【実施例】
【0019】
図1は、実施例1の電子波発生装置を示している。参照番号2はレーザー光出力装置、4は光ファイバ、6はコリメータレンズ、8と10は偏光用光学素子、12は空間光位相変調器、16はフォーカシングレンズ、26は上記光学装置を支持するハウジングを示している。14は、空間光位相変調器12によって位相の空間分布が意図したように変調されたレーザー光を示している。
28は電子銃部分の筐体、30は電子顕微鏡の鏡筒、18は光陰極、20と22は電子を加速する電極対を示している。ハウジング26を電子銃部分の筐体28に固定すると、空間位相変調されたレーザー光14が光陰極18の背面を照射する位置関係に調整されている。電極対20,22の間には電位差が加えられ、一方の電極20は光陰極18を支持する機能を合わせ持っている。
【0020】
レーザー光14が光陰極18の背面を照射すると、光陰極18の前面から電子波24が放出され、電極対20,22によって図示しない試料に向けて加速される。光陰極18から放出された電子波24の位相の空間分布は、空間光位相変調器12によって空間位相変調されたレーザー光14の位相の空間分布に等しい。電子波24の位相の空間分布は、レーザー光14の位相の空間分布を転写した関係になっている。
【0021】
光陰極18は、GaAsとGaAsPで構成された歪み超格子構造を備えた半導体の膜で形成されており、その前面(
図1の左側の面)にはNEA膜がコートされており、背面(右側の面)にはNEA膜がコートされていない。半導体膜にレーザー光を照射すると、その半導体膜のNEA膜側から電子波が放出される。その詳細は、特開2007−258119号公報に記載されており、重複説明を省略する。また、歪み超格子構造を備えた半導体膜に円偏光したレーザー光を照射すると、特定のスピン方向が優越する偏極電子波が得られる。円偏光の方向によって放出される電子のスピン方向が決まり、円偏光の方向を反転させると、偏極電子波のスピン方向が反転する。その詳細は、国際公開WO2011/122171号公報に記載されており、重複説明を省略する。NEA膜の材質・製膜方法等の詳細も、上記2公報に記載されており、重複説明を省略する。レーザー光で照射した半導体膜から放出される電子波はコヒーレントであり、干渉縞を生成することが確認されている(APPLIED PHYSICS LETTERS 105, 193101(2014), Coherence of a spin-polarized electron beam emitted from a semiconductor photocathode in a transmission electron microscope, Makoto Kuwahara et. al)。
本実施例では、上記技術を利用し、歪み超格子構造を備えた半導体膜を光陰極18とした。電子のスピンが重要でない場合は超格子構造が必要とされず、GaAs膜、AlGaAs膜、InGaAs膜等を使用することができる。
【0022】
前記した転写性を実現するために、下記の条件を採用した。
半導体膜の厚みは、半導体膜内における電子のコヒーレント緩和時間(半導体中で電子のコヒーレンスを保つ時間)に半導体膜中での電子の移動速度を乗じた値よりも薄い関係とした。即ち、コヒーレント緩和時間内に電子が半導体膜を通過する関係とした。上記の関係を満たす半導体膜は、100nm程度と薄く、レーザー光14が半導体膜を通過する。半導体膜にレーザー光を照射すると、半導体膜の背面から照射しても前面から照射しても、半導体膜の厚み内の各所から電子が移動し、NEA表面から放出される。NEA表面から放出される前に必要とされる移動時間が最大のものは、半導体膜の背面から移動した電子である。半導体膜が、半導体膜内における電子のコヒーレント緩和時間に半導体膜中での電子の移動速度を乗じた値よりも薄ければ、移動に最大時間を要する電子でもコヒーレント緩和時間内に半導体膜を通過してNEA表面から放出される。電子のコヒーレント緩和時間内にNEA表面から電子が放出されると、電子波24の位相の空間分布が、レーザー光14の位相の空間分布を転写した関係が得られる。
【0023】
