特許第6940774号(P6940774)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本電信電話株式会社の特許一覧

特許6940774水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム
<>
  • 特許6940774-水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム 図000011
  • 特許6940774-水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム 図000012
  • 特許6940774-水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム 図000013
  • 特許6940774-水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム 図000014
  • 特許6940774-水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム 図000015
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6940774
(24)【登録日】2021年9月7日
(45)【発行日】2021年9月29日
(54)【発明の名称】水素侵入挙動推定方法、水素侵入挙動推定装置及び水素侵入挙動推定プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/2022 20190101AFI20210916BHJP
【FI】
   G01N33/2022
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-89372(P2018-89372)
(22)【出願日】2018年5月7日
(65)【公開番号】特開2019-196919(P2019-196919A)
(43)【公開日】2019年11月14日
【審査請求日】2020年8月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】上庄 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 正満
(72)【発明者】
【氏名】三輪 貴志
(72)【発明者】
【氏名】竹内 陽祐
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−057163(JP,A)
【文献】 特開2004−340817(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/2022
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定する水素侵入挙動推定方法において、
コンピュータが、
推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生しない一定の応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が経時変化しなくなるまでの水素量の経時変化第1の測定データとして入力する第1のステップと、
前記推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生する一定の応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化第2の測定データとして入力する第2のステップと、
記第1の測定データと前記第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、前記第1の測定データに係る水素増加量に対する前記第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する第3のステップと、
前記第1の測定データによる飽和水素量に前記比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の飽和水素量とする第4のステップと、
を行うことを特徴とする水素侵入挙動推定方法。
【請求項2】
水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から前記推定対象鋼材の水素拡散係数を計算し、前記水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の水素量に係る侵入挙動データを計算する第5のステップを更に行うことを特徴とする請求項1に記載の水素侵入挙動推定方法。
【請求項3】
前記第3のステップでは、
前記第1の測定データと前記第2の測定データを、縦軸を水素量とし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間の1/2乗とするグラフにそれぞれプロットし、測定初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾きを用いて前記比を計算することを特徴とする請求項1又は2に記載の水素侵入挙動推定方法。
【請求項4】
鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定する水素侵入挙動推定装置において、
推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生しない一定の応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が経時変化しなくなるまでの水素量の経時変化第1の測定データとして入力する第1の測定データ入力部と、
