特許第6878917号(P6878917)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6878917水素発生用電極及びその製造方法並びにこれを用いた電気分解方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6878917
(24)【登録日】2021年5月7日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】水素発生用電極及びその製造方法並びにこれを用いた電気分解方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/04 20210101AFI20210524BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20210524BHJP
   C25B 1/16 20060101ALI20210524BHJP
   C25B 1/26 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   C25B11/08 A
   C25B1/10
   C25B1/16
   C25B1/26 A
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-13202(P2017-13202)
(22)【出願日】2017年1月27日
(65)【公開番号】特開2018-119199(P2018-119199A)
(43)【公開日】2018年8月2日
【審査請求日】2019年12月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】坂本 健二
(72)【発明者】
【氏名】末次 和正
(72)【発明者】
【氏名】土井 正治
【審査官】 菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−143389(JP,A)
【文献】 特開2018−016872(JP,A)
【文献】 特表2012−519770(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B1/00−15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材上に、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極であって、前記触媒層が、合金、アモルファス金属、金属酸化物又は金属水酸化物の状態であり、かつ、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中で設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVで測定したインピーダンスが0.1Hzで0.842Ω以上0.871Ω以下であり、触媒層の重量が、導電性基材の投影面積あたり、10g/m以上であることを特徴とする水素発生用電極。
【請求項2】
前記触媒層中のパラジウム含有量が1モル%以上55モル%以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素発生用電極。
【請求項3】
前記触媒層中のパラジウム含有量が4〜48モル%、ニッケル含有量が48〜4モル%、残部が白金であることを特徴とする請求項1に記載の水素発生用電極。
【請求項4】
白金塩、ニッケル塩、パラジウム塩を含む触媒層形成用液を導電性基材上に塗布、乾燥、熱分解して触媒層前駆体を形成後、還元処理し、触媒層を形成する水素発生用電極の製造方法であって、前記触媒層形成用液の塗布量を導電性基材の投影面積あたり13mL/m以上31mL/m以下に制御して塗布した後、乾燥、熱分解する工程を4回以上8回以下繰返し行うことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかの項に記載の水素発生用電極の製造方法。
【請求項5】
還元処理が、水又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気化学的還元処理であることを特徴とする請求項に記載の水素発生用電極の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項3のいずれかの項に記載の水素発生用電極を陰極として使用し、隔膜を挟んで陽極を配置した電解槽で水又はアルカリ金属塩化物水溶液を電気分解し、前記陰極上から水素ガスおよびアルカリ金属水酸化物水溶液を生成し、陽極上から酸素ガス又は塩素ガスを生成することを特徴とする電気分解方法。
【請求項7】
