特許第6892111号(P6892111)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人岩手大学の特許一覧

特許6892111多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法
<>
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000028
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000029
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000030
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000031
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000032
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000033
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000034
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000035
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000036
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000037
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000038
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000039
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000040
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000041
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000042
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000043
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000044
  • 特許6892111-多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法 図000045
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6892111
(24)【登録日】2021年5月31日
(45)【発行日】2021年6月18日
(54)【発明の名称】多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   H04S 7/00 20060101AFI20210607BHJP
   H04S 3/00 20060101ALI20210607BHJP
【FI】
   H04S7/00 320
   H04S3/00 200
【請求項の数】15
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2017-104831(P2017-104831)
(22)【出願日】2017年5月26日
(65)【公開番号】特開2018-201125(P2018-201125A)
(43)【公開日】2018年12月20日
【審査請求日】2020年4月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107010
【弁理士】
【氏名又は名称】橋爪 健
(72)【発明者】
【氏名】西山 清
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 克昌
(72)【発明者】
【氏名】豊住 洋之
(72)【発明者】
【氏名】寺田 泰宏
【審査官】 齊田 寛史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/004433(WO,A1)
【文献】 特許第4444919(JP,B2)
【文献】 特開平9−81204(JP,A)
【文献】 特表2001−500706(JP,A)
【文献】 特開2011−77568(JP,A)
【文献】 新井清嗣, 勝俣友紀, 佐藤克昌, 西山清,"H∞高速同定を用いた3次元高臨場感音場再生システムの開発 -4経路同時同定-",日本音響学会 2013年 秋季研究発表会講演論文集CD−ROM [CD−ROM],2013年 9月17日,pp.677-678
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04S 7/00
H04S 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定方法であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部は、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、
前記処理部は、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定する、
多入力多出力系の直接逆同定方法。

【数1】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【請求項2】
請求項1に記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
前記処理部が、フィルタゲインKs,kの再帰変数を初期化するステップと、
前記処理部が、前記多入力多出力系の入力及び出力の測定値を入力するステップと、
前記処理部が、フィルタゲインKs,kを計算するステップと、
前記処理部が、各フィルタ係数の推定値g^ijを前記式(6)〜式(11)により求める直接逆同定法による処理を実行するステップと、
前記処理部が、各フィルタ係数の推定値g^ijが収束するまで、時間のインデックスkに1を加えて前記入力するステップ、前記計算するステップ、及び前記処理を実行するステップを繰り返し、収束した推定値g^ijを記憶部に記憶するステップと、
を含むことを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項3】
請求項2に記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
前記処理部が、前記計算するステップにおいて、前記フィルタゲインKs、k, i=1,・・・,M を以下の式(23)から式(28)の再帰式により更新することを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【数2】
【請求項4】
請求項3に記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
前記処理部が、期値を以下の式(29)により定めることを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【数3】
【請求項5】
請求項1乃4至のいずれかに記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
前記Mは3以上の整数であることを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
さらに、求めた各フィルタ係数の推定値g^ijにより設定された逆フィルタG^11〜G^MMを用いた前記多入力多出力逆フィルタ装置により、等化器を構築すること、又は、MIMOシステム若しくはその他の通信システムにおける空間多重化を行うことを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかに記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
さらに、求めた各フィルタ係数の推定値g^ijにより設定された逆フィルタG^11〜G^MMを用いた前記多入力多出力逆フィルタ装置により、複数の人が高臨場感を共有できる音場再生を行うことを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項8】
請求項7に記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
前記ソースSは音源であり、
前記出力はスピーカであり、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、前記出力からの音をクロストークキャンセルし、トランスオーラル再生を実現することを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項9】
請求項1乃至5のいずれかに記載された多入力多出力系の直接逆同定方法において、
さらに、求めた各フィルタ係数の推定値g^ijにより設定された逆フィルタG^11〜G^MMを用いた前記多入力多出力逆フィルタ装置により、所望の出力を与えるシステムの入力を生成することを特徴とする多入力多出力系の直接逆同定方法。
【請求項10】
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定装置であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、
多入力多出力系の前記直接逆同定装置は、
処理部と、
記憶部と、
を備え、
前記処理部は、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、
前記処理部は、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定する、
多入力多出力系の直接逆同定装置。

