特許第6890320号(P6890320)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6890320二酸化炭素の水素化に用いる触媒、ギ酸製造方法、水素の貯蔵方法
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  • 特許6890320-二酸化炭素の水素化に用いる触媒、ギ酸製造方法、水素の貯蔵方法 図000023
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6890320
(24)【登録日】2021年5月27日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】二酸化炭素の水素化に用いる触媒、ギ酸製造方法、水素の貯蔵方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20210607BHJP
   C07C 53/02 20060101ALI20210607BHJP
   C07C 51/00 20060101ALI20210607BHJP
   C07D 213/81 20060101ALI20210607BHJP
   C07D 233/66 20060101ALI20210607BHJP
   C07D 307/56 20060101ALI20210607BHJP
   C07D 333/38 20060101ALI20210607BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20210607BHJP
【FI】
   B01J31/22 Z
   C07C53/02
   C07C51/00
   C07D213/81
   C07D233/66
   C07D307/56
   C07D333/38
   !C07B61/00 300
【請求項の数】9
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-104867(P2017-104867)
(22)【出願日】2017年5月26日
(65)【公開番号】特開2018-199103(P2018-199103A)
(43)【公開日】2018年12月20日
【審査請求日】2020年2月7日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ACT−C(戦略的創造研究推進事業)「プロトン応答性錯体触媒に基づく二酸化炭素の高効率水素化触媒の開発と人工光合成への展開」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】姫田 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】尾西 尚弥
(72)【発明者】
【氏名】兼賀 量一
(72)【発明者】
【氏名】村田 和久
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−193983(JP,A)
【文献】 特開2012−062270(JP,A)
【文献】 国際公開第02/010101(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00−38/74
C07C 51/00
C07C 53/02
C07D 213/81
C07D 233/66
C07D 307/56
C07D 333/38
C07B 61/00
C07D 333/38
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表され、二座配位子(X1-X2-C(=Z)-N-T)のX1と窒素(N)で配位した金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化1】
一般式(1)において、
Mは、イリジウム、ロジウムまたはルテニウムであり、
Lは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Xi(iは、1または2)は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、Xiが窒素の場合は単結合で結合した置換基Qiを有しても良く、Xiが炭素の場合は単結合または二重結合で結合された置換基Qiを有しても良く、
X1 とX2は単結合または二重結合で結合し、
Qi(iは1または2)は、Xiと単結合で結合する場合、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、Xiが炭素で、QiがXi単結合で結合する場合Qiは2つまで存在可能であり、QiがXiと二重結合で結合する場合Qiは、酸素(=O)、硫黄(=S)、窒素(=NR)、または炭素(=CRR’)であり、窒素、または炭素の場合さらに置換基(RもしくはR’)を有しても良く、
Q1 とQ2が置換基を通して結合しで環を形成しても良く、
Zは、酸素、硫黄のいずれかであり、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項2】
一般式(2)で表され、Y1-Y2-C(=O)-N-TのY1と窒素で配位し、環構造を有する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化2】
一般式(2)において、
Mは、イリジウム、ロジウム、ルテニウムのいずれかであり、
Lは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、
Y2は、窒素または炭素であり、
Y1とY2は、単結合または二重結合で結合し、Y1とY2の間の環上に置換基を有しても良く、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項3】
一般式(1)または(2)のMがイリジウムであり、Lがペンタメチルシクロペンタジエニル配位子である請求項1または2に記載の二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【請求項4】
一般式(3)で表され、アミド窒素と6員環上の窒素もしくは炭素で配位する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化3】
一般式(3)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素または素であり、
Y2は、窒素または炭素であり、
A1〜A4は、それぞれ独立に、酸素、硫黄、窒素、炭素のいずれかであり、
Y1、Y2およびA1〜A4から構成される6員環のそれぞれの原子は単結合、二重結合で結合、または芳香環を形成し、