隔膜が陽イオン交換膜であることを特徴とする請求項に記載の電気分解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水の電気分解又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解に使用する水素発生用電極及びその製造方法並びにこれを用いた電気分解方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水又はアルカリ金属塩化物水溶液の電解工業は電力多消費型産業であり、省エネルギー化のために様々な技術開発が行われている。その省エネルギー化の手段とは、電解電圧の低減、及び/又は、電流効率の向上により、電解時に発生する電力ロスを削減することである。例えば、食塩電解工業において、電流効率は95%以上で操業されており、向上余地は少ない。それに対し、電解電圧は理論分解電圧の約2.3Vに対して3.0V前後で操業されており、電圧削減余地が大きく、電圧を削減するための研究開発が盛んに成されている。
【0003】
特に、過電圧の低減に関しては、その過電圧値が電極の触媒材料や電極表面のモルフォロジーに左右されることから、その改良についてこれまで多くの研究開発が行われてきた。例えば、イオン交換膜法食塩電解用陽極について、陽極過電圧の低減に盛んな研究開発が行われてきた結果、陽極過電圧が低く、耐久性に優れた寸法安定性電極[例えば、デノラ・ペルメレック株式会社製のDSE塩素発生用電極(登録商標)]が実用化された。
【0004】
一方、陰極過電圧を低減するための水素発生用電極、いわゆる活性陰極に関してもこれまで多くの提案がなされている。例えば、電気めっき法で導電性基材表面に、ニッケルと鉄、コバルト、インジウムとの組み合わせに加えてアミノ酸、カルボン酸、アミンなどの有機化合物を含んだ物質を担持した水素発生用電極が提案されている(特許文献1)。特許文献1の水素発生用電極は、被覆層の厚みとしては、薄すぎると十分な低水素過電圧性能が得られず、厚すぎると剥離しやすくなるので、20μm〜300μmが適当である([0011])。
【0005】
近年、陽極とイオン交換膜と陰極を密着させた、所謂、ゼロギャップ型イオン交換膜法電解槽が実用化されている。例えば、刻み巾が0.1mm以上1.0mm以下、短径が0.5mm以上5.0mm以下、長径が1.0mm以上10mm以下、板厚が0.1mm以上1.0mm以下であり、開口率が48〜60%であるエキスパンドメタルに電極触媒が担持されている水素発生用電極を用いることが提案されている(特許文献2)。この様な、薄く、開孔が小さいエキスパンドメタル(「エキスパンドメッシュ」とも言う)に電極触媒を担持する場合、被覆層が20μm〜300μmでは厚すぎるため、特許文献1記載の陰極を特許文献2記載のゼロギャップ電解槽で使用すると、これらの効果が発揮されない場合もある。
【0006】
近年、白金を含有する触媒を用いた水素発生用電極が提案されている。例えば、触媒層の重量は、1〜15g/m程度が最良であり、最適な厚さは0.1〜10μm程度の水素発生用電極であり(特許文献3[0036])、前記の特許文献2記載のゼロギャップ型イオン交換膜法電解槽にも好ましく用いることができ、盛んに研究開発が成されている。
【0007】
中でも、導電性基材上に、白金、ニッケルおよびパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極は、例えば、従来の白金系触媒の欠点とされていた電解液中の鉄イオンの被毒によって、水素過電圧が上昇することがなく、さらに、電解運転中や停止・起動操作中に流れる逆電流により触媒が剥離・脱落することもない優れた性能を発揮する(特許文献4[0047])。
【0008】
白金、ニッケルおよびパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極は、例えば、水素過電圧が70〜80mVである(特許文献4の表1)。これは従来技術に対し、十分な高性能と位置付けることが出来るが、環境保護の観点からは、更に水素過電圧を低減可能な技術が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3319370号公報
【特許文献2】特許第5583002号公報
【特許文献3】特許第5042389号公報
【特許文献4】特開2015−143389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、水又はアルカリ金属塩化物水溶液電解工業等で使用可能で、鉄イオンによる被毒の影響がなく、かつ、運転中や起動・停止中にも水素過電圧の上昇や担持物の脱落がなく、耐久性に優れた水素発生用電極であって、さらに、90℃の32wt%水酸化ナトリウム水溶液中で、6kA/mで測定した水素過電圧が70mV未満を示す、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は上記の課題を解決するために、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極について、鋭意検討を重ねた結果、水素過電圧が70mV未満を示す、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極が得られることを見出し、本発明に至ったものである。すなわち、本発明は、導電性基材上に、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極であって、前記触媒層が、合金、アモルファス金属、金属酸化物又は金属水酸化物の状態であり、かつ、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中で設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVで測定したインピーダンスが0.1Hzで0.9Ω以下であり、触媒層の重量が、導電性基材の投影面積あたり、10g/m以上であることを特徴とする水素発生用電極である。
