特許第6932268号(P6932268)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6932268圧電デバイスおよび圧電デバイスの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6932268
(24)【登録日】2021年8月19日
(45)【発行日】2021年9月8日
(54)【発明の名称】圧電デバイスおよび圧電デバイスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20210826BHJP
   H01L 41/09 20060101ALI20210826BHJP
   H01L 41/113 20060101ALI20210826BHJP
   H01L 41/39 20130101ALI20210826BHJP
   B81B 3/00 20060101ALI20210826BHJP
   B81C 1/00 20060101ALI20210826BHJP
【FI】
   H01L41/187
   H01L41/09
   H01L41/113
   H01L41/39
   B81B3/00
   B81C1/00
【請求項の数】14
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2020-540173(P2020-540173)
(86)(22)【出願日】2019年7月30日
(86)【国際出願番号】JP2019029890
(87)【国際公開番号】WO2020044919
(87)【国際公開日】20200305
【審査請求日】2020年10月21日
(31)【優先権主張番号】特願2018-161453(P2018-161453)
(32)【優先日】2018年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新川 高見
(72)【発明者】
【氏名】直野 崇幸
【審査官】 西出 隆二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−322870(JP,A)
【文献】 特開2016−92089(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/162999(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187
H01L 41/09
H01L 41/113
H01L 41/39
B81B 3/00
B81C 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の圧電膜領域と該第1の圧電膜領域と接触する第1の電極とを備えた第1の圧電素子部と、第2の圧電膜領域と該第2の圧電膜領域と接触する第2の電極とを備えた第2の圧電素子部とが一つの構造体に支持されてなり、
前記第1の圧電膜領域と前記第2の圧電膜領域とは、チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物を主成分とする同一のカチオン比を有し、
第1の圧電膜領域と前記第2の圧電膜領域とは互いに異なる圧電特性を有し、前記第1の圧電膜領域は、前記第2の圧電膜領域よりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい圧電デバイス。
【請求項2】
前記第1の圧電膜領域と前記第2の圧電膜領域は、連続的な一枚の圧電膜の異なる領域である請求項1に記載の圧電デバイス。
【請求項3】
前記構造体が平坦面を有し、該平坦面に前記連続的な一枚の圧電膜を有する請求項2に記載の圧電デバイス。
【請求項4】
前記第1の圧電膜領域は、第1の圧電膜に設けられており、前記第2の圧電膜領域は、前記第1の圧電膜と離隔して備えられた第2の圧電膜に設けられている請求項1に記載の圧電デバイス。
【請求項5】
前記構造体が、法線方向が共通である2つの面を有し、該2つの面のうちの一方の面に前記第1の圧電素子部を、他方の面に前記第2の圧電素子部を備えた請求項1または4に記載の圧電デバイス。
【請求項6】
前記第1の圧電膜領域を挟んで前記第1の電極と対向する第3の電極、および前記第2の圧電膜領域を挟んで前記第2の電極と対向する第の電極を備えた、または前記第1の圧電膜領域を挟んで前記第1の電極と対向する第1の電極領域、および前記第2の圧電膜領域を挟んで前記第2の電極と対向する第2の電極領域を有する共通電極を備えた請求項1から5のいずれか1項に記載の圧電デバイス。
【請求項7】
前記第1の圧電素子部をセンサとして、前記第2の圧電素子部をアクチュエータとして機能させる回路を備えた請求項1から6のいずれか1項に記載の圧電デバイス。
【請求項8】
前記第1の圧電膜領域および前記第2の圧電膜領域は、それぞれ強誘電ヒステリシス特性を有し、2つの抗電界を有し、前記第1の圧電膜領域における正側抗電界および負側抗電界が、同一極性である請求項1から7のいずれか1項に記載の圧電デバイス。
【請求項9】
前記第1の圧電膜領域におけるバイアス電圧に対する圧電定数の変化率が、前記第2の圧電膜領域におけるバイアス電圧に対する圧電定数の変化率よりも小さい請求項1から8のいずれか1項に記載の圧電デバイス。
【請求項10】
前記チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物が、
Pb(Zr,Ti,D1−y−z)O
で表され、
前記D元素が、V、Nb、Ta、Sb、MoおよびWの少なくとも1種である請求項1から9のいずれか1項に記載の圧電デバイス。
【請求項11】
前記D元素が、Nbである請求項10に記載の圧電デバイス。
【請求項12】
基板上に、チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物の薄膜からなる圧電膜を成膜し、
還元雰囲気中において、前記圧電膜の第1の領域および第2の領域のうちの少なくとも前記第1の領域に対して、波長230nm以下の電磁波を照射することにより、前記第1の領域および前記第2の領域における圧電特性に差を設け、前記第1の領域を、前記第2の領域よりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい領域とする圧電デバイスの製造方法。
【請求項13】
前記第1の領域および前記第2の領域の両方に前記電磁波を照射する場合は、前記第1の領域への照射量を前記第2の領域への照射量より多くする請求項12に記載の圧電デバイスの製造方法。
【請求項14】
