(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
第1のベクターが、植物細胞内で機能するプロモーター配列と、タンパク質キシロース転移酵素のアミノ酸配列をコードし、プロモーター配列に作動式に連結されたコーディング配列とを含む、請求項1〜3の何れか一項に記載の方法。
第2のベクターが、植物細胞内で機能するプロモーター配列と、コアタンパク質のアミノ酸配列をコードし、プロモーター配列に作動式に連結されたコーディング配列とを含む、請求項8に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0011】
[1.概要]
プロテオグリカンは、生体成分として多様な機能性を持つ生理活性糖タンパク質である。脳や皮膚等の体全体の組織中の細胞外マトリックスや細胞表面に存在するほか、軟骨の主成分としても存在する。プロテオグリカンは、コラーゲンやヒアルロン酸と共に細胞外マトリックスを形成することにより、身体の各種組織の維持に寄与している。また、伝達物質としても機能し、細胞の分化、増殖、運動など、種々の細胞機能にも関与している。
【0012】
プロテオグリカンは、担体となるコアタンパク質のセリン残基(Ser)にコアオリゴ糖が連結され、このコアオリゴ糖の末端に更にグリコサミノグリカンが連結された構造を有する(
図1)。コアオリゴ糖は、コアタンパク質結合側から順にキシロース、ガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸が連結された構造を有し、グルクロン酸末端にグリコサミノグリカンが連結されてなる。グリコサミノグリカンは、ヒアルロン酸を除くと高度に硫酸化された多糖体であり、アミノ糖(ガラクトサミン、グルコサミン等)とウロン酸(グルクロン酸、イズロン酸等)とが交互に連結された繰り返し構造を有する。
【0013】
プロテオグリカンは、そのグリコサミノグリカン部分のアミノ糖及びウロン酸の種類、更には硫酸化の有無によって、概ね以下の様に分類される。なお、何れのプロテオグリカンでも、そのコアオリゴ糖の構造は共通である。
【0014】
・ヘパラン硫酸:グリコサミノグリカン部分のアミノ糖としてD−グルコサミン、ウロン酸としてα−L−イズロン酸又はβ−D−グルクロン酸を有すると共に、ウロン酸の一部がN−硫酸化(イズロン酸)又はO−硫酸化(グルクロン酸)されてなる。
【0015】
・ヘパリン:ヘパラン硫酸の一種であり、特に硫酸化の度合いが高いものをいう。
【0016】
・コンドロイチン硫酸:グリコサミノグリカン部分のアミノ糖としてN−アセチル−D−ガラクトサミン、ウロン酸としてD−グルクロン酸を有すると共に、N−アセチル−D−ガラクトサミンの一部が硫酸化(4位又は6位)及び/又はエピ化されてなる。
【0017】
・デルマタン硫酸:グリコサミノグリカン部分のアミノ糖としてN−アセチル−D−ガラクトサミン、ウロン酸としてL−イズロン酸を有すると共に、N−アセチル−D−ガラクトサミンの一部が硫酸化(4位又は6位)及び/又はエピ化されてなる。
【0018】
プロテオグリカンの合成は、担体となるコアタンパク質のセリン残基(Ser)にキシロース、ガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸を順次付加することでコアオリゴ糖を構成し、次いでこのグルクロン酸末端にアミノ糖(ガラクトサミン、グルコサミン等)及びウロン酸(グルクロン酸、イズロン酸等)を交互に連結することで行われる。
【0019】
従って、植物細胞においてコアタンパク質を糖鎖修飾し、プロテオグリカンを合成するには、第一段階としてコアタンパク質のセリン残基(Ser)へのキシロース修飾を行うことが必須となる。
【0020】
本発明では、植物細胞内に、コアタンパク質をコードするベクターと、タンパク質キシロース転移酵素をコードするベクターとを導入して発現させることにより、コアタンパク質のセリン残基(Ser)にキシロースを結合させ、キシロース修飾タンパク質を産生する。また、このキシロース修飾タンパク質のキシロース残基に対して、順にβ−1,4−ガラクトース、β−1,3−ガラクトース、及びβ−1,3−グルクロン酸を連結させることにより、コアオリゴ糖修飾タンパク質を製造する。更に、このコアオリゴ糖修飾タンパク質のコアオリゴ糖に対して、更にアミノ糖及びウロン酸を順に交互に連結させて糖鎖を形成するとともに硫酸化して、グリコサミノグリカンを形成することにより、植物細胞内でプロテオグリカンを製造する。
【0021】
また、本発明は、最終的なプロテオグリカンの製造に限定されず、植物細胞内で任意のコアタンパク質のセリン残基(Ser)にキシロースを結合させ、キシロース修飾タンパク質を産生する種々の用途や、こうして得られたキシロース修飾タンパク質のキシロース残基に対して、更にβ−1,4−ガラクトース、β−1,3−ガラクトース、及びβ−1,3−グルクロン酸を順に連結させることにより、植物細胞内でコアオリゴ糖修飾タンパク質を産生する種々の用途に利用できる。この場合、コアタンパク質は、植物細胞に外部から導入した外因性タンパク質に限定されず、植物細胞に内在する内因性タンパク質であってもよい。
【0022】
以下、本発明の代表的な観点として、キシロース修飾タンパク質を製造する方法、コアオリゴ糖修飾タンパク質を製造する方法、及び、プロテオグリカンを製造する方法とに着目し、各方法について具体的に説明する。
【0023】
[2.キシロース修飾タンパク質を製造する方法]
本発明の一観点によれば、植物細胞においてキシロース修飾タンパク質を製造する方法が提供される。本方法は、以下の工程を含む。
(a1)植物細胞内に、タンパク質キシロース転移酵素をコードする遺伝子を含む第1のベクターを導入する。
(a2)植物細胞内で第1のベクターによりタンパク質キシロース転移酵素を発現させ、タンパク質キシロース転移酵素の作用により、コアタンパク質のセリン残基に対してキシロースを連結させて、キシロース修飾タンパク質を産生する。
【0024】
更に、コアタンパク質として外因性タンパク質を用いる場合には、本方法は、更に以下の工程を含んでいてもよい。
(b1)植物細胞内に、セリン残基を含むコアタンパク質をコードする遺伝子を含む第2のベクターを導入する。
(b2)植物細胞内で第2のベクターによりコアタンパク質を発現させる。こうして発現されたコアタンパク質が、(a2)におけるキシロース修飾の対象となる。
【0025】
後者の場合、工程(a1)における第1のベクターの導入は、通常は工程(b1)における第2のベクターの導入と同時又はその前後に実施されると共に、工程(a2)におけるコアタンパク質のセリン残基のキシロース修飾は、工程(b2)におけるコアタンパク質の発現に引き続いて生じることになる。
【0026】
<2−1.植物細胞>
植物細胞は制限されず、第1のベクターを導入してタンパク質キシロース転移酵素を発現させることが可能であり、更にコアタンパク質が外因性タンパク質を用いる場合には、第2のベクターを導入してコアタンパク質を発現させることが可能でれば、任意の植物細胞を用いることができる。植物細胞の形態も任意であり、植物体内に存在する非単離の細胞でもよく、植物体から単離された組織培養物等の培養細胞でもよい。培養細胞の場合、分化した状態の細胞でも、脱分化を生じた細胞でも、再分化した細胞でもよい。
【0027】
植物細胞の由来する植物の種も制限されない。植物種の例としては、これらに限定されるものではないが、例えばナス科、マメ科、アブラナ科、イネ科、キク科、ハス科、バラ科等に属する植物種が挙げられる。
【0028】
植物種の具体例としては、タバコ、シロイヌナズナ、アルファルファ、オオムギ、インゲンマメ、カノーラ、ササゲ、綿、トウモロコシ、クローバー、ハス、レンズマメ、ルピナス、キビ、オートムギ、エンドウマメ、落花生、イネ、ライムギ、スイートクローバー、ヒマワリ、スイートピー、ダイズ、モロコシ、ライコムギ、クズイモ、ハッショウマメ、ソラマメ、コムギ、フジ、堅果植物、コヌカグサ、ネギ、キンギョソウ、オランダミツバ、ナンキンマメ、アスパラガス、ロウトウ、カラスムギ、ホウライチク、アブラナ、ブロムグラス、ルリマガリバナ、ツバキ、アサ、トウガラシ、ヒヨコマメ、ケノポジ、キクニガナ、カンキツ、コーヒーノキ、ジュズダマ、キュウリ、カボチャ、ギョウギシバ、カモガヤ、チョウセンアサガオ、ウリミバエ、ジギタリス、ヤマノイモ、アブラヤシ、オオシバ、フェスキュ、イチゴ、フクロウソウ、キスゲ、パラゴムノキ、ヒヨス、サツマイモ、レタス、ヒラマメ、ユリ、アマ、ライグラス、トマト、マヨラナ、リンゴ、マンゴー、イモノキ、ウマゴヤシ、アフリカウンラン、イガマメ、テンジクアオイ、チカラシバ、ツクバネアサガオ、エンドウ、インゲン、アワガエリ、イチゴツナギ、サクラ、キンポウゲ、ラディッシュ、スグリ、トウゴマ、キイチゴ、サトウキビ、サルメンバナ、セネシオ、セタリア、シロガラシ、ナス、ソルガム、イヌシバ、カカオ、ジャジクソウ、レイリョウコウ、ブドウ等が挙げられる。
