【文献】
SUYANTARA Gde Pandhe Wisnu, HIRAJIMA Tsuyoshi, MIKI Hajime, SASAKI Keiko,Floatability of molybdenite and chalcopyrite in artificial seawater,Minerals Engineering,2017年11月06日,Vol. 115,p. 117-130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記条件付け工程において、前記二亜硫酸塩として二亜硫酸ナトリウムを用い、二亜硫酸ナトリウムの添加量を前記鉱物スラリーの鉱物重量に対して5〜25kg/tとする
ことを特徴とする請求項1または2記載の選鉱方法。
【背景技術】
【0002】
銅製錬の分野では、銅を含有する銅鉱石、銅精鉱などの原料から銅を回収する様々な方法が提案されている。例えば、銅鉱石から銅を回収するには以下の処理が行なわれる。
【0003】
(1)選鉱工程
選鉱工程では、鉱山で採掘された銅鉱石を粉砕した後、水を加えてスラリーとし、浮遊選鉱を行なう。浮遊選鉱では、スラリーに抑制剤、起泡剤、捕収剤などで構成される浮選剤を添加し、空気を吹き込んで銅鉱物を浮遊させつつ、脈石を沈降させて分離を行なう。これにより銅品位30%前後の銅精鉱が得られる。
【0004】
(2)乾式製錬工程
乾式製錬工程では、選鉱工程で得られた銅精鉱を自溶炉などの炉を用いて熔解し、転炉および精製炉を経て銅品位99%程度の粗銅にまで精製する。粗銅は次工程の電解工程で用いられるアノードに鋳造される。
【0005】
(3)電解工程
電解工程では、硫酸酸性溶液(電解液)で満たされた電解槽に前記アノードを挿入し、カソードとの間に通電して電解精製を行なう。電解精製によって、アノードの銅は溶解し、カソード上に純度99.99%の電気銅として析出する。
【0006】
ところで、銅は黄銅鉱、斑銅鉱などの硫化鉱物として硫化銅鉱石中に存在するものが多い。ポーフィリー型と呼ばれる銅鉱床をもつ鉱山では、鉱石中の黄銅鉱および斑銅鉱に輝水鉛鉱が随伴されている。
【0007】
輝水鉛鉱に含まれるモリブデンは特殊鋼の合金成分、石油精製の触媒、潤滑剤などに用いられる有価な元素である。また、輝水鉛鉱が炉で熔解されると、揮発したモリブデンが設備に付着し腐食を促進する。そのため、選鉱工程において銅鉱物とモリブデン鉱物とを分離することが求められる。
【0008】
銅鉱物とモリブデン鉱物との分離は、工業的な取り扱い性、コスト、分離性が優れていることから、浮遊選鉱により行なわれることが多い。この浮遊選鉱は、抑制剤として硫化水素ナトリウム(NaHS)などの硫化剤を添加することで銅鉱物が浮上することを抑制し、モリブデン鉱物を浮上させてこれらを分離する。しかし、硫化水素ナトリウムを用いた浮遊選鉱は、選鉱条件を設定することが難しい。また、鉱物スラリーが酸性を呈する場合には、硫化水素ナトリウムを添加したスラリーから有害ガスである硫化水素が発生する。
【0009】
また、銅鉱物およびモリブデン鉱物はともに強い浮遊性を有するため、これらを浮遊選鉱で分離するのは非常に困難である。そこで、これらの鉱物に処理を施した後に浮遊選鉱を行なうことで、分離を容易にすることが試みられてきた。
【0010】
特許文献1には、鉱物の表面をオゾン酸化させた後に浮遊選鉱を行なう方法が開示されている。より詳細には、銅粗選および銅精選によって得られた銅精鉱に対してモリブデン浮選を行なう。得られた浮鉱の輝水鉛鉱含有量が約1重量%になった時点で浮鉱をオゾン酸化する。この浮鉱を再度浮遊選鉱に付してモリブデン鉱物を浮鉱として回収する。
【0011】
特許文献2には、鉱物の表面にプラズマ処理を施した後に浮遊選鉱を行なう方法が開示されている。より詳細には、銅を含む鉱物とモリブデンを含む鉱物の混合物に、酸素を酸化剤とする雰囲気下でプラズマ照射を行なう。プラズマ処理後の混合物をアルカリ金属塩の水溶液で洗浄する。洗浄後の混合物を浮遊選鉱に付して銅を含む鉱物とモリブデンを含む鉱物とを分離する。