R1〜R4は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、置換基を有していても良く、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、(ただし、Ai(iは1〜4の整数)が酸素または硫黄である場合その位置のRiは存在せず、Aiが窒素の場合は最大1つの置換基Riを有することも可能であり、Aiが炭素の場合は最大2つの置換基Riまたは二重結合で結合された1つの置換基を有することも可能である。)
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項5】
一般式(4)で表され、アミド窒素と5員環から成る二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化4】
一般式(4)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、
Y2は、窒素または炭素であり、
A5〜A7は、それぞれ独立に、酸素、硫黄、窒素、炭素のいずれかであり、
Y1、Y2およびA5〜A7から構成される5員環のそれぞれの原子は単結合、二重結合で結合し、または芳香環を形成し、
R5〜R7は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、置換基を有していても良く、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、(ただし、Ai(iは5〜7の整数)が酸素または硫黄である場合、その位置のRiは存在せず、Aiが窒素の場合は最大1つの置換基Riを有することも可能であり、Aiが炭素の場合は最大2つの置換基Riまたは二重結合で結合された1つの置換基を有することも可能である。)
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項6】
一般式(5)で表され、アミド窒素と芳香族含窒素6員環上の窒素で配位する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化5】
一般式(5)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり
A8およびA9は、それぞれ独立に、窒素または炭素であり、
R8およびR9は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、または、置換基を有しているか有していないフェニル基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項7】
一般式(1)〜(5)のいずれかにおいて、Jが、水分子、水素原子、アルコキシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンであるか、または存在しない請求項1〜6のいずれか1項に記載の二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の触媒の存在下、水素と二酸化炭素を反応させて、ギ酸および/またはギ酸塩を製造する二酸化炭素の水素化方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の触媒の存在下、水素と二酸化炭素を反応させて、ギ酸および/またはギ酸塩を製造することによる水素の貯蔵方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化炭素の水素化に用いる触媒、ギ酸製造方法、水素の貯蔵方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素の排出削減技術の開発は喫緊の課題である。また、水素(H2)は、将来のクリーンエネルギーとして注目を集めているが、輸送・貯蔵が困難であり、安全かつ低コストの輸送・貯蔵技術が求められている。
【0003】
二酸化炭素の有効利用または、水素の輸送・貯蔵技術の問題を解決するため、二酸化炭素を水素化して得られるギ酸等の燃料として水素を貯蔵する方法が考えられている。常温で液体であり、また比較的毒性の低いギ酸(HCOOH)は、水素(H2)/二酸化炭素(CO2)と相互変換が可能なため、水素貯蔵材料として最近注目されている。しかし、従来知られている触媒等を用いた方法は、これらの反応は多エネルギー消費プロセスであった。例えば、CO2水素化反応によるギ酸またはギ酸塩の合成反応では、一般的に高温高圧反応が必要である。従って、温和な条件で二酸化炭素からギ酸塩を製造可能な高性能触媒の開発が望まれていた。
【0004】
1960年代より、金属錯体触媒によるCO2の水素化反応によるギ酸またはギ酸塩の生成が知られていたが、近年有機溶媒や有機添加物を用いない水中で作用する触媒が報告されている(特許文献1〜7、非特許文献1〜4)。最近では、水中常温常圧反応条件下でもギ酸またはギ酸塩が生成可能な触媒も報告されている。(特許文献7〜8、非特許文献8〜17)
【0005】
これまで、ピコリンアミドを配位子とする錯体は知られているが(特許文献9〜10、非特許文献18〜19)、これらを二酸化炭素の水素化触媒として用いられた例はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3968431号公報
【特許文献2】特許第4009728号公報
【特許文献3】特許第4822253号公報
【特許文献4】PCT/IB2015/059242明細書
【特許文献5】特許第5812290号公報
【特許文献6】WO2013/040013(特許第6071079号公報)
【特許文献7】特願2016−217789明細書
【特許文献8】WO2011/108730明細書
【特許文献9】US2010/0234596A1(特許第5719115号公報)
【特許文献10】特開2012−62270号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Papp, G.; Csorba, J.; Laurenczy, G.; Joo, F. Angewandte Chemie-International Edition 2011, 50, 10433.
【非特許文献2】Lu, S. M.; Wang, Z. J.; Li, J.; Xiao, J. L.; Li, C. Green Chemistry 2016, 18, 4553-4558.
【非特許文献3】Jantke, D.; Pardatscher, L.; Drees, M.; Cokoja, M.; Herrmann, W. A.; Kuhn, F. E. Chemsuschem 2016, 9, 2849-2854.
【非特許文献4】Badiei, Y. M.; Wang, W.-H.; Hull, J. F.; Szalda, D. J.; Muckerman, J. T.; Himeda, Y.; Fujita, E. Inorganic Chemistry 2013, 52, 12576-12586.
