特許第6882095号(P6882095)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6882095-白金族元素を含む沈殿物の回収方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6882095
(24)【登録日】2021年5月10日
(45)【発行日】2021年6月2日
(54)【発明の名称】白金族元素を含む沈殿物の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 11/00 20060101AFI20210524BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20210524BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20210524BHJP
【FI】
   C22B11/00 101
   C22B7/00 H
   C22B7/00 G
   C22B3/44 101B
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-124342(P2017-124342)
(22)【出願日】2017年6月26日
(65)【公開番号】特開2019-7052(P2019-7052A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2020年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
(72)【発明者】
【氏名】野呂 正
(72)【発明者】
【氏名】森下 志織
【審査官】 河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−160479(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第106636647(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第1400322(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
C01B 19/00
C01G 55/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で酸化還元電位を銀−塩化銀電極を参照電極として430〜500mVに達するまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収することを特徴とする、沈殿物の回収方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位を485〜495mVの範囲に調整することを特徴とする、請求項1に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項3】
前記塩酸酸性液の液温が70℃以上に制御されていることを特徴とする、請求項1または2に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項4】
前記ケトン類は酸化還元電位を450mV未満に低下させた後、再度酸化剤を添加して酸化還元電位を調整した後に添加されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項5】
前記酸化還元電位は酸化剤として硝酸、硝酸塩、過酸化水素、Fe(III)化合物、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩、亜セレン酸、亜セレン酸塩のいずれか一種以上、還元剤として二酸化硫黄、亜硫酸、亜硫酸塩のいずれか一種以上を添加することにより調整されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項6】
Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、塩酸酸性溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で塩酸酸性液中のSeの濃度2g/L以下になるまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収することを特徴とする、沈殿物の回収方法。
【請求項7】
前記ケトン類は対象液1Lに対して15mL以下添加することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項8】
前記ケトン類はアセトン、ヒドロキシアセトン、2−ブタノンのいずれかであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の沈殿物の回収方法。
【請求項9】