【数4】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【請求項11】
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定プログラムであって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部が、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力するステップと、
前記処理部が、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定するステップと、
前記処理部が、同定した各フィルタ係数の推定値g^ijを、記憶部に記憶するステップと、
をコンピュータに実行させるための多入力多出力系の直接逆同定プログラム。

【数5】

ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【請求項12】
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部が、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力するステップと、
前記処理部が、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定するステップと、
前記処理部が、同定した各フィルタ係数の推定値g^ijを、記憶部に記憶するステップと、
をコンピュータに実行させるための多入力多出力系の直接逆同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【数6】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【請求項13】
多入力多出力系を伝達系とする多入力多出力逆フィルタ装置であって、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部により、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定した各フィルタ係数の推定値g^ijが、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)に設定された、多入力多出力逆フィルタ装置。
【数7】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【請求項14】
請求項13に記載された多入力多出力逆フィルタ装置において、
さらに、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMからの出力を入力して加算し、加算値を前記出力部に出力する加算器i(i=1,・・・,M)を備えたことを特徴とする多入力多出力逆フィルタ装置。
【請求項15】
多入力多出力系を伝達系とする多入力多出力逆フィルタ装置を用いた多入力多出力逆フィルタ方法であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力と、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
第iの出力は、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部により、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定した各フィルタ係数の推定値g^ijが、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)に設定された、多入力多出力逆フィルタ装置を用いた多入力多出力逆フィルタ方法。
【数8】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
k−D:i番目の伝達系の入力 (Dはサンプル遅れを表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多入力多出力系の直接逆同定方法及び装置及びプログラム及び記憶媒体、多入力多出力逆フィルタ装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
逆システムの同定が行われる例として、通信分野の自動等化器や音響分野のトランスオーラルシステムがある。伝送中に生ずる信号のひずみを補償する等化器は1入力1出力系の逆システムであり、バイノーラル録音された音源をステレオスピーカで再現するトランスオーラルシステムで用いる逆フィルタは2入力2出力系の逆システムに対応する。
音響的に臨場感を再現する方法としては、距離による音量の減衰や両耳間強度差により音像定位を再現する音量差、音波が到達する時間の差によって音像定位を再現する時間差などの方法に加え、周波数特性、位相、残響の変化によって再現する方法があるが、バイノーラル録音は実際に人間の耳で聞くように録音することで実際の臨場感も含め録音するものがある。
【0003】
図1に、ダミーヘッドを用いたバイノーラル録音の説明図を示す。
バイノーラル録音では、例えば、人間の頭部形状を模したダミーヘッドと呼ばれる人形の両耳部分にマイクを埋め込んで録音する。この音源をヘッドホンやイヤホンにより聴取した場合、録音時の情報がそのまま再現されるため高臨場感が得られる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】浜田 晴夫,“バイノーラル音場再生系について”,日本音響学会誌,48巻4号,pp.250−257,1992.
【非特許文献2】S.Uto,H.Hamada,T.Miura,P.A.Nelson,S.J.Elliot, “AUDIO EQUALIZER USING MULTI−CHANNEL ADAPTIVE DIGITAL FILTER”, ASJ Symposium 91 International Symposium on Active Control of Sound and Vibration, April 9−11,pp.421−426,1991.
【非特許文献3】P.A.Nelson,H.Hamada,S.J.Elliot, “Adaptive Inverse Filters for Stereophonic Sound Reproduction”, IEEE TRANSACTIONS ON SIGNAL PROCESSING,VOL.40,No.7,pp.1621−1632,JULY 1992.
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−151529号公報
【特許文献2】特開2012−151530号公報
【特許文献3】特開平6−165298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、イヤフォンやヘッドフォンの装着は使用者に負担となり、閉塞感も与える。このバイノーラル音源を左右2つのスピーカを用いて耳元で再現する方法がトランスオーラル再生である。