【0029】
中でも、組換え技術適応及び生産拡大の容易さ等の観点から、タバコ、シロイヌナズナ、アルファルファ、オオムギ、インゲンマメ、カノーラ、ササゲ、綿、トウモロコシ、クローバー、ハス、レンズマメ、ルピナス、キビ、オートムギ、エンドウマメ、落花生、イネ、ライムギ、スイートクローバー、ヒマワリ、スイートピー、ダイズ、モロコシ、ライコムギ、クズイモ、ハッショウマメ、ソラマメ、コムギ、フジ、堅果植物等が好ましい。
【0030】
<2−2.コアタンパク質>
コアタンパク質は特に制限されず、少なくとも一つのセリン残基を含み、タンパク質キシロース転移酵素によりセリン残基にキシロース修飾を受け得るタンパク質であれば、その種類は任意である。例えば、植物細胞に内在する内因性タンパク質でもよいが、植物細胞に外部から導入される外因性タンパク質でもよい。植物細胞に外部から導入される外因性タンパク質の場合、第2のベクターにより植物細胞に導入して発現させることが可能であれば任意であるが、以下に挙げるプロテオグリカンのコアタンパク質の具体例の他、シンデカン、グリピカン、コラーゲン、アグリン、デコリン等が挙げられる。コアタンパク質の由来も特に限定されない。例としてはヒト、マウス、ウサギ、ウシ等が挙げられる。但し、ヒトに使用する修飾タンパク質を産生する目的の場合には、ヒト由来のコアタンパク質が好ましい。コアタンパク質の分子量も特に制限されないが、通常は5kDa以上、中でも10kDa以上、また、通常500kDa以下、中でも300kDa以下の範囲が好ましい。
【0031】
特に、プロテオグリカン製造の一工程としてキシロース修飾を行う場合、コアタンパク質としてはプロテオグリカンのコアタンパク質が好ましい。具体例としては、セルグリシン、グリピカン、シンデカン、アグリカン、バーシカン、ニューロカン、ブレビカン、デコリン、ビグリカン、パールカン、コラーゲン等が挙げられる。中でも、分子量が小さく組換え技術適応が容易という理由から、セルグリシン、グリピカン、シンデカン、コラーゲン等が好ましく、セルグリシン、シンデカン、コラーゲン等が特に好ましい。
【0032】
なお、ヒトセルグリシン遺伝子の塩基配列(配列番号1)及びこれに対応するヒトセルグリシンタンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)は、米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information:NCBI)に、それぞれ登録番号(Accession Number)NM_002727及びNP_002718として登録されている。また、ヒトコラーゲン タイプXVIII遺伝子の塩基配列(配列番号3)及びこれに対応するヒトコラーゲン タイプXVIIIタンパク質のアミノ酸配列(配列番号4)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_030582及びNP_085059として登録されている。
【0033】
なお、前記の各種のコアタンパク質に対して1又は2以上の変異を有し、且つ少なくとも一つのセリン残基を維持しているタンパク質も、一定以上のアミノ酸配列同一性を有する限りにおいて、元のタンパク質と同様の作用や活性を維持している蓋然性が高いことから、コアタンパク質として利用可能である。具体的には、前記の各種のコアタンパク質に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%同一であり、且つ少なくとも一つのセリン残基を維持しているタンパク質も、コアタンパク質として好ましく利用できる。
【0034】
なお、2つのアミノ酸配列間の配列同一性は、EMBOSSパッケージ(EMBOSS: The European Molecular Biology Open Software Suite, Rice et al., 2000, Trends Genet. 16: 276-277)(好ましくはバージョン5.00又はそれ以降)のNeedleプログラムにより、Needleman-Wunschアルゴリズムを使用して決定される(Needleman and Wunsch, 1970, J. Mol. Biol. 48: 443-453)。
【0035】
<2−3.タンパク質キシロース転移酵素>
タンパク質キシロース転移酵素も特に制限されず、コアタンパク質及びウリジン5’−二リン酸(UDP)−キシロースの存在下において、コアタンパク質が有するセリン残基に対するキシロースの付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。具体例としては、ヒトタンパク質キシロース転移酵素1、ヒトタンパク質キシロース転移酵素2等が挙げられる。中でも、分子量が小さく組換え技術適応が容易という理由から、タンパク質キシロース転移酵素2が好ましい。タンパク質キシロース転移酵素の由来も特に限定されないが、ヒトに使用される修飾タンパク質を産生する目的の場合には、ヒト由来のタンパク質キシロース転移酵素が好ましい。
【0036】
なお、ヒトタンパク質キシロース転移酵素1遺伝子の塩基配列(配列番号5)及びこれに対応するヒトタンパク質キシロース転移酵素1のアミノ酸配列(配列番号6)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_022166及びNP_071449として登録されている。また、ヒトタンパク質キシロース転移酵素2遺伝子の塩基配列(配列番号7)及びこれに対応するヒトタンパク質キシロース転移酵素2のアミノ酸配列(配列番号8)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_022167及びNP_071450として登録されている。
【0037】
なお、前記の各種のタンパク質キシロース転移酵素に対して1又は2以上の変異を有するタンパク質も、一定以上のアミノ酸配列同一性を有する限りにおいて、元のタンパク質キシロース転移酵素と同様の作用や活性を維持している蓋然性が高いことから、タンパク質キシロース転移酵素として利用可能である。具体的には、前記の各種のタンパク質に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%同一であるタンパク質も、タンパク質キシロース転移酵素として好ましく利用できる。
【0038】
<2−4.第1及び第2のベクター>
本発明では、植物細胞内でタンパク質キシロース転移酵素を発現させるために、タンパク質キシロース転移酵素をコードする遺伝子を有する第1のベクターを使用する。
【0039】
また、コアタンパク質として外因性タンパク質を用いる場合は、植物細胞内でコアタンパク質を発現させるために、前述の第1のベクターに加えて、外因性タンパク質をコードする遺伝子を有する第2のベクターを用いる。
【0040】
第1及び第2のベクターの構成は任意であるが、通常は、植物細胞内で機能するプロモーター配列と、発現対象となる酵素(第1のベクターの場合はタンパク質キシロース転移酵素、第2のベクターの場合はコアタンパク質)のアミノ酸配列をコードし、且つプロモーター配列に作動式に連結されたコーディング配列とを含む。これらのプロモーター配列及びコーディング配列に加えて、ターミネーター配列や転写調節因子等、他の任意の配列を有していてもよい。
【0041】
プロモーター配列は、対象となる植物細胞内で機能し、コーディング配列の転写を開始させることが可能な配列であれば、その種類は制限されない。例としては、植物ウイルスに由来するプロモーター、例えばカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35S プロモーター(Odell et al., (1985), Nature, 313:810-812)、キャッサバモザイクウイルスプロモーター、ゴマノハグサモザイクウイルスプロモーター、バドナウイルス(Badnavirus)プロモーター、ストロベリーベインバインディングウイルス(SVBV)のプロモーター、ミラビリス(Mirabilis)モザイクウイルスプロモーター(MMV)等や、その他のプロモーター、例えばルビスコ(Rubisco)プロモーター、アクチンプロモーター、ユビキチンプロモーター、アグロバクテリウム由来nosプロモーター等が挙げられる。中でも、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35S プロモーター等が好ましい。
