(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記回折強度パターンにおける、ゼロロスピークの領域の終点と、回折強度がバックグラウンドにまで低下する点との間の領域を、前記積分値Iaを算出する際の積分領域とし、
前記ゼロロスピークの領域の終点は、前記ゼロロスピークの領域と、他の領域との間にあらわれる変曲点とする請求項1に記載の被膜層の結晶状態評価方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
(1)被膜層の結晶状態の評価方法
既述の様に、粒子の表面に配置した被膜層について、被膜層の結晶相や、非晶質相の有無等の被膜層の結晶状態を適切に評価できる方法は、従来見出されていなかった。
【0016】
そこで、本発明の発明者らは、粒子表面に配置した被膜層の結晶状態を適切に評価できる被膜層の結晶状態評価方法について鋭意検討を行った。その結果、粒子の表面に配置した被膜層の結晶状態について、透過型電子顕微鏡−電子回折法(Transmission Electron Microscope−Electron Diffraction法、以下、単に「TEM−ED法」とも記載する)によって評価が可能であることを見出した。
【0017】
TEM−ED法により、結晶相や、非晶質相を含む試料について電子回折図形を測定した場合、結晶相が単結晶であれば結晶の対称性に従った回折スポットを有する回折図形が得られる。結晶相が多結晶であれば測定領域内にあらゆる方位の結晶が存在するためデバイ・シェラー環とよばれるリング状の回折図形が現れる。また、非晶質相では明瞭な回折スポットは現れず、ハローパターンと呼ばれる同心円状の回折図形が得られる。
【0018】
このため、TEM−ED法を用いて粒子の表面に形成した被膜層を狙って測定し、得られた被膜層の電子回折図形に結晶相由来の回折図形と、非晶質相由来の回折図形が含まれていれば、当該被膜層が結晶相と非晶質相の混相であると判断することができる。
【0019】
さらに、本発明の発明者らは、TEM−ED法で得られた電子回折図形を画像解析し、結晶相由来の回折強度の積分値と非晶質相由来の回折強度の積分値と用いることで、結晶相と非晶質相との割合の指標を得られることを見出した。
【0020】
なお、ここでいう電子回折図形を画像解析するとは、電子回折図形から回折強度として輝度値を抽出することを意味する。また、特に断りのない限り、TEM−ED法における回折強度とは輝度値(gray value)のことを表す。
【0021】
そこで、本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法は、粒子の表面に形成された被膜層の結晶状態評価方法に関し、以下の工程を有することができる。
【0022】
透過型電子顕微鏡−電子回折法を用いて被膜層の電子回折図形を取得する電子回折図形取得工程。
取得した電子回折図形から一次元領域の回折強度パターンを抽出し、回折強度パターンに表れた、被膜層に含まれる結晶相の最も回折強度が大きい結晶面である(lmn)面に由来する結晶相領域の回折強度の積分値Icと、被膜層に含まれる非晶質相に由来する非晶質相領域の回折強度の積分値Iaとを算出する回折強度算出工程。
結晶相の粉末X線回折パターンにおける、最も回折強度が大きい結晶面の回折強度を1とした場合の、(lmn)面の回折強度の割合で、積分値Icを除して規格化積分値Icsを算出する規格化工程。
積分値Iaと、規格化積分値Icsとの比を算出し、被膜層の非晶質相/結晶相割合とする割合算出工程。
【0023】
以下、各工程について説明する。
(電子回折図形取得工程)
電子回折図形取得工程では、透過型電子顕微鏡−電子回折法を用いて被膜層の電子回折図形を取得することができる。
【0024】
電子回折図形を取得する際の測定条件は特に限定されず、測定する試料等に応じて任意に選択することができる。例えば十分な空間分解能を得られ、かつ試料を分解等させないように、加速電圧等を選択することが好ましい。
【0025】
本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法によれば、各種被膜層を有する試料について評価を行うことができ、測定する試料の種類は特に限定されない。
【0026】
