【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度〜平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」研究領域、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
新美文彩,ハンナ型間質性膀胱炎に対する神経障害性疼痛関連物質であるリゾフォスファチジルコリンの関与,日本排尿機能学会誌,2017年12月31日,Vol.28 No.1,Page.187
【文献】
F Frisca et al,Biological effects of lysophosphatidic acid in the nervous system,International review of cell and molecular biology,2012年12月31日,Vol.296,Page.273-322
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のリゾホスファチジルコリン(LPC)を検出することを特徴とする、疼痛の客観的評価のためのデータの取得方法であって、LPCが、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上である、上記方法。
ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のリゾホスファチジン酸(LPA)及び/又はリゾホスファチジルコリン(LPC)を検出することを特徴とする、神経障害性疼痛の客観的評価のためのデータの取得方法であって、LPAが、総LPA、LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、及びLPA_22_6から選択される1種以上であり、LPCが、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上であり、検出結果を、神経障害性疼痛評価質問票(Neuropathic Pain Symptom Inventory、NPSI)及び/もしくはチューリッヒ跛行質問票(Zurich Claudication Questionnaire、ZCQ)による疼痛評価、核磁気共鳴画像法による形態学的重症度評価、及び/又はリン酸化ニューロフィラメント重鎖(phosphorylated neurophilament heavy chain, pNFH)をマーカーとして判定する神経損傷評価と組み合わせて客観的評価のためのデータとする、上記方法。
脳脊髄液中のLPCの量の増大を指標として含む、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための診断マーカーであって、LPCが、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上である、上記マーカー。
ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のリゾホスファチジン酸(LPA)及び/又はリゾホスファチジルコリン(LPC)を検出することを特徴とする、疼痛の客観的評価のためのデータの取得方法であって、LPAが、LPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上であり、LPCが、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上であり、疼痛が間質性膀胱炎に起因する疼痛である、上記方法。
脳脊髄液中のLPAの量の低減及び/又はLPCの量の増大を指標として含む、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための診断マーカーであって、LPAが、LPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上であり、LPCが、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上である、上記マーカー。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
神経障害性疼痛のみならず、疼痛は主観的な症状であり、疼痛の有無や重症度を客観的に評価することは非常に困難である上に、疼痛が生じる原因自体の解明が困難な場合も多い。しかしながら、患者にとっては耐え難い苦痛であり、できるだけ早期に痛みを解消又は軽減することが求められる。
現在、神経障害性疼痛は、神経障害性疼痛評価質問票(Neuropathic Pain Symptom Inventory、NPSI)等を用い、患者の主観的な訴えに基づいて評価することが一般的である。従って、疼痛の訴えを修飾する心理社会的な影響を除外した評価結果を得ることは困難である。主観的な訴えに基づいて薬物治療や手術などより侵襲的な治療を行っても期待される効果が得られない場合も多いため、疼痛の評価における曖昧さを除外し、神経障害性疼痛の有無及び重症度を評価する指標が必要であった。
また、間質性膀胱炎は、感染性の膀胱炎や過活動膀胱、膀胱癌などと症状が似ており、誤診されることが多い。また診断のためには水圧拡張下での膀胱鏡検査が必要であり、特有の内視鏡所見を判定するためにはかなりの経験を要する。従って、間質性膀胱炎の治療を早期に開始するために、客観的に正確に診断できる方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
生体内には様々なリゾリン脂質が存在し、そのうちのいくつかのリゾリン脂質には強力な生理活性作用があることが知られている。上記の通り、マウスにおける実験でLPAが疼痛の原因物質である可能性が報告されているが、ヒトの患者において、実際に自覚される疼痛と体内でのLPAとの関連については未だ明確な報告はされていない。また、LPAをはじめとするグリセロリゾリン脂質には、その構成脂肪酸鎖により、複数の分子種が存在することが知られており、LPAはその分子種により生物学的活性が異なること、疾患により増加する分子種には偏りがあることが報告されている。しかしながら、神経障害性疼痛との関連において、リゾリン脂質のうちのどの分子種が重要であるかは全く報告されておらず、またLPA以外のリゾリン脂質については全く報告されていない。
【0010】
本発明者等は、脊椎手術の適応可否を具体的に検討でき、かつ心理社会的修飾が非常に少ないと考えられる腰部脊柱管狭窄症患者を対象に、髄液中のLPA及びリゾホスファチジルコリン(Lysophosphatidylcholine、LPC)を含むリゾリン脂質を含有脂肪酸が異なる分子種毎に一斉定量した。その結果、LPAに加え、従来疼痛との関連が基礎研究においても報告されていないLPCについても、脳脊髄液中の濃度と疼痛との高い相関性が見られた。さらには、疼痛の自覚症状を有する患者では、有意に高い濃度のLPA及びLPCが髄液中に検出されただけでなく、LPA及びLPCの分子種の種類によって、その程度に相違があることが明らかとなった。
