特許第6891021号(P6891021)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6891021
(24)【登録日】2021年5月28日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】渦電流式変位計
(51)【国際特許分類】
   G01D 5/20 20060101AFI20210607BHJP
   G01B 7/00 20060101ALI20210607BHJP
   B23Q 17/00 20060101ALI20210607BHJP
【FI】
   G01D5/20 Q
   G01B7/00 101F
   B23Q17/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-66937(P2017-66937)
(22)【出願日】2017年3月30日
(65)【公開番号】特開2018-169296(P2018-169296A)
(43)【公開日】2018年11月1日
【審査請求日】2020年2月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000151494
【氏名又は名称】株式会社東京精密
(74)【代理人】
【識別番号】100163533
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 義信
(72)【発明者】
【氏名】高久 正和
【審査官】 細見 斉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−271204(JP,A)
【文献】 特開2012−047635(JP,A)
【文献】 特開2003−334742(JP,A)
【文献】 実開昭56−046804(JP,U)
【文献】 特開2004−184257(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/114915(WO,A1)
【文献】 米国特許第05541510(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01D 5/20
B23Q 17/00
G01B 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物との距離に応じて発生する渦電流の変化を検出するコイルを有するセンサ部と、このセンサ部に電圧を印加し前記センサ部の出力を処理する変位計制御部とを備える渦電流式変位計において、
前記センサ部が配置される環境の温度変化に応じて生じる前記コイルの内部抵抗の変化に基づいて前記センサ部からの出力を補正するため補償手段を前記変位計制御部に設け
前記センサ部は、実質的に同一仕様の2個のコイルを含み、一方の前記コイルは被測定物に対向する位置に配設され、他方の前記コイルは測定対象物および一方の前記コイルから離隔して配設されており、
前記補償手段は、一方の前記コイルの出力と他方の前記コイルの出力の差分をとる手段を有することを特徴とする渦電流式変位計。
【請求項2】
前記補償手段は、前記コイルに交流電圧を印加する手段と前記コイルに直流電流を印加する手段を含み、さらにハイパス・フィルタを介して前記コイルの出力を得る手段とローパス・フィルタを介して前記コイルの出力を得る手段を含むことを特徴とする請求項1に記載の渦電流式変位計。
【請求項3】
前記変位計制御部は、前記2個のコイルに同一の高周波電圧を印加することを特徴とする請求項に記載の渦電流式変位計。
【請求項4】
一方の前記コイルと他方の前記コイルは一体化されたセンサ部に含まれており、一方の前記コイルを非導電性カバー内に収容し、他方の前記コイルが発生する磁界が外部に漏れることを防止する導電性カバー内に他方の前記コイルを収容し、一方の前記コイルと他方の前記コイルを前記センサ部の軸方向に並べて配置したことを特徴とする請求項またはに記載の渦電流式変位計。
【請求項5】
請求項1からのいずれか1項に記載の渦電流式変位計の前記センサ部を工作機械のスピンドル軸の近傍に配置し、前記スピンドルへの工具の誤装着を検出することを特徴とする工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定物との距離を測定するのに好適な渦電流式変位計に係り、特に環境温度変化に容易に対応可能な渦電流式変位計に関する。
【背景技術】
【0002】
導電性材料からなる物体の変位を測定する方法および装置が特許文献1に記載されている。この公報に記載の測定方法では、物体中に渦電流を生成する電磁界が、物体近くに置いたトランスデューサで設定され、トランスデューサのインピーダンスを表す第1電気信号が生成されている。第1電気信号は線形化されて、物体特性への依存性を実質的に取り除く処理がなされる。なお、入力信号が正の分数指数を有する多項式関数に近似され、この多項式関数を帰還ループで使用している。