【非特許文献5】Manaka, Y.; Wang, W.-H.; Suna, Y.; Kambayashi, H.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. Catalysis Science & Technology 2014, 4, 34-37.
【非特許文献6】Himeda, Y.; Miyazawa, S.; Hirose, T. ChemSusChem 2011, 4, 487.
【非特許文献7】Sordakis, K.; Tsurusaki, A.; Iguchi, M.; Kawanami, H.; Himeda, Y.; Laurenczy, G. Chemistry-A European Journal 2016, 22, 15605-15608.
【非特許文献8】Maenaka, Y.; Suenobu, T.; Fukuzumi, S. Energy & Environmental Science 2012, 5, 7360.
【非特許文献9】Himeda, Y.; Onozawa-Komatsuzaki, N.; Sugihara, H.; Arakawa, H.; Kasuga, K. Organometallics 2004, 23, 1480.
【非特許文献10】Himeda, Y.; Onozawa-Komatsuzaki, N.; Sugihara, H.; Kasuga, K. Organometallics 2007, 26, 702.
【非特許文献11】Hull, Jonathan F.; Himeda, Yuichiro; Wang, Wan-Hui; Hashiguchi, Brian; Periana, Roy; Szalda, David J.; Muckerman, James T.; Fujita, Etsuko, Nature Chemistry 2012, 4, 383-388.
【非特許文献12】Wang, W.-H.; Hull, J. F.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. Energy & Environmental Science 2012, 5, 7923-7926.
【非特許文献13】Wang, W.-H.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. ACS Catalysis 2013, 3, 856-860.
【非特許文献14】Suna, Y.; Ertem, M. Z.; Wang, W.-H.; Kambayashi, H.; Manaka, Y.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. Organometallics 2014, 33, 6519-6530.
【非特許文献15】Onishi, N.; Xu, S.; Manaka, Y.; Suna, Y.; Wang, W.-H.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. Inorganic Chemistry 2015, 54, 5114-5123.
【非特許文献16】Xu, S.; Onishi, N.; Tsurusaki, A.; Manaka, Y.; Wang, W.-H.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. European Journal of Inorganic Chemistry 2015, 5591-5594.
【非特許文献17】Wang, L.; Onishi, N.; Murata, K.; Hirose, T.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Himeda, Y. ChemSusChem 2017, 10, 1071-1075.
【非特許文献18】Ngo, A. H.; Ibanez, M.; Do, L. H., ACS Catalysis 2016, 6, 2637-2641.
【非特許文献19】Almodares, Z.; Lucas, S. J.; Crossley, B. D.; Basri, A. M.; Pask, C. M.; Hebden, A. J.; Phillips, R. M.; McGowan, P. C. Inorganic Chemistry 2014, 53, 727-736.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、高効率な二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための高性能な触媒を提供することを課題とする。
また、本発明は、該触媒を用い、ギ酸および/またはギ酸塩の高効率な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、これまでに含窒素5及び6員環骨格からなる配位子を用いた錯体触媒が二酸化炭素の水素化において、高い触媒活性を示すことを見出した(特許文献1〜7)。しかし、精緻な配位子構造のために更なる活性化のための配位子構造の変更が限定されていた。そのため、本発明者らは、より単純な構造で合成が容易な高活性な新しい触媒配位子の必要性について認識した。前記課題を解決するために鋭意研究の結果、一般式(1)〜(5)のいずれかで示される錯体触媒が、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩の製造に有効であることを見出し完成に至ったものであり、本発明は、以下の技術手段から構成される。
【0010】
<1>一般式(1)で表され、二座配位子(X1-X2-C(=Z)-N-T)のX1と窒素(N)で配位した金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化1】
一般式(1)において、
Mは、イリジウム、ロジウムまたはルテニウムであり、
Lは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Xi(iは、1または2)は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、Xiが窒素の場合は単結合で結合した置換基Qiを有しても良く、Xiが炭素の場合は単結合または二重結合で結合された置換基Qiを有しても良く、
