【実施例】
【0036】
(脂肪酸代謝促進成分の抽出)
脂肪酸代謝促進成分の抽出工程の概略を
図1に示すとともに、以下に新鮮なマイタケ子実体から当該成分を抽出する実施例を詳説する。
【0037】
新鮮なマイタケ子実体41.2kgを、エタノール40L中に浸漬して1週間常温で放置した。その後当該マイタケ子実体が浸漬されているエタノール溶液を吸引濾過して回収し抽出液を得た。次に、エバポレーターを使用して当該抽出液からエタノールを蒸発させ、残留物を一次抽出物として得た。
【0038】
次に当該一次抽出物を酢酸エチルと水とを1:1に混合した溶媒に添加した後、攪拌し放置した。しばらくして酢酸エチル相と水相に分かれた時点で、酢酸エチル相を回収した。この回収した酢酸エチル相に無水硫酸ナトリウムを加えて脱水操作を行った。その後、エバポレーターを使用して酢酸エチル相から溶媒を蒸発させ、二次抽出物(酢酸エチル抽出物)としての残留物を8.10g得た。
【0039】
(酢酸エチル抽出物のPPARδ活性化能評価)
前記酢酸エチル抽出物のPPARδ活性化能をルシフェラーゼアッセイにより評価した。ヒト胎児腎由来細胞株HEK293を12ウェルプレートに播種し、10体積%ウシ胎児血清(FBS、ICN Biomedicals)並びに100ユニット/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシン(Invitrogen)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、SIGMA)中で24時間培養した。その後、ルシフェラーゼ遺伝子の上流に、Gal4応答配列を5回組み込んだレポーター遺伝子と、Gal4 DNA結合領域の後方にPPARδのリガンド結合領域を組み込んだ融合蛋白質発現遺伝子をリン酸カルシウム法を用いて導入し、ルシフェラーゼアッセイを行なった。遺伝子導入6時間後に前記酢酸エチル抽出物(100μg/mL)を含む無血清DMEM培地に交換し、さらに18時間培養した。
【0040】
ルシフェラーゼ活性測定には、デュアルルシフェラーゼアッセイシステム(Promega)を用いた。すなわち、培養後の細胞を溶解し、その溶解液にルシフェリンを含む基質溶液を加え、ルミノメーター(MiniLumat、ベルトールド社)にてホタルルシフェラーゼの発光を測定した。本実験系はホタルルシフェラーゼ活性の値をβ−ガラクトシダーゼ活性の値で割ることで、ルシフェラーゼ活性の値とした。また、ルシフェラーゼ活性は溶媒コントロールであるジメチルスルホキシド(DMSO)によるPPARδの転写活性を1とした相対値で示した。また、PPARδの活性化剤としてGW501516、阻害剤としてGSK3787を使用した。
【0041】
(酢酸エチル抽出物によるPPARδ標的遺伝子発現亢進)
前記酢酸エチル抽出物によるPPARδ標的遺伝子発現への影響を解析した。マウス骨格筋由来細胞株C2C12を12ウェルプレートに播種し、10体積%チャコール処理FBS並びに100ユニット/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシンを含むDMEM中で1日培養した。培養開始から24時間後に培地を2体積%ウマ血清(Equitech−Bio Inc.)を含むDMEMに交換し、分化誘導を行った。2体積%ウマ血清含有DMEMは2日毎に新しいものに交換し、4日から5日間分化誘導を行った後に、前記酢酸エチル抽出物(100μg/mL)を含む培地に交換した。添加24時間後の細胞からRNA抽出試薬(ISOGEN、ニッポン・ジーン)を用いてトータルRNAを抽出した。抽出したトータルRNA 125ngを用いて逆転写反応を行った。合成されたcDNAを用い、リアルタイムPCR法により、PPARδ標的遺伝子であるPDK4のmRNA発現量を定量した。リアルタイムPCR法においては、95℃の初期熱変性10分間の後、95℃の熱変性15秒間及び60℃のアニーリング1分間を1サイクルとし、これを40サイクル行った。PDK4遺伝子のプライマーとしては、下記配列1をセンスプライマーとし、下記配列2をアンチセンスプライマーとした。
【0042】
配列1:5'-aaaggacaggatggaaggaatca-3'
配列2:5'-ttttcctctgggtttgcacat-3'
【0043】
前記ルシフェラーゼアッセイの結果、