【0042】
コーディング配列としては、発現対象遺伝子(第1のベクターの場合はタンパク質キシロース転移酵素遺伝子、第2のベクターの場合はコアタンパク質遺伝子)の塩基配列に応じて、適切な配列を選択すればよい。
【0043】
ターミネーター配列は、上述の通り任意選択要素である。但し、外来遺伝子のコーディング配列の転写を確実に停止させ、所望の機能的なタンパク質を発現させる観点からは、第1及び第2のベクターはターミネーター配列を有することが好ましい。ターミネーター配列は、外来遺伝子のコーディング配列の転写を停止させることが可能な配列であれば、その種類は制限されない。例としては、CaMV 35S ターミネーター、ヒートショックプロテイン(hsp)ターミネーター、アグロバクテリウム由来nosターミネーター等が挙げられる。
【0044】
また、前記のプロモーター配列及び任意配列であるターミネーター配列は、発現対象遺伝子であるコアタンパク質遺伝子又はタンパク質キシロース転移酵素遺伝子を発現させることが可能となるように、コーディング配列と作動式に連結される。即ち、これらのプロモーター配列、コーディング配列、及び任意配列であるターミネーター配列は、植物細胞内で自律的に発現可能な発現カセットを構成する。
【0045】
第1及び第2のベクターは、その機能を実質的に妨げない限りにおいて、更に他の配列を有していてもよい。その他の配列の例としては、これらに限定されるものではないが翻訳増幅配列、転写調節因子、5’非翻訳領域等が挙げられる。翻訳増幅配列の例としては、これらに限定されるものではないが、タバコモザイクウィルス(TMV)ゲノムの 5’−UTR オメガ配列等が挙げられる。5’非翻訳領域の例としては、これらに限定されるものではないが、シロイヌナズナ由来アルコール脱水素酵素5’非翻訳領域等が挙げられる。
【0046】
第1及び第2のベクターの形態も任意である。直鎖状の形態であっても環状の形態であってもよい。但し、環状の形態、例えばプラスミドの形態であることが好ましい。ベクターの具体的な態様の例としては、植物ウイルスベクター、T−DNAベクター等が挙げられる。
【0047】
植物ウイルスベクター法は、例えば植物RNAウイルスベクターの場合、目的遺伝子を挿入した植物ウイルスゲノムのcDNAを試験管内転写し、得られたRNAをベクターとして植物に接種して感染させ、ウイルス自身の増殖能及び全身移行能を利用して、発現対象遺伝子を植物に発現させる手法である。植物ウイルスベクターの例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、キュウリモザイクウイルス(CMV)ベクター(米国特許出願第2007/0143877号明細書)、タバコモザイクウィルス(TMV)ベクター(Takamatsu et al., EMBO J., (1987), 6(2):307-11)、ジャガイモXウイルス(PVX)ベクター(Baulcombe et al., Plant J., (1995), 7:1045-1053)等が挙げられる。同様に、植物DNAウイルスベクターを用いることも可能である。
【0048】
T−DNAベクター(T−DNAバイナリープラスミドベクター)法は、アグロバクテリウムのT−DNA配列を利用した手法であり、一過性発現及び恒常性発現の双方に利用できる。具体的に、アグロバクテリウム(Agrobacterium)は、グラム陰性菌に属する土壌細菌であるリゾビウム属(Rhizobium)のうち、植物に対する病原性を有するものの総称であり、例としては根頭癌腫病に関連するアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefacients)が挙げられる。アグロバクテリウムは、Tiプラスミドという巨大プラスミドを有する。TiプラスミドはT−DNA(transfer DNA)配列と呼ばれる領域を有し、当該領域に相当するDNA断片が植物細胞に移動し、ランダム導入によって植物ゲノムに組み込まれるという性質を有する。T−DNA配列は、右境界配列(right border sequence:以降適宜「RB配列」、或いは単に「RB」と表記する。)と左境界配列(left border sequence:以降適宜「LB配列」、或いは単に「LB」と表記する。)とを両端に有し、RB配列とLB配列との間に、植物ホルモン生合成遺伝子及びオパイン生合成遺伝子を有する。RB配列及びLB配列は、植物ゲノムへの組み込みに関与しているほか、植物細胞への感染や、RB配列とLB配列との間に介在する遺伝子の植物細胞内での発現にも関与していることが知られている。但し、Tiプラスミドは植物の形質転換には不要な配列を含むため、巨大であり操作性が悪い。よって現在では、Tiプラスミドを改変した2種のプラスミド、即ち、バイナリープラスミドとヘルパープラスミドとを組み合わせたT−DNAバイナリー系によって、植物の形質転換による外来遺伝子の導入を行うことが主流である。
【0049】
バイナリープラスミドは、T−DNA領域から植物の形質転換に不要な領域(例えば上記の植物ホルモン生合成遺伝子やオパイン生合成遺伝子等の領域)を除去した配列と、アグロバクテリウム及び他の微生物(例えば大腸菌等)の双方で機能し得る複製開始点と、選択可能な遺伝子マーカーとを組み込むことにより、アグロバクテリウムと他の微生物との双方で複製可能としたシャトルベクターである。バイナリープラスミドは、T−DNA配列の全体ではなく、通常はT−DNA配列由来のRB配列及びLB配列(並びにその近傍領域)を有し、更に任意選択として、除去された植物ホルモン生合成遺伝子及びオパイン生合成遺伝子等の遺伝子の発現を調節していたnosプロモーター及びnosターミネーターを、RB配列とLB配列との間に有する。植物に導入すべき外来遺伝子は、RB配列とLB配列との間に、且つ、任意選択として前記のnosプロモーター及びnosターミネーターの制御下に配置される。一般に「T−DNAベクター」とは、通常はこのバイナリープラスミドを指す。なお、アグロバクテリウム由来のnosプロモーター及び/又はターミネーターの代わりに、前述した他の任意のプロモーター及び/又はターミネーター、例えばカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35S プロモーター及び/又はターミネーター等を使用してもよい。
【0050】
第1及び第2のベクターをT−DNAベクター(T−DNAバイナリープラスミドベクター)とした場合、斯かるT−DNAベクターは、アグロバクテリウム由来のT−DNAベクターで形質転換したアグロバクテリウムに導入することにより使用する。バイナリープラスミドベクターを導入したアグロバクテリウムは、恒常的発現法及び一過性発現法いずれにも使用可能である。例えば一過性発現法においては、アグロバクテリウムの培養液を、物理的手法(シリンジ等による注入や減圧等による浸透などの手法)で植物組織内に導入し、植物に感染させることにより、目的遺伝子を植物に一過性発現させる(Grimsley et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, (1986), 83(10):3282-6)。また、恒常的発現においては、アグロバクテリウムを感染させた植物組織断片を培養することにより、目的遺伝子を恒常的に発現する再分化個体を得ることが可能である。
【0051】
第1及び第2のベクターは、植物細胞の細胞質内に蓄積させて一過的に発現させてもよく、植物ゲノム内に組み込んで恒常的に発現させてもよい。例えば、第1及び第2のベクターをT−DNAベクター(T−DNAバイナリープラスミドベクター)とした場合、植物ゲノム内に組み込むには、ゲノム組み込みに必要な配列、例えばアグロバクテリウムのTiプラスミド由来のvir領域を、バイナリーベクター内に挿入するか、vir領域を有するヘルパープラスミドを併用する。
【0052】
第1及び第2のベクターは、必要に応じて、他のヘルパープラスミドと併用してもよい。他のヘルパープラスミドの例としては、例えば前述のvir領域を有するヘルパープラスミド等が挙げられる。
【0053】
第1及び第2のベクターは、当業者に周知の各種の遺伝子組み換え技術を適宜組み合わせて用いることにより、容易に作製することが可能である。
