【実施例】
【0043】
以下、コーティング液、コーティング液の製造方法、および水素ガス感応性膜の製造方法の具体例について説明する。また、得られた水素ガス感応性膜の応答性の評価結果について説明する。
【0044】
〔実施例1−1〕
先ず、特許文献8記載の方法に従い、氷冷、乾燥窒素雰囲気下で、六塩化タングステン(WCl
6)に超脱水エタノールと超脱水イソプロピルアルコールを加え、その後、室温下で撹拌を続け、酸化タングステンの前駆体溶液を得た。前駆体溶液中のタングステン濃度は、0.25モル/Lとした。
【0045】
次いで、20mlの前駆体溶液(W:5.0×10
−3モル)に1.0×10
−4モルのPtCl
2を添加し、遮光してそのまま室温下で撹拌し、透明で黄色のコーティング液を調製した。前駆体溶液中のタングステン量に対するPtCl
2の添加量は、モル比(Pt/タングステン)で1/50とした。
【0046】
次いで、コーティング液を、洗浄済みのガラス基板上に3000rpm、30sの条件でスピンコートして塗布膜を形成し、形成した塗布膜を大気中室温(28℃)で5分間風乾させた。この塗布及び乾燥操作を5回繰り返し水素ガス感応性膜を得た。
【0047】
得られた水素ガス感応性膜の応答性を、
図2に示す測定装置Aで測定した。測定装置Aは、測定対象物である水素ガス感応性膜2、および水素ガス感応性膜2が形成されるガラス基板1を含まない。
図2は、水素ガス感応性膜の応答性を測定する測定装置を示す図である。
図2において、矢印は水素含有ガスの流れを表す。水素含有ガスは、マスフローコントローラ13によって導入され、ガラスセル11と水素ガス感応性膜2との隙間16を通り、外部に放出される。水素含有ガスとしては、水素ガスを4体積%、アルゴンガスを96体積%含むものを用いた。
【0048】
図2に示すように、測定装置Aは、ガラスセル11と、スペーサ12と、マスフローコントローラ13と、光源14と、受光器15とを備える。ガラスセル11は、ガラス基板1に成膜した水素ガス感応性膜2と対向配置される。スペーサ12は、ガラスセル11と水素ガス感応性膜2との間に、水素含有ガスの流路となる隙間16を形成する。マスフローコントローラ13は、隙間16を流れる水素含有ガスの流量を制御する。光源14としての半導体レーザ装置は、波長670nmのレーザー光を照射する。受光器15としてのフォトダイオードは、光源14から照射されたレーザー光を受光し、受光したレーザー光の強度に応じた信号を出力する。光源14から照射されたレーザー光は、ガラス基板1、水素ガス感応性膜2およびガラスセル11をこの順で通過し、受光器15で受光される。光源14から照射されるレーザー光の強度に対する、受光器15で受光されるレーザー光の強度の割合が透過率である。
【0049】
水素ガス感応性膜の応答性は、
図2の隙間16に水素含有ガスを60秒間供給すること、およびその供給を60秒間停止することを交互に繰り返しながら、波長670nmのレーザー光の透過率を測定することにより測定した。測定結果を
図3および
図4に示す。
図3は、実施例1−1による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図4は、
図3に破線で囲む領域Aの拡大図である。
図4において、「ON」とは水素含有ガスの停止から供給への切換を意味し、「OFF」とは水素含有ガスの供給から停止への切換を意味する。水素含有ガスの供給が停止されると、水素含有ガスの出口から隙間16に向けて大気が入り込む。尚、その他の図面において同様である。
【0050】
図3に示すように、水素含有ガスの供給および停止を約80回(約9600秒)繰り返した後から、徐々に無色透明(透明状態)と青色(着色状態)の間で水素ガス感応性膜の色(状態)の変化が起こり始めた。その後、
図4に示すように、水素含有ガスの供給および停止を切り替える度に、レーザー光の透過率が約25%〜80%の範囲で変化した。この結果から、実施例1−1のコーティング液によれば、大気中において室温で乾燥するだけで、水素ガス感応性膜を得られることが確認された。
【0051】
〔実施例1−2〕
実施例1−2では、塗布膜を大気中室温で風乾させる5分間の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、実施例1−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図5および
図6に示す。
図5は、実施例1−2による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図6は、
図5に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0052】
図5に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始直後から膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図6に示すようにレーザー光の透過率が約22%〜84%の範囲で変化した。この結果から、塗布膜の乾燥時に紫外線照射を用いることにより、応答開始(透過率の変化の開始)までの時間を短縮できることが確認された。
【0053】
〔実施例1−3〕
実施例1−3では、塗布膜を大気中室温で5分間風乾させる代わりに塗布膜を大気中100℃のホットプレート上で5分間加熱して乾燥させた以外、実施例1−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。実施例1−1と同様に、乾燥中の紫外線照射は、行わなかった。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図7および
図8に示す。
図7は、実施例1−3による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図8は、
図7に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0054】
