【文献】
Yasushi IWATA et al.,EELS imaging studies for the electronic states of silicon cluster superlattice,Proceeding of Advanced Materials World Congress,2015年 8月23日,Chapter 10,URL,http://vbripress.com/amwc/abstractsbook/chapter10worldtechnologyforum.pdf
【文献】
岩田康嗣 ほか,シリコンクラスター超格子のL23-エネルギー損失スペクトル解析,日本物理学会第70回年次大会概要集,2015年 3月21日,P. 2589
【文献】
織田望 ほか,シリコンクラスター超格子の電子状態の第一原理計算,日本物理学会第70回年次大会概要集,2015年 3月21日,P. 2590
【文献】
Yasushi IWATA et al.,Crystallographic Coalescence of Crystalline Silicon Clusters into Superlattice Structures,cryst. Growth Des.,2015年 3月12日,Vol. 15,P. 2119-2128
【文献】
Yasushi IWATA,EELS Imaging Analysis of Silicon Cluster Superlattices,250th ACS Natinal Meeting & Exposition Digital Program,2015年 8月16日,COLL 414,URL,https://ep70.eventpilotadmin.com/web/page.php?page=IntHtml&project=ACS15fall&id=2284083
【文献】
Yasushi IWATA et al.,Silicon Cluster Superlattice,Program/Abstracts of 7th International Symposium on Surface Science,2014年11月 2日,6pE1-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ダイヤモンド結晶構造を有するシリコンクラスターが、シリコン結晶構造の格子定数のほぼ4倍の格子定数をもつ体心立方格子構造の形状に配置して立体的な3次元格子をなしているシリコンクラスター超格子であって、
表面に3配位Si原子を有し、
前記3配位Si原子にSiとは異なる元素が吸着している、
シリコンクラスター超格子。
ダイヤモンド結晶構造を有するシリコンクラスターが、2.043nm以上2.172nm以下の格子定数をもつ体心立方格子構造の形状に配置して立体的な3次元格子をなしているシリコンクラスター超格子であって、
表面に3配位Si原子を有し、
前記3配位Si原子にSiとは異なる元素が吸着している、
シリコンクラスター超格子。
前記シリコンクラスター同士接して形成する界面以外のシリコンクラスターの表面が3次元的に連続して連なり、該表面で囲まれた間隙空間が超格子内に形成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のシリコンクラスター超格子。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
半導体産業を始めとする広い産業分野における多様な産業ニーズに応える半導体材料として、シリコン結晶表面の多彩な表面物性を利用することを思考した場合、それが基本的な物性原理に従って困難であることの課題にたちまち直面する。一般に固体材料の物性は圧倒的に固体内部の電子状態で規定される。表面電子状態は固体表面に存在する原子が形成する電子状態であり、電子のエネルギー準位当りに存在する電子状態の数(以下、「電子状態密度」ともいう。単位[eV
-1])はその表面原子の数に比例する。当然ながら、原子層数層(厚さにして数nm)の極めて薄い薄膜材料を除いて、表面電子状態の状態密度は固体内部の電子状態密度に比べて極めて小さい。従って表面電子状態が固体材料の物性を支配することはなく、電子状態密度が圧倒的に高い固体内部の電子状態によって固体材料の物性は規定される。更に電子状態密度が単に高いだけではなく、実際に電子が安定してその電子状態を取り得るような、すなわち電子の波数を規定するブロッホ波が形成されるべく周期性をもった結晶格子構造に基づく電子状態を形成しなければ、その材料の物性を規定することにはならない。例えば表面積の大きい多孔質材料や格子欠陥を多数内蔵する金属ボイドなどでは、間隙表面や空隙の内面などの不規則な表面構造が固体内部に形成されるが、これらの表面原子が電子の波数を規定するものではなく、これらの表面構造によって電気特性を制御し得るものではない。
【0008】
もし結晶表面固有の電子状態が電子の波数を規定し、その物性を支配する材料が創製されれば、結晶表面状態の多彩な物性を活かして、機能性の高い、社会有数の技術が誕生する。そのためには電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態の創出が求められる。
【0009】
従来、本発明者の研究開発等により、微小シリコンクラスターが基板上で規則正しく配列する際、光照射による電磁気的な力やミクロな探針による機械的力など外的な力を借りずに、粒子が秩序構造を形成すること(自発的なナノ構造秩序の形成)が知られている。ここで、微小シリコンクラスターが自発的にナノ構造秩序を形成するメカニズムとして、以下の2つの過程が考えられてきた。一つは、クラスター粒子が結晶基板上に着地すると、粒子は基板表面の原子配列を歪ませる。基板表面上に複数の粒子が存在する場合、基板表面の結晶格子はなるべく原子配列の歪みを緩和するため、歪構造は均等な配置に変化する。この基板表面の歪み緩和に伴って、基板上の粒子も均等に配置して秩序構造を形成する。二つ目は、基板上のクラスター粒子は基板との間で僅かな電子のやり取りをして、双極子と呼ばれる電荷分布の偏りがクラスター粒子に生じる。双極子はクラスター粒子間に分散力と称する弱い相互作用を誘起し、その結果粒子の配列が均等になり、基板上に秩序構造を形成する。前者は基板とクラスター粒子との相互作用によって、比較的クラスター粒子間の距離が離れて形成される秩序構造である。これまでに分子線エピタキシーによって基板表面上で形成されるクラスターにおいて確認されている。また後者はクラスター粒子が互いに比較的接近した場合に粒子間に作用する弱い相互作用によって秩序構造を形成するものであるが、クラスター同士が接することは無く、従って形成される秩序構造の電子状態は、独立したクラスター粒子が個々に形成する電子状態の和で以てほぼ表される。
