(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
小麦粉、砂糖、卵等を原料にして生地を調製し、これを油ちょうにより調理する揚げ菓子は、生地の甘い風味、食味及びふんわりした食感と、揚げることによるコクがあり香ばしい風味やカリカリとした食感とが相まって、菓子の1ジャンルを形成する食品である。特にドーナツは生地の違いや多種のトッピング等をされるものがあり、バラエティに富んでいて非常に人気が高い。しかし、揚げ菓子は水の沸点よりも高温で油ちょう調理するため、調理中に揮発成分が揮発しやすく、また調理操作の巧拙により加熱の程度がばらつき、加熱が十分でなかったり、逆に加熱しすぎて焦げが発生する等の問題があり、好ましい風味を有する揚げ菓子を製造することは簡単ではなかった。また揚げ菓子に付着した揚げ油も風味に寄与するが、揚げ油の付着量や生地の吸油量もばらつきがあり、その結果、安定して一定の風味を有する揚げ菓子を製造することは困難であった。
【0003】
近年は健康志向の高まりから、食品に用いる油脂を控える意識が高まっており、油ちょうは行いながらも、できるだけ揚げ菓子の吸油量を低減しようとする試みが提案されている。特許文献1には、アルギン酸エステルを含有する吸油抑制剤が記載されている。特許文献2には、重曹、即効性酸性剤及び中即効性酸性剤からなる膨張剤と、α化澱粉とを含有するベーキングパウダーが、油ちょう品の油の吸収を低減することが記載されている。しかしながら、これらの添加剤は吸油量の低減を目的としたものであり、添加剤を入れることによって却って揚げ菓子の風味が低下してしまったり、吸油量の低減に伴って揚げ菓子独特の風味が損なわれる結果となっていた。
【0004】
さらに近年では、油脂量を減らすため、油ちょうしない揚げ菓子風の菓子なるものまで登場してきているが、そのような揚げ菓子風のものは、本来の揚げ菓子とは全く異なる風味を有する菓子になってしまっていた。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の揚げ菓子用ミックスは、その揮発成分が特定の構成を有することが特徴である。具体的には、揮発成分中に下記A〜Cの各香気成分が含まれることを特徴とする。
A香気成分:δ-オクタラクトン、γ−n−ヘプチルブチロラクトン及びδ−アミロバレロラクトン
B香気成分:フルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒドから選択される2種以上
C香気成分:ベンゼン酸エチル及びオクタン酸エチル
【0011】
本発明において揮発成分とは、揚げ菓子用ミックスから、固相マイクロ抽出法(SPME法)により80℃で30分間の条件で捕集される成分をいう。本発明におけるSPME法による揮発成分の捕集について以下に説明する。
【0012】
本発明でいう揮発成分に限らず揮発成分一般は、沸点以下の温度環境にあっても徐々に揮発し、密閉空間においては、揮発する量と、逆に凝結する量とが平衡化して、該密閉空間の気相中に一定濃度で分散する。本発明においては、密閉容器に揚げ菓子用ミックスを封入し、80℃に加熱して揮発成分の揮発と凝結とを平衡化させ、この平衡化した状態下で(即ち、80℃を保ったまま)、気相に含まれる揮発成分をSPME法により30分間かけて捕集する。本発明におけるSPME法による揮発成分の捕集は、より具体的には下記の<SPME法による揮発成分の捕集方法>により行うことができる。
【0013】
<SPME法による揮発成分の捕集方法>
揚げ菓子用ミックス100mgを20mLの容器(例えば高さ75.5mm×径22.5mmのバイアル)に入れて密封し、80℃のブロックヒーターで30分間加熱して、揚げ菓子用ミックスからの揮発成分の揮発と凝結とを平衡化させる。次いで、80℃の温度を保ったまま、バイアルにSPMEファイバーを挿入し30分間静置して、容器内の気相中の揮発成分をSPMEファイバーに吸着させ捕集する。
【0014】
捕集した揮発成分の構成は、ガスクロマトグラフ質量分析装置を用いて分析することができる。より詳細には、下記の<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>によって、揚げ菓子用ミックスの揮発成分中のA〜C香気成分の分析を行うことができる。
【0015】
<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>