前記電磁波を190nm以下の波長とする請求項12または13に記載の圧電デバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電薄膜を備えた圧電デバイスおよび製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、圧電膜を成膜する技術の進展から、圧電薄膜デバイスへ注目が集まっている。特に、シリコン(Si)の微細加工技術と組み合わせた圧電MEMS(Micro Electro Mechanical System)デバイスは注目を集めている。例えば、マイクロスキャナは、小型かつ低消費電力であることから、レーザープロジェクタから光干渉断層計のような光診断用スキャナなど、幅広い応用が期待されている。また、圧電ジャイロセンサは、静電MEMS型のジャイロセンサと比較し、低消費電力が期待されている。
【0003】
高い圧電性能を有する圧電膜の開発が進められており、例えば、特開2010−84180号公報(以下において、特許文献1)では、チタン酸ジルコン酸鉛の組成を精密にコントロールすることで分極―電界特性を示すヒステリシスカーブにおける2つの抗電界を共に正電界側とした圧電膜を実現している。また、特許第4114363号公報(以下において、特許文献2)では、ジルコニウム濃度の異なるチタン酸ジルコン酸鉛を積層させることで、2つの抗電界を同極性にする手法が提案されている。これらの文献においては、2つの抗電界を同極性とすることにより、1つの極性で駆動電圧した場合に圧電アクチュエータとして大きな変位量が得られるため好ましいとされている。
【0004】
また、圧電膜の作製方法として、特開2002−329844号公報(以下において、特許文献3)および特開2017−45992号公報(以下において、特許文献4)には、結晶化していないチタン酸ジルコン酸鉛前駆体に対し、温度のかわりに紫外線などのエネルギー線を照射して結晶化する技術が提案されている。
【0005】
ところで、圧電デバイスとしては、インクジェットヘッドのようなアクチュエータ単体として用いるデバイス、あるいは、加速度ピックアップのようにセンサ単体として用いるデバイスの他、アクチュエータおよびセンサ双方の機能を有するデバイスもある。例えば、ジャイロセンサにおいて、圧電デバイスはアクチュエータとして振動を発生させ、センサ電極で力学的な変化を検出する。また、マイクロスキャナで用いるMEMSミラーデバイスにおいて、圧電デバイスは、アクチュエータとしてミラーを駆動させながら、センサ電極でミラーの角度を検出する。また、圧電トランスや圧電フィルタにおいては、圧電デバイスは入力電気信号をアクチュエータ機能で機械振動に変え、励起された機械振動をセンサ電極にて再度電気信号に変換する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなアクチュエータおよびセンサ双方の機能を有する圧電MEMSデバイスは、例えば、共通の圧電膜に対して、アクチュエータ用の電極とセンサ用の電極を備えて構成される。
【0007】
しかしながら、圧電膜において、アクチュエータ用として高い性能とセンサ用として高い性能とは、同一ではない。具体的には、アクチュエータとしては、一般には印加電圧に対する変位量が大きいことが望ましく、すなわち圧電定数が大きいことが望ましい。一方、センサとしては、センサノイズが小さいことが好ましく、誘電損失tanδが小さいことが望ましい。チタン酸ジルコン酸鉛などの圧電材料では、自発分極方向の電圧に応じて圧電体が変位する圧電効果(通常の電界誘起圧電歪)の他に、違う方向を向いている自発分極軸が電圧方向に向き直るドメイン回転(例えば正方晶では90°ドメイン回転)することにより高い圧電性(ここでは、大きな圧電定数)が得られると考えられる。すなわち、分極のゆらぎ成分が存在することにより、より高い圧電性が得られると考えられる。一方、圧電分極のゆらぎが誘電損失tanδとなり、センサノイズ源となるため、センサノイズを低減させるためには分極のゆらぎ成分を低減させることが好ましい。
【0008】
このように、分極のゆらぎ成分が存在すると誘電損失が大きくなり、センサとしての性能は低くなる、一方、分極のゆらぎ成分を抑制し、センサとしての性能を高めようとすると、ドメイン回転成分が少なくなるために、圧電定数が低下すると考えられる。すなわち、圧電膜はセンサ性能を高めようとするとアクチュエータ性能が低下するという問題がある。
【0009】
特許文献1、2に記載のように、例えば、圧電膜の組成を厳密に制御することにより、圧電特性を制御することができる。しかしながら、微小サイズのデバイスにおいて1つのデバイス中に互いに異なる圧電性能を有する2以上の圧電膜を作り込むことは困難である。
【0010】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、互いに異なる圧電性能を有する2以上の圧電素子部を備えた、製造容易な圧電デバイスおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するための具体的手段には、以下の態様が含まれる。
<1>第1の圧電膜領域とその第1の圧電膜領域と接触する第1の電極とを備えた第1の圧電素子部と、第2の圧電膜領域と第2の圧電膜領域と接触する第2の電極とを備えた第2の圧電素子部とが一つの構造体に支持されてなり、
第1の圧電膜領域と上記第2の圧電膜領域とは、チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物を主成分とする同一のカチオン比を有し、
第1の圧電膜領域と上記第2の圧電膜領域とは互いに異なる圧電特性を有し、上記第1の圧電膜領域は、上記第2の圧電膜領域よりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい圧電デバイス。
<2>第1の圧電膜領域と上記第2の圧電膜領域は、連続的な一枚の圧電膜の異なる領域である<1>に記載の圧電デバイス。
<3> 上記構造体が平坦面を有し、その平坦面に上記連続的な一枚の圧電膜を有する<2>に記載の圧電デバイス。
<4> 上記第1の圧電膜領域は、第1の圧電膜に設けられており、上記第2の圧電膜領域は、上記第1の圧電膜と離隔して備えられた第2の圧電膜に設けられている<1>に記載の圧電デバイス。
<5> 上記構造体が、法線方向が共通である2つの面を有し、その2つの面のうちの一方の面に上記第1の圧電素子部を、他方の面に上記第2の圧電素子部を備えた<1>または<4>に記載の圧電デバイス。
