特許第6927247号(P6927247)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6927247-抗体の精製方法 図000013
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6927247
(24)【登録日】2021年8月10日
(45)【発行日】2021年8月25日
(54)【発明の名称】抗体の精製方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/281 20060101AFI20210812BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20210812BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20210812BHJP
   C07K 16/00 20060101ALI20210812BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20210812BHJP
【FI】
   B01J20/281 R
   B01J20/281 X
   G01N30/88 J
   G01N30/26 A
   C07K16/00
   C12P21/08
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2019-73726(P2019-73726)
(22)【出願日】2019年4月8日
(65)【公開番号】特開2020-171872(P2020-171872A)
(43)【公開日】2020年10月22日
【審査請求日】2020年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】昭和電工マテリアルズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 七重
(72)【発明者】
【氏名】丸山 優史
(72)【発明者】
【氏名】松森 正樹
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 広貴
【審査官】 高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】 特表2001−501595(JP,A)
【文献】 特表2016−523959(JP,A)
【文献】 国際公開第2018/092691(WO,A1)
【文献】 国際公開第2017/145553(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0187227(US,A1)
【文献】 特開2011−036128(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 −30/96
B01J 20/00 −20/34
B01D 15/00 −15/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体の精製方法であって、
抗体を含有するpH4〜8.5の溶液を吸着材に接触させて、前記抗体を前記吸着材に吸着させる第1工程と、
前記吸着材をpH5〜9の溶液に接触させて、前記吸着材を洗浄する第2工程と、
前記吸着材をpH7〜11の溶液に接触させて、前記吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収する第3工程と、
前記吸着材をpH11〜14の溶液に接触させて、前記吸着材を洗浄する第4工程とを含み、
前記第3工程で用いる溶液のpHが前記第1工程及び前記第2工程で用いる溶液のpHよりも大きく、前記第4工程で用いる溶液のpHが前記第3工程で用いる溶液のpHよりも大きく、
前記吸着材が、担体と、前記担体に固定化されたpH応答性高分子とを含み、
前記pH応答性高分子が、複数のアミノ基を有する高分子に前記抗体を吸着する吸着部位が導入されたものであり、前記吸着部位が、式(I)、(II)及び(III)の基
【化1】
(式中、
Lは、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基と吸着部位との結合部位であり、
及びZ10は、互いに独立して、S、SCH、NH、NCH、O、CH又はCRであり、但しR及びRの少なくとも一方は水素ではなく、
〜Z、Z11〜Z15は、互いに独立して、N、NCH、CH又はCRであり、Z〜Zの少なくとも1つ、Z〜Zの少なくとも1つ、又はZ10〜Z15の少なくとも1つは、CH、CR、CH又はCRではなく、
、R、Rは、互いに独立して、アルキル、アリール、アルケニル、アルキニル、アラルキル、アシル、シクロアルキル、カルボキシル、アミノ、アリールオキシ、アルコキシ、ハロ、ヒドロキシル、ニトロ又はシアノである)
から選ばれる少なくとも1つの基である、抗体の精製方法。
【請求項2】
前記第1工程で用いる抗体を含有する溶液のpHがpH5.5〜8.5であり、前記第2工程で用いる溶液のpHがpH6〜8.5であり、前記第3工程で用いる溶液のpHがpH7.5〜10であり、前記第4工程で用いる溶液のpHがpH12〜14である、請求項1に記載の抗体の精製方法。
【請求項3】
前記第1工程で用いる抗体を含有する溶液のpHがpH6〜7.5であり、前記第2工程で用いる溶液のpHがpH6〜8であり、前記第3工程で用いる溶液のpHがpH8〜10であり、前記第4工程で用いる溶液のpHがpH12〜13である、請求項1に記載の抗体の精製方法。
【請求項4】
前記第1工程で用いる抗体を含有する溶液が、抗体を細胞培養して得た溶液から細胞又はその断片を除去した溶液である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗体の精製方法。
【請求項5】
前記吸着部位が、Z10がSであり、Z11〜Z14がそれぞれCHであり、Z15がNであり、Lが、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基と吸着部位との結合部位である、式(III)の基である、請求項1に記載の抗体の精製方法。
【請求項6】
