特許第6905722号(P6905722)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6905722
(24)【登録日】2021年6月30日
(45)【発行日】2021年7月21日
(54)【発明の名称】積層構造体及びその作製方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20210708BHJP
   B32B 27/18 20060101ALI20210708BHJP
【FI】
   B32B9/00 A
   B32B27/18 Z
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-518313(P2018-518313)
(86)(22)【出願日】2017年5月16日
(86)【国際出願番号】JP2017018395
(87)【国際公開番号】WO2017199968
(87)【国際公開日】20171123
【審査請求日】2020年1月17日
(31)【優先権主張番号】特願2016-98021(P2016-98021)
(32)【優先日】2016年5月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】明渡 純
(72)【発明者】
【氏名】野田 浩章
(72)【発明者】
【氏名】津田 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】坂本 伸雄
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−036470(JP,A)
【文献】 特開2015−101042(JP,A)
【文献】 特開2001−003180(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0228870(US,A1)
【文献】 特開2014−049245(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
C23C 24/00−30/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該1次無機粒子が該ポリマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、金属酸化物系セラミックスからなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、
前記有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性樹脂を含む樹脂組成物の硬化物であり、
前記1次無機粒子の結晶粒子径は、500nm以下であり、
前記2次粒子の結晶粒子径は、10μm以下であり、
記2次粒子結晶粒子径は、前記1次無機粒子の結晶粒子径よりも大きいことを特徴とする積層構造体。
【請求項2】
基材上に堆積された1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該1次無機粒子が該ポリマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、金属酸化物系セラミックスからなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、
前記基材、前記有機無機ハイブリッド部材および前記粒子集合体層を、この順に有し、
前記有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性樹脂を含む樹脂組成物の硬化物であり、
前記基材は、ポリエチレンテレフタレートであり、
前記1次無機粒子の結晶粒子径は、500nm以下であり、
前記2次粒子の結晶粒子径は、10μm以下であり、
前記有機無機ハイブリッド部材は、前記1次無機粒子と有機ポリマーからなるネットワークからなる層に2次粒子が入り込み及び/又は結合し、かつ
記2次粒子結晶粒子径は、前記1次無機粒子の結晶粒子径よりも大きいことを特徴とする積層構造体。
【請求項3】
前記基材は、その裏面が粘着性を持つポリエチレンテレフタレートフィルムであることを特徴とする請求項2に記載の積層構造体。
【請求項4】
前記2次粒子が、酸化アルミニウムからなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の積
層構造体。
【請求項5】