さらに、新規なシリコンクラスターからなるナノ構造秩序形成が望まれる。
次に具体的に説明する。
【0010】
シリコンクラスター(Si
Nクラスター)を気相中で時空間閉じ込め法(特許文献1、非特許文献2)によって生成し、シリコンクラスタービームを真空中で直接グラフェン基板に蒸着すると、シリコンクラスター超格子が形成される。
図1(a)(b)に、シリコンクラスター超格子の結晶構造を示す。シリコンクラスター超格子は、Si
Nクラスターそれ自体が個々にダイヤモンド結晶構造をもち、隣接するSi
Nクラスター同士が互いに結合して体心立方格子構造(BCC構造)を形成して3次元的に広がる超格子構造を形成する(
図1(a)参照)。高分解電子顕微鏡を利用して、グラフェン基板の結晶構造を基にシリコンクラスター超格子の結晶構造を解析すると、Si
Nクラスターのもつダイヤモンド結晶構造は、単結晶シリコンが形成するダイヤモンド結晶構造の格子定数a=5.43095Åにほぼ等しい格子定数をもつ。Si
Nクラスターがグラフェン基板上で超格子構造を形成する初期の過程では、グラフェンの結晶格子に沿ってSi
Nクラスターが配列し、六方最密充填構造(HCP構造)を形成する(
図1(b)参照)。Si
Nクラスターの蒸着が進みSi
Nクラスターの堆積量が増加するに従ってSi
Nクラスターが直接グラフェン基板に接することが無くなると、Si
Nクラスターはグラフェン基板の結晶構造に影響されずに独自に安定なBCC超格子構造を形成する。BCC超格子構造の格子定数はグラフェン基板の結晶構造を基に決定され、2.134±0.002nmである(非特許文献2参照)。初期のHCP超格子構造についても同様に格子定数が決まり、BCC超格子構造の格子定数と同じ値をもつ。
【0011】
シリコンクラスターの超格子の構造において、電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態の実現が望まれる。
【0012】
また、シリコンクラスター超格子の利用分野として、半導体素子や、その他の分野への応用が望まれる。
【0013】
ところで、放射線ビーム(量子ビーム)の利用の歴史は160年に及び、電子、陽子、重イオンの電離作用により、ナノ材料創製、突然変異育種、放射線ビーム治療の最先端の利用技術が進められている。特に後者2つの分野では、ビームを大気中に取り出す必要があり、ビーム加速・輸送を行う真空とビーム照射を行う大気中とを隔て且つ量子ビームの透過を可能にする真空隔壁薄膜窓(以下、「真空窓」ともいう。)技術が必要になる。放射線ビーム利用技術の高度化に伴い、真空隔壁薄膜はビーム透過における影響を極力低く抑える必要がある。そのために、薄く、耐真空圧力の機械的強度、放射線損傷に強い特性が求められる。近年ではまた電子、陽子、重イオンに次ぐ第4の量子ビームとして、複数の原子で構成されるナノクラスターイオンを高エネルギーに加速する技術が注目され、その圧倒的に高い電離作用は、今後新たな放射線ビーム利用分野を拓くとして期待されている。高エネルギークラスターイオンの大気中への取り出しには、100nmに満たない極薄の高強度薄膜が求められるが、従来薄膜技術でその要求に応えることは到底困難であった。
【0014】
本発明は、これらの問題を解決しようとするものであり、本発明は、新規なシリコンクラスター超格子を提供することを目的とする。また、本発明は、電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態を備えるシリコンクスター超格子を提供することを目的とする。また、本発明は、前記シリコンクラスター超格子を備える半導体素子や電子デバイスや装置を提供することを目的とする。また、本発明は、前記シリコンクラスター超格子を備える真空窓を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、前記目的を達成するために、以下の特徴を有するものである。
【0016】
本発明は、シリコンクラスター超格子に関し、ダイヤモンド結晶構造を有するシリコンクラスターが、シリコン結晶構造の格子定数のほぼ4倍の格子定数をもつ体心立方格子構造の形状に配置して立体的な3次元格子をなすことを特徴とする。
本発明は、シリコンクラスター超格子に関し、ダイヤモンド結晶構造を有するシリコンクラスターが、2.043nm以上2.172nm以下の格子定数をもつ体心立方格子構造の形状に配置して立体的な3次元格子をなすことを特徴とする。
本発明の好ましい実施の形態では、前記シリコンクラスター超格子は、前記シリコンクラスター同士接して形成する界面以外のシリコンクラスターの表面が3次元的に連続して連なり、該表面で囲まれた間隙空間が超格子内に形成されている。
本発明の好ましい実施の形態では、前記シリコンクラスター超格子は、前記シリコンクラスターを構成するSiの原子数が200以上256以下であることが好ましい。
本発明の好ましい実施の形態では、前記シリコンクラスター超格子は、前記シリコンクラスターを構成するSiの原子数が200以上235以下であり、キャリア伝導性を備えることが好ましい。
本発明の好ましい実施形態では、本発明の前記シリコンクラスター超格子を半導体として備える半導体素子である。
本発明の他の好ましい実施形態は、本発明の前記シリコンクラスター超格子を導電体として備える電子デバイスである。
本発明の他の好ましい実施形態は、本発明の前記シリコンクラスター超格子を備える電子デバイスである。
