【実施例】
【0027】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
以下に示すように、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発大腸炎のマウスモデルの大腸粘膜組織を用いて、トランスクリプトーム及びプロテオーム等のニュートリジェノミックス法及び生化学的解析により、本発明に係る組成物の炎症性腸疾患の改善効果を調べた。
【0029】
1.実験
(1)組成物の調製
天然ゼオライトを650℃で15時間焼成し、15μm以下に粉砕した。同様に、牡蠣殻を700℃で17時間焼成し、15μm以下に粉砕した。続いて、ゼオライトの焼成物と牡蠣殻の焼成物を混合し、得られた混合物を温水にて十分にイオン交換させ、高温で水分を除去した。ゼオライトの焼成物と牡蠣殻の焼成物の配合比は、1:9(重量比)とした。次に、ゼオライトの焼成物及び牡蠣殻の焼成物の上記混合物を47.6重量%、クエン酸(33.3重量%)、紅麹(Monascus)(16.7重量%)及び固結防止剤としてステアリン酸カルシウム(2.4重量%)を混合し、目的の組成物(以下「ゼオライト含有組成物」又は「HY」と呼ぶ)を調製した。
【0030】
(2)動物及び餌食処理
Charles River Japan(Tokyo、Japan)から入手した7週齢雄性C57BL6マウスを、制御された温度(23±2℃)、相対湿度(50%〜60%)、実験全体を通じて12時間ダーク/ライトサイクルの照明条件で個々のケージに収容した。3日間の馴化後、各群が6〜8匹のマウスからなる、等しい平均体重を有する4つの群に割り当てた。(1)HY8群は、0.8重量%のゼオライト含有組成物(HY)の粉末を添加したAIN-93G基本飼料と滅菌水道水を実験全体を通じて摂取させた。(2)CON群は、AIN-93G基本飼料と滅菌水道水を実験全体を通じて摂取させた。(3)DSS群は、AIN-93G基本飼料及び滅菌水道水を11日間与えた後、1.5重量%のDSS(DSS分子量:40kDa;MP Biomedicals、Irvine、CA、USA)含有滅菌水道水を9日間与えた。(4)DHY8群は、0.8重量%のHY粉末を添加したAIN-93G基本飼料と滅菌水道水を11日間与えた後、1.5重量%DSS含有滅菌水道水を9日間与えた。餌の組成を表1に示す。この実験における0.8重量%のHYの配合量は、予備実験に基づいて決定した。なお、この実験は、東京大学の動物用ケア及び使用委員会によって承認された(承認番号P13-739)。
【0031】
【表1】
【0032】
(3)疾患活性指数の評価
疾患活性指数(DAI)は、DSSをマウスに与えた後の3つのスコア(体重減少、血便、及び下痢)の平均値である。スコアの基準は次の通りである:体重減少率(0:<1%、1:1〜5%、2:5〜10%、3:10〜15%、4:>15%)、血便(0:血便なし、2:++、4:+++)及び下痢程度(0:正常、2:軟質、4:下痢)。
【0033】
(4)採血と組織採取
実験の終了時に、ペントバルビタールナトリウムで全てのマウスを深く麻酔した後、頸動脈から出血させた。得られた血液を1000g、15分間4℃で遠心分離して血漿を得た。大腸長は、回腸と盲腸接合部と近位直腸との間で測定され、また、この測定値は大腸炎の程度の基準の1つとして使用した。肝臓、切除された大腸、腸間膜脂肪及び後腹膜脂肪組織を液体窒素中で急速凍結し、分析時まで-80℃で保存した。
【0034】
(5)生化学検査
大腸ミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性は、MPO Activity Colorimetric Assayキット(BioVision、Palo Alto、CA、USA)を製造元のマニュアルに従って使用し、比色法により測定した。
【0035】
(6)大腸組織学
各大腸スライスをOCT(Optimal Cutting Temperature)化合物(Sakura Finetek、Torrance、CA、USA)に包埋し、次いで液体窒素中で急速冷凍した。各5μm厚の組織切片を作り、ヘマトキシリン及びエオシン(H&E)で染色し、次いで光学顕微鏡(オリンパスBX51顕微鏡、Olympus Optical、Tokyo、Japan)でスキャンした。
【0036】
(7)全RNA抽出と品質評価
全RNA分離キットNucleoSpin(登録商標)RNA plus(Macherey-Nagel、Duren、Germany)を使用して、製造元の指示に従って大腸粘膜から全RNAを抽出した。RNAの濃度及び純度は、NanoDrop ND-1000分光光度計(NanoDrop Technologies、Wilmington、DE、USA)を用いて測定した。
【0037】
(8)トランスクリプトーム解析
(i)DNAマイクロアレイ調製