また半導体膜中での電子の緩和時間には、LOフォノン散乱が大きく影響し、エネルギーが36meV(その半導体の伝導帯の底をエネルギーレベルの基準とする)を超える電子の緩和時間は、LOフォノン散乱によって短くなる。逆に言うとエネルギーが36meVを超えない電子は、LOフォノン散乱の影響を受けにくく、緩和時間が長い。本実施例では、半導体膜中で36meVのエネルギーを持つ電子を真空中に放出するNEA表面を利用することによって、コヒーレント緩和時間内に電子が半導体膜を通過する関係を得た。
負の電子親和力(negative electron affinity)を実現する膜を用いれば、伝導体の底から36meVのエネルギー範囲内にある電子が真空中に放出されるので問題はない。真空準備を下げる膜を利用しない場合、伝導体の底から36meVのエネルギーにある半導体中の電子は真空中に放出されない。NEA膜は、その電子を真空中に放出させるものであることから、必ずしも負の電子親和力を持つものに限られず、伝導体の底から36meVだけ高いエネルギー準位より低い真空準位をもたらす膜であればよい。
NEA表面を利用しないと、コヒーレント緩和時間が長い36meV以下の電子を光陰極18から放出させることができない。半導体膜を薄くしてNEA膜と組み合わせて用いると、位相の空間分布の転写性が得られる。
【0024】
図1の空間光位相変調器12は、多数の液晶セルを2次元に配置した構造を備えており、液晶セルに印加する電圧の大きさをセル毎に独立して制御可能となっており、レーザー光が液晶セルを通過する間に生じる位相の遅れの大きさをセル毎に独立して制御可能となっている。即ち、空間光位相変調器12を通過したレーザー光の横断面を観察すると、横断面内の位置によって位相が変化している。空間光位相変調器12を通過したレーザー光の位相の空間分布は一様でなく、その空間的位置関係によって位相が異なっている。レーザー光を透過する液晶パネルと、液晶パネルの各セルに印可する電圧を制御するコントローラの組合わせによって、空間光位相変調器12とすることができる。
【0025】
光陰極18の背面にレーザー光14を照射すると、光陰極18の前面から電子波24が放出される。ここで、レーザー光14の位相の空間分布が一様でないと、その空間分布が電子波に転写される。即ち、位相の空間分布がレーザー光14のそれに一致する電子波24が放出される。放出された電子波は、電極対20,22によって試料に向けて加速される。
【0026】
上記では位相が空間変調されたレーザー光14で照射した場合を示したが、位相の空間分布と強度の空間分布の双方が空間変調されたレーザー光で照射すると、位相の強度分布と強度の空間分布の双方がレーザー光のそれらに一致する電子波が放出される。透過するレーザー光の位相を遅らせるとともにその遅れ量をセルごとに制御可能な液晶パネルと、
透過率をセルごとに制御可能な液晶パネルの組合わせによって、位相の空間分布と強度の空間分布の双方が空間変調されたレーザー光を得ることができる。
【0027】
空間光位相変調器によると、位相の空間分布が時間とともに変動する光、位相の空間分布と強度の空間分布の双方が時間とともに変動する光を得ることが可能であり、これを利用することによって、位相の空間分布が時間とともに変動する電子波、位相の空間分布と強度の空間分布の双方が時間とともに変動する電子波を得ることが可能である。
【0028】
なお、半導体膜が歪超格子構造を持ち、レーザー光が円偏向していると、その円偏光の方向によって、半導体膜から放出される電子のスピン方向が制御される。右向きスピンが優越的な電子波を得ることもできれば、左向きスピンが優越的な電子波を得ることもできる。スピン方向が偏極した偏極電子波を空間位相変調することも可能である。
【0029】
本実施例の装置によって、位相が空間変調された電子波と、位相と強度の双方が空間変調された電子波を得ることができる。さらに必要があれば、上記性質に加えて、その空間分布が経過時間とともに変化する電子波、あるいは特定のスピン方向が優越的であってその位相の空間分布、さらには時間分布までが変調された電子波を得ることもできる。
【0030】
空間光位相変調器には、反射型のものが存在する。この場合は、
図2のように、空間光位相変調器12Aで反射されたレーザー光(空間位相変調されている)を反射鏡13で反射して光陰極18に向ける。例えば、浜松ホトニクスのLCOS-SLMのX10468シリーズを、反射型の空間光位相変調器12Aとすることができる。