更に、脳脊髄液中のLPA及びLPCの分子種の濃度を定量することにより、間質性膀胱炎等の他の疾患に起因して生じる疼痛についても客観的な評価が可能であることを見出した。
本発明者等はこれらの知見に基づき、本発明を完成させるに到った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1.ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のリゾホスファチジン酸(LPA)及び/又はリゾホスファチジルコリン(LPC)を検出することを特徴とする、疼痛の客観的評価のためのデータの取得方法。
2.LPA及び/又はLPCの検出が、分子種毎の検出である、上記1記載の方法。
3.疼痛が神経障害性疼痛であり、客観的評価が、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定である、上記1又は2記載の方法。
4.LPAが、総LPA、LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、及びLPA_22_6から選択される1種以上である、上記1〜3のいずれか記載の方法。
5.少なくともLPA_16_0及び/又はLPA_18_1を検出する、上記4記載の方法。
6.LPCが、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上である、上記1〜5のいずれか記載の方法。
7.少なくともLPC_20_4及び/又はLPC_22_6を検出する、上記6記載の方法。
8.少なくともLPA_16_0、LPA_18_1、LPC_20_4、及びLPC_22_6を検出する、上記1〜7のいずれか記載の方法。
9.酵素法又は質量分析法によって検出する、上記1〜8のいずれか記載の方法。
10.検出結果を、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための基準値と比較することを更に含む、上記1〜9のいずれか記載の方法。
11.検出結果を、神経障害性疼痛評価質問票(Neuropathic Pain Symptom Inventory、NPSI)及び/もしくはチューリッヒ跛行質問票(Zurich Claudication Questionnaire、ZCQ)による疼痛評価、核磁気共鳴画像法による形態学的重症度評価、及び/又はリン酸化ニューロフィラメント重鎖(phosphorylated neurophilament heavy chain, pNFH)をマーカーとして判定する神経損傷評価と組み合わせて客観的評価のためのデータとする、上記1〜10のいずれか記載の方法。
12.脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの量の増大を指標として含む、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための診断マーカー。
13.脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの定量的検出のための試薬、対照サンプルもしくは対照サンプルにおける基準値情報を含む、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のためのキット。
14.疼痛が間質性膀胱炎に起因する疼痛である、上記1又は2記載の方法。
15.LPAが、LPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上である、上記14記載の方法。
16.少なくともLPA_16_0及び/又はLPA_18_2を検出する、上記15記載の方法。
17.LPCが、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上である、上記14〜16のいずれか記載の方法。
18.少なくともLPC_16_0、LPC_18_1及び/又はLPC_22_6を検出する、上記17記載の方法。
19.検出結果を、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための基準値と比較することを更に含む、上記14〜18のいずれか記載の方法。
20.脳脊髄液中のLPAの量の低減及び/又はLPCの量の増大を指標として含む、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための診断マーカー。
21.脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの定量的検出のための試薬、対照サンプルもしくは対照サンプルにおける基準値情報を含む、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のためのキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、従来困難であった神経障害性疼痛の客観的な評価が可能となり得る。本発明の方法を、例えばNPSI及びZCQ等の従来の痛みの評価方法、MRI画像診断等と組み合わせることで、患者の状態をより正確に判定することができ、適切な治療につなげることができる。また、本発明の方法は、神経障害性疼痛以外の疼痛全般に適用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のリゾホスファチジン酸(LPA)及び/又はリゾホスファチジルコリン(LPC)を検出することを特徴とする、疼痛の客観的評価のためのデータの取得方法を提供する。本発明の方法は、例えば神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の診断を支援・補助するための方法であり得る。また本発明の方法は、間質性膀胱炎の診断を支援・補助するための方法であり得る。
【0015】
髄液検査は、種々の病気の診断のために臨床の場で一般的に行われており、脊髄造影実施前等に採取された微量の髄液をそのまま「ヒト脳脊髄液由来のサンプル」として使用することができる。本発明の方法はこのようなサンプルを取得して実施するものであるため、本明細書において、対象となる被験者を、症状の有無にかかわらず「患者」と記載する場合がある。
【0016】