本発明の他の好ましい実施形態は、本発明の前記シリコンクラスター超格子からなる薄膜を備える装置である。
本発明の他の好ましい実施形態は、本発明の前記シリコンクラスター超格子からなる薄膜を備える真空隔離窓である。また、前記シリコンクラスター超格子からなる薄膜を備える真空隔離窓を放射線照射装置に設けるとよい。
【0017】
「シリコン結晶構造の格子定数のほぼ4倍の格子定数」は、Si
202の場合の格子定数2.043nmの場合を含むように、4−0.25倍以上4+0倍以下程度が望ましい。さらに、好ましくは3.8倍以上、最も好ましくは3.9倍以上の格子定数である。
シリコンクラスター超格子の体心立方格子構造の格子定数は、2.043nm以上2.172nm以下であることが望ましく、好ましくは2.133nm以上2.167nm以下の格子定数である。
シリコンクラスターを構成するSiの原子数が200以上256以下であることが望ましく、好ましくは202以上、最も好ましくは211以上である。具体例として、Siの原子数が211と235が挙げられる。
【0018】
本発明のシリコンクラスター超格子では、表面同士が接するシリコンクラスター間にSi原子同士が共有結合する界面が形成され、該界面を通じてシリコンクラスター内部のダイヤモンド結晶構造が、接するシリコンクラスターにわたり原子配列が乱れることなく連続して形成される。シリコンクラスター同士接して形成する前記界面以外のシリコンクラスターの表面は接するシリコンクラスターにわたり連続して連なり、該表面によって3次元的に網目状に広がる間隙空間が超格子内に形成されている。
【0019】
本発明のシリコンクラスター超格子は、シリコンクラスターのSi原子が異種元素で置換されたものも含む。異種元素として、水素、酸素、窒素、ホウ素、リン等が挙げられる。また従来Si半導体材料では極力排除される金属元素を始めとする不純物に対して一定水準の低レベル純度に含有されることが許容できる。
【0020】
具体的には、真空隔離窓は、少なくともグラフェンとシリコンクラスター超格子からなる薄膜の積層構造とすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、シリコンクラスター超格子において、電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態を実現できた。また、本発明のSi
Nクラスター超格子により、初めて電子状態密度の高い、超格子材料の物性を規定する3次元表面構造を実現できた。本発明のSi
Nクラスター超格子では、該3次元表面構造が一様な結晶周期性を以て無限に広がった構造をもつため、固体内部の不純物の影響を受けることなく、優れた電気伝導特性を有する。
【0022】
シリコンクラスターSi
NのクラスターサイズNを、200以上256以下の範囲内のものに特定することにより、Nの値に応じて、電気伝導性が絶縁性から導電性まで異なるので、所望の電気特性のシリコンクラスター超格子を実現できる。
【0023】
本発明のシリコンクラスター超格子からなる薄膜は、半導体特性を有し、p型又はn型に相当する特性を備える膜が作製可能である。シリコンクラスター超格子からなる薄膜でpn接合を作製可能であり、ダイオードに好適である。
【0024】
本発明のシリコンクラスター超格子からなる薄膜は、極薄で高強度である。グラフェン上にシリコンクラスター超格子を形成した積層構造とすれば、放射線を透過する真空隔離窓に好適である。
【0025】
従来技術の結晶表面上に形成されるナノ構造秩序やコロイドナノ粒子による自己秩序形成の場合はナノ粒子間の相互作用が極めて弱いため、形成される超格子全体の物性をナノ構造秩序のみによって安定に規定することには物理原理上限界があった。本発明のシリコンクラスター超格子技術では、電子状態密度が高く周期性の高い安定した結晶構造が形成されることで超格子の物性を安定に規定することが可能であり、これが功を奏して幅広い産業ニーズへの利用が広がる。
【0026】
本発明のSi
Nクラスター超格子は、その表面に3配位Si原子と4配位Si原子とが存在し、特に3配位Si原子との異種元素の吸着反応もしくは異種元素との置換反応によって電子状態に大きな変化が生じるため、吸着元素や置換元素を選択調整することで、Si
Nクラスター超格子のp型半導体、n型半導体状態を形成することが可能である。両者のpn接合により、半導体素子の基本であるダイオードが形成され、不純物に強い省エネルギーSi材料を基に、バリエーション豊かな表面を利用した優れた半導体素子を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態について以下説明する。
【0029】
本発明者は、シリコンクラスター超格子の構造体において、シリコンクラスターによる超格子構造の電子状態に着目して研究開発を行い、電子状態密度が高く周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態を実現するに到ったものである。
【0030】
従来のナノ構造秩序に対して、本発明のSiクラスター超格子では、Siクラスター同士が接して界面を形成し、その界面を通して一様な結晶構造が連続して連なり、Siクラスターが3次元的秩序構造を形成する新たなナノ構造秩序形成である。3次元的に広がる超格子に一様な結晶構造が連続して連なることにより、Siクラスターの間隙空間に面するSiクラスター表面も連続して一様に連なり、3次元的に広がる巨大な結晶表面を形成する。その表面電子状態は、クラスター内部と同様に高い状態密度を持ち、Siクラスター超格子の電子状態を規定する大きい役割を果たしている。
【0031】
本発明では、シリコンクラスターの超格子構造に形成される「3次元表面」を初めて実現した。前記3次元表面は、サイズが規定され、sp
3ダイヤモンド様結晶構造をもつシリコンクラスターが、体心立方格子構造の形状に配置して立体的な3次元格子を形成し、隣接するクラスター同士がsp
