されたEuの周囲に歪が生じて、非晶質部分が形成される。その結果、貫通転位等の転位はEu添加GaN層で直線的に伝播されなくなり、表面の転位密度が低下したと推測される。
【0025】
上記においては、窒化物としてGaN、添加元素としてEuを挙げて説明したが、窒化物としては、GaN以外のAlN、InN等のいわゆるGaN系の窒化物(InGaNやAlGaN等の混晶を含む)であっても同様に扱うことができる。そして、添加元素としてはEuに限定されず、Sc、Y、およびLaからLuまでのランタノイド系元素を総称した希土類元素であれば、同様に転位密度が十分に低下した窒化物半導体基板を提供することができる。
【0026】
また、基材としては、サファイアの他に、SiCやSiを用いてもよく、また、厚みの薄いGaNを基材として用いてもよい。SiCは安価であり、かつ熱伝導性が高く放熱性に優れているため、高パワーの半導体デバイス製造に好適な窒化物半導体基板を安価に提供することができる。そして、Siは大きなサイズの基材を容易に入手することが可能であるため、大型化された窒化物半導体基板を提供することができる。また、厚みの薄いGaNを基材として用いることにより、GaNバルク基板を安価に提供することができる。
【0027】
以上のように、本技術によれば、基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板において、窒化物半導体層を局所的な歪が異なる2以上の窒化物層を用いて交互に積層された構造に形成することにより、基材側からの転位の少なくとも一部が曲げられて、表面に到達するまでに消滅させることができる。その結果、窒化物半導体層の表面における転位密度が、高性能、長寿命の半導体デバイスの作製に好適とされる10
6cm
−2オーダー以下にまで低下した窒化物半導体基板を提供することができる。
【0028】
また、基材上に形成された窒化物半導体層を基材から取り外すことにより、取り外された窒化物半導体層を窒化物半導体バルク基板として用いることができる。
【0029】
請求項1〜14に記載の発明は上記の知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板であって、
前記窒化物半導体層が、
ドーピング材料が添加されていない厚み0.1〜50nmのアンドープ窒化物層と、
ドーピング材料として希土類元素が添加された厚み0.1〜2000nmの希土類元素添加窒化物層とが1回積層されて形成されており、
前記窒化物半導体層の表面における転位密度が10
6cm
−2オーダー以下であることを特徴とする窒化物半導体基板である。
【0030】
そして、請求項2に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板であって、
前記窒化物半導体層が、
ドーピング材料が添加されていない厚み0.1〜50nmのアンドープ窒化物層と、
ドーピング材料として希土類元素が添加された厚み0.1〜200nmの希土類元素添加窒化物層とが複数回積層されて超格子構造に形成されており、
前記窒化物半導体層の表面における転位密度が10
6cm
−2オーダー以下であることを特徴とする窒化物半導体基板である。
【0031】
また、請求項3に記載の発明は、
積層回数が2〜300回であることを特徴とする請求項2に記載の窒化物半導体基板である。
【0032】
また、請求項4に記載の発明は、
前記窒化物半導体層における窒化物が、GaN、InN、AlN、またはこれらのいずれか2つ以上の混晶であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板である。
【0033】
また、請求項5に記載の発明は、
前記希土類元素が、Euであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板である。
【0034】
また、請求項6に記載の発明は、
前記Euの添加量が、0.01〜2原子%であることを特徴とする請求項5に記載の窒化物半導体基板である。
【0035】
また、請求項7に記載の発明は、
総厚が3μm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板である。
【0036】
また、請求項8に記載の発明は、
前記基材がサファイア、SiC、Si、GaNのいずれかであることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板である。
【0037】
また、請求項9に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板であって、
前記窒化物半導体層が、局所的な歪が異なる厚み0.1〜50nmのアンドープ窒化物層および厚み0.1〜2000nmの希土類元素添加窒化物層が交互に1回積層された構造を有しており、
前記窒化物半導体層の表面における転位密度が10
6cm
−2オーダー以下であることを特徴とする窒化物半導体基板である。
【0038】
また、請求項10に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板であって、
前記窒化物半導体層が、局所的な歪が異なる厚み0.1〜50nmのアンドープ窒化物層および厚み0.1〜200nmの希土類元素添加窒化物層が交互に複数回積層された超格子構造を有しており、
前記窒化物半導体層の表面における転位密度が10
6cm
−2オーダー以下であることを特徴とする窒化物半導体基板である。
【0039】
また、請求項11に記載の発明は、
基材側からの転位の少なくとも一部が、前記窒化物半導体層の前記交互に積層された構造において曲げられて、表面に到達するまでに消滅していることを特徴とする請求項9または請求項10に記載の窒化物半導体基板である。
【0040】
また、請求項12に記載の発明は、
前記窒化物半導体層が、前記基材から取り外されて窒化物半導体バルク基板として形成されていることを特徴とする請求項9ないし請求項11のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板である。
【0041】
そして、上記した本発明に係る窒化物半導体基板は、十分に転位密度が低下した窒化物半導体基板であるため、発光デバイスだけでなく、高周波デバイスや高出力デバイスにも好適に使用することができる。
