【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、着色ジルコニア焼結体における使用劣化による変色とその抑制について検討した。その結果、特定の組成とすることで透光性を有するジルコニア焼結体であって、使用においても色調変化がほとんど生じない紫色を呈するジルコニア焼結体を見出した。
【0011】
すなわち、本発明はAl
2O
3含有量が0.01重量%以上1.0重量%以下であり、残部が1.2mol%以上3.5mol%以下のイットリア及び0.01mol%以上2mol%以下のネオジアを含有するジルコニアであるジルコニア焼結体である。
【0012】
以下、本発明のジルコニア焼結体について説明する。
【0013】
本発明の焼結体は、Al
2O
3含有量が0.01重量%以上1.0重量%以下であり、0.03重量%以上0.8重量%以下、更には0.04重量%以上0.6重量%以下であることが好ましい。アルミナ含有量が0.01重量%未満では、強度が低い焼結体となる。一方、Al
2O
3含有量が1.0重量%を超えると焼結体の密度が低下しやすくなり、これにより色調の個体差が大きくなる。より好ましいAl
2O
3含有量として0.05重量%以上0.3重量%以下を挙げることができる。
【0014】
本発明において、Al
2O
3含有量は、本発明の焼結体の重量に対するAl
2O
3の重量割合から求めることができる。
【0015】
本発明の焼結体は、イットリア(Y
2O
3)及びネオジア(Nd
2O
3)を含有するジルコニア(以下、「Y/Nd含有ジルコニア」ともいう。)を含む。Y/Nd含有ジルコニアの含有量は99重量%以上99.99重量%以下であればよく、99.2重量%以上99.97重量%以下、更には99.4重量%以上99.96重量%以下であることが好ましい。
【0016】
本発明において、Y/Nd含有ジルコニア含有量は、本発明の焼結体の重量に対するY/Nd含有ジルコニアの重量割合から求めることができる。
【0017】
Y/Nd含有ジルコニアは、Y
2O
3及びNd
2O
3を含有するジルコニアである。
【0018】
イットリウムはジルコニアを着色することなく安定化剤として機能する。ジルコニアのイットリア含有量は、1.2mol%以上3.5mol%以下であり、1.3mol%以上3.2mol%以下、更には1.5mol%以上3.0mol%以下であることが好ましい。イットリア含有量が1.2mol%未満では、焼結体製造時や水熱条件下で焼結体の破壊が生じやすくなる。一方、イットリア含有量が3.5mol%を超えると、焼結体の強度が低下するのみならず、透明性が高くなりすぎる。透明性が高くなりすぎると、呈色が弱くなるため紫色の呈色とは異なる呈色となりやすい。
【0019】
本発明において、イットリア含有量(mol%)はジルコニア中のイットリア、ネオジア及びジルコニアの合計に対するイットリアのモル割合(Y
2O
3/(Y
2O
3+Nd
2O
3+ZrO
2))から求めることができる。
【0020】
ネオジムは主に着色剤として機能する。ジルコニアがネオジアを含有することで本発明の焼結体が紫色を帯びる。ネオジア含有量は0.01mol%以上2mol%以下であり、0.03mol%以上1.8mol%以下、更には0.05mol%以上1.5mol%以下であることが好ましい。
【0021】
本発明において、ネオジア含有量(mol%)はジルコニア中のイットリア、ネオジア及びジルコニアの合計に対するネオジアのモル割合(Nd
2O
3/(Y
2O
3+Nd
2O
3+ZrO
2))から求めることができる。
【0022】
ジルコニア中のネオジア含有量(mol%)に対するイットリア含有量(mol%)のモル割合(以下、「Y
2O
3/Nd
2O
3比」とする。)は0.8以上、更には1以上であることが好ましい。イットリア及びネオジアはいずれもジルコニアの結晶相を安定する効果を有する。しかしながら、安定化作用はネオジアよりもイットリアの方が強い。そのため、イットリアがネオジアより多いことで、本発明の焼結体は、より安定化した結晶相を有し、なおかつ、紫色の呈色を呈する焼結体となる。Y