前記ケトン類を添加して15分以上撹拌した後に二酸化硫黄を供給することを特徴とする、請求項1〜8のいずれか一項に記載の沈殿物の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金族元素を含む沈殿物の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で99%以上の粗銅とした後に電解精製工程において純度99.99%以上の電気銅を生産する。近年では転炉においてリサイクル原料として電子部品由来の貴金属を含む金属屑が投入されており、銅以外の有価物は電解精製時にスライムとして沈殿する。
【0003】
このスライムには金、銀、白金、パラジウムのほかにもルテニウムやロジウム、イリジウムといった希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離−回収される。
【0004】
このスライムの処理には湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば特許文献1においてはスライムを塩酸−過酸化水素により銀を回収し、溶解した金は溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留して除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には希少金属イオン、テルル、セレンが含まれておりさらにこれら有価物を回収することが必要である。回収方法としては還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られる。
【0006】
なかでも特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法はコストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−316735号公報
【特許文献2】特開2004−190134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
二酸化硫黄を用いて有価物を回収する方法では溶解後に順次有価物を還元して回収するが、最終的に液中に残留する有価物も少なくない。もっとも、長時間にわたり加熱と二酸化硫黄供給を継続すればすべての有価物を回収できるが単位時間当たりの生産効率、エネルギーコストの問題がある。
【0009】
さらに強力な還元剤、例えばヒドラジンや亜鉛粉末を添加すれば大部分の有価物は回収できるが試薬コストや各種ガスの発生といった問題が生じる。また排水処理に要するコストも増加する。
【0010】
特にセレン、テルルはスライム処理の最終段階でほとんどすべてを回収することが好ましい。セレンとテルルには排出基準が設定されており、確実に回収しておく必要がある。排水処理工程では共沈法で処理されることが多く、共沈で回収された有価物は共沈剤を含んだスラッジであり、産業廃棄物として処理される。有価物を廃棄することになり好ましくない。
【0011】
ところがセレンやテルルは一定の頻度で二酸化硫黄による還元を受け難くなるケースが見られる。原因は不明であるがこの場合は長時間にわたり二酸化硫黄を供給するが生産効率が低下する。
【0012】
また液中にケトン基を持った化合物が一定濃度以上存在する場合、亜セレン酸は二酸化硫黄による還元を受け難くなる。ケトンは亜セレン酸を還元する能力を持つが過多な量は却って亜セレン酸の沈殿を抑制し、一定値以下まで下げる事が困難になる。この場合も排水基準を満足するために加熱による有機物の除去、液の希釈等更なる処理を持って対応しなければならない。
【0013】
さらには対象液がルテニウム、ロジウム等の有価物を含んでいる時は酸化還元電位の関係でセレンとテルルが還元を受けた後にこれらの有価金属は還元を受けて沈殿する。効果的にセレンとテルルを還元すれば有価金属の回収も滞りなく進行する。特にルテニウムはケトン類を添加した時に回収効率は高くなるため、セレンの回収効率とは相反する。
【0014】
本発明はこのような従来の事情を鑑み、銅製錬の電解スライム処理工程等で発生するSeと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する酸性液から、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を良好に分離して回収する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は一側面において、Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で酸化還元電位を銀−塩化銀電極を参照電極として430〜500mVに達するまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収することを特徴とする、沈殿物の回収方法である。
【0016】
本発明の沈殿物の回収方法は一実施形態において、前記酸化還元電位を485〜495mVの範囲に調整する。
【0017】