前記有機無機ハイブリッド部材は、ガラス転移温度を持たないことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項6】
前記積層構造体は、光学透過率がヘーズ値で、10%以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項7】
前記有機無機ハイブリッド部材は、ポーラス構造であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項8】
前記粒子集合体層は、密度が95%以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項9】
前記粒子集合体層は、密度が80%以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項10】
前記粒子集合体層は、ビッカース硬度が100Hv以上であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項11】
前記粒子集合体層は、引っ掻き試験による臨界膜破壊荷重が、25mN以上であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項12】
前記有機無機ハイブリッド部材のヤング率が0.1GPa以上であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の積層構造体。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の積層構造体の作製方法であって、前記粒子集合体層をエアロゾルデポジション法により形成するステップを備えることを特徴とする、積層構造体の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機無機ハイブリッド部材上に粒子堆積層を設けた積層構造体及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基材上にセラミックスや金属の微粒子を堆積する方法として、ゾルゲル法、CVD法などの蒸着法やスクリーン印刷による塗布、焼成による方法、あるいは溶射法などが知られている。
【0003】
上記の先行技術の多くは、被膜の形成時に加熱を必要とし、結果として樹脂基材の溶融、ガス化もしくは燃焼などが起き得るため、樹脂基板の上に脆性材料構造物を形成するのには適さない。
ところで、近年、新たな被膜形成方法としてエアロゾルデポジション法が知られている。脆性材料に機械的衝撃力を加えると、結晶格子のずれや破砕が生じる。その結果ずれ面または破砕面には、不安定な表面状態をもつ新たな活性面が生じ、当該活性面が隣接した脆性材料表面やその活性面、または基材表面と接合する。この現象の繰り返しにより、接合が進行、膜の緻密化及び厚膜化が生じる。
上記エアロゾルデポジション法は、形成時に上記樹脂の変化を生じさせるような加熱を必要としないため、樹脂基板上に脆性材料などの構造物を形成する目的に適している。
【0004】
上記エアロゾルデポジション法を用いて樹脂基板上に脆性材料などを形成できるメカニズムとして、噴射された微粒子もしくは衝突時破砕された微細断片粒子が基材に突き刺さることによってアンカーを形成することが知られているが、これらは無機基材などにおいては効果的な接合方法といえるが、樹脂基材においては脆性材料微粒子の衝突時に(1)樹脂基材の弾性が高いためにはじかれる(2)衝突の衝撃で樹脂基材が削られる、などにより接合が形成されないという現象が生じるので、樹脂上に脆性材料などの無機材料を密着よく形成することに難しさがある。同様に緻密な膜が形成できないという課題がある。
【0005】
上記のように樹脂と無機材料のエアロゾルデポジション法による形成時の密着性を向上するため、いくつかの方法が試みられてきた。
例として、樹脂基材表面にその一部が食い込む硬質材料からなる下地層を形成する方法などが報告されている(特許文献1〜3参照)。これらは樹脂がもつ弾性、及び衝突に対する削れやすさからなる接合の劣化及び緻密性の劣化を向上させる手段として有用であるが、蒸着、ゾルゲルなどの方法を用いる場合上記のように樹脂への必要以上の加熱などの懸念が予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−034003号公報
【特許文献2】特開2005−161703号公報
【特許文献3】特開2013−159816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