各群の個々のマウスからの大腸RNAサンプルをプールし(n=6〜8)、その後、ゲノム全体発現のプロファイリングのために、プローブが40,000を超えるAffymetrix Mouse Genome 430 2.0 Array Genechips(Affymetrix、Santa Clara、CA、USA)を用いてマイクロアレイ分析を行った。
(ii)マッピングと機能解析
Microarray Suite ver.5.0ソフトウェア(Affymetrix)を利用し画像をスキャンした後、DSS群とCON群及びDHY8群とDSS群の遺伝子発現を比較した。1.5倍を超える発現比を有意な発現とみなした。
【0038】
(9)逆転写ポリメラーゼ連鎖反応
遺伝子の発現を確認するために、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を実施した。そのプライマー配列を表2に示す。それぞれの遺伝子の発現レベルを、大腸粘膜における60S酸性リボソームタンパク質p1(Rplp1)の発現に対して正規化した。
【0039】
【表2】
【0040】
(10)プロテオーム分析のためのタンパク質準備、iTRAQラベリング及びNanoLC-MS/MS分析
溶解緩衝液を用いて大腸粘膜からタンパク質を抽出し、次いでそれを12,000g、4℃、30分間で遠心分離した。タンパク質濃度はBradfordアッセイにより測定した。4-plex iTRAQラベリングキット(AB Sciex、Framingham、MA、USA)のマニュアルに従って、システインブロッキング及び消化のためにタンパク質(100μg)をプールし、次に質量分析計(NanoLC-MS/MS;AB Sciex)に連結されたナノスケール液体クロマトグラフィーによるさらなる分析のために、以下のようにアイソバリックタグで標識した。CON:115タグ、DSS:114タグ、DHY8:116タグ。
【0041】
(11)統計分析
データは、平均値±標準誤差(SE)として示し、二元配置分散分析(ANOVA)により分析した。有意差が、p<0.05のレベルをTukey法で評価した。グラフ中、a、b、cの符号は、異符号間に統計的に有意差があることを示しており、p≦0.05:有意差あり、0.05<p<0.1:傾向あり、としている。
【0042】
2.結果
(1)一般的な特性
DHY8群とDSS群の摂食量に有意差は認められなかったが、CON群とDSS群で摂食量に有意な差が認められた(DHY8:76.4±3.3g、DSS:73.1±1.7g、CON:82.8±3.5g、HY8:76.7±2.6g)。HY8群とDSS群(HY8:84.8±2.3ml、DSS:70.3±2.1ml、CON:73.7±1.9ml、DHY8:72.2±1.4ml)の間で水分摂取に有意差があった。DSS投与後に体重減少、血便及び下痢程度が変化し、CON群と比較してDAI値が有意に増加した。HYの摂取により、体重減少は改善され、IBDの病態が抑制された。これは第6〜9日のDAI値によっても示された(
図1A〜
図1D)。DSSにより誘発された大腸長の短縮及び腸間膜脂肪重量の減少、大腸MPO活性の増加は、HY摂取により改善される傾向があったが、後腹膜脂肪組織の重量には変化がなかった(
図1E〜
図1H)。
【0043】
(2)大腸組織学
DSSは粘膜上皮細胞の構造的な障害を誘発し、粘膜及び粘膜下組織への炎症細胞の浸潤が増加する可能性がある。HY摂取により、炎症細胞の浸潤は減少し、粘膜上皮細胞の構造的な障害が改善された(
図1I)。
【0044】
(3)大腸マイクロアレイ分析
合計5,238個の遺伝子が有意に発現し、そのうち2,300個がDSSマウスと比較してDHY8マウスで有意にアップレギュレートされ、CONマウスと比較してDSSマウスでダウンレギュレートされた。一方、2,938個の遺伝子がDSS群と比較してDHY8群で顕著にダウンレギュレーションされ、DSS群ではCON群と比較してアップレギュレートされた。
【0045】
HYの摂取は、炎症性腸疾患経路に関連する遺伝子の発現を抑制し、その中にはインターロイキン12b(Il12b)(
図2A)、シグナルトランスデューサー及び転写活性化因子4(Stat4)(
図2C)、インターフェロンガンマ(Ifnγ)(
図2D)、インターロイキン1ベータ(IL1β)(
図2F)、腫瘍壊死因子-α(Tnfα)(
図2G)、インターロイキン6(Il6)(
図2H)、アポトーシス関連腫瘍抑制因子p53(P53)(
図2I)、ケモカインリガンドファミリー(Cxcl)のメンバー:Cxcl1、Cxcl2、Cxcl3、Cxcl10、Cxcl12、及びCxcl17、ケモカイン(C-Cモチーフ)リガンド(Ccl):Ccl4及びCcl24、並びに上皮維持関連遺伝子である表皮成長因子受容体(Egfr)が含まれる。DSS群と比較して、Trefoilファミリー因子2(Tff2)及びインスリン様成長因子1(Igf1)(
図2K)はDHY8群においてアップレギュレートされていた。なお、参考までに、各群のインターロイキン12受容体サブユニットベータ1遺伝子(Il12rβ1)、トール様受容体5(Tlr5)及びインスリン様増殖因子結合タンパク質3(Igfbp3)の発現量をそれぞれ