本発明の沈殿物の回収方法は別の一実施形態において、前記塩酸酸性液の液温が70℃以上に制御されている。
【0018】
本発明の沈殿物の回収方法は別の一実施形態において、前記ケトン類は酸化還元電位を450mV未満に低下させた後、再度酸化剤を添加して酸化還元電位を調整した後に添加される。
【0019】
本発明の沈殿物の回収方法は更に別の一実施形態において、前記酸化還元電位は酸化剤として硝酸、硝酸塩、過酸化水素、Fe(III)化合物、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩、亜セレン酸、亜セレン酸塩のいずれか一種以上、還元剤として二酸化硫黄、亜硫酸、亜硫酸塩のいずれか一種以上を添加することにより調整される。
【0020】
本発明は別の一側面において、Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、塩酸酸性溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で塩酸酸性液中のSeの濃度2g/L以下になるまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収する沈殿物の回収方法である。
【0021】
本発明の沈殿物の回収方法は更に別の一実施形態において、前記ケトン類は対象液1Lに対して15mL以下添加する。
【0022】
本発明の沈殿物の回収方法は更に別の一実施形態において、前記ケトン類はアセトン、ヒドロキシアセトン、2−ブタノンのいずれかである。
【0023】
本発明の沈殿物の回収方法は更に別の一実施形態において、前記ケトン類を添加して15分以上撹拌した後に二酸化硫黄を供給する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、銅製錬の電解スライム処理工程等で発生するSeと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する酸性液から、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を良好に分離して回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施例に係る二酸化硫黄の吹き込み時間に対するセレンの濃度とORPの値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の沈殿物の回収方法は、一側面において、Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で酸化還元電位を銀−塩化銀電極を参照電極として430〜500mVに達するまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収する。
【0027】
また、本発明の沈殿物の回収方法は、別の一側面において、Seと、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上と、を含有する塩酸酸性液から沈殿物を回収する方法において、塩酸酸性溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で塩酸酸性液中のSeの濃度2g/L以下になるまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加した後に、再度塩酸酸性液に還元性硫黄を供給することで、Te、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物を回収する。
【0028】
一般に、非鉄金属製錬、とりわけ銅製錬の電解精製工程で生じる電解スライムはカルコゲン元素と貴金属を多く含む。一例を示すと金を10〜30kg/t、銀を100〜250kg/t、パラジウムを1〜3kg/t、白金を200〜500g/t、テルルを15〜25kg/t、セレンを5〜15wt%程度含有する。
【0029】
塩酸と過酸化水素を添加してこの電解スライムを溶解するが、銀は溶解直後に塩化物イオンと不溶性の塩化銀沈殿を形成する。酸化剤と塩素を含む溶液、例えば王水や塩素水であれば貴金属類は溶解して銀を塩化銀として分離できる。塩化物浴であるため浸出貴液(PLS)には貴金属元素、希少金属元素、セレン、テルルが分配する。
【0030】
浸出貴液(PLS)は一度冷却され、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。然る後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。
【0031】
金を抽出した後のPLSを還元すれば有価物は沈殿−回収できるが、元素により酸化還元電位が異なるために自ずと沈殿の順序が決まっている。初めに貴金属類、次にセレンやテルルといったカルコゲン、さらに不活性貴金属類が沈殿する。
【0032】