X1 とX2は単結合または二重結合で結合し、
Qi(iは1または2)は、Xiと単結合で結合する場合、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、Xiが炭素の場合Qiは2つまで存在可能であり、QiがXiと二重結合で結合する場合、Qiは、酸素(=O)、硫黄(=S)、窒素(=NR)、または炭素(=CRR’)であり、窒素、または炭素の場合さらに置換基(RもしくはR’)を有しても良く、
Q1 とQ2が置換基を通して結合しで環を形成しても良く、
Zは、酸素、硫黄のいずれかであり、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
<2>一般式(2)で表され、Y1-Y2-C(=O)-N-TのY1と窒素で配位し、環構造を有する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化2】
一般式(2)において、
Mは、イリジウム、ロジウム、ルテニウムのいずれかであり、
Lは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、
Y2は、窒素または炭素であり、
Y1とY2は、単結合または二重結合で結合し、Y1とY2の間の環上に置換基を有しても良く、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
<3>一般式(1)または(2)のMがイリジウムであり、Lがペンタメチルシクロペンタジエニル配位子である<1>または<2>に記載の二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
<4>一般式(3)で表され、アミド窒素と6員環上の窒素もしくは炭素で配位する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化3】
一般式(3)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素または素であり、
Y2は、窒素または炭素であり、
A1〜A4は、それぞれ独立に、酸素、硫黄、窒素、炭素のいずれかであり、
Y1、Y2およびA1〜A4から構成される6員環のそれぞれの原子は単結合、二重結合で結合、または芳香環を形成し、
R1〜R4は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、置換基を有していても良く、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、(ただし、Ai(iは1〜4の整数)が酸素または硫黄である場合その位置のRiは存在せず、Aiが窒素の場合は最大1つの置換基Riを有することも可能であり、Aiが炭素の場合は最大2つの置換基Riまたは二重結合で結合された1つの置換基を有することも可能である。)
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
<5>一般式(4)で表され、アミド窒素と5員環から成る二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化4】
一般式(4)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Y1は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、
Y2は、窒素または炭素であり、
A5〜A7は、それぞれ独立に、酸素、硫黄、窒素、炭素のいずれかであり、
Y1、Y2およびA5〜A7から構成される5員環のそれぞれの原子は単結合、二重結合で結合し、または芳香環を形成し、
R5〜R7は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、置換基を有していても良く、置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、(ただし、Ai(iは5〜7の整数)が酸素または硫黄である場合、その位置のRiは存在せず、Aiが窒素の場合は最大1つの置換基Riを有することも可能であり、Aiが炭素の場合は最大2つの置換基Riまたは二重結合で結合された1つの置換基を有することも可能である。)
Tは、水素原子、または任意の置換基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
<6>一般式(5)で表され、アミド窒素と芳香族含窒素6員環上の窒素で配位する二座配位子を有する金属錯体、その異性体、または塩を有効成分として含む、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
【化5】
一般式(5)において、
Jは、任意の配位子であるか、または存在せず、
Tは、水素原子、または任意の置換基であり
A8およびA9は、それぞれ独立に、窒素または炭素であり、
R8およびR9は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、または、置換基を有しているか有していないフェニル基であり、
nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
<7>一般式(1)〜(5)のいずれかにおいて、Jが、水分子、水素原子、アルコキシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンであるか、または存在しない<1>〜<6>のいずれか1項に記載の二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒。
<8><1>〜<7>のいずれか1項に記載の触媒の存在下、水素と二酸化炭素を反応させて、ギ酸および/またはギ酸塩を製造する二酸化炭素の水素化方法。
<9><1>〜<7>のいずれか1項に記載の触媒の存在下、水素と二酸化炭素を反応させて、ギ酸および/またはギ酸塩を製造することによる水素の貯蔵方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の錯体触媒を用いれば、二酸化炭素の水素化反応により、水素ガスを輸送・貯蔵に適した液体燃料であるギ酸等に変換することが可能である。
【0012】