樹脂基材に無機材料を分散させることにより、樹脂表面に無機表面が形成され、結果衝突微粒子と良好な接合を形成しうる方法も考えられている。しかしながら、上記のように有機マトリクス中に無機を均一に分散した場合、有機と無機はファンデルワールス力のみによっての接合であるため、微粒子の衝突などの衝撃に対し、無機有機間の結合を失いクラックが生じる等の現象が起き、結果無機を混ぜない有機基材よりも強度が弱くなってしまう現象が起こる。現象として、(1)無機の分散によるアンカー効果の増大と(2)無機の分散により樹脂マトリクスの結合劣化による、基材の強度劣化が競争的に生じ、全体としての密着強度が十分に得られないという不都合が生じる。(図4参照)また、用途によっては、高い透明性が要求されるが、樹脂基材に無機材料を分散させると、その散乱減少等により透明性が低下するという問題が生じる。
本発明の一態様に係る発明は、樹脂のような基材上に高い硬度あるいは高い透明度を有し、かつ密着特性の優れた積層構造体を作製することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の通りである。
<1> 1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該1次無機粒子が該ポ
リマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、金属酸化物系セラミックスからなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、
前記有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性樹脂を含む樹脂組成物の硬化物であり、
前記1次無機粒子の結晶粒子径は、500nm以下であり、
前記2次粒子の結晶粒子径は、10μm以下であり、
記2次粒子結晶粒子径は、前記1次無機粒子の結晶粒子径よりも大きいことを特徴とする積層構造体。
<2> 基材上に堆積された1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該
1次無機粒子が該ポリマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材
と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、金属酸化物系セラミックスからなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、
前記基材、前記有機無機ハイブリッド部材および前記粒子集合体層を、この順に有し、
前記有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性樹脂を含む樹脂組成物の硬化物であり、
前記基材は、ポリエチレンテレフタレートであり、
前記1次無機粒子の結晶粒子径は、500nm以下であり、
前記2次粒子の結晶粒子径は、10μm以下であり、
前記有機無機ハイブリッド部材は、前記1次無機粒子と有機ポリマーからなるネットワークからなる層に2次粒子が入り込み及び/又は結合し、かつ
記2次粒子結晶粒子径は、前記1次無機粒子の結晶粒子径よりも大きいことを特徴とする積層構造体。
<3> 前記基材は、その裏面が粘着性を持つポリエチレンテレフタレートフィルムであ
ることを特徴とする<2>に記載の積層構造体。
<4> 前記2次粒子が、酸化アルミニウムからなる、<1>〜<3>のいずれかに記載
の積層構造体。
> 前記有機無機ハイブリッド部材は、ガラス転移温度を持たないことを特徴とする
<1>〜<>のいずれかに記載の積層構造体
<6> 前記積層構造体は、光学透過率がヘーズ値で10%以下であることを特徴とする
<1>〜<>のいずれかに記載の積層構造体
<7> 前記有機無機ハイブリッド部材は、ポーラス構造であることを特徴とする<1>
〜<>のいずれかに記載の積層構造体。
> 前記粒子集合体層は、密度が95%以上であることを特徴とする<1>〜<
のいずれかに記載の積層構造体。
> 前記粒子集合体層は、密度が80%以下であることを特徴とする<1>〜<
のいずれかに記載の積層構造体。
10> 前記粒子集合体層は、ビッカース硬度が100Hv以上であることを特徴とす
る<1>〜<>のいずれかに記載の積層構造体。
11> 前記粒子集合体層は、引っ掻き試験による臨界膜破壊荷重が、25mN以上で
あることを特徴とする<1>〜<10>のいずれかに記載の積層構造体。
12> 前記有機無機ハイブリッド部材のヤング率が0.1GPa以上であることを特