<6> 上記第1の圧電膜領域を挟んで上記第1の電極と対向する第3の電極、および上記第2の圧電膜領域を挟んで上記第2の電極と対向する第3の電極を備えた、または上記第1の圧電膜領域を挟んで上記第1の電極と対向する第1の領域、および上記第2の圧電膜領域を挟んで上記第2の電極と対向する第2の電極領域を有する共通電極を備えた<1>から<5>のいずれか1つに記載の圧電デバイス。
<7> 上記第1の圧電素子部をセンサとして、上記第2の圧電素子部をアクチュエータとして機能させる回路を備えた<1>から<6>のいずれか1つに記載の圧電デバイス。
<8> 上記第1の圧電膜領域および上記第2の圧電膜領域は、それぞれ強誘電ヒステリシス特性を有し、2つの抗電界を有し、上記第1の圧電膜領域における正側抗電界および負側抗電界が、同一極性である<1>から<7>のいずれか1つに記載の圧電デバイス。
<9> 上記第1の圧電膜領域におけるバイアス電圧に対する圧電定数の変化率が、上記第2の圧電膜領域におけるバイアス電圧に対する圧電定数の変化率よりも小さい<1>から<8>のいずれか1つに記載の圧電デバイス。
<10> 上記チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物が、
Pb(Zr,Ti,D1−y−z)O
で表され、
上記D元素が、V、Nb、Ta、Sb、MoおよびWの少なくとも1種である<1>から<9>のいずれか1つに記載の圧電デバイス。
<11> 上記D元素が、Nbである<10>に記載の圧電デバイス。
<12> 基板上に、チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物の薄膜からなる圧電膜を成膜し、
還元雰囲気中において、上記圧電膜の第1の領域および第2の領域のうちの少なくとも上記第1の領域に対して、波長230nm以下の電磁波を照射することにより、上記第1の領域および上記第2の領域における圧電特性に差を設け、上記第1の領域を、上記第2の領域よりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい領域とする圧電デバイスの製造方法。
<13> 上記第1の領域および上記第2の領域の両方に上記電磁波を照射する場合は、上記第1の領域への照射量を上記第2の領域への照射量をより多くする<12>に記載の圧電デバイスの製造方法。
<14> 上記電磁波を190nm以下の波長とする<12>または<13>に記載の圧電デバイスの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、異なる圧電性能を有する2以上の圧電素子部を有する、容易に製造可能な圧電デバイスおよびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の第1の実施形態の圧電デバイスの斜視図である。
図2図1の圧電デバイスのII-II断面図である。
図3】第1の圧電素子部と第2の圧電素子部の特性の違いを示すヒステリシス特性を示す図である。
図4】駆動回路および検出回路を備えた圧電デバイスの概略構成を示す図である。
図5】設計変更例1の圧電デバイスの断面図である。
図6】設計変更例2の圧電デバイスの断面図である。
図7】第2の実施形態の圧電デバイスの断面図である。
図8】圧電デバイスの製造工程の一例を示す図である。
図9】サンプルについて分極−電圧ヒステリシスを示す図である。
図10】サンプルについて圧電定数のバイアス電圧依存性を示す図である。
図11図10について、縦軸をバイアス電圧−0.5Vの圧電定数で規格化して示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本開示の一実施形態の圧電デバイスは、第1の圧電膜領域と第1の圧電膜領域と接触する第1の電極とを備えた第1の圧電素子部と、第2の圧電膜領域と第2の圧電膜領域と接触する第2の電極とを備えた第2の圧電素子部とが一つの構造体に支持されてなる。第1の圧電膜領域と第2の圧電膜領域とは、チタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物を主成分とする同一のカチオン比を有する。また、第1の圧電膜領域と第2の圧電膜領域とは互いに異なる圧電特性を有し、第1の圧電膜領域は、第2の圧電膜領域よりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい。
【0015】
以下、図面を参照して具体的な実施形態について詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る圧電デバイス1であるカンチレバーの斜視図であり、図2図1のII-II線端面図である。なお、視認容易のため、各層の膜厚やそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の膜厚や比率を反映したものではない。以下の図面において同様とする。
【0016】
本実施形態に係る圧電デバイス1は、一つの構造体10上に第1の圧電素子部11と第2の圧電素子部12とが支持されてなる。ここでは、第2の圧電素子部12が2つ、第1の圧電素子部11が1つ、構造体10の長手方向に互いに平行に備えられている。第2の圧電素子部12はアクチュエータとして機能して振動を発生させる。他方、第1の圧電素子部11はセンサとして機能して振動を検出する。圧電デバイス、特には圧電MEMSデバイスのサイズとしては、例えば、長さおよび幅として、100μm〜10mm程度が一般的であるが、これよりも小さい構造でも大きい構造でもよく、特に制限されるものではない。また、厚みについても、10μm〜1mm程度が一般的であるが、作製できる範囲であればよく、特に制限されるものではない。
【0017】
構造体10は、例えば、平坦面10aを有する基板(以下において、基板10とする。)である。なお、ここで、平坦面とは、段差を有しておらず、その面に対して薄膜を形成した場合に膜が連続的な一枚の膜状に形成される程度に平らな面であることを意味する。
【0018】
圧電デバイス1は、基板10の平坦面10aに、下部電極としての共通電極22を備え、共通電極22上に連続的に形成された連続的な1枚の圧電膜24を備えている。圧電膜24には、第1の圧電膜領域24aと第2の圧電膜領域24bとが設けられている。すなわち、第1の圧電膜領域24aおよび第2の圧電膜領域24bは、連続的な一枚の圧電膜24の互いに異なる領域である。そして、第1の圧電膜領域24aおよび第2の圧電膜領域24b上には、それぞれに上部電極としての第1の電極26aおよび第2の電極26bが備えられている。
【0019】