また、本発明の錯体触媒は、有機添加物を用いない水中での二酸化炭素水素化反応において、従来の錯体触媒に比べて、高い触媒活性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、式(9)で示される錯体触媒を用いた水中常温常圧条件での二酸化炭素水素化におけるギ酸生成の触媒回転数と生成濃度の時間経過を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、ギ酸および/またはギ酸塩とは、ギ酸のみ、ギ酸塩のみ、またはギ酸とギ酸塩の混合物、またはギ酸と塩基もしくはギ酸塩と酸の混合物を示す。
また、本明細書において数値範囲を示す「〜」は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味として使用される。
【0015】
本発明において、下記式に示される二酸化炭素の水素化反応によって、好ましくはアルカリ水溶液中、ギ酸および/またはギ酸塩を効率よく製造することができる。得られたギ酸塩は、酸と処理することにより、容易にギ酸に変換することができる。
【化6】
【化7】
【0016】
一般式(1)または(2)で表される錯体触媒において、Mで示される遷移金属としては、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、鉄、パラジウムまたは白金が挙げられるが、特にイリジウムが好ましい。
【0017】
一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒において、Jで示される配位子としては、水分子、水素原子、アルコキシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンの配位子であるか、または存在しなくても良い。アルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、またはtert-ブチルアルコール等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。
【0018】
一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒において、Jで示される配位子の種類により、置換、脱離等が比較的容易な場合がある。一例として、前記配位子Jは、酸性の水溶液中では水分子(-OH2)となり、アルカリ性の水溶液中では-OHとなる。また、水素ガスまたはギ酸分子存在下、容易に水素原子となる。アルコール溶媒中ではアルコキシドイオンとなり、また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0019】
一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒において、nは、金属錯体の電荷を表し、正の整数、0、または負の整数である。
【0020】
一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒において、そのカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ハロゲン化物イオン(例えばフッ化物イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等)、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3-)、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。また、これらカウンターイオンは、一種類でも良いが、二種類以上が併存していても良い。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0021】
一般式(1)で表される錯体触媒において、Zは、酸素、硫黄のいずれかであり、望ましくは、酸素である。
【0022】
一般式(1)で表される錯体触媒において、Xi(iは、1または2)は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、望ましくは、窒素または炭素である。また、Xiが窒素の場合は単結合で結合した置換基Qiを有しても良く、Xiが炭素の場合は単結合または二重結合で結合された置換基Qiを有しても良い。また、X1とX2は、単結合または二重結合で結合している。
【0023】
一般式(1)で示される錯体触媒において、QiがXi(iは、1または2)と単結合で結合する場合、Qiは、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、Xiが炭素で、QiがXi単結合で結合する場合Qiは2つまで存在可能であり、QiがXiと二重結合で結合する場合Qiは、酸素(=O)、硫黄(=S)、窒素(=NR)、または炭素(=CRR’)であり、窒素、または炭素の場合さらに置換基(RもしくはR’)を有しても良い。また、Q1 とQ2が置換基を通して結合しで環を形成しても良い。
【0024】
一般式(2)、(4) 、(5)のいずれかで表される錯体触媒において、Y1は、窒素、酸素、硫黄、炭素のいずれかであり、望ましくは、窒素である。一般式(3)で表される錯体触媒において、Y1は、窒素または炭素であり、望ましくは、窒素である。Y2は、窒素または炭素である。また、Y1とY2は、単結合または二重結合で結合している。
【0025】
一般式(3)または(4)で表される錯体触媒において、A1〜A7は、それぞれ独立に、酸素、硫黄、窒素、炭素のいずれかであり、望ましくは、窒素または炭素である。一般式(5)で表される錯体触媒において、A8〜A9は、それぞれ独立に、窒素または炭素のいずれかである。
【0026】
一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒において、Tは、水素原子、または、アルキル基、芳香族基、ヒドロキシ基(-OH)、アルコキシ基(-OR)、アミノ基(-NRR’)、アミド基、アシル基などの任意の置換基である。
【0027】