前記推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生する一定の応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化第2の測定データとして入力する第2の測定データ入力部と、
記第1の測定データと前記第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、前記第1の測定データに係る水素増加量に対する前記第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する比計算部と、
前記第1の測定データによる飽和水素量に前記比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の飽和水素量とする飽和水素量計算部と、
を備えることを特徴とする水素侵入挙動推定装置。
【請求項5】
水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から前記推定対象鋼材の水素拡散係数を計算し、前記水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の水素量に係る侵入挙動データを計算する水素侵入挙動推定部を更に備えることを特徴とする請求項4に記載の水素侵入挙動推定装置。
【請求項6】
前記比計算部は、
前記第1の測定データと前記第2の測定データを、縦軸を水素量とし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間の1/2乗とするグラフにそれぞれプロットし、測定初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾きを用いて前記比を計算することを特徴とする請求項4又は5に記載の水素侵入挙動推定装置。
【請求項7】
請求項4乃至6のいずれかに記載の水素侵入挙動推定装置としてコンピュータを機能させることを特徴とする水素侵入挙動推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼材は、鋼材の内部に侵入した水素により延性が失われ、強度が著しく低下する。この現象は、水素脆化と呼ばれている(非特許文献1)。鋼材は水素脆化により破断し、鋼材の破断時間は鋼材内に含まれる水素量が多いほど短くなる(非特許文献2)。
【0003】
それ故、鋼材へ侵入する水素の侵入挙動(飽和水素量、水素量の経時変化)を調べることは、水素脆化の発生を予測するうえで重要である。例えば、水素侵入挙動については、鋼材内の水素量を昇温脱離法(TDS:Thermal Desorption Spectroscopy)などを用いて測定することにより、調べることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】白神、“鉄鋼材料における水素脆化”、材料と環境、2011年、p.236-p.240
【非特許文献2】鈴木、外3名、“鋼材の遅れ破壊特性評価試験法”、鉄と鋼、Vol.79、No.2、1992年、p.227-p.232、
【非特許文献3】土信田、外4名、“弾性応力下における焼戻しマルテンサイト鋼中の水素誘起格子欠陥の形成と水素脆化”、鉄と鋼、Vo.98、No.5、2012年、p.197-p.206
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鋼材内の水素侵入挙動は、鋼材への負荷応力の大きさに応じて変化する(非特許文献3)。鋼材への負荷応力が、水素脆化による鋼材の破断が発生しない下限界応力以下である場合であれば、経過時間ごとに鋼材内の水素量をTDSにより測定することで、水素量が飽和に達するまでの水素の侵入挙動を知ることができる。
【0006】
しかし、鋼材への負荷応力が下限界応力以上である場合、鋼材は水素を吸蔵している途中で破断し、破断した時点で鋼材の負荷応力が0(零)になるため、鋼材内で水素量が飽和に達するまでの水素侵入挙動を知ることができなかった。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、鋼材への負荷応力が下限界応力以上(つまり、水素脆化による鋼材の破断が発生する応力)である場合であっても、水素量が飽和に達するまでの水素侵入挙動を推定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の課題を解決するため、請求項1に係る水素侵入挙動推定方法は、鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定する水素侵入挙動推定方法において、コンピュータが、推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生しない一定の応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が経時変化しなくなるまでの水素量の経時変化第1の測定データとして入力する第1のステップと、前記推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生する一定の応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化第2の測定データとして入力する第2のステップと、前記第1の測定データと前記第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、前記第1の測定データに係る水素増加量に対する前記第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する第3のステップと、前記第1の測定データによる飽和水素量に前記比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の飽和水素量とする第4のステップと、を行うことを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る水素侵入挙動推定方法は、請求項1に記載の水素侵入挙動推定方法において、水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から前記推定対象鋼材の水素拡散係数を計算し、前記水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の水素量に係る侵入挙動データを計算する第5のステップを更に行うことを特徴とする。