2O
3/Nd
2O
3比は、上記のイットリア含有量及び上記のネオジア含有量を満たせば任意であるが、Y
2O
3/Nd
2O
3比の上限として50、更には10、また更には5を挙げることができる。
【0023】
本発明の焼結体のジルコニア結晶構造は正方晶を含み、結晶構造の主相が正方晶であることが好ましい。本発明の焼結体が透光性を有し、かつ、紫色を示す色調とするため、粒界で光を散乱する正方晶が必須である。また、本発明の焼結体のジルコニア結晶構造は、主相が正方晶であれば、すなわち、正方晶含有率が50%以上、更には80%以上、また更には90%以上であれば、立方晶を含んでいてもよく、正方晶及び立方晶の混晶であってもよい。
【0024】
平均結晶粒径が適度に小さいことで、本発明の焼結体が各種部材等で使用できる強度を有する。そのため、本発明の焼結体の平均結晶粒径は0.3μm以上0.5μm以下であり、0.3μm以上0.45μm以下であることが好ましい。
【0025】
本発明の焼結体は、相対密度が99.7%以上であることが好ましく、99.75%以上、更には99.80%以上であることがより好ましい。相対密度が99.7%以上であることで、本発明の焼結体が透光性を有しやすくなる。本発明において、相対密度は、理論密度に対する実測密度の割合である。理論密度には同一の組成を有する成形体を一次焼結及びHIP処理して得られたHIP処理体の密度を使用した。
【0026】
本発明の焼結体の実測密度は組成によって異なるが、6.075g/cm
3以上6.155g/cm
3以下、更には6.080g/cm
3以上6.150g/cm
3以下、また更には6.085g/cm
3以上6.145g/cm
3以下であることが挙げられる。
【0027】
本発明の焼結体は透光性を有する。表面の反射光のみならず、焼結体内部の散乱光及び透過光などの表面反射光とそれ以外の光とにより発現する色調を呈することで本発明の焼結体が表面反射光のみの呈色に比べ、より審美性の高い色調を示す。審美性が高くなるため、本発明の焼結体は、試料厚さ1.0mmにおける光源D65対する全光線透過率(以下、単に「全光線透過率」ともいう。)が10%以上、更には13%以上、また更には15%以上あることが好ましい。一方、透光性が高くなりすぎると色調が弱くなる傾向がある。そのため、全光線透過率は40%未満であることが好ましい。好ましい全光線透過率として10%以上40%未満、更には10%以上35%以下、また更には10%以上25%以下であることが挙げられる。
【0028】
本発明の焼結体は紫色を呈する。このような色調はL
*a
*b
*表色系において、明度L
*が45以上85以下、a
*が−5以上20以下及びb
*が−25以上5以下であることにより確認することができる。より好ましい色調として明度L
*が50以上80以下、a
*が−3以上15以下及びb
*が−20以上0以下、更には明度L
*が54以上75以下、a
*が−1以上12以下及びb
*が−18以上−5以下であることが挙げられる。
【0029】
本発明の焼結体が長期間使用による色調変化がない。色調変化がないことは、使用前後の焼結体の色調を測定することで確認することができる。特に、140℃の熱水中で24時間浸漬した焼結体の色調と、浸漬前の焼結体の色調とから、以下の式で求まる色調差により、色調変化がないこと確認すればよい。
【0030】
色調差ΔE={(L
1*−L
2*)
2+(a
1*−a
2*)
2
+(b
1*−b
2*)
2}
0.5
上記式において、L
1*、a
1*及びb
1*はそれぞれ浸漬前の焼結体の明度L
*、彩度a
*及びb
*である。L
2*、a
2*及びb
2*はそれぞれ浸漬後の焼結体の明度L
*、彩度a
*及びb
*である。
【0031】
本発明の焼結体は、上記式で求まるΔEが2.0以下であり、1.8以下、更には1.0以下であることが好ましい。ΔEが2.0以下であれば、目視による観察において審美性の変化が認識できなくなる。理論的にはΔEの下限値は0となるが、測定誤差等を考慮するとΔEは0.2以上であればよい。
【0032】