徴とする<1>〜<11>のいずれかに記載の積層構造体。
13> <1>〜<12>のいずれかに記載の積層構造体の作製方法であって、前記粒
子集合体層をエアロゾルデポジション法により形成するステップを備えることを特徴とする、積層構造体の作製方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、樹脂のような基材上に高い密着特性かつ、高硬度あるいは、透明性に優れた積層構造体を作製でき、その表面硬度を向上することで、耐傷性や耐久性を向上できる。
従って、本発明の有機−無機複合積層構造体を構造物表面に、例えば自動車用部材(ボディー部材や塗料、窓部材等)に適用すると、これまで金属やガラスで構成されていた部材を、樹脂をベースにした部材表面にセラミックスなどの無機硬質層を積層形成し、耐傷性や耐久性を向上すると同時に、部材の軽量化が可能となる。
また、他の例として、密着性の良い膜厚5μm以下のセラミクス層を、裏面が粘着性を持つ樹脂フィルム上に形成することで、透明でありかつフレキシブルで可撓性のある表面硬度の高いセラミックスフィルムを形成できる。このフィルムをスマートフォンや自動車ボディーの保護フィルムとして貼り付ければ、耐傷性や耐久性を向上すると同時に、部材の軽量化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1(a)は本発明に係る積層構造体の一実施例を示す断面図である。図1(b)は本発明に係る積層構造体の他の実施例を示す断面図である。
図2図2(a)は有機基材上に無機材料層(粒子集合体層)形成、図2(b)は有機基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成、その上に無機材料層(粒子集合体層)積層形成、図2(c)は有機無機ハイブリッド部材基材上に無機材料層(粒子集合体層)形成した外観例を示す。(図面代用写真)
図3図3(a)はPET上に酸化アルミニウム層を形成した試料に対して、引掻試験を行った時における酸化アルミニウム膜表面の圧痕一例と膜表面変化を検出したセンサ出力である。図3(b)は有機基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成して、引張試験を行った時における酸化アルミニウム膜表面の圧痕一例と膜表面変化を検出したセンサ出力を示す図である。図3(c)は有機無機複合基材(有機無機ハイブリッド部材)上に酸化アルミニウム膜を形成して、引張試験を行った時における酸化アルミニウム膜表面の圧痕一例と膜表面変化を検出したセンサ出力を示す図である。(図面代用写真)
図4図4は(1)無機の分散によるアンカー効果の増大と(2)無機の分散により樹脂マトリクスの結合劣化による、基材に強度劣化が生じ、全体としての密着強度が十分に得られないことを示す図である。
図5】有機無機ハイブリッド部材中有機無機の結合状態と衝突無機粒子の挙動を示す概略図である。
図6】有機無機ハイブリッド部材中無機粒子が大粒子である場合の無機粒子の衝突挙動を示す概略図である。
図7】有機無機ハイブリッド部材中無機粒子の密度に対する衝突無機粒子の挙動を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態に係る積層構造体は、1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該1次無機粒子が該ポリマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、無機材料または金属材料からなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、前記有機無機ハイブリッド部材は、前記1次無機粒子と2次粒子とは結晶粒子径(サイズ)を異にする。
【0012】
また、本発明の別の一実施形態に係る積層構造体は、基材上に堆積された1次無機粒子と有機ポリマーとが共有結合して構成され、該1次無機粒子が該ポリマーを含むネットワークを構成してなる有機無機ハイブリッド部材と、前記有機無機ハイブリッド部材上に堆積された、無機材料または金属材料からなる2次粒子から構成される粒子集合体層とを備え、前記有機無機ハイブリッド部材は、前記1次無機粒子と有機ポリマーからなるネットワークからなる層に2次粒子が入り込み及び又は結合し、かつ前記1次無機粒子と2次粒子とは結晶粒子径を異にする。
【0013】
本発明の一実施形態は、上記積層構造体の作製方法であって、粒子集合体層をエアロゾルデポジション法により形成するステップを備える。
【0014】