リン脂質は、各種生体細胞膜を構成する両親媒性脂質であり、グリセリンを骨格とするグリセロリン脂質と、スフィンゴシンを骨格とするスフィンゴリン脂質とに分類される。グリセリンに2個の脂肪酸とリン酸が結合した構造を有するグリセロリン脂質の種類としては、ホスファチジン酸(PA)の他、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルセリン(PS)等が知られている。これらのグリセロリン脂質から加水分解によって1個の脂肪酸が外れたものがリゾリン脂質と称される。一方、スフィンゴリン脂質由来のリゾリン脂質として、スフィンゴシン1-リン酸が挙げられる。
【0017】
グリセロリン脂質由来のリゾリン脂質において、加水分解されずに残った脂肪酸はグリセリン骨格の1位又は2位にエステル結合しており、これらはそれぞれ1-アシル-2-リゾ体及び2-アシル-1-リゾ体と呼ばれるが、この脂肪酸は容易に分子内アシル転移することが知られている。尚、これらの異性体をそれぞれ分析する方法も知られている(M. Okudaira et al., J. Lipid Res., 2014, 55: 2178-2192)が、本発明においてはこれらの異性体を識別することは意図しない。
【0018】
本明細書において、リゾリン脂質の表記は、リゾリン脂質の種類(LPA、LPC、リゾホスファチジルイノシトール(Lysophosphatidylinositol、LPI))と、リゾリン脂質中に含まれる脂肪酸の種類に応じて以下のように記載する。
【0019】
例えばミリスチン酸を脂肪酸として含むLPAは、本明細書において「LPA_14_0」と記載する。同様に、パルミチン酸を脂肪酸として含むLPCは、「LPC_16_0」と記載する。また、ステアリン酸を脂肪酸として含むLPIは、「LPI_18_0」と記載する。「14」、「16」、「18」等の最初の数字は脂肪酸鎖の炭素数を示し、2番目の数字「0」、「1」及び「2」は脂肪酸鎖中の二重結合の数を示す。
【0020】
本明細書において、「神経障害性疼痛」とは、中枢神経系又は末梢神経系における病変又は機能障害に起因する疼痛であり、例えば頸部脊柱管狭窄症、腰部脊柱管狭窄症、頸髄損傷、末梢神経損傷等が挙げられる。
【0021】
本発明の方法は、ヒト脳脊髄液由来のサンプル中のLPA及び/又はLPCを検出することを特徴とする。本発明者等は、ヒト脳脊髄液中のリゾリン脂質の含有量と神経障害性疼痛との関連を見出しただけでなく、LPAに加えて、これまで報告されていないLPCと疼痛との相関をも見出した。また、本発明者等は、サンプル中のLPIの濃度も、神経障害性疼痛との相関性を示す傾向を見出したが、スフィンゴシン1リン酸は相関していなかった。
【0022】
従って、一態様において、本発明の方法は、サンプル中のLPAを検出する。一態様において、本発明の方法は、サンプル中のLPCを検出する。一態様において、本発明の方法は、サンプル中のLPA及びLPCを検出する。LPA及びLPCの検出は、それぞれ総LPA及び総LPCとして検出するものであっても良い。あるいは、LPA及びLPCの検出は、それぞれ特定の分子種の1種以上を分子種毎に検出するものであっても良い。
【0023】
本発明の方法は、神経障害性疼痛の客観的評価を可能とするものである。客観的評価として、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定を可能とするものである。
【0024】
神経障害性疼痛の有無とは、心理社会的な影響を排除して客観的に評価した場合の疼痛の有無である。神経障害性疼痛の重症度とは、既存の評価方法、例えば神経障害性疼痛評価質問票(Neuropathic Pain Symptom Inventory、NPSI)及び/もしくはチューリッヒ跛行質問票(Zurich Claudication Questionnaire、ZCQ)による疼痛評価、核磁気共鳴画像法による形態学的重症度評価によって判定されるように、例えば外科手術等の治療を必要とするか否かの判断指標を与える尺度であり、「重度」及び「軽度」の2群に分けることができる。
【0025】
本発明の一実施形態では、検出対象のLPAは、総LPA、又はLPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、及びLPA_22_6から選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種又は6種である。限定するものではないが、上記の分子種のうち、少なくともLPA_16_0及び/又はLPA_18_1を検出することが好適である。
【0026】
本発明の一実施形態では、検出対象のLPCは、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種、6種、7種、8種、又は9種である。限定するものではないが、上記の分子種のうち、少なくともLPC_20_4及び/又はLPC_22_6を検出することが好適である。
【0027】
本発明の好適な一実施形態では、少なくともLPA_16_0、LPA_18_1、LPC_20_4、及びLPC_22_6を検出する。
【0028】
本発明の方法は、相対的に高濃度で存在するLPA及び/又はLPCを検出することを意図するものではなく、客観的に神経障害性疼痛が存在する、あるいは重症であると認められる患者とそうではない対照被験者とで有意に識別できるLPA及び/又はLPCを見出し、これをマーカーとして神経障害性疼痛を客観的に判定する方法を提供するものである。
【0029】
従って、本発明の方法は、神経障害性疼痛を有する患者とそうでない患者、あるいは疼痛が重度である患者と軽度である患者とでより有意な結果をもたらす分子種を選択して検出することができる。
【0030】
例えば疼痛の有無の客観的評価のためのマーカーとして特に好ましい分子種としては、限定するものではないが、LPA_16_0、LPA_18_1、LPC_20_4、及びLPC_22_6が挙げられる。
【0031】
また、疼痛の重症度の客観的評価のためのマーカーとしては、LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、LPA_22_6、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6のいずれも使用することができる。
【0032】
検出する分子種は上記の1種以上であれば良い。しかしながら、複数の分子種を組合せることで、検出結果の信頼性(感度及び特異度)がより向上し得る。
【0033】
また、検出方法によっては、脊髄液中の含有量が比較的多いものを選択することが有利であり得る。このような場合には、例えばLPAではLPA_16_0及びLPA_18_1等、LPCではLPC_16_0、LPC_18_0、LPC_18_1等の分子種を含めて検出することが好ましい。更に、総LPA及び又は総LPCを検出することも臨床上有用であり得る。脳脊髄液中における総LPAの濃度は0.01〜1.09μMの範囲、総LPCの濃度は0〜1μMである。検出対象のLPA及び/又はLPCは、好適にはサンプル中で0.01μM以上の濃度であることが好ましい。