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
本発明の水素発生用電極は、導電性基材上に、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなるものである。
【0014】
本発明の水素発生用電極では、水素発生に対する高い触媒活性を得るため、すなわち十分に低い水素過電圧を得るために、触媒層の中で、白金、ニッケル、パラジウムが、原子レベルで適度に分散できていることが望ましい。特にパラジウムは、白金及びニッケルに対して相互に親和性が高いので、この3成分を適度に分散させることに重要な役割を果たす。
【0015】
適度な分散状態を得るため、前記触媒層中のパラジウム含有量が1モル%以上55モル%以下であることが好ましい。
【0016】
また、さらに適度な分散状態を得るため、前記触媒層中のパラジウム含有量が4〜48モル%、ニッケル含有量が48〜4モル%、残部が白金であることが好ましい。
【0017】
本発明の水素発生用電極は、前記触媒層が、合金、アモルファス金属、金属酸化物又は金属水酸化物の状態のものである。これは、本発明の水素発生用電極では、金属塩の化合物の媒体を介し、様々な熱条件で触媒層が形成されるため、金属酸化物又は金属水酸化物の状態や、合金、アモルファス金属化した状態となるものであり、これらの状態が水素過電圧性能に影響を与えることはない。
【0018】
本発明の水素発生用電極は、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中で設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVで測定したインピーダンスが0.1Hzで0.9Ω以下である。当該インピーダンスが0.9Ωを超えると、水素過電圧が70mV以上を示し、本発明の効果が発揮されない。好ましくは0.88Ω以下であり、さらに好ましくは0.86Ω以下である。インピーダンスの下限値はなく、0.9Ω以下であれば如何なる値でも本発明の効果が発揮される。
【0019】
インピーダンスは複素数であり、インピーダンスをZ、Zの実数成分をZ’、虚数成分にマイナスを掛けた値をZ’’、虚数をiで示すと、Z=Z’−iZ’’となる。一般に、Z’を横軸にとり、Z’’を縦軸にとった図を、ナイキスト線図とよび、その形状から電極の電気化学特性が考察することが可能である。また、インピーダンスZは周波数で変化し、通常、周波数の対数を横軸に、インピーダンスの絶対値|Z|を縦軸にとった図で表示される。
【0020】
発明者らは、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極のインピーダンス特性について検討し、800Hz〜0.1Hzの周波数範囲にて、電解液:1mol/L 水酸化ナトリウム水溶液、参照電極:Hg/HgO、対極:Niコイル、測定温度:室温、設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVにて測定したインピーダンスのナイキスト線図が図2及び図4に示すように、二つの半円からなることを見出した。左側(高周波数側である)の半円は容量性半円に、右側(低周波数側である)の半円は拡散インピーダンスに帰属される(例えば、「電気化学インピーダンス法原理・測定・解析」板垣昌幸著、丸善株式会社発行、p131)。
【0021】
さらに、当該インピーダンス特性と水素発生過電圧について検討を重ね、拡散インピーダンスに帰属される半円の円弧の径が水素発生過電圧と強く相関していることを見出し、遂に、図1に示す通り、0.1Hzのインピーダンスで、白金、ニッケル及びパラジウムを主成分とする触媒層が担持されてなる水素発生用電極の水素発生過電圧が定まることを見出した。
【0022】
この理由は不明な点が多いが、発明者らは以下の様に推定している。すなわち、低周波数側のインピーダンス特性で拡散層厚みや拡散定数が定まる(例えば、「電気化学インピーダンス法原理・測定・解析」板垣昌幸著、丸善株式会社発行、p132)が、低周波数側のインピーダンスが小さいと、水素発生反応時の拡散層厚みが薄い及び/又は物質移動係数が大きい。その結果、インピーダンスが0.9Ω以下を有する本発明の水素発生用電極は、従来の水素発生用電極に比較し、水素発生反応がスムーズに進行し、特段に低い水素過電圧が得られると推定している。
【0023】
