【実施例】
【0027】
以下に本発明のGLP−1分泌促進剤の優れた効果を具体的に示す。なお、実施例の記載は発明の理解のためにのみ挙げるものであり、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。なお、実施例を示す前に、参考のために予備試験の結果を示す。
活性型(アクティブ)GLP−1は、血中において、酵素であるDPP−4による非常に速やかな限定的分解を受けることで生理活性を失い、不活性型GLP−1となることが知られている。よって、活性型GLP−1を測定したい場合は、血液を即座にペプチド分解抑制剤(DPP−4阻害剤)入りのサンプリングシリンジに保存して測定したり、相当量の血液を採取するなどの工夫が必要である。そこで、活性型(アクティブ)GLP−1と不活性型GLP−1を合わせた、DPP−4による影響を受けない、血中のトータルGLP−1を定量することにより、その体内分泌量自体は知ることはできるため、原則、トータルGLP−1を定量することによりGLP−1分泌促進効果を確認することとし、実験によっては、参考のためにアクティブGLP−1も合わせて測定することとした。
GIPについては活性型と不活性型を合わせたトータルGIPを測定した。
【0028】
(予備試験)
<培養細胞>
マウス大腸由来のGlucagon−like peptide−1(GLP−1)産生細胞株GLUTagを、10%FBSを含むDulbecco’s modified Eagle’s medium にて、37℃、5% CO
2存在下で培養した。
【0029】
<GLP−1分泌試験>
GLUTag細胞を、48ウェルプレートでサブコンフルエントになるまで2、3日間培養した。各試料(D−プシコース又は難消化性デキストリン)を添加する前に、Hepesバッファー(140mM NaCl、4.5mM KCl、20mM Hepes、1.2mM CaCl
2、1.2mM MgCl
2、10mMD−glucose、0.1%BSA、pH 7.4)にてウェルを洗浄し、同バッファーに溶解した試料溶液を80μl添加して、37℃にて60分間インキュベーションした。上清を回収後、遠心分離(800×g、5分間、4℃)により細胞を沈殿させ、その上清70μlを凍結保存した。この上清中のトータルGLP−1を、市販の「Enzyme immuno assay kit」(株式会社矢内原研究所製)にて測定した。
【0030】
<結果>
D−プシコースの10mM、20mM、40mMの各溶液または難消化性デキストリン(松谷化学工業株式会社製品「ファイバーソル2」(DE10))10mM溶液を加え、上記GLP−1分泌試験を行ったところ、難消化性デキストリンがGLP−1分泌を顕著に促進した一方、D−プシコースにおいては、わずかに分泌促進傾向が見られる程度であった(
図1)。すなわち、D−プシコースが、GLP−1産生細胞株への直接作用によりGLP−1分泌を促進する効果は観察されなかった。
【0031】
(実施例1)
実験動物として、C57BL/6J雄性マウス(9−11週齢)を用いた。実験前日の18時00分から16時間絶食させたマウスに、午前10:00にD−プシコースを1g/kg経口胃内投与した。経口投与量は10ml/kgとした。D−プシコース投与前及び投与してから30分及び60分後にイソフルラン麻酔下で門脈採血した。なお、サンプリングシリンジには血液凝固抑制剤(ヘパリン(終濃度50IU/ml))とペプチド分解抑制剤(アプロチニン(終濃度500KIU/ml)及びビルダグリプチン(終濃度10μM))を予め加えておいた。採取した血液は冷却遠心し、得られた血漿を分析するまで−80℃で保存しておいた。アクティブGLP−1、トータルGLP-1及びトータルGIPの定量分析は、ELISAキット(ミリポア社製。各々EGLP-35K、EZGLP1T-36K及びEZRMGIP-55K)を用いて行った。また、統計解析は、一元配置分散分析(対応あり)を行い、次いでD−プシコース投与前(0分)を対照としたDunnett検定を行った。結果は