3共有結合によって互いに癒合する(coalescence)ことにより、シリコンクラスターの表面が連続して連なり、シリコンクラスターの表面が3次元格子に沿って立体的に広がり、3次元表面を形成する。より具体的には、本発明では、前記3次元表面は、シリコンクラスター超格子内に形成される極めて狭い間隙に、シリコンクラスターの表面が連続して連なることで形成され、シリコンクラスター超格子において3次元表面が占める割合、即ち3次元表面を形成するSi原子数の割合が大きいことを特徴とする。更にサイズが揃ったシリコンクラスターが互いに癒合しながら超格子を形成して周期性を以て配列することにより、そのクラスター表面は長距離に亙る周期性をもって3次元表面を形成することを特徴とする。以上の二つの条件が揃い、初めて、シリコンクラスター超格子における3次元表面は、電子状態密度が結晶固体中における電子状態密度と同程度に極めて高く、その表面電子状態がシリコンクラスター超格子の電子物性で優位になることが可能になった。従来の、固体中に空隙が形成される材料として知られるポーラス材料や結晶中の格子欠陥では、上記二つの条件が揃うことが無いため、材料の空隙に形成される表面の電子状態がその材料の電子物性を支配することは無い。
【0032】
本発明の実施の形態におけるシリコンクラスター超格子の3次元表面には、次のような特徴的な性質が挙げられる。
(1) 安定構造を示すSi
211クラスター超格子に形成される3次元表面の電子状態密度分布はその中心がフェルミ準位にあり、金属的に電気伝導性の高い性質をもつ。
(2) シリコンクラスターサイズが大きくなり、Si
235クラスター超格子では、超格子中の間隙が小さくなることに従って、3次元表面の電子状態密度分布強度も小さくなると共に、その中心は低エネルギー側にシフトし、電気伝導性は半導体的性質に変化する。更にクラスターサイズが大きくなるSi
256クラスター超格子では、超格子中の間隙が消失し、単結晶シリコンと同等の構造となって3次元表面も消失する。電気伝導性は真正半導体シリコンと同じく絶縁体を示す。
(3) 安定構造を示すSi
211クラスター超格子に形成される3次元表面は、Si
211クラスター内部に不純物を導入しても、その電子状態密度には殆ど影響が見られない。
(4) Si
211シリコンクラスター超格子に形成される3次元表面への酸素分子の解離吸着は、3次元表面のSi原子と反応してSi
211O
xを形成し、電気伝導性制御を可能にする。
【0034】
シリコンクラスター超格子の電子状態を第一原理計算により明らかにするためには、安定なシリコンクラスター超格子を構成するSi
NクラスターのサイズNを正確に決める必要があり、安定なシリコンクラスター超格子構造をab initio計算によって求めた。
【0035】
ab initio計算から実際に存在し得るシリコンクラスター超格子を導くためには、初期条件の設定が重要であり、本計算では、実験的に決定されたシリコンクラスター超格子の結晶構造データを基にして計算を進めた。Si
Nクラスターの結晶構造が単結晶シリコンの形成するダイヤモンド結晶構造と同じであることの実験結果に基づき、単結晶シリコンから半径Rで切り出してSi
Nクラスターを計算機上に置いた。
図2(a)(b)を参照して以下説明する。次に、Si
Nクラスターが形成するBCC超格子構造の単位胞(以下「単位胞」は“慣用単位胞”(単位胞当たりSi
Nクラスター2個存在)を意味する。)の初期条件として、実験的に求めたシリコンクラスター超格子のBCC構造格子定数2.134±0.002nmが単結晶シリコンのダイヤモンド結晶構造格子定数aの4倍2.172nmに近い値であることから、BCC超格子構造の単位胞を規定する並進ベクトルとしてt
1(−2a,2a,2a),t
2(2a,−2a,2a),t
3(2a,2a,−2a)を導入し、その格子定数を4aとした(
図2(a)参照)。BCC超格子構造単位胞の中心と8個の頂点に単結晶シリコンからSi
Nクラスターを切り出した半径Rの球の中心が位置を占める(
図2(b)参照)。球の中心に対して、二通りのSi
Nクラスター結晶構造の配置が考えられる。一つはSi原子が球の中心に配置され、もう一つはSi原子間の結合中心が球の中心に配置される。それぞれの配置によりSi
Nクラスターのサイズが分けられ、Si原子中心配置ではSi
NクラスターサイズN=187,211,235が、結合中心配置ではSi
NクラスターサイズN=130,166,190,202が計算の対象になる。一様なサイズのSi
Nクラスターが形成するBCC超格子構造についてOpenMX codeを利用して行ったab initio計算結果を表1にまとめる。
【0037】
表1に示すように、Si
211クラスターとSi
235クラスターにおいて、実験から決定されたBCC超格子構造の格子定数2.134±0.002nmに近い値が得られた。この結果より、実際に安定して存在し得るシリコンクラスター超格子は、一様サイズのSi
211クラスター乃至はSi
235クラスターが最とも隣接するクラスター同士が癒合してBCC超格子構造を形成すると結論付けられる。それ以外のクラスターサイズでは、特に結合中心配置のSi
Nクラスターでは実験値と大きく異なる結果を示す。小さいサイズのSi
130、Si
166、Si
187では球形構造を安定に維持することが難しく、また比較的大きいサイズのSi
190、Si
202ではクラスター同士が強く癒合するが故に小さい格子定数を示す結果となった。
【0038】
Si
211クラスター超格子、Si
235クラスター超格子の単位胞をそれぞれ
図3(a)(b)に示す。それぞれの超格子単位胞では、8個の頂点に中心をもつSi
Nクラスターが最隣接する単位胞中心の1個のSi
Nクラスターとそれぞれ互いのクラスター表面を接して癒合し、超格子構造を形成する。N=211と235の2種類のサイズの超格子単位胞でその格子定数がほぼ等しいことを導き出した計算結果から、クラスターサイズが大きい程クラスター同士の接触面積が広がって癒合することがわかる。反面、接触せずに空間に露出するクラスター表面の面積は縮小する。
【0039】
図4(a)(b)に、Si
211クラスター超格子のBCC超格子の単位胞内のSi原子の構造を示す。Si