本発明の水素発生用電極は、触媒層の重量が、導電性基材の投影面積あたり、10g/m以上である。触媒層の重量が10g/m未満の場合は本発明の効果が得られず、水素発生過電圧が70mVを超える。その理由は不明であるが、例えば、特段に優れた水素過電圧性能を発現するのに必要な触媒活性点数を得るために、10g/m程度の触媒層の重量が必要であるものと推測している。優れた水素過電圧性能をより十分に発現するために、触媒層の重量は、12g/m以上が好ましく、14g/m以上であることがさらに好ましい。
【0024】
次に、本発明の水素発生用電極の製造方法について説明する。
【0025】
本発明の水素発生用電極の製造方法は、白金塩、ニッケル塩、パラジウム塩を含む触媒層形成用液を導電性基材上に塗布、乾燥、熱分解して触媒層前駆体を形成するものである。
【0026】
触媒層形成用液を導電性基材上に塗布、乾燥、熱分解して触媒層前駆体を形成する方法としては、例えば、熱分解法等があげられる。
【0027】
ここに、熱分解法とは、白金塩、ニッケル塩、パラジウム塩を含む触媒層形成用液を導電性基材上に塗布し、乾燥し、熱分解を行う一連の操作をいう。
【0028】
用いられる導電性基材は、例えば、ニッケル、鉄、銅、チタンやステンレス合金鋼が挙げられ、特にアルカリ性溶液に対して耐食性の優れたニッケルが好ましい。導電性基材の形状は、特に限定されるものではなく、一般に電解槽の電極に合せた形状でよく、例えば、平板、曲板等が使用可能である。
【0029】
また、用いられる導電性基材は、多孔板が好ましく、例えば、エキスパンドメタル、パンチメタル、網等が使用できる。
【0030】
導電性基材は、予め基材表面を粗面化することが好ましい。これは、粗面化によって接触表面積を大きくでき、基材と担持物の密着性が向上するためである。粗面化の手段としては特に限定されず、公知の方法、例えばサンドブラスト処理、蓚酸、塩酸溶液などによりエッチング処理し、水洗、乾燥する方法を用いることができる。
【0031】
用いられる触媒層形成用液は、白金塩、ニッケル塩、パラジウム塩を含むものである。
【0032】
白金塩は、塩化白金酸、ジニトロジアミン白金などを用いることができる。特にアンミン錯体を形成するジニトロジアンミン白金を用いると、還元処理後の白金合金の結晶子径を例えば200オングストローム以下まで微細化し、反応比表面積を増大させられるため好ましい。これは、前記ジニトロジアミン白金は熱分解温度が約550℃と高いために、熱分解中の白金の凝集を抑制し、熱分解後に白金とニッケルとパラジウムが均一に混合した被膜が得られ、還元処理により微細な結晶子系の合金が得られるためと推定される。
【0033】
ニッケル塩、パラジウム塩における塩としては特に限定されず、例えば、硝酸塩、硫酸塩、塩化物、炭酸塩、酢酸塩、スルファミン酸塩などを用いることができる。
【0034】
さらに、白金塩とニッケル塩とパラジウム塩を溶解させる場合の溶媒としては、担持物の表面積を高めるためには、これらの原料が完全に溶解できるものが好ましく、水、硝酸、塩酸、硫酸などの無機酸、酢酸溶液などの有機酸、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどの有機溶媒、あるいはこれらを混合物として用いることもできる。また、触媒形成用液中へ基材金属の溶解を抑制する目的で触媒形成用液のpHを調製して用いてもよく、担持物の表面積を高めるためにリシン、クエン酸などの錯塩を添加し、ニッケルおよびパラジウムを錯体化させてもよい。
【0035】
前記触媒層形成用液を導電性基材に塗布する方法は、例えば、白金塩とニッケル塩とパラジウム塩を含む触媒層形成用液を、刷毛などを用いて導電性基材に塗布してもよい。また、刷毛塗り以外にスプレー法、ディップコート法など、全ての既知の方法を好適に用いることができる。
【0036】
塗布後の乾燥温度は、例えば、200℃以下の温度で5〜60分間行えばよく、150℃以下の乾燥温度が好ましい。
【0037】
乾燥後の熱分解温度は200℃を超え700℃以下の範囲で5〜60分間行えばよいが、好ましくは350℃を超え500℃以下の範囲で行うとよい。例えば、ジニトロジアミン白金溶液を用いた場合、ジニトロジアミン白金の熱分解温度は550℃であり、500℃以下で熱分解を行うことで白金のシンタリングが抑制され、水素過電圧がより一層低い水素発生用電極を得ることができる。
【0038】
本発明の水素発生用電極の製造方法では、特に前記の塗布量を導電基材の投影面積あたり13mL/m以上31mL/m以下に制御して塗布した後、乾燥、熱分解する工程を4回以上8回以下繰返すことが重要である。導電基材の投影面積あたりの塗布量が13mL/mより少ない場合、及び/又は、塗布、乾燥、熱分解工程を繰り返す回数が9回以上となった場合、インピーダンスが0.9Ωを超える等、本発明の効果を得ることができない。逆に、塗布、乾燥、熱分解工程を繰り返す回数が3回未満の場合、最終的な触媒層重量が10g/m未満になる等、本発明の水素発生用電極が得られない。
【0039】
以上の通り、触媒層形成用液の塗布量が導電基材の投影面積あたり13mL/mより少ない場合、及び/又は、塗布、乾燥、熱分解工程を繰り返す回数が9回以上、或いは、3回未満の場合、本発明の水素発生用電極は得られず、水素過電圧は70mV以上となる。