本発明の発明者らの検討によれば、非水系電解質二次電池用正極活物質において、被膜層に含まれる結晶相と、非晶質相との割合が、該正極活物質の特性に大きな影響を与えるため、係る被膜層に含まれる結晶相と、非晶質相との割合の評価方法が求められていた。そして、本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法によれば、係る被膜層に含まれる結晶相と、非晶質相との割合を容易に、かつ適切に評価することができる。このため、本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法の被測定試料として、被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質を好適に用いることができる。
【0027】
被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質の具体的な構成は特に限定されないが、母材となる粒子としては、後述するようにリチウム金属複合酸化物粒子(リチウム金属複合酸化物粉末の粒子)を含むことが好ましい。また、被膜層は、タングステン酸リチウムを含むことが好ましい。
【0028】
タングステン酸リチウムを含む被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質について、電子回折図形取得工程において、被膜層の電子回折図形を得る際には、例えば透過型電子顕微鏡の加速電圧を60kV以上300kV以下とすることが好ましい。
【0029】
これは、加速電圧を60kV以上とすることで、空間分解能を高くすることができ、微細領域を正確に評価することができるからである。また、加速電圧を300kV以下とすることで、試料にダメージが加わることを抑制できるからである。
【0030】
また、プローブ電流値は目的とする回折図形が得られれば特に限定されない。
【0031】
被測定物がタングステン酸リチウムを含む被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質の場合を例に好適な測定条件を説明したが、被測定物がタングステン酸リチウムを含む被膜層を有する場合以外でも、同様の加速電圧とすることもできる。
(回折強度算出工程)
回折強度算出工程では、取得した電子回折図形から一次元領域の回折強度パターンを抽出し、回折強度パターンに表れた、被膜層に含まれる結晶相の最も回折強度が大きい結晶面である(lmn)面に由来する結晶相領域の回折強度の積分値Icと、被膜層に含まれる非晶質相に由来する非晶質相領域の回折強度の積分値Iaとを算出できる。
回折強度算出工程では、まず電子回折図形から一次元領域の回折強度パターンを抽出することができる。すなわち、電子回折図形から、一次元領域の輝度値を抽出し、回折強度パターンを得ることができる。
【0032】
TEM−ED法により例えば
図1に示す二次元の電子回折図形が得られる。そして、係る電子回折図形において、エネルギー損失を伴わない透過電子によるピークであるゼロロスピーク11の中心を原点として放射方向に沿って、例えば点線で示した一次元領域Aの輝度値を抽出し、回折強度パターンを取得できる。
【0033】
この際、電子回折図形に表れた最も回折強度が大きい、すなわち最も輝度が高い(lmn)面(l、m、nは整数を表す)由来の回折スポット12を通るように一次元領域Aを設定することになる。
【0034】
なお、回折強度算出工程で、回折強度パターンを取得するために一次元領域Aを設定する際に用いる結晶相由来の回折スポットは、被膜層に含まれ、かつ評価の対象となる成分に帰属される回折スポットであれば、組成や結晶構造、指数は特に限定されない。また、単結晶由来及び多結晶由来の回折スポットのどちらを利用してもよい。電子回折図形内に複数の異なる結晶方位の回折パターンが現れている場合、上述のように最も回折強度が高い、すなわち結晶性がよい回折スポットを用いることが好ましい。結晶相由来の回折パターンの帰属にはICDD(登録商標)などの粉末X線回折データベースなどを用いることができる。
【0035】
ここで、
図2に
図1に示した一次元領域Aの回折強度パターンを抽出した例を示す。
図2中縦軸が回折強度を、横軸が原点からの逆格子空間における距離を表しており、単位はÅの逆数である。係る回折強度パターンは、
図1におけるゼロロスピーク11の中心を原点として、放射方向に沿って一次元領域Aの回折強度パターンを抽出したものである。