図2に、トランスオーラルシステムの説明図を示す。
トランスオーラル再生を実現するためには、スピーカから耳元へ至るクロストーク成分をキャンセルするために未知の2入力2出力系(H)の逆システムが必要となる[非特許文献1]。この逆システムの推定値が図2の逆フィルタG^となる。このとき、逆フィルタの伝達関数行列G^は次の関係式を満たすことが望まれる。なお、記号上に付される”^”は、推定値の意味であり、入力の都合上、文字の右上に記載するが、数式で示すように、文字の真上に記載されたものと同一である。
【0007】
【数1】
式(2)は音源のオールパス特性を表し、式(3)はクロストークのキャンセルを表す。上式を満たす逆フィルタG^を実現できれば、耳元でバイノーラル音源が再現される。つまり、録音時の信号を耳元で再現できるので、3次元の高臨場感が実現される。トランスオーラルシステムによる3次元高臨場感再生において、未知の2入力2出力系の逆システムを正確に同定することが重要であり、その精度が聴取時に得られる臨場感に大きく影響を与える。
従来法[非特許文献2、非特許文献3等]では、まず未知の2入力2出力系を同定し、その結果を用いて逆フィルタ、すなわち逆システムを求めると云った2段階方式をとっていた。そのため、誤差が2重に蓄積すると共に系の変動の影響を受け易いことが想定される。
【0008】
この課題の解決のため2入力2出力系のバイノーラル音声再生方法が提案されているが[特許文献1、特許文献2]、多入力多出力系には対応できていなかった。
また、4入力4出力系の音響再生装置が考案されているが[特許文献3]、順方向の同定を行ってから、その結果を用いて逆同定を行うと云った従来法と同じ2段階方式をとっていた。よって、従来のトランスオーラルシステムと同様の課題を抱えている。さらに、この装置の逆フィルタは固定無限インパルス応答ディジタルフィルタ又は固定IIR(Infinite Impulse Response)デジタルフィルタを用いているため、生活空間での日常使いは困難な場合が想定される。
そのため、複数の試聴者が同じ臨場感を体感できるトランスオーラル再生を実用的なレベルで実現できず、現在まで商品化されていない。また、MIMO通信、地震の振動再現、ロボットの逆キネマティクスなどへの展開も進んでいない。
【0009】
以上のように、従来は、順方向の伝達関数行列Hを求めてから逆フィルタG^を求めていた(後述の図6参照)。よって、2段階の処理となり、系の変動による誤差や数値誤差の蓄積が無視できない場合が想定される。
また、従来は、入出力が3チャンネル以上の場合に実用的な逆フィルタG^を求めるための方法や、そのような逆フィルタG^を用いた逆システム又はトランスオーラスシステム等が存在しなかった。
【0010】
本発明は、以上の点に鑑み、未知の多入力多出力系の逆システム・逆フィルタを入出力データから直接同定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の解決手段によると、
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定方法であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部は、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、
処理部は、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定する、
多入力多出力系の直接逆同定方法が提供される。
【0012】
【数2】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
k:時間のインデックス
【0013】
本発明の第2の解決手段によると、
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定装置であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、
多入力多出力系の前記直接逆同定装置は、
処理部と、
記憶部と、
を備え、
前記処理部は、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、
前記処理部は、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定する、
多入力多出力系の直接逆同定装置が提供される。
【0014】
【数3】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
【0015】
本発明の第3の解決手段によると、
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定プログラムであって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部が、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力するステップと、
処理部が、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定するステップと、
前記処理部が、同定した各フィルタ係数の推定値g^ijを、記憶部に記憶するステップと、
をコンピュータに実行させるための多入力多出力系の直接逆同定プログラムが提供される。
【0016】
【数4】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
【0017】
本発明の第4の解決手段によると、
多入力多出力逆フィルタ装置のための多入力多出力系の直接逆同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部が、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力するステップと、
処理部が、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)の各フィルタ係数の推定値g^ijを、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定するステップと、
前記処理部が、同定した各フィルタ係数の推定値g^ijを、記憶部に記憶するステップと、
をコンピュータに実行させるための多入力多出力系の直接逆同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体が提供される。
【0018】
【数5】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
【0019】
本発明の第5の解決手段によると、
多入力多出力系を伝達系とする多入力多出力逆フィルタ装置であって、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部により、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定した各フィルタ係数の推定値g^ijが、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)に設定された、多入力多出力逆フィルタ装置が提供される。
【0020】
【数6】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
【0021】
本発明の第6の解決手段によると、
多入力多出力系を伝達系とする多入力多出力逆フィルタ装置を用いた多入力多出力逆フィルタ方法であって、
前記多入力多出力逆フィルタ装置は、
第1〜第[M×M]の逆フィルタG^11〜G^MM
と(Mは、2以上の整数)、
第1〜第Mの出力部U〜Uと、
を備え、
逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、
出力部Uは、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMの出力の加算値を出力し、

