特許第6890780号(P6890780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6890780脂肪酸代謝促進成分の抽出方法及び脂肪酸代謝促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6890780
(24)【登録日】2021年5月28日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】脂肪酸代謝促進成分の抽出方法及び脂肪酸代謝促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/07 20060101AFI20210607BHJP
   A61P 3/04 20060101ALI20210607BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20210607BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20210607BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20210607BHJP
   A61K 8/9728 20170101ALI20210607BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALN20210607BHJP
【FI】
   A61K36/07
   A61P3/04
   A61P3/06
   A61P3/10
   A23L33/105
   A61K8/9728
   !C12Q1/68ZNA
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-78469(P2017-78469)
(22)【出願日】2017年4月11日
(65)【公開番号】特開2018-177680(P2018-177680A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2019年12月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】390034142
【氏名又は名称】ホクト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 巴奈
(72)【発明者】
【氏名】森 光一郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 隆一郎
【審査官】 春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−103926(JP,A)
【文献】 特開2014−185154(JP,A)
【文献】 Kubo, K. et al.,Anti-diabetic activity present in the fruit body of Grifola frondosa (Maitake),Biological & Pharmaceutical Bulletin,1994年,Vol.17, No.8,p.1106-1110,doi:10.1248/bpb.17.1106
【文献】 小山 尚子 ほか,食用キノコ類の脂肪酸組成およびエルゴステロール含量,日本食品工業学会誌,1984年,第31巻,第11号,p.732−738,doi:10.3136/nskkk1962.31.11_732
【文献】 Su, C.H. et al.,Inhibitory potential of Grifola frondosa bioactive fractions on α-amylase and α-glucosidase for management of hyperglycemia,Biotechnology and Applied Biochemistry,2013年,Vol.60, No.4,p.446-452,doi:10.1002/bab.1105
【文献】 Wu, H.T. et al.,Oleic acid activates peroxisome proliferator-activated receptor δ to compensate insulin resistance in steatotic cells,Journal of Nutritional Biochemistry,2012年,Vol.23, No.10,p.1264-1270,doi:10.1016/j.jnutbio.2011.07.006
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00−36/9068
A23L 33/00−33/29
A61K 8/00− 8/99
A61Q 1/00−90/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
J−STAGE