SUPELCO社製のSPMEファイバーを用い、前記<SPME法による揮発成分の捕集方法>に従って揚げ菓子用ミックスから揮発成分を捕集した後、捕集後のSPMEファイバーを、ガスクロマトグラフィー質量分析装置(ISQ;サーモサイエンティフィック社製)のインジェクションポートに装着し、230℃に加熱して吸着成分をGC−MSに導入し、以下の条件にて各揮発成分を分離し、クロマトグラムを得る。
・カラム条件
カラム:サーモサイエンティフィック社製TR−1MS(0.25mm径×60mL)
カラム温度:注入口230℃
カラム流量:1mL/min
・検出する揮発成分
A香気成分:δ−オクタラクトン、γ−n−ヘプチルブチロラクトン及びδ−アミロバレロラクトン
B香気成分:フルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒド
C香気成分:ベンゼン酸エチル及びオクタン酸エチル
【0016】
尚、揚げ菓子用ミックスに使用する後述の各種原料の揮発成分中のA〜C香気成分も、以上の<SPME法による揮発成分の捕集方法>及び<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>に準じて定量することができる。
【0017】
A香気成分であるδ−オクタラクトン、γ−n−ヘプチルブチロラクトン及びδ−アミロバレロラクトンは、主に乳的な香りを付与する化合物である。しかし、これらの化合物のうち2種以下では、香りに厚みが足りないものとなるため、3種を含むことが必要である。A香気成分の含有量は、前述の<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>により検出される数値として、本発明の揚げ菓子用ミックス中に1×10
5〜1×10
11TIC(Total Ion Chromatogram)であることが好ましい。尚、前記含有量は、δ−オクタラクトン、γ−n−ヘプチルブチロラクトン及びδ−アミロバレロラクトンの合計量である。
【0018】
B香気成分であるフルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒドは、主に香ばしい香りを付与するのに化合物である。しかし、これらの化合物のうち1種のみでは、香りに厚みが足りないものとなるため、2種以上を含むことが必要である。B香気成分の含有量は、前述の<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>により検出される数値として、本発明の揚げ菓子用ミックス中に1×10
5〜1×10
11TICであることが好ましい。尚、前記含有量は、フルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒドの合計量である。
【0019】
C香気成分であるベンゼン酸エチル及びオクタン酸エチルは、主に果実的な甘い香りを付与する化合物である。しかし、これらの化合物のうち1種のみでは、香りに厚みが足りないものとなるため、2種を含むことが必要である。C香気成分の含有量は、前述の<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>により検出される数値として、本発明の揚げ菓子用ミックス中に1×10
5〜1×10
11TICであることが好ましい。尚、前記含有量は、ベンゼン酸エチル及びオクタン酸エチルの合計量である。
【0020】
本発明の揚げ菓子用ミックスに使用する各種原料について以下に説明する。
従来、揚げ菓子用ミックスには通常、揚げ菓子を形成する主成分として穀粉類が配合されており、本発明の揚げ菓子用ミックスにも通常、従来のものと同様に、主成分として穀粉類を配合する。穀粉類の例としては、小麦粉、大麦粉、米粉等の穀粉、及び馬鈴薯澱粉、コーンスターチ等の澱粉が挙げられる。
【0021】
前記穀粉の配合量は、本発明の揚げ菓子用ミックス中、好ましくは40〜85質量%、さらに好ましくは45〜80質量%である。
前記澱粉の配合量は、本発明の揚げ菓子用ミックス中、好ましくは0〜80質量%、さらに好ましくは0〜50質量%である。
【0022】