211クラスター超格子単位胞では、単位胞中心のSi
Nクラスターの表面と単位胞頂点に位置する8個のSi
Nクラスターの表面とがスムースに連なり、協同して(collectively)一つの4面体表面構造を形成する(
図4(a)参照)。
図4(a)中、(1)はBCC超格子の単位胞を示し、(2)は超格子単位胞内の240個の表面Si原子が形成する四面体表面構造を示し、
図4(b)は4(a)の矢視Aから見える四面体表面構造を示す。単位胞内には422個のSi原子が存在し、その内240個の表面Si原子でこの表面構造は形成される。表面Si原子240個の内、216個は、1個のSi原子が4本の結合手をもって周囲の3個のSi原子と結合し1本表面に垂直方向に未結合手(dangling bond)が残る4配位原子であり、残り24個はSi原子の軌道が表面平面内に在って周囲の3個のSi原子と結合する3配位原子である。
Si
235クラスター超格子単位胞では470個のSi原子が単位胞内に存在し、その内クラスター表面を構成する312個のSi原子は複数の閉じた空間に露出した表面構造を形成する。
【0040】
一方Si
Nクラスターの内部に存在するSi原子はsp
3構造を形成し、Si
211クラスター超格子、Si
235クラスター超格子共にSi
Nクラスター同士が接する界面を通じて一様なsp
3構造が連なる。BCC超格子構造の(110)面に沿って電子密度分布を求めた結果を
図5(a)(b)(c)に示す。Si
211クラスター超格子(
図5(a))、Si
235クラスター超格子(
図5(b))は、共に単結晶シリコン(c−Si,
図5(c))の電子密度分布に極めて似た分布を示す。Si
Nクラスター同士が接する界面を通して電子密度分布が一様であることは、Si
Nクラスターが形成するsp
3構造のブロッホ波数がSi
Nクラスター毎に独立に規定されるのではなく、BCC超格子構造全体に一様に広がることを示している。すなわち、シリコン
図5(a)(b)で示したようなシリコンクラスター超格子では、Si
Nクラスターの内部に存在するSi原子はクラスターサイズに依らずに一様にsp
3構造を形成し、BCC超格子構造全体にブロッホ波数が広がり、安定した電子状態が形成される。
【0041】
Si
211クラスター超格子とSi
235クラスター超格子についてバンド構造を計算し、その結果を
図6(a)、
図7(a)にそれぞれ示す。それらのバンド構造のエネルギー状態を半値幅0.05eVのガウス関数で表し、単位エネルギー毎にエネルギー状態数を積算して求めた状態密度(density of states、以下「DOS」ともいう。単位[eV
-1])をそれぞれ
図6(b)、
図7(b)に示す。Si
211クラスター超格子では、DOSのフェルミ準位近傍に幅広く大きなピークが現れ、そのピークの両脇に0.04eV(E=−0.68eV)と0.26eV(E=0.27eV)のエネルギーギャップが生じている。
【0042】
フェルミ準位近傍の高強度ピークの起源を調べるためにPDOS(projected density of states)の計算を行った。結果を
図8に示す。結晶構造の同じ対称性をもつSi原子は1個のPDOSを与え、Si
211クラスターではその結晶構造対称性から18種類のPDOSが与えられる。18本のPDOSの内主に3種類のPDOS((1)、(2)、(3))がDOSにおけるフェルミ準位近傍の高強度ピークを形成している。この3種類の内(1)のPDOSは12個の3配位表面原子が形成し、(2)、(3)のPDOSは108個存在する4配位表面原子の中でも3配位表面原子に近い位置を占める24個がそれぞれ形成する。即ち、フェルミ準位近傍の高強度ピークはSi
211クラスター超格子に形成される表面構造に起因するものであり、その表面電子状態が安定した高密度のDOSを形成していることが明らかになった。表面電子状態が示すDOSがクラスター内部のsp
3構造によるDOSと同様に高いことから、電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態がSi
211クラスター超格子に形成されることを結論する。
【0043】
一方Si
235クラスター超格子について同様にDOSを求めた結果(
図7(b))では0.23eV(E=0.14eV)のエネルギーギャップが生じ、フェルミ準位以下のエネルギー領域にはエネルギーギャップは存在しない。このDOSのエネルギー分布形状はP型単結晶シリコンのDOSに類似している。フェルミ準位近傍に見られるピークの素性を明らかにするためにPDOSの計算を行った。Si
235クラスターでは38種類のPDOSが求められ、結果を
図9に示す。その内表面構造を形成する3配位原子のPDOS(4)がフェルミ準位近傍に見られるピークを形成する。
【0044】
実際のSi
Nクラスター超格子において、電子状態密度が高く、周期性の高い安定した結晶構造をもつ表面電子状態が形成されるかについて、高分解透過電子顕微鏡(Titan、FEI)を利用して電子エネルギー損失分光(EELS)実験を行い、Si
Nクラスター超格子の電子状態を調べた。電子線の入射エネルギーは60keV、EELS imaging法により観測を行った。結果を
図10に示す。単結晶シリコンでは損失エネルギー99.8eVに現れるL
2,3 core−loss端は良く知られており、単結晶シリコンの伝導帯の下端エネルギー準位に対応する。単結晶シリコンのL
2,3 core−lossスペクトルでは見られない99.8eVより更に低いエネルギー領域に、Si
Nクラスター超格子のL
2,3 core−lossスペクトルが観測され、単結晶シリコンの伝導帯下端以下のエネルギーすなわちバンドギャップ内のエネルギー準位に相当するエネルギー領域にSi
211クラスター超格子の表面電子準位が現れるDOSの計算結果に相当することを示唆している。
【0045】
Si
Nクラスター超格子のエネルギー状態密度の理論計算とEELSスペクトルデータとの比較を行うため、QMAS codeを利用してSi
Nクラスター超格子のEELSスペクトルの計算機シミュレーションを行った。結果を