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイタケからエタノールにより抽出されたエタノール抽出物を、水と酢酸エチルとで分配して酢酸エチル相として抽出された酢酸エチル抽出物である有機溶媒抽出物を脂肪酸代謝促進成分として得ることを特徴とする脂肪酸代謝促進成分の抽出方法。
【請求項2】
前記有機溶媒抽出物は、前記酢酸エチル抽出物を、ヘキサンと酢酸エチルとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて溶出した溶出画分のうち、ヘキサン:酢酸エチルの割合が1:1の画分として抽出されたものであることを特徴とする請求項記載の脂肪酸代謝促進成分の抽出方法。
【請求項3】
前記有機溶媒抽出物は、前記ヘキサン:酢酸エチルの割合が1:1の画分を、さらにクロロホルムとメタノールとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて溶出した溶出画分のうち、クロロホルム:メタノールの割合が200:1の画分として溶出されたものであることを特徴とする請求項記載の脂肪酸代謝促進成分の抽出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイタケから脂肪酸代謝促進成分を抽出する方法及びこの方法で抽出した脂肪酸代謝促進成分を主成分とする脂肪酸代謝促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
核内受容体の一種であるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体δ(peroxisome proliferator-activated receptor-δ、以下「PPARδ」と略す。)は、種々の脂肪酸をリガンドとして遺伝子発現を制御しており、特に骨格筋において脂肪消費に関与することが分かっている。PPARδの活性化は、エネルギー消費を上昇させることで高脂肪食による体重上昇の抑制や、インスリン抵抗性の改善、血中中性脂肪の減少、脂肪肝の抑制といった効果を持つことから、PPARδ活性化剤は、肥満、インスリン抵抗性、動脈硬化及び脂肪肝の予防又は改善剤として有用であると考えられる(非特許文献1)。
【0003】
さらに、骨格筋におけるPPARδの活性化は骨格筋の遅筋タイプ筋繊維への移行に関与していることが報告されていることから、PPARδ活性化剤は基礎代謝上昇や持久力向上に効果があると考えられている(非特許文献2)。また、骨格筋の筋繊維タイプは高脂肪食や多糖食、また加齢によって速筋型に変遷することが報告されている(非特許文献3)。よって、骨格筋における遅筋タイプ筋繊維の増大は、生活習慣や加齢が原因で起こる、いわゆるロコモティブシンドロームの予防又は改善に効果がある可能性が示唆されてきた。そのような観点から、PPARδ活性化剤は抗ロコモティブシンドローム剤として有望であるといえる。
【0004】
また、持久力トレーニングにより増加する遅筋タイプ筋繊維には毛細血管が多く存在することが分かっており(非特許文献4)、遅筋タイプ筋繊維の増加により毛細血管量が増えることによる血行促進効果も期待される。
【0005】
さらに、近年、遅筋タイプ筋繊維が増加することで食肉におけるタウリンや鉄分、呈味性遊離アミノ酸量、ジューシーさといった、美味しさに関する因子が増加することも分かっており、食肉生産の観点からも注目が集まっている(非特許文献5)。
【0006】
上述のようにPPARδは骨格筋に関する研究報告が多いが、脳においても発現量が多いことが知られているため、脳における機能も注目されている。脳におけるPPARδは、神経保護作用や抗炎症作用といった機能により、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の新たな創薬ターゲットとしても期待されている(非特許文献6)。
【0007】
このような目的でPPARδ活性化剤の探索及び開発も盛んに行われてきており、これまでいくつかの食品成分においてPPARδ活性化能を有することが報告されてきている。
【0008】
ところで、きのこの一種であるマイタケ(学名:Grifola frondosa)は、古くから食されているきのこであり、日本人の食生活にもなじみ深い食材の1つである。マイタケの、主に多糖類に関しては、抗がん作用や免疫賦活作用、抗メタボリクッシンドローム、骨粗鬆症予防、肝疾患予防など様々な研究が報告されてきた(特許文献1〜5)。しかしながら、マイタケとPPARδ活性化との関係についてはこれまで知られてはいなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−336920号公報
【特許文献2】特開2007−008829号公報
【特許文献3】特開2011−102286号公報
【特許文献4】特開2001−097881号公報
【特許文献5】特開2007−332336号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Wang, Y.X., et al., "Peroxisome-proliferator-activated receptor δ activates fat metabolism to prevent obesity." Cell, 2003, 113(2): 159-170