【0040】
一方、塗布量が31mL/mを超えると、導電性基材へ触媒層形成用液が十分に保持できずに歩留まりが悪い、または導電性基材が多孔板の場合は孔の目詰まりを起こすなど、製造上の不具合があり、例え水素発生過電圧が70mVであっても、本発明の効果を十分に得ることはできない。
【0041】
なお、本発明では投影面積に孔の面積は考慮しない。例えば、1m×1mの無孔板の投影面積は1mであり、1m×1mの多孔板の投影面積も、開口率によらず、1mとする。
【0042】
導電性基材に無孔板を用いる場合、触媒形成用液は片面のみに塗布し、塗布した面を陽極に対面させ使用すればよい。
【0043】
一方、導電性基材に多孔板を用いる場合、触媒形成用液は、導電性基材の両面に、ほぼ均等に塗布すると、電解電圧がより低下する場合が有り好ましい。例えば、20mL/mを塗布する場合、片面に8〜12mL/mを塗布し、残りの12〜8mL/mを他面に塗布したり、片面のみに20mL/mを塗布し、乾燥、熱分解を行い、次の回に他面のみに20mL/mを塗布することができる。
【0044】
導電性基材が多孔板の場合、両面にほぼ均等に塗布することで電解電圧がより低下する場合がある理由は不明であるが、次の様に考えることが出来る。
【0045】
水素発生反応は触媒と電解液の接触部分で主に生じるが、触媒を片面に塗布するよりも、両面に塗布する方が、触媒量が同じでも、触媒と電解液の接触面積が広くなり易い。導電性基材が無孔板の場合、陽極と対面する逆の面は、電解電流が遮蔽され、水素発生反応は進行し難いため、触媒形成用液は片面に塗ることが好ましい。
【0046】
一方、導電性基材が多孔板の場合、導電性基材の孔を通り電解電流が陽極と対面する逆の面まで到達し易く、そのため、両面にほぼ均等に塗布することで電解電圧がより低下する場合があると考えられる。
【0047】
熱分解した後、担持物を金属状態に還元、合金化させることを目的とした還元処理を行う。還元処理方法は特に限定されないが、例えば、ヒドラジン、ギ酸、蓚酸などの還元力の強い物質との接触による化学還元法、白金とニッケルとパラジウムに対し、還元電位を与える電気化学的還元法等を用いることができる。効率的な処方として、電気化学的還元法であることが好ましく、水の電気分解又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解での電気化学的還元法であることがより好ましい。なお、本発明で言う「水の電気分解」とは、「純水の電気分解」ではなく、「NaOH、HCl、HSO等の電解質を含む水の電気分解」を意味する。
【0048】
例えば、電気化学還元法は白金とニッケルとパラジウムの還元に必要な電位を与える方法である。水溶液中の白金とニッケルとパラジウムの標準電極電位はすでに開示されており(「電気化学便覧」 第5版 丸善出版 第92〜95頁)、還元に必要な電位は標準電極電位から見積もることが可能である。
【0049】
熱分解後の担持物を金属状態に還元、合金化させるにあたり、電気化学的還元法が本発明の好ましい実施形態の一つである。
【0050】
この様にして得られる本発明の水素発生用電極は、水の電気分解又はアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解で、前記陰極上から水素ガス及びアルカリ金属水酸化物水溶液を生成し、陽極上から酸素ガス又は塩素ガスを生成することを特徴とする電解、すなわち、隔膜を挟んで陽極を配置した電解槽で水又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解する用途において、水素発生用電極として用いると、低水素過電圧が得られると共に、陰極液中に鉄イオンを混入させない特別な工夫をすることなく低過電圧特性を長期間安定に維持し、かつ、停止や再起動操作時に触媒が剥離や脱落を生じることもない、すなわち、水素過電圧性能と耐久性に極めて優れた水素発生用電極である。ここで、隔膜とは、代表的に、陽イオンを選択的に透過する陽イオン交換膜などが挙げられる。
【0051】
従って、水又は食塩などのアルカリ金属塩化物水溶液の電気分解工業分野において、水素発生用電極を本発明が提供する水素発生用電極に変更するのみで、当該電気分解工業の所要エネルギーを容易に低減可能となる。
【発明の効果】
【0052】
本発明によれば、初期の水素過電圧が十分に低く、かつ、耐久性に優れた水素発生用電極が容易に得られる。
【0053】
本発明の水素発生用電極は、従来の白金系触媒の欠点とされていた電解液中の鉄イオンの被毒によって、水素過電圧が上昇することがなく、さらに、電解運転中や停止・起動操作中に流れる逆電流により触媒が剥離・脱落することもない。そのため、白金が本来有する低水素過電圧特性を長期間に渡り安定に維持でき、特に年間数回の停止、再起動の際に流れる逆電流や陰極液中への鉄混入が余儀なくされる水又はアルカリ金属水溶液の電気分解工業等の所要エネルギーを大幅に削減可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