処理部により、前記多入力多出力系を伝達系とした入出力測定値を入力し、以下の式(6)〜式(11)に従う直接逆同定法による処理を実行して、前記多入力多出力系の入出力測定値から直接同定した各フィルタ係数の推定値g^ijが、逆フィルタG^ij(i,j=1,・・・,M)に設定された、多入力多出力逆フィルタ装置を用いた多入力多出力逆フィルタ方法が提供される。
【0022】
【数7】
ここで、
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソースからi番目の伝達系の入力又は出力部への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソースを処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系の出力又は入力部の出力系列。
〜i:i番目の時間領域の誤差
【発明の効果】
【0023】
本発明によると、未知の多入力多出力系の逆システム・逆フィルタを入出力データから直接同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】ダミーヘッドを用いたバイノーラル録音の説明図。
図2】トランスオーラルシステムの説明図。
図3】逆同定装置の構成図。
図4】逆同定装置の他の構成図。
図5】スピーカーSP1、SP2、SP3、SP4からマイクMic1への伝達特性の図。
図6】本発明及び/又は本実施の形態と従来法との違いを示す説明図。
図7】M入力M出力系の直接逆同定法の説明図。
図8】M入力M出力系の入力再生及び逆フィルタ装置の説明図。
図9】直接逆同定法を用いたM×Mトランスオーラル再生のフローチャート。
図10】2人の試聴者で同じ音源(S,S)の臨場感を共有して楽しむことができる4x4トランスオーラルシステムの説明図。
図11】3入力3出力系の直接逆同定法と3×3トランスオーラルシステムの検証実験の例の説明図。
図12】左スピーカから左マイクの伝達信号を表す図。
図13】右または中央スピーカから左マイクの伝達信号を表す図。
図14】中央スピーカから中央マイクの伝達信号を表す図。
図15】右または左スピーカから中央マイクの伝達信号を表す図。
図16】右スピーカから右マイクの伝達信号を表す図。
図17】左または中央スピーカから右マイクの伝達信号を表す図。
図18】4入力4出力系の直接逆同定法と4×4トランスオーラルシステムの検証実験の例の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
A.概要
本発明及び/又は本実施の形態によると、例えば、以下の方法又は装置を提供することができる。
1) 多入力多出力系の逆システムを入出力データから直接実時間で同定する方法・装置。
2) 上記で求めた逆フィルタを用いて多入力多出力系の等化器を構築する方法・装置。
3) 上記の逆フィルタを用いて複数の人が高臨場感を共有できる音場再生方法・装置。
4) 上記の逆フィルタを用いて所望の出力を与えるシステムの入力を生成する方法・装置。