すなわち、第1の圧電素子部11は、第1の圧電膜領域24aと第1の圧電膜領域24aと接触する、上部電極である第1の電極26aと、第1の圧電膜領域24aを挟んで第1の電極26aと対向する、下部電極である共通電極22の第1の電極領域22aとから構成されている。そして、第2の圧電素子部12は、第2の圧電膜領域24bと第2の圧電膜領域24bと接触する、上部電極である第2の電極26bと、第2の圧電膜領域24aを挟んで第2の電極26bと対向する、下部電極である共通電極22の第2の電極領域22bとから構成されている。
【0020】
なお、下部電極および上部電極における下部および上部は、鉛直方向における上下を意味するものではなく、圧電膜の基板側の電極を下部電極、圧電膜を挟んで下部電極と対向する電極を上部電極と称しているに過ぎない。
【0021】
圧電膜24は、一枚膜として形成されたものであり、すなわち、第1の圧電膜領域24aと第2の圧電膜領域24bとは、同一原料を用い同一条件にて成膜された圧電膜の一部である。そのため、第1の圧電膜領域24aと第2の圧電膜領域24bとはチタン酸ジルコン酸鉛系のペロブスカイト型酸化物を主成分とする同一のカチオン比を有している。ここで、カチオン比に関して、成膜時における製造誤差は同一の範囲に含まれる。後述するペロブスカイト型構造におけるAサイトおよびBサイトを構成する各元素について、Bサイト元素のモル比の和を1として規格化した各元素のモル比(以下において「規格化モル比」という。)が、第2の圧電膜領域における同一元素の規格化モル比の±3%以内であれば同一の範囲と看做すこととする。
【0022】
なお、圧電膜24は一枚膜として形成されたものであることから、通常は膜厚も同一(ここでは、第2の圧電膜領域の膜厚を基準に±3%の範囲を同一とする。)である。しかしながら、膜厚は、成膜後にエッチングによって適宜調整することができる。したがって、各領域の用途によって、圧電膜領域24a、24bの一方もしくは両方の膜厚がエッチングされ、第1の圧電膜領域24aと第2の圧電膜領域24bとが異なる膜厚を有する構成とされていてもよい。
【0023】
第1の圧電膜領域24aと第2の圧電膜領域24bとは、互いに異なる圧電特性を有する。そして、第1の圧電膜領域24aは、第2の圧電膜領域24bよりも圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδが小さい。以下において、圧電定数d31の大小はその絶対値の大小である。
【0024】
第1の圧電膜領域24aおよび第2の圧電膜領域24bのそれぞれの分極−電界特性のヒステリシスカーブの一例を図3に示す。図3において、第1の圧電膜領域24aのヒステリシスカーブを破線a、第2の圧電膜領域24bのヒステリシスカーブを実線bで示している。
【0025】
図3に示すように、第1の圧電膜領域24aの2つの抗電界Ec11およびEc12は、同一極性であり、いずれも正電界側に位置している。ここで、2つの抗電界Ec11およびEc12のうち、図中右側の抗電界Ec11が正側抗電界であり、図中左側抗電界Ec12が負側抗電界である。そのため、センサとして使用される電界0の近傍において、履歴が小さい、あるいは履歴のない分極−電界特性を示している。これは、電界0の近傍において分極のゆらぎがない状態であり、誘電損失tanδが小さいことを意味する。一方、第2の圧電膜領域24bの2つの抗電界Ec21およびEc22は、電界0を挟み正電界側および負電界側に位置している。ここで、2つの抗電界Ec21およびEc22のうち、図中右側の抗電界Ec21が正側抗電界であり、図中左側抗電界Ec22が負側抗電界である。しかし、圧電定数d31は、第2の圧電膜領域24bの方が第1の圧電膜領域24aよりも大きい。
【0026】
したがって、第1の圧電素子部11はセンサに適し、第2の圧電素子部12はアクチュエータに適する。圧電デバイス1において、第1の圧電素子部11をセンサとして、第2の圧電素子部をアクチュエータとして用いる場合、図4に示すように、第1の圧電素子部11は検出回路51に接続されており、第2の圧電素子部12は駆動回路52に接続されていればよい。検出回路51および駆動回路52は公知の回路構成を適宜用いることができる。
【0027】
圧電定数d31は、I. Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い測定する値で評価できる。第1の圧電膜領域の圧電定数d31と第2の圧電膜領域の圧電定数d31はその絶対値に、10%以上の差があれば異なっているとみなす。ここで、圧電定数の差を求める際には、第2の圧電膜領域の圧電定数d31を基準とする。
【0028】
誘電損失(tanδ)は、上部および下部電極間のインピーダンス測定により取得できる。第1の圧電膜領域の誘電損失と第2の圧電膜領域の誘電損失は、10%以上の差があれば、特性が異なっているとみなす。ここで、誘電損失の差を求める際には、第2の圧電膜領域の誘電損失を基準とする。
【0029】
なお、第1の圧電膜領域および第2の圧電膜領域は連続した一枚の圧電膜の各領域でなくてもよい。図5に示す設計変更例1の圧電デバイス2のように、第1の圧電膜領域24aは第1の圧電膜124に設けられ、第2の圧電膜領域24aは第1の圧電膜124と離隔して備えられた第2の圧電膜224に設けられていてもよい。第1の圧電膜124と第2の圧電膜224とは、同時に成膜された膜であり、カチオン比は同一である。第1の圧電膜124と第2の圧電膜224とは、例えば、それぞれの領域に開口を有するマスクを用いて成膜されたものであってもよいし、一枚の膜として成膜された後に、エッチング等により分割されたものであってもよい。
【0030】
また、上述の圧電デバイス1においては、下部電極を共通電極22としているが、下部電極は個別電極であってもよく、下部電極が個別電極である場合には、上部電極を共通電極として構成することもできる。すなわち、下部電極および上部電極のうち、少なくとも一方が個別電極であればよく、下部電極および上部電極が共に個別電極であってもよい。
【0031】
また、構造体としては、表面が平坦面であるものに限らず、表面に段差を有するものであってもよく、図6に示す設計変更例2の圧電デバイス3の構造体110ように、法線方向が共通である2つ以上の面110aおよび110bを有するものであってもよい。この場合、1つの面110aに第1の圧電素子部11を備え、他の1つの面110bに第2の圧電素子部12を備えた構成とすることができる。
【0032】