図2B、
図2E及び
図2Jに示す。
【0046】
(4)iTRAQによるプロテオーム解析
iTRAQを用いたプロテオーム解析により5,000を超えるタンパク質が確認された。発現比が1.5倍を超えるタンパク質を変動があったタンパク質とみなし、この基準により、668のタンパク質が変動しており、そのうち332はDSS群と比較してDHY8群でアップレギュレーションされ、CONと比較してDSS群でダウンレギュレーションされていた。DSS群と比較してDHY8群でダウンレギュレーションされたが、CONと比較してDSSマウスではアップレギュレートされたタンパク質は336あった。
【0047】
HYの摂取は、以下のタンパク質をアップレギュレートした:癌に関与するタンパク質としてペリオスチン(Postn);血漿細胞誘導小胞体タンパク質(Perp1)及びガレクチン2(Leg2);抗アポトーシス関連タンパク質としてBCL2関連アタノゲン3(Bag3)、RNA結合モチーフタンパク質3(Rbm3)及びフェリチン重鎖(Fhc);腸運動性関連タンパク質としてホスファターゼ1調節阻害剤サブユニット14A(Pp14a);腸粘膜保護及び上皮ホメオスタシス関連タンパク質として上皮細胞接着分子(Epcam)、テネイシンC(Tena)及びタンパク質ノーム相同体のイソ型71kDa(Numb)。
【0048】
一方、HYの摂取は、以下のタンパク質をダウンレギュレートした:炎症度関連のタンパク質ハプトグロビン(Hpt)、補体成分3(Co3)、ミエロペルオキシダーゼ(Perm)、アネキシンA2(Anxa2)及び熱ショックタンパク質ファミリーAメンバー4(Hsp74);アポトーシスに関与するタンパク質ケラチン20(K1c20)、ピリミジン性エンドデオキシリボヌクレアーゼ1(Apex1)、カスパーゼ-7(Casp7)、及びカスパーゼ-3(Casp3);大腸直腸癌のバイオマーカータンパク質である異種核リボ核タンパク質U(Hnrpu)。これらの結果を表3にまとめて示す。
【0049】
【表3】
【0050】
3.考察
マイクロアレイ分析では、HYの摂取が以下の炎症性腸疾患経路:Il12
posIl12rβ1
posStat4
posIfng
posTlr5
posTnfα/Il6/Il1βに関与する遺伝子の発現を抑制することによりマウスの炎症状態を改善したことが明らかになった。
図3は、DSS誘発性大腸炎におけるHYの摂取により変動した炎症性腸疾患経路の模式図である。この経路では、Stat4チロシンリン酸化はIL12により誘導される。これはサイトカインIFNγのT細胞非依存性誘導に必要であり、次いでTLR刺激に応答して、リンパ系細胞及び非リンパ系細胞の両方が前炎症性サイトカインIL6を産生することができる。これは、TNFα及びIL1βとともに、主要な前炎症性サイトカインであると考えられている。炎症性腸疾患経路のダウンレギュレーションは、主に、DSSにより誘発される前炎症性サイトカインのレベルの低下をもたらし、HY摂取による炎症度の軽減をもたらす。
【0051】
上記の炎症誘発性サイトカインレベルの低下は、以下の3つのマーカータンパク質の発現により反映され得る。(1)Pp14a(Cpi-17)のアップレギュレーション:Pp14a(Cpi-17)は平滑筋ミオシンホスファターゼの阻害剤であり、慢性炎症性腸疾患により誘導されるIL1β又はTNFαのアップレギュレーションによって抑制され、その後に機能不全が誘導される(Ohama, T.; Hori, M.; Momotani, E.; Iwakura, Y.; Guo, F.; Kishi, H.; Kobayashi, S.; Ozaki, H. Intestinal inflammation downregulates smooth muscle cpi-17 through induction of tnf-alpha and causes motility disorders. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 2007, 292, G1429-1438.及びOhama, T.; Hori, M.; Sato, K.; Ozaki, H.; Karaki, H. Chronic treatment with interleukin-1beta attenuates contractions by decreasing the activities of cpi-17 and mypt-1 in intestinal smooth muscle. J Biol Chem 2003, 278, 48794-48804.)。(2)Hptのダウンレギュレーション:HptはIL6、IL1β及びTNFαのような前炎症性サイトカインによって誘導され得るヘモグロビン結合能を有する急性期α-シアロ糖タンパク質である(Vanuytsel, T.; Vermeire, S.; Cleynen, I. The role of haptoglobin and its related protein, zonulin, in inflammatory bowel disease. Tissue Barriers 2013, 1, e27321.)