図11に示す。単結晶シリコン(c−Si)、Si
235クラスター超格子、Si
211クラスター超格子と表面電子準位の状態数が多くなるに従って、99.8eVより更に低いエネルギー領域のL
2,3 core−lossスペクトルが強くなる様子を再現している。
【0046】
以上の結果より、理論計算によって明らかにされたSi
Nクラスター超格子に特有の表面電子状態の存在が実験的にも確認されることから、Si
Nクラスター超格子には周期性に優れた安定した結晶構造をもつ高い状態密度の3次元表面電子状態が形成されることが結論付けられる。
【0047】
図12に、単結晶シリコン(c−Si)、Si
235クラスター超格子、Si
211クラスター超格子のDOSを示す。
図12では、Si
Nクラスター超格子に特有の表面電子状態がフェルミ準位近傍に安定したDOSピークを形成し、それがSi
Nクラスターのサイズに依存して大きく変化する。この結果には二つの条件が揃うことで成立する。先ず第1の条件として、Si
NクラスターからSi
Nクラスター超格子が形成される過程で、Si
Nクラスター同士が融合し、その接合面を通じてSi原子のsp
3結晶構造がスムースに連なり超格子を形成する。クラスター同士の接合面で不連続なSi原子配列が生じると、Si
Nクラスター超格子全体に亘る安定した結晶構造をもつ表面構造の形成が困難になることから、この点は重要である。第2の条件として、クラスターサイズがN=211,235,256(N=256は超格子単位胞格子定数が4aにおける単結晶シリコンに相当するサイズ)と大きくなっても、BCC超格子構造の格子定数がほぼ一定であることである。理論モデルでは、単結晶シリコンから半径Rの球で切り出してSi
Nクラスターを形成したことを考慮すれば、単純に半径Rの球が剛体であれば、サイズが大きくなるに従って超格子単位胞の格子定数は長くなり、またSi
Nクラスター超格子の表面積も増大することを仮想しがちである。しかし実際のSi
Nクラスター超格子の形成はそうではなく、Si
Nクラスターサイズが大きくなるに従って互いの接合面が増大し、Si
Nクラスター同士の癒合がより強くなって、その結果超格子単位胞の格子定数は変化せずにほぼ一定を保つ。格子定数がほぼ4aに等しいことと関連して、4配位Si原子が形成するsp
3軌道による結晶構造(ダイヤモンド構造)固有の超格子構造の安定構造が存在することを推測できる。いずれにせよ、Si
Nクラスターサイズが大きくなるに従って4aに近い一定の格子定数を維持する超格子単位胞では、Si
Nクラスター超格子の表面構造の面積は反対に減少する。
図12に示されたSi
211クラスター超格子の表面準位がフェルミ準位上で大きなDOSを形成することから、この表面電子状態は電子輸送し易い金属的であることを示す。これはSi
211クラスター超格子の表面構造がSi
Nクラスターの表面がスムースにつながり、超格子全体に広がるマクロ構造を形成するが故である。Si
235クラスター超格子では、Si
Nクラスター間の融合が進むことで、表面は切断されて超格子単位胞内にいくつかの閉鎖空間(格子欠陥)が形成され、超格子単位胞内に留まる局所的な表面構造が形成される。その結果、
図12に示されたSi
235クラスター超格子の表面準位は半導体的(p型Si)である。更にSi
Nクラスターサイズが大きくなると間隙も無くなり、単結晶シリコンすなわち真正半導体の電気絶縁状態になる。
【0048】
(第1の実施の形態)
本実施の形態では、本発明のシリコンクラスター超格子の表面電子状態を利用した半導体素子について、
図13乃至17を参照して以下説明する。
【0049】
シリコンクラスター超格子の表面電子状態を利用した電子デバイスとして、先ず基本となるダイオードについて説明する。ダイオードはフェルミ準位の異なる2種類の半導体を接合することで得られる。フェルミ準位制御は単結晶シリコンの場合Bを始めとするIII族元素のドープによりp型半導体を形成する。Si
211クラスター超格子のBCC超格子単位胞に含まれる2個のSi
211クラスターをそれぞれに構成する211個のSi原子1個をBと置換した場合のDOSを解析した結果を
図13、
図14に示す。Si
211クラスターの中心で置換が生じた場合(
図13)、置換前のDOSと比較すると、フェルミ準位上に強いピークを示す表面電子状態の上方と下方のエネルギー域にバンドギャップが形成される電子状態に大きな違いは見られない。一方表面原子の3配位Si原子を置換した場合(
図14)、置換前のDOSと比較すると、表面電子状態の上方エネルギー領域のバンドギャップ内に、新たな微小ピークが形成される。図中、斜線で該当領域を示す。この結果は、表面3配位原子と異種元素との置換反応によって、表面電子状態のバンド構造制御が可能であることを表している。
【0050】
表面Si原子の置換位置をより詳細に評価するため、Hとの置換を例に解析する。Si
211クラスター超格子のBCC超格子単位胞内の240個の表面Si原子の内24個(Si
211クラスター当り12個)が3配位Si原子である。この3配位Si原子はSi
Nクラスターの3次元周囲のx−y−z−軸方向に形成される6個の空間に2個ずつ面して配置するSi原子である。
図15(a)(b)に、Si
211クラスター超格子への異種元素(例H
2)の吸着反応の進行について示す。6個の空間に3配位Si原子が2個ずつ面して配置する空間に水素分子(H
2)を導入すると、エネルギー障壁が無く解離して、それぞれ2個の3配位Si原子と吸着反応が生じる。
図15(b)に、表面原子のH
2分子の吸着反応における吸着位置による2種類の反応エネルギーダイアグラムを表示する。3配位Si原子との吸着反応が深いポテンシャルダイアグラムに従って反応が進行するのに対して、3配位Si原子以外の表面原子に対しては、水素分子は解離することなく、分散力の弱い結合が生じる。Si
211クラスター超格子表面へのH
2分子吸着の解析から、Si
211クラスター超格子表面への異種元素吸着反応では、吸着反応が安定して進行する表面原子位置が特定されることが明らかになった。Si
211クラスター超格子表面へのH