【0010】
請求項3に係る水素侵入挙動推定方法は、請求項1又は2に記載の水素侵入挙動推定方法において、前記第3のステップでは、前記第1の測定データと前記第2の測定データを、縦軸を水素量とし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間の1/2乗とするグラフにそれぞれプロットし、測定初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾きを用いて前記比を計算することを特徴とする。
【0011】
請求項4に係る水素侵入挙動推定装置は、鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定する水素侵入挙動推定装置において、推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生しない一定の応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が経時変化しなくなるまでの水素量の経時変化第1の測定データとして入力する第1の測定データ入力部と、前記推定対象鋼材に対して水素チャージを行いながら水素脆化による破断が発生する一定の応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化第2の測定データとして入力する第2の測定データ入力部と、前記第1の測定データと前記第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、前記第1の測定データに係る水素増加量に対する前記第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する比計算部と、前記第1の測定データによる飽和水素量に前記比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の飽和水素量とする飽和水素量計算部と、を備えることを特徴とする。
【0012】
請求項5に係る水素侵入挙動推定装置は、請求項4に記載の水素侵入挙動推定装置において、水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から前記推定対象鋼材の水素拡散係数を計算し、前記水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における前記推定対象鋼材の水素量に係る侵入挙動データを計算する水素侵入挙動推定部を更に備えることを特徴とする。
【0013】
請求項6に係る水素侵入挙動推定装置は、請求項4又は5に記載の水素侵入挙動推定装置において、前記比計算部は、前記第1の測定データと前記第2の測定データを、縦軸を水素量とし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間の1/2乗とするグラフにそれぞれプロットし、測定初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾きを用いて前記比を計算することを特徴とする。
【0014】
請求項7に係る水素侵入挙動推定プログラムは、請求項4乃至6のいずれかに記載の水素侵入挙動推定装置としてコンピュータを機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋼材への負荷応力が下限界応力以上(つまり、水素脆化による鋼材の破断が発生する応力)である場合であっても、水素量が飽和に達するまでの水素侵入挙動を推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】水素侵入挙動推定装置の構成を示す図である。
図2】0.7σと0.9σの水素侵入挙動を示す図である。
図3】水素チャージ時間を1/2乗した場合の0.7σと0.9σの水素侵入挙動を示す図である。
図4】推定された0.9σの水素侵入挙動を示す図である。
図5】飽和水素量と鋼材の寿命との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施する一実施の形態について図面を用いて説明する。
【0018】
<水素侵入挙動推定装置の構成>
図1は、本実施形態に係る水素侵入挙動推定装置1の構成を示す図である。水素侵入挙動推定装置1は、第1の測定データ入力部11と、第2の測定データ入力部12と、比計算部13と、飽和水素量計算部14と、水素侵入挙動推定部15と、を備える。水素侵入挙動推定装置1は、自装置に備わる通信インタフェースを介して記憶部3及び表示部5と通信可能に接続されている。
【0019】
第1の測定データ入力部11は、推定対象の高強度鋼材に対して水素脆化による破断が発生しない応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が飽和に達するまでの水素量の経時変化に係る第1の測定データを入力し、記憶部3に記憶させる機能を備える。