上記のような積層構造体を形成する方法として、有機無機間の結合を強くする方法がある。有機と無機の間に共有結合を付与することにより、上記のようなファンデルワールス力のみによる結合よりはるかに強い結合が生じる。結果、有機マトリクスに無機を共有結合をもちながら分散させた場合、(1)樹脂の持つ弾性による粒子弾きの抑制、(2)無機を分散させたことによる基材の強度向上、(3)基材表面に無機表面を生じることによるアンカー効果の増大を得ることができることがわかった。上記有機無機共有結合をもつ物質を有機無機ハイブリッド部材(有機無機複合材料)と呼ぶ。
従来、上記接合メカニズムにおいては無機−無機間結合が重視されてきていたが、今回の知見は基材膜内強度が脆性材料などの無機材料を形成するうえで重要な要因であることがわかった。(図5参照)
【0015】
加えてメカニズムの一つとして、衝突時の物質の塑性変形が必要な条件となると考えられる。たとえ基材の強度が強い場合も、弾性変形の場合、物質の変形が戻ることにより、密着ができない状態になってしまう。これらは微粒子側の説明と同様、樹脂側にも同様の説明が行える。例として、樹脂そのものが持つ特性が、脆性材料のような2次粒子の樹脂上への密着に違いを与えると考えられる。例えば、ABS樹脂のような比較的粘性項が高いと考えられる樹脂は良好な密着を示すのに対し、ゴムのような物質はエアロゾルデポジション法では脆性材料の良好な密着が見られない。
【0016】
上記現象のメカニズムとして、樹脂の持つ弾性項のパラメーターが、衝突する2次粒子の接合に影響を与えると考えられる。当該弾性項を説明し得るパラメーターの例として、ヤング率がある。ヤング率は、値が小さいほどゴム的性質に近く、樹脂としては反発が大きい樹脂であるといえる。ゴムのような物質はヤング率は低く、0に近づいていくので、反発が大きく衝突無機粒子を跳ね返してしまう。
一方、AD成膜にすぐれるABS樹脂類やスチロール樹脂類は、ヤング率の値が0.1GPa以上であるとされる。なお、ヤング率の代わりに損失正接によって判断することもできる。
【0017】
以上から、エアロゾルデポジション法を用い、樹脂基板上に脆性材料を成膜する場合には当該ヤング率の適切な領域(0.1GPa以上)が存在するものと考えられる。これに加え、共有結合をもつ無機材料を組み合わせることにより、今までにない密着力と緻密性を持つ脆性材料の樹脂上の成膜が可能になることがわかった。
【0018】
上記効果を得るために少なくとも2つの方法がとり得る。
(1)有機無機ハイブリッド部材上にエアロゾルデポジション法にて脆性材料や金属粒子2次粒子を堆積させ、複合積層体を形成する方法
(2)樹脂基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成後、エアロゾルデポジション法にて脆性材料や金属粒子2次粒子を堆積させて複合積層体を形成する方法
【0019】
有機無機ハイブリッド部材は、例えばアルコキシ基含有シラン変性樹脂を用い、硬化して作製されたものである。
【0020】
また、一般的な樹脂部材などの基材上に、塗装された塗料表面にアルコキシ基含有シラン変性樹脂を塗布し、その上にエアロゾルデポジション法によりセラミックス層を形成し、表面硬度を向上することも可能である。なお、基材としては、樹脂などの有機材料以外にも、金属、ガラスなどの無機材料が挙げられるが、これらに限定されない。透明性の観点からは、基材としてガラスを用いることが好ましい。また、重量の観点からは、基材として有機ポリマーを用いることが好ましい。また、本発明の他の一実施形態においては、基材はその裏面が粘着性を持つ有機ポリマーフィルムであることが好ましい。
【0021】
上記有機無機ハイブリッド部材の例として、以下が挙げられる。
(1)アルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂、当該樹脂組成物
(2)アルコキシ基含有シラン変性ポリウレタン樹脂、当該樹脂組成物
(3)アルコキシ基含有シラン変性エポキシ樹脂、当該樹脂組成物
(4)アルコキシ基含有シラン変性フェノール樹脂、当該樹脂組成物
及び、上記(1)〜(4)のいずれかを硬化してなる有機無機ハイブリッド部材であり、ハイブリッド部材としてフィルム、コーティングなどがある。
上記有機無機ハイブリッド部材としては、アルコキシ基含有シラン変性樹脂の市販品を入手して、硬化して作製してもよいし、フィルム状の市販品を入手することもできる。アルコキシ基含有シラン変性樹脂としては、例えば、「コンポセランE102B」(荒川化学工業株式会社製)が挙げられ、有機無機ハイブリッド部材としては、例えば「ポミラン」(荒川化学工業株式会社製)が挙げられる。