【0034】
本発明の方法におけるサンプル中のLPA及びLPCの検出及び定量は、限定するものではないが、例えば酵素法又は質量分析法、特に液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析とを組合せたLC-MS/MSによって行うことができる。
【0035】
酵素法は、当分野で知られている手法を適用して行うことができ、特に限定するものではないが、例えばLPAの検出のためには、リゾホスホリパーゼの作用でLPAから脂肪酸を除去して生じるグリセロール3リン酸(G3P)を、G3Pに特異的なG3Pオキシダーゼで酸化し、その際に生じる過酸化水素(H
2O
2)をペルオキシダーゼと酸化還元系発色試薬であるTOOS(N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリンナトリウム)試薬(株式会社 同仁化学研究所等から入手可能)を用いて定量することができる。更に、感度を上げるために、G3Pの酸化反応で生じるジヒドロキシアセトンリン酸を還元酵素でもう一度G3Pに戻し、再びG3Pオキシダーゼで酸化して、生じるH
2O
2の量を稼ぐ酵素サイクル法を利用することができる(Kishimoto T. et al., Clin Chim Acta. 2003 Jul 1;333(1):59-67)。この方法は、自動分析器を用い、通常行われている臨床検査と同様に測定を行うことができる。
【0036】
酵素測定法は、臨床現場でより簡便に行うことができるという利点を有する。この方法では、サンプル中のリゾリン脂質が0.03 μM以上であれば検出することができる。
【0037】
質量分析法は、例えばM. Okudaira et al., J. Lipid Res., 2014, 55: 2178-2192に記載の方法に従って実施することができる。
【0038】
質量分析法は、分子種毎の検出が可能であり、検出感度が高く、極微量の分子種についても検出可能であり、また多数の検体を並行して検出することが可能である。
【0039】
質量分析法で用い得る分析機器は、特に限定するものではないが、例えば質量分析計としてTSQ Quantum Ultra(Thermo Fisher Scientific)を用いた場合、サンプル中のリゾリン脂質LPA、LPC、LPIの各分子種がそれぞれ10 nM以上であれば検出することができる。また、質量分析計としてTSQ Quantiva(Thermo Fisher Scientific)を用いた場合、サンプル中のリゾリン脂質LPA、LPC、LPIの各分子種がそれぞれ0.5 nM以上であれば検出することができる。
【0040】
従って、いずれの検出方法を用いるかは、検体数、測定すべき分子種の種類等に応じて適宜決定することができる。
【0041】
本発明の方法は、サンプル中のリゾリン脂質の検出結果を、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための基準値と比較することを更に含むことができる。「基準値」は、疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための境界値、あるいは疼痛のない対照サンプル、又は軽度の疼痛の場合の値を、予め標準的な値又は範囲として取得することができる。基準値は、例えば総LPA、総LPC、LPA及びLPCの個々の分子種について、それぞれ設定することができる。例えば疼痛の有無、あるいは重症度によって2群に分けた患者群で総LPA、総LPC、LPA及びLPCの個々の分子種についての検出結果を取得し、統計学的に得られるカットオフ値を基準値として使用することができる。
【0042】
上記の基準値を使用して、患者由来のサンプルからの検出結果に基づいて、その患者の疼痛の有無、又は疼痛の重症度を判定することが可能となる。例えば、神経障害性疼痛の有無の判定のための基準値より高い値が出た場合に、その患者は疼痛の症状があると判定することができ、また、神経障害性疼痛の重症度の判定のための基準値より高い値が出た場合に、その患者は重度の疼痛を有すると判定することができる。
【0043】
本発明の方法は更に、上記のような検出結果を、神経障害性疼痛評価質問票(NPSI)及び/もしくはチューリッヒ跛行質問票(ZCQ)による疼痛評価、核磁気共鳴画像法による形態学的重症度評価、及び/又はリン酸化ニューロフィラメント重鎖(phosphorylated neurophilament heavy chain, pNFH)をマーカーとして判定する神経損傷評価と組み合わせて客観的評価のためのデータとすることができる。
【0044】
NPSIは、痛みの強さについての主観的重症度についての評価法であり、またZCQは、間欠性跛行について歩行による疼痛の憎悪の程度を評価する方法である。いずれの方法も、疼痛の主観的評価を数値化するものとして一般的に使用されている。
【0045】
これらの評価法と本発明の方法とで相関性を検討したところ、LPA及びLPCでは総体的にNPSI評価及びZCQ評価での重症群で高い値となり、特に、NPSIでの重症群の患者では、LPA_18_2、LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6において、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。また、ZCQでの重症群の患者では、総LPA、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6において、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。
【0046】
腰部脊柱管狭窄症の形態学的重症度の評価としては、Schizas等が報告した方法が知られている(C. Schizas et al., SPINE, Vol.35, No.21, pp 1919-1924, 2010)。この方法は、核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて得られた画像に基づいて神経の圧迫の度合いをグレードA〜Dに分類するものである。
【0047】
上記の形態学的重症度の評価と本発明の方法とで相関性を検討したところ、LPA及びLPCでは総体的にNPSI評価及びZCQ評価での重症群で高い値となり、特に、総LPA、LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_20_4、LPC_14_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_2、及びLPC_22_6において、形態学的等級付けでの重症群の患者で、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。