【0054】
<2−5.植物へのベクターの導入・遺伝子の発現>
本発明によれば、前記工程(a1)において、タンパク質キシロース転移酵素をコードする遺伝子を有する前述の第1のベクターを植物細胞に導入し、前記工程(a2)において、植物細胞内でタンパク質キシロース転移酵素を発現させることにより、コアタンパク質のセリン残基及び植物細胞内に存在するUDP−キシロースに対してタンパク質キシロース転移酵素が作用し、セリン残基に対してキシロースを結合させ、キシロース修飾タンパク質を産生することが出来る。
【0055】
また、コアタンパク質として外因性タンパク質を用いる場合は、前述の第1のベクターに加えて、前記工程(b1)において、外因性タンパク質をコードする遺伝子を有する前述の第2のベクターを植物細胞に導入することにより、前記工程(b2)において、植物細胞内でコアタンパク質を発現させると共に、コアタンパク質のセリン残基に対してタンパク質キシロース転移酵素の作用によりキシロースを結合させ、外因性タンパク質をコアタンパク質とするキシロース修飾タンパク質を産生することが出来る。
【0056】
この場合、前述のように、工程(a1)における第1のベクターの導入は、通常は工程(b1)における第2のベクターの導入と同時又はその前後に実施されると共に、工程(a2)におけるコアタンパク質のセリン残基のキシロース修飾は、工程(b2)におけるコアタンパク質の発現に引き続いて生じることになる。
【0057】
第1及び第2のベクターを植物細胞に導入する手法は限定されず、ベクターの構成に応じた任意の手法を用いることが出来る。
【0058】
例えば、第1及び第2のベクターを前記のようにT−DNA(バイナリープラスミド)ベクターとして構成し、一過性発現させる場合には、これらのベクターを各々含む溶液を調製し、当該溶液を各種の物理的手法、例えば注入や浸透等の手法で、植物組織内に導入することが好ましい。
【0059】
第1及び第2のベクターを各々含む溶液の調製は、例えば、第1及び第2のベクターを各々導入したアグロバクテリウム等の微生物を培養し、得られた培養物(例えば一晩培養物等)を用いることができる。通常、一晩培養は波長600nmの光学密度(OD600)が3〜3.5単位に達する。これを、アグロバクテリウム浸潤処理の前OD600=0.2〜0.8になるように懸濁する。これらの菌体溶液を各々単独で使用する場合は、OD600=0.2〜0.6値の懸濁液に調製する。複数の菌体溶液を混合して使用する場合には、各々の菌体を等量ずつ混合して、最終の懸濁液の菌体量をOD600=0.3〜1.2値に調製する。
【0060】
第1及び第2のベクターを各々含むアグロバクテリウム溶液を注入により対象植物に導入する場合、例えばシリンジ等を用いて、当該溶液を対象植物に強制的に注射することにより行う。第1及び第2のベクターを各々含む溶液を浸透により対象植物に導入する場合は、当該溶液を対象植物と接触させた上で、例えば真空デシケーター等を用いて減圧条件とし、当該溶液を対象植物に強制的に浸透させることにより行う。
【0061】
以上の手法を用いて、第1及び第2のベクターを対象植物の全体又は一部の組織に導入することにより、導入された第1及び第2のベクターが高い効率で植物細胞の細胞質内に導入され、各々が有するコアタンパク質及びタンパク質キシロース転移酵素を一過的に発現することが可能となる。
【0062】
なお、以上説明したように、第1及び第2のベクターを個別のベクターとして構築してもよいが、第1及び第2のベクターを単一のベクターとして構成することももちろん可能である。この場合、発現対象となる酵素(タンパク質キシロース転移酵素及びコアタンパク質)のアミノ酸配列を各々コードするコーディング配列と、当該コーディング配列の発現を調節する調節配列(即ちプロモーター配列と、任意により設けられるターミネーター配列や転写調節因子等の他の配列)を、単一のベクター内に配置する。これらのうち、コーディング配列以外の配列要素(プロモーター配列、ターミネーター配列、転写調節因子等)については、コーディング配列毎に個別に設けてもよいが、複数のコーディング配列について共通化してもよい。
【0063】
[3.コアオリゴ糖修飾タンパク質を製造する方法]
本発明の一観点によれば、植物細胞においてコアオリゴ糖修飾タンパク質を製造する方法が提供される。本方法は、以下の工程を含む。
(I)植物細胞内で、前述のキシロース修飾タンパク質を製造する方法により、キシロース修飾タンパク質を産生する工程。
(II)植物細胞内で、キシロース修飾タンパク質のキシロースに対して順にガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸を連結させて、コアオリゴ糖修飾タンパク質を産生する工程。
【0064】
前記工程(I)におけるキシロース修飾タンパク質の産生における条件及び手順については、前記[2.キシロース修飾タンパク質を製造する方法]で説明した通りである。
【0065】
前記工程(II)におけるコアオリゴ糖修飾タンパク質の産生は、以下の工程により実施することが好ましい。
(c1)植物細胞内に、キシロース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素をコードする遺伝子を含む第3のベクターと、ガラクトース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素をコードする遺伝子を含む第4のベクターと、ガラクトース残基にグルクロン酸を転移しうるグルクロン酸転移酵素をコードする遺伝子を含む第5のベクターと、キシロース残基にリン酸基を転移しうる酵素をコードする遺伝子を含む第6のベクターを導入する工程。
(c2)植物細胞内で第3、第4、第5及び第6のベクターを発現させることにより、キシロース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素、ガラクトース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素、ガラクトース残基にグルクロン酸を転移しうるグルクロン酸転移酵素、及びキシロース残基にリン酸基を転移しうる酵素を発現させ、各転移酵素の作用により、キシロース修飾タンパク質のキシロース残基に対して順にガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸を連結させる工程。
【0066】
キシロース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素は特に制限されず、キシロース修飾タンパク質及びUDP−ガラクトースの存在下において、キシロース残基に対するガラクトースの付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。具体例としては、β−1,4−ガラクトース転移酵素が挙げられる。
【0067】
ガラクトース残基にガラクトースを転移しうるガラクトース転移酵素は特に制限されず、ガラクトース修飾タンパク質及びUDP−ガラクトースの存在下において、ガラクトース残基に対するガラクトースの付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。具体例としては、β−1,3−ガラクトース転移酵素等が挙げられる。
【0068】
ガラクトース残基にグルクロン酸を転移しうるグルクロン酸転移酵素は特に制限されず、ガラクトース修飾タンパク質及びUDP−グルクロン酸の存在下において、ガラクトース残基に対するグルクロン酸の付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。具体例としては、β−1,3−グルクロン酸転移酵素等が挙げられる。
【0069】
キシロース残基にリン酸基を転移しうる酵素は特に制限されず、キシロース修飾タンパク質もしくはガラクトース―キシロース修飾タンパク質及びアデノシン三リン酸の存在下において、キシロース残基に対するリン酸の付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。具体例としては、グリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素等が挙げられる。
【0070】
これらの転移酵素の由来も特に限定されないが、ヒトに使用される修飾タンパク質を産生する目的の場合には、ヒト由来の転移酵素が好ましい。
【0071】