例えば小麦粉には、B香気成分に該当するフルフラール及びベンズアルデヒド並びにC香気成分に該当するオクタン酸エチルが、揮発成分として含まれている場合がある。しかしながら、小麦粉をはじめとする穀粉類は基本的に、揚げ菓子そのものを形成するために配合されるものであり、特定の香気成分を含有させることを意図して配合されるものではなく、実際、穀粉類のみによって本発明に係るA〜C香気成分の全てを揚げ菓子用ミックスに含有させることはできない。そこで、本発明においては、穀粉類に加えて、粉乳及び香料(フレーバー)を使用することが効果的である。
尚、ここでいう「揮発成分として含まれている」とは、ある原料を前述の<SPME法による揮発成分の捕集方法>に供し捕集した揮発成分を分析したときに、捕集した揮発成分中に当該化合物が含まれていることが確認できることを意味し、当該化合物そのものが常温常圧下の該原料に含まれているか否かとは無関係であり、以下、同様の文脈では同様の意味である。
【0023】
前記粉乳としては、全粉乳、脱脂粉乳、ホエイパウダー、バターミルクパウダー等が挙げられ、本発明においては、これらの中でも全粉乳又は脱脂粉乳、とりわけ日本産の全粉乳又は脱脂粉乳を配合すると、揚げ菓子特有の風味が確実に良好となるため好ましい。尚、ここでいう「日本産の全粉乳又は脱脂粉乳」は、原料として用いた牛の乳が日本産である全粉乳又は脱脂粉乳を指す。
【0024】
全粉乳及び脱脂粉乳に含まれる揮発成分は、原料となる乳を提供する牛が飼育された土壌や気候等の影響を受けて変化し、日本産の全粉乳及び脱脂粉乳と外国産の全粉乳及び脱脂粉乳とでは揮発成分の組成が異なる傾向にある。例えば、全粉乳及び脱脂粉乳には、B香気成分に該当するフルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒド並びにC香気成分に該当するオクタン酸エチルが、揮発成分として含まれる傾向にあり、特に日本産の全脂粉乳及び脱脂粉乳には、これらに加えて、A香気成分に該当するδ−オクタラクトンが揮発成分として含まれる傾向にある。
後述する比較例から明らかなように、外国産の全粉乳又は脱脂粉乳では、揚げ菓子用ミックスにA香気成分を含有させることができない場合がある。尚、「外国産の全粉乳又は脱脂粉乳」は、原料として用いた牛の乳が日本以外の国で生産されたものである全粉乳又は脱脂粉乳を指す。
【0025】
前記粉乳の配合量は、本発明の揚げ菓子用ミックス中、好ましくは1〜10質量%、さらに好ましくは4〜8質量%である。
【0026】
前述したように、本発明の揚げ菓子用ミックスには、さらに香料(フレーバー)を配合することができる。本発明の揚げ菓子用ミックスにおいては、特に乳系香料を配合すると、揚げ菓子特有の風味がより確実に良好となるため好ましく、とりわけ、乳系香料と前述の日本産の全粉乳及び脱脂粉乳とを併用すると効果的である。
【0027】
乳系香料は、乳又は乳製品様の香味を付与することを目的とした香料で、例えば特開2005−15685号公報に開示されており、該公報に基づき調製することができる。本発明においては、δ−アミロバレロラクトン、γ−n−ヘプチルブチロラクトン(いずれもA香気成分に該当)及びベンゼン酸エチル(C香気成分に該当)から選択される1種以上を揮発成分として含有する香料を用いることが好ましく、とりわけ、γ−n−ヘプチルブチロラクトン及びベンゼン酸エチルの両者を揮発成分として含有する香料を用いることが好ましい。また、乳系香料としては市販品を用いることも可能であり、市販品としては、曽田香料社製「ミルクパウダー」、高砂香料社製「ミルクフレーバー」、ナリヅカコーポレーション社製「コンデンスミルクフレーバー」、ティアンドエム社製「ミルクフレーバー」等が挙げられる。
【0028】
香料の配合量は、本発明の揚げ菓子用ミックス中、好ましくは0.1〜1質量%、さらに好ましくは0.3〜0.7質量%である。
【0029】
さらに、本発明の揚げ菓子用ミックスには、砂糖、果糖、乳糖等の糖類を配合することができる。例えば乳糖には、B香気成分に該当するフルフリルアルコール、フルフラール及びベンズアルデヒド並びにC香気成分に該当するオクタン酸エチルが揮発成分として含まれている場合がある。
前記糖類の配合量は、目的とする揚げ菓子の種類にもよるが、本発明の揚げ菓子用ミックス中、好ましくは10〜60質量%、さらに好ましくは20〜50質量%である。
【0030】
本発明の揚げ菓子用ミックスには、さらに必要に応じて、揚げ菓子用ミックスに通常配合され得るその他の原料、例えば、ショートニング、粉末油脂等の油脂類、卵粉、食塩、増粘剤、膨張剤等を配合することができる。これらその他の原料の配合量は、本発明の揚げ菓子用ミックス中、0〜40質量%程度である。