前記複数のアミノ基を有する高分子がε−ポリリジンである、請求項1に記載の抗体の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体の精製方法に関し、特に医薬品向け抗体の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体を標的物質としたアフィニティ精製は、アフィニティ吸着材への抗体の吸着、非吸着成分の洗浄、溶離液による抗体の吸着材からの回収工程を含む。吸着材は、多糖類や樹脂等からなる担体の表面上に、抗体と相互作用を示すリガンドと呼ばれる分子を固定化することで構成される。リガンドとして、例えばプロテインA等を用いた例が知られている。このとき、溶離液としては、強酸や強塩基のような過酷なpHの溶液又は高塩濃度の溶液を用いる。これは、アフィニティリガンドや抗体のイオン化状態を変え、電荷反発によりアフィニティリガンドと抗体の間の相互作用を弱める必要があるためである。しかし、強酸や強塩基のような過酷なpH環境では、しばしば抗体は不安定であり、精製された抗体が劣化するリスクがある。このようなリスクを回避するため、温和なpH環境にて抗体を精製可能な低刺激応答型アフィニティ吸着材の開発が求められている。
【0003】
このような低刺激応答型アフィニティ吸着材として、pH変化に応答する吸着材が知られており、例えば、特許文献1には、リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る抗体製造方法において、(1)医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、又は中性且つ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸あるいは複素環式芳香族アミノ酸のオリゴマーをリガンドとして有する不溶性担体に接触させることにより抗体をリガンドに吸着させる第一工程、(2)リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、(3)微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、又は微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、をこの順番に含むことを特徴とする抗体製造方法が開示されている。しかし、特許文献1に開示される抗体製造方法では、抗体の吸着量が十分ではない可能性があり、よって、抗体の回収率が十分であるとはいえず、抗体を用いた医薬品の生産性が低くなり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−36128号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のとおり、温和なpH環境にて抗体を精製可能な従来の抗体の精製方法には、抗体の吸着材への吸着量及び回収率が十分ではない場合がある。よって、本発明は、抗体の吸着材への吸着量及び回収率が向上した抗体の精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明の抗体の精製方法は、弱刺激で抗体を回収可能な特定の低分子化合物を吸着部位に用い、これを複数のアミノ基を有する高分子に導入し、この吸着部位が導入された高分子を担体に固定化したものを吸着材として用い、この吸着材への抗体の吸着と脱離にあたり、特定の溶液条件を適用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の抗体の精製方法は、特定の吸着材を特定の溶液条件にて用いることで、抗体の吸着材への吸着量及び回収率を向上でき、抗体医薬品の製造コスト低減が可能であり、且つ生産性を向上できる。
【0008】
前記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の精製方法に用いる吸着材の一実施形態の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面等を用いて、本発明の実施形態について説明する。以下の説明は本発明の内容の具体例を示すものであり、本発明がこれらの説明に限定されるものではなく、本明細書に開示される技術的思想の範囲内において当業者による様々な変更及び修正が可能である。また、本発明を説明するための図において、同一の機能を有するものは、同一の符号を付け、その繰り返しの説明は省略する場合がある。
【0011】
本発明は、特定の吸着部位を複数のアミノ基を有する高分子に導入したpH応答性高分子を担体に固定化したものを吸着材として用い、特定の溶液条件を適用する、抗体の精製方法に関する。
【0012】
精製する抗体は、医薬品として適用できるものが好ましいが、クラスやサブクラスは特に限定されない。抗体としては、例えば、定常領域の構造が異なるIgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5種類の免疫グロブリンが挙げられるが、これらのいずれであってもよい。ヒト抗体においては、IgG1〜IgG4の4つのサブクラスがあり、またIgAにおいてもIgA1、IgA2と2つのサブクラスがあるが、本発明においてはいずれも用いることができる。さらに抗体は、その由来や製造方法によらずに、天然のヒト抗体や遺伝子組み換え技術により生産された組み換えヒト抗体、あるいはモノクローナル抗体やポリクローナル抗体のいずれであってもよい。これらの抗体の中でも、医薬品原料として重要性がもっとも大きいヒトIgGを用いることが好ましい。また、抗体はヒトIgGとのキメラ又はヒト化抗体であってもよい。本発明において、ヒトIgGとのキメラとは、可変領域はマウス等のヒト以外の生物由来であるが、その他の定常領域をヒト由来の免疫グロブリンに置換したものをいう。また、ヒト化抗体とは、可変領域のうち、相補性決定領域がヒト以外の生物由来で、そのほかのフレームワーク領域をヒト由来にしたものをいう。
【0013】
本発明の精製方法において用いる吸着材は、担体と、担体に固定化されたpH応答性高分子とを含む。pH応答性高分子は、複数のアミノ基を有する高分子(以下、単に高分子とも記載する)に、標的物質である抗体を吸着する吸着部位(以下、単に吸着部位とも記載する)が導入されたものである。pH応答性高分子が官能基としてのアミノ基及び吸着部位を有することにより、吸着材は、少なくともpHの変化によって抗体と相互作用を示し、抗体を吸着し、さらには抗体を脱離する。
【0014】
図1に、本発明の精製方法に用いる吸着材の一実施形態の模式図を示す。図1に示すように、吸着材10は、担体5と、担体5に固定化されたpH応答性高分子1とを含む。pH応答性高分子1は、複数のアミノ基を有する高分子2に、抗体4を吸着する吸着部位3が導入されたものである。なお、図1において、高分子の電荷の状態について一例を示したが、高分子は、吸着材が接触する溶液の塩濃度、誘電率、pH及び温度等の外部環境によって様々な電荷の状態となり得る。
【0015】