なお、ヒトβ−1,4−ガラクトース転移酵素1遺伝子の塩基配列(配列番号9)及びこれに対応するヒトβ−1,4−ガラクトース転移酵素1のアミノ酸配列(配列番号10)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_007255及びNP_009186として登録されている。また、ヒトβ−1,3−ガラクトース転移酵素遺伝子の塩基配列(配列番号11)及びこれに対応するヒトβ−1,3−ガラクトース転移酵素のアミノ酸配列(配列番号12)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_080605及びNP_542172として登録されている。また、ヒトβ−1,3−グルクロン酸転移酵素遺伝子の塩基配列(配列番号13)及びこれに対応するヒトβ−1,3−グルクロン酸転移酵素のアミノ酸配列(配列番号14)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_012200及びNP_036332として登録されている。また、ヒトグリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素遺伝子の塩基配列(配列番号15)及びこれに対応するヒトグリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素のアミノ酸配列(配列番号16)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_014864及びNP_055679として登録されている。
【0072】
これらの転移酵素をコードする遺伝子を含む第3、第4、第5及び第6のベクターの構成、形態、製法等の詳細については、前記の第1及び第2のベクターについて説明した構成、形態、製法等の詳細を適用することができる。
【0073】
これら第3、第4、第5及び第6のベクターを用いて、ガラクトース転移酵素、ガラクトース転移酵素、グルクロン酸転移酵素、及びグリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素を植物細胞内に導入して発現させ、キシロース修飾タンパク質のキシロース残基並びに植物細胞内に存在するUDP−ガラクトース、UDP−グルクロン酸及びアデノシン三リン酸に対して作用させることにより、キシロース修飾タンパク質のキシロース残基に順にβ−1,4−ガラクトース、β−1,3−ガラクトース、及びβ−1,3−グルクロン酸を連結し、コアオリゴ糖修飾タンパク質を産生することができる。
【0074】
なお、以上説明したように、第3、第4、第5及び第6のベクターを個別のベクターとして構築してもよいが、第3、第4、第5及び第6のベクターのうち任意の2種以上を単一のベクターとして構成することももちろん可能である。この場合、発現対象となる酵素(ガラクトース転移酵素、ガラクトース転移酵素、グルクロン酸転移酵素、及びグリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素)のアミノ酸配列を各々コードするコーディング配列と、当該コーディング配列の発現を調節する調節配列(即ちプロモーター配列と、任意により設けられるターミネーター配列や転写調節因子等の他の配列)を、単一のベクター内に配置する。これらのうち、コーディング配列以外の配列要素(プロモーター配列、ターミネーター配列、転写調節因子等)については、コーディング配列毎に個別に設けてもよいが、複数のコーディング配列について共通化してもよい。
【0075】
[4.プロテオグリカンを製造する方法]
本発明の一観点によれば、植物細胞においてプロテオグリカンを製造する方法が提供される。本方法は、以下の工程を含む。
(I)植物細胞内で、前述のキシロース修飾タンパク質を製造する方法により、キシロース修飾タンパク質を産生する工程。
(II)植物細胞内で、キシロース修飾タンパク質のキシロースに対して順にガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸を連結させて、コアオリゴ糖修飾タンパク質を産生する工程。
(III)植物細胞内で、コアオリゴ糖修飾タンパク質のグルクロン酸末端にアミノ糖及びウロン酸を順に交互に連結させて糖鎖を形成するとともに硫酸化して、グリコサミノグリカンを形成し、プロテオグリカンを産生する工程。
【0076】
前記工程(I)におけるキシロース修飾タンパク質の産生における条件及び手順、並びに、前記工程(II)におけるコアオリゴ糖修飾タンパク質の産生は、それぞれ前記[2.キシロース修飾タンパク質を製造する方法]及び[3.コアオリゴ糖修飾タンパク質を製造する方法]で説明した通りである。
【0077】
前記工程(III)におけるプロテオグリカンの産生は、以下の工程により実施することが好ましい。
(d1)植物細胞内に、グルクロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素をコードする遺伝子を含む第7のベクターと、アミノ糖残基にウロン酸を転移しうる酵素をコードする遺伝子を含む第8のベクターと、ウロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素をコードする遺伝子を含む第9のベクターと、糖鎖のアミノ糖残基及びウロン酸残基とを硫酸化しうる酵素をコードする遺伝子を含む第10のベクターとを導入する工程。
(d2)植物細胞内で第7、第8、第9、及び第10のベクターを発現させることにより、グルクロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、アミノ糖残基にウロン酸を転移しうる酵素、ウロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、及び糖鎖のアミノ糖残基及びウロン酸残基を硫酸化しうる酵素を発現させ、各酵素を作用させることにより、コアオリゴ糖修飾タンパク質のグルクロン酸末端にアミノ糖及びウロン酸を順に交互に連結させて糖鎖を形成すると共に、糖鎖を硫酸化することにより、グリコサミノグリカンを形成する工程。
【0078】
グルクロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素をコードする遺伝子は特に制限されず、コアオリゴ糖修飾タンパク質及びUDP−アミノ糖の存在下において、グルクロン酸残基に対するアミノ糖の付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。なお、前述のように、グリコサミノグリカンを形成するアミノ糖としてはガラクトサミン、グルコサミン等が挙げられる。よって、グルクロン酸残基にこれらのアミノ糖を適切に連結できる転移酵素を選択することが好ましい。斯かる転移酵素の例としては、Exostosin-like 3 等が挙げられる。
【0079】
アミノ糖残基にウロン酸を転移しうる酵素をコードする遺伝子は特に制限されず、アミノ糖残基を有する糖鎖修飾コアオリゴ糖修飾タンパク質及びUDP−ウロン酸の存在下において、アミノ糖残基に対するウロン酸の付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。なお、前述のように、グリコサミノグリカンを形成するウロン酸としてはグルクロン酸、イズロン酸等が挙げられる。よって、アミノ糖残基にこれらのウロン酸を適切に連結できる転移酵素を選択することが好ましい。斯かる転移酵素の例としては、Exostosin-1、Exostosin-2等が挙げられる。
【0080】
ウロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素をコードする遺伝子は特に制限されず、ウロン酸残基を有する糖鎖修飾コアオリゴ糖修飾タンパク質及びUDP−アミノ糖の存在下において、ウロン酸残基に対するアミノ糖の付加反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。なお、前述のように、グリコサミノグリカンを形成するアミノ糖としてはガラクトサミン、グルコサミン等が挙げられる。よって、ウロン酸残基にこれらのアミノ糖を適切に連結できる転移酵素を選択することが好ましい。斯かる転移酵素の例としては、Exostosin-1、Exostosin-2、Exostosin-like 1等が挙げられる。
【0081】