また、他の例として、ポリアミドイミド−シリカハイブリッド部材、シルセスキオキサン−ハイブリッド部材、アクリル樹脂−シリカハイブリッド部材なども同様にコーティング、フィルムなどとして考えられる。
【0022】
上記材料は硬化することにより、ポリマーに含まれるアルコキシシラン部位がゾルゲルなどの硬化過程によりナノシリカ、として形成され、結果として有機ポリマーマトリクス中にナノシリカ(1次無機粒子)が共有結合している構造となる。
本発明の一実施形態においては、1次無機粒子の結晶粒子径が500nm以下であることが好ましい。1次無機粒子の結晶粒子径は、電子顕微鏡による観察により求めることができる。なお、結晶粒子径の粒度分布は幅を有する。
なお、2次粒子は、無機材料または金属材料の粒子である原料粒子を吹付け構成される粒子集合体層が堆積される際に当該粒子が有機無機ハイブリッド部材中に入り込み/または結合したものである。
【0023】
上記方法により準備された基材(有機無機ハイブリッド部材)あるいは基材に中間体(有機無機ハイブリッド部材からなる無機有機複合中間層)付与を行ったものを用い、2次粒子を堆積させ用いた積層体は、従来の方法より密着、また膜の緻密化を達成することができた。
【0024】
上記有機無機ハイブリッド材料の無機部分の粒径が、上層の無機層との接合に影響を与えている。粒子が大きすぎる場合、接合面の増大よりも粒子が大きいために起こる無機部分の破砕からおきる強度劣化が大きくなるため、望ましい粒径が存在する。その粒子径が500nm以下であることが望ましい。(図6参照)
【0025】
また、膜中の無機粒子濃度が高くなると、衝突無機粒子との衝突確率が高くなる、つまり、柔らかい樹脂との衝突が少なくなり、硬い無機粒子と衝突して衝突粒子が破壊されやすくなり、結果成膜がしやすくなると考えられる。(図7参照)
【0026】
上記有機無機ハイブリッド部材は、ナノシリカが共有結合をもち分散していることから、他の樹脂基材のような明らかなガラス転移点を持たない。
また、本発明の一実施形態においては、例えば、意匠性の観点から、有機無機ハイブリッド部材は、ポーラス構造であることが好ましい。
また、本発明の一実施形態においては、有機無機ハイブリッド部材の標準的な引っ張り試験によるヤング率が0.1GPa以上であることが好ましい。
【0027】
上記方法を用いることで、基材への密着のみならず、緻密な膜を作ることができ、結果として膜の透過性が向上する。とくに光学透過率としてヘーズ値が10%以下であることを特徴とする。ヘーズ値が10%以下という透明性を有することから、審美性が求められる用途、光学(表)面、窓としても好適に用いられる。
ここでヘーズ値(%)とは、全光線透過率(=拡散透過率+平行光透過率)における拡散透過率の割合で、白濁した透明材料ほどヘーズ値は大きくなり、以下の式で表される。

ヘーズ値(%)=拡散透過率/全光線透過率 ×100
【0028】
上記方法を用いることで膜の緻密度が向上する。95%以上の密度をもたらすことが可能となる。
【0029】
一方、上記エアロゾルデポジション法は緻密な膜だけでなく、ポーラスな膜の形成も可能である。例として、密度が80%以下の膜の形成も可能である。なお、例えば粒子集合体層の密度が80%であるとは、粒子集合体層に20%の空隙が形成されていることを意味する。粒子集合体層の目的とする密度に応じて、原料の物理特性(例:粒径など)や、成膜のパラメータ(例:流量など)を、適宜設定すればよい。
【0030】
上記エアロゾルデポジション法は、強固な無機材料層を形成することができ、上記積層構造体のビッカース硬度は100Hv以上、引っ掻き試験においても臨界膜破壊荷重が、25mN以上を達成可能である。
【0031】
本発明の一実施形態においては、衝突粒子との接触面積の観点から、粒子集合体層は、2次粒子の結晶粒子径が10μm以下であることが好ましい。なお、粒子集合体層の2次粒子の結晶粒子径は、(電子)顕微鏡による観察により求めることができる。
【0032】
本発明の一実施形態においては、粒子集合体層の粒子は、セラミックに限定されずに金属微粒子であってもよい。粒子集合体層の粒子は、アルミナ、ジルコニア、チタン酸バリウム、チタン酸ジルコン酸鉛、酸化チタン、酸化亜鉛、イットリア、シリカ等の金属酸化物系セラミックス、窒化アルミ、窒化珪素、窒化炭素等の非酸化物系セラミックス、Al、Mg、Fe等の金属並びに金属間化合物等であってよい。その中で、硬度や密度、原料としての汎用性の観点から、酸化アルミニウムやジルコニアなどが好ましい。
【0033】