図2に示す。なお、
図2中、*はp<0.05、**はp<0.01である。また、
図2中の棒グラフ内の数値は実験数を示す。
【0032】
その結果、D−プシコースを経口投与すると、投与後30分から60分後まで、時間依存的に門脈中のアクティブGLP−1及びトータルGLP−1濃度が上昇した(
図2(a)、(b))。すなわち、D−プシコースの単独経口投与によってGLP-1の分泌が誘導されることがマウスを用いた実験で初めて明らかとなり、その作用機序として、D−プシコースがGLP−1産生細胞(L細胞)に直接作用する事が推察された。一方、D−プシコースの経口投与は、投与後60分までの間、GIP分泌には影響を及ぼさなかった(
図2(c))。以上より、D−プシコースの単独経口投与は、脂肪合成を促進させるGIPの分泌には影響を与えず、インスリン分泌促進・食欲抑制・胃排出抑制などの作用を有するGLP-1の分泌を強く誘導することが明らかとなった。
【0033】
(実施例2)
実験前日の18時00分から16時間絶食させたC57BL/6J雄性マウス(9−11週齢)に、午前10:00にD−プシコースを0.3g/kg若しくは1g/kg、D−タガトース若しくはD−グルコースを各1g/kg、又は生理食塩水を経口胃内投与した。経口投与量は10ml/kgとした。投与してから30分後にイソフルラン麻酔下で門脈採血した。なお、サンプリングシリンジには血液凝固抑制剤(ヘパリン(終濃度50IU/ml))とペプチド分解抑制剤(アプロチニン(終濃度500KIU/ml)及びビルダグリプチン(終濃度10μM))を予め加えておいた。採取した血液は冷却遠心し、血漿は分析するまで−80℃で保存した。アクティブGLP−1及びトータルGIPの定量分析は、前述したキットを用いて行った。また、統計解析は、一元配置分散分析(対応なし)を行い、次いで生理食塩水を対照としたDunnett検定により行った。結果は
図3に示す。なお、
図3中、*はp<0.05、**はp<0.01である。また、図中の棒グラフ内の数値は実験数を示す。
【0034】
その結果、D−グルコース1g/kgの経口投与は、投与後30分の門脈中アクティブGLP−1濃度を全く変動させない一方、D−プシコース0.3g/kgの経口投与は、投与後30分の門脈中アクティブGLP−1濃度を上昇させる傾向にあり、D−プシコース1g/kgの経口投与は、門脈中のアクティブGLP−1濃度を有意に上昇させた(
図3(a))。また、D−タガトース(1g/kg)を単独で経口投与すると、投与後30分後の門脈中アクティブGLP−1濃度は上昇する傾向にはあったが、その値は対照群と比較して有意な上昇ではく、D−プシコース1g/kgとの値と比較すると低値であった(
図3(a))。従って、D−プシコースはD−タガトースより有利なGLP-1分泌促進剤であることが示された。最後に、D−プシコース0.3g/kg若しくは1g/kg、D−グルコース1g/kg又はD−タガトース1g/kgの経口投与後の門脈中トータルGIPを測定した結果、D−グルコース投与群のみGIP濃度が有意に上昇した(
図3(b))。従って、単糖の経口投与によるGLP-1及びGIP分泌機構には、それぞれ独立した分泌促進機序が存在することが明らかとなった。
【0035】
(実施例3)
C57BL/6J雄性マウス(9−11週齢)を個別ケージ内で1週間以上予備飼育し、実験者によるハンドリングをして、飼育・実験環境に順化させた。実験前日の18時00分から16時間絶食させた後、9時45分から生理食塩水又はGLP−1受容体阻害剤(Exendin-9,Ex-9,200nmol/kg)を腹腔内投与し、その直後に生理食塩水又はD−プシコース1g/kgを経口胃内投与した。腹腔内投与及び経口投与の各投与容量はそれぞれ5ml/kg及び10ml/kgとした。10時00分から、CE−2飼料(栄養バランスの摂れた一般的なマウス用飼料、日本クレア製)をマウスに自由摂食させ、0.5時間、1時間、2時間、3時間及び6時間後の摂食量を経時的に測定した。摂食量は、経口胃内投与したD−プシコース1g当たりを0kcal、CE−2飼料1g当たりを3.45kcalとしたエネルギー摂取量(kcal)として算出した。統計解析は、各時点における結果に対して一元配置分散分析(対応なし)を行い、Tukey’s検定による全群比較を行った。結果は