。(3)Hsp74のダウンレギュレーション:Hsp74は炎症によって誘導され、炎症細胞のアポトーシスの阻害をもたらし、Bcl-2及びIl-12発現を増加させることによって免疫応答を増強する(Adachi, T.; Sakurai, T.; Kashida, H.; Mine, H.; Hagiwara, S.; Matsui, S.; Yoshida, K.; Nishida, N.; Watanabe, T.; Itoh, K., et al. Involvement of heat shock protein a4/apg-2 in refractory inflammatory bowel disease. Inflamm Bowel Dis 2015, 21, 31-39.)。
【0052】
以下の3つのタンパク質の変動はHY摂取による炎症の改善を示した。(1)Perp1のアップレギュレーション:Perp1はTh1/Th2のバランスを制御し、IL6、IL1β及びTNFα等の前炎症性サイトカインの分泌を減少させることによって、抗炎症において重要な役割を果たす。Perp1は腸上皮の防御機構の維持にも関与しているため、Perp1の欠損は腸の上皮細胞を損傷させる(Azuma, Y.T.; Hagi, K.; Shintani, N.; Kuwamura, M.; Nakajima, H.; Hashimoto, H.; Baba, A.; Takeuchi, T. Pacap provides colonic protection against dextran sodium sulfate induced colitis. J Cell Physiol 2008, 216, 111-119.)。(2)Co3のダウンレギュレーション:補体系の活性化に重要な役割を果たす。Co3発現の減少は、浸潤性好中球(IL1βの主要産生者である)を減少させ、したがって腫瘍抑制として機能する(Ning, C.; Li, Y.Y.; Wang, Y.; Han, G.C.; Wang, R.X.; Xiao, H.; Li, X.Y.; Hou, C.M.; Ma, Y.F.; Sheng, D.S., et al. Complement activation promotes colitis-associated carcinogenesis through activating intestinal il-1beta/il-17a axis. Mucosal Immunol 2015, 8, 1275-1284.)。(3)Anxa2の発現の減少:Anxa2発現の減少はIBDにおけるTNFα排出を予防することによって、前炎症性サイトカインであるTNFαをダウンレギュレートすることができる(Tanida, S.; Mizoshita, T.; Ozeki, K.; Katano, T.; Kataoka, H.; Kamiya, T.; Joh, T. Advances in refractory ulcerative colitis treatment: A new therapeutic target, annexin a2. World J Gastroenterol 2015, 21, 8776-8786.)。HY摂取によって著しく変化した遺伝子及び誘導された相関的なタンパク質に関する知見を踏まえて、HYの摂取は、主に炎症性腸疾患経路並びに相関的な遺伝子及びタンパク質を抑制することによりDSS誘発性炎症を改善し、次いで前炎症性サイトカイン遺伝子Il6、Il1β及びTnfαの発現を抑制することが明らかとなった。
【0053】
HYの抗炎症効果に加えて、HYの摂取は、アポトーシスを改善し、細胞周期を調節し、上皮細胞の防御機能を維持し、大腸粘膜のバリア機能を維持することによってDSS誘発性大腸炎を緩和し得る。マイクロアレイ分析は、アポトーシス関連遺伝子P53が、HY摂取によって有意にダウンレギュレーションされることを示した。P53遺伝子に関して、陽性発現がアポトーシスにつながるP53
posIgfbp3