未知のM入力M出力系HのM×M個の経路の伝達関数をそれぞれHij, i,j=1,・・・,Mとし、z変換された系の入力をU,・・・,U、系の出力をY,・・・,Yとすれば次のように表すことができる。ここで、Mは、予め定められた2以上の整数であり、本発明及び/又は本実施の形態は、特に、Mが3以上の整数とした多入力多出力系にも適用することができる。
【0026】
【数8】
ここで、{U}と{Y}は測定より既知となるが、伝達関数{Hij}は未知である。

本発明及び/又は本実施の形態の特徴のひとつとしては、例えば、事前にHij, i,j=1,・・・,Mを求めることなく、直接、次式を満たす逆フィルタG^ij, i,j=1,・・・,Mを求めることである。
【0027】
【数9】
ただし、z−1は遅延演算子と呼ばれサンプルが1つ遅れることを表し、z−Dの逆z変換はuk−Dとなる。
また、G^ij、U、Yは、それぞれ、g^ij、u、yのz変換である。

なお、記号の上に付される”^”は、推定値の意味である。また、”〜”、”U”等は、便宜上付加した記号である。これらの記号は、入力の都合上、文字の右上に記載するが、数式で示すように、文字の真上に記載されたものと同一である。また、数式中太字で標記される記号、Y、H、U、G、g、L、C、I,K、R等は行列であり、本来数式で示すように太文字で記されるものであるが、出願形式の制約上、普通の文字で記載する。
【0028】
B.直接逆同定法

図7は、M入力M出力系の直接逆同定法の説明図を示す。
ここでは、M入力M出力系の一例として、音響系について説明するが、本発明及び/又は本実施の形態は、通信系、振動系、制御系等に適用することができる。例えば、通信系、振動系、制御系等の場合には、スピーカとマイクを、対応する送信機・送信部・送信器等の出力部と、対応する受信機・受信器・受信部・測定部・検出部等の入力部等に置き換えればよく、また、音源を、対応する信号源・送信源・情報源等のソースに置き換えればよい。ただし、例えば、伝達系への各入力Uのソース(例、音源)Xは互いに無相関とする。本実施の形態では、U1,...,Uの無相関性を用いて、通過領域の等化とクロストークキャンセルを並列分散的に実行している。U+...+Uと重なっていても、U,...,Uが無相関であれば、それぞれ別々に処理できる。
なお、順方向の同定(順同定)では、U,...,Uが無相関であれば、入力信号の相関行列はブロック対角行列となり、並列分散的に実行することができる。本実施の形態(逆同定)では、U,...,Uを無相関としても、一般に逆システムの入力信号Y,...,Yの相関行列がブロック対角行列となる保証はない。
【0029】
直接逆同定法は、スピーカ等の伝達系・未知系Hへの入力からマイク等の伝達系・未知系Hの出力への信号到達時間差による相関行列のブロック対角化
【0030】
【数10】
を利用した並列分散適応フィルタ{G^ij}となる。各適応フィルタG^ijのフィルタ係数(有限インパルス応答)g^ij=[g^ij(0),・・・,g^ij(N−1)]を求めるフィルタ方程式は次のように表される。
【0031】
【数11】
ただし、フィルタゲインKs、kは、一例として後述のような、適応アルゴリズムによって計算される。また、伝達系・未知系Hの入力{uk−D}(例えば、スピーカへの入力等)と伝達系・未知系Hの出力{Y}(例えば、マイクの出力等)は測定により既知となり、k−N+1<0のときyk−N+1=0である。
【0032】
[記号の説明]
g^ij:N次元ベクトル;j番目のソース(例、音源)からi番目の伝達系・未知系Hへの入力(例、スピーカ等の出力部)への逆フィルタのフィルタ係数の推定値。
s,k:N×1行列;j番目のソース(例、音源)を処理する逆フィルタを求めるためのフィルタゲイン。
:1×N行列;j番目の伝達系・未知系Hからの出力(例、マイク等の入力部の出力系列)。
N:タップ数(インパルス応答長)
k:時間のインデックス
:時間領域の誤差e〜iのz変換
【0033】
ここで、直接逆同定法の式(6)〜(7)のフィルタゲインKs,k〜Ks,kが式(9)〜(10)のフィルタゲインKs,k〜Ks,kと等しいこと、すなわちフィルタ係数はM×M個あるが、フィルタゲインはM個で済むことが示される。