【0031】
本発明の揚げ菓子用ミックスの好ましい組成例は以下の通りである。
<組成例>合計100質量%
穀粉(好ましくは小麦粉) 40〜85質量%(特に45〜80質量%)
澱粉(好ましくは馬鈴薯澱粉) 0〜80質量%(特に0〜50質量%)
国内産全粉乳又は脱脂粉乳 1〜10質量%(特に4〜8質量%)
乳系香料(好ましくはγ−n−ヘプチルブチロラクトン及びベンゼン酸エチルを揮発成分として含有する香料) 0.1〜1質量%(特に0.3〜0.7質量%)
糖類 0〜60質量%(特に10〜60質量%)
その他の原料 0〜40質量%
【0032】
全粉乳又は脱脂粉乳をはじめとする原料に関し、近年の食の安全性に対する国民の意識の高まりにより、種々の食品において、農薬を大量に使用しているなどの印象と結びつきやすい外国産原料よりも日本産原料を選択する気運が高まっており、例えば全粉乳又は脱脂粉乳として日本産のものを使用することは、こうした日本産原料に対するニーズにマッチし、また消費を通じた国内酪農業活性化への一助という観点からも好ましい。
【0033】
本発明の揚げ菓子用ミックスを用いた揚げ菓子の製造は常法に従えばよい。具体的には例えば、本発明の揚げ菓子用ミックスに、水、乳、卵液等の水性液体を加えて混合して生地を調製し、該生地を成形して所望の揚げ菓子形状とし、油ちょうするだけの極めて簡便な操作で揚げ菓子を製造することができる。前記乳としては、牛、ヤギ等に由来する動物性の乳や、豆乳等の植物由来の乳が含まれ、前記卵液としては、全卵液、卵黄液、卵白液等が含まれる。水性液体の添加量は、本発明の揚げ菓子用ミックス100質量部に対し、20〜50質量部程度である。
【0034】
本発明の揚げ菓子用ミックスが適用できる揚げ菓子としては、ドーナツ、ピロシキ、サーターアンダーギー、揚げ饅頭等を例示できる。前述の好ましい組成例の本発明の揚げ菓子用ミックスは、特にドーナツ用として好適である。また、本発明の揚げ菓子ミックスは通常、常温で粉体である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〜2及び比較例1〜6〕
表1の各原料を表1に規定の配合量で混合、撹拌して揚げ菓子用ミックスとした。得られた揚げ菓子用ミックスについて、前述の<SPME法による揮発成分の捕集方法>及び<ガスクロマトグラフ質量分析装置による分析方法>に従って、揮発成分中に含まれるA〜Cの各香気成分を分析した。分析結果を表1に示す。尚、表1に記載の原料の詳細は以下の通りである。
小麦粉:日清フーズ社製「バイオレット」
砂糖:日本精糖社製「白砂糖」
日本産脱脂粉乳:よつ葉乳業社製「よつ葉北海道脱脂粉乳」
外国産脱脂粉乳:Fonterra Co-operative Group Limited社製「NZMPスキムミルクパウダー」
日本産全粉乳:よつ葉乳業社製「よつ葉北海道全粉乳」
外国産全粉乳:Fonterra Co-operative Group Limited社製「ホールミルクパウダー」
乳系香料1:高砂香料社製「ミルクフレーバー」
乳系香料2:曽田香料社製「ミルクパウダー」
【0037】
〔試験例〕
実施例1〜2又は比較例1〜6の各揚げ菓子用ミックスを用いて、ストレート法により下記の条件でドーナツを製造した。10名の訓練されたパネラーに、各ドーナツを喫食してもらい、その風味を下記の評価基準で評価してもらった。その結果を10名の平均値として表1に示す。
<生地配合>
揚げ菓子用ミックス 100質量部
水 25質量部
全卵液 10質量部
<生地製造条件>
ミキサー:ビータータイプ、縦型ミキサー(関東混合機工業製)
低速で1分ミキシング
かき落とし
低速で1分30秒ミキシング
生地温度:20℃
フロアタイム:10分
<油ちょう製造条件>
ドーナツ1個あたり生地重量:50g
油温度:190℃
50秒油ちょう後に反転し、さらに70秒油ちょう
<ドーナツ風味の評価基準>
5点:乳的な香り、香ばしい香り、果実的な甘い香りがバランスよく十分に感じられ、非常に良好。
4点:乳的な香り、香ばしい香り、果実的な甘い香りがバランスよく感じられ、良好。
3点:乳的な香り、香ばしい香り、果実的な甘い香りのバランスがやや悪く、やや不良。
2点:乳的な香り、香ばしい香り、果実的な甘い香りのバランスが悪く、不良。
1点:乳的な香り、香ばしい香り、果実的な甘い香りのバランスに欠け、非常に不良。
【0038】
【表1】