貴金属類を回収した後にセレンを還元回収する。還元剤は還元性硫黄が価格と効率の面から利用され、なかでも二酸化硫黄は転炉ガスや硫化鉱の焙焼により大量にしかも安価に供給できるため最適である。純度の高いセレンを回収する観点からセレンの回収は完全に行われず、セレン回収後液はセレンを2〜4g/L含む。セレン回収後液は、テルル200〜800mg/Lをも含有する。
【0033】
ところで二酸化硫黄の還元作用であるが二通りの反応機構があると考えられる。一つ目は二酸化硫黄が水に溶解する際に加水分解を受けて亜硫酸もしくは亜硫酸イオンとなり還元能を発揮する機構である。他方は二酸化硫黄がそのまま水和もしくは気体のまま、加水分解によるイオン化を経ずに直接還元能を示す機構である。
【0034】
高温では二酸化硫黄の溶解度は著しく減少する。75℃以上では二酸化硫黄の水に対する溶解度は35g/Lである。二酸化硫黄分子のままの直接還元では白金やテルルには有効であるものの、セレンの場合には亜硫酸を介しての還元の方が有効である。沈殿したセレンは適当な方法で分離され、回収後液は次工程へ移される。
【0035】
セレン回収後液には還元性硫黄を吹き込んで液中に残留する有価物を回収する。セレン回収後液は一般的に数g/L程度のセレンを含む。この時に同時にテルル、ルテニウム、ロジウムといった有価物も同時に還元して回収する。
【0036】
このセレン回収後液処理に還元性硫黄として二酸化硫黄を供給する場合はテルルとルテニウム、ロジウムの還元が鈍化する。これを防ぐためには二酸化硫黄を吹き込む前に水溶性ケトンを添加する。
【0037】
ケトンはケト−エノール互変性により極一部がエノールとして存在する。瞬間的に生じるエノールのπ電子からの電子移動で還元が生じると考えられる。ケトンではいずれでも効果はあるが、水溶性のケトンでは反応効率が高く、さらには価格の安いケトン基含有物が好ましい。具体的にはアセトン、ヒドロキシアセトン、2−ブタノン等のブタノン類が挙げられる。
【0038】
ところがケトンは添加量が増大すると今度はセレンが還元を受け難くなり、特にセレンは対象液1Lにケトン類を40mL以上添加した場合は二酸化硫黄による還元速度はセレン濃度が150〜200mg/L程度以下に達した地点から著しく低下する。
【0039】
詳細なメカニズムは解明されていないがケトンの添加量の増加につれ還元反応が遅くなることからケトンもしくはその反応生成物が関与していると考えられる。加熱によりこの阻害因子を分解するには反応時間が長期化する。もしくは強力な還元剤、たとえばヒドラジンやアルミ粉で還元する方法が考えられるが酸性溶液中では副反応が多く、大過剰の添加が必要である。
【0040】
亜セレン酸が二酸化硫黄による還元を受け難くなった時には上記のように更なる処理が必要である。予め液中のセレンを亜硫酸イオンもしくは二酸化硫黄により低下させた後にケトン類を添加すればよい。
【0041】
さらに亜セレン酸もケトン類と反応する(ケトンにより還元を受ける)ため、予め亜セレン酸濃度を下げておくことはケトン類使用量の削減にも繋がる。亜セレン酸の濃度はセレンとして2g/L以下まで下げておけばよい。すなわち、本発明の沈殿物の回収方法は、一側面において、塩酸酸性溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で塩酸酸性液中のSeの濃度2g/L以下、好ましくは1g/L以下になるまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加する。
【0042】
また、ケトン類は二酸化硫黄や亜硫酸イオンによりそのルテニウム、テルルの還元促進効果が大きく減殺される。亜セレン酸濃度低下のために使用した還元性硫黄が過度に残留し、ケトン類の添加効果を減殺することは避けるべきである。
【0043】
そこで好適な指標は溶液の酸化還元電位(ORP)である。予め溶液のORPが500mV以下(参照電極は銀−塩化銀)になれば液中のセレン濃度は低下していることを示す。溶液の温度により幾らか指標値の幅はあるものの70℃以上では500mV以下になれば亜セレン酸の濃度は十分低下していると判断される。
【0044】
さらに好ましいORPは485mV〜500mVである。より好ましくは485mV〜495mV、さらにより好ましくは490mV〜495mVである。ORPが低下しすぎると残留する還元性硫黄の濃度が過剰であることを示す。ORPが高すぎると亜セレン酸の濃度は依然として高いことを示す。
【0045】
ORPの調整には二酸化硫黄、亜硫酸とその塩が好適である。これらの還元剤を過剰に添加した場合はケトン添加効果を減殺するため、分解する必要がある。分解する酸化剤は二酸化硫黄を酸化できるものなら指定はないが、系内に存在して排水処理やほかの元素に影響を与えない観点から過酸化水素、Fe(III)化合物、次亜塩素酸類、亜セレン酸類が好適である。いずれの試薬を用いてもORPを所定の範囲内に調整できればよい。より具体的には、ORPは酸化剤として硝酸、硝酸塩、過酸化水素、Fe(III)化合物、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩、亜セレン酸、亜セレン酸塩のいずれか一種以上、還元剤として二酸化硫黄、亜硫酸、亜硫酸塩のいずれか一種以上を添加することにより調整することができる。