図2(A)に示すように、C2C12細胞はPPARδアゴニストであるGW501516の添加により活性が増加した。そしてこの、GW501516が誘引するPPARδの活性化はPPARδ阻害剤であるGSK3787(図中「GSK」)によって濃度依存的に減少することが確かめられた。なお、図中の括弧内の数値は濃度(μM)を示す。そして、酢酸エチル抽出物(図中「EA」)についても、GSK3787によって濃度依存的に活性化の減少が認められるため、酢酸エチル抽出物にはPPARδ活性化作用があることが推認された。なお、PPARの標的遺伝子であるPDK4の発現については、
図2(B)に示すように、
図2(A)のグラフと同様に、GSK3787によって濃度依存的にmRNA発現を減少させる傾向が見られるため、酢酸エチル抽出物はPDK4の発現を促進することからPPARδを活性化させることが推認された。
【0044】
(動物実験)
6週齢の雄C57/BL6Jマウス(日本クレア)を、1週間の馴化の後、各実験に使用した。マウスは12時間毎の明暗サイクル(21時消灯)下で飼育し、飼料と水(滅菌蒸留水)は自由摂食とした。高脂肪食負荷試験で用いた高脂肪食は、総カロリー中に脂肪によるカロリーが60%を占めるものを用い、同様に自由摂食させた。試験群には、この高脂肪食に前記酢酸エチル抽出物を0.2重量%又は0.4重量%含有させたものを同様に自由摂食させた。各組織を採取する際の解剖は6時間絶食後に行い、組織は採取後ただちに液体窒素で凍結し、実験に用いるまで−80℃で保存した。なお、全ての動物実験は東京大学動物実験実施規則に基づいて行った。
【0045】
(耐糖能試験)
前記マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.2重量%含有高脂肪食(HF+GF)を与えた。摂食開始後2〜3日おきに摂食量と体重とを測定したところ、摂食開始12週目までには両群間で有意な差は見られなかった。しかし、摂食開始12週目に両群のマウスにグルコース溶液(1.5g/kg)を経口投与し、0、15、30、60、90及び120分後の血中グルコース濃度を測定したところ、
図3に示すように、経口投与後15〜30分において血中グルコース濃度の上昇が有意に抑制されていることが判明した。よって、マイタケの酢酸エチル抽出物により、マウスの糖代謝能が上昇したことが確認された。
【0046】
(肥満改善作用)
マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.4重量%含有高脂肪食(HF+GF)を与えた。約3箇月間にわたり、2〜3日おきに摂食量と体重とを測定したところ、
図4(A)に示すように期間中の総摂食量は両群間で差はなかったものの、
図4(B)に示すように、試験群においては有意な体重上昇の抑制が見られた。
【0047】
(脂質に対する作用)
マウスを6体ずつ試験群と対照群とに分け、対照群には高脂肪食(HF)を与え、試験群には前記酢酸エチル抽出物0.4重量%含有高脂肪食(GF)を与えた。摂食開始3箇月後に、
図5に示すように、試験群では内臓脂肪及び皮下脂肪の有意な減少が認められた。
【0048】
また、摂食開始3箇月後に、肝臓中の中性脂肪及びコレステロール値を測定した。その結果、
図6(A)に示すように試験群(GF)では対照群(HF)に比べ肝臓中の中性脂肪の有意な減少が見られた。なお、肝臓中のコレステロール値も
図6(B)に示すように試験群で減少しているかに見えたが、これは有意な差ではなかった。なお、血漿中のグルコース(
図7(A))、中性脂肪(
図7(B))及び遊離脂肪酸(
図7(D))については試験群(HF+GF)と対照群(HF)との間で有意な差は見られなかったが、コレステロール値(
図7(C))については試験群で有意に減少していた。
【0049】
(遺伝子発現)
さらに、酢酸エチル抽出物0.2重量%含有高脂肪食摂食開始3箇月後のマウスの骨格筋のうち、白筋(「white」、腓腹筋)及び赤筋(「red」、ヒラメ筋)におけるPDK4(
図8(A))、LPL(
図8(B))及びGLUT4(
図8(C))の遺伝子発現を調べた。具体的には、マウス骨格筋から得た組織を、RNA抽出試薬(ISOGEN、ニッポン・ジーン)内で破砕したのち、前記C2C12細胞と同様の手法でトータルRNAを抽出した上で、前記PDK4遺伝子発現と同様にして、リアルタイムPCR法にて遺伝子発現を観察した。なお、LPL遺伝子のプライマーとしては、下記配列3をセンスプライマーとし、下記配列4をアンチセンスプライマーとした。また、GLUT4遺伝子のプライマーとしては、下記配列5をセンスプライマーとし、下記配列6をアンチセンスプライマーとした。
【0050】
配列3:5'-cttcttgatttacacggaggt-3'