【0048】
一方、中枢神経系の髄鞘に含まれるタンパク質分子であるリン酸化ニューロフィラメント重鎖(phosphorylated neurophilament heavy chain, pNFH)が、軸索損傷時にリン酸化状態で軸索から放出され、脳脊髄液(CSF)及び血液中に漏出することが知られている。従って、脳脊髄液(CSF)中及び血液中のpNHFの存在は、神経損傷の指標になるとされ、生体サンプル中のpNFHの検出及び定量のためのキットが、例えばフナコシ株式会社、コスモ・バイオ株式会社等から市販されている。しかしながら、本発明者等は、患者の疼痛を客観的に評価するためには、本発明の方法が、pNFHを指標とした神経損傷の評価と比較してより有効であることを見出した。
【0049】
すなわち、Schizas等の方法及びpNFHによる方法は、いずれも神経損傷の度合いを示すことができるが、これらは患者の自覚症状としての疼痛の有無及び/又は重症度とは、必ずしも相関しないことがあり得る。
【0050】
従って、本発明の方法は、上記の既存の評価方法と組み合わせることで、神経障害の有無及び重症度と疼痛の有無及び重症度を併せて診断のためのデータとして提供し、適切な治療につなげることを可能とする。
【0051】
本発明はまた、脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの量の増大を指標として含む、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度のための診断マーカーを提供する。
【0052】
上記の通り、本発明者等の知見により、脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの量の増大は、その患者における神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度と密接に相関することが判明した。従って、総LPA、又はLPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、及びLPA_22_6、並びにLPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、及びLPC_22_6から選択される1種以上の量の増大を、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のための診断マーカーとして使用することができる。
【0053】
本発明はまた、脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの定量的検出のための試薬、対照サンプルもしくは対照サンプルにおける基準値情報を含む、神経障害性疼痛の有無及び/又は重症度の判定のためのキットを提供する。
【0054】
本発明のキットは、上記の本発明の方法を実施するために使用することができる。LPA及び/又はLPCの定量的検出のための「試薬」としては、特に限定するものではないが、例えば上記の酵素法で使用する試薬、具体的にはリゾホスホリパーゼ、G3Pオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ、還元酵素等の酵素、及び酸化還元系発色試薬、例えばTOOS(N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリンナトリウム)試薬が挙げられる。また、緩衝剤、pH調整剤等の試薬も必要に応じて含めることができる。キットはまた、同時に測定することができる比較対照として、既定量のLPA及び/又はLPCを含む対照サンプルを含むこともできる。対照サンプルは脳脊髄液由来である必要はなく、人工的に作製したものであって良い。対照サンプルにおけるLPA及び/又はLPCの検出値は、上記の基準値又はその範囲内であり得る。あるいはまた、対照サンプル、例えば神経障害性疼痛がない患者由来のサンプル又は軽度の疼痛を有する患者由来のサンプルが有し得るLPA及び/又はLPCの検出値(基準値)の情報、例えば酵素法又は質量分析法において想定される検出結果を情報として、例えば使用説明書の形態でキットに含めることができる。
【0055】
本発明の方法はまた、間質性膀胱炎に起因する疼痛の客観的評価を可能とするものである。「間質性膀胱炎に起因する疼痛」とは患者が下腹部に感じる膀胱痛である。この疼痛は、感染性の膀胱炎や膀胱癌に起因する疼痛と類似する。しかし、間質性膀胱炎では、他の疾患では見られる尿所見異常を欠き、内視鏡所見の判定にも経験を要するために、診断が困難である。本発明の方法は、髄液中のLPA及び/又はLPC濃度を検出することにより、「間質性膀胱炎に起因する疼痛」を客観的に評価し、他の疾患と判別することができる。
【0056】
一実施形態では、検出対象のLPAは、LPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上、すなわち1種、2種又は3種である。限定するものではないが、上記の分子種のうち、少なくともLPA_16_0及び/又はLPA_18_2を検出することが好適である。
【0057】
一実施形態では、検出対象のLPCは、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上、すなわち1種、2種、3種、4種、5種又は6種である。限定するものではないが、上記の分子種のうち、少なくともLPC_16_0、LPC_18_1及び/又はLPC_22_6を検出することが好適である。
【0058】
本発明の方法は、他の疾患の場合と比較して髄液中に相対的に低濃度で存在するLPA及び/又は相対的に高濃度で存在するLPCをマーカーとして、間質性膀胱炎に起因する疼痛を客観的に判定するものである。検出する分子種は上記の1種以上であれば良いが、複数の分子種を組合せることで、検出結果の信頼性(感度及び特異度)がより向上し得る。サンプル中のLPA及びLPCの検出及び定量は、限定するものではないが、例えば質量分析法、特に液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析とを組合せたLC-MS/MSによって行うことができる。
【0059】