【0036】
図2に示すように、回折強度パターンは原点側にゼロロスピーク21と、結晶相の最も回折強度が大きい(lmn)面由来のピーク22とを有する。
【0037】
そして、係る回折強度パターンから、回折強度パターンに表れた、被膜層に含まれる結晶相の最も回折強度が大きい結晶面である(lmn)面に由来する結晶相領域の回折強度の積分値Icと、被膜層に含まれる非晶質相に由来する非晶質相領域の回折強度の積分値Iaとを算出する。
【0038】
積分値Ic、及び積分値Iaとを算出する具体的な手順は特に限定されるものではないが、例えばゼロロスピークに由来するゼロロスピークの領域を除外した後、結晶相に由来する結晶相領域と、非晶質相領域とを分離し、それぞれの積分値を算出することが好ましい。
【0039】
ゼロロスピークの領域の規定の仕方についても特に限定されないが、例えば、ゼロロスピークの領域の終点は、ゼロロスピークの領域と、他の領域との間にあらわれる変曲点とすることができる。すなわち、
図2において、ゼロロスピーク21の領域211と、それ以外の他の領域、すなわち非晶質相領域231との間に生じる変曲点20Aをゼロロスピーク21の領域211の終点とすることができる。
【0040】
変曲点の具体的な決定方法としては、例えば、測定値の平滑化と微分を同時に行うSavitzky−Golay法を用いて、回折強度パターンの微分値を算出し、この微分値の絶対値が、ゼロロスピークの領域内の最大値の10%に該当する点を変曲点とする方法を用いることができる。また、回折強度パターンの平滑化および微分手法としては、Savitzky−Golay法に限らず、適宜各種手法を使用することができる。
【0041】
非晶質相領域231の回折強度の積分値Iaを算出する際に、非晶質相領域231の終点を選択する方法についても特に限定されないが、例えば回折強度がバックグラウンドにまで低下する点20Bを非晶質相領域231の終点とすることができる。
【0042】
なお、バックグラウンドはゼロロスピークの中心からの逆格子空間における距離が12Å
−1となる点の回折強度の値と規定することができる。ここで、ゼロロスピークの中心からの逆格子空間における距離が12Å
−1よりも大きい領域は、実空間では格子面間隔が約0.083Å未満の領域に対応する。この格子面間隔は、被膜層を構成する物質の原子間距離に対して十分小さい値であるため、この領域における回折強度は無視できる。
【0043】
また、例えば回折強度が非晶質相領域231の始点、すなわちゼロロスピーク21の領域211の終点の回折強度の1/10をバックグラウンドとして規定することもできる。
【0044】
そして、回折強度パターンにおけるゼロロスピーク21の領域211の終点と、回折強度がバックグラウンドにまで低下する点20Bとの間の領域を、積分値Iaを算出する際の積分領域とすることができる。
【0045】
また、
図2に示すように、回折強度パターンにおいて結晶相領域221と、非晶質相領域231とが一部重複する場合、結晶相領域221、非晶質相領域231は以下のように規定できる。
【0046】
結晶相領域221と、非晶質相領域231とが重複を開始する位置における非晶質相領域231の回折強度の点20Cと、結晶相領域221と、非晶質相領域231とが重複を終了する位置における非晶質相領域231の回折強度の点20Dとを結んだ直線よりも回折強度が小さい領域を非晶質相領域231とすることができる。
【0047】
また、上記点20Cと、点20Dよりも回折強度が大きい領域を結晶相領域221とすることができる。
(規格化工程)
規格化工程では、結晶相の粉末X線回折パターンにおける、最も回折強度が大きい結晶面の回折強度を1とした場合の、(lmn)面の回折強度の割合で、積分値Icを除して規格化積分値Icsを算出することができる。
【0048】
結晶相由来の回折スポットはその指数によって輝度が変化し、その結果回折強度パターンにおける回折強度が変化する。これは指数によって原子密度が異なるためである。
【0049】
そして、TEM−ED法により電子回折図形を取得する際、試料表面と電子銃との位置により、得られた電子回折図形に最高輝度として現れる回折スポットの面指数が異なる場合がある。
【0050】