【非特許文献2】Wang, Y.X., et al., "Regulation of muscle fiber type and running endurance by PPARδ." PLoS Biol., 2004, 2(10): e294
【非特許文献3】Hyatt, J.P.K., et al., "Muscle-Specific Myosin Heavy Chain Shifts in Response to a Long-Term High Fat/High Sugar Diet and Resveratrol Treatment in Nonhuman Primates." Front. Physiol., 2016, 7(77): doi: 10.3389/fphys.2016.00077
【非特許文献4】Andersen, P. & Henriksson, J., "Capillary supply of the quadriceps femoris muscle of man: adaptive response to exercise." J. Phisiol., 1977, 270(3): 677-690.1
【非特許文献5】Kang, Y.K., et al., "Effects of myosin heavy chain isoforms on meat quality, fatty acid composition, and sensory evaluation in Berkshire pigs." Meat Sci., 2011, 89(4): 384-389
【非特許文献6】Bordet, R. et al., "PPAR: a new pharmacological target for neuroprotection in stroke and neurodegenerative diseases." Biochem. Soc. Trans., 2006, 34(6): 1341-1346
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、通年で安定的に原料を供給でき、かつ、食経験が豊かで安全性が確保されている生鮮食品のマイタケからPPARδ活性化作用のある画分を抽出し、それにより脂肪酸代謝促進剤を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願の第1の態様に係る脂肪酸代謝促進成分の抽出方法は、マイタケから有機溶媒によって有機溶媒抽出物を脂肪酸代謝促進成分として得ることを特徴とする。
【0013】
本願の第2の態様に係る脂肪酸代謝促進成分の抽出方法は、上記第1の態様の特徴に加え、前記有機溶媒抽出物は、エタノールにより抽出されたエタノール抽出物を、水と酢酸エチルとで分配して酢酸エチル相として抽出された酢酸エチル抽出物であることを特徴とする。
【0014】
本願の第3の態様に係る脂肪酸代謝促進成分の抽出方法は、上記第2の態様の特徴に加え、前記有機溶媒抽出物は、前記酢酸エチル抽出物を、ヘキサンと酢酸エチルとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて溶出した溶出画分のうち、ヘキサン:酢酸エチルの割合が1:1の画分として抽出されたものであることを特徴とする。この濃度勾配クロマトグラフィーは、シリカゲルカラムを用いて行うのが望ましい。
【0015】
本願の第4の態様に係る脂肪酸代謝促進成分の抽出方法は、上記第3の態様の特徴に加え、前記有機溶媒抽出物は、前記ヘキサン:酢酸エチルの割合が1:1の画分を、さらにクロロホルムとメタノールとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて溶出した溶出画分のうち、クロロホルム:メタノールの割合が200:1の画分として溶出されたものであることを特徴とする。この濃度勾配クロマトグラフィーは、シリカゲルカラムを用いて行うのが望ましい。
【0016】
本願に係る脂肪酸代謝促進剤は、前記第1から第4までの態様のうちのいずれか1つに記載の脂肪酸代謝促進成分を主成分とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る脂肪酸代謝促進成分は、日常の食生活における食品素材であるマイタケから、PPARδ活性化作用のある画分として抽出された有機溶媒抽出物であるため、これを主成分とした脂肪酸代謝促進剤は、副作用が生じるおそれがない。また、当該脂溶性抽出物は天然物質のため合成などの手間も不要である。さらに、マイタケは通年で安定して大量生産が可能なため材料の提供も安定的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】マイタケからの脂肪酸代謝促進成分の抽出工程の概略を示す。