図1】実施例1〜4、及び、比較例1〜4のインピーダンス測定値と過電圧測定値の関係を示す図である。
図2】実施例1のナイキスト線図である。
図3】実施例1のインピーダンスの周波数特性を示す図である。
図4】比較例1のナイキスト線図である。
図5】比較例1のインピーダンスの周波数特性を示す図である。
【実施例】
【0055】
以下の実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【0056】
尚、各評価は下記に示す方法で実施した。
【0057】
<インピーダンス測定>
電極の0.1Hzにおけるインピーダンスは、1260型 インピーダンスアナライザー(Solartron社製)、及び、1287型 ポテンショスタット/ガルバノスタット(Solartron社製)を使用し、800Hz〜0.1Hzの周波数範囲で、以下の条件で測定した。
【0058】
電解液:1mol/L 水酸化ナトリウム水溶液
参照電極:Hg/HgO
対極:Niコイル
測定温度:室温
設定電位:1.0V vs Hg/HgO
電位振幅:5mV
なお、参照電極と測定電極はペルフルオロアルコキシフッ素樹脂製のチュープを用いて液絡させたが、該チューブの先端と測定電極との間隔を800Hzにおけるインピーダンスが0.43〜0.47Ωになるように調整した。
【0059】
<水素過電圧測定>
32wt%水酸化ナトリウム水溶液の電解液(容量約1L)を用いて、対極にNi、温度88℃、電流密度6.0kA/mの条件で10分間、水電解を行い、カレントインタラプター法により、水素過電圧を測定した。
【0060】
実施例1
導電性基材として、ニッケルエキスパンドメッシュ(1200mm×450mm)を用い、粗面化処理として、10wt%の塩酸溶液を用いて温度50℃で15分間エッチングした後、水洗、乾燥した。
【0061】
次いで、ジニトロジアンミン白金硝酸溶液(田中貴金属製)と硝酸ニッケル6水和物と硝酸パラジウム2水和物(小島化学薬品製)と水を用いて、白金が48モル%、ニッケルが48モル%とパラジウムが4モル%の触媒形成用液を調製した。
【0062】
次いで、この触媒形成用液を前記ニッケルエキスパンドメッシュにローラーを用いて全面に20mL/mの塗布量で塗布し、熱風式乾燥機内で80℃15分間乾燥後、箱型焼成炉を用いて空気流通下のもと400℃で15分間熱分解した。この一連の操作を6回繰り返し、電極を作製した。
【0063】
なお、触媒形成用液は片面に全触媒形成用液量の半分を塗布し、他方の面に残りの半分を塗布した。
【0064】
この電極の重量から、元の導電性基材の重量を差し引いて、最終的な触媒層の重量を測定したところ、16.4g/mであった。
【0065】
次にこの電極を切出し、初期水素過電圧を測定したところ68mVであった。続いて、0.1Hzにおけるインピーダンスを測定した。これらの結果を表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0066】
インピーダンスのナイキスト線図は、図2に示した通り、二つの半円で構成されており、インピーダンスの周波数特性は、図3に示した通り、低周波数側で立上り、0.1Hzのインピーダンスが最も高い値を示した。
【0067】
なお、触媒形成用液1mL当たりの触媒層の重量(最終的な触媒層の重量を塗布量×繰り返し回数で除した数値)は0.14g/mであった。
【0068】
【表1】
比較例1
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュにローラーを用いて全面に10mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を10回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0069】
インピーダンスのナイキスト線図は、図4に示した通り、実施例1と同様、二つの半円で構成されていた。左側の半円は実施例1と比較例1で同等であったが、右側の半円は径が実施例1よりも大きいものであった。
【0070】
また、インピーダンスの周波数特性は、図6に示した通り、実施例1と同様、低周波数側で立上るが、立ち上がりが急激であり、0.1Hzのインピーダンスは実施例1より高い値を示した。
【0071】
実施例2
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュにローラーを用いて全面に16mL/mの塗布量で塗布すること以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0072】
実施例2のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数特性は、図示していないが、実施例1と同様であった。
【0073】
実施例3
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュにローラーを用いて全面に30mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を5回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0074】