【0020】
第2の測定データ入力部12は、推定対象鋼材に対して水素脆化による破断が発生する応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化に係る第2の測定データを入力し、記憶部3に記憶させる機能を備える。
【0021】
比計算部13は、第1の測定データと第2の測定データを記憶部3から読み出して、第1の測定データと第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、第1の測定データに係る水素増加量に対する第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する機能を備える。比計算部13は、第1の測定データと第2の測定データを、縦軸を水素量とし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間の1/2乗とするグラフにそれぞれプロットし、測定初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾きを用いて比を計算する機能を備える。
【0022】
飽和水素量計算部14は、第1の測定データによる飽和水素量に比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における推定対象鋼材の飽和水素量とし、表示部5に出力する機能を備える。
【0023】
水素侵入挙動推定部15は、水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から推定対象鋼材の水素拡散係数を計算し、計算した水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における推定対象鋼材の水素量に係る侵入挙動データ(水素量の経時変化)を計算し、表示部5に出力する機能を備える。
【0024】
なお、飽和水素量計算部14と水素侵入挙動推定部15は、いずれも水素侵入挙動に関する情報(飽和水素量、水素量の経時変化)を扱うため、同一の機能部で実現してもよい。
【0025】
<水素侵入挙動推定装置の動作>
次に、水素侵入挙動推定装置1で行う水素侵入挙動推定方法について説明する。水素侵入挙動推定装置1は、下記の工程(ステップ)を行う。鋼材へ侵入する水素の侵入挙動を推定するため、予め同一形状及び同一材質である少なくとも2つの高強度鋼材を用意する。
【0026】
工程1;
工程1では、推定対象の高強度鋼材に対して、鋼材が水素脆化により破断しない応力条件で、鋼材中の水素量が飽和に達するまでの経時変化を測定する。以下、工程1について具体的に説明する。
【0027】
まず、高強度鋼材に対して水素チャージを行いながら一定の引張応力を付与する定荷重試験を行う。鋼材に付与する引張応力は、鋼材が水素脆化により破断しない下限界応力以下となるよう、例えば鋼材の引張強さの0.7倍の応力(0.7σ)とする。鋼材の試験片としては、例えば、長さ50cm、直径7mmの丸棒平滑材を用いる。水素チャージを行う方法としては、鋼材を電解質水溶液に浸漬させて負電位を印加する陰極チャージ法を用いる。電解質水溶液としては、1mol/Lの炭酸水素ナトリウム水溶液を用いる。印加電位としては、−1V vs.SSEを用いる。
【0028】
次に、水素チャージを開始してから所定の時間が経過した後、鋼材を切り出して、TDS(昇温脱離法)により鋼材内部の水素量を測定する。TDSの測定条件は、例えば、昇温速度10℃/minで500℃までの測定とする。この測定を、水素チャージを開始してから例えば1時間、2時間、3時間、6時間、12時間、24時間、48時間、72時間経過後にそれぞれ行い、0.7σの負荷応力における水素侵入挙動を調べる。
【0029】
その後、第1の測定データ入力部11は、0.7σの負荷応力で測定した水素侵入挙動の測定データ(第1の測定データ)を入力し、記憶部3に記憶させる。
【0030】
工程2;
工程2では、推定対象の高強度鋼材が水素脆化により破断する応力条件で、鋼材が破断しない間の鋼材内の水素量の経時変化を測定する。以下、工程2について具体的に説明する。
【0031】
鋼材に付与する負荷応力が下限界応力以上となるよう、例えば鋼材の引張強さの0.9倍の応力(0.9σ)を鋼材に付与し、工程1と同様の方法で水素チャージを行う。鋼材が水素脆化により破断する前である、例えば水素チャージを開始してから1時間、2時間、3時間経過後に、鋼材を切り出して、TDSにより鋼材内部の水素量を測定する。
【0032】
その後、第2の測定データ入力部12は、0.9σの負荷応力で測定した水素侵入挙動の測定データ(第2の測定データ)を入力し、記憶部3に記憶させる。
【0033】
図2は、0.7σの負荷応力と0.9σの負荷応力の各水素侵入挙動を示す図である。横軸は、水素チャージ時間tであり、縦軸は、水素チャージ時間tに対する鋼材内の水素量Cである。
【0034】
工程3;
工程3では、工程1と工程2で得られた第1の測定データと第2の測定データを、縦軸を水素量C、横軸を時間の1/2乗でプロットしたときの各傾きの比を計算する。以下、工程3について具体的に説明する。
【0035】
まず、鋼材内の水素は拡散により鋼材内部へ侵入すると考えられるので、拡散初期時(測定初期時)における鋼材内の水素量Cは、式(1)で近似することができる。測定者は、式(1)を記憶部3に記憶させる。
【0036】
【数1】
【0037】
Cは鋼材内の水素量、Cは飽和水素量、aは鋼材の半径、Dは水素拡散係数、tは水素チャージ時間である。
【0038】
次に、比計算部13は、記憶部3から第1の測定データと第2の測定データを読み出して、0.7σ及び0.9σの各水素侵入挙動を、縦軸を水素量Cとし、横軸を測定に用いた水素チャージ時間tの1/2乗とするグラフにプロットする。水素チャージ時間tの1/2乗でプロットしたときのグラフは、図3に示すグラフとなる。