吸着材(図1参照)の推定される吸着・脱離メカニズムを以下に説明する。本発明の抗体の精製方法においては、少なくともpHの変化に応答して吸着材のpH応答性高分子のコンフォメーション、並びにpH応答性高分子及び抗体の電荷が変化することにより、抗体が吸着及び脱離すると考えられる。具体的には、まず、pH応答性高分子はアミノ基を有するところ、アミノ基の等電点は、約10程度であることが知られている。本発明の抗体の精製方法において、抗体を吸着材に吸着する第1工程のpH4〜8.5の領域では、pH応答性高分子の正電荷がより多い状態であり、溶液中で官能基はより電荷を有した状態であり、電荷を有した部位同士の電荷反発により、pH応答性高分子の高分子主鎖は比較的伸長した状態となると考えられる(図1の左図)。このとき、吸着部位が溶液中に露出することで抗体を吸着する。一方、抗体を吸着材から脱離させ、回収する第3工程において、pHが第1工程及びその後の洗浄工程である第2工程よりも大きくなると、pHの上昇に伴い電荷の中性化が起こり、高分子中のアミノ基由来の電荷が少なくなり、pH応答性高分子の高分子主鎖は電荷反発が小さくなるため、比較的収縮した状態になると考えられる(図1の右図)。このように、溶液のpHを大きくすることにより、pH応答性高分子のコンフォメーション変化を誘起し、抗体を吸着材から脱離させ、回収する。また、pHの上昇に伴いpH応答性高分子及び抗体の電荷が変化することにより、電荷反発又は電荷の中性化やpH応答性高分子の疎水度の変化によって、抗体が吸着材から脱離することも考えられる。
【0016】
本発明の精製方法においては、少なくともpHの変化に応答して吸着材のpH応答性高分子のコンフォメーション、並びにpH応答性高分子及び抗体の電荷が変化することを抗体の吸着及び脱離に利用しているが、pHの変化に加えて、例えば、吸着材が接触している溶液の塩濃度、誘電率及び温度の変化等の他の外部環境の変化を加えることにより、pH応答性高分子のコンフォメーションや、pH応答性高分子及び抗体の電荷を変化させてもよい。
【0017】
前記のとおり、本発明の精製方法において用いる吸着材は、担体と、担体に固定化されたpH応答性高分子とを含む。
【0018】
pH応答性高分子は、複数のアミノ基を有する高分子に標的物質である抗体を吸着する吸着部位が好ましくは複数個導入されたものである。吸着部位は、好ましくは、複数のアミノ基を有する高分子の側鎖のアミノ基と結合している。pH応答性高分子において、好ましくは、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基の一部が吸着部位と結合している。
【0019】
吸着部位は、吸着する抗体の種類に応じて選ぶことができる。吸着部位は、pH応答性高分子の電荷密度の変化による物性の変化を受けやすいことが好ましく、親水性のpH応答性高分子に対して疎水性の吸着部位が好ましい。
【0020】
吸着部位は低分子化合物に由来する部位であり、式(I)、(II)及び(III)の基
【0021】
【化1】
(式中、
Lは、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基と吸着部位との結合部位であり、
及びZ10は、互いに独立して、S、SCH、NH、NCH、O、CH又はCRであり、但しR及びRの少なくとも一方は水素ではなく、
〜Z、Z11〜Z15は、互いに独立して、N、NCH、CH又はCRであり、Z〜Zの少なくとも1つ、Z〜Zの少なくとも1つ、又はZ10〜Z15の少なくとも1つは、CH、CR、CH又はCRではなく、
、R、Rは、互いに独立して、アルキル、アリール、アルケニル、アルキニル、アラルキル、アシル、シクロアルキル、カルボキシル、アミノ、アリールオキシ、アルコキシ、ハロ、ヒドロキシル、ニトロ又はシアノである)
から選ばれる少なくとも1つの基である。
【0022】
本明細書において、「アルキル」は、特定の数の炭素原子を含む、直鎖又は分岐鎖の飽和脂肪族炭化水素基を意味する。アルキルは、例えばC1〜20アルキルであり、好ましくはC1〜10アルキルであり、より好ましくはC1〜5アルキルである。
【0023】
本明細書において、「アリール」は、6〜15の炭素原子数を有する芳香族基を意味する。好適なアリールとしては、限定するものではないが、例えばフェニル、ナフチル及びアントリル(アントラセニル)等のC6〜15アリールを挙げることができる。
【0024】
本明細書において、「アルケニル」は、前記アルキルの1個以上のC−C単結合が二重結合に置換された基を意味する。好適なアルケニルは、限定するものではないが、例えばC2〜20アルケニルであり、好ましくはC2〜10アルケニルであり、より好ましくはC2〜5アルケニルである。
【0025】
本明細書において、「アルキニル」は、前記アルキルの1個以上のC−C単結合が三重結合に置換された基を意味する。好適なアルキニルは、限定するものではないが、例えばC2〜20アルキニルであり、好ましくはC2〜10アルキニルであり、より好ましくはC2〜5アルキニルである。
【0026】
本明細書において、「アラルキル」(アリールアルキル)は、前記アルキルの水素原子の1個が前記アリールに置換された基を意味する。好適なアラルキルは、限定するものではないが、例えばベンジル、1−フェネチル及び2−フェネチル等を挙げることができる。
【0027】
本明細書において、「アシル」は、式:−C(O)R(Rは、例えば前記のアルキル、アリール、アルケニル、アルキニルである)の構造を有する基を意味する。
【0028】
本明細書において、「シクロアルキル」は、特定の数の炭素原子を含む炭素環式基であり、例えばC3〜20シクロアルキルであり、好ましくはC3〜10シクロアルキルであり、より好ましくはC3〜8シクロアルキルである。
【0029】
本明細書において、「アミノ」は、−NR(式中、R及びRは、それぞれ独立して、水素、アルキル、アリール、アルケニル、アルキニル、アラルキル又はシクロアルキルである)で表される基を意味する。
【0030】
本明細書において、「アリールオキシ」は、ヒドロキシルの水素原子が、前記アリールに置換された基を意味する。好適なアリールオキシは、限定するものではないが、例えばフェノキシ、ビフェニルオキシ、ナフチルオキシ及びアントリルオキシ(アントラセニルオキシ)等のC〜C15アリールオキシを挙げることができる。
【0031】
本明細書において、「アルコキシ」は、ヒドロキシルの水素原子が、前記アルキルに置換された基を意味する。好適なアルコキシは、限定するものではないが、例えばC1〜20アルコキシであり、好ましくはC1〜10アルコキシであり、より好ましくはメトキシ、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ等のC1〜5アルコキシである
【0032】
本明細書において、「ハロ」は、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素を意味する。