このため、積分値算出に用いる結晶相由来の回折強度に対しては、指数ごとにその回折強度に重みづけをする必要がある。本発明の発明者らは、この重みづけを結晶相の粉末X線回折パターンにおける回折強度比を用いて行うことを見出した。
【0051】
規格化工程では、上述のように結晶相の粉末X線回折パターンにおける、最も回折強度が大きい結晶面の回折強度を1とした場合の、(lmn)面の回折強度の割合で、積分値Icを除して規格化積分値Icsを算出することができる。なお、(lmn)面は回折強度算出工程で積分値Icを算出する際に用いた回折強度パターンに含まれていた面である。粉末X線回折パターンにおける、最も回折強度が大きい結晶面と、(lmn)面とは同じ面であっても良く、この場合は積分値Icを除する数値が1となり、積分値Icと、規格化積分値Icsとは同じ数値になる。
【0052】
規格化工程を実施する際に用いる結晶相の粉末X線回折パターンは、実験的に取得することもできるが、粉末X線回折パターンのデータベースのデータを用いることが好ましい。例えばICDD記載のデータを用いることができる。
【0053】
規格化工程の計算例について、被膜層がLi
2WO
4を含む場合を例に以下に説明する。
回折強度算出工程で、Li
2WO
4(ICDD No.00−01―0760)の(220)面由来の回折スポットに由来する回折強度ピークを積分値Icを算出する際に用いたとする。この場合、ICDDの記載によれば(220)面由来の回折強度は、Li
2WO
4で最も回折強度が大きい(211)面由来の回折強度を1とした場合、0.25であるので、積分値Icを0.25で除することによって積分値に重みづけを行う。この操作によって、結晶相(lmn)面由来の回折強度の規格化積分値Icsを算出することができる。
(割合算出工程)
割合算出工程では、積分値Iaと、規格化積分値Icsとの比を算出し、被膜層の非晶質相/結晶相割合とすることができる。
【0054】
係る非晶質相/結晶相割合は、被膜層に含まれる非晶質相と結晶相との割合の指標となっており、例えば被膜層を有する粒子について、被膜層に含まれる非晶質相と、結晶相との割合を比較することが可能になる。このため、本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法によれば、被膜層中の結晶相と、非晶質相との割合を適切に評価することが可能になる。
(2)被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質
既述の様に、本実施形態の被膜層の結晶状態評価方法は、被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質の評価に好適に用いることができる。
【0055】
そこで、以下に既述の被膜層の結晶状態評価方法を好適に適用できる被膜層を有する非水系電解質二次電池用正極活物質の構成例について説明する。
【0056】
係る非水系電解質二次電池用正極活物質は、リチウム金属複合酸化物粉末と、該粉末の粒子の表面に配置された被膜層とを有することが好ましい。各部について以下に説明する。
(リチウム金属複合酸化物粉末)
非水系電解質二次電池用正極活物質(以下、単に「正極活物質」とも記載する)は、一般式:Li
zNi
1−x−yCo
xM
yO
2+α(ただし、0<x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦z≦1.30、−0.15≦α≦0.15、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されるリチウム金属複合酸化物粉末を含むことが好ましい。
【0057】
係るリチウム金属複合酸化物の結晶構造は層状構造を有することができる。
【0058】
そして、リチウム金属複合酸化物粉末の粒子は、一次粒子および一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなっていることが、電解液との接触面積を多くし、出力特性の向上に有利である点で好ましい。
【0059】
なお、より高い充放電容量を得るためには、上記一般式において、x+y≦0.2、0.95≦z≦1.10とすることが好ましい。高い熱的安定性が要求される場合には、x+y>0.2とすることが好ましい。
(被膜層)
そして、リチウム金属複合酸化物粉末は、構成する粒子の表面に被膜層を有することが好ましい。
【0060】