【0003】
渦電流式変位センサの他の例が、特許文献2に開示されている。この公報に記載の渦電流式変位計では、高精度な距離測定を実現するために、距離測定装置が、渦電流式センサと、このセンサに周波数可変の交流信号を供給する発振回路と、異なる周波数の交流信号を印加されたセンサに表れる信号レベルの違いからセンサの誘導性インピーダンスを測定するインダクタンス測定手段と、測定された誘導性インピーダンスから被測定対象物との距離を測定する距離測定手段を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平9−501492号公報
【特許文献2】特開2006−317387号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
工作機械におけるように、回転体の変位や振れを測定する等の目的で使用される変位センサは、小型で高精度であることはもちろんのこと、出力の線形性や温度変化の補償等種々の要件を満たすことが求められている。
【0006】
上記特許文献1に記載の渦電流式変位計においては、導電率及び透磁率などの材料パラメータの変化の影響を補償すること、温度変化の影響を低減すること、および信号の線形化を目的として、トランスデューサのインピーダンスを多数の因子に分解し、因子間に複雑なベクトル演算等を施して、出力から物体由来のものを分離している。
【0007】
しかしながらこの公報に記載のものは、ブリッジ方式を採用しているので、ノイズに対しての対策が必要である。また、参照用コイルのインピーダンスの調整に磁性体を使用しているため、インダクタンス成分に対する抵抗成分の比率が低下し、抵抗値の変化を検出しにくくなる恐れがある。
【0008】
また、特許文献2に記載のものは本発明者による先願であるが、可変周波数の高周波を変位センサに供給することにより、異なる周波数の交流信号の印加による変位センサの誘導インダクタンスの違いから、温度の影響を補償しているので、高精度の変位測定が可能である。しかしながら高周波発振源が可変であるため構成が複雑化または大型化しがちであり、さらなる変位センサの小型化が望まれている。
【0009】
本発明は上記従来技術の不具合に鑑みなされたものであり、その目的は工作機械等に用いる渦電流式変位計において、簡単な構成で温度の影響を容易に補償可能にすることにある。本発明の他の目的は、上記目的に加え、小型化可能なセンサ部を有する渦電流式変位計を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成する本発明の特徴は、被測定物との距離に応じて発生する渦電流の変化を検出するコイルを有するセンサ部と、このセンサ部に電圧を印加し前記センサ部の出力を処理する変位計制御部とを備える渦電流式変位計において、前記センサ部が配置される環境の温度変化に応じて生じる前記コイルの内部抵抗の変化に基づいて前記センサ部からの出力を補正するため補償手段を前記変位計制御部に設けたことにある。
【0011】
そしてこの特徴において前記補償手段は、前記コイルに交流電圧を印加する手段と前記コイルに直流電流を印加する手段を含み、さらにハイパス・フィルタを介して前記コイルの出力を得る手段とローパス・フィルタを介して前記コイルの出力を得る手段を含むものであっても良い。
【0012】
また上記特徴において、前記センサ部は、実質的に同一仕様の2個のコイルを含み、一方の前記コイルは被測定物に対向する位置に配設され、他方のコイルは測定対象物および一方の前記コイルから離隔して配設されており、前記補償手段は、一方の前記コイルの出力と他方の前記コイルの出力の差分をとる手段を有しているのが良い。
【0013】
特に、前記変位計制御部は前記2個のコイルに実質的に同一の高周波電圧を印加するものであり、これにより前記2個のコイルの温度変化を相殺するのが好ましく、一方の前記コイルと他方の前記コイルは一体化されたセンサ部に含まれており、一方の前記コイルを非導電性カバー内に収容し、他方の前記コイルが発生する磁界が外部へ漏れるのを防止する導電性カバー内に他方の前記コイルを収容し、一方の前記コイルと他方の前記コイルは前記センサ部の軸方向に並べて配置されているのが良い。
【0014】