一般式(1)または(2)で表される錯体触媒において、Lは、芳香族性アニオン配位子、または芳香族性配位子であり、この配位子上に置換基を1つまたは複数有しても良い。この配位子上の置換基としては、任意のもので良く、例えば、アルキル基、ヒドロキシ基(-OH)、エステル基(-COOR)、アミド基(-CONRR’)、ハロゲン(-X)、アルコキシ基(-OR)、アルキルチオ基(-SR)、アミノ基(-NRR’)、アシル基、カルボン酸基(-COOH)、ニトロ基、スルホン酸基(-SO3H)、芳香族基などが挙げられ、置換基が複数である場合、それらは同一でも異なっても良い。特に好ましくは、すべてメチル基で置換されたペンタメチルシクロペンタジエニルまたは、ヘキサメチルベンゼンが好ましい。
【0028】
一般式(3)〜(5)のいずれかで示される錯体触媒において、R1〜R9は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、オキシアニオン基、オキソ基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン基、アシル基、カルボン酸基もしくはその誘導体、アミノ基、アルキルアミノ基、アミド基、またはフェニル基であり、置換基を有していても良い。置換基を有している場合は、前記置換基は1つでも複数でも良く、(ただし、Ai(iは1〜7の整数)が酸素または硫黄である場合、その位置のRiは存在せず、窒素の場合は最大1つの置換基を有することも可能であり、炭素の場合は、単結合で結合された最大2つの置換基、または二重結合で結合された1つの置換基を有することも可能である。)望ましくは、水素原子、ヒドロキシ基、オキソ基、またはアルコキシ基である。
【0029】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。アルキル基から誘導される基、例えばヒドロキシアルキル基、アルコキシアルキル基、ジアルキルアミノアルキル基、や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。カルボン酸エステル基、カルボン酸アルキルアミド基を構成するアルキル基も同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でも良い。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでも良い。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでも良い。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0030】
本発明の錯体触媒は、一般式(1)〜(5)のいずれかで表される金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を有効成分として含み、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩を製造するための触媒である。該触媒の有効成分は、一般式(1)〜(5)のいずれかで表される金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1の化合物からなる。例えば、該配位子成分の1または複数種の配位子を、一般式(1)〜(5)のいずれかの金属成分と混合して有効成分としても良いし、はじめから配位子成分と金属成分を混合して、有効成分を合成単離して用いても良い。また、他の成分を適宜(好ましくは、10wt%未満)添加して用いても良い。
【0031】
本発明の錯体触媒は、二酸化炭素の水素化反応の前に調製し、調製した錯体触媒を反応溶液に添加して反応しても良いし、金属塩部分と配位子部分を混合し錯体触媒を分離精製することなく、そのまま二酸化炭素の水素化反応を開始しても良い。
【0032】
本発明の錯体触媒を構成する配位子は、アミド(チオアミド)構造を有している。アミド窒素は、金属に配位する際に脱プロトン化して分子内に負電荷を生じることで、強い電子供与性を示し、結果として触媒を活性化することを見出した([化8])。一方、同様に脱プロトン化するカルボン酸基では、電気陰性度が高い酸素原子により、顕著な触媒活性化が観測されない。また、アミジン基では、脱プロトン化が起こりにくいために、限定的な触媒活性しか示さなかった。今回、配位の際に脱プロトン化するアミド基を配位させることで、高い活性を有する新規触媒を見出すことができた。
【化8】
【0033】
さらにまた、周知の方法で本発明の触媒の更なる活性化が達成できる。即ち、一般式(4)または(5)で表される錯体触媒において、5員環または6員環に水酸基を導入することで、二酸化炭素の水素化反応条件で、オキシアニオンが生じ、配位子上の電子供与性を高め、更なる触媒性能を向上させることが可能になる。例えば、[化9]で示す水酸基を有するピコリンアミド配位子の場合、二酸化炭素水素化反応条件下、水酸基が脱プロトン化してピリジン環上に負電荷生じることで、触媒活性がさらに向上する。その際、ヒドロキシピリジン配位子は、ピリドン骨格を形成する場合がある。
【化9】
【0034】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)は、本発明の金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を有効成分として含む触媒の溶液を二酸化炭素と水素存在下撹拌する工程、および前記溶液を加熱する工程からなる群から選択される少なくとも一つの工程を含む。すなわち、例えば、一般式(1)〜(5)のいずれかで表される錯体触媒の溶液を二酸化炭素と水素存在下、そのまま静置または撹拌するか、必要に応じ加熱すれば良い。
【0035】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)において、反応温度は、触媒が分解することなく、かつ充分な反応速度で反応が進行する方が有利である。一般的には、0℃から300℃の範囲で反応を実施することができるが、好ましくは40℃以上100℃以下の範囲である。反応時間は特に制限はない。なお反応は、低酸素状態または酸素が存在しない条件下で実施するのが好ましく、反応媒体は脱気した後に使用するのが好ましい。また、反応操作は窒素、アルゴン等の不活性な気体の雰囲気下で実施することが好ましい。
【0036】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)において、上記の錯体触媒の使用量については、上限及び下限はないが、反応速度、反応液への錯体触媒の溶解性および経済性などに依存する。適切な触媒濃度は1×10-9から1×10-1Mで、好ましくは1×10-7から1×10-4Mである。