配列4:5'-atggcatttcacaaacactg-3'
配列5:5'-gagctgaaggatgagaaacgga-3'
配列6:5'-cattgatgcctgagagctgttg-3'
【0051】
その結果、赤筋においていずれの遺伝子も試験群(GF)において発現が対照群(HF)に比べ有意に上昇していることが分かった。ここで、PDK4及びLPLはPPARδ標的遺伝子であり、マイタケの酢酸エチル抽出物の摂取によりこの遺伝子の発現変動が起きることで、脂質代謝が活性化するものと推察される。また、食餌から摂取されたマイタケの酢酸エチル抽出物は骨格筋に到達することが可能で、それによって、脂肪酸β酸化関連遺伝子(PDK4、LPL)の発現量が上昇するものと推察される。なお、GLUT4は糖代謝関連遺伝子であり、これらの発現上昇によって糖代謝も亢進することが推察される。
【0052】
(脂肪代謝促進作用に関し小括)
以上の実験結果から、マイタケの酢酸エチル抽出物には、PPARδ活性化作用があることが分かった。また、高脂肪食を長期間継続した場合における体重増加抑制作用や、肝臓における中性脂肪低減作用があることも明らかとなった。さらに、肥満による糖代謝能の低下を改善する作用があることも明らかとなった。さらには、経口摂取したマイタケ成分が、直接、又は代謝産物によって、骨格筋に対し脂肪酸代謝及び糖代謝を促進する作用を発揮させる可能性が示唆された。
【0053】
これにより、マイタケの酢酸エチル抽出物は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示された。
【0054】
(有効成分の分画)
上記のような作用を有するマイタケの酢酸エチル抽出物について、有効成分の精製に繋がる成分の分画を試みた。
【0055】
すなわち、少量の酢酸エチルに溶解した酢酸エチル抽出物8.10gをセライトに吸着させてから完全に乾燥させ、その後これをシリカゲルカラムを用いたヘキサンと酢酸エチルとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて分画した。すなわち、このセライト吸着抽出物をオープンカラムに充填したシリカゲル上に載せ、酢酸エチルとヘキサンとの濃度比率を調整した混合溶媒を用いて濃度勾配溶出を行ったところ、ヘキサンの比率が高い順にFr.1からFr.10までの画分が得られた。このうち、PPARδ活性化作用の高い画分として、ヘキサン:酢酸エチルが1:1のFr.6を選択した(
図9参照)。なお、図中、「DMSO」は陰性対照としての前記DMSOであり、「GW」は陽性対照としての前記GW501516であり、「EA」は前記酢酸エチル抽出物である。この画分Fr.6から溶媒を蒸発させた後の乾燥重量は80mgであった。なお、図中では画分Fr.7の方が活性化作用が幾分高くなっているが、図示しない低濃度での検討や、遺伝子発現変動での検討でFr.6の方が活性が高かったことで、上述の通り画分Fr.6が選択された。
【0056】
この画分Fr.6は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、前記酢酸エチル抽出物より強力な脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示唆された。
【0057】
さらにこの画分Fr.6を少量の酢酸エチルに溶解し、セライトに吸着させてから完全に乾燥させ、その後これをシリカゲルカラムを用いたクロロホルムとメタノールとの混合溶媒による濃度勾配クロマトグラフィーにて分画した。すなわち、このセライト吸着画分をオープンカラムに充填したシリカゲル上に載せ、クロロホルムとメタノールとの濃度比率を調整した混合溶媒を用いて濃度勾配溶出を行ったところ、クロロホルムの比率が高い順にFr.51−1からFr.51−8までの画分が得られた。このうち、PPARδ活性化作用の高い画分として、クロロホルム:メタノールが200:1のFr.51−3を選択した(
図10参照)。なお、図中、「control」は陰性対照としての前記DMSOであり、「GW」は陽性対照としての前記GW501516であり、「EA」は前記酢酸エチル抽出物である。この画分Fr.51−3から溶媒を蒸発させた後の乾燥重量は30.4mgであった。
【0058】
以上より、画分Fr.51−3に、上記脂肪代謝促進作用によりクリティカルな役割を果たす成分が含有されているものと期待される。よって、このFr.51−3は、単独で、又はこれを含有する食品若しくは薬剤として、前記画分Fr.6よりさらに強力な脂肪酸代謝促進剤として機能し得ることが示唆された。