図2】マイタケの酢酸エチル抽出物のマウス骨格筋由来細胞株C2C12に対するPPARδ活性化作用(A)及びPDK4発現促進作用(B)を示す。
図3】マイタケの酢酸エチル抽出物の糖代謝能に対する効果を示す。
図4】マイタケの酢酸エチル抽出物の体重上昇抑制効果を示す。
図5】マイタケの酢酸エチル抽出物の組織重量変化に対する効果を示す。
図6】マイタケの酢酸エチル抽出物の肝臓中脂質に対する効果を示す。
図7】マイタケの酢酸エチル抽出物の血漿中成分に対する効果を示す。
図8】マイタケの酢酸エチル抽出物のマウス骨格筋における遺伝子発現に対する効果を示す。
図9】マイタケの酢酸エチル抽出物からのヘキサン:酢酸エチル抽出画分のPPARδ活性化作用を示す。
図10】ヘキサン:酢酸エチル抽出画分Fr.6からのクロロホルム:メタノール抽出画分のPPARδ活性化作用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る脂肪酸代謝促進剤は、マイタケから有機溶媒によって抽出した有機溶媒抽出物である脂肪酸代謝促進成分を主成分として構成される。
【0020】
マイタケは担子菌類の食用きのこであって、日本国内では、2015年の農林水産省の統計によれば国内で年間約48,800トンの生産量があり、通年で栽培がされている。本発明の材料であるマイタケの入手については、タンク培養などにより菌糸体を集めることもできるが、市販用の子実体を入手する方が容易である。
【0021】
また、本願発明の効果を得るためには、菌糸体の培養物を利用することもできるが、本発明の効果を十分に得るためには、マイタケの子実体から有機溶媒抽出物を抽出することが好ましい。
【0022】
次にマイタケからの有機溶媒抽出物の抽出方法を説明する。
【0023】
材料のマイタケの子実体又は菌糸体は、乾燥粉末化したものも使用できる。抽出収率を考慮するとマイタケを乾燥した後、微粉末化することが望ましい。しかし、乾燥工程及び微粉末化の工程を省略すればコストを低減できるため、新鮮なマイタケを使用することがより好ましい。
【0024】
また、マイタケの子実体又は菌糸体の乾燥は、天日干し、温風乾燥、熱風乾燥又は凍結乾燥などの方法を適用することができる。
【0025】
次に、一次抽出について説明する。新鮮なマイタケ又はマイタケ乾燥微粉末を、有機溶媒中に浸漬し、その後当該有機溶媒を吸引濾過して抽出液を回収する。回収した抽出液は減圧下で有機溶媒を除去し、残渣を一次抽出物として得ることができる。
【0026】
ここで、有機溶媒としては、極性有機溶媒ないし親水性有機溶媒を用いることができる。具体的には、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、アセトニトリル若しくはアセトン等を単独で、又は、これらのうちの2以上の混合溶媒として用いることができる。これらのうちでは、エタノールを使用するのがより好ましい。また、これらの極性有機溶媒ないし親水性有機溶媒を用いる場合は、水との混合物を溶媒として用いることとしてもよい。なお、水分の乏しい粉末からの抽出では、酢酸エチル、ヘキサン、トルエン、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、クロロホルム又は四塩化炭素等の無極性ないし低極性有機溶媒の使用もできる。
【0027】
また、浸漬時間や有機溶媒の量等は、抽出効率を考慮して適宜変更することができる。
【0028】
次に二次抽出について説明する。前記一次抽出物は、それ自体でPPARδ活性化作用を有するものであるが、さらに分画を行うことで当該作用をより強力にすることができる。
【0029】
前記一次抽出物に、蒸留水と低極性の有機溶媒から選択される1又は2以上の有機溶媒とを添加して混合し、静置した後、混合液が分離したら、蒸留水相を除いて有機溶媒相のみを残す。次に当該有機溶媒相を無水硫酸ナトリウムで脱水した後、減圧濃縮して二次抽出物が得られる。
【0030】
ここで、上記低極性の有機溶媒には、塩化メチレン、酢酸エチル、クロロホルム、ジエチルエーテル、トルエン、ベンゼン又はヘキサン等が挙げられ、好ましくは酢酸エチル、クロロホルム又はヘキサンのいずれかを単独又は2以上の混合溶媒として用いることとする。これらのうち最も好ましいのは酢酸エチルである。
【0031】
次に三次抽出について説明する。前記二次抽出物は、前記一次抽出物よりも強いPPARδ活性化作用を示すが、さらに有効成分の純度を向上させるためにさらに分画することが望ましい。すなわち、前記二次抽出物をシリカゲルに吸着させ、その後当該シリカゲル吸着物を有機溶媒で溶出させることで、さらに強いPPARδ活性化作用を有する画分を三次抽出物として得ることができる。
【0032】
すなわち、オープンカラムに充填されたシリカゲルに前記二次抽出物を吸着させ、ヘキサンと酢酸エチルとの混合有機溶媒を使用してグラジエント溶出法に従って分画操作を行い、ヘキサン:酢酸エチルが1:1の割合で溶出した画分が三次抽出物として得られる。当該三次抽出物は、二次抽出物より強いPPARδ活性化作用を有する。
【0033】
なお、オープンカラムに充填されるシリカゲルは順相カラムクロマトグラフィー充填用の各種シリカゲルが使用でき、シリカゲルの粒径は40〜200μmが好ましい。