negIgf1経路を調べた。しかし、遺伝子Igfbp3の発現は、DSS群とDHY8群との間で有意差がなかった。プロテオーム分析によって明らかにされたマトリクス細胞のタンパク質Postnのアップレギュレーションは、その過剰発現がP53のダウンレギュレーションを引き起こす可能性があるという我々の仮説を確認した(Li, B.; Wang, L.; Chi, B. Upregulation of periostin prevents p53-mediated apoptosis in sgc-7901 gastric cancer cells. Mol Biol Rep 2013, 40, 1677-1683.)。HYの摂取がPostnをアップレギュレーションし、次いでP53の発現を阻害し、アポトーシスが抑制され、細胞増殖及び細胞周期が改善されたものと考えられる。さらに、P53のダウンレギュレーションは、DNA損傷分子の産生を減少させ、炎症、アポトーシスによる細胞喪失を改善する(Spehlmann, M.E.; Manthey, C.F.; Dann, S.M.; Hanson, E.; Sandhu, S.S.; Liu, L.Y.; Abdelmalak, F.K.; Diamanti, M.A.; Retzlaff, K.; Scheller, J., et al. Trp53 deficiency protects against acute intestinal inflammation. J Immunol 2013, 191, 837-847.)。P53の発現の減少は、HYの抗アポトーシス機能を示すだけでなく、DSSによって誘発される炎症状態を改善し得ることが分かった。
【0054】
さらに、以下の3つのタンパク質のアップレギュレーションは、アポトーシスの改善をもたらす:Bag3はインビトロでのBcl-2によるアポトーシスを抑制し、細胞死を抑制し、胃腸機能を調節することによって細胞の生存を維持することができる(Lee, Y.D.; Yoon, J.S.; Yoon, H.H.; Youn, H.J.; Kim, J.; Lee, J.H. Expression of bis in the mouse gastrointestinal system. Anat Cell Biol 2012, 45, 160-169.)。Rbm3の欠損は、細胞増殖に必要な重要なタンパク質が欠乏するため、有糸分裂障害を引き起こす可能性がある(Hjelm, B.; Brennan, D.J.; Zendehrokh, N.; Eberhard, J.; Nodin, B.; Gaber, A.; Ponten, F.; Johannesson, H.; Smaragdi, K.; Frantz, C., et al. High nuclear rbm3 expression is associated with an improved prognosis in colorectal cancer. Proteomics Clin Appl 2011, 5, 624-635.及びSureban, S.M.; Ramalingam, S.; Natarajan, G.; May, R.; Subramaniam, D.; Bishnupuri, K.S.; Morrison, A.R.; Dieckgraefe, B.K.; Brackett, D.J.; Postier, R.G., et al. Translation regulatory factor rbm3 is a proto-oncogene that prevents mitotic catastrophe. Oncogene 2008, 27, 4544-4556.)。Fhcは鉄分封鎖(活性酸素種の蓄積に関連する)によるマイトジェン活性化プロテインキナーゼ8(Mapk8)の活性化を阻害することによってアポトーシスに拮抗する必須のメディエーターとして機能し、TNFαによって誘導されるアポトーシスを抑制する(Pham, C.G.; Bubici, C.; Zazzeroni, F.; Papa, S.; Jones, J.; Alvarez, K.; Jayawardena, S.; De Smaele, E.; Cong, R.; Beaumont, C., et al. Ferritin heavy chain upregulation by nf-kappab inhibits tnfalpha-induced apoptosis by suppressing reactive oxygen species. Cell 2004, 119, 529-542.)。
【0055】
マイクロアレイ分析によるMapk8(DSS対CON:1.49、DHY8対DSS:0.07)のダウンレギュレーションの結果と、TnfαのPCRの結果より、HYの摂取は経路Fhc
negMapk8
posTnfαを促進することによってアポトーシスを抑制することが推測された。3つのアップレギュレートされたタンパク質に加えて、以下の別の3つのアポトーシス関連タンパク質のダウンレギュレーションは、上記推測をさらに裏付けるものと思われる。すなわち、Apex1は酸化的損傷を修復する能力の低下を介して、DNA修復プロセスに影響を及ぼすことにより、アポトーシスの速度を促進し、UCのリスクを増加させ損傷したDNAの収集につながる可能性がある(Bardia, A.; Tiwari, S.K.; Gunisetty, S.; Anjum, F.; Nallari, P.; Habeeb, M.A.; Khan, A.A. Functional polymorphisms in xrcc-1 and ape-1 contribute to increased apoptosis and risk of ulcerative colitis. Inflamm Res 2012, 61, 359-365.