本発明の方法は、サンプル中のリゾリン脂質の検出結果を、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための基準値と比較することを更に含むことができる。疼痛の有無の判定のための境界値、あるいは疼痛のない対照サンプル、又は別の疾患、例えば感染性膀胱炎、膀胱癌等に起因する疼痛の場合の値を、予め基準値として取得することができる。基準値は、例えば総LPA、総LPC、LPA及びLPCの個々の分子種について、それぞれ設定することができる。例えば疼痛の有無によって2群に分けた患者群で総LPA、総LPC、LPA及びLPCの個々の分子種についての検出結果を取得し、統計学的に得られるカットオフ値を基準値として使用することができる。
【0060】
上記の基準値を使用して、患者由来のサンプルからの検出結果に基づいて、その患者の疼痛の有無を判定することが可能となる。例えば、総LPA、又はLPAの各分子種、例えばLPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上の分子種において、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための基準値より低い値が出た場合に、その患者は間質性膀胱炎であると判定することができる。あるいはまた、総LPC、又はLPCの各分子種、例えばLPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上の分子種において、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための基準値より高い値が出た場合に、その患者は間質性膀胱炎であると判定することができる。基準値と比較したLPAの量の低減のみで判定することもでき、また基準値と比較したLPCの量の増大のみで判定することもできる。更に、基準値と比較したLPAの量の低減及びLPCの量の増大を同時に検出して判定することもできる。
【0061】
本発明はまた、脳脊髄液中のLPAの量の低減及び/又はLPCの量の増大を指標として含む、間質性膀胱炎に起因する疼痛のための診断マーカーを提供する。
上記の通り、脳脊髄液中のLPAの量の低減及び/又はLPCの量の増大は、その患者における間質性膀胱炎に起因する疼痛と密接に相関することが判明した。従って、LPA_16_0、LPA_18_1、及びLPA_18_2から選択される1種以上のLPAの量の低減、及び/又は、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、及びLPC_22_6から選択される1種以上のLPCの量の増大を、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のための診断マーカーとして使用することができる。
【0062】
本発明はまた、脳脊髄液中のLPA及び/又はLPCの定量的検出のための試薬、対照サンプルもしくは対照サンプルにおける基準値情報を含む、間質性膀胱炎に起因する疼痛の判定のためのキットを提供する。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、統計解析は全てJMP 12(SAS Institute, Cary, NC, USA)を用いて実施し、リゾリン脂質のCSFレベルと腰部脊柱管狭窄症の重症度との相関性を検討するために、分散分析後にTukey Honest Significant Differences testを使用した。
【0064】
[実施例1]神経障害性疼痛の有無の評価
腰部脊柱管狭窄症(LSS)による疼痛の自覚症状を有する患者53名(以下、便宜的に「患者群」とする)、及び自覚症状のない患者12名(以下、便宜的に「対照群」とする)を対象として試験を行った。
【0065】
脊髄造影実施時に各患者から採取された脳脊髄液(CSF)をサンプルとして、Kishimoto T. et al., Clin Chim Acta. 2003 Jul 1;333(1):59-67に記載の方法に従って、酵素測定法にてサンプル中の総LPA及び総LPC量を定量した。
【0066】
また、CSF 1mlをサンプルとして、M. Okudaira et al., J. Lipid Res., 2014, 55: 2178-2192に記載の方法に従って、リゾリン脂質LPA、LPC、LPI及びスフィンゴシン1リン酸(S1P)の定量を行った。
【0067】
具体的には、CSFサンプルを10倍量のメタノール及び内部標準と混合し、超音波処理を行った。21,500×gで遠心分離した後、上清を回収してLC-MS分析に使用した。次いでメタノール抽出液20μLをC18 CAPCELL PAK ACRカラム(1.5×250mm、Shiseido)を使用してNanospace LC(Shiseido)で分離した(溶媒A:5mM ギ酸アンモニウム水溶液;溶媒B:95%[v/v]アセトニトリル中5mM ギ酸アンモニウム)。
【0068】
溶離液をESIプローブを用いてイオン化し、TSQ Quantum Ultra Triple Quadrupole Mass Spectrometer(Thermo Fisher Scientific)あるいはTSQ Quantiva Triple Quadrupole Mass Spectrometer(Thermo Fisher Scientific)を使用して、親イオン及びフラグメントイオンをポジティブイオンモードでモニタリングした。それぞれのリゾリン脂質分子種に用いたm/zを表1に記載する。尚、本実施例においては中性条件にて脂質を抽出したため、1-アシル-2-リゾリン脂質と2-アシル-1-リゾリン脂質とを分離しなかった。
【0069】
【表1】
【0070】
各々のリゾリン脂質の分子種について、12種のアシル鎖(14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、18_3、20_3、20_4、20_5、22_5及び22_6)をモニタリングした。その結果、患者群及び対照群由来のCSFで、5種のLPA(16_0、18_0、18_1、18_2、20_4)、8種のLPC(14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、20_4、22_6)、及び1種のS1P(C18)を検出した。
【0071】
サンプル中の総LPA及び総LPC、並びに上記の各分子種の検出値について、患者群と対照群とで比較した結果、LPA及びLPCでは総体的に患者群で高い値となった。結果を
図1及び
図2に示す。
【0072】
次いで、得られた結果の有意性を判定するために、Mann-WhitneyのU検定及びWilcoxonの順位和検定を同時に行った。下記の表2に、各分子種について得られたU値及びW値、Z値と、漸近有意確率を示す。
【0073】
【表2】
【0074】