【0033】
前記で説明した基は、1個若しくは複数個の置換基で置換されていてもよく、置換基としては、特に限定されずに例えば前記のアルキル、アリール、アルケニル、アルキニル、アラルキル、アシル、シクロアルキル、カルボキシル、アミノ、アリールオキシ、アルコキシ、ハロ、ヒドロキシル、ニトロ又はシアノが挙げられる。
【0034】
式(I)、(II)、(III)において、Lは、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基と吸着部位とが結合した部位である。Lは、例えばアミド結合(−CONH−)、ウレタン結合(−NHCOO−)、尿素結合(−NHCONH−)、チオ尿素結合(−NHCSNH−)、スルホンアミド結合(−SONH−)、アミドエステル結合(−COONH−)等の結合を含む部分であり、アミド結合を含む部分が好ましい。Lは、より好ましくはアミド結合と置換又は非置換アルキレン基とを含む部分であり、特に好ましくはアミド結合とC〜C非置換アルキレン基とからなる部分である。
【0035】
結合部位Lにおいて、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基と吸着部位との結合は、例えば、アミド結合、ウレタン結合、尿素結合、チオ尿素結合、スルホンアミド結合、アミドエステル結合等である。
【0036】
式(I)において、好ましくはZ〜Zの1つ、2つ又は3つは、CH、CR、CH又はCRではなく、すなわち、S、SCH、NH、NCH、O、N又はNCHであり、より好ましくはZ〜Zの1つ又は2つは、CH、CR、CH又はCRではなく、すなわち、S、SCH、NH、NCH、O、N又はNCHである。
【0037】
式(II)において、好ましくはZ〜Zのうち1つがNであり、その他はすべてCHであり、より好ましくはZ〜ZのうちZ又はZがNであり、その他はすべてCHである。式(II)において、好ましくは、Lは−CHCONH−である。この場合、結合部位−CHCONH−において、−CHCO−部分は吸着部位に由来する部分であり、−NH−部分は複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基に由来する部分である。すなわち、この基は、(吸着部位の残りの部分)−CHCONH−(複数のアミノ基を有する高分子の残りの部分)の構造である。好ましい実施形態では、式(II)において、Z〜Zのうち1つがNであり、その他はすべてCHであり、Lは−CHCONH−である。より好ましい実施形態では、式(II)において、Z〜ZのうちZ又はZがNであり、その他はすべてCHであり、Lは−CHCONH−である(吸着部位1)。
【0038】
式(III)において、好ましくはZ10はSであり、Z11〜Z14はそれぞれCHであり、Z15はNである。式(III)において、より好ましくはZ10はSであり、Z11〜Z14はそれぞれCHであり、Z15はNであり、Lは−CHCONH−(吸着部位2)若しくは−(CHCONH−(吸着部位3)である。
【0039】
吸着部位は、好ましくは式(II)又は式(III)の基であり、より好ましくは式(III)の基である。吸着部位としては、具体的には、前記の吸着部位1、2又は3が好ましく、前記の吸着部位2又は3がより好ましく、抗体吸着能が高いという観点から吸着部位2が特に好ましい。
【0040】
吸着部位は、式(I)、(II)、(III)の基に対応する化合物を複数のアミノ基を有する高分子と反応させることによって該高分子に導入できる。吸着部位は、好ましくは高分子の側鎖に導入される。吸着部位を導入するために用いられる化合物は、式(I)、(II)、(III)の基に対応する化合物であって、高分子のアミノ基と結合可能な部分を有するものであれば特に限定されない。このような化合物としては、例えばアミド結合を形成するためのカルボキシル基、アズラクトン基、イミダゾール基、シアノエステル基、エポキシ基や、アセチル基、アセトキシ基、アクリロイル基、アルコキシ基を有する化合物若しくはカルボン酸無水物、カルボン酸ハロゲン化物、尿素結合を形成するためのイソシアネート基を有する化合物、チオ尿素結合を形成するためのイソチオシアネート基を有する化合物、スルホンアミド結合を形成するための塩化スルホニル基を有する化合物、アミドエステル結合を形成するためのオキサゾリン基を有する化合物等が挙げられる。吸着部位を導入するために用いられる化合物として、具体的には、メルカプトイミダゾール、メルカプトベンゾチアゾール、メルカプトテトラゾールやメルカプトチアジアゾールが挙げられる。より具体的には、ベンゾチアゾール−2−酢酸、4−メルカプトベンゾチアゾール−2−酢酸エチル、5−メルカプトベンゾチアゾール−2−酢酸エチル、2−メルカプトチアゾール、3−(ベンゾチアゾール−2−イルチオ)プロパン−1−スルホン酸ナトリウム、2−メルカプト−6−ニトロベンゾチアゾール、3−(2−ベンゾチアゾリルチオ)プロピオン酸、2−メルカプト−1,3,4−チアジアゾール、N−メチル−2−メルカプトイミダゾール等が挙げられる。吸着部位1に対応するピリジルチオ酢酸(2−ピリジルチオ酢酸、4−ピリジルチオ酢酸)、吸着部位2に対応する2−ベンゾチアゾリルチオ酢酸、吸着部位3に対応する3−(2−ベンゾチアゾリルチオ)プロピオン酸が好ましく、2−ベンゾチアゾリルチオ酢酸及び3−(2−ベンゾチアゾリルチオ)プロピオン酸がより好ましく、2−ベンゾチアゾリルチオ酢酸が特に好ましい。
【0041】
pH応答性高分子における吸着部位の導入量は、複数のアミノ基を有する高分子中に含まれるアミノ基の官能基数に対して5%以上であれば十分であるが、吸着材の高い吸着特性の観点から、好ましくは25%以上であり、より好ましくは40%以上である。本発明において、吸着材における吸着部位の導入量は、H−NMRにて1分子あたりのpH応答性高分子内に導入された吸着部位を求め、その後担体上に固定化したpH応答性高分子量を同定すること、すなわち1分子当たりの吸着部位導入率(量)と1mL担体上に固定化されたpH応答性高分子量の積によって求められる。
【0042】
また、pH応答性高分子は、複数のアミノ基を有する高分子と、吸着部位を導入するための化合物を、高分子:吸着部位を導入するための化合物が1:0.01〜10のモル比で、好ましくは1:0.1〜5のモル比で、より好ましくは1:0.1〜2のモル比で反応させることで得られる。
【0043】