【0046】
特に銅電解スライム処理液を対象にする時にはORP調整で二酸化硫黄を除去するのであれば430mV以上を維持しておくことが重要である。処理液は二酸化硫黄の他にも各種酸化数をもった様々なイオンを含んでおり、一度430mVを下回ると電位を再調整しても溶液中のイオン種が大きく変化してしまう。その結果安定した効果を示すことが出来ない。
【0047】
すなわち、本発明の沈殿物の回収方法は、一側面において、溶液中のSe化合物の一部を予め還元性硫黄で酸化還元電位を銀−塩化銀電極を参照電極として430〜500mVに達するまで還元し、その後前記塩酸酸性液にケトン類を添加する。
【0048】
図1に示すように、酸化還元電位は特定領域の支配化学種が無くなると大きく変動する。特にガスでは微調整が難しい。このため、ケトン類は酸化還元電位を450mV未満に低下させた後、再度酸化剤を添加して酸化還元電位を調整した後に添加してもよい。このように、一旦規定値にしておいてから、酸化剤を添加することにより、酸化還元電位を制御しやすくなる。
【0049】
ケトン類の添加後は、ルテニウムやテルルと十分に反応させる時間として5分以上撹拌することが好ましい。場合によってはロット間でルテニウムやテルル濃度にバラつきがあるので15分以上撹拌することがより好ましい。
【0050】
十分に撹拌した後に二酸化硫黄等の還元性硫黄を供給する。供給速度や濃度は特に制限されない。排水処理の関係から液中のセレン濃度が1mg/L以下、もしくはテルル濃度が40mg/L以下になった時を反応終点とする。沈殿を適当な方法で分離するとセレン、テルルのほかルテニウム、ロジウムを含有する有価物沈殿を得る。
【0051】
ケトン類の添加量は使用するケトン類や対象液の各元素濃度によって異なるが塩酸酸性液1Lに対して15mL以下添加することが好ましい。
【0052】
本発明の沈殿物の回収方法で回収されたTe、Ru、Pd、Pt及びRhからなる群から選択された一種以上を含有する沈殿物は、必要に応じて貴金属原料等としてさらに各種元素ごとに精製分離される。
【実施例】
【0053】
以下に、本発明について、実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されることはない。
【0054】
(試験例1)ORPとセレン濃度の関係
銅製錬から回収された電解スライムを硫酸により銅を除いた。濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した。DBC(ジブチルカルビトール)とPLSを混合して金を抽出した。
金抽出後のPLSを70℃に加温し、銅製錬転炉排ガスを吹き込んで貴金属を還元し固液分離した。分離後の溶液を再度70〜75℃に加温し銅製錬転炉排ガスを吹き込んだ。固液分離して粗セレンを分離回収した。表1に以下の手順で測定したセレン分離後液の各主成分を示す。
セレン分離後液を200mL分取した。70〜75℃に加温し二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ。所定の時間毎に液中のORPを測定し、定量分析用サンプルを1mL分取した。分取したサンプルは塩化鉄5g/L液を10mL入れた50mLメスフラスコに即時移した。内部標準としてイットリウム50mg/L液を2mL添加して規正した。5Cのろ紙で濾過後に濃度をICP−OESで定量した。
【0055】
【表1】
【0056】
図1に、二酸化硫黄の吹き込み時間に対するセレンの濃度とORPの値の関係を示す。初期のORPは550mVを超えていたが二酸化硫黄の供給によりすぐに500mV以下まで低下した。同時にセレンの濃度も急激に低下した。490mV前後でORPは暫く安定するがこの電位を支配しているのは主に亜セレン酸の酸化還元反応であると推察される。
【0057】
亜セレン酸の消失と共に再びORPは下降し始めた。その時のORPは470mV程度であった。さらに二酸化硫黄を供給すると400mV近くでORP低下速度は鈍化し、350mVで安定した。セレンの濃度にも着目した場合、430mV程度でセレンの濃度はほぼ消失していた。430mVまでは亜セレン酸がわずかながらも残留しており、さらに還元反応を進めると350mVで溶液中のORP支配種は二酸化硫黄、亜硫酸になることを示している。
【0058】
ルテニウム、テルル、ロジウムの濃度は反応の終点である図1の二酸化硫黄吹き込み時間33分後まで変化しなかった。よって液中のORPが430〜470mVに達するとセレンが大きく減少し、ケトン類を添加して二酸化硫黄により還元を始めるとセレンも、その他有価物も回収できることを示している。
【0059】
また、図1を参照するとORPが500mV以下になる時にはSe濃度は2g/L以下になることがわかる。したがって、ORPを使用した還元の制御を行わない場合にはSe濃度が2g/L以下、好ましくは1g/L以下としてからケトンを添加しても同様の効果が予想できる。