なお上記いずれの特徴においても、前記センサ部を工作機械のスピンドル軸の近傍に配置し、前記スピンドルへの工具の誤装着を検出するようにしても良い。即ち、前記センサ部を工作機械のスピンドル軸の近傍に配置することにより、前記スピンドルへの工具の誤装着を検出することを特徴とする工作機械を構成することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、渦電流式変位計のセンサ部のインピーダンスの温度による変化は、センサ部の抵抗値の温度変化だけに起因し、インダクタンスの温度変化を無視できることが判明したので、センサ部の抵抗値だけを温度補償することにより、センサ部のインピーダンスの温度補償が可能になり、簡単な構成で温度の影響を、容易に補償可能になる。さらに、小型化可能なセンサ部を有する渦電流式変位計を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係る渦電流式変位計のセンサ部の一実施例の縦断面図である。
図2図1に示したセンサ部を有する渦電流式変位計の等価回路図である。
図3】温度補償を適用しない渦電流式変位計の出力電圧例である。
図4】渦電流式変位計が有するセンサ部のインピーダンスが、環境温度により変化する様子を説明する図である。
図5】本発明に係る渦電流式変位計の一実施例の出力例のシミュレーション図である。
図6】本発明に係る渦電流式変位計の他の実施例の等価回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る渦電流式変位計のいくつかの実施例を、図面を用いて説明する。図1は、本発明に係る渦電流式変位計300を備える工作機械10としての、マシニングセンタの工具取り付け部近傍の正面図(図1(a))および渦電流式変位計300が備えるセンサ部100の模式断面図(図1(b))である。
【0018】
図1(a)において、マシニングセンタ10では、加工工程に応じて各種工具20を自動的に選択し、主軸であるスピンドル40に工具20を自動で装着して多種類の加工を実行する。その際、工具20を図示しない自動工具交換(ATC:オートツールホルダチェンジ)装置で交換する。
【0019】
ATC装置は、工具20が取り付けられたツールホルダ30を、工具マガジンから自動で取り出し、スピンドル40に自動で装着する。ツールホルダ30は、上部側に切頭円錐状の嵌合部34を有しており、この嵌合部34をスピンドル40に形成された切頭円錐状の凹部である被嵌合部42に嵌合して、固定装着する。
【0020】
このとき、工具20を把持するツールホルダ30がスピンドル40に適正に装着されると、スピンドル40の軸と工具20の軸は一致し、工具20はスピンドル40の軸周りを偏心することなく回転する。一方、この嵌合部34と被嵌合部42間に切り屑などが付着すると、工具20の軸がスピンドル40の軸に対して傾いた状態で工具20がスピンドル40に取り付けられる。この状態のまま加工すると、工具20に偏心が発生し、ワークの加工精度が低下する。
【0021】
そこで、ツールホルダ30のスピンドル40へのチャッキング・ミスの有無を自動で検出するために、小型化が可能で測定精度の高い渦電流式変位計300を使用している。渦電流式変位計300は、測定対象近傍に配置されるセンサ部100と、このセンサ部に電気的に接続された変位計制御部200とを備える。変位計制御部200は、工作機械10を制御する工作機械制御部400に接続されている。
【0022】
センサ部100を、ブラケット60を介してスピンドル40に取り付ける。センサ部100の端部である測定面102からツールホルダ30の下部に形成されたツールフランジ32の外周面36までの距離に応じ、センサ部100より電気信号が出力される。そして、この電気信号に基づいて、ツールホルダ30のスピンドル40への装着状態の異常を工作機械制御部400が判定する。
【0023】
本発明に係る渦電流式変位計300のセンサ部100の詳細を、図1(b)を用いて説明する。ツールホルダ30の外周面36に対向して配置される渦電流式変位計300のセンサ部100は、概略円柱状をしており、内部には2個のコイル120、110が軸方向に並んで配置されている。ここで測定対象であるツールフランジ32に対向する側に配置されたコイル110は、その機能を後述する測定用コイルであり、もう一方の後述のカバー134内に配置されたコイル120は、参照用コイルである。
【0024】
測定用コイル110は、樹脂等の非導電性材料からなる非導電性カバー材132内に収納されている。非導電性材料カバー材132の外径および長さは、センサ部100の小型化が可能なように所定の大きさに設定されている。
【0025】
参照コイル120は、金属等の導電性材料からなる中空有底円筒状の導電性カバー材134内に収容されている。非導電性材料カバー材132の外径と導電性カバー材料134の外径は、ほぼ同一に形成されている。導電性カバー材134の外径側には、金属製または樹脂製のプラグ部材であるねじ込部142が設けられており、本センサ部100を図示しないケーシング等に埋め込んで使用する場合に利用される。なおねじ込み部142が金属であれば、導電性カバー材134と一体化してもよい。