【0034】
ここで、上記シリカゲル吸着物を溶出させる混合有機溶媒としては、無極性有機溶媒と極性有機溶媒との全ての中から選択される2以上の有機溶媒を混合して得られる有機溶媒を使用することもできるが、上記の通り、ヘキサンと酢酸エチルとを混合した有機溶媒を使用することが好ましい。
【0035】
なお、前記三次抽出物を、さらに有効成分の純度を向上させるために、さらに四次抽出に供することとしてもよい。すなわち、前記三次抽出と同様のオープンカラムに充填されたシリカゲルに前記三次抽出物を吸着させ、クロロホルムとメタノールとの混合有機溶媒を使用してグラジエント溶出法に従って分画操作を行い、クロロホルム:メタノールが200:1の割合で溶出した画分が四次抽出物として得られる。当該四次抽出物は、前記三次抽出物より強いPPARδ活性化作用を有する。
【実施例】
【0036】
(脂肪酸代謝促進成分の抽出)
脂肪酸代謝促進成分の抽出工程の概略を図1に示すとともに、以下に新鮮なマイタケ子実体から当該成分を抽出する実施例を詳説する。
【0037】
新鮮なマイタケ子実体41.2kgを、エタノール40L中に浸漬して1週間常温で放置した。その後当該マイタケ子実体が浸漬されているエタノール溶液を吸引濾過して回収し抽出液を得た。次に、エバポレーターを使用して当該抽出液からエタノールを蒸発させ、残留物を一次抽出物として得た。
【0038】
次に当該一次抽出物を酢酸エチルと水とを1:1に混合した溶媒に添加した後、攪拌し放置した。しばらくして酢酸エチル相と水相に分かれた時点で、酢酸エチル相を回収した。この回収した酢酸エチル相に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水操作を行った。その後、エバポレーターを使用して酢酸エチル相から溶媒を蒸発させ、二次抽出物(酢酸エチル抽出物)としての残留物を8.10g得た。
【0039】
(酢酸エチル抽出物のPPARδ活性化能評価)
前記酢酸エチル抽出物のPPARδ活性化能をルシフェラーゼアッセイにより評価した。ヒト胎児腎由来細胞株HEK293を12ウェルプレートに播種し、10体積%ウシ胎児血清(FBS、ICN Biomedicals)並びに100ユニット/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシン(Invitrogen)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、SIGMA)中で24時間培養した。その後、ルシフェラーゼ遺伝子の上流に、Gal4応答配列を5回組み込んだレポーター遺伝子と、Gal4 DNA結合領域の後方にPPARδのリガンド結合領域を組み込んだ融合蛋白質発現遺伝子をリン酸カルシウム法を用いて導入し、ルシフェラーゼアッセイを行なった。遺伝子導入6時間後に前記酢酸エチル抽出物(100μg/mL)を含む無血清DMEM培地に交換し、さらに18時間培養した。
【0040】
ルシフェラーゼ活性測定には、デュアルルシフェラーゼアッセイシステム(Promega)を用いた。すなわち、培養後の細胞を溶解し、その溶解液にルシフェリンを含む基質溶液を加え、ルミノメーター(MiniLumat、ベルトールド社)にてホタルルシフェラーゼの発光を測定した。本実験系はホタルルシフェラーゼ活性の値をβ−ガラクトシダーゼ活性の値で割ることで、ルシフェラーゼ活性の値とした。また、ルシフェラーゼ活性は溶媒コントロールであるジメチルスルホキシド(DMSO)によるPPARδの転写活性を1とした相対値で示した。また、PPARδの活性化剤としてGW501516、阻害剤としてGSK3787を使用した。
【0041】
(酢酸エチル抽出物によるPPARδ標的遺伝子発現亢進)
前記酢酸エチル抽出物によるPPARδ標的遺伝子発現への影響を解析した。マウス骨格筋由来細胞株C2C12を12ウェルプレートに播種し、10体積%チャコール処理FBS並びに100ユニット/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシンを含むDMEM中で1日培養した。培養開始から24時間後に培地を2体積%ウマ血清(Equitech−Bio Inc.)を含むDMEMに交換し、分化誘導を行った。2体積%ウマ血清含有DMEMは2日毎に新しいものに交換し、4日から5日間分化誘導を行った後に、前記酢酸エチル抽出物(100μg/mL)を含む培地に交換した。添加24時間後の細胞からRNA抽出試薬(ISOGEN、ニッポン・ジーン)を用いてトータルRNAを抽出した。抽出したトータルRNA 125ngを用いて逆転写反応を行った。合成されたcDNAを用い、リアルタイムPCR法により、PPARδ標的遺伝子であるPDK4のmRNA発現量を定量した。リアルタイムPCR法においては、95℃の初期熱変性10分間の後、95℃の熱変性15秒間及び60℃のアニーリング1分間を1サイクルとし、これを40サイクル行った。PDK4遺伝子のプライマーとしては、下記配列1をセンスプライマーとし、下記配列2をアンチセンスプライマーとした。