【0037】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)において、塩基を用いた方が反応は促進する。例えば、無機塩基の例としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウムなどが適当である。有機塩基の例としては、アンモニア、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、アニリン、ピリジンなどが適当であるが、これに限定されるものではない。また、一般に反応溶液のpHは、4〜14(好ましくは6〜9)の範囲で用いるが、二酸化炭素ガスの反応溶液への溶解によって反応溶液のpHが変化するために、この範囲を超えて二酸化炭素の水素化を行っても良い。
【0038】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(乃至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)において、反応に用いられる圧力は、特に上限および下限はないが、一般に常圧以上が用いられる。圧力は高いほうが好ましいが、装置および運転コスト等の経済的な理由に依存する。
【0039】
本発明の二酸化炭素の水素化方法(及至ギ酸および/またはギ酸塩の製造方法)において使用される反応溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。本発明の錯体触媒が水に可溶な場合は、水を用いることが簡便であることから好ましい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、錯体の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施例についてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0041】
[実施例1]
[錯体合成]
触媒配位子(0.08mmol)と[Cp*Ir(H2O)3]SO4 (38.2mg, 0.08mmol)を水中30℃で12時間撹拌した。反応溶液を減圧下濃縮し、得られた生成物を減圧下12時間乾燥し、錯体触媒を得た。以下、合成した触媒の分析値を示す。
【0042】
ピコリンアミド(Picolinamide)を配位子とする錯体(6)
【化10】
1H NMR (D2O, 400 MHz): δ = 8.76 (ddd, J = 5.50, 1.50, 0.75 Hz, 1H, ArH), 8.05 (td, J = 7.80, 1.45 Hz, 1H, ArH), 7.85 (ddd, J = 6.90, 1.40, 0.75 Hz, 1H, ArH), 7.63 (ddd, J = 7.70, 5.45 1.50 Hz, 1H, ArH) and 1.62 (s, 15H, Cp*). 13C NMR (D2O, 150 MHz): δ = 176.04 (C=O), 153.02 (Ar), 151.89 (Ar), 141.45 (Ar), 129.93 (Ar), 126.11 (Ar), 87.32 (Cp*) and 8.49 (Cp*). ESI-MS (m/z): [M−HSO4−H2O]+ calcd for C16H20IrN2O+, 449.12; found, 449. Elemental analysis calcd (%) for C16H23IrN2O6S: C, 34.10; H, 4.11; N, 4.97. Found: C; 34.04; H, 4.28; N, 5.15.
【0043】
N-メチルピコリンアミド(N-methylpicolinamide)を配位子とする錯体(7)
【化11】
1H NMR (D2O, 400 MHz): δ = 8.84 (ddd, J = 5.52, 1.44, 0.72 Hz, 1H, ArH), 8.12 (td, J = 7.80, 1.44 Hz, 1H, ArH), 7.86 (ddd, J = 7.84, 1.44, 0.72 Hz, 1H, ArH), .7.69 (ddd, J = 7.64, 5.56, 1.52 Hz, 1H, ArH), 3.37 (s, 3H, Me) and 1.59 (s, 15H, Cp*). 13C NMR (D2O, 150 MHz): δ = 173.41 (C=O), 153.61 (Ar), 151.36 (Ar), 141.36 (Ar), 129.36 (Ar), 125.69 (Ar), 87.65 (Cp*), 37.26 (Me) and 8.46 (Cp*). ESI-MS (m/z): [M−HSO4−H2O]+ calcd for C17H22IrN2O+, 463.14; found, 463. Elemental analysis calcd (%) for C17H25IrN2O6S: C, 35.35; H, 4.36; N, 4.85. Found: C; 35.07; H, 4.23; N, 4.81.
X線結晶構造解析により、アミド窒素のプロトンが脱離した上記構造であることを確認した。
【0044】
4-ヒドロキシピコリンアミド(4-hydoxypicolinamide)を配位子とする錯体(8)
【化12】
1H NMR (D2O, 400 MHz): δ = 8.56 (d, J = 6.32 Hz, 1H, ArH), 7.27 (d, J = 2.68 Hz, 1H, ArH), 7.08 (dd, J = 6.36, 2.84 Hz, 1H, ArH) and 1.62 (s, 15H, Cp*). 13C NMR (D2O, 150 MHz): δ = 176.10 (C=O), 167.43 (Ar), 154.66 (Ar), 152.67 (Ar), 116.58 (Ar), 113.92 (Ar), 86.77 (Cp*), and 8.51 (Cp*). ESI-MS (m/z): [M−HSO4−H2O]+ calcd for C16H20IrN2O2+, 465.12; found, 465. Elemental analysis calcd (%) for C16H23IrN2O7S+H2O: C, 32.15; H, 4.22; N, 4.69. Found: C; 31.86; H, 3.95; N, 4.63.