なお、既述の様にリチウム金属複合酸化物粉末の粒子は、一次粒子と一次粒子が凝集して形成された二次粒子とから構成された形態を有していることが好ましい。この場合、被膜層は、上記リチウム金属複合酸化物粉末の粒子の、二次粒子の表面を構成している一次粒子の表面、及び二次粒子の内部に存在する一次粒子の表面に配置されていることが好ましい。
【0061】
被膜層に含まれる成分は特に限定されないが、リチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオンの移動を促す効果を有する成分を含有することが好ましい。このため、被膜層は例えばタングステン酸リチウムを含むことが好ましい。なお、被膜層はタングステン酸リチウムから構成することもできる。
【0062】
一般的に、正極活物質の表面が異種化合物により完全に被覆されてしまうと、リチウムイオンの移動(インターカレーション)が大きく制限されるとも考えられる。
【0063】
しかしながら、例えば被膜層がリチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオンの移動を促す効果を有する成分を含有する場合、リチウム金属複合酸化物粉末の一次粒子表面に被膜層を配置することで、電解液との界面でリチウムの伝導パスを形成することができる。そして、正極抵抗を低減して電池の出力特性を向上させることができる。
【0064】
正極抵抗が低減されることで、電池内で損失される電圧が減少し、実際に負荷側に印加される電圧が相対的に高くなるため、高出力が得られる。また、負荷側への印加電圧が高くなることで、正極でのリチウムの挿抜が十分に行われるため、電池の充放電容量、すなわち電池容量も向上させることができる。
【0065】
既述の様に被膜層は、リチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオンの移動を促す効果を有する成分を含有することが好ましく、例えばタングステン酸リチウムを含有することが好ましい。
【0066】
タングステン酸リチウムは、Li
2WO
4、Li
4WO
5、Li
6W
2O
9など多くの存在形態を有しており、いずれの状態のタングステン酸リチウムが被膜層に含まれていても良い。ただし、Li
2WO
4は、リチウムイオン伝導性が高く、他のタングステン酸リチウムと比べて水等の溶媒によって解離しにくい性質を有するため、被膜層はLi
2WO
4を含有することが好ましい。特に、被膜層中のLi
2WO
4の含有割合を高くすることで、正極活物質の正極抵抗がより大きく低減され、より大きな出力特性向上の効果が得られる。また、正極抵抗の低減により、電池容量の向上も可能となる。さらには、被膜層のタングステン酸リチウム中に含まれるLi
2WO
4の割合を高めることで、電池の高温保存時におけるガス発生量を抑制することが可能であるため、安全性を特に高めることが可能である。
【0067】
このため、被膜層のタングステン酸リチウムは、Li
2WO
4の含有割合が高い方が好ましく、被膜層のタングステン酸リチウム中のLi
2WO
4の割合は例えば50mol%より高いことが好ましい。
【0068】
被膜層のタングステン酸リチウム中のLi
2WO
4の割合の上限は特に限定されないが、例えば90mol%以下であることが好ましく、80mol%以下であることがより好ましい。これは、例えばリチウムイオン伝導性が高く、正極抵抗低減効果がLi
2WO
4より大きいLi
4WO
5を少量存在させることで、正極抵抗をさらに低減でき、好ましいからである。
【0069】
被膜層に含まれるタングステン酸リチウムの化合物形態の評価は、例えばX線や電子線を用いた機器分析により可能である。また、塩酸によるpH滴定分析によって評価することもできる。
【0070】
電解液と正極活物質との接触は、正極活物質に含まれるリチウム金属複合酸化物粉末の一次粒子表面で起こるため、リチウム金属複合酸化物の一次粒子表面に被膜層が配置されていることが好ましい。ここで、一次粒子表面とは、二次粒子の外面で露出している一次粒子表面や、二次粒子外部と通じて電解液が浸透可能な二次粒子の表面近傍および内部の空隙に露出している一次粒子表面、さらには単独で存在する一次粒子の表面を含むものである。また、一次粒子間の粒界であっても一次粒子の結合が不完全で電解液が浸透可能な状態となっていれば一次粒子表面に含まれる。
【0071】