図6に示す圧電デバイス3においては、第1の圧電素子部11は、第1の圧電膜領域24aと、上部電極である第1の電極26aと、第1の圧電膜領域24aを挟んで第1の電極26aと対向する、下部電極である第3の電極122aを備えてなる。また、第2の圧電素子部12は、第2の圧電膜領域24bと、上部電極である第2の電極26bと、第1の圧電膜領域24bを挟んで第2の電極26bと対向する、下部電極である第4の電極122bを備えてなる。構造体110のように段差を有する表面に対して、下部電極、圧電膜および上部電極を順次成膜することによって、結果として、下部電極が面110aおよび面110bのそれぞれに第3の電極122aおよび第4の電極122bの個別電極として、段差を有して形成され、第1の圧電素子部11と第2の圧電素子部12の対応する電極ある圧電膜の位置に段差が形成されたものであってもよい。また、第3の電極122aと第4の電極122bとは、例えば、それぞれの領域に開口を有するマスクを用いて、成膜されたものであってもよいし、一枚の膜として成膜された後の工程においてエッチング等により分割されたものであってもよい。
【0033】
いずれの場合にも、第1の圧電素子部11の圧電膜および第2の圧電素子部12の圧電膜は、同一条件下で同時に成膜された膜であり、個別成膜した後に組み合わせられたものではない。しかし、第1の圧電膜領域24aは、第2の圧電膜領域24bよりも圧電定数d31および誘電損失tanδが小さい。詳細は後述するが、第1の圧電素子部11の第1の圧電膜領域24aは圧電膜24の成膜後に波長230nm以下の電磁波が照射されて、圧電特性が第2の圧電素子部12の第2の圧電膜領域24bとは異なるものとなっている。
【0034】
また、上記の圧電デバイス1はカンチレバーであるため、矩形板状の部分を有する構造体10を備えているが、構造体の形状は、圧電デバイスの用途によって適宜決定されるものである。例えば、図7に示す第2の実施形態の圧電デバイス4のように、第1の圧電素子部11および第2の圧電素子部12の下部電極である共通電極22側に空洞部212を有する構造体210であってもよい。このように、圧電デバイスとしては、共通電極22の一部が構造体210の空洞部212に露出されている構成であってもよい。
【0035】
圧電デバイスの各構成要素について説明する。
【0036】
構造体は、その材料に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、およびシリコンカーバイド等の基板が挙げられる。また、SOI(Silicon On Insulator)基板等の積層基板を用いてもよい。
【0037】
下部電極と上部電極の厚みは特に制限なく、例えば200nm程度である。圧電膜の厚みは10μm以下であれば特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば、1〜5μmである。下部電極、上部電極および圧電膜の成膜方法は、特に限定されないが、気相成長法であることが好ましく、特にはスパッタ法によって成膜することが好ましい。
【0038】
下部電極の主成分は、特に制限はなく、Au、Pt、Ir、IrO、RuO、LaNiO、およびSrRuO等の金属または金属酸化物、並びに、これらの組合せが挙げられる。
【0039】
上部電極の主成分は、特に制限なく、下部電極で例示した材料、Al、Ti、Ta、Cr、およびCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、並びにこれらの組合せが挙げられる。
【0040】
圧電膜は、チタン酸ジルコン酸鉛系(以下において、PZT系という。)のペロブスカイト型酸化物を主成分とする。なお、本明細書において主成分とは、構成成分のうちの80mol%以上を占める成分を意味する。なお、圧電膜24はPZT系のペロブスカイト型酸化物が90mol%以上であることが好ましく、95mol%以上であることがより好ましい。なお、圧電膜24の主成分がPZT系のペロブスカイト型酸化物であるか否かについては、X線回折(XRD)プロファイルを測定して確認することができる。PZT系ペロブスカイトによるピークに対し、他の構造、例えばパイロクロア構造のピークが5%以下である場合は、PZT系ペロブスカイトが主成分であるといえる。なお、XRDプロファイルにおいて、他の構造の最大ピークがペロブスカイトの最大ピークの2%以下であることが好ましく、1%以下であることがより好ましく。ペロブスカイト以外の構造のピークが観察されないことが特に好ましい。
【0041】
PZT系のペロブスカイト型酸化物としては、Pb(Zr,Ti)Oで表される、いわゆる真性PZT(lead zirconate titanate)のみならず、一般にABOで表されるペロブスカイト型構造を維持できる範囲でAサイトおよび/またはBサイトに他のイオンをドープしたものであってもよい。PZT系のペロブスカイト型酸化物としては、Pb(Zr,Ti,D1−y−z)O,0<y<1,0<z<1で表されるものが好ましい。Bサイトには、Zr4+、Ti4+に対し、価数が大きいイオンを置換することが好ましく、D元素として、具体的には、5価のV、Nb、Ta、Sbあるいは6価のMo、Wなどが挙げられる。D元素として特に好ましいのはNbである。Pb(Zr,Ti,D1−y−z)Oは、一般に、Pb:(Zr+Ti+D):Dのモル比は1:1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取りうる範囲でずれていてもよい。
なお、カチオン比が同一とは、具体的には、Pb/(Zr+Ti+D)、Zr/(Zr+Ti+D)、Ti/(Zr+Ti+D)、D/(Zr+Ti+D)で表される各元素の規格化モル比が同一であることを意味し、第2の圧電膜領域における規格化モル比を1とした場合に、第1の圧電膜領域における規格化モル比が1±3%の範囲、すなわち、0.97〜1.03の範囲であれば同一と看做す。
【0042】
通常の圧電膜では、その分極−電界のヒステリシス特性は、0kV/cmを境に右側抗電界は正電界、左側抗電界は負電界にあり、両者の絶対値が近い値であるのが一般的である。すなわち、通常の圧電膜、例えば、真性PZTなどの分極−電界ヒステリシスカーブは電界0を中心とする点対称な図形である。このような通常の圧電膜では、上向き分極および下向き分極は同じ確率で起こるため、分極処理(ポーリング処理)と呼ばれる、高電界をサンプルに印加して分極を一方向に揃える操作が必要である。
【0043】