本発明の焼結体の三点曲げ強度として1000MPa以上、更には1050MPa以上を挙げることができる。強度が高すぎると加工性が低くなるため、本発明のジルコニア焼結体の三点曲げ強度は1300MPa以下、更には1250MPa以下であればよい。
【0033】
本発明において、三点曲げ強度は、IS R 1601に準じた方法で測定することができる。
【0034】
次に、本発明の焼結体の製造方法について説明する。
【0035】
本発明の焼結体は、0.01重量%以上1.0重量%以下のアルミニウム酸化物、及び、残部が1.2mol%以上3.5mol%以下のイットリア及び0.01mol%以上2mol%以下のネオジアを含有するジルコニアである成形体を、1350℃以上1500℃以下で焼結する焼結工程、を有する製造方法、により製造することができる。
【0036】
焼結工程に供する成形体は、0.01重量%以上1.0重量%以下のアルミニウム酸化物、及び、残部が1.2mol%以上3.5mol%以下のイットリア及び0.01mol%以上2mol%以下のネオジアを含有するジルコニアである。より好ましい成形体として、0.03重量%以上0.8重量%以下のアルミウム酸化物、及び、残部が1.3mol%以上3.2mol%以下のイットリア及び0.03mol%以上1.8mol%以下のネオジアを含有するジルコニアであることが挙げられる。
【0037】
アルミニウム酸化物の含有量は、アルミナ(Al
2O
3)換算したアルミニウム酸化物と、イットリア及びネオジアを含有するジルコニア(Y/Nd含有ジルコニア)との合計重量に対する、アルミナ(Al
2O
3)換算したアルミニウム酸化物の重量割合として求めることができる。
【0038】
成形体の形状は任意であり、円板状、柱状、板状、球状及び略球状からなる群の少なくとも1種が例示できる。
【0039】
成形体はY/Nd含有ジルコニア及びアルミニウム酸化物を上記の組成で含む原料粉末を成形して得られる。
【0040】
原料粉末は上記の組成を有し、なおかつ、平均粒子径が0.35μm以上0.60μm、更には0.40μm以上0.55μm以下であることが好ましい。また、BET比表面積は5〜15m
2/g、更には7〜13m
2/gであることが好ましい。
【0041】
原料粉末は、噴霧造粒粉末顆粒(以下、単に「粉末顆粒」ともいう。)であることが好ましく、有機バインダーを含む粉末顆粒であることが好ましい。原料粉末を粉末顆粒とすることにより、成形体を形成する際の流動性が高くなり、成形体から気孔が排除されやすくなる。これにより、焼結体中に気泡が生成し難くなる。
【0042】
有機バインダーは、一般に用いられるポリビニルアルコール、ポリビニルブチラート、ワックス及びアクリル系からなる群の少なくとも1種の有機バインダーを挙げることができる。粉末顆粒の有機バインダーの含有量は、原料粉末に対して1重量%以上5重量%以下を挙げることができる。
【0043】
原料粉末を粉末顆粒とする場合、平均顆粒径は30μm以上80μm以下であることが好ましく、嵩密度は1.10g/cm
3以上1.40g/cm
3以下であることが好ましい。
【0044】
原料粉末に含まれるY/Nd含有ジルコニアは、イットリア(Y
2O
3)及びネオジア(Nd
2O
3)を含有するジルコニア粉末であればよい。さらに、Y/Nd含有ジルコニアはイットリア含有ジルコニア、ネオジア含有ジルコニア、イットリア・ネオジア含有ジルコニアからなる群の少なくとも2種の粉末であってもよく、更にはイットリア含有ジルコニア及びイットリア・ネオジア含有ジルコニアの混合粉末であってもよい。イットリア粉末及びネオジア粉末とジルコニア粉末との混合粉末や、イットリア含有ジルコニア粉末とネオジア粉末との混合粉末と比べ、焼結前にイットリア及びネオジアを含有するジルコニアの粉末を使用することで、得られる焼結体の色調が均一になりやすい。Y/Nd含有ジルコニアは、イットリア含有ジルコニア及びイットリア・ネオジア含有ジルコニアの混合粉末、又は、イットリア・ネオジア含有ジルコニア粉末の少なくともいずれかであることが特に好ましい。
【0045】