及びMort, R.; Mo, L.; McEwan, C.; Melton, D.W. Lack of involvement of nucleotide excision repair gene polymorphisms in colorectal cancer. Br J Cancer 2003, 89, 333-337.)。Casp3の過剰発現は、アポトーシスの増加及び増殖能の低下をもたらすことも報告されている(Deng, Q.J.; Deng, D.J.; Che, J.; Zhao, H.R.; Yu, J.J.; Lu, Y.Y. Hypothalamic paraventricular nucleus stimulation reduces intestinal injury in rats with ulcerative colitis. World J Gastroenterol 2016, 22, 3769-3776.)。K1c20は小腸杯細胞のマーカーであり、アポトーシス及び組織損傷によって誘導され得る(Zhou, Q.; Cadrin, M.; Herrmann, H.; Chen, C.H.; Chalkley, R.J.; Burlingame, A.L.; Omary, M.B. Keratin 20 serine 13 phosphorylation is a stress and intestinal goblet cell marker. J Biol Chem 2006, 281, 16453-16461.)。
【0056】
以下2つの別の遺伝子の発現は、直接及び間接的に上皮細胞及びバリア機能の維持に非常に重要である可能性がある。AOM/DSS誘発大腸炎でアップレギュレートされるEgfrの活性化は、損傷した上皮細胞の改善及びUCにおける上皮バリア機能の維持に役割を果たす(Shimoda, M.; Horiuchi, K.; Sasaki, A.; Tsukamoto, T.; Okabayashi, K.; Hasegawa, H.; Kitagawa, Y.; Okada, Y. Epithelial cell-derived a disintegrin and metalloproteinase-17 confers resistance to colonic inflammation through egfr activation. EBioMedicine 2016, 5, 114-124.)。本実施例では、HYの摂取によってEgfrの発現が大きくダウンレギュレーションされた。Tff2は胃腸上皮によって発現及び分泌され、上皮の完全性及び粘膜表面の維持に重要な役割を果たすが、HY摂取によってアップレギュレートされた。さらに、Tff2は、IL6及びIL1β等の前炎症性サイトカインの発現を制御することによって、炎症状態での免疫応答において必須である(Kurt-Jones, E.A.; Cao, L.; Sandor, F.; Rogers, A.B.; Whary, M.T.; Nambiar, P.R.; Cerny, A.; Bowen, G.; Yan, J.; Takaishi, S., et al. Trefoil family factor 2 is expressed in murine gastric and immune cells and controls both gastrointestinal inflammation and systemic immune responses. Infect Immun 2007, 75, 471-480.)。
【0057】
本実施例において、HYによってもたらされるEgfr及びTff2発現の変化は、DSSによって誘導された上皮細胞の損傷と、それによって誘導される腸管での病変及びバリア細胞の透過性の改善を示した。DSSによって損傷された杯細胞の状態がDSSマウスと比較してDHY8マウスにおいて緩和されたことを示す大腸組織学的な結果により、上記の知見は裏付けられた。さらに、Tff2欠損は体重減少をもたらすことが報告されており(Judd, L.M.; Chalinor, H.V.; Walduck, A.; Pavlic, D.I.; Dabritz, J.; Dubeykovskaya, Z.; Wang, T.C.; Menheniott, T.R.; Giraud, A.S. Tff2 deficiency exacerbates weight loss and alters immune cell and cytokine profiles in dss colitis, and this cannot be rescued by wild-type bone marrow. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 2015, 308, G12-24.)、HY摂食によって誘導されるTff2のアップレギュレーションは体重減少の改善と一致しているようである。