表2の結果から明らかな通り、LPAでは16_0及び18_1の2種、LPCでは14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、20_4、22_6の8種全てが、患者群において統計的に有意に多量にCSF中で検出された。一方スフィンゴシン1リン酸(S1P_C18)では有意な結果が得られなかった。このうち、LPA16_0、LPA18_1、LPC20_4、及びLPC_22_6では95パーセンタイルの範囲が対照群と重ならず、診断指標としての有用性がより高いと考えられた。
【0075】
次いで、総LPA及び上記の各分子種についてROC曲線をそれぞれ作成し、カットオフ値を設定して、ROC曲線下面積、感度及び特異度をそれぞれ算出した。結果を表3に示す。
【0076】
【表3】
【0077】
表3の結果から、総LPA、及び検出されたLPA及びLPCの各分子種の検出結果は、これらがそれぞれ単独で疼痛の有無を客観的に判定し得るマーカーとなり得ることが明らかとなった。特に、LPAでは総LPA、並びに16_0及び18_1の2種で約0.8以上のROC面積と共に高い感度及び特異度が得られた。一方、LPCでは14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、20_4、22_6の8種全てで、約0.9以上のROC面積と、非常に高い感度及び特異度が得られた。尚、スフィンゴシン1リン酸では良好な結果は得られなかった。
【0078】
上記分子種のうち、LPA_16_0及びLPA_18_1を選択し、神経障害性疼痛の存在について以下の判別式を作成した。
Y=-1.139+[21.449*(LPA16_0)]+[0.455*(LPA18_1)]
上記の式において、Y<0のとき、神経障害性疼痛であると判定することができる。この場合の感度は54.7%、特異度は84.2%である。
【0079】
また、上記分子種のうち、LPC_20_4及びLPC_22_6を選択し、神経障害性疼痛の存在について以下の判別式を作成した。
Y’=-1.133+[7247.454*(LPC20_4)]+[-2814.877*(LPC22_6)]
上記の式において、Y’<0のとき、神経障害性疼痛であると判定することができる。この場合の感度は83.0%、特異度は100%である。
【0080】
また、上記分子種のうち、LPA_16_0、LPA_18_1、LPC_20_4、及びLPC_22_6を選択し、神経障害性疼痛の存在について以下の判別式を作成した。
Y''=-1.214+[10.743*(LPA16_0)]+[-48.783*(LPA18_1)]+[9486.401*(LPC20_4)]
+[-2402.981*(LPC22_6)]
上記の式において、Y''<0のとき、神経障害性疼痛であると判定することができる。この場合の感度は90.5%、特異度は94.7%である。
【0081】
更に、10種のリゾリン脂質(LPA_16_0、LPA_18_1及びLPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_22_6)を選択して判別分析を行った結果、感度100%、特異度94.7%で神経障害性疼痛の有無を判定することができた。すなわち、複数の分子種の検出結果を組合せて判定することで、感度及び特異度が向上し得ることが示された。
【0082】
一方、同じ患者群及び対照群由来の脳脊髄液中のリン酸化ニューロフィラメント重鎖(pNF-H)の濃度を測定し、患者群と対照群とで比較した結果、カットオフ値380.5pg/mlとした場合にROC曲線下面積0.78、感度0.70、特異度0.929となり、本発明の方法がより優れた指標となり得ることが示された。
【0083】
[実施例2]神経障害性疼痛の重症度の評価1−NPSI評価との相関性
腰部脊柱管狭窄症(LSS)による疼痛の自覚症状を有する28名の患者(男性15名及び女性13名、49-81歳、平均年齢70.9歳)を被験者として試験を行った。
【0084】
リゾリン脂質の定量は実施例1と同様にして行い、総LPA及びLPCについて、酵素測定法にて定量を行った。同時に、各々のリゾリン脂質の分子種について、12種のアシル鎖(14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、18_3、20_3、20_4、20_5、22_5及び22_6)を質量分析法でモニタリングした。その結果、被験者由来のCSFで、6種のLPA(16_0、18_0、18_1、18_2、20_4、22_6)、1種のLPI(18_0)、9種のLPC(14_0、16_0、16_1、18_0、18_1、18_2、20_4、20_5、22_6)、及び1種のS1P(C18)を検出した。
【0085】
一方、全ての患者について、腰部脊柱管狭窄症による神経障害性疼痛の臨床的重症度を評価するために神経障害性疼痛評価質問票(NPSI)を使用し、患者を、その症状の重症度と疼痛の等級付けに従って2群に分類した。21以下のスコアを有する患者(n=14)を軽症群(軽度)とし、22以上のスコアを有する患者(n=14)を重症群(重度)とした。
【0086】
被験者の脳脊髄液サンプル中のリゾリン脂質の量をNPSIで評価される臨床的重症度と併せて評価した結果、LPA及びLPCでは総体的に重症群で高い値となった。軽症群及び重症群の各被験者由来の脳脊髄液中のリゾリン脂質の濃度を分子種毎にプロットした結果を
図3及び
図4に示す。
【0087】
特に、1種のLPA(LPA_18_2)及び9種のLPC(LPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、LPC_22_6)において、NPSIでの重症群の患者で、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。
【0088】
総LPA及び各分子種についてROC曲線をそれぞれ作成し、カットオフ値を設定して、ROC曲線下面積、感度及び特異度をそれぞれ算出した。結果を表4に示す。
【0089】
【表4】
【0090】
表4の結果から、総LPA、及び検出されたLPA及びLPCの各分子種の検出結果は、これらがそれぞれ単独で疼痛の重症度を客観的に判定し得るマーカーとなり得ることが明らかとなった。尚、スフィンゴシン1リン酸では良好な結果は得られなかった。
【0091】
表4の結果から、疼痛重症度の判別能が比較的高い12種のリゾリン脂質(LPA_18_2、LPA_20_4、LPA_22_6及びLPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、LPC_22_6)を選択して判別分析を行った結果、感度100%、特異度90%以上で神経障害性疼痛の重症度を判定することができた。すなわち、複数の分子種の検出結果を組合せて判定することで、感度及び特異度が向上し得ることが示された。
【0092】
尚、判別式の係数を考慮すると、NPSI評価との相関性をより高めるためには、LPC_18_0、LPA_18_2、LPA_22_6を含めることが最も重要であり、次いでLPC_16_0、LPC_22_6が重要であることが示唆された。