【0012】
特許文献3には、精鉱を、反応によりパルプ(スラリー)中に有害イオンを生じない酸化剤、例えば過酸化水素、オゾン、その他の試薬により表面処理し、これを精選することにより、目的成分を優先分離することが開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る選鉱方法は、(1)前処理工程、(2)バルク浮選工程、(3)スラリー化工程、(4)条件付け工程、および(5)浮遊選鉱工程を備えている。なお、本実施形態の選鉱方法は少なくとも(4)条件付け工程と(5)浮遊選鉱工程とを備えていればよく、他の工程が省略、追加されてもよい。
【0022】
原料である鉱石には、少なくとも、銅を含有する鉱物(以下、「銅鉱物」と称する。)と、モリブデンを含有する鉱物(以下、「モリブデン鉱物」と称する。)とが含まれていればよい。銅鉱物としては黄銅鉱(chalcopyrite:CuFeS
2)、斑銅鉱(bornite:Cu
5FeS
4)、硫砒銅鉱(enargite:Cu
3AsS
4)、輝銅鉱(chalcocite:Cu
2S)、砒四面銅鉱(tennantite:(Cu,Fe,Zn)
12(Sb,As)
4S
13)、銅藍(covellite:CuS)などが挙げられる。モリブデン鉱物としては輝水鉛鉱(molybdenite:MoS
2)などが挙げられる。
【0023】
本実施形態の選鉱方法は銅鉱物とモリブデン鉱物の分離に好適に用いられる。ポーフィリー型と呼ばれる銅鉱床をもつ鉱山では、鉱石中の黄銅鉱および斑銅鉱に輝水鉛鉱が随伴されている。そのため、本実施形態の選鉱方法はポーフィリー型の銅鉱床から採掘された鉱石に対して好適に用いられる。
【0024】
(1)前処理工程
前処理工程では、鉱石の粉砕、脈石の除去などが行なわれる。
【0025】
鉱石を粉砕して鉱物粒子を得る。鉱物粒子の粒度は、鉱石に含まれる鉱物の大きさに合わせて、単独鉱物が得られるように調整される。例えば、黄銅鉱の場合篩下100μm程度、輝水鉛鉱の場合篩下30μm程度に調整することが一般的である。種々の鉱物を含む鉱石を原料とする実操業では、篩下100μm程度に粉砕した後で、浮選成績などを勘案して鉱石の粒度を最適な条件に合わせることが一般的である。
【0026】
なお、粉砕後、鉱物粒子を長時間保管すると、付着物などにより鉱物の表面状態が変化する場合がある。この場合、鉱物粒子を次工程に装入する前に、鉱物表面の付着物を除去することが好ましい。付着物の除去方法は特に限定されないが、例えば、硝酸洗浄、摩擦粉砕(アトリッション)などが挙げられる。
【0027】
必要に応じて鉱石に含まれる脈石を除去することが好ましい。脈石の除去には浮遊選鉱をはじめとする種々の選鉱方法を採用できる。
【0028】
(2)バルク浮選工程
鉱物粒子(粉砕された鉱石)に水を加えて鉱物スラリーを製造する。バルク浮選工程では、鉱物スラリーに含まれる硫化鉱物とその他の脈石とを浮遊選鉱により分離する。バルク浮選では、鉱物スラリーに起泡剤、捕収剤などで構成される浮選剤を添加し、空気を吹き込んで種々の硫化鉱物をまとめて浮遊させつつ、脈石を沈降させて分離を行なう。起泡剤としてはパインオイル、MIBC(メチルイソブチルカルビノール)などが挙げられる。捕収剤としてはディーゼルオイル、ケロシンオイル、メルカプタン系捕収剤、チオノカーバメート系捕収剤などが挙げられる。
【0029】
捕収剤としてディーゼルオイルまたはケロシンオイルを用いる場合、捕収剤をそのまま鉱物スラリーに添加してもよいが、捕収剤を乳化した後に鉱物スラリーに添加することが好ましい。捕収剤の乳化には高速ブレンダー、超音波乳化機、撹拌型乳化機などの一般的な乳化用機器を用いることができる。また、市販の乳化剤(例えば、Span 80、Tween 80)を用いてもよい。捕収剤に乳化剤をそのまま、あるいは乳化剤を水に分散したものを添加し、混合すればよい。乳化剤を水に分散させる際には、水に適量のNaClを添加し、45℃程度に温めることが好ましい。そうすれば、乳化剤が水に溶けやすい。