複数のアミノ基を有する高分子は、官能基として複数のアミノ基を有するもの(ポリアミン)であればよいが、アミノ基以外の他の官能基を有していてもよい。このような官能基としては、特に限定されずに、例えば、イミノ基、各種含窒素芳香族基(ピロール基、イミダゾリル基、ピリジル基、ピリミジル基、オキサゾリル基、チアゾリル基及びトリアゾリル基等)、グアニジル基、フェノール性水酸基、カルボキシル基、ボロン酸基、ホスホリル基、ホスフィニル基、シリケート基及びそれらの誘導体の基等を挙げることができる。他の官能基は、1種類のみを用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
複数のアミノ基を有する高分子は、デンドリマーであってもよい。複数のアミノ基を有する高分子としては、例えば、ポリリジン(α−ポリリジン、ε−ポリリジン)、ポリエチレンイミン(直鎖ポリエチレンイミン、分岐ポリエチレンイミン)、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、並びにそれらを部分構造として有する誘導体及び共重合体等が挙げられるが、ε−ポリリジン、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン又はそれらを部分構造として含む高分子が好ましく、より多くの吸着部位を導入できるという観点から、ε−ポリリジンがより好ましい。
【0045】
複数のアミノ基を有する高分子の重量平均分子量は、通常1000〜100000であり、好ましくは1000〜6000である。本発明において、複数のアミノ基を有する高分子の平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーによって測定した重量平均分子量をいう。
【0046】
複数のアミノ基を有する高分子と吸着部位の組み合わせとしては、吸着材の高い抗体吸着特性の観点から、ε−ポリリジン、ポリエチレンイミン又はポリアリルアミンと、前記の吸着部位1、2又は3の各組み合わせが好ましく、ε−ポリリジンと、前記の吸着部位2又は3の各組み合わせがより好ましい。
【0047】
複数のアミノ基を有する高分子への吸着部位の導入は、該高分子を担体に固定化する前及び後のいずれに行ってもよい。すなわち、吸着部位を高分子に導入し、その後、吸着部位が導入された高分子を担体に固定化してもよく、あるいは、吸着部位を有さない高分子を担体に固定化した後で、固定化した高分子に吸着部位を導入してもよい。好ましくは、高分子への吸着部位の導入は、該高分子を担体に固定化する前に行う。
【0048】
担体は、多孔質及び非多孔質のいずれの形状であってもよい。担体の形状としては、例えば、板状、ビーズ(粒子)状、不織布や織物等の繊維状、膜状、モノリス状及び中空糸状等が挙げられる。また、担体は、コアシェル構造のものであってもよい。
【0049】
担体は、例えば多糖類、合成樹脂、無機化合物及びそれらの複合材料を含む材料を有する。多糖類は、架橋された多糖類であってもよい。多糖類又は架橋された多糖類としては、例えば、アガロース、架橋アガロース、疎水化アガロース及びセルロース等が挙げられる。合成樹脂としては、例えば、アクリル樹脂(例えばポリアルキルアクリレート、ポリアルキルメタクリレート、ポリグリシジルアクリレート、ポリグリシジルメタクリレート)、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリシロキサン及びポリフッ化エチレン等が挙げられる。無機化合物としては、シリカ、金属酸化物(例えばアルミナ、チタニア、ジルコニア、酸化鉄等)、フェライト、ハイドロキシアパタイト及びシリケート等が挙げられる。担体は、多糖類、架橋された多糖類、合成樹脂、シリカ又は金属酸化物を有することが好ましく、多糖類又は架橋された多糖類を有することがより好ましい。なお、担体は、これらの材料を少なくとも担体表面に有していればよく、すなわち、担体表面が、多糖類、架橋された多糖類、合成樹脂、シリカ又は金属酸化物、好ましくは多糖類又は架橋された多糖類を有するコアシェル構造のものであってもよい。よって、担体又は担体表面が、多糖類、架橋された多糖類、合成樹脂、シリカ又は金属酸化物を有するものが好ましく、多糖類又は架橋された多糖類を有するものがより好ましい。
【0050】
担体表面は、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、エポキシ基、エステル基等の反応性基によって修飾されていてもよく、pH応答性高分子をより多く導入でき、すなわち吸着部位をより多く導入できるという観点からカルボキシル基が好ましい。また、担体表面は、pH応答性高分子以外の化合物によって修飾されていてもよい。例えば、担体表面は、抗体の非特異的な吸着を防止するブロッキングや、pH応答性高分子の配向性を制御する表面修飾や、担体の分散性又は吸着性を改質する修飾等が行われていてもよい。
【0051】
吸着材は、pH応答性高分子を担体に固定化することで製造できる。pH応答性高分子は、好ましくは、共有結合を介して担体に結合させることにより、担体に固定する。すなわち、一実施形態において、吸着材は、pH応答性高分子と担体とが共有結合を介して結合している。前記のとおり、吸着部位は、複数のアミノ基を有する高分子を担体に固定化する前及び後のいずれに導入してもよい。
【0052】
pH応答性高分子と担体が共有結合を介して結合している場合、この共有結合は、例えば、pH応答性高分子中のアミノ基等の官能基を用いて形成してもよい。この場合、共有結合を形成する担体の表面の官能基と、pH応答性高分子中の官能基との組み合わせとして、例えば、エポキシ基とアミノ基、エステル基(例えば、カルボン酸のNHSエステル)とアミノ基、アミノ基とカルボキシル基との組み合わせ等が挙げられる。共有結合の形成は、担体にpH応答性高分子の溶液又は懸濁液を接触させることで行うことができる。縮合反応により共有結合を形成する場合(例えば、アミノ基とカルボキシル基を用いる場合等)、縮合剤(例えば、DMT−MMやEDC等)の存在下で反応を行うことが好ましい。
【0053】
本発明の抗体の精製方法では、前記の吸着材を用いて抗体を精製する。本発明の抗体の精製方法は、抗体を含有するpH4〜8.5の溶液を吸着材に接触させて、抗体を吸着材に吸着させる第1工程と、吸着材をpH5〜9の溶液に接触させて、吸着材を洗浄する第2工程と、吸着材をpH7〜11の溶液に接触させて、吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収する第3工程と、吸着材をpH11〜14の溶液に接触させて、吸着材を洗浄する第4工程とを含む。本発明の方法では、第1工程〜第4工程を順番通りに含んでいればよく、その限りにおいては、付加的な工程を間に挟むことや、第1工程と第2工程を繰返し行うこと、そして第1工程から第3工程まで連続的に行い、それを繰返し行う等変法も適宜適用できる。
【0054】