正極活物質と電解液との接触は、上記正極活物質に含まれるリチウム金属複合酸化物の一次粒子が凝集して形成された二次粒子の外面のみでなく、二次粒子の表面近傍および内部の一次粒子間の空隙、さらには不完全な粒界でも生じる。このため、上記リチウム金属複合酸化物粉末の一次粒子表面にも被膜層を配置し、リチウムイオンの移動を促すことが好ましい。このように、電解液との接触が可能なリチウム金属複合酸化物の一次粒子表面の多くにも被膜層を配置することで、正極活物質の正極抵抗をより一層低減させることができ、好ましい。
【0072】
被膜層に含まれる成分、例えばタングステン酸リチウムの形態は特に限定されず、例えば粒子形状や、薄膜形状を有することができる。
【0073】
被膜層に含まれる成分が粒子形状を有する場合、係る被膜層に含まれる粒子は例えば粒径が1nm以上400nm以下の粒子であることが好ましい。これは被膜層に含まれる粒子の粒径を1nm以上とすることで、十分なリチウムイオン伝導性を発揮することができるからである。また、被膜層に含まれる粒子の粒径を400nm以下とすることで、リチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面に特に均一に被膜層を形成でき、正極抵抗を特に抑制できるからである。
【0074】
被膜層に含まれる粒子は、全ての粒子が粒径1nm以上400nm以下の範囲に分布している必要はなく、例えばリチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面に配置された粒子について、個数で50%以上が1nm以上400nm以下であることが好ましい。
【0075】
なお、被膜層に含まれる粒子は、リチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面の全面に配置されている必要はなく、例えば点在している状態でもよい。
【0076】
また、被膜層に含まれる成分は、上述のように薄膜の状態でリチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面に存在していても良い。リチウム金属複合酸化物粉末の粒子表面を薄膜で被覆すると、比表面積の低下を抑制しながら、電解液との界面でリチウムの伝導パスを形成させることができ、電池容量をさらに向上させ、正極抵抗の低減という効果が得られる。
【0077】
被膜層に含まれる成分を薄膜の状態でリチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面に配置する場合、該薄膜は膜厚が1nm以上150nm以下であることが好ましい。
【0078】
これは被膜層に含まれる成分が薄膜の状態で存在している場合、その膜の膜厚を1nm以上150nm以下とすることで、該薄膜が十分なリチウムイオン伝導性を発揮できるからである。
【0079】
被膜層に含まれる成分が薄膜の状態で存在する場合でも、リチウム金属複合酸化物粉末の粒子の表面全体に配置されている必要はなく、例えば部分的に存在するのみでも良い。また、該薄膜全体が1nm以上150nm以下の膜厚である必要はなく、例えば該薄膜の一部が上記膜厚であっても良い。
【0080】
なお、被膜層は、複数の状態、例えば上述の粒子の状態と、薄膜の状態とが混在していても良い。
【0081】
そして、被膜層は結晶相と非晶質相の混相であることが望ましい。これは、被膜層が非晶質相であるほうが、リチウムイオンの導電性が高く、正極抵抗の低減効果が大きいからである。一方、電池内での被膜層の化学的安定性においては、結晶相であるほうが高いと考えられるからである。
【0082】
被膜層を結晶相と非晶質相の混相とし、正極活物質であるリチウム金属複合酸化物粉末を構成する粒子の構成状態を考慮して結晶相と、非晶質相との混相の最適な状態選定をすることで、高いリチウムイオン導電性を確保しつつ、電池内での化学的安定性も担保し、長期サイクルでの使用においても良好な耐久性を示すことができる。
【0083】
このため、ここで説明した被膜層を有する正極活物質について、既述の被膜層の結晶状態評価方法を実施した場合に、積分値Iaと規格化積分値Icsとの比である非晶質相/結晶相割合は0.05以上100以下であることが好ましい。
【0084】