【0026】
センサ部100の反測定面側104の端部には、封止部材136が配設されており、ねじ込み部142を用いてケーシング等に本センサ部100をねじ込む際に、工具の係止部として機能する。封止部材136を介してコイルを形成する導線144が、外部の変位計制御部200に導かれている。導線144は、各々絶縁被覆材138で絶縁被覆され、信号ケーブル保護材(樹脂チューブ)140内にまとめて挿入されており、変位計制御部200に出力信号を出力するとともに変位計制御部200からの交流の駆動信号(励磁信号)をコイル110、120に印加する。
【0027】
図1に示した渦電流式変位計300の、概略回路図を図2に示す。図2では、センサ部100を等価回路で示している。上述したようにセンサ部100は、測定用コイル110と参照用コイル120を備えている。測定用コイル110のインピーダンスはZであり、Z=R+jωLで表される。ここでRはコイル110の内部抵抗値(Ω)であり、Lはコイル110のインダクタンス(H)である。同様に、参照用コイル120のインピーダンスはZであり、Z=R+jωLで表される。ここでRはコイル120の内部抵抗値(Ω)であり、Lはコイル120のインダクタンス(H)である。ωは交流の駆動信号の周波数である。
【0028】
一方、変位計制御部200は交流駆動信号を印加する印加部と各コイル110、120からの出力信号を処理する処理部に大別される。印加部では、交流駆動信号発生源である高周波発振器150から、周波数450kHzで、電圧7V程度の高周波がコイル110、120へ向けて発信される。印加部は実質的に同一の2組の増幅器152a、152bを備えており、一方の増幅器152aは測定用コイル110への駆動信号を、他方の増幅器152bは参照用コイル120への駆動信号を調整して発生する。これら2つの増幅器152a、152bから出力される駆動信号は、実質的に同一の電圧、大きさ、波形の信号である。
【0029】
コイル110、120の出力信号を処理する処理部は、測定用コイル110からの出力を増幅する増幅器154aと参照用コイル120からの出力を増幅する増幅器154bを有し、それらを接続した作動出力回路158と、作動出力回路158の出力側に接続される検波回路及びマイコンを含む演算手段164、メモリ165を含む。検波回路は、センサ部100の出力信号を整流する整流回路161と、整流された信号の高周波成分を取り除き直流成分を取り出すためのフィルタ回路162と、フィルタ回路162を通過したアナログ電圧信号をデジタル信号に変換するためのアナログ・デジタル変換器(ADC)163を備える。2個の増幅器154a、154bは、実質的に同等のものである。
【0030】
このように構成した本発明に係る渦電流式変位計300による測定原理を、図3ないし図5を用いて説明する。図3に、渦電流式変位計300に用いる測定用コイルの環境温度依存性を示すグラフの一例を示す。この図は、通常の渦電流式変位計で使用されるコイルを用いたときの、出力電圧(V)を縦軸に、横軸に経過時間(h)を異なる2個のコイルA、Bについてプロットした例である。センサ部は本発明の図1(b)とは異なり、測定用コイルのみを有し、そのコイルは非導電性カバー材内に埋め込まれている。
【0031】
渦電流式変位計に温度補償回路または温度相殺回路を設けていないので、いずれのコイルA、Bを用いた場合においても、測定対象との距離を一定に保持したにもかかわらず、環境温度が変化すると出力は一時遅れ的に変化したのち、各温度に対応した出力へ一定化している。そして、周囲温度が高ければ高いほど出力値は高くなり、実験した環境温度範囲(0〜40℃)内では、1〜8Vまたは2〜9Vと7Vもの変化があった。すなわち、渦電流式変位計では温度依存性が非常に高いことが得られ、これは上記従来技術の文献に記載の事項に符合する。
【0032】
コイルA、Bが環境温度に強く依存するので、さらにいかなる要因が温度依存性の原因であるかを追求するために、各コイルのインピーダンスの変化を実験的に求めた一例を、図4に示す。図4は、各コイルのインピーダンスZ(Z=R+jωL)を構成する内部抵抗(R)とインダクタンス(L)の温度変化をプロットしたグラフである。
【0033】
実線は、実験で求めた各値である。インダクタンスLの破線のグラフから分かるように、インダクタンスLはほとんど環境温度の影響を受けず、インダクタンスLの環境温度補償は、実用的に不要であることが判明した。
【0034】
一方、コイルの内部抵抗Rは、温度とともに上昇し、これが図3に示すコイルA、Bの温度依存性の原因であることも判明した。本実験の例では、実用範囲で内部抵抗Rが、15%程度変化しており何らかの温度補償が必要であることが分かる。