【0042】
配列1:5'-aaaggacaggatggaaggaatca-3'
配列2:5'-ttttcctctgggtttgcacat-3'
【0043】
前記ルシフェラーゼアッセイの結果、図2(A)に示すように、C2C12細胞はPPARδアゴニストであるGW501516の添加により活性が増加した。そしてこの、GW501516が誘引するPPARδの活性化はPPARδ阻害剤であるGSK3787(図中「GSK」)によって濃度依存的に減少することが確かめられた。なお、図中の括弧内の数値は濃度(μM)を示す。そして、酢酸エチル抽出物(図中「EA」)についても、GSK3787によって濃度依存的に活性化の減少が認められるため、酢酸エチル抽出物にはPPARδ活性化作用があることが推認された。なお、PPARの標的遺伝子であるPDK4の発現については、図2(B)に示すように、図2(A)のグラフと同様に、GSK3787によって濃度依存的にmRNA発現を減少させる傾向が見られるため、酢酸エチル抽出物はPDK4の発現を促進することからPPARδを活性化させることが推認された。
【0044】
(動物実験)
6週齢の雄C57/BL6Jマウス(日本クレア)を、1週間の馴化の後、各実験に使用した。マウスは12時間毎の明暗サイクル(21時消灯)下で飼育し、飼料と水(滅菌蒸留水)は自由摂食とした。高脂肪食負荷試験で用いた高脂肪食は、総カロリー中に脂肪によるカロリーが60%を占めるものを用い、同様に自由摂食させた。試験群には、この高脂肪食に前記酢酸エチル抽出物を0.2重量%又は0.4重量%含有させたものを同様に自由摂食させた。各組織を採取する際の解剖は6時間絶食後に行い、組織は採取後ただちに液体窒素で凍結し、実験に用いるまで−80℃で保存した。なお、全ての動物実験は東京大学動物実験実施規則に基づいて行った。
【0045】
(耐糖能試験)
前記マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.2重量%含有高脂肪食(HF+GF)を与えた。摂食開始後2〜3日おきに摂食量と体重とを測定したところ、摂食開始12週目までには両群間で有意な差は見られなかった。しかし、摂食開始12週目に両群のマウスにグルコース溶液(1.5g/kg)を経口投与し、0、15、30、60、90及び120分後の血中グルコース濃度を測定したところ、図3に示すように、経口投与後15〜30分において血中グルコース濃度の上昇が有意に抑制されていることが判明した。よって、マイタケの酢酸エチル抽出物により、マウスの糖代謝能が上昇したことが確認された。
【0046】
(肥満改善作用)
マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.4重量%含有高脂肪食(HF+GF)を与えた。約3箇月間にわたり、2〜3日おきに摂食量と体重とを測定したところ、図4(A)に示すように期間中の総摂食量は両群間で差はなかったものの、図4(B)に示すように、試験群においては有意な体重上昇の抑制が見られた。
【0047】
(脂質に対する作用)
マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.4重量%含有高脂肪食(GF)を与えた。摂食開始3箇月後に、図5に示すように、試験群では内臓脂肪及び皮下脂肪の有意な減少が認められた。
【0048】
また、摂食開始3箇月後に、肝臓中の中性脂肪及びコレステロール値を測定した。その結果、図6(A)に示すように試験群(GF)では対照群(HF)に比べ肝臓中の中性脂肪の有意な減少が見られた。なお、肝臓中のコレステロール値も図6(B)に示すように試験群で減少しているかに見えたが、これは有意な差ではなかった。なお、血漿中のグルコース(図7(A))、中性脂肪(図7(B))及び遊離脂肪酸(図7(D))については試験群(HF+GF)と対照群(HF)との間で有意な差は見られなかったが、コレステロール値(図7(C))については試験群で有意に減少していた。
【0049】
(遺伝子発現)
さらに、酢酸エチル抽出物0.2重量%含有高脂肪食摂食開始3箇月後のマウスの骨格筋のうち、白筋(「white」、腓腹筋)及び赤筋(「red」、ヒラメ筋)におけるPDK4(図8(A))、LPL(図8(B))及びGLUT4(図8(C))の遺伝子発現を調べた。具体的には、マウス骨格筋から得た組織を、RNA抽出試薬(ISOGEN、ニッポン・ジーン)内で破砕したのち、前記C2C12細胞と同様の手法でトータルRNAを抽出した上で、前記PDK4遺伝子発現と同様にして、リアルタイムPCR法にて遺伝子発現を観察した。なお、LPL遺伝子のプライマーとしては、下記配列3をセンスプライマーとし、下記配列4をアンチセンスプライマーとした。また、GLUT4遺伝子のプライマーとしては、下記配列5をセンスプライマーとし、下記配列6をアンチセンスプライマーとした。
【0050】
配列3:5'-cttcttgatttacacggaggt-3'
配列4:5'-atggcatttcacaaacactg-3'
配列5:5'-gagctgaaggatgagaaacgga-3'