【0058】
上記プロテオーム分析の結果に基づいて、HYが、以下のタンパク質をアップレギュレートすることによって上皮保護に寄与した可能性があることが推測された。Epcamは腸の正常な構造の形成及びCa
2+非依存性の同型細胞間接着の制御に役割を果たし、IBD患者ではEpcamの発現がダウンレギュレートされることにより下皮細胞との接触を失い、浸透性が増し、浸透する細菌産物が増える(Furth, E.E.; Li, J.; Purev, E.; Solomon, A.C.; Rogler, G.; Mick, R.; Putt, M.; Zhang, T.; Somasundaram, R.; Swoboda, R., et al. Serum antibodies to epcam in healthy donors but not ulcerative colitis patients. Cancer Immunol Immunother 2006, 55, 528-537.及びBalzar, M.; Prins, F.A.; Bakker, H.A.; Fleuren, G.J.; Warnaar, S.O.; Litvinov, S.V. The structural analysis of adhesions mediated by ep-cam. Exp Cell Res 1999, 246, 108-121.)。細胞外マトリックスタンパク質であるTenaは、細胞移動及びリモデリングを促進、また損傷領域における回復プロセスを加速することにより腸粘膜保護に寄与し得る、さらに、TenaのアップレギュレーションがT細胞活性化を阻害することが示された研究においては、Tenaの抗炎症効果が報告されている(Ruegg, C.R.; Chiquet-Ehrismann, R.; Alkan, S.S. Tenascin, an extracellular matrix protein, exerts immunomodulatory activities. Proc Natl Acad Sci U S A 1989, 86, 7437-7441.)。腸粘膜において主に発現され、細胞運命を決定し得る膜結合タンパク質であるNumbは、頂端接合複合体アセンブリ及びミオシン軽鎖リン酸化に影響することによって傍細胞透過性の調節を介して腸上皮バリア機能の改善をもたらし得る。Numbの欠乏は障壁機能障害を引き起こす可能性がある(Yang, Y.; Chen, L.; Tian, Y.; Ye, J.; Liu, Y.; Song, L.; Pan, Q.; He, Y.; Chen, W.; Peng, Z., et al. Numb modulates the paracellular permeability of intestinal epithelial cells through regulating apical junctional complex assembly and myosin light chain phosphorylation. Exp Cell Res 2013, 319, 3214-3225.)。
【0059】
本実施例では、Epcam、Tena及びNumbのアップレギュレーションにより、粘膜障壁の修復又は保護が増強され、DSSによって誘導される上皮接着及びタイトジャンクションの機能障害が改善されることが示された。上記の結果は、(1)大腸組織分析により上皮細胞が修復され、また、(2)DHY8マウスではDSSマウスと比較して血便及び下痢等の臨床症状が改善した、という観察結果と一致する。
【0060】
HYの成分に関して、RT-PCR結果によれば、ゼオライトはP53の発現を減少させ、Igf1の発現をアップレギュレーションすることによってアポトーシスを改善する役割を果たし、一方、クエン酸は炎症性腸疾患経路を阻害することによって炎症を有意に抑制したことを示している。この観点から、HYの機能は、様々な成分の相互作用の結果であると考えられる。
【0061】
4.結論
前炎症性サイトカインのダウンレギュレーション、トランスクリプトーム及びプロテオーム解析による抗炎症因子の発現の増加により、HYが炎症性腸疾患経路の発現を抑制し、したがってDSS誘発大腸炎における炎症の程度を減少させるものと考えられた。HYは、P53のような相関的な遺伝子を阻害し、他の上皮維持関連遺伝子やタンパク質も大きく変化させることで、DSSに起因する細胞周期障害をある程度改善してアポトーシスを抑制し、粘膜免疫ホメオスタシスを維持するものと考えられる。したがって、統合オミックス分析の結果は、DSS誘発大腸炎に対するHYの効果が、主に炎症状態の改善、アポトーシスの程度の改善、並びに大腸粘膜の上皮防御機能及びバリア機能の維持に基づくことを示しており、HYが、炎症性腸疾患の予防又は治療に有効であることが示唆された。