Y/Nd含有ジルコニア粉末は、イットリア含有量が1.2mol%以上3.5mol%以下、更には1.3mol%以上3.2mol%以下であることが好ましく、なおかつ、ネオジア含有量が0.01mol%以上2mol%以下、更には0.03mol%以上1.8mol%以下であることが好ましい。Y/Nd含有ジルコニアがイットリア含有ジルコニア粉末を含む場合、当該イットリア含有ジルコニア粉末のイットリア含有量は2mol%以上4mol%以下、更には2mol%以上3.5mol%以下であることが挙げられる。Y/Nd含有ジルコニアがネオジア含有ジルコニア粉末を含む場合、当該ネオジア含有ジルコニア粉末のネオジア含有量は0.02mol%以上4mol%以下であることが挙げられる。
【0046】
原料粉末に含まれる好ましいアルミニウム酸化物は、アルミナ、水和アルミナ、アルミナゾル、水酸化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム及び硫酸アルミニウムからなる群の少なくとも1種の粉末であることが好ましく、アルミナ、水和アルミナ及びアルミナゾルからなる群の少なくとも1種の粉末であることが好ましい。
【0047】
原料粉末は、Y/Nd含有ジルコニア及びアルミニウム酸化物を任意の方法で混合すればよい。
【0048】
原料粉末は、アルミニウム酸化物の含有量が0.01重量%以上1.0重量%以下であり、残部がY/Nd含有ジルコニアであればよく、更に原料粉末はアルミニウム酸化物の含有量が0.03重量%以上0.8重量%以下であり、残部がY/Nd含有ジルコニアであればよい。
【0049】
特に好ましい原料粉末として、イットリア含有ジルコニア及びイットリア・ネオジア含有ジルコニアの混合粉末、又は、イットリア・ネオジア含有ジルコニア粉末の少なくともいずれかと、アルミナ粉末との混合粉末であることが特に好ましい。
【0050】
成形体は、原料粉末を成形することで得られ、原料粉末を粉砕した後に成形してもよい。成形方法は、原料粉末を所望の形状に成形できる方法であればよく、例えば、金型プレス、冷間静水圧プレス、スリップキャスティング及びインジェクションモールディングからなる群の少なくとも1種を挙げることができる。
【0051】
焼結工程では、成形体を酸化雰囲気、焼結温度1350℃以上1500℃以下で焼結する。これにより、本発明の焼結体が得られる。
【0052】
焼結は、酸化雰囲気で行う。酸化雰囲気で焼結することにより、本発明の焼結体が透光性を有し、なおかつ、紫色の呈色を示す。酸化雰囲気として、酸素ガス雰囲気又は大気雰囲気のいずれかを挙げることができる。簡便であるため、大気雰囲気であることが好ましい。
【0053】
焼結温度は1400℃以上1490℃以下、更には1410℃以上1480℃以下、また更には1420℃以上1470℃以下であることが好ましい。
【0054】
昇温速度は、800℃/時間以下、さらには650℃/時間以下である。好ましい昇温速度として50℃/時間以上800℃/時間以下、更には100℃/時間以上700℃/時間以下を挙げることができる。これにより、昇温過程における焼結の進行を抑制し、焼結温度下で成形体を焼結することができる。
【0055】
焼結温度における保持時間(以下、単に「保持時間」ともいう。)は、焼結温度により任意の時間とすればよい。保持時間として5時間以下、更には3時間以下、また更には2時間以下を例示することができる。
【0056】
焼結方法は常圧焼結であることが好ましい。常圧焼結とは、成形体に対して外的な力を加えずに単に加熱することにより焼結する方法である。具体的な常圧焼結として、大気圧下での焼結を挙げることができる。
【0057】
本発明の製造方法は、焼結体を研磨する研磨工程又は形状を加工する加工工程の少なくともいずれかを含んでいてもよい。研磨工程は、焼結後の焼結体の表面を研磨する。研磨により、表面に光沢感を付与する等、目的とする用途に適した表面状態を有する焼結体とすることができる。加工工程は、焼結体を任意の形状に加工する。これにより、焼結体を用途に応じた形状とすることができる。研磨工程及び加工工程は、いずれを先に行ってもよい。