形成された糖鎖のアミノ糖残基及びウロン酸残基を硫酸化しうる酵素をコードする遺伝子は特に制限されず、糖鎖修飾コアオリゴ糖修飾タンパク質の存在下において、アミノ糖残基及びウロン酸残基の硫酸化反応を触媒し得る酵素であれば、その種類は任意である。なお、前述のように、グリコサミノグリカンを形成するアミノ糖としてはガラクトサミン、グルコサミン等が挙げられ、ウロン酸としてはグルクロン酸、イズロン酸等が挙げられる。よって、これらのアミノ糖及びウロン酸を適切に硫酸化できる酵素を選択することが好ましい。適切な硫酸化酵素の例としては、へパラン硫酸2−O−硫酸化酵素、へパラン硫酸6−O−硫酸化酵素、コンドロイチン硫酸4−O−硫酸化酵素、コンドロイチン硫酸6−O−硫酸化酵素等が挙げられる。
【0082】
これらの酵素の由来も特に限定されないが、ヒトに使用される修飾タンパク質を産生する目的の場合には、ヒト由来の酵素が好ましい。
【0083】
なお、コアオリゴ糖末端グルクロン酸残基にN−アセチルグルコサミンを転移しうる酵素の例であるExostosin-like 3遺伝子の塩基配列(配列番号17)及びExostosin-like 3のアミノ酸配列(配列番号18)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_001440及びNP_001431として登録されている。また、グリコサミノグリカンを伸長する糖転移酵素(アミノ糖残基にウロン酸等を転移しうる酵素、ウロン酸等にアミノ糖を転移しうる酵素)の例であるExostosin-1遺伝子の塩基配列(配列番号19)及びExostosin-1のアミノ酸配列(配列番号20)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_000127及びNP_000118として登録されており、別の例であるExostosin-2遺伝子の塩基配列(配列番号21)及びExostosin-2のアミノ酸配列(配列番号22)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_000401及びNP_000392として登録されている。また、糖鎖を硫酸化しうる酵素の例であるへパラン硫酸−6−O−硫酸化酵素遺伝子の塩基配列(配列番号23)及びへパラン硫酸−6−O−硫酸化酵素のアミノ酸配列(配列番号24)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_004807及びNP_004798として登録されており、別の例であるへパラン硫酸−2−O−硫酸化酵素遺伝子の塩基配列(配列番号25)及びへパラン硫酸−2−O−硫酸化酵素のアミノ酸配列(配列番号26)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_012262及びNP_036394として登録されており、更に別の例であるへパラン硫酸グルコサミン−3−O−硫酸化酵素遺伝子の塩基配列(配列番号27)及びへパラン硫酸グルコサミン−3−O−硫酸化酵素のアミノ酸配列(配列番号28)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_006042及びNP_006033として登録されており、更に別の例であるへパラン硫酸N脱アセチル化/N硫酸化酵素遺伝子の塩基配列(配列番号29)及びへパラン硫酸N脱アセチル化/N硫酸化酵素のアミノ酸配列(配列番号30)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_001543及びNP_001534として登録されている。
【0084】
これらの酵素をコードする遺伝子を含む第7、第8、第9及び第10のベクターの構成、形態、製法等の詳細については、前記の第1及び第2のベクターについて説明した構成、形態、製法等の詳細を適用することができる。
【0085】
これら第7、第8、第9及び第10のベクターを用いて、グルクロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、アミノ糖残基にウロン酸を転移しうる酵素、ウロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、及び糖鎖のアミノ糖残基及びウロン酸残基を硫酸化しうる酵素を発現させ、各酵素を植物細胞内のコアオリゴ糖修飾タンパク質並びにアミノ糖及びウロン酸に作用させることにより、コアオリゴ糖修飾タンパク質のグルクロン酸末端にアミノ糖及びウロン酸を順に交互に連結させて糖鎖を形成すると共に硫酸化し、グリコサミノグリカンを形成するコアオリゴ糖修飾タンパク質を産生することができる。
【0086】
なお、以上説明したように、第7、第8、第9及び第10のベクターを個別のベクターとして構築してもよいが、第7、第8、第9及び第10のベクターのうち任意の2種以上を単一のベクターとして構成することももちろん可能である。この場合、発現対象となる酵素(グルクロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、アミノ糖残基にウロン酸を転移しうる酵素、ウロン酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素、及び糖鎖のアミノ糖残基及びウロン酸残基を硫酸化しうる酵素)のアミノ酸配列を各々コードするコーディング配列と、当該コーディング配列の発現を調節する調節配列(即ちプロモーター配列と、任意により設けられるターミネーター配列や転写調節因子等の他の配列)を、単一のベクター内に配置する。これらのうち、コーディング配列以外の配列要素(プロモーター配列、ターミネーター配列、転写調節因子等)については、コーディング配列毎に個別に設けてもよいが、複数のコーディング配列について共通化してもよい。
【0087】
なお、以上説明した方法は、更に別の工程を有していてもよい。斯かる工程の例としては、グリコサミノグリカンに含まれるグルクロン酸をイズロン酸に変換しうる工程等が挙げられる。斯かる工程も、上記の各工程と同様に、例えばグルクロン酸をイズロン酸に変換する酵素をコードする遺伝子を含むベクターを植物細胞内に導入し、植物細胞内で斯かるベクターを発現させることにより、グルクロン酸をイズロン酸に変換しうる酵素を発現させることにより、実現することができる。なお、グルクロン酸をイズロン酸に変換しうる酵素の例としては、グルクロン酸−5−エピメラーゼが挙げられる。グルクロン酸−5−エピメラーゼ遺伝子の塩基配列(配列番号31)及びグルクロン酸−5−エピメラーゼのアミノ酸配列(配列番号32)は、NCBIにそれぞれ登録番号NM_015554及びNP_056369として登録されている。ベクターの構成は、前記第1〜第10のベクターの場合と同様である。
【0088】
[5.小括]
以上説明した本発明の方法には、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、任意の変更を加えてもよい。
例えば、前記の各酵素及び各遺伝子としてそれぞれ1種類の酵素及び遺伝子のみを用いてもよいが、それぞれ複数種類の酵素及び遺伝子を使用してもよい。この場合、それぞれ複数種類の遺伝子を担持する複数種類のベクターを使用することにより、それぞれ複数種類の酵素を発現させればよい。
【0089】
なお、以上説明した各種ベクターのうち任意の2種以上を単一のベクターとして構成することももちろん可能である。この場合、発現対象となる酵素のアミノ酸配列を各々コードするコーディング配列と、当該コーディング配列の発現を調節する調節配列(即ちプロモーター配列と、任意により設けられるターミネーター配列や転写調節因子等の他の配列)を、単一のベクター内に配置する。これらのうち、コーディング配列以外の配列要素(プロモーター配列、ターミネーター配列、転写調節因子等)については、コーディング配列毎に個別に設けてもよいが、複数のコーディング配列について共通化してもよい。
【0090】
以上説明したとおり、本発明によれば、植物細胞内でキシロース修飾タンパク質を合成し、更にはこのキシロース修飾タンパク質に基づいて、コアオリゴ糖修飾タンパク質及びプロテオグリカンを製造することができる。これにより、アニマルフリーでのキシロース修飾タンパク質、コアオリゴ糖修飾タンパク質、及びプロテオグリカン生産技術が可能となる。
【0091】