【0030】
バルク浮選により得られた硫化鉱物をバルク精鉱と称する。バルク精鉱には、少なくとも、銅鉱物とモリブデン鉱物とが含まれている。バルク精鉱は、銅鉱物として、黄銅鉱、斑銅鉱、硫砒銅鉱、輝銅鉱、砒四面銅鉱、銅藍からなる群から選択される一種以上を含むことが好ましい。また、バルク精鉱は、モリブデン鉱物として、輝水鉛鉱を含むことが好ましい。
【0031】
ポーフィリー型の銅鉱床から採掘された鉱石を原料とした場合、バルク精鉱の鉱物割合、銅およびモリブデンの品位は表1に示す通りである。ここで、鉱物割合はMLA分析、銅およびモリブデンの品位は化学分析により得られた結果である。なお、MLA(Mineral Liberation Analyser)とは、エネルギー分散型X線分析器を有する走査電子顕微鏡をベースとした鉱物分析装置である。
【表1】
【0032】
表1から分かるように、バルク精鉱には、銅鉱物とモリブデン鉱物とが含まれている。銅鉱物は黄銅鉱を主成分とし、斑銅鉱と輝銅鉱とを含む混合硫化銅鉱物である。モリブデン鉱物は輝水鉛鉱である。バルク精鉱は、必要に応じて磨鉱処理が行なわれ、精鉱粒子表面から不純物、酸化物などが除去される。
【0033】
(3)スラリー化工程
バルク精鉱と水とを混合して鉱物スラリーを得る。鉱物スラリーの製造に用いられる水として不純物を含まない純水、イオン交換水、海水などを用いることができる。ただし、海水にはマグネシウムおよびカルシウムが含まれている。鉱物スラリーの液相がアルカリ性になると、鉱物粒子の表面にMg(OH)
2、CaCO
3が析出する。これに起因して、後工程の浮遊選鉱において銅鉱物とモリブデン鉱物との分離効率が低下する恐れがある。
【0034】
そこで、鉱物スラリーの製造に海水を用いる場合には、鉱物スラリーの液相を中性または酸性に維持することが好ましい。例えば、鉱物スラリーの液相のpHを4〜6に調整することが好ましい。そうすれば、マグネシウムおよびカルシウムの析出を抑制できる。
【0035】
pH調整剤は特に限定されないが、アルカリとして水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化カルシウム(Ca(OH)
2)、炭酸カルシウム(CaCO
3)などを用いることができる。酸として硫酸(H
2SO
4)、塩酸(HCl)などを用いることができる。pH調整剤を水溶液の形態で用いる場合には、その濃度は特に限定されず、鉱物スラリーを目的のpHに調整することが困難とならない濃度であればよい。
【0036】
(4)条件付け工程
条件付け工程では、銅鉱物とモリブデン鉱物とを含む鉱物スラリーに表面処理剤を添加する。表面処理剤として二亜硫酸塩が用いられる。二亜硫酸塩として、二亜硫酸ナトリウム(Na
2S
2O
5)、二亜硫酸カリウム(K
2S
2O
5)が挙げられる。これらのうち、二亜硫酸ナトリウムは入手が容易であるので好ましい。
【0037】
表面処理剤として二亜硫酸ナトリウムを用いる場合、表面処理剤の添加量を鉱物スラリーの鉱物重量に対して5〜25kg/tとすることが好ましい。そうすれば、次工程の浮遊選鉱において、銅鉱物とモリブデン鉱物とを効率よく分離できる。
【0038】
なお、二亜硫酸塩はバルク浮選においても浮選剤として用いることができる。バルク浮選と次工程の浮遊選鉱とを連続して行なう場合には、バルク浮選工程において鉱物スラリーに添加した二亜硫酸塩の添加量を考慮して、本工程における二亜硫酸塩の添加量を決定することが好ましい。
【0039】
次工程の浮遊選鉱を多段階で行なう場合、二亜硫酸塩を第1段で一括して添加してもよいし、複数回に分割して添加してもよい。
【0040】
鉱物スラリーに二亜硫酸塩を添加することで、選択的に銅鉱物の親水性を高め、銅鉱物とモリブデン鉱物の親水性に差異を与えることができる。そのため、次工程の浮遊選鉱工程において、モリブデン鉱物を選択的に浮遊させることができ、銅鉱物とモリブデン鉱物とを効率よく分離できる。