【0042】
即ち、請求項13に記載の発明は、
請求項1ないし請求項12のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板を用いて作製されていることを特徴とする半導体デバイスである。
【0043】
また、請求項14に記載の発明は、
発光デバイス、高周波デバイス、高出力デバイスのいずれかであることを特徴とする請求項13に記載の半導体デバイスである。
【0044】
上記した本発明に係る窒化物半導体基板は、有機金属気相エピタキシャル法(OMVPE法)を用いて、900〜1200℃の温度条件で、途中で反応容器から取り出すことなく一連の工程で、ドーピング材料が添加されていないアンドープ窒化物層と、ドーピング材料としてEuなどの希土類元素が添加された希土類元素添加窒化物層とを、サファイア等の基材上に積層させることにより製造することができる。
【0045】
窒化物層の成長に際して、その成長温度を高くすると、表面まで貫通した転位によるピット(穴)が大きくなり、転位密度を十分に低減させることができない。一方、温度を低くすると、ピットが小さくなり転位密度を十分に低減させることができる。
【0046】
このため、本発明においては、窒化物層の成長温度を900〜1100℃に設定する。このような温度条件とすることにより、希土類元素添加窒化物層を通過して表面まで達した転位によるピットを小さくさせることができ、さらに、Euなどの希土類元素を窒化物を構成するGaやAl、Inと確実に置換させて添加することができるため、十分に転位密度を低下させた窒化物半導体基板を製造することができる。
【0047】
そして、アンドープ窒化物層と希土類元素添加窒化物層の形成は、GaN結晶の成長に際してEuなどを添加するか否かで行うことができるため、反応容器から取り出すことなく一連の工程で行うことができ、高い生産効率で、大型化された窒化物半導体基板を安価に製造することができる。
【0048】
即ち、請求項15に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板の製造方法であって、
基材上にGaN、InN、AlN、またはこれらのいずれか2つ以上の混晶を成長させて、ドーピング材料が添加されていないアンドープ窒化物層を0.1〜50nmの厚みに形成する工程と、
前記アンドープ窒化物層の上に、GaN、InN、AlN、またはこれらのいずれか2つ以上の混晶を母体材料とし、ドーピング材料として希土類元素をGa、InあるいはAlと置換するように添加することにより、希土類元素添加窒化物層を0.1〜2000nmの厚みに形成する工程とを備えており、
前記2つの工程を、有機金属気相エピタキシャル法を用いて、900〜1200℃の温度条件の下で、反応容器から取り出すことなく一連の形成工程によって行うことを特徴とする窒化物半導体基板の製造方法である。
【0049】
そして、請求項16に記載の発明は、
基材上に窒化物半導体層が形成された窒化物半導体基板の製造方法であって、
基材上にGaN、InN、AlN、またはこれらのいずれか2つ以上の混晶を成長させて、ドーピング材料が添加されていないアンドープ窒化物層を形成する工程と、
前記アンドープ窒化物層の上に、GaN、InN、AlN、またはこれらのいずれか2つ以上の混晶を母体材料とし、ドーピング材料として希土類元素をGa、InあるいはAlと置換するように添加することにより、希土類元素添加窒化物層を0.1〜200nmの厚みに形成する工程とを備えており、
前記2つの工程を、有機金属気相エピタキシャル法を用いて、900〜1200℃の温度条件の下で、反応容器から取り出すことなく一連の形成工程によって、交互に、複数回繰り返し行うことを特徴とする窒化物半導体基板の製造方法である。
【0050】
前記したように、積層を繰り返して超格子構造の窒化物半導体層とすることにより、総厚が3μm以下という薄さでありながら、十分に転位密度が低下した窒化物半導体基板を製造することができる。
【0051】
また、請求項17に記載の発明は、
前記希土類元素として、Euを用いることを特徴とする請求項15または請求項16に記載の窒化物半導体基板の製造方法である。
【0052】
Euは、ランタノイド系の希土類元素の内でも、Gaと置換された際、周囲に歪みを生じさせて転位の伝播を抑制するに適切な原子半径を有しているため、効率的に表面の転位密度を低下させることができる。
【0053】
また、Euは、Eu化合物の入手が容易であるためドーピング材料として好ましい。
【0054】
また、請求項18に記載の発明は、
Euを、Eu{N[Si(CH
3)
3]
2}
3、Eu(C
11H
19O
2)
3、Eu[C
5(CH
3)
4(C
3H
7)]
2のいずれかにより供給することを特徴とする請求項17に記載の窒化物半導体基板の製造方法である。
【0055】
具体的なEu源としては、例えば、Eu[C
5(CH
3)
5]
2、Eu[C
5(CH
3)
4H]
2、Eu{N[Si(CH
3)
3]
2}
3、Eu(C
5H
7O
2)
3、Eu(C
11H
19O
2)
3、Eu[C
5(CH
3)
4(C
3H
7)]
2等を挙げることができるが、これらの内でも、Eu{N[Si(CH
3)
3]
2}
3やEu(C
11H
19O
2)
3、Eu[C
5(CH
3)
4(C
3H
7)]
2は、反応装置内での蒸気圧が高いため、効率的な添加を行うことができる。
【0056】
また、請求項19に記載の発明は、
前記基材として、サファイア、SiC、Si、GaNのいずれかを用いることを特徴とする請求項15ないし請求項18のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板の製造方法である。
【0057】
また、請求項20に記載の発明は、
さらに、基材上に形成された窒化物半導体層を前記基材から取り外して、窒化物半導体バルク基板とする工程を備えていることを特徴とする請求項15ないし請求項19のいずれか1項に記載の窒化物半導体基板の製造方法である。
【0058】
基材上に形成された窒化物半導体層を基材から取り外すことにより、窒化物半導体層を窒化物半導体バルク基板として用いることができる。