【0045】
4-ヒドロキシ-N-メチルピロリンアミド(4-hydoxy-N-methylpicolinamide)を配位子とする錯体(9)
【化13】
1H NMR (D2O, 400 MHz): δ = 8.60 (d, J = 6.35 Hz, 1H, ArH), 7.32 (d, J = 2.85 Hz, 1H, ArH), 7.14 (dd, J = 6.35, 2.80 Hz, 1H, ArH), 3.43 (s, 3H, Me) and 1.66 (s, 15H, Cp*). 13C NMR (D2O, 150 MHz): δ = 173.43 (C=O), 167.36 (Ar), 155.33 (Ar), 151.96 (Ar), 115.99 (Ar), 113.34 (Ar), 87.14 (Cp*), 37.31 (Me) and 8.49 (Cp*). ESI-MS (m/z): [M−HSO4−H2O]+ calcd for C17H22IrN2O2+, 479.13; found, 479. Elemental analysis calcd (%) for C17H25IrN2O7S: C, 34.39; H, 4.24; N, 4.72. Found: C; 34.33; H, 4.16; N, 4.67.
【0046】
下記の配位子を有する錯体触媒を、対応する触媒配位子と、[Cp*Ir(H2O)3]SO4、[(C6Me6)Ru(H2O)3]SO4、[Cp*Rh(H2O)3]SO4のいずれかを水中で反応させることで調製した。
【化14】
【0047】
[実施例2]
実施例1で製造した錯体触媒8.0μmolを水(1mL)に溶かした溶液から、25μL(0.2μmol)を、脱気した1Mの炭酸水素ナトリウム水溶液(10mL)に加えて、50℃, 1MPaの水素:二酸化炭素(1:1)の加圧下、激しく撹拌した。1時間後、反応溶液のギ酸濃度を高速液体クロマトグラフィーで用いて、20mMのリン酸水素溶液を展開液とするカラム(TSKgel SCX(H+): TOSOH)に通し、流出する液を波長210nmで測定した結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
[実施例3]
実施例1で製造した錯体触媒(9)(0.2μmol)を、1Mの炭酸水素ナトリウム水溶液(20mL)に加えて、25℃, 大気圧の水素:二酸化炭素(1:1)の雰囲気下、激しく撹拌した。適当な間隔で取り出した反応溶液のギ酸濃度を測定し、触媒回転数とギ酸濃度を図1に示した。その結果、水中常温常圧条件での二酸化炭素の水素化反応は、1時間あたり触媒回転数(触媒回転効率)167回、2週間後の触媒回転数14700回と極めて高い触媒活性を示した。
【0050】
[比較例1]
ビピリジン配位子とする式(23)で表される錯体触媒を用いた50℃, 1MPaの水素:二酸化炭素(1:1)の同じ反応条件下、二酸化炭素の水素化反応によって生成するギ酸塩の触媒回転数は、1回であった。これらの結果は、アミド部を配位子とする錯体触媒(6)〜(21)に比べて少なく、アミド窒素と配位子した触媒が二酸化炭素の水素化反応に有効であることを示している。
【化15】
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の錯体触媒は、二酸化炭素の水素化によるギ酸および/またはギ酸塩の製造(ギ酸および/またはギ酸塩から水素を取り出すことが可能であるため、該製造は水素の貯蔵でもある)に有効である。また、触媒構造が比較的単純であるために、安価に調製できるだけでなく、様々な誘導体に変更可能である。そのため、本発明で見出された錯体触媒を用いれば、二酸化炭素と水素から貯蔵・輸送が容易なギ酸および/またはギ酸塩をエネルギー効率よく製造することができる。また、二酸化炭素の有効利用技術として、二酸化炭素をC1原料として、ギ酸誘導体または、ギ酸からメタノール等の更なる有用炭素化合物へと変換することも可能である。この場合、用いる錯体触媒をあらかじめ調製、分離しておく必要はなく、事前に配位子成分と金属成分を混合するだけで触媒として用いることもできるので、二酸化炭素水素化反応装置への組み込みも容易である。
図1