一方で、BサイトにZr4+、Ti4+よりも価数が多いイオン(以下において、ドナイオンという。)が添加されたPZT(以下において、ドープドPZTという。)では、組成を調整することによって、下部電極を接地電極とした場合において、右方向すなわち正電界側にシフトしたヒステリシスカーブ、あるいは左方向すなわち負電界側にシフトしたヒステリシスカーブを得ることができる。なお、同一構成の圧電素子において、上部電極を接地とした場合には、ヒステリシス曲線のシフト方向は逆になる。既述の図3はヒステリシスカーブが正電界側にシフトした例である。ドープドPZT膜では、一方向の分極が安定なため、分極処理がなくても高い圧電性能が得られる。ドープドPZT膜では、下部電極側から上部電極側に向かう向きの分極が安定となる。ドナイオンと点欠陥により、欠陥分極(defect dipole)が生成されるためと考えられる。ドープドPZT膜は分極処理が不要であるため、製造プロセスが簡易化でき、分極処理時の高電界でサンプルが破壊される心配がなく、分極用の配線を要しないため、1枚のウエハから作製できる素子数を増やすことができるなどのメリットがある。
【0044】
但し、ドープドPZT膜においても、分極は完全に一方向に揃っているわけではなく、不安定な分極(分極のゆらぎ成分)がある割合で存在している。しかし、この不安定な分極によって、ドープドPZT膜は高い圧電定数を得ることができる。一方で、このゆらぎ成分によって誘電損失も上昇する。後述する圧電デバイスの製造方法は、真性PZT膜のような特性が対称な通常な膜に対しても表面付近に欠陥を導入することで、一方向の分極を安定化させ、誘電損失を低減する効果を奏するが、ゆらぎ成分を多く含むドナイオンが添加されたドープドPZT膜に対して顕著な効果がある。特に圧電性の高いNbドープPZT膜に対してより顕著な効果が得られる。
【0045】
ここで、圧電膜は、真性PZTであっても必ずしもPb/(Zr+Ti)=1である必要はない。Pb/(Zr+Ti)が1より大きい、あるいは1より小さい場合もあり得る。Pbは4+の価数も取り得ることが知られており、Pb(Zr,Ti1−x)O+PbPbOという形式化学式で表記される、すなわち、Zr,TiサイトにPb4+が固溶したペロブスカイト構造となっているケースがあり得る。また、Nb等のドナイオンを置換しても絶縁性を維持していることから、Pb1−y/2(Zr,Ti1−x1−yという鉛欠陥を伴った化学式、あるいはPb1−y/2(Zr,Ti1−x1−y+PbPbOという形式化学式で表記される圧電膜もあり得る。すなわち、Pb/(Zr+Ti+D)は1付近の値を取るが、必ずしも1である必要はない。また、PbおよびOがセットで抜けた、Pb1−δ(Zr,Ti)O3−δとなっている場合もあり得る。また、価数がわずかにずれており電子や正孔が供給するが、実用上問題ないレベルの場合もあり得る。すなわち、本明細書におけるPZT系ペロブスカイト型酸化物は、完全な価数バランスが取れている(電気的中性条件が成立している)ものに限らない。
【0046】
次に、本発明の圧電デバイスの製造方法の一実施形態を説明する。ここでは、図1および図2に示した圧電デバイス1の製造工程を説明する。図8は圧電デバイス1の製造工程を示す図である。
【0047】
まず、構造体を構成する基板10を用意し、基板10の表面に下部電極としての共通電極22をスパッタ法により成膜する(S1)。
【0048】
次に、共通電極22上にPZT系ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜24を、スパッタ法により成膜し、さらに、圧電膜24上に上部電極となる電極層26を成膜する(S2)。
【0049】
その後、リソグラフィおよびエッチングにより電極層26をパターン化して、第1の電極26aと第2の電極26bを含むパターン化電極層26Pを形成する(S3)。なお、この際、図示しない電極用配線を同時に形成してもよい。
【0050】
その後、所望の形状の開口41を有する厚み2mmのアルミニウム板からなるマスク40をパターン化電極層26P上に設置して、還元雰囲気下にて波長230nm以下の電磁波Rを照射する(S4)。電磁波Rを開口41に露出する第1の電極26aに照射することにより、第1の電極26aを透過させて圧電膜24の第1の領域24Aに照射する。このとき、圧電膜24のマスク40により覆われている領域に対応する第2の領域24Bには電磁波Rは照射されない。電磁波Rは波長230nm以下であればよいが、波長210nm以下が好ましく、波長190nm以下がより好ましい。電磁波は波長230nm以下であれば、紫外光、X線およびγ線などいずれであってもよい。電磁波Rの下限波長は特に制限なく、例えば、波長0.05nmであってもよい。電磁波Rは、照射によって第1の圧電膜領域および第2の圧電膜領域のカチオン比に変化がない範囲内で適宜選択される。マスク40の厚みおよび材質は、電磁波Rに対して遮蔽効果を有するものであればよく、2mmのアルミニウム板に限るものではない。なお、ここでは、第1の電極26aを介して電磁波Rを照射したが、電極層26を成膜する前に電磁波Rを直接、圧電膜24の第1の領域24Aに照射してもよい。特に、エネルギーが小さい紫外光を電磁波Rとして用いる場合には、電極層26の形成前に、圧電膜上にマスク40を設置して、第2の領域24Bに照射することなく、第1の領域24Aに直接、電磁波Rを照射することが好ましい。
【0051】
上記電磁波Rの照射により圧電膜24の第1の領域24A(以下において第1の圧電膜領域24a)は、電磁波Rが照射されなかった第2の領域24B(以下において第2の圧電膜領域24b)と異なる圧電特性を有するものとなり、異なる圧電特性を有する第1の圧電素子部11と第2の圧電素子部12とを備えた圧電デバイス1を製造することができる(S5)。
【0052】
電磁波Rの照射により、第1の圧電膜領域24aは、第2の圧電膜領域24bよりも小さい圧電定数d31および小さい誘電損失tanδを有するものとなる。この理由は明らかではないが、電磁波Rの照射により、圧電膜表面において酸素欠陥が生じ、この酸素欠陥によって、分極のゆらぎ成分が低減されるために圧電特性が変化すると推測される。但し、本発明者らの研究によれば、電磁波Rの照射により生じた酸素欠陥量はd−SIMS(ダイナミック二次イオン質量分析:Dynamic-Secondary Ion Mass Spectrometry)による膜厚方向の酸素プロファイルおよび各カチオンプロファイルの取得によっても検出できない程度であった。
【0053】
ここで、還元雰囲気とは、窒素雰囲気または真空中など、空気中よりも還元性が高い雰囲気を意味する。還元雰囲気において、圧電膜に対して強いエネルギー線が照射されることで、圧電膜の表面付近の酸素が奪われて酸素欠陥が生成されると考えられる。試料温度を高温にして電磁波Rを照射することにより、また、アルゴン(Ar)および水素の混合ガス、あるいは、窒素および水素の混合ガス等の下で電磁波を照射することにより酸素欠陥を効率よく生成することができ、圧電特性を変化させる効果をより高めることができると考えられる。