【0031】
図12は、空間光位相変調器42と光陰極44の組合わせによって空間位相制御された電子波が発生することを検証した実験装置を示している。
図12(A)において、40はレーザー光出力装置、42は空間光位相変調器、44は光陰極、46はコンデンサーレンズ、48は開口が形成されている絞り、50は試料を置く面、52はプロジェクションレンズ、54はバイプリズム、56は投影面を示す。
【0032】
レーザー光出力装置40は、位相が揃ったレーザー光(進行方向に直交する横断面で観察したときの位相が場所によらないで一定の位相にあることをいい、平面波レーザー光という)を出力する。空間光位相変調装置42は、
図13(A1)(A2)に示すように、ビーム中心から半径方向に延びる軸上の位相が一定であり、所定の回転角にある前記半径上の位相に対して、それから90度の角度にある半径上の位相が1/2・πだけ遅れ、180度の角度にある半径上の位相がπだけ遅れ、270度の角度にある半径上の位相が3/2・πだけ遅れる関係にある。半径同士のなす角と、位相の遅れ量が比例関係にある。位相遅れのない半径の方位は、空間に対して回転する。(A2)は(A1)の状態から所定時間が経過した後の位相を示し、その間にθだけ回転したことを示している。このように空間位相変調されたレーザー光は、ボルテックス光と称される。
【0033】
光陰極(半導体膜)44の下面はNEA膜で被覆されており、光陰極44の上面にレーザー光が入力すると、NEA膜から電子波が出力される。電子波は加速装置によって下方に送られる。
空間光位相変調器42は光軸の中心近傍に置かれており、レーザー光の周辺部は空間光位相変調器42を通過しない。このために、光軸の中心近傍では、ボルテックス光が光陰極44の上面に入力し、光軸から離れた位置では、平面波レーザー光が光陰極44の上面に入力する。
光陰極44は、放出する電子波にレーザー光の位相を転写する。この結果、光軸の中心近傍では、
図13(A1)(A2)に示した回転する位相を有するボルテックス電子波が出力され、周辺部では平面波電子波が出力される。
図12のB−Bは、電子波ビームの横断面において、光軸の中心近傍をボルテックス電子波58が進行し、周辺では平面波電子波60が進行することを示している。
【0034】
バイプリズム56は、光軸よりも右側を進行する電子波の進行方向を左側に変位させ、光軸よりも左側を進行する電子波の進行方向を右側に変位させる。
図12のB−Bの横断面を持つ電子波がバイプリズム54を通過すると、例えば、光軸の右側を進行するボルテックス電子波58の進行方向を左側に変位させ、光軸の左側を進行する平面波電子波60の進行方向を右側に変位させ、その結果、
図12のC−Cに示すように、投影面56上の特定の位置62では、ボルテックス電子波58と平面波電子波60の双方が入力し、干渉縞を作り出す。
図12のC―Cの64は、干渉縞の撮影範囲を示している。
【0035】
図13(B)は、観察された干渉縞を示している。これに対して、
図13(C)は、ボルテックス電子波58と平面波電子波60によって得られる干渉縞を計算して求めたパターンを示している。(B)と(C)はよく対応しており、空間光位相変調器42によって空間光位相変調されたボルテックスレーザー光を光陰極44に入力すると、光陰極44からボルテックス電子波が出力されることが確認される。ボルテックス電子波の位相の空間分布と時間分布には、ボルテックスレーザー光の位相の空間分布と時間分布が転写され、両者は一致する。
【0036】
図1と
図2では、光陰極(NEA表面が形成された半導体膜)18の背面にレーザー光14を照射するが、
図3〜
図11に示すように、光陰極18の前面にレーザー光を照射してもよい。
図3〜
図11では、レーザー光出力装置2、光ファイバ4、コリメータレンズ6の図示を省略している。また、既説明の部材には、同じ参照番号を付して、重複説明を省略する。
図3では、レーザー光が通過する光学系と、電子銃部分の筐体28との間に、静電型の偏向器32を追加している。偏向器32には、レーザー光14が通過する貫通孔32Aが設けられている。電子波24の進行方向は偏向器32によって下方に曲げられ、電子顕微鏡の鏡筒30(下方に向かって延びている)に送られる。
図4に示すように、鏡筒30が左右方向に延びている場合は、偏向器33を追加する。