前述の通り、植物においてムチン型O結合型糖鎖修飾を合成する技術は、非特許文献1(J. Biol. Chem., (2012), Vol.287, No.43, pp.36518-36526)や非特許文献2(Front. Plant Sci., (2016), Vol.7, Art.18)で報告されてきた。しかし、その糖鎖構造は極めて単純であり、コアオリゴ糖修飾タンパク質やプロテオグリカンのように、複雑な糖鎖構造を有する糖修飾タンパク質に対して、同様のアプローチを適用することはできないと考えられてきた。それに対して本発明では、コアタンパク質のセリン残基にキシロースを連結したキシロース修飾タンパク質の植物細胞による合成に初めて成功したのみならず、更に多数の酵素(各種の糖転移酵素に加え、リン酸転移酵素、ウロン酸転移酵素、硫酸化酵素)を適切に組合せて、各々ベクターにより植物細胞内に導入して発現させることにより、複雑な糖鎖構造を有するコアオリゴ糖修飾タンパク質を植物細胞内で製造することに初めて成功し、更にはより複雑な糖鎖構造を有するプロテオグリカンの植物細胞内合成についてもその道筋を示した。こうした複雑な糖鎖修飾を植物細胞内で人為的に実現した本発明の知見は、前記の非特許文献1及び2等の記載事項からは想定しうるものではなく、極めて驚くべき知見である。
【0092】
なお、以上説明した本発明の方法を応用して、プロテオグリカン以外の種々の糖タンパク質を植物細胞内で合成することも可能である。例えば、コアタンパク質にアミノ糖とガラクトースとが交互に連結された硫酸化糖鎖が連結されてなるケタラン硫酸は、植物細胞内に、コアタンパク質内の所望のアミノ酸残基にアミノ糖を転移しうる酵素をコードする遺伝子と、アミノ糖残基にガラクトースを転移する酵素をコードしうる遺伝子と、ガラクトース残基にアミノ糖を転移する酵素をコードしうる遺伝子と、糖鎖を形成するアミノ糖残基及びガラクトース残基を硫酸化しうる遺伝子とを、各々ベクターを用いて導入させて発現させることにより、実現することが可能である。
【実施例】
【0093】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例にも束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0094】
[1.ヒトSRGN発現用ベクターの調製]
プロテオグリカンのコアタンパク質の一種であるヒトセルグリシン(Serglycin:SRGN)の発現用ベクターを、以下の手順により調製した。
【0095】
<1a.ヒトSRGN遺伝子の単離>
ヒトSRGN遺伝子(NCBI登録番号NM_002727:配列番号1)を、以下の手順により単離した。
【0096】
まず、ヒト肝臓細胞cDNAライブラリー(ORIGENE Technologies)を鋳型として、配列番号33及び配列番号34の塩基配列をそれぞれ有するプライマーSR−F及びSR−Rの対を用いてPCRを実施することにより、SRGN遺伝子を増幅した。
【0097】
次に、増幅されたSRGN遺伝子のDNA断片を、クローニングベクターpTA2(東洋紡)にクローニングした後、DNA配列の解析を行った。得られたベクターをpTA2:SRGNとする。
【0098】
<1b.ヒトSRGN遺伝子の植物発現用バイナリーベクターへの導入>
前記のpTA2:SRGNを鋳型とし、配列番号35及び配列番号36の塩基配列をそれぞれ有するプライマーSR−F(N)及びSR−R(S)FLの対を用いてPCRを実施することにより、SRGN遺伝子の3’末端にFLAGタグ配列をコードするDNA配列及び制限酵素NdeI認識配列を、3’末端に制限酵素SalI認識配列をそれぞれ付加した。
合成したDNA断片を、ギブソンアッセンブリー(ニューイングランドバイオラボ)を用い、制限酵素NdeI及びSalI(タカラバイオ)により処理した植物発現用バイナリーベクターpRI201−AN(タカラバイオ)へと挿入した。得られたプラスミドベクターをpRI:SRGNとする。
【0099】
<1c.ヒトSRGN遺伝子発現用アグロバクテリウムの作製>
前記のプラスミドベクターpRI:SRGNを用いて、アグロバクテリウムLBA4404株の形質転換を実施した。
【0100】
具体的には、プラスミドベクターpRI:SRGNを、1.5mlプラスチックチューブ中のアグロバクテリウムLBA4404株菌体液100μlに加え、液体窒素により凍結処理した。凍結後、チューブを37℃水浴中にて5分間保温し、菌体液を融解した。融解された菌体液にYEP液体培地を1ml加えた後、28℃水浴中でゆっくり振盪しながら2時間保温した。保温終了後、カナマイシンを含むYEP寒天培地に菌体液を塗布し、28℃で2日間培養した。YEP寒天培地上に形成されたコロニーの一部を抗生物質(カナマイシン、ストレプトマイシン、及びリファンピシン)を含むYEP液体培地に接種し、28℃で1日間培養することにより、ヒトSRGN発現用アグロバクテリウムの菌体培養液を得た。得られた菌体培養液は、保存のためのグリセロールを加え、−80℃冷凍庫に保管し、その後の実験に用いた。
【0101】
[2.ヒトXTLY2発現用ベクターの調製]
<2a.ヒトXTLY2遺伝子の単離>
ヒトタンパク質キシロース転移酵素2(Xylosyltransferase 2:XTLY2)遺伝子(NCBI登録番号NM_022167:配列番号7)を、以下の手順により単離した。
【0102】
まず、ヒト肝臓細胞cDNAライブラリー(ORIGENE Technologies)を鋳型として、配列番号37及び配列番号38の塩基配列をそれぞれ有するプライマーXT2−F及びXT2−Rの対を用いてPCRを実施することにより、XTLY2遺伝子を増幅した。
【0103】
次に、増幅されたXTLY2遺伝子のDNA断片を、クローニングベクターpTA2(東洋紡)にクローニングした後、DNA配列の解析を行った。得られたベクターをpTA2:XTLY2とする。
【0104】
<2b.ヒトXTLY2遺伝子の植物発現用バイナリーベクターへの導入>
前記のpTA2:XTLY2を鋳型とし、配列番号39及び配列番号40の塩基配列をそれぞれ有するプライマーXT2−F(N)及びX−m−Rの対を用いてPCRを実施することにより、XTLY2遺伝子の5’末端に制限酵素NdeI認識配列を、3’末端にc−Mycタグ配列をコードしたDNA配列をそれぞれ付加した。更に、配列番号39及び配列番号41の塩基配列をそれぞれ有するプライマーXT2−F(N)及びm−S−Rの対を用いてPCRを実施することにより、XTLY2遺伝子の3’末端に制限酵素SalI認識配列を付加した。
【0105】
合成したDNA断片を、ギブソンアッセンブリー(ニューイングランドバイオラボ)を用い、制限酵素NdeI及びSalI(タカラバイオ)により処理した植物発現用バイナリーベクターpRI201−AN(タカラバイオ)へと挿入した。得られたプラスミドベクターをpRI:XTLY2とする。
【0106】
<2c.ヒトXTLY2遺伝子発現用アグロバクテリウムの作製>
前記のプラスミドベクターpRI:XTLY2を用いて、アグロバクテリウムLBA4404株の形質転換を実施した。
【0107】
具体的には、プラスミドベクターpRI:XTLY2を、1.5mlプラスチックチューブ中のアグロバクテリウムLBA4404株菌体液100μlに加え、液体窒素により凍結処理した。凍結後、チューブを37℃水浴中にて5分間保温し、菌体液を融解した。融解された菌体液にYEP液体培地を1ml加えた後、28℃水浴中でゆっくり振盪しながら2時間保温した。保温終了後、カナマイシンを含むYEP寒天培地に菌体液を塗布し、28℃で2日間培養した。YEP寒天培地上に形成されたコロニーの一部を抗生物質(カナマイシン、ストレプトマイシン、及びリファンピシン)を含むYEP液体培地に接種し、28℃で1日間培養することにより、ヒトXTLY2発現用アグロバクテリウムの菌体培養液を得た。得られた菌体培養液は、保存のためのグリセロールを加え、−80℃冷凍庫に保管し、その後の実験に用いた。
【0108】
[3.植物体におけるヒトSRGNの発現及びヒトXTLY2によるキシロース修飾]
<3a.ヒトSRGNの植物体における一過性発現>
前記のSRGN及びXTLY2発現用アグロバクテリウムの各菌体培養液を解凍し、抗生物質(カナマイシン、ストレプトマイシン、及びリファンピシン)を含むYEP液体培地に播種し、28℃で1晩振盪培養した。その後、遠心分離により菌体を集菌し、10mM MES緩衝液(pH5.7、10mM塩化マグネシウム、150μMアセトシリンゴンを含む)に懸濁し、菌体濃度OD
600=0.5に調整した。
【0109】
得られた菌体濃度調整済みのSRGN及びXTLY2発現用の各菌体培養液を用いて、ニコチアナ・ベンサミアナ(Nicotiana benthamiana)へのバキュームインフィルトレーションを行った。これらのSRGN及びXTLY2発現用の菌体培養液を各々単独で、或いは両菌体培養液を等量ずつ混合して、実験に用いた。インフィルトレーション後のN.ベンサミアナ植物体は、グロースチャンバー内で育成した(23℃、16時間明期、8時間暗期)。育成した植物体より葉試料を取得し、後の実験に供した。