次に、式(6)〜式(11)の直接逆同定法によって得られた逆フィルタG^が未知の多入力多出力系Hの逆システムになること(すなわち、合成システムG^H=HG^がオールパス特性をもつという証明)を示す。
図7のUに注意すればG^11,・・・,G^1Mは次式を満たすことがわかる。
【0034】
【数12】

この両辺に右からUを掛け、期待値をとれば次式を得る。
【0035】
【数13】
ここで、UとU,j=2,・・・,Mの無相関性(E{U}=0)と推定誤差EとUの直交性(E{E}=0)を用いれば次のように整理できる。なお、UとUの無相関とは、UとUの掛けたものの期待値が0、すなわちE{U}=0を意味する。また、EとUの直交性は、E{E}=0を意味する。
【0036】
【数14】
これを式(12)に代入すれば次のように整理できる。
【0037】
【数15】

以上により、直接逆同定法が平均収束すれば(E{g^ij}=E{g^ijk−1})、
【0038】
【数16】
を満たす逆フィルタG^が得られることがわかる。よって、未知系Hを事前に同定することなく、逆システムを実現する逆フィルタG^を直接求めることができる。ここで、システムG^Hがz−DIとなるから、その出力は入力のDサンプル遅れであることがわかる。ただし、Iは単位行列を表す。

特に、直接逆同定法では適応フィルタとしてJ高速Hフィルタを用いると効果的である。J高速Hフィルタをベースにした直接逆同定法の場合、各フィルタゲインKs,k, i=1,・・・,M は次の再帰式で更新される。なお、Ks,kは、他にも適宜の適応フィルタ等のアルゴリズム・処理により求めても良い(例えば、特許第4067269号公報、特許第4444919号公報、特許第5196653号公報、等参照)。
【0039】
【数17】
と定義され、再帰式は次のように初期化される。
【0040】
【数18】
また、χ(γ)はχ(1)=1,χ(∞)=0を満たすγの単調減衰関数であり、γはHフィルタの最大エネルギーゲインの上限を与えるパラメータである。
【0041】
図8は、M入力M出力系の入力再生及び逆フィルタ装置の説明図を示す。
多入力多出力系を伝達系とする多入力多出力逆フィルタ装置200は、逆フィルタG^11〜G^MM、出力部〜U参照)と、逆フィルタG^i1,・・・,G^iMからの出力を入力して加算して力部に出力する加算器i(i=1,・・・,M)と、を備える。逆フィルタG^1i,・・・,G^Miは、ソースS(i=1,・・・,M)を入力し、出力部参照)は、加算器1〜Mの出力を出力する。
【0042】
再生時は、図8のように図7で求めた逆フィルタG^を用いて構築したM×Mトランスオーラルシステム等のM×MシステムHG^にソース(例、音源)S,・・・,Sを入力すれば、G^H=HG^=z-DIの関係式より、各入力部(例、マイク)の位置でそれぞれY≒z-D,・・・,Y≒z-Dが現れる。この際、S,・・・,Sは互いに無相関である必要はない。
なお、Sからの信号(例、音)はYだけに伝わり、同様にS,・・・,Sからの信号(例、音)はそれぞれY,・・・,Yだけに伝わるようにすることをトランスオーラル再生と言う。ソースの信号(例、音源の音)を逆フィルタG^で処理した後に出力部(例、スピーカ)〜U参照)から出力すれば、Sからの信号(例、音)はY〜Yには伝わらない。これをクロストークキャンセルと言う。