図5に示すように、静電型偏向器に代えて、偏向用電磁石34を利用してもよい。偏向用電磁石34には、レーザー光24が通過するギャップを形成しておく。
図6は、
図4に対応するものであり、偏向用電磁石35を追加したものである。
図7に示すように、レーザー光の経路に反射器13Aを挿入してもよい。反射器13Aに凹面鏡を利用するとレーザー光が光陰極18の前面の特定個所に集束する関係を得ることができ、フォーカシングレンズを不要化できる。
図8に示すように、反射型の空間光位相変調器12Aを利用してもよい。
図9に示すように、凹面鏡反射器13Aと、反射型の空間光位相変調器12Aを併用してもよい。
図10に示すように、レーザー光14を光陰極18に対して斜め方向から照射してもよい。
図11に示すように、中心に電子波が通過する貫通孔17を設けた凹面反射鏡13Aを利用してもよい。参照番号15は光学バイプリズムであり、横断面を観察すると強度がリング状の範囲に分布するレーザー光14Aに変換する。凹面反射鏡13Aによって、リング状レーザー光が光陰極18の前面の特定個所に集束する関係を得ることができる。
光学系を真空中に配置するか大気中に配置するかに関しては特に制約がなく、一部の光学素子を真空中に配置し、他の光学素子を大気中に配置してもよい。
【0037】
上記の電子波が得られると下記する様々なことが可能となる。
(構造化照明法による電子顕微鏡の高解像度化)
光学顕微鏡では、強度の空間分布を変調した光を利用することによって、光の回折限界を超えるレベルにまで高解像度化できることが知られている(例えば、 及川義朗、超解像顕微鏡の技術と応用 顕微鏡 pp238-240, Vol.47, No.4, 2012)。同じことが電子顕微鏡でも可能であり、強度の空間分布を変調した電子波が利用可能となると、電子波の回折限界を超えるレベルにまで電子顕微鏡を高解像度化できる。
STEMの走査線と結晶格子によって得られるモアレ縞を利用して構造化照明法を実施することが可能である(近藤、STEMの走査線と結晶格子によるモアレ縞を利用した高解像度歪解析法、顕微鏡、Vol.49, No.3, 2014)。原理的には、走査模様の電子波を利用することによって、透過電子顕微鏡で構造化照明法を実施することができなくはない。しかしながら実際には、複雑な走査信号処理と検出器同期を必要とし、簡単でない。本技術によると、ストライプ状の強度の空間分布を持つ電子波、すなわち走査模様の電子波を得ることができるために、透過電子顕微鏡に構造化照明法を導入することができる。試料を照射する電子波の位相の空間分布は、モアレ模様から微細構造を再構築するフーリエ演算を簡単化ないし高速化するものを選ぶことができる。あるいは、干渉によってストライプ状の強度の空間分布を持つ電子波を生成する位相の空間分布に調整してもよい。
TEMによる構造化照明法とSTEMによる構造化証明法を比較すると、前者によると1回の撮像で済むために、利用可能な試料の種類や撮影条件が緩和される。また、試料を照射する電子波のストライプ方向を変えて複数回撮影することで、解像度をさらに上げる技術が知られているが、本技術によると空間光位相変調器によってストライプ方向を容易に変更することができる。空間光位相変調器自体を回転させることもできる。
【0038】
(球面収差の改善による電子顕微鏡の高解像度化)
電子波を電子波レンズで収束すると球面収差が発生し、それが電子顕微鏡の大きな問題となっている(例えば、田中信夫、収差補正TEM/STEMの現状と今後の展望 顕微鏡 pp175-180, Vol.46, No.3, 2011、田中信夫、球面収差補正による高分解能電子顕微鏡法の分解能向上 日本結晶学会誌 pp 20-25, 第47巻, 第1号, 2005)。位相の空間分布を変調した電子波によると、レンズ収差を補償して収差を極少化することができる。レンズ収差が極少化された状態で試料を観察することが可能となり、高解像度化が進む。
【0039】