図4に示す。なお、
図4中、*はp<0.05、**はp<0.01である。
【0036】
その結果、「対照群」(生理食塩水腹腔内投与−生理食塩水経口投与、白)と「D−プシコース群」(生理食塩水腹腔内投与−D−プシコース経口投与、網点)を比較すると、D−プシコース1g/kg経口投与は投与後30分から6時間まで有意に摂食量を低下させた。「GLP−1受容体阻害剤単独投与群」(Ex9腹腔内投与−生理食塩水経口投与、網目斜線)は、「対照群」と比較して、全ての時間帯において同レベルの摂食量であり(
図4)、CE−2飼料の摂取よって分泌される内因性のGLP-1は摂食量に影響を与えていないことが示唆された。
一方、「GLP−1受容体阻害剤+D−プシコース群」(Ex9腹腔内投与−D−プシコース経口投与、斜線)について比較すると、投与後30分の「GLP−1受容体阻害剤+D−プシコース群」の摂食量は、「対照群」若しくは「GLP−1受容体阻害剤単独投与群」と比較して、有意に減少し、「D−プシコース群」と同レベルの摂食量であった。したがって、投与後30分後のD−プシコースによる摂食抑制作用は、GLP−1以外の摂食抑制作用であることが示唆された(
図4)。投与後1時間以降の摂食量は、「対照群」や「GLP−1受容体阻害剤単独投与群」の摂食量と有意な差はなく、逆に、「D−プシコース群」より有意に摂食量が増加した(
図4)。すなわち、D−プシコース経口投与後1時間から6時間の摂食抑制作用が、GLP−1受容体阻害剤の腹腔内投与によって消失することが示された。以上より、D−プシコース1g/kgの経口投与は、GLP-1分泌促進を介して摂食量を抑制することが明らかとなった。
【0037】
(実施例4)
C57BL/6J雄性マウス(7−11週齢)を個別ケージ内で1週間以上予備飼育し、実験者によるハンドリングをして、飼育・実験環境に順化させた。実験前日の18時00分から16時間絶食させた後、9時50分から生理食塩水、D−プシコース1g/kg又はD−タガトース1g/kgを各々経口胃内投与した。投与容量は10ml/kgとした。10時00分からCE−2飼料をマウスに自由摂食させ、1時間、2時間及び6時間後の摂食量を経時的に測定した。摂食量は、経口胃内投与したD−タガトース1g当たりを2kcal、CE−2飼料1gが当たり3.45kcalとしたエネルギー摂取量(kcal)として算出した。統計解析は、各時点における結果に対して一元配置分散分析(対応なし)を行い、Tukey’s検定による全群比較を行った。結果は
図5に示す。なお、
図5中、*はp<0.05、**はp<0.01である。
【0038】
その結果、「D-プシコース群」(網点)は、D-プシコース経口投与後1時間から6時間まで、「対照群」(生理食塩水投与、白)より有意に摂食量が低値であった(
図5)。「D-タガトース投与群」(斜線)は、投与後1時間の摂食量は「対照群」より有意に低値であったが、「D-プシコース群」より有意に高値であった。さらに、「D-タガトース投与群」(斜線)は、D-タガトース投与後2時間及び6時間の摂食量は「対照群」と同程度であり、「プシコース群」より有意に高値であり、摂食抑制作用は認められなかった。
従って、D-タガトース1g/kg経口投与には摂食抑制作用が認められるが、その作用は投与後1時間までの短期的なものであって、D-プシコース1g/kg経口投与と比較すると、その作用程度は弱いことが明らかとなった。D-タガトース1g/kg経口投与による摂食抑制作用が弱い理由としては、D-プシコースよりGLP-1分泌促進効果が弱い(
図3)ことが推測された。
【0039】
(実施例5)