図7に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始直後から膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図8に示すようにレーザー光の透過率が約25%〜78%の範囲で変化した。この結果から、塗布膜の乾燥時に加熱乾燥を行うことにより、応答開始(透過率の変化の開始)までの時間を短縮できることが確認された。
【0055】
〔実施例1−4〕
実施例1−4では、塗布膜を大気中室温で5分間風乾させる代わりに塗布膜を大気中100℃のホットプレート上で5分間加熱して乾燥させると共に、その加熱乾燥を行う5分間の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、実施例1−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図9および
図10に示す。
図9は、実施例1−4による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図10は、
図9に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0056】
図9に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始直後から膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図10に示すようにレーザー光の透過率が約20%〜60%の範囲で変化した。この結果から、塗布膜の乾燥時に紫外線照射と加熱乾燥を併用した場合も、応答開始(透過率の変化の開始)までの時間を短縮できることが確認された。
【0057】
〔実施例2−1〕
実施例2−1では、前駆体溶液に対し添加する金属触媒の原料としてPtCl
2の代わりにPdCl
2を使用してコーティング液を調製した以外、実施例1−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。実施例1−1と同様に、乾燥中の紫外線照射は、行わなかった。また、実施例1−1と同様に、前駆体溶液中のタングステン量に対するPdCl
2の添加量は、モル比(Pd/タングステン)で1/50とした。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図11および
図12に示す。
図11は、実施例2−1による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図12は、
図11に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0058】
図11に示すように水素含有ガスの供給および停止を約20回(約2400秒)繰り返した後から、徐々に無色透明(透明状態)と青色(着色状態)の間で水素ガス感応性膜の色(状態)の変化が起こり始めた。その後、
図12に示すように、水素含有ガスの供給および停止を切り替える度に、レーザー光の透過率が約48%〜71%の範囲で変化した。この結果から、実施例2−1のコーティング液によれば、大気中において室温で乾燥するだけで、水素ガス感応性膜を得られることが確認された。
【0059】
〔実施例2−2〕
実施例2−2では、塗布膜を大気中室温で風乾させる5分間の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、実施例2−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図13および
図14に示す。
図13は、実施例2−2による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図14は、
図13に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0060】
図13に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始直後から膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図14に示すようにレーザー光の透過率が約50%〜80%の範囲で変化した。この結果から、塗布膜の乾燥時に紫外線照射を用いることにより、応答開始(透過率の変化の開始)までの時間を短縮できることが確認された。
【0061】
〔実施例2−3〕
実施例2−3では、塗布膜を大気中室温で5分間風乾させる代わりに塗布膜を大気中100℃のホットプレート上で5分間加熱して乾燥させると共に、その加熱乾燥を行う5分間の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、実施例2−1と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図15および
図16に示す。
図15は、実施例2−3による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図16は、
図15に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0062】
図15に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始直後から膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図16に示すようにレーザー光の透過率が約35%〜62%の範囲で変化した。この結果から、塗布膜の乾燥時に紫外線照射と加熱乾燥を併用した場合も、応答開始(透過率の変化の開始)までの時間を短縮できることが確認された。
【0063】
〔実施例3〕
実施例3では、前駆体溶液としてカルボン酸を含むものを用い、且つタングステン量に対するPdCl
2の添加量をモル比(Pd/タングステン)で1/50から1/10に増やしてコーティング液を調製した以外、実施例2−2と同じ条件で水素ガス感応性膜を成膜した。
【0064】
具体的には、先ず、実施例1−1と同様に、特許文献8記載の方法に従い、氷冷、乾燥窒素雰囲気下で、六塩化タングステン(WCl
6)に超脱水エタノールと超脱水イソプロピルアルコールを加え、その後、室温下で撹拌を続け、タングステン溶液を得た。タングステン溶液中のタングステン濃度は、0.25モル/Lとした。