2分子吸着に対してDOSの変化を、
図16に示す。
図14に示したBの表面吸着は、Si
211クラスターに存在する12個の3配位Si原子の内1個をBに置換した結果を表している。B置換により表面電子状態の上位エネルギー方向に形成されたDOSの小さいピークに対応するバンド構造を調べると、伝導帯下端の直ぐ下方に新たなバンド構造を形成することが明らかになっている。
【0051】
一方
図13に示したようにSi
211クラスター内部のSi原子とのB置換では、Si
211クラスター超格子の表面電子状態は殆ど影響を受けない。BCC超格子構造単位胞内に2個のB原子が存在する場合のB濃度は2.03×10
20cm
-3であり、極めて高い濃度のBドープに相当する。それにもかかわらず、Si
211クラスター超格子に形成される表面電子状態は殆ど影響を受けない。この結果はB置換に限らず他の異種元素、金属などの不純物についても同様の結果が類推される。即ち、不純物に対してもSi
211クラスター超格子に形成される表面電子状態は影響を受け難いことを示している。今日では主要半導体材料であるシリコンは、太陽電池用ソーラーグレード(7N−9N)、集積回路用半導体グレード(SEG−Si:11N)など用途に応じた純度が厳格に規定され、大量の電力消費によって合成されている。半導体の高集積化が限界に近づく中、Si材料合成においても大口径基板の高純度化は次第に難しくなっている。それに対してSi
Nクラスター超格子の表面電子状態を利用したダイオードを基本とする電子デバイスでは、SEG−Siなどの高純度半導体材料に替って廉価なソーラーグレードのシリコン材料を用いて高い機能性を持った半導体デバイスの創製を可能にする。
【0052】
次にSi
211クラスター超格子へO
2分子を導入した場合について、O
2分子の解離反応を続いて調べる。BCC超格子単位胞内の2個のSi
211クラスター周囲に形成される6個の空間にO
2分子を1個ずつ順番に導入し、それぞれの空間に面する2個の3配位Si原子と解離吸着させてDOS変化を解析した結果を、
図17に示す。
図17では、Si
211、Si
211O
2、Si
211O
4、Si
211O
12について、DOSを示す。O
2分子の吸着量が増えるに従って、表面電子状態のピーク位置はFermi準位下方へシフトする。全ての3配位Si原子がO原子と吸着したSi
211O
12では、表面電子状態の低エネルギー側のバンドギャップは消失する。この状態のバンド構造を見ると、価電子帯直上に表面準位が形成され、p型単結晶Siのバンド構造に近いp型半導体を形成する可能性を示している。
【0053】
更にSi
211クラスター超格子のn型半導体について説明するため、再び
図14に戻って説明する。Si
211クラスター超格子の表面に存在する3配位Si原子の1個をBで置換することにより現れるDOSの小ピークは、伝導帯下端の直ぐ下方に新たなバンド構造が形成されることを表し、その点ではn型単結晶Siのバンド構造と似かよっている。しかし表面電子状態を示すDOSの主ピークの中心付近にFermi準位が在るため、この電子状態は金属的である。この状態から、Si
211クラスター周囲に形成される6個の空間にO
2分子を1個ずつ順番に導入して3配位Si原子と解離吸着することによって、
図17に示されたと同様に表面電子状態のピーク位置がFermi準位下方へシフトする。その結果、伝導帯下端の直ぐ下方に新たなバンド構造を形成し、Fermi準位上にはバンドギャップが開く。このバンド構造はn型単結晶Siのバンド構造に近いn型半導体を形成する可能性を示している。
【0054】
以上Si
211クラスター超格子の表面に存在する3配位Si原子に異種元素を吸着する、或は異種元素と置換することにより表面電子状態を制御し、Si
211クラスター超格子のn型半導体とp型半導体の2種類の電子状態が形成される可能性を示した。この2種類のSi
211クラスター超格子半導体を接合することで、整流作用を持つ超格子表面ダイオードの形成が可能であり、その構造の一例について述べる。
図18に超格子表面ダイオードの構造及びその形成方法を示す。金属電極(アルミ電極)を付着した基板5にSiクラスタービームを蒸着してSiクラスター超格子1を形成する(
図18a参照)。次に、真空容器へO
2を導入して、Siクラスター超格子表面へO原子の解離吸着を行い、Siクラスター超格子p型半導体2を形成する(
図18b参照)。Siクラスターp型超格子半導体2へB原子を例えばプラズマスパッター手法を用いて導入し(B原子導入3)、Siクラスター超格子n型半導体4を形成する(
図18c参照)。最後に金属電極(銀電極)6を付けて、Siクラスター超格子表面ダイオードの構造が形成される(
図18d参照)。
【0055】
(第2の実施の形態)
本実施の形態では、本発明のシリコンクラスター超格子を利用した装置の例として、真空隔離薄膜窓について、
図19乃至22を参照して以下説明する。
【0056】
図19にシリコンクラスター超格子を備える真空窓の構造を示す。真空窓は、真空側から、金属グリッド11、マイクログリッド12、グラフェン13、シリコンクラスター超格子の順序の積層構造体からなり、シリコンクラスター超格子14の大気側に微生物等の試料16を配置される。真空窓は、金属グリッド11に炭素蒸着したトリアフォル(cellulose acetobutyrate)を付着したマイクログリッド12が、薄膜(グラフェン13及びシリコンクラスター超格子14)を支持する基本骨格を形成する。開口径が数μmのマイクログリッド12へ開口部が覆われるまで、グラフェン13のシートを敷き詰めて、シリコンクラスター超格子14を生成するための極薄基板を形成する。時空間閉じ込め式クラスター源で生成したシリコンクラスタービームを超高真空中でグラフェンシート基板に直接蒸着し、シリコンクラスター超格子真空窓を製作した。
【0057】
図20に、真空窓20を、放射線ビーム15を通過させる構造を備える真空配管に、真空側と大気側の真空隔離のために取り付ける構造を示す。
【0058】