本発明の一実施形態においては、粒子集合体層は、密度が95%以上であることが好ましい。なお、粒子集合体層の密度は、電子顕微鏡により層の断面写真を撮り、得られた断面写真から空孔の率を求める方法などを用いることができる。
【0034】
本発明の一実施形態においては、粒子集合体層は、密度が80%以下であることが好ましい。
【0035】
本発明の一実施形態においては、粒子集合体層は、ビッカース硬度が100Hv以上であることが好ましい。
【0036】
本発明の一実施形態においては、粒子集合体層は、引っ掻き試験による臨界膜破壊荷重が、25mN以上であることが好ましい。
【0037】
また、有機無機ハイブリッド部材上に形成する粒子集合体層は、2次粒子の原料となる、0.5〜3μm程度の無機粒子をAD法で有機無機ハイブリッド部材上に吹き付け、有機無機ハイブリッド部材表面との衝突で、その粒子径は50nm以下に破砕され、破砕された2次無機粒子の表面が活性化され、破砕無機粒子と中間層内の1次無機粒子が、また、破砕された無機粒子同士が再結合し粒子集合体層が形成されることが好ましい。
また、粒子集合体層の形成に用いる無機粒子の成膜前処理として、100℃〜300℃にて、乾燥処理を行ってもよい。
【実施例】
【0038】
以下に積層構造体及びその製造方法の実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0039】
<実施例1>
図1(a)は、樹脂基材1上に有機無機ハイブリッド部材2を堆積し、さらに有機無機ハイブリッド部材2上にセラミック粒子集合体層3を堆積した積層構造体10の断面図を示す。
図1(b)は、有機無機ハイブリッド部材2上にセラミック粒子集合体層3を堆積した積層構造体20の断面図を示す。
(製造例1〜3)
エアロゾルデポジション装置としては、例えば、公知の非特許文献(J. Am. Ceram. Soc.,89[6] pp.1834(2006)に記載されている、成膜チャンバ、エアロゾルチャンバ、真空ポンプおよびキャリアガス発生装置を備える一般的な構成のエアロゾルデポジション(AD)装置を使用した。また、無機材料層(粒子集合体層)の形成には、酸化アルミニウム粉末(昭和電工製AL−160SGシリーズ)を用いた。粉末の成膜前処理として、120℃〜250℃にて、乾燥処理を行い、乾燥した酸化アルミニウム粉末を用いて、エアロゾルデポジション(AD)法により室温で無機材料層を形成し試料(積層構造体)を作製した。成膜においては、乾燥空気または窒素ガスを3L/min〜5L/minの流量で、エアロゾルチャンバに導入し、酸化アルミニウム微粒子を分散したエアロゾルを生成した。
基材には、樹脂基材、樹脂基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成した基材、有機無機ハイブリッド部材基材の3種類を使用し、有機基材として、ポリエチレンテレフタレート(PET)(厚さ100μm)を用いた。
有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性樹脂類を硬化することにより形成されるナノシリカが1次粒子として、5nm付近の粒子径を示す。
また、有機無機ハイブリッド部材上に形成するセラミックス層は、2次無機粒子の平均粒子径で、0.5〜3μm程度のものをAD法で吹き付け、有機無機ハイブリッド部材表面との衝突で、その粒子径は50nm以下に破砕され、破砕された2次無機粒子の表面が活性化され、破砕無機粒子と中間層内の1次無機粒子が、また、破砕された無機粒子同士が再結合し形成される。
【0040】
サンプル2の有機無機ハイブリッド部材は、以下のとおり作製した。アルコキシ基含有シラン変性エポキシ樹脂「コンポセランE102B」(荒川化学工業株式会社製) 48.7gに、酸無水物系硬化剤「リカシッド MH−700」(新日本理化(株)製)4.6g、硬化触媒「キュアゾール 2E4MZ」(四国化成(株)製)0.6g、メチルエチルケトン 46.1gを加え、充分に攪拌して塗料を調製した。この塗料を先に得られたPETフィルムの上にワイヤーバーを用いて塗工し、80℃で90秒乾燥後、120℃で30分間硬化させた。
サンプル2の有機無機ハイブリッド部材は、上記のとおりアルコキシ基含有シラン変性エポキシ樹脂を硬化させたものなので、有機ポリマー部位と1次無機粒子部位が共有結合を形成して、ネットワークを構築している。
【0041】
サンプル3の有機無機ハイブリッド部材は、アルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂がフィルム状に硬化された基材(荒川化学工業株式会社製、商品名 ポミラン)を有機無機ハイブリッド部材基材として使用した。