以上の逆同定からトランスオーラル再生までの手順を、後述の図9のフローチャートに示した。
【0043】
C.多入力多出力系の直接同定法の装置及び方法

図3は、逆同定装置の構成図である。
逆同定装置100は、中央処理装置(CPU)である処理部101、入力部102、出力部103、表示部104及び記憶部105を有する。また、処理部101、入力部102、出力部103、表示部104及び記憶部105は、スター又はバス等の適宜の接続手段で接続されている。記憶部105は、測定値、予め定められた値、未知・既知のデータ、逆フィルタに関するデータ(フィルタ係数等)、処理部101により計算された各種データ等が記憶され、処理部101により、記憶部105に対して、それらの各データ等が必要に応じて書込み及び/又は読み出しされる。
【0044】
図4は、逆同定装置の他の構成図である。
逆同定装置100’では、測定部107が入出力を測定し、それらの測定値を入力部102又はI/F106を介して、記憶部105に入力するようにした点が、主に図3の逆同定装置100と異なる。なお、記憶部105は、例えば、逆フィルタに関するデータを記憶する逆フィルタデータファイル151、入出力データを記憶する入出力測定値ファイル152、等の適宜のファイルを含むようにしてもよい(図3においても同様)。また、入出力測定値ファイル152等のファイルは、例えば、リングバッファを用いても良い。
【0045】
図9に、直接逆同定法を用いたM×Mトランスオーラル再生のフローチャートを示す。以下に各ステップの処理について説明する。
(S1) 処理部101は、フィルタゲインKs,kの再帰変数を初期化する。たとええば、処理部101は、式(29)に示すような初期条件を記憶部105から読み出し、又は、初期条件を入力部102から入力し、Re,−1,R,ρ,γ,ε,K〜i−1,P^0|−1,L〜i−1,R−1等に初期値を代入(式(29))する。なお、k=0とする。
(S2) 処理部101は、システムの入出力{u},{y}を測定する。なお、システムの入出力は、処理部101が予め複数のkについてのデータを測定して記憶部105に保存しておき、kに従い、処理の際にその都度データを読み出すようにしてもよい。
(S3) 処理部101は、フィルタゲインKs,kを式(23)から式(28)により計算する。
(S4) 処理部101は、直接逆同定法で、g^ijを式(6)から式(11)により求める。
(S5) 処理部101は、各フィルタ係数の推定値が収束したとき(||g^ij−g^ijk−1||≒0)、トランスオーラル再生の処理(S7)へ移行する。一方、各フィルタ係数の推定値が収束しないとき、ステップS6へ移行する。
(S6) 処理部101は、時間のインデックスkに1を加え、ステップS2に戻る。
【0046】
(S7)トランスオーラル再生の処理(S7)へ移行すると、図8に示したM入力M出力系の逆フィルタG^ijの特性を、求めたg^ij=[g^ij(0),・・・,g^ij(N−1)]に設定することにより、多入力多出力系の逆フィルタ装置を構築する。構築された逆フィルタ装置は、各々のソース{S}(音源等)を多入力する。
(S8)逆フィルタ装置は、M×Mトランスオーラル再生のためにG^Sを計算して、出力する。
(S9)逆フィルタ装置は、計算したG^Sを各々の出力部{U参照}(スピーカ等)から多出力する。
【0047】
なお、処理部101は、各ステップで求めた適宜の中間値、最終値、測定値及び/又は計算値等を必要に応じて適宜記憶部105に記憶し、また、記憶部105から読み出すようにしてもよい。
【0048】
トランスオーラルシステムでは、G^は{g^ij}のz変換、Sは{sik}のz変換をそれぞれの成分にもつ。その掛けたものG^Sの逆z変換はg^ijとsikの畳み込みg^ij*sikとなる。インパルス応答{g^ij}をもつシステムに信号{sik}を入力すると、線形システムの出力はg^ij*sikとなる。例えば、音源Sを予め求めた逆フィルタG^で処理(G^S)してからスピーカに出力すれば、右の音源の音は右のマイク、左の音源の音は左のマイクにしか届かないようにできる。これは合成システムHG^=G^Hが入力をそのまま出力するシステムになることを利用している。よって、G^Sはスピーカへ出力する前に音源Sの前処理をしている。
【0049】
図10に、2人の試聴者で同じ音源(S,S)の臨場感を共有して楽しむことができる4x4トランスオーラルシステムの説明図を表す。
同様にチャンネル数を増やせば、原理的には3人、4人、・・・でも同じ音源の臨場感を共有できる。
例えば、図10の左側の音源(S,S)を日本語放送、右側の音源(S,S)を英語放送にすれば、同じ空間において左右のテレビ視聴者がそれぞれの言語でテレビを見ることもできる。
【0050】
D. 実験例