実施例3のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数特性は、図示していないが、実施例1と同様であった。
【0075】
実施例4
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュにローラーを用いて全面に25mL/mの塗布量で塗布すること以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0076】
実施例4のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数特性は、図示していないが、実施例1と同様であった。
【0077】
比較例2
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュ(60mm×60mm)に刷毛を用いて全面に10mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を8回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0078】
比較例2のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数特性は、図示していないが、比較例1と同様であった。
【0079】
比較例3
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュ(60mm×60mm)に刷毛を用いて全面に16mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を3回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0080】
比較例3のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数特性は、図示していないが、比較例1と同様であった。
【0081】
比較例4
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュ(60mm×60mm)に刷毛を用いて全面に13mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を10回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧を、まとめて表1に、0.1Hzにおけるインピーダンスと水素過電圧の関係を図1に示した。
【0082】
比較例4のインピーダンスのナイキスト線図及びインピーダンスの周波数応答は、図示していないが、比較例1と同様であった。
【0083】
表1から、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中で設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVで測定したインピーダンスが0.1Hzで0.9Ω以下であり、触媒層の重量が、導電性基材の投影面積あたり、10g/m以上である実施例1〜4では水素発生電極は、初期水素過電圧が70mV未満であるが、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中で設定電位:1.0V vs Hg/HgO、電位振幅:5mVで測定したインピーダンスが0.1Hzで0.9Ωより大きい、及び/又は、触媒層の重量が、導電性基材の投影面積あたり、10g/m未満の比較例1〜4では初期水素過電圧が70mVを超えており、本発明の水素発生用電極が特段に優れた性能を有することが明らかである。
【0084】
比較例5
実施例1と同様の触媒形成用液をニッケルエキスパンドメッシュ(60mm×60mm)に刷毛を用いて全面に35mL/mの塗布量で塗布することと一連の操作を4回繰り返すこと以外は、実施例1と同様に操作して電極を作製した。触媒形成用液量、一連の操作の繰返し回数の条件、最終的な触媒層の重量を、まとめて表1に示した(製造時の触媒担持効率が著しく悪かったため、0.1Hzにおけるインピーダンス、初期水素過電圧は測定しなかった)。
【0085】
触媒形成用液1mL当たりの触媒層の重量は0.07g/mlと、実施例1の約半分であり、製造時の触媒担持効率が著しく悪いことが明らかとなった。そのため、本製造方法は製造コスト面で著しく劣ることが明らかである。
【0086】
上記の全ての実施例、全ての比較例の結果から、触媒層形成用液の塗布量を導電性基材の投影面積あたり13mL/m以上31mL/m以下に制御して塗布した後、乾燥、熱分解する工程を4回以上8回以下繰返し行い製造された実施例1〜4は初期過電圧性能が特段に優れ、かつ、触媒担持効率にも優れるが、塗布量及び/又は繰り返し回数の条件を逸脱した条件で製造された比較例1〜5では、初期過電圧性能、及び/又は、触媒担持効率に劣ることが明らかである。
図1
図2
図3
図4
図5