一実施形態において、本発明の精製方法は、吸着材が充填されたカラムを用いて実施される。従来の強酸を利用する精製方法では、過度なpH変化によって、吸着材から脱離した抗体が凝集体を形成し、吸着材の一部がリーチングを生じ、それらが医薬品に混入することで、医薬品の副作用が高まることがあったが、本発明の方法は、マイルドなpH変化により抗体を吸着又は脱離するため、そのようなリスクは少ない。
【0055】
別の実施形態において、本発明の精製方法は、吸着材を懸濁液の状態で用いて実施される。従来の溶解度の変化を利用する温度応答性の吸着材では、温度変化によって、疎水性が増大して分散性が低下し、懸濁状態の吸着材が凝集、壁面に付着、界面に局在化等するリスクが高いが、本発明の精製方法は、温度変化に伴う溶解度の変化を抗体の吸着又は脱離に利用していないため、そのようなリスクはほぼない。
【0056】
本発明の抗体の精製方法の第1工程では、抗体を含有するpH4〜8.5の溶液を吸着材に接触させて、選択的に抗体を吸着材に吸着させる。
【0057】
抗体を含有する溶液のpHは、pH4〜8.5であり、好ましくはpH5.5〜8.5であり、より好ましくはpH6〜7.5である。本発明においては、抗体を含有する溶液のpHがpH4〜8.5の場合、pH応答性高分子の正電荷がより多い状態であり、電荷を有した部位同士の電荷反発により、pH応答性高分子の高分子主鎖は伸長した状態となり、吸着部位が溶液中に露出することで抗体をより吸着しやすい状況となり、吸着材が抗体を高い吸着量で吸着することができる。
【0058】
抗体を含有する溶液としては、抗体の安定性の観点から、体液に近い浸透圧を有する溶液を用いることが好ましい。また、吸着材の電荷の影響を受け、pHが変動することが起こり得るため、pHを所定の範囲内に維持できるように、好ましくは、抗体を含有する溶液として緩衝液を用いる。抗体を含有する溶液としては、特に限定されずに、例えばPBS緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液等の生化学で一般的に用いられる緩衝液を用いることができる。
【0059】
抗体を含有する溶液は、溶液中に存在する塩の濃度が抗体の吸着量に影響を与えることがあり得るため、通常、5mM〜1Mの低い塩濃度とする。また、抗体を含有する溶液として緩衝液を用いる場合、抗体を含有する溶液には、該緩衝液に含まれる塩以外の塩を添加しないことが好ましい。
【0060】
抗体を含有する溶液は、例えば、抗体を細胞培養によって産生することで準備することができる。細胞培養して得た抗体の溶液は、通常、抗体以外に多くのタンパク質由来夾雑物を含有しているため、本発明の精製方法を実施する前に、遠心分離等を行い、細胞の断片等大きな夾雑物を除去して用いることが好ましい。したがって、抗体を含有する溶液は、好ましくは、抗体を細胞培養して得た溶液から細胞又はその断片を除去した溶液である。
【0061】
抗体を含有する溶液は、通常0.1g/L〜20g/L、好ましくは0.2g/L〜2g/Lの抗体濃度で用いる。抗体を細胞培養して得た溶液を用いる場合、必要であれば、この範囲の濃度となるように十分に希釈して用いる。
【0062】
本発明の抗体の精製方法の第2工程では、第1工程の処理後の吸着材をpH5〜9の溶液に接触させて吸着材を洗浄する。第2工程では、第1工程において吸着材に吸着しなかった抗体、抗体の凝集体又はその断片や、吸着材と弱く相互作用して吸着した夾雑物も含めて、吸着材に吸着した夾雑物が除去される。
【0063】
第2工程で用いる溶液のpHは、pH5〜9であり、好ましくはpH6〜8.5であり、より好ましくはpH6〜8である。第2工程で用いる溶液としては、このpH範囲を満たす限りにおいて、第1工程と同じ溶液であって、抗体を含有しないものを用いてもよく、また、第1工程で用いた溶液のpHよりも大きいpHを有する溶液を用いてもよい。好ましくは、第2工程の溶液として、第1工程と同じ溶液であって、抗体を含有しないものを用いる。第2工程で用いる溶液としては、pHを所定の範囲内に維持できるように、緩衝液を用いることが好ましい。第2工程で用いる溶液としては、特に限定されずに、例えばPBS緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液等の生化学で一般的に用いられる緩衝液を用いることができる。また、抗体が吸着材から脱離することが無い条件で、第2工程の溶液のイオン強度や塩濃度を適宜選択することにより、非特異吸着成分を除去することができる。
【0064】
本発明の抗体の精製方法の第3工程では、第2工程の処理後の吸着材をpH7〜11の溶液に接触させて、吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収する。
【0065】
第3工程で用いる溶液のpHは、pH7〜11であり、好ましくはpH7.5〜10であり、より好ましくはpH8〜10である。第3工程で用いる溶液のpHは、第1工程及び第2工程で用いる溶液のpHよりも大きい。
【0066】
本発明の精製方法では、前記の吸着材を、第1工程及び第2工程で用いる溶液のpHよりも大きいpH7〜11の溶液と組み合わせることで、第3工程において抗体を高収率で回収できる。前記のとおり、第1工程及び第2工程から第3工程へと用いる溶液のpHを大きくすることにより、吸着材の電荷密度を変化させて、吸着材のpH応答性高分子のコンフォメーション変化、並びにpH応答性高分子及び抗体の電荷の変化を利用して抗体を脱離させることが可能であり、高収率で抗体を回収することができる。
【0067】
第3工程で用いる溶液は、特に限定されることなく、例えば、塩基を添加して所定のpH範囲に調整すればよい。第3工程で用いる溶液としては、pHを所定の範囲内に維持できるように、緩衝液を用いることが好ましい。第3工程で用いる溶液としては、特に限定されずに、例えば、トリス塩酸緩衝液、炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液、ホウ酸ナトリウム緩衝液、エチレンジアミン−四酢酸緩衝液等が挙げられる。
【0068】
第3工程で用いる溶液は、溶液中に存在する塩の濃度が抗体の回収率に影響を与えることがあるため、抗体の回収率の観点から、通常5mM〜250mMの低い塩濃度とする。また、第3工程で用いる溶液として緩衝液を用いる場合、該緩衝液に含まれる塩以外の塩を添加しないことが好ましい。
【0069】
第1工程及び第2工程から第3工程へと用いる溶液のpHを上昇させて吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収するが、例えば、吸着材をカラムに充填して用いる場合、pHを上昇させる方法は、直接溶出、グラジエント溶出又はステップワイズ溶出のいずれによって行ってもよい。
【0070】