【0041】
なお、二亜硫酸塩のほか、浮選剤を鉱物スラリーに添加してもよい。浮選剤として、鉱物粒子表面を酸化する酸化剤、鉱物粒子表面の親水性を低下させる捕収剤、鉱物粒子表面の親水性を向上させる抑制剤、浮遊選鉱時に気泡を生じさせやすくする起泡剤などが挙げられる。捕収剤として、ディーゼルオイル、ケロシンオイル、メルカプタン系捕収剤、チオノカーバメート系捕収剤などが挙げられる。また、起泡剤としてパインオイル、MIBC(メチルイソブチルカルビノール)などが挙げられる。
【0042】
ただし、捕収剤として知られているアミルキサントゲン酸カリウム(PAX)は、二亜硫酸塩の抑制効果を阻害する可能性がある。
【0043】
捕収剤としてディーゼルオイルまたはケロシンオイルを用いる場合、捕収剤をそのまま鉱物スラリーに添加してもよいが、捕収剤を乳化した後に鉱物スラリーに添加することが好ましい。捕収剤の乳化には高速ブレンダー、超音波乳化機、撹拌型乳化機などの一般的な乳化用機器を用いることができる。また、市販の乳化剤(例えば、Span 80、Tween 80)を用いてもよい。捕収剤に乳化剤をそのまま、あるいは乳化剤を水に分散したものを添加し、混合すればよい。乳化剤を水に分散させる際には、水に適量のNaClを添加し、45℃程度に温めることが好ましい。そうすれば、乳化剤が水に溶けやすい。
【0044】
鉱石の粉砕直後(例えば、純粋鉱物を窒素雰囲気下で粉砕した場合)、あるいはバルク精鉱の磨鉱直後など、鉱物粒子の表面が酸化されていないフレッシュな状態である場合には、二亜硫酸塩を添加した後の鉱物スラリーをフロスが生成しない程度の少量の空気でエアレーションすることが好ましい。そうすれば、二亜硫酸塩では取り除けない鉄酸化物および銅酸化物(FeO、Fe
2O
3、FeOOH、CuO、Cu
2Oなど)が銅鉱物の表面に生成される。銅鉱物が酸化され、ある程度親水化するため、これによっても銅鉱物とモリブデン鉱物の親水性に差異を与えることができる。
【0045】
なお、銅鉱物の表面がすでに酸化している場合には、エアレーションにそれほど大きな効果は認められない。この原因は、明らかでない点も多いが、銅鉱物の表面にすでに鉄酸化物および銅酸化物が生成されており、エアレーションにより供給された酸素が銅鉱物の酸化に寄与しにくいためと考えられる。また、条件付け工程における鉱物スラリーの撹拌時に少量の酸素が水に溶け込み、浮遊選鉱における空気の導入によっても酸素が供給される。そのため、エアレーションをしなくても銅鉱物に酸素が十分に供給されると考えられる。
【0046】
(5)浮遊選鉱工程
浮遊選鉱工程では条件付け後の鉱物スラリーを用いて浮遊選鉱を行なう。浮遊選鉱によりモリブデン鉱物を浮鉱として、銅鉱物を沈鉱として分離する。より正確には、鉱物スラリーに含まれる原料鉱物を、原料鉱物よりもモリブデン鉱物の割合が高い浮鉱と、原料鉱物よりも銅鉱物の割合が高い沈鉱とに分離する。浮遊選鉱に用いる装置および方式は特に限定されない、一般的な多段式浮遊選鉱装置を用いればよい。
【0047】
浮遊選鉱において鉱物スラリーに吹き込むガスとして、種々のものを用いることができる。例えば、経済性を優先させる場合には大気(空気)が用いられる。また、鉱物粒子の酸化の程度が変化することを防止するには、酸素を含有しない気体、例えば、窒素が用いられる。逆に、鉱物粒子の酸化を促進させる場合には、酸素が用いられる。鉱物粒子を硫化する場合には、亜硫酸ガスが用いられる。
【0048】
鉱物粒子表面が酸化物または不純物で汚染されている場合には、浮遊選鉱の前に摩擦粉砕(アトリッション)または磨鉱(ポリッシング)を行なう場合がある。また、鉱物粒子が凝集している場合には、剪断撹拌(シアアジテーション)を行なう場合がある。このような場合、鉱物粒子表面を適切な酸化状態にするために、浮遊選鉱において大気(空気)または酸素を鉱物スラリーに吹き込むことが好ましい。また、鉱物スラリーに過酸化水素水などの酸化剤を添加してもよい。大気(空気)または酸素の吹込みと、酸化剤の添加の両方を、バランスを調整しながら行なってもよい。この場合、鉱物スラリーの液相のpHが低下するため、pHを監視しながら、必要に応じてpH調整することが好ましい。