膜厚は38μmであった。当該基材は、アルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂を硬化させたものなので、有機ポリマー部位と1次無機粒子部位が共有結合を形成して、ネットワークを構築している。
【0042】
図2には、それぞれ(a)有機基材上に無機材料層形成(サンプル1)、(b)有機基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成、その上に無機材料層積層形成(サンプル2)、(c)有機無機ハイブリッド部材基材上に無機材料層形成(サンプル3)した試料の外観例を示す。
【0043】
有機材料であるPET基材上に無機材料層となる酸化アルミニウム膜を形成する場合、成膜条件や粉末処理条件によって異なるが、典型的には、膜厚が1μm程度までの無機材料層であれば形成可能であるが、それ以上厚くなる場合には、膜が剥離したり、クラックが入ったりするなどの現象が伴い、安定な膜の形成が困難であった。これに対して、PETに有機無機ハイブリッド部材中間層を形成した基材、有機無機ハイブリッド部材基材上に酸化アルミニウムを形成する場合には、膜厚2μm以上の酸化アルミニウム層が安定に形成可能であった。
【0044】
膜強度や耐久性などの実用的な指標で評価が可能な引掻試験により作製した各試料(サンプル1〜3)に対して試験を行い比較した。測定には、マイクロスクラッチ法で評価する超薄膜スクラッチ試験機(株式会社レスカ製CSR−2000)を利用した。被膜表面に荷重を加える圧子針には、曲率半径が5μmのダイヤモンド圧子を使用し、圧子の掃引速度を5μm/secで試験を行った。また、励振振幅、励振周波数はそれぞれ100μm、45Hzに設定した。主要な引掻試験の条件は以下の通りである。
試験装置:超薄膜スクラッチ試験機(株式会社レスカ製CSR−2000)
・圧子の種類:ダイヤモンド圧子
・圧子の曲率半径:5μm
・スクラッチ速度:5μm/sec
・励振振幅:100μm
・励振周波数:45Hz
・バネ定数:100gf/mm
・試験温度:24±4℃
・試験湿度:65%以下
膜の表面変化を圧子針で捉え検出したセンサの電気信号出力と顕微鏡による観察で膜組織の損傷破壊を判断し、膜組織破壊に至った荷重を臨界膜破壊荷重とし、それぞれ3点の試験を行った算術平均を測定値とした。試料の構成、成膜に関わる条件とともに測定結果を表1に示す。マイクロスクラッチ法は、新井大輔,表面技術,Vol.58,No.5,2007,p295を参考にすることが出来る。
【0045】
【表1】
【0046】
ここで臨界破壊荷重とは、密着強度に対応した評価指標であり、臨界膜破壊荷重が高いほど密着強度が高くなる。
【0047】
図3(a)には、PET上に酸化アルミニウム層を形成した試料(サンプル1)に対して、引掻試験を行った時における酸化アルミニウム膜表面の圧痕一例と膜表面変化を検出したセンサ出力を示す。荷重が20mNを超えたあたりでセンサ出力が大きく変化し、膜組織が損傷破壊された痕跡が残されている。
図3(b)、(c)は、それぞれ有機基材上に有機無機ハイブリッド部材を形成した基材と有機無機複合基材(有機無機ハイブリッド基材)上に酸化アルミニウム膜を形成した試料(サンプル2,3)に対して、引張試験を行った時における酸化アルミニウム膜表面の圧痕一例と膜表面変化を検出したセンサ出力を示す。サンプル2については、荷重が50mNを超えた辺り、サンプル3については、荷重が35mN辺りでセンサ出力が大きく変化し、膜組織の損傷破壊が認められる圧痕が観察され、サンプル1よりも臨界膜破壊荷重の向上が確認された。
無機材料層である酸化アルミニウム膜を有機無機ハイブリッド部材基材上や有機無機ハイブリッド部材上に形成することにより、臨界膜破壊荷重が大きくなり、膜強度が増加していることを示している。これは酸化アルミニウム膜の基材に対する結合が強固になるとともに、その上に積み上げられる酸化アルミニウム膜がより緻密に形成され、膜強度が増加したと考えられる。
【0048】
<実施例2>
上記製造例1−3をサンプルとして用い、積層構造体の透過率とヘーズ値を評価した結果を表2に示す。ヘーズの測定はASTM D1003−61に準拠して行った。
【0049】
【表2】
【符号の説明】
【0050】
1:基材
2:有機無機ハイブリッド部材
3:粒子集合体層
10,20:積層構造体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7