本発明の抗体の精製方法の第4工程では、吸着材をpH11〜14の溶液に接触させて、吸着材を洗浄する。第4工程では、第3工程で回収できなかった抗体や夾雑物を除去して、吸着材の再生を行う。第4工程を行うことにより、吸着材を抗体の精製に再利用できる。
【0071】
第4工程で用いる溶液のpHは、pH11〜14であり、好ましくはpH12〜14であり、より好ましくはpH12〜13である。第4工程で用いる溶液のpHは、第3工程で用いる溶液のpHよりも大きい。
【0072】
第4工程で用いる溶液としては、特に限定されずに、例えば、水酸化ナトリウム溶液等が挙げられる。
【0073】
前記のようにして精製された抗体は、例えば、ウイルス除去工程、濃縮・液交換工程、製剤化工程にさらに供することにより、医薬品として利用可能となる。
【0074】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0075】
1.pH応答性高分子の合成
<pH応答性高分子1>
複数のアミノ基を有する高分子としてε−ポリリジン(EPL)を用い、吸着部位としてメルカプトベンゾチアゾール酢酸(MBTA、2−ベンゾチアゾリルチオ酢酸)を導入した。なおMBTAは、下記構造を有する、抗体吸着能を有するチオフィリック系の化合物である。
【0076】
【化2】
【0077】
EPL(一丸ファルコス社製、ポリリジン10)の水/DMF溶液にMBTA(0.5当量)及び脱水縮合剤の4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロリド(DMT−MM)(1.2当量)を加え、室温で3時間撹拌し、EPLのアミノ基とMBTAのカルボキシル基との反応によりアミド結合を形成することで、EPLにMBTAを導入した。得られた反応液に塩酸を加えて酸性とし、THFにより透析し、生じた沈殿を濾別した後に凍結乾燥することでpH応答性高分子1を固体として得た。
【0078】
<pH応答性高分子2>
複数のアミノ基を有する高分子としてε−ポリリジン(EPL)を用い、吸着部位としてメルカプトベンゾチアゾールプロパン酸(MBT、3−(2−ベンゾチアゾリルチオ)プロピオン酸)を導入した。なお、MBTは、下記構造を有する、抗体吸着能を有するチオフィリック系の化合物である。
【0079】
【化3】
【0080】
EPLの水/DMF溶液にMBT(0.5当量)及びDMT−MM(1.2当量)を加え、室温で3時間撹拌し、EPLのアミノ基とMBTのカルボキシル基との反応によりアミド結合を形成することで、EPLにMBTを導入した。得られた反応液に塩酸を加えて酸性とし、THFにより透析し、生じた沈殿を濾別した後に凍結乾燥することでpH応答性高分子2を固体として得た。
【0081】
<pH応答性高分子1、2の化学組成評価>
pH応答性高分子1、2について、その組成及び吸着部位導入率を以下の表1に示す。表1において、吸着部位については、吸着部位の導入に用いた原料化合物を記載している。吸着部位導入率は、複数のアミノ基を有する高分子のアミノ基量に対し吸着部位により占有された割合を示し、H−NMR測定によって求めた。
【0082】
【表1】
【0083】
2.吸着材の調製
<実施例1の吸着材>
THF/水混合溶液を溶媒として適用し、pH応答性高分子1の1重量%溶液を調製した。このpH応答性高分子1の溶液と、カルボキシル基を表面に有するセファロース(架橋アガロース)担体(GEヘルスケア社製、CM Sepharose 4 Fast Flow)とDMT−MM(10当量)とから得られた懸濁液を室温で一晩振盪させ、THF/水混合溶媒にて洗浄し、pH応答性高分子1が担体に固定化された実施例1の吸着材を得た。
【0084】
<実施例2の吸着材>
pH応答性高分子1に代えてpH応答性高分子2を用いた以外は実施例1と同様にして、pH応答性高分子2が担体に固定化された実施例2の吸着材を得た。
【0085】
<比較例1の吸着材>
低分子リガンドとして広く用いられている4−ピリジルチオ基がエチレンジアミン(EDA)を介して担体に固定化された比較例1の吸着材を調製した。具体的には、溶媒として水を適用し、エチレンジアミン(10当量)とカルボキシル基を表面に有するセファロース(架橋アガロース)担体(GEヘルスケア社製、CM Sepharose 4 Fast Flow)、そして縮合剤としてDMT−MM(1当量)を混合し、エチレンジアミンを担体上に導入した。その後、水で担体を洗浄し、未反応のエチレンジアミンを除去した。次に、エチレンジアミンを固定化した担体をTHF/水混合溶媒に分散させた後、(4−ピリジルチオ)酢酸(PyS)(10当量)とDMT−MM(10当量)を混合し、終夜攪拌した。反応後、THF/水混合溶媒で洗浄し、担体上に固定化されたEDAにPySが導入された比較例1の吸着材を得た。なお、PySは以下の構造を有する。
【0086】
【化4】
【0087】
実施例1、2及び比較例1の吸着材における担体の種類、pH応答性高分子の組成及び担体に固定化されたpH応答性高分子の量(pH応答性高分子の固定化容量)を表2に示す。表2において、吸着部位については、吸着部位の導入に用いた原料化合物を記載している。また、固定化容量は、担体上へpH応答性高分子を固定化させた際の反応溶液、及び担体の洗浄溶液をそれぞれ高速液体クロマトグラフィーにより分析し、初期投入したpH応答性高分子量から各工程で検出されたpH応答性高分子量を差し引くことで決定した。
【0088】
【表2】
【0089】
3.評価
<試験例1>
第1工程の溶液条件における実施例1、2及び比較例1の吸着材の抗体吸着能を評価した。具体的には、1mLの実施例1、2及び比較例1の吸着材をそれぞれカラムに充填し、1重量%の所定のヒトIgGを含むpH7.4の中性のPBS緩衝液(リン酸30mM、塩化ナトリウム150mM)を5mL通液し、カラムから溶出される溶液内のヒトIgG濃度をモニタリングし、溶液中の濃度減少分から各吸着材への抗体吸着量を算出した。ここでいう抗体吸着量とは、吸着材への静的な抗体吸着量を意味し、吸着材1mL当たりの抗体の吸着量(mg)で表す。
【0090】
また、1mLの実施例1、2及び比較例1の吸着材をそれぞれカラムに充填し、1重量%の所定のヒトIgGを含むpH5.5の弱酸性の酢酸緩衝液(20mM)を5mL通液し、抗体吸着量を前記と同様にして測定した。
【0091】
実施例1、2及び比較例1の吸着材について、抗体吸着量の測定結果を表3に示す。
【0092】
【表3】
【0093】
表3に示すとおり、実施例1及び2の吸着材はいずれも、抗体含有溶液のpHが弱酸性から中性の領域で、該抗体含有溶液中に含まれる抗体の全量に対して70%以上の高い吸着量で抗体を吸着することが分かった。一方、比較例1の吸着材の場合、実施例1及び2の吸着材とはpHに対する抗体の吸着挙動が異なり、中性から弱塩基性のpH領域で抗体を多く吸着し、弱酸性領域では抗体を殆んど吸着しないことが分かった。