これは、非晶質相/結晶相割合を0.05以上とすることで、被膜層が十分な非晶質相を含有することを意味しており、正極抵抗を抑制することができるからである。一方、非晶質相/結晶相割合を100以下とすることで、被膜層が十分な結晶性を含み、耐久性、すなわち例えばサイクル特性を高めることが可能になるからである。
【実施例】
【0085】
以下、本発明の実施例を用いて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順で製造した正極活物質の被膜層について、結晶状態を評価した。なお、本実施例では、複合水酸化物製造、正極活物質の作製には、和光純薬工業株式会社製試薬特級の各試料を使用した。
【0086】
Niを主成分とする金属複合酸化物粉末と水酸化リチウムとを混合して焼成する公知技術で得られたLi
1.030Ni
0.82Co
0.15Al
0.03O
2で表されるリチウム金属複合酸化物粉末の粒子を母材とした。このリチウム金属複合酸化物粉末の平均粒径は12.4μmであり、比表面積は0.3m
2/gであった。なお、平均粒径はレーザー回折散乱法における体積積算平均値を用い、比表面積は窒素ガス吸着によるBET法を用いて評価した。
【0087】
一方、電気伝導率が0.8μS/cmの純水100mLに3.3gの水酸化リチウム(LiOH)を溶解した水溶液中に、15.6gの酸化タングステン(WO
3)を添加して撹拌することにより、タングステン化合物の水溶液を得た。
【0088】
次に、母材とするリチウム金属複合酸化物粉末75gを、温度を25℃に調整した上記タングステン化合物の水溶液に浸漬し、さらに10分間撹拌することで十分に混合すると同時にリチウム金属複合酸化物粉末を水洗した。その後、ヌッチェを用いて吸引ろ過することで固液分離し、リチウム金属複合酸化物粒子と、液成分と、タングステン化合物からなるタングステン混合物を得た。このタングステン混合物を乾燥させ、乾燥前後の質量から求めたリチウム金属複合酸化物粒子に対する水分量は7.5質量%であった。
【0089】
また、ICP発光分光法により分析したところ、液成分のLi濃度は1.71mol/L、タングステン混合物のタングステン含有量は0.0038molであり、Liモル比は2.5であった。
【0090】
得られたタングステン混合物を、ステンレス(SUS)製焼成容器に入れ、真空雰囲気中において、100℃まで昇温して12時間乾燥し、さらに190℃まで昇温して3時間熱処理し、その後室温まで炉冷した。
【0091】
最後に目開き38μmの篩にかけ解砕することにより、リチウム金属複合酸化物粉末の粒子の一次粒子表面にタングステン酸リチウムからなる被膜層を有する正極活物質を得た。
【0092】
得られた正極活物質の組成、タングステン含有量、およびLi/MeをICP発光分光法により分析したところ、Ni:Co:Alは、原子数比で82:15:3であることが確認された。また、タングステン含有量はNi、CoおよびMの原子数の合計に対して0.5原子%の組成であることが確認され、そのLi/Meは0.987であり、母材のLi/Meは0.985であった。このため、母材の組成はLi
0.985Ni
0.82Co
0.15Al
0.03O
2で表される。
【0093】
なお、母材のLi/Meは、水洗時と同濃度のLiを含む水酸化リチウム溶液を用い、同条件で水洗したリチウム金属複合酸化物粉末をICP発光分光法により分析することにより求めた。
【0094】
得られた正極活物質中のタングステン酸リチウムの化合物形態について、正極活物質から溶出してくるLiを滴定することにより評価した。
【0095】
得られた正極活物質に純水を加えて一定時間撹拌後、ろ過したろ液のpHを測定しながら塩酸を加えていくことにより出現する中和点から、溶出するリチウムの化合物形態を評価した。その結果、被膜層のタングステン酸リチウム中にはLi
4WO
5とLi
2WO
4の存在が確認された。そして、含まれるLi
2WO
4の存在比率を算出したところ、60mol%であった。また、未反応のリチウム化合物である余剰リチウムは、正極活物質の全量に対して0.02質量%であった。
[タングステン酸リチウムの形態分析]