【0035】
このような本発明者の実験的知見から、図2に示すセンサ部100の構成を発明した。すなわち、実質的に同じ2個のコイル110、120を同じ温度環境、つまり雰囲気温度T内に配設し、それらに実質的に同じ交流電圧を高周波発振器150から印加する。そして、各コイル110、120の出力の差分をとることにより、温度の影響を除いた出力を得る。
【0036】
より具体的には図1(b)において、測定用コイル110と参照用コイル120は、同じ温度環境内、すなわち温度T(℃)の雰囲気内に配設されたとみなすことができる。温度雰囲気T(℃)に置かれた測定用コイル110では、工作機械10のツールフランジ32の測定面である外周面36からの距離δが変化すると、インダクタンスLが変化する。
【0037】
上述したように、インダクタンスは温度の影響を受けないので、図2の等価回路に示されたインダクタンスLは、L=L(δ)と距離のみの変数になる。またこの時の測定用コイル110の内部抵抗Rは、距離δの変化に応じて変化はしないが、環境温度により変化するので、R=R(T)と温度の変数になる。
【0038】
一方、参照用コイル120は金属の導電性カバー材134内に配置されているので、参照用コイル120の磁界が外部に漏れることがない。また、測定用コイル110との相互作用も発生しない。したがって、参照用コイル120は、上記距離δの変化の影響を受けないし、測定用コイル110との間の距離δの影響も受けない。
【0039】
そして測定用コイル110と参照用コイル120は、ほぼ同一形状に形成されているので、実質的にその特性が同一に設定されている。つまり、参照用コイル120のインダクタンスLが、測定用コイル110を測定対象物から所定距離以上離して置いたときの値と同じ、L=L(δ=∞)=Lに設定されており、両コイル110、120の内部抵抗は、ともに温度変化に対して同じ挙動を示す。ここで、R=R(T)=R(T)=Rである。
【0040】
この結果、増幅器154aへの入力(入力a)は、環境温度Tと距離δに応じて変化する量であり、増幅器154bへの入力(入力b)は環境温度Tだけに依存して変化する量である。環境温度にだけ依存して変化する量は、抵抗値RとRであり、これらは同一構成のコイル110、120では同じ温度変化をするとみなせるので、測定用コイル110の出力から参照用コイル120の出力を差し引くことで、環境温度変化に影響を受けない距離δの変化に応じた出力を得ることができる。すなわち測定用コイル110の出力から参照用コイル120の出力を差し引くことで、自動的に温度補償がなされた出力が得られる。このように、温度変化によるコイルの内部抵抗の変化を補償することでコイルからの出力を補償する手段を有することにより、温度変化の影響をキャンセルできる渦電流式変位計を得ることができる。
【0041】
ところで、信号ケーブル144を介したコイルの出力信号は、ノイズの混入やケーブルのインピーダンスの温度変化等の外乱の影響を受ける。この影響は、信号ケーブル144の長さが長くなるほど、顕著となる。そこで、信号ケーブル144において、信号用コイル110から引き出される線と、参照用コイル120から引き出される線の特性を一致させて、信号用コイル110の出力信号と参照用コイル120の出力信号の両出力信号における外乱による影響を同一にしている。本実施例では、差動出力回路158により両信号の差分をとっているので外乱による影響がキャンセルされ、外乱の影響を受けることなく、高精度に測定が可能となる。なお、図示した差動出力回路158では、オペアンプ154a、154bの反転増幅を利用して差分回路を構成した例を示しているが、差分をとれる回路でさえあれば、図示した差動出力回路158の構成に限るものではない。
【0042】
この時の距離δをパラメータとして、センサ部100の出力と環境温度Tの関係のシミュレーション結果を、図5に示す。ツールフランジ32の外周面36とセンサ部100の測定用コイル110の距離δが基準値X、たとえばX=0.3mmであったとき、その2倍の距離2X、3倍の距離3Xであったときにおける出力は、ほぼ距離δに比例して直線的に増加するが、環境温度Tに対しては数10mV程度の変化しか生じていなかった。これにより、温度の影響を補償した高精度な渦電流式変位計300が得られた。
【0043】
次に、図6を用いて本発明に係る温度補償が可能な渦電流式変位計の他の実施例を説明する。図6は渦電流式変位計310の模式等価回路図である。
【0044】
ケーシング等に取り付ける場合には、軸方向の長さの制限がある場合もある。そのような応用のための、軸方向長さを従来のセンサ部100と同程度に抑えたセンサ部101を有する渦電流式変位計310の例である。
【0045】