【0054】
圧電膜の表面において、負イオンである酸素が欠損となるため、欠損部分は正電荷をもち、欠陥がなかった状態ではゆらぎ成分であった分極の少なくとも一部が欠損によって生じた正電荷に向かう向きに安定化するために、分極のゆらぎ成分が低減すると考えられる。
【0055】
上記実施形態では、第1の領域に電磁波Rを照射し、第2の領域には電磁波を照射しないとしたが、両領域に対して電磁波を照射し、第1の領域への照射量を第2の領域への照射量よりも多くすることによって、異なる圧電特性を有する領域を形成してもよい。ここでの照射量とは照射エネルギー量であり、波長が小さいほどエネルギー量は大きくなる。また、同一の波長の電磁波であれば、照射時間が長いほどエネルギー量は大きくなる。電磁波の照射量が大きいほど、酸素の欠損がより多く生じ、ゆらぎ成分の低減につながる傾向がある(後記の実証実験を参照)。このように、圧電膜への電磁波の照射量を制御することによって、圧電特性をコントロールすることもできる。
【0056】
波長230nm以下の電磁波を照射するのみで圧電膜の圧電特性を変化させることができるので、1度の成膜工程で成膜された圧電膜に対して、非常に容易に、異なる圧電特性の圧電膜領域を形成することができる。したがって、上記実施形態の、第1および第2の圧電素子を備えた圧電デバイスを容易にかつ低コストに製造することが可能である。本製造方法によれば、MEMSデバイスのような微小なデバイスにおいて、異なる圧電特性を有する圧電膜領域を容易に設けることができる。
【0057】
また、第1の圧電素子および第2の圧電素子に加え、第1の圧電膜領域および第2の圧電膜領域と圧電特性、すなわち、圧電定数および誘電損失が異なる第3の圧電膜領域を備えた第3の圧電素子をさらに備えてもよい。上記製造方法によれば、圧電膜に対して、所望の数の互いに異なる圧電特性を有する圧電膜領域を容易に生成することができ、圧電定数および誘電損失が異なる3以上の圧電素子を備えた圧電デバイスも容易に製造することができる。
【0058】
さて、上記においては、圧電デバイスの第1の圧電素子および第2の圧電素子の一方をセンサ、他方をアクチュエータとして機能させる場合について説明した。しかしながら、異なる圧電特性を有する第1の圧電素子と第2の圧電素子とを備えた圧電デバイスとしては、両者をアクチュエータとして、あるいは両者をセンサとして用いてもよい。
【0059】
例えば、小さい電圧で線形性のよい第1の圧電素子を高い精度で駆動するためのアクチュエータとして用い、線形性は下がるが、小さい電圧で大きく変位する第2の圧電素子を大きな駆動力を得るためのアクチュエータとして用いる圧電デバイスとしてもよい。あるいは、第1の圧電素子を、僅かな振動を検知する感度重視のセンサとして用い、第2の圧電素子を、振動が大きいところで、どれくらいの大きさの振動かを検出するセンサとして用いる圧電デバイスとしてもよい。
【0060】
以下、PZT系ペロブスカイト酸化物の圧電膜に対して、波長230nm以下の電磁波を照射することによって、圧電特性を変化させることができ、圧電特性の異なる領域を備えた圧電デバイスを実現可能であることを実証した結果を説明する。
【0061】
(実証実験1)
熱酸化膜300nmが被膜された厚み625μmのSi基板上に、Ti(20nm)/Ir(150nm)の積層電極をスパッタ成膜し、下部電極とした。この下部電極基板上に、Pb1.3((Zr0.52,Ti0.480.88,Nb0.12)Oを原料ターゲットとし、高周波電力密度4.4W/cm、真空度0.5Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率6.5%)、640℃の条件にてチタン酸ジルコン酸鉛系圧電膜(以下において、PZT膜という。)をスパッタ成膜した。成膜時間を事前のレートチェックで適宜調整し、3μmのPZT膜を得た。得られたPb/(Zr+Ti+Nb)=1.10、Nb/(Zr+Ti+Nb)=0.12であった。この組成比は、蛍光X線分析を行って求めた。具体的には、ICP−AES(誘導結合プラズマ発光分光:Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)法により組成既知のサンプルの蛍光X線強度を検量線として用い、FP(ファンダメンタルパラメータ:Fundamental parameter)法による組成分析によって決定した。
【0062】
その後、PZT膜上に上部電極をスパッタ成膜した。基板上に下部電極、PZT膜および上部電極が積層されてなる積層体から、2mm×25mmの短冊(矩形)を切り出してカンチレバーを作製した。 ここで、複数のカンチレバーを作製し、その後、X線照射を行わないサンプル1−1、上部電極側から異なる照射時間でX線を照射したサンプル1−2から1−9を作製した。X線の照射は、5〜10Pa程度の真空下にて、Rh(ロジウム)管球を用い、60kVおよび66mAに設定して出力させたX線を上部電極側から照射することにより行った。なお、X線の照射時間を10分(サンプル1−2)、100分(サンプル1−3)、200分(サンプル1−4)、300分(サンプル1−5)、600分(サンプル1−6)、900分(サンプル1−7)、1200分(サンプル1−8)および1800分(サンプル1−9)にそれぞれ設定した。
【0063】
各サンプル1−1から1−9について、圧電定数d31を測定した。圧電定数d31は、I. Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い測定した。なお、圧電定数d31の測定は、所定のバイアス電圧(オフセット電圧)に±0.5Vすなわち1Vpp(pp=peak to peak)の正弦電圧を加えた印加電圧で行った。なお、特に断らない限り、圧電定数d31はバイアス電圧を−5Vとした。以下において、バイアス電圧−5Vに1Vppの正弦電圧を加えた印加電圧によって測定した場合のことを「−5V±0.5Vの印加電圧で測定した」あるいは、単に「バイアス電圧−5Vで測定した」という。また、以下の測定は下部電極を接地電極として行った。
【0064】
誘電損失(tanδ)は、上部および下部電極間のインピーダンス測定により取得した。測定には、Agilent社インピーダンスアナライザ4294Aを用いた。
【0065】
サンプル1−1から1−9について、X線照射時間、圧電定数d31の絶対値および誘電損失tanδを表1にまとめて示す。
【表1】

【0066】