【0094】
前記のとおり、実施例1及び2の吸着材は、比較例1の吸着材と比較して、弱酸性から中性のpH領域における抗体吸着量に明らかな差が見られたが、この違いが得られた理由として、まず1つめは吸着部位自身の抗体吸着能の違いから吸着量変化が見られたと考えられる。また、2つめとして比較例1の吸着材では担体と吸着部位をエチレンジアミンを介して固定化している。実施例1及び2の吸着材では、吸着部位を高分子に導入し、それを担体に固定化しているため、比較例1の吸着材と比較して担体上での立体構造がより嵩高くなったため、抗体吸着量が大きくなったと考えられる。
【0095】
<試験例2>
吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収する第3工程に関し、検討した。具体的には、実施例1、2及び比較例1の各吸着材を充填したカラムを用いて評価した。1重量%の所定のヒトIgGを含むpH7.4のPBS緩衝液(リン酸30mM、塩化ナトリウム150mM)5mLをそれぞれカラムに通液し、カラムから溶出される溶液内のヒトIgG濃度をモニタリングし、溶液中の濃度減少分から各吸着材への抗体吸着量を算出した。その後、pH7.4のPBS緩衝液25mLを通液してカラムを洗浄した。回収用の溶液として、100mMのpH8.7の弱塩基性の炭酸水素ナトリウム−炭酸ナトリウム緩衝液及び100mMのpH9.5の弱塩基性の炭酸水素ナトリウム−炭酸ナトリウム緩衝液の2種を用いて、カラム内の吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収した。その際、溶出した抗体量が分かるため、吸着材に吸着した抗体量と回収した抗体量から回収率を、以下の式(1):回収率(%)=抗体回収量(mg・mL−1)/抗体吸着量(mg・mL−1)×100に基づき算出した。結果を表4に示す。
【0096】
【表4】
【0097】
表4に示すとおり、実施例1及び2の吸着材ではpH8.7以上の溶液条件で抗体を90%以上回収できることが分かった。一方、比較例1の吸着材ではpH8.7以上の溶液条件では抗体を殆んど脱離せず、回収率は6%以下であった。実施例1及び2の吸着材は、溶液pHを、第1工程及び第2工程の中性領域から第3工程の弱塩基性領域へと上昇させることで、吸着材のpH応答性高分子のコンフォメーション、並びにpH応答性高分子及び抗体の電荷が変化し、抗体を高い回収率で回収できたと考えられる。また、吸着材の抗体の吸着及び脱離のメカニズムを考えると、第3工程で用いる溶液のpHは第1工程及び第2工程のpHよりも大きいことが必要であると考えられる。
【0098】
<試験例3>
第3工程で用いる溶液の塩濃度が抗体回収に与える影響を評価した。具体的には、実施例1、2及び比較例1の各吸着材を充填したカラムを用いて評価した。1重量%の所定のヒトIgGを含むpH7.4のPBS緩衝液(リン酸30mM、塩化ナトリウム150mM)5mLをそれぞれカラムに通液し、カラムから溶出される溶液内のヒトIgG濃度をモニタリングし、溶液中の濃度減少分から各吸着材への抗体吸着量を算出した。その後、pH7.4のPBS緩衝液25mLを通液してカラムを洗浄した。回収用の溶液として、NaCl無添加(NaCl濃度0mM)又はNaCl添加(NaCl濃度20mM)の100mMのpH8.7の弱塩基性の炭酸水素ナトリウム−炭酸ナトリウム緩衝液2種を用いた。抗体の回収率は、試験例2と同様にして前記の式(1)を用いて算出した。結果を表5に示す。
【0099】
【表5】
【0100】
表5に示すとおり、実施例1及び2の吸着材ではpH8.7の弱塩基性溶液条件で、塩化ナトリウムを炭酸水素ナトリウム−炭酸ナトリウム緩衝液にさらに添加しないことで、抗体を90%以上の回収率で回収できることが分かった。一方、比較例1の吸着材では、pH8.7の弱塩基性溶液条件で、塩化ナトリウムの添加の有無に関わらず抗体の回収率は<10%程度と低い値を示した。実施例1及び2の吸着材は、塩化ナトリウムの添加による塩濃度の増加に伴いpH応答性高分子の疎水度が高まり、抗体の回収率がやや低下したと推測される。
【0101】
<試験例4>
吸着材を洗浄し、カラムを再生する第4工程に関し検討した。具体的には、実施例1、2及び比較例1の各吸着材を充填したカラムを用いて評価した。1重量%の所定のヒトIgGを含むpH7.4のPBS緩衝液(リン酸30mM、塩化ナトリウム150mM)5mLをそれぞれカラムに通液し、カラムから溶出される溶液内のヒトIgG濃度をモニタリングし、溶液中の濃度減少分から各吸着材への抗体吸着量を算出した。その後、pH7.4のPBS緩衝液25mLを通液してカラムを洗浄した。100mMのpH8.7の弱塩基性の炭酸水素ナトリウム−炭酸ナトリウム緩衝液を用いて、吸着材に吸着した抗体を脱離させ、回収した。抗体の回収率を試験例2と同様にして前記の式(1)を用いて算出した。最後に、0.1MのpH12の塩基性の水酸化ナトリウム溶液5mLをカラムへ通液することで、カラムに残存する抗体を除去した。この工程で回収した抗体を定量し、抗体吸着量に対する回収した抗体の割合をカラム再生画分(%)として算出した。カラム再生画分は、以下の式(2):カラム再生画分(%)=抗体回収量(mg・mL−1)/抗体吸着量(mg・mL−1)×100で求められる。結果を表6に示す。
【0102】
【表6】
【0103】
表6に示すとおり、実施例1及び2の吸着材ではpH12の水酸化ナトリウム溶液でカラムを洗浄することでカラムを約98%以上再生できることが分かった。また、比較例1の吸着材も同様に、pH12の水酸化ナトリウム溶液でカラムを洗浄するとカラムを97%再生できたが、前記のとおり、比較例1の吸着材は抗体回収率が非常に低かった。以上の結果から、実施例1及び2の吸着材は、再生し繰り返し利用可能であることが分かった。
【0104】
本明細書に列挙した本発明の態様は単なる典型例としてのものであり、これらの総ての変更及び改質は、添付の請求の範囲によって定義されるように、本発明の範囲内にあることを意図するものである。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明によれば、抗体医薬品の低コスト製造、且つ生産性向上をかなえる、即ち抗体の回収率向上をかなえる、低分子化合物を用いた吸着材による抗体の精製方法を可能にする。従って、従来治療が困難であったリュウマチや癌治療等に用いる治療用抗体はもちろん、分析、試験で用いられる生化学試薬や臨床検査試薬中の抗体をも含めて高効率に生産、提供が可能となるため、医療技術の進歩に大きく貢献できる。
【符号の説明】
【0106】
10 吸着材
1 pH応答性高分子
2 複数のアミノ基を有する高分子
3 吸着部位
4 抗体
5 担体
図1