【0049】
前述のごとく、鉱物スラリーに二亜硫酸塩を添加することにより、銅鉱物とモリブデン鉱物の親水性に差異を与えることができる。そのため、銅鉱物を沈降させつつ、モリブデン鉱物を選択的に浮遊させることができる。その結果、銅鉱物とモリブデン鉱物とを効率よく分離できる。
【0050】
二亜硫酸塩の添加により銅鉱物とモリブデン鉱物の親水性に差異が生じる理由は、必ずしも明らかではないが、つぎのとおりと推測される。二亜硫酸塩は水溶液中で還元剤として作用する。そのため、鉱物スラリーに二亜硫酸塩を添加すると銅鉱物が還元される。例えば、黄銅鉱、斑銅鉱、銅藍は以下のような反応で還元される。
黄銅鉱の還元:CuFeS
2+3Cu
2++3e
-=2Cu
2S+Fe
3+ ・・・(1)
斑銅鉱の還元:Cu
5FeS
4+3Cu
2++3e
-=4Cu
2S+Fe
3+ ・・・(2)
銅藍の還元 :CuS+Cu
2++2e
-=Cu
2S ・・・(3)
【0051】
これらの反応で生成された輝銅鉱(Cu
2S)は黄銅鉱、斑銅鉱、銅藍よりも酸化されやすい。輝銅鉱が酸化されるとCu
2+イオンが生じる。黄銅鉱、斑銅鉱の還元により生じるFe
3+イオン、および輝銅鉱の酸化により生じるCu
2+イオンは、鉱物表面に鉄および銅の水酸化物、オキシ水酸化物、酸化物などを生成する。これらは親水性を有するため銅鉱物が親水化される。
【0052】
一方、モリブデン鉱物は上記の反応が生じない。モリブデン鉱物は疎水性を保ったままである。その結果、銅鉱物とモリブデン鉱物の親水性に差異が生じる。
【0053】
前述のごとく、鉱物スラリーの製造に海水を用いた場合、液相のpHを4〜6に調整することが好ましい。液相のpHを4〜6に調整したとしても、二亜硫酸塩の表面処理剤(銅鉱物の抑制剤)としての作用が阻害されることがない。なお、液相のpHを4未満の酸性領域にすると亜硫酸ガス(SO
2)が発生することがあるので、避けることが好ましい。
【0054】
銅鉱物の浮遊を抑制する抑制剤として亜硫酸塩および亜硫酸水素塩が知られている。これら亜硫酸塩および亜硫酸水素塩が抑制剤として働くのに好適なpHは8以上である。鉱物スラリーの製造に海水を用いた場合、pHを8以上とすると、海水に含まれるマグネシウムおよびカルシウムが鉱物粒子表面に析出する。その結果、亜硫酸塩および亜硫酸水素塩の抑制剤としての作用が阻害され、銅鉱物とモリブデン鉱物の分離効率が低下する。
【0055】
また、鉱物スラリーに亜硫酸水素塩を添加すると、液性は酸性側に傾く。これをpH8以上に調整するには、多くのアルカリを添加する必要がある。添加されたアルカリの影響により分離効率が低下する可能性もある。
【0056】
これに対し、抑制剤として二亜硫酸塩を用いた場合、鉱物スラリーの液相のpHを4〜6に調整したとしても、銅鉱物は抑制され、モリブデン鉱物は抑制されない。むしろ、海水に含まれるCa
2+イオンが二亜硫酸塩と反応して、親水性のCaSO
3などが銅鉱物表面に生成する。その結果、銅鉱物をより親水化できると思われる。
【0057】
このように、抑制剤として二亜硫酸塩を用いれば、鉱物スラリーの製造に海水を用いたとしても、銅鉱物とモリブデン鉱物とを効率よく分離できる。
【実施例】
【0058】
つぎに、実施例を説明する。
(実施例1)
市販の純粋鉱物である黄銅鉱と輝水鉛鉱とを用意した。黄銅鉱および輝水鉛鉱を、それぞれメノウ乳鉢で粉砕し篩下38μmとした。黄銅鉱と輝水鉛鉱とを重量比1:1で混合し、精鉱を得た。
【0059】
精鉱0.6gに超純水180mLを加え、マグネティックスターラーで2分間撹拌して鉱物スラリーを得た。鉱物スラリーの固形分濃度は約0.3重量%である。鉱物スラリーに抑制剤として二亜硫酸ナトリウム、起泡剤としてパインオイルを添加し、マグネティックスターラーで5分間撹拌した。ここで、二亜硫酸ナトリウムの添加量を精鉱重量に対して22.3kg/tとした。また、パインオイルの添加量を精鉱重量に対して31.5kg/tとした。鉱物スラリーの液相のpHは5であり、pH調整は行なわなかった。