(1) 3×3トランスオーラルシステム
図11に、3入力3出力系の直接逆同定法と3×3トランスオーラルシステムの検証実験の例の説明図を示す。
また、図12から図17にそのときの各スピーカからの各マイクの信号の説明図を示す。
図12は、左スピーカから左マイクの伝達信号を表す図、図13は、右または中央スピーカから左マイクの伝達信号を表す図、図14は、中央スピーカから中央マイクの伝達信号を表す図、図15は、右または左スピーカから中央マイクの伝達信号を表す図、図16は、右スピーカから右マイクの伝達信号を表す図、また、図17は、左または中央スピーカから右マイクの伝達信号を表す図、である。
これより、本発明及び/又は本実施の形態によって3入力3出力系でもクロストークキャンセルが良好に行われることが確認できた。
【0051】
(2) 4×4トランスオーラルシステム
図18に、4入力4出力系の直接逆同定法と4×4トランスオーラルシステムの検証実験の例の説明図を示す。
また、図5は、スピーカーSP1、SP2、SP3、SP4からマイクMic1への伝達特性の図を表している。
この例では、SP1からMic1への伝達特性は200Hz以上はほぼ平坦となり、良好な通過特性を示している。一方、SP2、SP3、SP4からマイクMic1への伝達特性は200Hz以上でほぼ10〜20dB利得が減衰しており、クロストークがキャンセルされている様子がわかる。
【0052】
E.実施の形態の効果、本発明/本実施の形態の応用等

図6は、本発明及び/又は本実施の形態と従来法との違いを示す説明図である。

本実施の形態によると、未知の多入力多出力系の逆システムを1回の実時間同定で可能とすることができる。また、本実施の形態によると、逆同定で得られた逆フィルタを用いて、多入力多出力系の等化器の構築や所望の出力を与えるシステムの入力の生成を可能とすることができる。特に、本実施の形態によると、複数の人が高臨場感を共有できる音場再生を実現することができる。
【0053】
以上のように、本発明及び/又は本実施の形態によると、例えば、未知の多入力多出力系の逆システムを入出力データから直接実時間で同定する方法が提供される。本発明及び/又は本実施の形態によると、例えば、複数の人が共通の音源あるいは異なる音源を高臨場感で楽しむ音場再生装置の実用化が可能となる。また、上述では、多入力多出力系の一例として、主に音響系について説明したが、本発明及び/又は本実施の形態は、例えば、通信系、振動系、制御系等にも適用することができる。そして、本発明及び/又は本実施の形態によると、例えば、その成果は光通信の等化器、MIMO通信システムにおける空間多重化、地震の再現、ロボットの制御などの課題解決に大きく貢献する。
【0054】
本発明及び/又は本実施の形態の直接逆同定方法又は直接逆同定装置・システムは、その各手順をコンピュータに実行させるための直接逆同定プログラム、直接逆同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体、直接逆同定プログラムを含みコンピュータの内部メモリにロード可能なプログラム製品、そのプログラムを含むサーバ等のコンピュータ、等により提供されることができる。
【符号の説明】
【0055】
100 逆同定装置
101 処理部
102 入力部
103 出力部
104 表示部
105 記憶部
200 逆フィルタ装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18