【0093】
[実施例3]神経障害性疼痛の重症度の評価2−ZCQ評価との相関性
実施例2で得られたサンプル中のリゾリン脂質の検出結果を、チューリッヒ跛行質問票(ZCQ)で評価される痛みに関連した下肢運動障害の臨床的重症度と併せて評価した。
【0094】
全ての患者について、ZCQを使用し、患者を、その症状の重症度と疼痛の等級付けに従って2群に分類した。20以下のスコアを有する患者(n=14)を軽症群とし、21以上のスコアを有する患者(n=14)を重症群とした。
【0095】
その結果、ZCQでの重症群の患者で、LPA及びLPCでは総体的に重症群で高い値となった。軽症群及び重症群の各被験者由来の脳脊髄液中のリゾリン脂質の濃度を、分子種毎にプロットした結果を
図5及び
図6に示す。
【0096】
特に、総LPA、3種のLPA(LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4)及び8種のLPC(LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、LPC_22_6)において、ZCQでの重症群の患者で、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。
【0097】
総LPA及び各分子種についてROC曲線をそれぞれ作成し、カットオフ値を設定して、ROC曲線下面積、感度及び特異度をそれぞれ算出した。結果を表5に示す。
【0098】
【表5】
【0099】
表5の結果から、総LPA、及び検出されたLPA及びLPCの各分子種の検出結果は、これらがそれぞれ単独で疼痛の重症度を客観的に判定し得るマーカーとなり得ることが明らかとなった。尚、スフィンゴシン1リン酸では良好な結果は得られなかった。
【0100】
表5の結果から、疼痛重症度の判別能が比較的高い13種のリゾリン脂質(LPA_18_1、LPA_18_2、LPA_20_4、LPA_22_6及びLPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_20_5、LPC_22_6)を選択して判別分析を行った結果、感度100%、特異度90%以上で神経障害性疼痛の重症度を判定することができた。すなわち、複数の分子種の検出結果を組合せて判定することで、感度及び特異度が向上し得ることが示された。
【0101】
尚、判別式の係数を考慮すると、ZCQ評価との相関性をより高めるためには、LPC_16_0、LPC_18_0、LPC_22_6を含めることが最も重要であり、次いでLPA_18_1、LPC_18_1、LPA_20_4が重要であることが示唆された。
【0102】
[実施例4]神経障害性疼痛の重症度の評価3−形態学的重症度との相関性
実施例2で得られたサンプル中のリゾリン脂質の検出結果を、核磁気共鳴画像法を用いて評価される腰部脊柱管狭窄症の形態学的重症度と併せて評価した。
【0103】
全ての患者について、核磁気共鳴画像法を用いて、腰部脊柱管狭窄症の形態学的重症度をSchizas等の方法によって評価し、その形態学的等級付け(CSF/神経根比)に従って2つの群に分類した。グレードA及びBを軽症群(n=10)とし、グレードC及びDを重症群(n=18)とした。
【0104】
その結果、形態学的等級付けでの重症群の患者で、LPA及びLPCでは総体的に重症群で高い値となった。軽症群及び重症群の各被験者由来の脳脊髄液中のリゾリン脂質の濃度を、分子種毎にプロットした結果を
図7及び
図8に示す。
【0105】
特に、総LPA、4種のLPA(LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_20_4)及び5種のLPC(LPC_14_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_2、LPC_22_6)において、形態学的等級付けでの重症群の患者で、軽症群と比較して有意に高いリゾリン脂質レベルが見られた。
【0106】
上記の各分子種についてROC曲線をそれぞれ作成し、カットオフ値を設定して、ROC曲線下面積、感度及び特異度をそれぞれ算出した。結果を表6に示す。
【0107】
【表6】
【0108】
表6の結果から、総LPA、及び検出されたLPA及びLPCの各分子種の検出結果は、これらがそれぞれ単独で疼痛の重症度を客観的に判定し得るマーカーとなり得ることが明らかとなった。尚、スフィンゴシン1リン酸では良好な結果は得られなかった。
【0109】
表6の結果から、疼痛重症度の判別能が比較的高い12種のリゾリン脂質(LPA_16_0、LPA_18_0、LPA_18_1、LPA_20_4、及びLPC_14_0、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2、LPC_20_4、LPC_22_6)を選択して判別分析を行った結果、感度100%、特異度90%以上で神経障害性疼痛の重症度を判定することができた。すなわち、複数の分子種の検出結果を組合せて判定することで、感度及び特異度が向上し得ることが示された。
【0110】
尚、判別式の係数を考慮すると、形態学的評価との相関性をより高めるためには、LPC_18_1、LPA_20_4を含めることが最も重要であり、次いでLPC_16_1、LPA_16_0、LPC_16_0が重要であることが示唆された。
【0111】
[実施例5]間質性膀胱炎による疼痛の評価
下腹部に疼痛の自覚症状を有する間質性膀胱炎の患者13名、及び疼痛を伴わない膀胱癌や尿路結石の患者22名から脳脊髄液(CSF)を採取し、実施例1と同様にしてリゾリン脂質LPA及びLPCの各分子種の定量を行った。間質性膀胱炎患者群のサンプル中の各分子種の髄液中濃度について、膀胱癌患者群と比較した結果を表7にそれぞれ示す。表中、→は髄液中濃度がほぼ同等であることを示し、↑は関節炎膀胱炎患者で濃度が高いことを、↑は関節炎膀胱炎患者で濃度が低いことをそれぞれ示す。
【0112】
【表7】
【0113】
表7の結果から、間質性膀胱炎患者の髄液中では、膀胱癌患者と比較してLPA濃度が低く、LPC濃度が高い傾向があることが示された。具体的には、LPAではLPA_16_0、LPA_18_1及びLPA_18_2の濃度が低く、LPC_16_0、LPC_16_1、LPC_18_0、LPC_18_1、LPC_18_2及びLPC_22_6の濃度が高かった。特に、上記分子種の中で、LPA_16_0及びLPA_18_2が低濃度であるという結果、並びにLPC_16_0、LPC_18_1及びLPC_22_6が高濃度であるという結果は有意であった。尚、LPCを加水分解してLPAを産生する酵素であるオートタキシン(ATX)濃度に差は見られなかった。