【0060】
鉱物スラリーをカラム浮選機1に装入して浮遊選鉱を行なった。
図2に使用したカラム浮選機1を示す。カラム浮選機1は高さ34cm、直径2.6cmの円筒形のカラム11を有する。カラム11の下部に直径0.5cmの吹込管12が接続されている。吹込管12から導入されたガスは、ガラスフィルタ13(細孔径10〜30μm)を通過してカラム11内に供給される。ガラスフィルタ13上にはマグネティックスターラー14の回転子が配置されている。回転子の撹拌、剪断によりガスが気泡となる。浮鉱が付着した気泡は、カラム上端からオーバーフローして、排出管15から排出される。沈鉱はガラスフィルタ13上に堆積する。
【0061】
吹込管12から導入するガスとして窒素を用いた。また、ガスの供給量を20mL/分とした。浮選開始から1分、2分、4分、6分の時点で浮鉱を回収した。各時点の浮鉱を乾燥した後、秤量して合計し、浮鉱の重量を算出した。精鉱および浮鉱に含まれる銅およびモリブデンの品位を化学分析により測定した。測定結果からニュートン効率を求めたところ、48.7%であった。
【0062】
なお、ニュートン効率はつぎの手順で求めた。浮遊選鉱に供給された精鉱に含まれる銅の重量をA(Cu)、モリブデンの重量をA(Mo)とする。また、回収された浮鉱に含まれる銅の重量をB(Cu)、モリブデンの重量をB(Mo)とする。銅回収率は式(4)で得られる。また、モリブデン回収率は式(5)で得られる。式(6)に従い、銅回収率とモリブデン回収率とからニュートン効率を求める。
銅回収率[%]=(B(Cu)/A(Cu))×100 ・・・(4)
モリブデン回収率[%]=(B(Mo)/A(Mo))×100 ・・・(5)
ニュートン効率[%]=〔モリブデン回収率〕−〔銅回収率〕 ・・・(6)
【0063】
(比較例1)
実施例1と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーに二亜硫酸ナトリウムを添加しなかった。その結果、ニュートン効率は36.6%であった。
【0064】
実施例1は比較例1に比べてニュートン効率が高い。これより、鉱物スラリーに二亜硫酸ナトリウムを添加することで、銅鉱物とモリブデン鉱物を効率よく分離できることが確認された。
【0065】
(実施例2)
実施例1と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーの製造に人工海水を用いた。人工海水の組成は表2のとおりである。その結果、ニュートン効率は55.3%であった。
【表2】
【0066】
(比較例2)
実施例2と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーに二亜硫酸ナトリウムを添加しなかった。その結果、ニュートン効率は15.9%であった。
【0067】
実施例2は比較例2に比べてニュートン効率が高い。これより、海水を用いて鉱物スラリーを製造した場合であっても、鉱物スラリーに二亜硫酸ナトリウムを添加することで、銅鉱物とモリブデン鉱物を効率よく分離できることが確認された。
【0068】
比較例1と比較例2とを比較すると、海水を用いて鉱物スラリーを製造した比較例2の方が、ニュートン効率が低い。したがって、一般的には、銅鉱物とモリブデン鉱物の分離において海水の使用は好ましくないといえる。しかし、実施例1と実施例2とを比較すると、海水を用いて鉱物スラリーを製造した実施例2の方が、ニュートン効率が高い。抑制剤として二亜硫酸塩を用いる場合には、むしろ海水を用いて鉱物スラリーを製造した方が、効率よく銅鉱物とモリブデン鉱物を分離できることが確認された。
【0069】
(実施例3)
実鉱石から得られたバルク精鉱を用意した。バルク精鉱の鉱物割合、銅およびモリブデンの品位は表3に示す通りである。ここで、鉱物割合はMLA分析、銅およびモリブデンの品位は化学分析により得られた結果である。