一夜絶食させたSprague Dawleyラット(8〜9週齢の雄)の尾静脈より試料投与前(0分)の採血を行った。フィーディングチューブを用いて、脱イオン水(コントロール群)、D−プシコース、難消化性デキストリン(DE10)、デキストリン(松谷化学工業株式会社製品「パインデックス#2」(DE10))の各溶液を2 g/kg体重(10 mL/kg体重)にて経口投与した。その後、15分、30分、60分、90分、120分、150分、180分、210分、240分後に尾静脈より採血を行った。
血液は、あらかじめDPP−IV阻害剤(ミリポア社製)、アプロチニン(和光純薬工業社製)、ヘパリン(ナカライテスク社製)を添加したチューブに回収した。遠心分離により血漿を回収し、-80℃にて凍結保存した。得られた血漿中のトータルGLP−1濃度を市販のELISAキット(ミリポア社製 Multi Species GLP−1 Total ELISA)にて測定した。血漿中のグルコース濃度は、グルコースCII−テストワコー(和光純薬工業社製)にて測定した。
【0040】
<試験結果>
図6に血糖値の変化及び血中トータルGLP−1濃度の変化を示す。血糖値はデキストリン投与で上昇し、難消化性デキストリンではわずかに上昇し、D−プシコース投与ではコントロール群(水投与)と同様のわずかな変動が見られた(
図6(a))。この結果から、D−プシコースには血糖値を上昇させる作用がないことが確かめられた。
一方、GLP−1濃度は、D−プシコース投与により投与後60分〜120分をピークとして大きく上昇したのに対し、難消化性デキストリン投与では投与後90分以降に上昇したが、D−プシコースよりは弱い作用であり、GLP−1の分泌刺激として最もよく知られるグルコースから構成される消化性のデキストリン(パインデックス#2)の投与によってはGLP−1分泌を促進しなかった(
図6(b))。この結果より、D−プシコースに強いGLP−1分泌促進作用があり、投与後60〜120分をピークとした持続性のある作用であることが示された。
【0041】
(実施例6)
<試験方法>
1週間以上の休止期を予め設けた後、健常な被験者6名(男3名及び女3名。体重53.3±7.4kg。)に対して、1回につき、水200ml(対照飲料)又はD−プシコース5g/200ml(体重換算するとD−プシコース0.07〜0.11g/kg)、10g/200ml(体重換算するとD−プシコース0.14〜0.22g/kg)若しくは15g/200ml(試験飲料)(体重換算するとD−プシコース0.21〜0.33g/kg)、をランダムに摂取させた。対照飲料又は試験飲料を摂取する日(試験日)の前夜は指定の夕食を摂取させ、前夜21時以降、試験当日の午前9時まで、水及び茶飲料を除く飲食物の摂取を禁じた。前記指定食は、食物繊維、乳酸菌、発酵性糖質といった腸内細菌が利用して発酵する可能性のある物質をほとんど含まないメニュー(カレー、親子丼、牛丼、中華丼)のいずれかの選択性とした。試験日当日の午前9時の空腹時に採血後、対照飲料又は試験飲料を摂取させ、その摂取後15分、30分、60分、120分及び180分後に採血をした。なお、その採血の間は、指定された分量の水のみ摂取可能とした。採血は、各被験者自身が糖尿病患者用に市販される穿刺器で指先を刺して得られる出血液をヘマトクリット管により採取することにより行った。採取した血液はマイクロチューブに移して遠心分離器に供し、遠心分離された血漿のトータルGLP−1量を、メルク(株)製品「Multi Species GLP−1 Total ELISA」を用いて測定した。なお、被験者には、試験期間である約1か月間は規則的な生活を心がけて過激な運動や暴飲暴食を慎むこと、及び、試験中は室内にて穏やかに過ごすことを遵守させた。
【0042】
<試験結果>
各血中のトータルGLP−1を縦軸に、上記D−プシコース摂取後15分〜180分後の各時間を横軸にして折れ線グラフを描いたときの、血中トータルGLP−1濃度−時間曲線下面積(AUC)を算出し、得られた数値を
図7に示す。D−プシコース摂取量に依存してAUC数値が大きくなっており、D−プシコースを1回に0.07g/体重kg以上摂取することにより、血中のトータルGLP−1分泌量を促進する効果が得られることがわかった。