【0039】
次に、比計算部13は、生成したグラフを用いて、拡散初期時のプロット点を通過するそれぞれの直線の傾き(所定時間あたりの水素増加量)を計算する。図3のグラフより、拡散初期における、鋼材が水素脆化破断しない応力条件での傾きA0.7σと水素脆化破断する応力条件での傾きA0.9σは、それぞれ、式(2)と式(3)となる。
【0040】
【数2】
【0041】
【数3】
【0042】
その後、比計算部13は、2つの直線の傾きの比を計算する。式(2)と式(3)より、傾きA0.7σに対する傾きA0.9σの比は、式(4)となる。
【0043】
【数4】
【0044】
工程4;
工程4では、鋼材が水素脆化破断しない応力条件での飽和水素量に、工程3で求めた傾きの比をかけることにより、水素脆化破断する応力条件での飽和水素量を推定する。以下、工程4について具体的に説明する。
【0045】
まず、飽和水素量計算部14は、記憶部3から式(1)を読み出す。鋼材が水素脆化破断しない応力条件と水素脆化破断する応力条件のいずれの場合においても、鋼材の水素拡散係数Dは一定であると仮定すると、式(1)より、傾きA0.7σと傾きA0.9σは、それぞれ、式(5)と式(6)で表される。
【0046】
【数5】
【0047】
【数6】
【0048】
s0.7σは、0.7σの負荷応力における飽和水素量である。Cs0.9σは、0.9σの負荷応力における飽和水素量である。式(5)と式(6)より、飽和水素量Cs0.9σは、式(7)で表される。
【0049】
【数7】
【0050】
式(7)が、工程4の冒頭で述べた「鋼材が水素脆化破断しない応力条件での飽和水素量に、工程3で求めた傾きの比をかける」式となる。飽和水素量計算部14は、式(7)の通り、式(4)で求めた「傾きA0.7σに対する傾きA0.9σの比」を「飽和水素量Cs0.7σ」にかけることにより、飽和水素量Cs0.9σを計算し、表示部5に出力する。これにより、水素脆化破断する応力条件における鋼材の飽和水素量を簡易に推定できる。本実施の形態での測定では、図1より、飽和水素量Cs0.7σは6.40ppmであったため、飽和水素量Cs0.9σは式(8)となる。
【0051】
【数8】
【0052】
工程5;
工程5では、工程3の冒頭で述べたように、鋼材内の水素は拡散により鋼材内部へ侵入すると考えられるので、水素は鋼材内で拡散するとみなし、鋼材内の水素量の経時変化から水素拡散係数を計算し、計算した水素拡散係数を用いた拡散方程式を用いて、水素脆化破断する応力条件における鋼材の水素侵入挙動データ(水素量の経時変化)を計算する。以下、工程5について具体的に説明する。
【0053】
まず、水素侵入挙動推定部15は、式(6)にa=3.5mm、A0.9σ=2.06、Cs0.9σ=8.38ppmを代入して、水素拡散係数Dを計算する。計算すると、水素拡散係数Dは式(9)となる。
【0054】
【数9】
【0055】
次に、水素侵入挙動推定部15は、式(9)の水素拡散係数Dと式(7)又は式(8)の飽和水素量Cs0.9σを用い、水素拡散係数及び飽和水素量を変数として利用可能な既存の拡散方程式を用いて、例えば差分法を用いた一般的な数値計算方法により、0.9σの負荷応力における鋼材の水素侵入挙動データを計算し、表示部5に出力する。計算により推定された鋼材の水素侵入挙動データは、図4に示す0.9σ推定値となる。
【0056】
以上より、本実施の形態によれば、水素侵入挙動推定装置1が、推定対象鋼材に対して水素脆化による破断が発生しない応力を与えて測定した、鋼材内の水素量が飽和に達するまでの水素量の経時変化に係る第1の測定データを入力する第1の測定データ入力部11と、推定対象鋼材に対して水素脆化による破断が発生する応力を与えて測定した、鋼材が破断するまでの鋼材内の水素量の経時変化に係る第2の測定データを入力する第2の測定データ入力部12と、第1の測定データと第2の測定データを記憶部3から読み出して、第1の測定データと第2の測定データを用いて測定初期時の水素増加量をそれぞれ計算し、第1の測定データに係る水素増加量に対する第2の測定データに係る水素増加量の比を計算する比計算部13と、第1の測定データによる飽和水素量に比を乗算し、乗算した値を水素脆化による破断が発生する応力を与えた場合における推定対象鋼材の飽和水素量とする飽和水素量計算部14と、を備えるので、鋼材への負荷応力が下限界応力以上である場合における高強度鋼材の水素侵入挙動を推定できる。つまり、高強度鋼材について、これまで困難であった水素脆化破断が生じる応力条件での水素侵入挙動を簡易に推定することができる。
【0057】
同一材料においては、鋼材内へ侵入する水素量が少ないほど破断が生じるまでの時間は長くなると考えられるため、水素脆化破断が生じる応力条件での水素侵入挙動が正確に推定できるようになれば、侵入する水素量を低減することを水素脆化破断寿命の長い鉄鋼材料の開発指針の一つとすることができるようになる。破断が生じる水素量及び水素拡散係数が同一であるならば、図5に示すように飽和水素量Cが低いほど(Cs1>Cs2>Cs3)、水素脆化破断による鋼材の寿命が長くなるので、水素脆化破断に起因する鋼材寿命の長い材料を開発する際は飽和水素量Cを低下させることを開発指針とすることができる。
【0058】
最後に、本実施の形態で説明した水素侵入挙動推定装置1は、コンピュータとプログラムによっても実現でき、プログラムを記録媒体に記録することも可能であり、通信ネットワークを通して提供することも可能である。
【符号の説明】
【0059】
1…水素侵入挙動推定装置
11…第1の測定データ入力部
12…第2の測定データ入力部
13…比計算部
14…飽和水素量計算部
15…水素侵入挙動推定部
3…記憶部
5…表示部
図1
図2
図3
図4
図5