【0060】
(試験例2)ORPを調整してアセトン添加後に還元した時の挙動
試験例1と同じ液を300mL分取し75℃に加温し、亜硫酸ナトリウムと過酸化水素(35%含有)を添加して溶液のORPを表2の各値に調整した。再調整した試験例は一度450mV迄低下したことを確認して490mVに再調整したアセトン1mLもしくは0.5mLを添加して15分間撹拌した。70〜75℃に加温し二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ。一定の時間毎に分析用液を採取した。ORP調整後アセトンを添加して十分に反応した時を0時間とし、二酸化硫黄の供給を開始した時から反応時間は加算した。すなわちアセトン添加後15分撹拌した時点が0hであり、以降二酸化硫黄供給を開始して0.5hになった時が0.5hである。液は希塩酸で25倍希釈してICP−OES(セイコー社製SPS−3100)により各種成分濃度を測定した。測定はイットリウムを内部標準元素として行った。結果を表2に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
溶液のORPは常温で530mVであったが75℃に加温すると590mVまで上昇した。ORP調整後にアセトンを添加した。添加後にORPは若干変動したが更なる調整は行わなかった。いずれの実験系でも二酸化硫黄供給から0.5h後にはORPは75℃の液温で330〜350mVを示した。
【0063】
開始時のORPが485mVを下回ると液中に二酸化硫黄が幾らか残留し、ケトンを添加して二酸化硫黄により還元しても3時間後のルテニウム濃度は110mg/L程度、テルル濃度は100mg/L以上となった。
【0064】
反対に初期ORPが500mV程度より高い場合では3時間でセレンの濃度は5mg/L以下が達成できず反応時間が長くなる。排水処理の負担を考えるとセレン濃度が1mg/L以下に達するまでセレンを還元除去する事が好ましい。
【0065】
一度亜硫酸もしくは二酸化硫黄が溶液中に無視できない程度に増加したORP450mVの溶液でも酸化剤によりORPを調製することで効果的にセレン、テルル、ルテニウムを回収できることが判る。今回の試験では過酸化水素を使用したが、亜硫酸イオンや二酸化硫黄を酸化する、Fe(III)化合物、次亜塩素酸塩、次亜塩素酸、亜セレン酸を添加しても同様の効果を示す。
【0066】
(試験例3)ORPを調整しない時の挙動
試験例1に使用したセレン分離後液にORPは調整せずにアセトン1mLを添加して15分撹拌後、二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ(比較例1)。
試験例1に使用したセレン分離後液にORPは調整せずにアセトン1mLを添加してすぐに二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ(比較例2)。
試験例1に使用したセレン分離後液にORPは調整せずに二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ(比較例3)。
試験例1で使用したセレン分離後液に亜硫酸ナトリウム1gを添加し10分撹拌した。アセトン1mL添加して30分撹拌した後に二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ。(比較例4)。
試験例1で使用したセレン分離後液に亜硫酸ナトリウム5gを添加し10分撹拌した。アセトン1mL添加して30分撹拌した後に二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5〜20%)を0.1L/分で吹き込んだ。(比較例5)。
液成分の定量分析は試験例2と同じ操作を行った。結果を表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
亜硫酸イオンは迅速にセレンと反応する。そのため系内に亜セレン酸が一定量残留している限りはアセトンの還元促進効果を妨害しない。予め亜硫酸ナトリウムによりセレン濃度を下げると容易にセレン濃度は1mg/L以下に達するが、最終的には二酸化硫黄のみで還元した方がテルルとルテニウムの回収率が良い。テルルとルテニウムは亜硫酸の形態より二酸化硫黄による還元の方が、効果が高いためである。
【0069】
セレンの最終濃度を度外視するならば事前にORP調整しなくてもルテニウムとテルルの回収率はアセトンの添加で改善される。撹拌時間は設けなくてもそれなりの結果を示したがロット間に存在するセレン濃度のバラつきで有価物回収率は大きく影響を受ける。
【0070】
アセトンの添加前にセレン濃度をある程度低下させておけば、二酸化硫黄による還元でセレンの基準値に容易に達する。しかし亜硫酸もしくは二酸化硫黄がアセトン添加時にその効果を減殺するほど残留しているとアセトンの負の効果が目立つ。よってORPを予め制御してセレンと二酸化硫黄の濃度を調整することは重要であることが判る。
図1