作製した真空窓について具体的に説明する。金属グリッド11には直径3mm、厚さ10μmの白金メッシュ(200mesh)を使用した。真空封止のためのメタルフランジを付けるために、真空配管用ガスケット(sus316L)を加工してグリッド台座を製作した。
図21に、グリッド台座の一例を示す。グリッド台座は中心部にビーム通過用に3種類の開口径D=1.0mm,1.5mm,2.0mmを製作した。また金属グリッド11とのレーザー溶接を良好に行うため、グリッド台座には深さ0.03mmのザグリを加工した。グリッド台座にシリコンクラスター超格子真空窓をレーザービーム溶接により取り付けた。
図22に,レーザービーム溶接の様子を例示する。グリッド台座面を真空配管シールエッジ面で挟み真空封止することで、真空配管に真空隔壁が形成される(
図19参照)。金属グリッドとして使用した200meshの白金メッシュに真空下で掛かる圧力は、一つのグリッド開口部0.12mm×0.12mmの面積1.44×10
-4cm
2当り144mgである。金属グリッド11開口部に更に開口径数μmのマイクログリッド12が張られる。開口径数μmのマイクログリッドの開口部がグラフェンによって十分被覆されるように、数十μm以上のグラフェン生成を行った。原材料は天然グラファイト(SNO−30、SECカーボン株式会社)使用した。グラファイトの酸化工程に利用するHummer’s溶液はSNO−30に対するモル比率を標準的に利用される比率より約2.5倍多くして使用した。SNO−30の投入量0.398g(0.033mol)に対して、Hummer’s溶液の混合量は濃硫酸(H
2SO
4,0.617mol)、過マンガン酸カリ(KMnO
4,0.0277mol)、硝酸ナトリウム(NaHO
3,0.00874mol)である。酸化工程には120時間を越える時間を掛けて行い、その間の平均溶液温度は32.5℃であった。酸化の進行は光学顕微鏡でモニターした。酸化が十分に進んだ後、酸化ナノカーボン溶液を5%希硫酸水溶液に移して希釈した後、過酸化水素で還元して酸化反応を止める。3%希硫酸水溶液で十分に精製した後、更に超純水で精製を続け、最後にイソプロピルアルコール中で分散させたグラフェンの希釈溶液をマイクログリッドに滴下する。マイクログリッドにおけるグラフェン被覆の割合を電子顕微鏡で観察する。この電子顕微鏡データを基に、グラフェン被覆量の調整を行った。グラフェンは膜厚1nm未満であることが好ましい。
【0059】
作製したグラフェンシート上に、時空間閉じ込め式クラスター源で生成したシリコンクラスタービームを超高真空中でグラフェンシート基板に直接蒸着し、シリコンクラスター超格子膜を成膜した。Si
Nクラスター超格子を形成するために、サイズを制御してSi
Nクラスタービームを生成する方法について説明する。液体窒素温度に冷却した長径100mmの回転楕円形状のセルにHe流体を導入し、単結晶Si標的にNd:YAGレーザーを照射する。Si標的試料の直径4mmの照射スポットの中心を楕円焦点に合わせ、標的試料表面を楕円軸に垂直に設置すると、Si標的試料から噴出するSi蒸気は楕円軸に沿って進行し、楕円軸上のもう片方の内壁端に設けた直径3.6mmセル出口手前でHe流体に押し戻されて、Si蒸気の先端は出口近傍でしばらくの時間停滞する。Si蒸気とHe流体との界面では、両気体の混合領域層が形成され、この混合領域層でのみSi
Nクラスターは生成される。レーザー蒸発によって噴出するSi蒸気の温度は数千℃あり、一方He流体は真空内でセルへの導入直前に設けたリザーバーで十分液体窒素温度(−196℃)に冷却された後、同温度に冷却されたセルに導入されるため、両者の混合領域層では、急激な冷却によるSi蒸気の凝集が進行する。Si蒸気の先端付近では激しい粒子衝突が生じ、Si原子は励起されて発光する。その発光像を高速フレーミングカメラによって観測してSi蒸気先端の発光強度の立ち上がりを解析することにより混合領域層の厚さが判明し、その厚さは概ね1mm以下であり、時間が経過して広がったとしても、1mmを大きく超えることは無く、この混合領域が極めて局所的な空間領域に閉じ込められることを表している。この混合領域の厚さ1mm以下の距離をSi蒸気が拡散する時間は凡そ1msである。この時間に対して、Si蒸気の凝集過程の激しい粒子衝突が生じる時間を示す発光強度の減衰時間からこの混合領域層が継続される時間は半減期で20−30μs、4σ減衰でも100μsを越えることは無い。以上の解析よりこの混合領域層が局所空間に閉じ込められる時間は拡散時間に対して十分に短く、混合領域層は大きな形状変化を生じることなく一定時間継続した後、He流体の流れに沿って回転楕円セルの出口から真空中へ流出する。レーザー照射サイクルは20Hzであり、パルス毎のSi蒸発量は、Si原子2.7×10
16個である。高密度の低温He流体との混合領域層内で、Si原子同士の衝突と同時に高頻度にHeと衝突を繰り返すことで凝集熱は急速に奪われ、常に近接のSi原子同士のみが互いに衝突して凝集する過程(coagulation model、衝突回数sに対してN=2
sでクラスター成長する)が生じ易い条件が整っている。初期のクラスター成長速度が速く、成長が進むに従い成長速度は急激に減少して、一定時間でクラスター成長が一定サイズに収束する。
【0060】
時空間閉じ込め型クラスター源で生成したSi
Nクラスタービームはセルから真空中に噴出して、スキマーを経由して超高真空下で基板に蒸着される。レーザーパルス毎のSi蒸発量の2%以上の高効率でSi
Nクラスターは基板に蒸着される。クラスタービームは100μs以下の短パルスで基板に飛来し、粒子ビーム電流の尖塔値は2×10
16cm
-2s
-1に達し、基板上ではダイナミックな再配列を繰り返して、安定なSi
Nクラスター超格子が形成される。シリコンクラスター超格子膜は20−50nm程度であることが好ましい。
【0061】
シリコンクラスター超格子を用いることにより極薄の高強度薄膜が形成でき、かつ、大気に高エネルギークラスターイオン等を取り出す真空からから取り出すことが可能となった。
【0062】
なお、上記実施の形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。