図14は、電子レンズによる収束点の良否を示すロンチグラムを示す。(A)は、平面波電子波を収束した場合のロンチグラムを示す。電子レンズによって、位相の空間分布が不均一になることがわかる。(B)は、電子レンズがもたらす位相の空間分布をあらかじめ求め(すなわち(A)の位相分布をあらかじめ求め)、その位相分布によって相殺(打ち消される)だけの位相分布を空間光位相変調器で作り出し、その空間光位相変調器からのレーザー光で得られる電子波を電子レンズで収束した場合のロンチグラムを示す。明らかに、(B)に示すロンチグラムの倍率は(A)に示すロンチグラムの倍率よりも高く、空間位相変調してから収束することによって収差が減少することが確認される。
【0040】
(球面収差の補正装置の不用化)
位相の空間分布を変調した電子波を利用すると、レンズ収差を補正するレンズが不要となり、電子顕微鏡を小型化し、高解像電子顕微鏡を安価に提供することが可能となる。現状では、球面収差補正装置が極めて高価であり、高解像度電子顕微鏡の普及を妨げている。
【0041】
(コントラストの向上)
高分子や生体試料などの軽元素から構成される物質では、透過電子顕微鏡像のコントラストが低いという問題がある。コントラストを高めるために、電子波の進行経路の一部に位相板を配置する技術が知られている。例えば、中心開孔を持つリング状のカーボン膜を位相板に用いることによってウイルス観察が可能となる(山口正視 et. al., 位相差電子顕微鏡によるウイルス観察 顕微鏡 pp.115-120, Vol. 43, No.2, 2008)。中心開孔を通過する電子波には位相の遅れが生じないのに対し、カーボン膜を通過する電子波の位相は90度遅れる。即ち、電子波の横断面を観察した場合に、中央部と周辺部の間に90度の位相差を持つ電子波を利用する。両者の干渉を利用することによって、コントラストを高めることができる。
位相板には、照射電子波によって損傷したり、チャージアップが発生したりするといった問題があり、長時間の使用が不可能である。通常は電子顕微鏡の真空内に数枚の位相板をインストールしておき、壊れるたびに交換しながら使用する。インストールしておいた位相板を使い切ると、真空を破って新しい位相板に交換する必要がある。さらにチャージアップや損傷が発生することから、安定的に計測できる時間が非常に限られている。本技術によって、この問題が解消する。
【0042】
(位相回復法の改良)
透過電子顕微鏡像から数値解析的に強度情報と位相情報を抽出する位相回復法が知られている。位相回復法によると、電子波ホログラフィー用の干渉縞を生成する必要がなく、通常の顕微鏡画像から位相情報を抽出することができる。位相回復法では、電子波照射時に円孔マスクなどを用いて照射領域を限定することにより、電子波照射領域の空間情報を既知情報として数値計算時の拘束条件に与え(例えば特開2006−331901号公報)、フーリエ反復位相回復法によって拘束条件を満たす解を求める(高橋 et.al., 位相回復に用いるフーリエ反復法の改善, pp. 39-45, 光学, 第32巻, 1号, 2003)。この手法では、微細かつ高精度なマスクが必要となる。またフーリエ反復位相回復法で拘束条件を満たす解を得るまでに多くの計算量を必要とする。
本技術によると、電子波発生時に、既知の空間構造を持った電子波を発生させることが可能となる。また、空間的な位相情報を重畳させることができるために、従来は強度の空間分布情報のみを拘束条件として使用してきたのに対し、位相の空間情報をも拘束条件に加えることが可能となり、数値計算の収束を早くさせ、計算速度の向上も期待される。
【0043】
(圧縮センシングによる画像回復技術の改良)
疎な画像から元画像を復元する圧縮センシングによる画像回復法が知られている。この技術では、ランダムサンプリングを必要とする(三村和史, 圧縮センシング−疎情報の再構成とそのアルゴリズム−, 数理解析研究所講究録,第1803巻, pp.26−56, 2012、小崎大介et. al., 適応圧縮センシングアルゴリズムによる磁気共鳴画像の復元, pp.1−4, 計測自動制御学会東北支部第306回研究集会(2016.12.10)資料番号306-9、特表2016−538681号公報)。
本発明によると、電子波にランダムな空間位相変調と空間強度変調を加えることができるために、画像回復が可能な電子顕微鏡像を容易に得ることができる。さらに、ランダムサンプリングに加えて照射領域を限定することにより、画像回復に要する計算時間が短縮される利点を持っている。さらにニューラルネットワークやディープラーニング、機械学習と組み合わせを実施することでさらに画像回復の計算速度とその精度の向上が期待される。