【0065】
次いで、シュウ酸・無水物1.0×10
−3モルをナスフラスコに測り取り、これに20mlのタングステン溶液(W:5.0×10
−3モル)を加えて撹拌して、酸化タングステンの前駆体溶液を調製した。タングステン溶液中のタングステン量に対するシュウ酸・無水物の添加量は、モル比(シュウ酸・無水物/タングステン)で1/5とした。
【0066】
1時間後、前駆体溶液に5.0×10
−4モルのPdCl
2を添加し、遮光してそのまま室温下で撹拌し、透明で褐色のコーティング液を調製した。前駆体溶液中のタングステン量に対するPdCl
2の添加量は、モル比(Pd/タングステン)で1/10とした。
【0067】
次いで、コーティング液を、洗浄済みのガラス基板上に3000rpm、30sの条件でスピンコートして塗布膜を形成し、形成した塗布膜を大気中室温(28℃)で5分間風乾させた。その風乾乾燥を行う5分間の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った。この塗布及び乾燥操作を5回繰り返し水素ガス感応性膜を得た。得られた水素ガス感応性膜の応答性を
図17および
図18に示す。
図17は、実施例3による水素ガス感応性膜の応答性を示すグラフである。
図18は、
図17に破線で囲む領域Aの拡大図である。
【0068】
図17に示すように水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始からしばらくすると徐々に膜内全面で無色透明と青色の間で水素ガス感応性膜の色が変化するとともに、
図18に示すようにレーザー光の透過率が約34%〜70%の範囲で変化し、水素ガスに対して良好な感応性を示すことが確認された。
図18と、実施例2−2の
図14とを比較すれば明らかなように、カルボン酸を添加することによって、水素含有ガスの停止から供給への切換に対する応答速度(以下、「着色時の応答速度」とも呼ぶ。)および水素含有ガスの供給から停止への切換に対する応答速度(以下、「消色時の応答速度」とも呼ぶ)が向上した。カルボン酸の添加によって、白金イオンの還元が促進されると共に、炭酸ガスの発生によって水素ガス感応性膜が多孔質化されたためと推定される。
【0069】
〔比較例1−1〕
比較例1−1では、前駆体溶液に添加する金属触媒の原料としてPtCl
2の代わりにH
2PtCl
6・6H
2Oを添加し、前駆体溶液中のタングステン量に対するH
2PtCl
6・6H
2Oの添加量をモル比(Pt/タングステン)で1/50から29/500に増やしてコーティング液を調製した以外、実施例1−3と同じ条件でコーティング膜を成膜した。実施例1−3と同様に、塗布膜の乾燥は、大気中100℃のホットプレート上で5分間行った。また、実施例1−3と同様に、塗布膜の乾燥中の紫外線照射は、行わなかった。得られたコーティング膜の応答性を
図19に示す。
図19は、比較例1−1によるコーティング膜の応答性を示すグラフである。
【0070】
図19から明らかなように、実施例1−3の場合に比べてモル比(Pt/タングステン)が多かったにもかかわらず、二価のPtイオンではなく四価のPtイオンを用いたため、ゼロ価のPtへの還元が十分になされず、水素含有ガスの供給および停止の繰り返しを8時間に亘って行っても全く応答は見られなかった。
【0071】
〔比較例1−2〕
比較例1−2では、比較例1−1と同じコーティング液を用いて形成した塗布膜の乾燥を、大気中100℃で5分間乾燥させる代わりに、大気中室温(23℃)で5分間風乾させると共に5分間の風乾乾燥の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、比較例1−1と同じ条件でコーティング膜を成膜した。得られたコーティング膜の応答性を
図20に示す。
図20は、比較例1−2によるコーティング膜の応答性を示すグラフである。
【0072】
図20に示すように、水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始から約3時間経過後から、徐々に無色透明(透明状態)と青色(着色状態)の間で色の変化が起こり始めたが、色が変化するエリアは水素含有ガスの出口(つまり大気の入口)付近に限定され、膜全面での応答は見られなかった。
【0073】
〔比較例1−3〕
比較例1−3では、比較例1−1と同じコーティング液を用いて形成した塗布膜の乾燥を、大気中100℃で5分間乾燥させると共に、5分間の加熱乾燥の間に波長365nmの紫外線照射を同時に行った以外、比較例1−1と同じ条件でコーティング膜を成膜した。得られたコーティング膜の応答性を
図21に示す。
図21は、比較例1−3によるコーティング膜の応答性を示すグラフである。
【0074】
図21に示すように、水素含有ガスの供給および停止の繰り返し開始から約3時間経過後から、徐々に無色透明(透明状態)と青色(着色状態)の間で色の変化が起こり始めたが、色が変化するエリアは水素含有ガスの出口(つまり大気の入口)付近に限定され、膜全面での応答は見られなかった。
【0075】
〔まとめ〕
上記実施例および上記比較例の実験条件等を表1にまとめる。
【0076】
【表1】
表1に示すように、上記実施例では、上記比較例とは異なり、白金族の化合物として、二価の白金族の化合物を含むコーティング液を用いた。その結果、上記実施例では、上記比較例とは異なり、基材にコーティング液を塗布し、その塗布膜を乾燥させて、水素ガスに対する感応性を有する金属触媒を含む膜を作製する過程において、有害ガスや可燃性ガスを使うことなく、コーティング液中の金属イオンを大気中、室温以上150℃以下の温度で還元させて金属触媒とすることができた。
【0077】
以上、コーティング液、コーティング液の製造方法、および水素ガス感応性膜の製造方法の実施形態などについて説明したが、本発明は上記実施形態などに限定されず、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形、改良が可能である。
【0078】
本出願は、2017年11月6日に日本国特許庁に出願された特願2017−214051号に基づく優先権を主張するものであり、特願2017−214051号の全内容を本出願に援用する。