得られた正極活物質を、樹脂に埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工を行い、観察用試料を作製した。その試料を用いて倍率を5000倍としたSEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子および一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなり、一次粒子表面に微粒子が形成されていることが確認された。なお、上記一次粒子表面には、二次粒子の表面を構成している一次粒子の表面、及び二次粒子の内部に存在する一次粒子の表面を含む。その微粒子の粒径は20nm以上400nm以下であった。また、観察した二次粒子数の90%で、表面に微粒子が形成されており、二次粒子間で均一に微粒子が形成されていることが確認された。また、一次粒子および二次粒子と微粒子のコントラストの違いから、一次粒子および二次粒子と微粒子は異なる物質であることが分かった。
【0096】
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚2nm以上80nm以下の被膜層が形成されていること、電子エネルギー損失分光法(EELS)による分析により被膜層はタングステン酸リチウムであることを確認した。
【0097】
さらに、TEM−ED法により被膜層の電子回折図形を取得した(電子回折図形取得工程)。その結果、
図1に示すように結晶相由来の回折スポット12と非晶質相由来の回折パターン(ハローパターン)13が観測された。
【0098】
得られた電子回折図形から結晶相由来の回折パターンの内、最も輝度が高い、すなわち回折強度が大きい結晶相由来の回折スポットを選択し、その面間隔から、(Li
2WO
4)
7・4H
2Oの(440)面と帰属した。
【0099】
次に、取得した電子回折図形のゼロロスピーク11を原点として(440)面ピークに向かって放射方向に、一次元領域Aの回折強度パターンを抽出した。回折強度パターンを
図2に示す。
【0100】
図2に示す回折強度パターンおいて、ゼロロスピーク21の領域211と、それ以外の他の領域との間に生じる変曲点20Aをゼロロスピークの領域211の終点とし、ゼロロスピーク21の領域211を積分領域から除外した。なお、Savitzky−Golay法を用いて、回折強度パターンの微分値を算出し、この微分値の絶対値が、ゼロロスピークの領域内の最大値の10%に該当する点を変曲点20Aとした。
【0101】
そして、回折強度パターンにおけるゼロロスピーク21の領域211の終点と、回折強度がバックグラウンドにまで低下する点20Bとの間の領域を、非晶質相領域231の積分値Iaを算出する際の積分領域とした。回折強度がバックグラウンドにまで低下する点20Bは、ゼロロスピークの中心からの逆格子空間における距離が12Å
−1となる点とした。
【0102】
なお、
図2に示すように、回折強度パターンにおいて結晶相領域221と、非晶質相領域231とが一部重複していた。このため、結晶相領域221と、非晶質相領域231とが重複を開始する位置における非晶質相領域231の回折強度の点20Cと、結晶相領域221と、非晶質相領域231とが重複を終了する位置における非晶質相領域231の回折強度の点20Dとを結んだ直線よりも回折強度が小さい領域を非晶質相領域231とした。
【0103】
そして、上記点20Cと、点20Dよりも回折強度が大きい領域を結晶相領域221とした。
【0104】
以上のようにして結晶相領域221と、非晶質相領域231とを分離し、各領域の回折強度の積分値Ic、積分値Iaを算出した(回折強度算出工程)。
【0105】
次いで、結晶相(440)面由来の回折強度の積分値Icに対しては、ICDD(ICDD No.00−035−0826)に記載の(Li
2WO
4)
7・4H
2Oの最大回折強度(111)面に対する回折強度比0.24を除して、規格化積分値Icsを算出した(規格化工程)。
【0106】
次いで、非晶質相由来の回折強度の積分値Iaと結晶相(440)面由来の規格化積分値Icsの比(非晶質相/結晶相)を算出したところ0.40であった(割合算出工程)。
【0107】
従って、被膜層が、非晶質相と、結晶相との混相であることを確認できた。
[比較例1]
実施例1で評価に供した正極活物質の被膜層の結晶状態評価方法としてX線回折法を使用して評価を行った。得られたX線回折パターンには、(Li
2WO
4)
7・4H
2Oのピークが確認されたことから、被膜層に結晶相のタングステン酸リチウムが存在することを確認することができた。しかし、このX線回折パターンからは、非晶質相のタングステン酸リチウムが存在するかどうかは判別できなかった。