これにより、低ドーズ(少ない電子波の照射量)観察が可能となり、生体分子、高分子などの壊れやすい試料観察のダメージレス観察が容易になる。さらに、チャージアップなどの問題も回避できるため、導電性物質でなくとも安定した観察が可能となる。
【0044】
(量子情報の処理)
角運動量を有するボルテックス電子波(Vortexビーム)を生成するために、従来は、フォークマスクや位相板などを電子波進行路上に設置しなければならなかった(斎藤晃 et. al., らせん状の波面を持つ電子波の生成, 伝搬, 干渉 pp.39-46, 顕微鏡 Vol. 48, No. 1, 2013)。この技術には、電子波の強度が低下する問題、極微細なマスクを高精度で作成する必要があるという問題、マスクがチャージアップして位相が乱れる問題、更には異なる角運動量を有する複数のVortexビームが同時に発生するなど種々の問題があった。
本発明では、時間的に変化する空間位相変調された電子波を発生することができることから、光陰極から直接にVortexビームを発生することができ、上記問題が発生しない。
さらに空間光位相変調器によって単一の角運動量を有するLG光ビームを生成できるため、高次のLG光ビームによる高次のVortexビーム発生を抑制することが可能となる。
右巻きVortexと左巻きVortexを生成するLG光ビームを量子のもつれ状態(エンタングルメント状態)にしておくと、エンタングルメント状態を保った電子波Vortexビームは生成することができる。量子情報分野ではエンタングルメントしたLG光ビームを用いた量子通信の開発が進んでいるが、これを電子波に転写し、真空中に取り出すことによって真空管に情報を溜め込むことが可能となる。これにより一時保存機能として使用が可能となる。量子光が持っている情報をストレージすることも可能となる。エンタングルメント状態にあるLG光ビームの一方の光から発生したVortexビームを試料に照射ながら、他方の光を観察することによって、試料の状態を観察することも可能である。この場合、電子波でなく、光計測技術によって試料を電子線で観察した場合の様子を知ることできる。試料の状態観察が可能となる。
【0045】
(電子波の露光パターンの制御)
https://www.hamamatsu.com/resources/pdf/ssd/12_handbook.pdf の「ビーム成型」の項目に記載されているように、空間位相変調光と干渉現象を利用することによって強度の空間分布が変調された光(ビーム成型された光)を得ることが可能である。本技術によると、ビーム成型された光を半導体膜に照射することによって、ビーム成型された電子波、すなわち強度の空間分布が変調された電子波を得ることができる。
強度の空間分布が変調された電子波を電子波描画装置に応用すると、1ショットで所望のパターン領域を露光すること、あるいは1ショットで多点を露光するといったことが可能となり、電子波の走査が不要化される。電子波で描画する3Dプリンターといった構造体加工方法を簡単に実施できるようになる。また、照射サンプルへのデータ書き込みやデータ読み出しへの利用も可能となる。
【0046】
(溶接、溶断等への利用)
所望の強度の空間分布を持った電子波を用いて溶接・溶断することが可能となる。
【0047】
(粒子の移動)
電子波の収束点を粒子に一致させ、その収束点の位置を移動させると粒子を移動させることができる。光ピンセットと同じ現象が電子波でも可能である。特に、ボルテックス電子波を利用すると、収束点にある粒子を回転させることもできる。粒子を移動させるのみならず粒子を回転させることが可能な電子波ピンセットが得られる。
【0048】
(電磁波への応用)
また、マイクロ波、テラヘルツ波発生装置に組み込むことで、空間位相変調した電磁波発生が可能となり、マイクロアレイ型(スピント型)電子源を超える任意空間構造や簡便性を提供する。
【0049】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時の請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は、複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。