センサ部101は測定用コイル112のみ含み、参照用コイルは備えていない。この測定用コイル112のインピーダンスZは、Z=R+jωHである。ここでR(Ω)は、測定用コイル112の内部抵抗、L(H)は測定用コイル112のインダクタンスである。本実施例では環境温度Tにより変化する測定用コイル112の内部抵抗Rの変化を求め、その求めた値を用いて予め環境温度に関して校正した校正曲線に基づいて、温度の影響を補正する。
【0046】
そのため、従来用いられている高周波の駆動電圧だけでなく、変位計制御部202が有する直流電源170からコイル174を介して直流電流も測定用コイル112に印加する。高周波の駆動電圧は、例えば周波数450kHz、電圧7Vの交流電圧であり、直流電源は50mA程度の電流である。これらの交流及び直流を印加して、センサ部101からの出力を得る。
【0047】
センサ部101からの出力には、環境温度に応じて変化する測定用コイル112の内部抵抗R由来の出力と、被測定物との距離に応じて変化する測定用コイル112のインダクタンスL由来の出力が含まれている。そこでこの両者を分離する。すなわち、測定用コイル112の出力を、ハイパス・フィルタ176を通すことにより、インダクタンスL由来の出力が得られ、ローパス・フィルタ178を通すことにより内部抵抗R由来の出力が分離して得られ、これらを補正回路180で補正して温度補正後のデータを得る。このように、温度変化によるコイルの内部抵抗の変化に基づいてコイルからの出力を補正する補償手段を設けることにより、温度変化の影響をキャンセルできる渦電流式変位計を得ることができる。
【0048】
したがってこの内部抵抗R由来の出力から測定用コイル112が得られ、この出力値を、予め測定基準距離δかつ所定温度範囲で校正して測定値との差分をとることにより、環境温度の変化に応じた温度補償が可能になる。ただし、この内部抵抗の変化を求める方法では、渦電流式変位計の線形性が保持される範囲がそれほど大きくないので、同一の校正曲線を適用できる測定距離範囲が狭くなりがちであり、距離変動幅が広い測定では複数の距離で校正曲線を作成する必要がある。
【0049】
以上説明したように本発明の上記各実施例によれば、渦電流式変位計において、環境温度に左右される測定用コイルの内部抵抗を求めるまたは内部抵抗の温度による変化を相殺するよう自動補償したので、渦電流式変位計を大型化することなく高精度な測定が可能になる。
【0050】
本発明は渦電流式変位計が温度により大きく影響され、またその影響は使用されている測定用コイルの内部抵抗にだけ影響し、測定用コイルのインダクタンスはほとんど影響を受けないという従来明確にされていなかったことを解明したことに基づくものであり、インダクタンスの温度補償手段を設けることなく、内部抵抗の温度の影響だけを補償するものである。
【0051】
なお、上記各実施例では工作機械に渦電流式変位計を用いる場合について説明したが、渦電流式変位計は、各種高速回転機械の軸振動のモニタやテープ等の直線走行体の振れのモニタ、各種機器の隙間の管理等に広く用いることができることは言うまでもない。また、参照用コイルを覆う金属の形状を変化させることで参照用コイルのインピーダンスも調整できるし、参照用コイルを覆う金属をそのまま保持機構とすることで、センサ部の大型化を防ぐことができる。
【0052】
さらにまた、参照用コイルと測定用コイルを有する第1の実施例の構成のセンサ部に、高周波電圧とともに直流電圧を印加する第2の実施例の構成を組み合わせることにより、より高精度の測定が期待できる。
【符号の説明】
【0053】
10…工作機械、20…工具(ドリル)、30…ツールホルダ、32…ツールフランジ、34…嵌合部、36…外周面、40…スピンドル、42…被嵌合部、50…ヘッド、60…ブラケット(取り付け具)、100、101…センサ部、102…測定面、104…反ツールフランジ側(反測定面側)、110、112…測定用コイル(一方のコイル)、120…参照用コイル(他方のコイル)、132…非導電性カバー材、134…導電性カバー材、136…封止部材、138…絶縁被覆材、140…信号ケーブル保護材、142…ねじ込部、144…導線(信号ケーブル)、150…高周波発振器、152a、152b、154a、154b…増幅器、158…差動出力回路、161…整流回路、162…フィルタ回路、163…アナログ/デジタル変換器(ADC)、164…演算手段(マイコン)、165…メモリ、170…直流電源、174…コイル、176…ハイパス・フィルタ、178…ローパス・フィルタ、180…補正回路、200、202…変位計制御部、300、310…渦電流式変位計、400…工作機械制御部、R…測定用コイルの抵抗、R…参照用コイルの抵抗、L…測定用コイルのインダクタンス、L…参照用コイルのインダクタンス、T…温度、δ、δ…距離
図1
図2
図3
図4
図5
図6