【表3】
【0070】
バルク精鉱225gに超純水370mLを加え、ファーレンワルド型浮選機に装入してシアアジテーション操作として撹拌を1分間行なった。その後、鉱物スラリーに抑制剤として二亜硫酸ナトリウムを添加し2分間撹拌した後、さらにガス供給をしながらシアアジテーションを57分間行なった。その後、さらに超純水300mLを加え(超純水の合計添加量670mL)、ファーレンワルド型浮選機で2分間撹拌して鉱物スラリーを得た。鉱物スラリーの固形分濃度は約25重量%である。鉱物スラリーに捕収剤として乳化ケロシンを添加し3分間撹拌後、起泡剤としてパインオイルを添加し、ファーレンワルド型浮選機でさらに2分間撹拌した。ここで、二亜硫酸ナトリウムの添加量を精鉱重量に対して7.5kg/tとした。乳化ケロシンの添加量を精鉱重量に対して90g/tとした。また、パインオイルの添加量を精鉱重量に対して53g/tとした。鉱物スラリーの液相のpHは5.7であり、pH調整は行なわなかった。
【0071】
ファーレンワルド型浮選機で浮遊選鉱を行なった。浮選機に導入するガスとして酸素を用いた。また、ガスの供給量を1L/分とした。浮選時間を20分とした。回収された浮鉱を乾燥した後、重量を測定した。浮鉱に含まれる銅およびモリブデンの品位を化学分析により測定した。測定結果からニュートン効率を求めたところ、70.6%であった。
【0072】
(実施例4)
実施例3と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーの製造に人工海水を用いた。その結果、ニュートン効率は75.5%であった。
【0073】
実施例3、4より、実鉱石から得られたバルク精鉱を浮遊選鉱する場合でも、鉱物スラリーに二亜硫酸塩を添加することで、銅鉱物とモリブデン鉱物を効率よく分離できることが確認された。また、海水を用いて鉱物スラリーを製造した実施例4の方が、超純水を用いて鉱物スラリーを製造した実施例3よりもニュートン効率が高くなることが確認された。
【0074】
(実施例5)
実施例3と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、浮選機に導入するガスとして空気を用いた。また、空気の流量を2L/分とした。その結果、ニュートン効率は81.6%であった。
【0075】
(実施例6)
実施例3と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーの製造に人工海水を用い、浮選機に導入するガスとして空気を用いた。また、空気の流量を2L/分とした。その結果、ニュートン効率は85.3%であった。
【0076】
実施例3〜6を比較すると、浮選機に導入するガスとして酸素を用いるよりも、空気を用いた方が、ニュートン効率が高くなることが分かる。
【0077】
(比較例3)
実施例6と同様の手順、条件で鉱物スラリーを製造し、浮遊選鉱を行なった。ただし、鉱物スラリーに抑制剤として二亜硫酸ナトリウムに代えて、亜硫酸ナトリウム(Na
2SO
3)を添加した。抑制剤の添加量は、実施例6の抑制剤添加量のモル濃度(13.4mM)と同じになるよう、精鉱重量に対して5.7kg/tとした。その結果、ニュートン効率は48.5%であった。
【0078】
抑制剤として亜硫酸ナトリウムを用いる場合、pHを8以上にすることが好ましいことが知られている。比較例3ではpHが6.2であり、亜硫酸ナトリウムが抑制剤として十分に作用していないと考えられる。そのため、ニュートン効率は低い値となっている。
【0079】
前述のごとく、スラリーの製造に海水を用いる場合には、鉱物スラリーの液相を中性または酸性に維持することが好ましい。このような条件下で、浮遊選鉱により銅鉱物とモリブデン鉱物とを分離するには、抑制剤として亜硫酸塩を用いるよりも二亜硫酸塩を用いた方が、分離効率がよくなる。
【0080】
以上の結果を表4にまとめる。
【表4】