X線非照射のサンプル1−1に対し、X線照射したサンプル1−2から1−9においては誘電損失tanδを低減することができ、かつ、圧電定数d31は小さくなった。照射時間が長くなるほど、すなわち、照射エネルギー量が大きくなるほど、誘電損失および圧電定数は小さくなる傾向にある。
【0067】
サンプル1−1、1−2、1−3、1−5および1−6について分極−電圧ヒステリシスを測定した結果を図9に示す。図9に示す通り、X線照射をしたサンプル1−2、1−3、1−5および1−6では2つの抗電界が共に正電圧側となっていた。2つの抗電界が共に正電圧側であることは、分極の安定性を示すものであり、0V付近でのtanδが小さいことと対応している。X線が照射される圧電膜の上部電極側の領域に酸素欠陥が導入され、正の電荷が蓄積されるため、正電圧側に抗電界が偏ると考えられる。図9のX線非照射のサンプル1−1の場合において正電圧側に寄ったヒステリシスの場合には、2つの抗電界の極性を正に偏らせる、すなわち同一極性とする観点から、本実証実験で行ったように上部電極側から電磁波を照射することが好ましい。なお、鉛等の組成を適宜調整することで負電圧側にヒステリシスを寄せた膜を作製することも可能である。その場合は、2つの抗電界の極性を負に偏らせる、すなわち同一極性とする観点から、圧電体膜に対して下部電極側から電磁波を照射することが好ましい。下部電極側から電磁波を照射する場合は、基板による電磁波の遮蔽が起こらないよう、基板を薄くすることが好ましい。
【0068】
また、サンプル1−1、1−2、1−3、1−5、1−6および1−7について、圧電定数d31のバイアス電圧依存性を調べた結果を図10に示す。圧電定数d31の測定は、既述の手法にしたがって行った。図10において、例えば、バイアス電圧が−0.5Vとは、−0.5±0.5Vの印加電圧で測定したことを意味し、同様に、バイアス電圧が−30Vとは、−30V±0.5Vの印加電圧で測定したことを意味する。
また、図11は、図10についての縦軸を、バイアス電圧−0.5Vの圧電定数d31(−0.5)で規格化して示したグラフである。
【0069】
図10図11に示すように、X線非照射のサンプル1−1では、圧電定数自体は大きいがバイアス電圧による圧電定数の変化も大きかった。一方、X線を10分以上照射したサンプルは、X線非照射のサンプルと比較して圧電定数は小さいが、バイアス電圧の依存性も小さかった。
【0070】
また、X線照射サンプルは、バイアス電圧−0.5Vにおける圧電定数が、サンプルに−30Vが印加された前後で同等の値であったが、サンプル1−1では、印加電圧−0.5Vにおける圧電定数がサンプルに−30Vが印加された前後で大きく異なっていた。サンプル1−1では、一旦−30V印加した後に、−0.5Vのバイアス電圧で測定した圧電定数d31(−0.5)が、−30V印加する前に−0.5Vのバイアス電圧で測定した圧電定数d31(−0.5)と比較して大きな値となった。大きな電圧を印加することによって、分極の向きがより揃った状態となったために、−30V印加後の圧電定数d31(−0.5)は−30V印加前のd31(−0.5)と比較して若干圧電性能が向上したと考えられる。
【0071】
より精密な駆動が要求される場合は、アクチュエータとして用いる圧電素子部に対して短時間X線を照射して、アクチュエータ性能を大きく損なわない範囲で線形特性を向上させる、およびセンサとして用いる圧電素子部では長時間照射を行ってtanδを低減させる、などが可能であると考えられる。X線非照射サンプルにおける高い圧電定数は、圧電膜中において自発分極の向きに向いていない分極が存在することに起因すると考えられる。そのため、X線照射によりこの分極を自発分極の向きに整列させることで、圧電定数は低下するが、誘電損失の低減や線形性の向上効果が得られると考えられる。
【0072】
(実証実験2)
実証実験2では、サンプル作製において、下部電極、PZT膜および上部電極の成膜条件は実証実験1と同様としたが、電磁波RとしてX線に代えて、紫外光(UV光)を用いた。また、上部電極を形成する前に、PZT膜に対してUV光を直接照射し、PZT膜へのUV光照射の後に上部電極を形成した。なお、PZT膜へのUV照射時において、2mm厚みのアルミ板をマスクとしてUV光照射領域および非照射領域を設け、さらに、アルミ板による遮蔽領域をUV照射時間によって変化させることにより、UV光照射時間が異なる4つの領域を形成した。4つの領域のUV光照射時間は、0分、10分、60分、および9000分にそれぞれ設定した。
UV光は、185nmおよび254nmにピーク波長を有する低圧水銀灯を光源として用い、圧電膜上において1.6μW/cmのエネルギー照射量となるように照射した。時間当たりのエネルギー照射量は一定であるため、UV光照射時間によって、トータルのエネルギー照射量は異なる。上述のようにして基板上に下部電極、PZT膜および上部電極が積層されてなる積層体の、PZT膜へのUV光照射時間が異なる各領域から、それぞれ2mm×25mmの短冊(矩形)を切り出してカンチレバーを作製した。以上のようにして、UV照射時間0分のサンプル2−1、10分のサンプル2−2、60分のサンプル2−3、および9000分のサンプル2−4を作製した。照射時間0分のサンプル2−1はUV光非照射であり、実証実験1におけるサンプル1−1と同等のサンプルである。各サンプルについて、実証実験1と同様にして、圧電定数および誘電損失を測定した。
【0073】
サンプル2−1から2−4について、UV光照射時間、圧電定数d31および誘電損失tanδを表2にまとめて示す。
【0074】
【表2】
【0075】
UV光非照射のサンプル2−1に対し、UV光照射したサンプル2−2から2−4においては誘電損失tanδを低減することができ、かつ、圧電定数d31は低下した。照射時間が長くなるほど、すなわち、照射エネルギー量が大きくなるほど、誘電損失および圧電定数は小さくなる傾向にあった。
【0076】
また、実証実験1の場合と同様に、強誘電ヒステリシスを測定したところ、X線照射を行った場合と同様の傾向が見られた。すなわち、UV光を照射したサンプル2−2〜2−4はいずれも2つの抗電界が共に正となっており、サンプル2−2〜2−4は、サンプル2−1と比較して圧電定数の線形性が高まっていた。UV光であってもX線の場合と同様に、圧電性能を変化させる効果が得られた。但し、X線の方が誘電損失を低減する効果が高かった。
【0077】
2018年8月30日に出願された日本出願特願2018−161453号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
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