配列6:5'-cattgatgcctgagagctgttg-3'
【0051】
その結果、赤筋においていずれの遺伝子も試験群(GF)において発現が対照群(HF)に比べ有意に上昇していることが分かった。ここで、PDK4及びLPLはPPARδ標的遺伝子であり、マイタケの酢酸エチル抽出物の摂取によりこの遺伝子の発現変動が起きることで、脂質代謝が活性化するものと推察される。また、食餌から摂取されたマイタケの酢酸エチル抽出物は骨格筋に到達することが可能で、それによって、脂肪酸β酸化関連遺伝子(PDK4、LPL)の発現量が上昇するものと推察される。なお、GLUT4は糖代謝関連遺伝子であり、これらの発現上昇によって糖代謝も亢進することが推察される。
【0052】
(脂肪代謝促進作用に関し小括)
以上の実験結果から、マイタケの酢酸エチル抽出物には、PPARδ活性化作用があることが分かった。また、高脂肪食を長期間継続した場合における体重増加抑制作用や、肝臓における中性脂肪低減作用があることも明らかとなった。さらに、肥満による糖代謝能の低下を改善する作用があることも明らかとなった。さらには、経口摂取したマイタケ成分が、直接、又は代謝産物によって、骨格筋に対し脂肪酸代謝及び糖代謝を促進する作用を発揮させる可能性が示唆された。
【0053】
これにより、マイタケの酢酸エチル抽出物は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示された。
【0054】
(有効成分の分画)
上記のような作用を有するマイタケの酢酸エチル抽出物について、有効成分の精製に繋がる成分の分画を試みた。
【0055】
すなわち、少量の酢酸エチルに溶解した酢酸エチル抽出物8.10gをセライトに吸着させてから完全に乾燥させ、その後これをシリカゲルカラムを用いたヘキサンと酢酸エチルとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて分画した。すなわち、このセライト吸着抽出物をオープンカラムに充填したシリカゲル上に載せ、酢酸エチルとヘキサンとの濃度比率を調整した混合溶媒を用いて濃度勾配溶出を行ったところ、ヘキサンの比率が高い順にFr.1からFr.10までの画分が得られた。このうち、PPARδ活性化作用の高い画分として、ヘキサン:酢酸エチルが1:1のFr.6を選択した(図9参照)。なお、図中、「DMSO」は陰性対照としての前記DMSOであり、「GW」は陽性対照としての前記GW501516であり、「EA」は前記酢酸エチル抽出物である。この画分Fr.6から溶媒を蒸発させた後の乾燥重量は80mgであった。なお、図中では画分Fr.7の方が活性化作用が幾分高くなっているが、図示しない低濃度での検討や、遺伝子発現変動での検討でFr.6の方が活性が高かったことで、上述の通り画分Fr.6が選択された。
【0056】
この画分Fr.6は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、前記酢酸エチル抽出物より強力な脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示唆された。
【0057】
さらにこの画分Fr.6を少量の酢酸エチルに溶解し、セライトに吸着させてから完全に乾燥させ、その後これをシリカゲルカラムを用いたクロロホルムとメタノールとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて分画した。すなわち、このセライト吸着画分をオープンカラムに充填したシリカゲル上に載せ、クロロホルムとメタノールとの濃度比率を調整した混合溶媒を用いて濃度勾配溶出を行ったところ、クロロホルムの比率が高い順にFr.51−1からFr.51−8までの画分が得られた。このうち、PPARδ活性化作用の高い画分として、クロロホルム:メタノールが200:1のFr.51−3を選択した(図10参照)。なお、図中、「control」は陰性対照としての前記DMSOであり、「GW」は陽性対照としての前記GW501516であり、「EA」は前記酢酸エチル抽出物である。この画分Fr.51−3から溶媒を蒸発させた後の乾燥重量は30.4mgであった。
【0058】
以上より、画分Fr.51−3に、上記脂肪代謝促進作用によりクリティカルな役割を果たす成分が含有されているものと期待される。よって、このFr.51−3は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、前記画分Fr.6よりさらに強力な脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係る脂肪代謝促進成分は、優れたPPARδ活性化作用を有し、かつ食品由来なため長期間摂取しても安全性は高い。また、体脂肪を減少させるとともに遅筋増加剤として持久力向上効果や抗ロコモティブシンドローム効果などを発揮し得るため、医薬品、医薬部外品、化粧品及び食品並びにこれらへ配合するための素材又は配合剤として有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]