【0110】
<3b.植物発現ヒトSRGNのウエスタンブロットによる発現解析>
前記の葉試料を氷冷下磨砕し、磨砕物を50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5、0.1% Tween20、プロテアーゼ阻害剤を含む)に懸濁した。懸濁液を遠心分離(16,000rpm、10分、4℃)後、遠心上清をウエスタンブロット解析に供した。得られたウエスタンブロット解析結果を示す写真を
図2に示す。
図2から明らかなように、SRGNを単独で発現させた場合と、SRGN及びXTLY2を共発現させた場合とでは、SRGNの分子量に違いが認められ、後者の分子量の方が大きかった。このことから、SRGNはXTLY2と共発現させた場合に、何らかの修飾を受けることが分かる。
【0111】
<3c.植物発現ヒトSRGNのSDS−PAGEによる分離及びMALDI TOF−MSによる質量分析>
前記の葉試料を氷冷下磨砕し、磨砕物を50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5、150mM塩化ナトリウム、0.1% Tween20、プロテアーゼ阻害剤を含む)に懸濁した。懸濁液を遠心分離(16,000rpm、10分、4℃)後、遠心上清から抗FLAG M2抗体磁性ビーズ(シグマアルドリッチ)を用いてSRGNを精製した。得られたSRGNをドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動(Sodium Dodecyl Sulfate-Poly-Acrylamide Gel Electrophoresis:SDS−PAGE)で分離した後、ゲルをクマジー染色に供した。得られたSDS−PAGE解析結果を示す写真を
図3に示す。
【0112】
前記のSDS−PAGEゲルから、SRGNを含むバンドを切り出し、トリプシン処理に供した後、得られたペプチドについてマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI TOF−MS)による質量分析を行った。得られたMALDI TOF−MS解析結果を示すスペクトルを
図4に示す。
図4に示す通り、SRGN単独発現の場合では、修飾を受けていないペプチドのみ検出された。一方、SRGN及びXTLY2を共発現させた場合は、質量数が約132(キシロースが付加した際の質量数)ずつ異なるペプチドが9種類検出された。SRGNにはキシロース修飾を受けると推定されるセリン残基が8か所存在するので、セリン残基が不均一にキシロース修飾されたことが示唆される。
【0113】
以上の結果から、植物細胞に導入したヒトXTLY2遺伝子が機能し、植物細胞中でタンパク質にキシロースを結合できることが明らかとなった。
【0114】
[4.キシロース修飾ヒトSRGNの更なる修飾]
ニコチアナ・ベンサミアナ(Nicotiana benthamiana)にコドン最適化したヒトβ−1,4−ガラクトース転移酵素(beta-1,4-galactosyltransferase 7:B4GALT7)(NCBI登録番号NM_007255)、ヒトβ−1,3−ガラクトース転移酵素(beta-1,3-galactosyltransferase 6:B3GALT6)(NCBI登録番号NM_080605)、及びヒトβ−1,3−グルクロン酸転移酵素(Galactosylgalactosylxylosylprotein 3-beta-glucuronosyltransferase 3:B3GAT3)(NCBI登録番号NM_012200)の各遺伝子を、人工合成遺伝子として得た。ヒトグリコサミノグリカンキシロースリン酸化酵素(Glycosaminoglycan xylosylkinase:FAM20B)(NCBI登録番号NM_014864)についてはヒト肝臓細胞cDNAライブラリー(ORIGENE Technologies)を鋳型として、配列番号42及び配列番号43の塩基配列をそれぞれ有するプライマーFAB−F及びFAB−Rの対を用いてPCRを実施することにより、FAM20B遺伝子を増幅した。増幅されたFAM20B遺伝子を鋳型として、配列番号44及び配列番号45の塩基配列をそれぞれ有するプライマーFAB−FG及びFAB−RGの対を用いて、それぞれPCRにより増幅した。
【0115】
前記の各遺伝子を鋳型とし、B4GALT7遺伝子については、配列番号46及び配列番号47の塩基配列をそれぞれ有するプライマーB4G7−F及びB4G7−Rの対を用いて、B3GALT6遺伝子については、配列番号48及び配列番号49の塩基配列をそれぞれ有するプライマーB3G6−F及びB3G6−Rの対を用いて、B3GAT3遺伝子については、配列番号50及び配列番号51の塩基配列をそれぞれ有するプライマーB3G3−F及びB3G3−Rの対を用いて、それぞれPCRにより増幅した。
【0116】
合成したDNA断片を、ギブソンアッセンブリー(ニューイングランドバイオラボ)を用い、制限酵素NdeI及びSalI(タカラバイオ)により処理した植物発現用バイナリーベクターpRI201−AN(タカラバイオ)へと挿入した。得られたプラスミドベクターをそれぞれpRI:B4GALT7、pRI:B3GALT6、pRI:B3GAT3、及びpRI:FAM20Bとする。
【0117】
前項と同様に、各プラスミドベクターを用いてアグロバクテリウムLBA4404株の形質転換を実施し、各遺伝子発現のためのアグロバクテリウムを得た。各アグロバクテリウムを用いてニコチアナ・ベンサミアナ(Nicotiana benthamiana)における一過性発現試験を実施し、セルグリシンに対する糖鎖伸長作用について確認した。
【0118】
一例として
図5に、セルグリシンに対するヒトタンパク質キシロース転移酵素2、ヒトβ−1,4−ガラクトース転移酵素、ヒトβ−1,3−ガラクトース転移酵素、ヒトβ−1,3−グルクロン酸転移酵素による糖鎖伸長効果を解析した結果を示す。
図5から明らかなように、SRGNを単独で発現させた場合(図中「S」)と、SRGN及びXTLY2を共発現させた場合(図中「1」)と、SRGN、XTLY2及びB4GALT7を共発現させた場合(図中「2」)とを比較すると、SRGNの分子量に違いが認められ、後の方ほど分子量が大きかった。このことから、SRGN及びXTLY2を共発現させた場合(図中「1」)と比較して、更にB4GALT7を共発現させた場合(図中「2」)には、更に何らかの修飾を受けることが分かる。ここで、B4GALT7はβ−1,4−ガラクトース転移酵素であることから、SRGN及びXTLY2によりキシロース修飾を受けたSRGNのキシロース残基に、更にガラクトースがβ−1,4付加されたものと考えられる。
【0119】
一方、SRGN、XTLY2、B4GALT7及びB3GALT6を共発現させた場合(図中「3」)とSRGN、XTLY2、B4GALT7、B3GALT6及びB3GAT3を共発現させた場合(図中「4」)とを比較すると、セルグリシンの泳動度は図中「2」と変化が無かったことから、糖鎖が伸長していないと考えられた。しかし、FAM20Bと共発現させるとSRGNの分子量に違いが認められるようになり、後の方ほど分子量が大きかった(図中「3F」及び「4F」)。B3GALT6はキシロース残基がリン酸化されたキシロース−ガラクトース構造に対してガラクトースを転移することが報告されていることから(Biochem J., (2009), 421:157-162)、FAM20Bによりセルグリシンを修飾するキシロース−ガラクトース構造のキシロース残基に対してリン酸化が生じ、結果としてB3GALT6及びB3GAT3による糖鎖伸長が生じたと考えられる。このことから、糖転移酵素に加えFAM20Bを共発現させることで、コアオリゴ糖の合成が可能であることが明らかとなった。
【0120】
このように、SRGN、XTLY2及びB4GALT7に加えて、更にB3GALT6、B3GAT3及びFAM20Bを共発現させると、SRGNの分子量の増大が生じる。従って、コアタンパク質であるSRGNのセリン残基にキシロース、ガラクトース、ガラクトース、及びグルクロン酸がこの順に連結され、プロテオグリカンの元となるコアオリゴ糖修飾タンパク質が形成されることが分かる。更に、このプロテオグリカンに周知の手法でアミノ糖及びウロン酸を順に交互に連結させてグリコサミノグリカンを形成すれば、プロテオグリカンを産生することができる。